説明

有機エレクトロルミネッセンス素子

【課題】 発光効率の高い有機EL素子の提供。
【解決手段】 次の一般式(1)
【化1】


(式中、R1〜R8はそれぞれ、水素原子、アルキル基又はアルケニル基を示し;
MはPt4+、In3+又はPd4+を示し;
Xは一価又は二価のアニオンを示し;
nは0〜2の数を示す)
で表される化合物を含有する有機エレクトロルミネッセンス素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発光効率が極めて高く、エネルギー効率の高い有機エレクトロルミネッセンス素子(以下、有機EL素子という)に関する。
【背景技術】
【0002】
有機EL素子は、基本的に蛍光性有機化合物に電場を与えることにより励起し、発光させる素子であり、表示素子、ディスプレイ、バックライト、電子写真、照明光源、露光光源、読み取り光源、標識、看板、インテリア等の分野に応用が図られている。
当該有機EL素子材料として用いられる蛍光性有機化合物としては、ポリ(p−フェニレンビニレン)、スターバースト分子、金属フタロシアニン錯体、ポリアニリン、カルバゾール系ポリマー(特許文献1及び2)等が、また最近では、蛍光ではなくリン光を放射する化合物として、種々のアリール環又はヘテロアリール環を有するイリジウム錯体(特許文献3)等が知られている。
【特許文献1】特開2000−344777号公報
【特許文献2】特開2000−344873号公報
【特許文献3】特開2001−247859号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、これら従来の蛍光性あるいはリン光性有機化合物では、化合物の励起効率に関する原理的な問題から、特に実用に耐えうる発光強度が得られる電流密度における発光効率が十分ではないという問題があった。
従って、本発明の目的は、従来の蛍光性有機化合物とは異なる全く新しい機能を有する、発光効率の高い有機EL素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
そこで本発明者は、有機EL素子の発光メカニズムから再検討した。すなわち、有機ELにおいては、正負の両電極より発光物質にキャリア(電子及び正孔)を注入し、励起状態の発光物質(励起子)を生成し、発光させる。
本件が問題とするのは、この励起子の励起状態である。通常、発光物質が光照射により励起された場合、理論的には、生成した励起子はその100%が励起一重項状態となる。しかし、キャリア注入型エレクトロルミネッセンスの場合、生成した励起子のうち、励起一重項状態に励起されるのは僅か25%であり、残り75%の励起子は励起三重項状態に励起されると言われている。従って、単純に励起効率だけを考えれば、励起一重項からの発光である蛍光を利用するよりは、励起三重項状態からの発光であるリン光を利用するほうが、エネルギーの利用効率が高いことが考えられる。実際に、リン光化合物であるイリジウム錯体を利用する緑色発光素子において、外部量子効率19.5%が報告されており、リン光材料の優位性が示唆されている。
しかしながら、禁制遷移であるリン光は、一般に量子収率がそれほど高くない場合が多く、また励起三重項状態の寿命も長い。このため、励起状態の飽和や励起三重項状態の励起子との相互作用(三重項−三重項消滅)によるエネルギーの失活が起こりやすい。
また、化合物によっては熱によりリン光の発光強度が低下してしまうものがある。このような材料を利用した場合、デバイスの発熱が避けられない有機EL素子では、発光効率の更なる低下を招くことになる。
これらの理由により、特に赤色リン光材料を使用する有機EL素子においては、電流密度の増加に伴いRoll−offと呼ばれる発光効率の著しい低下が引き起こされる。実際に、これまでに報告されている赤色のリン光材料を使用する有機EL素子では、低電流密度領域では蛍光材料の理論値5%を僅かに上回る7%〜8%の外部量子効率を示しているものの、実用に耐えうる発光強度が得られる電流密度領域では、外部量子効率が4分の1程度の2%前後にまで低下してしまう。
【0005】
発光材料における発光メカニズムをさらに検証した結果、本発明者らは、遅延蛍光を示す材料を利用する有機EL素子を着想した。ある種の蛍光物質は、系間交差等により励起三重項状態へとエネルギーが遷移した後、三重項−三重項消滅あるいは熱エネルギーの吸収により、励起一重項状態に逆系間交差され蛍光を放射する。有機ELにおいては、後者の熱活性化型の遅延蛍光を示す材料が特に有用であると考えられる。
前述した通り、有機EL素子において生成する励起子の励起一重項状態と励起三重項状態の存在比率は、それぞれ25%と75%と言われている。ここで、有機EL素子に遅延蛍光材料を利用した場合、励起一重項状態の励起子は通常通り蛍光を放射する。一方、励起三重項状態の励起子は、他の三重項励起子のエネルギー、あるいはデバイスが発する熱を吸収して励起一重項へ系間交差され蛍光を放射する。すなわち、キャリア注入後に熱等のエネルギーの吸収を経ることにより、通常は25%しか生成しなかった励起一重項状態の化合物の比率を25%以上に引き上げることが可能となる。特に後者の熱活性化型遅延蛍光現象は、素子の発熱量が大きくなる高電流密度領域において、より顕著に表れることが予想される。しかし、これまでに報告されている多くの遅延蛍光材料は、100℃を超える熱を加えなければ強い遅延蛍光を得ることができず、発光材料としての利用は困難であった。
さらに検討した結果、100℃未満の低い温度でも強い蛍光及び遅延蛍光を発するポルフィリン化合物が存在することが明らかになった。このポルフィリン化合物を用いれば、デバイスの熱で充分に励起三重項状態から励起一重項状態への系間交差が生じ、遅延蛍光を放射することから、高電流密度領域におけるRoll−offを大幅に低減し、幅広い電流密度領域において安定した高い発光効率を示す有機EL素子が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、次の一般式(1)
【0007】
【化1】

【0008】
(式中、R1〜R8はそれぞれ、水素原子、アルキル基又はアルケニル基を示し;
MはPt4+、In3+又はPd4+を示し;
Xは一価又は二価のアニオンを示し;
nは0〜2の数を示す)
で表される化合物を含有する有機エレクトロルミネッセンス素子を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の低温遅延蛍光物質を用いれば、電流密度の増加に伴う発光効率の減少がほとんど無く、幅広い電流密度領域において発光効率が高い有機EL素子が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の有機EL素子に用いられるポルフィリン化合物は、中心金属イオンとしてPt4+、In3+又はPd4+を有する。一般式(1)中、R1〜R8で示されるアルキル基としては、炭素数1〜6のアルキル基、特に炭素数1〜4のアルキル基が好ましい。その具体例としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基等が挙げられる。アルケニル基としては炭素数2〜6のアルケニル基、特に炭素数2〜4のアルケニル基が好ましい。その具体例としては、ビニル基、アリル基等が挙げられる。
【0011】
白金(IV)錯体、インジウム(III)錯体又はパラジウム(IV)錯体の対イオンとしては、塩化物イオン;フッ化物イオン;硫酸イオン;シアン化物イオン;メチルアニオン、エチルアニオン等の炭素数1〜4のアルキルアニオン;フェニルアニオン等のアリールアニオンが挙げられる。
【0012】
これらのポルフィリン化合物錯体は、対応するポルフィリン化合物に塩化白金(IV)酸あるいはその塩、塩化インジウム(III)、ヘキサクロロパラジウム(IV)酸あるいはその塩等を反応させ、更には必要に応じてアニオン交換反応を行うことにより製造することができる。
【0013】
これらのポルフィリン化合物錯体(1)は、100℃未満の温度で蛍光及び遅延蛍光を放射する。遅延蛍光放射の温度条件は、有機EL素子デバイスの通常の発熱によって遅延蛍光が生じる必要があることから、90℃以下、さらに80℃以下、特に0〜80℃であるのが好ましい。これらのポルフィリン化合物錯体(1)は、波長550nm〜700nm領域において蛍光及び遅延蛍光を放射する。更に、波長650〜1000nmの領域においてリン光を放射してもよい。
【0014】
従って、前記ポルフィリン化合物錯体(1)を有機EL素子の発光材料として用いれば、発光効率の極めて高い有機EL素子を形成することができる。
【0015】
本発明の有機EL素子は陽極、陰極の一対の電極間にポルフィリン化合物錯体(1)を含む発光層もしくは当該発光層を含む複数の有機化合物薄膜を形成した素子であり、発光層のほか正孔注入層、正孔輸送層、電子注入層、電子輸送層、保護層などを有してもよく、またこれらの各層はそれぞれ他の機能を備えたものであってもよい。各層の形成にはそれぞれ種々の材料を用いることができる。
【0016】
陽極は正孔注入層、正孔輸送層、発光層などに正孔を供給するものであり、金属、合金、金属酸化物、電気伝導性化合物、又はこれらの混合物などを用いることができ、好ましくは仕事関数が4eV以上の材料である。
【0017】
陽極は通常、ソーダライムガラス、無アルカリガラス、透明樹脂基板などの上に層形成したものが用いられる。
【0018】
陰極は電子注入層、電子輸送層、発光層などに電子を供給するものであり、電子注入層、電子輸送層、発光層などの負極と隣接する層との密着性やイオン化ポテンシャル、安定性等を考慮して選ばれる。陰極の材料としては金属、合金、金属ハロゲン化物、金属酸化物、電気伝導性化合物、又はこれらの混合物を用いることができる。
【0019】
正孔注入層、正孔輸送層の材料は、陽極から正孔を注入する機能、正孔を輸送する機能、陰極から注入された電子を障壁する機能のいずれか有しているものであればよい。電子注入層、電子輸送層の材料は、陰極から電子を注入する機能、電子を輸送する機能、陽極から注入された正孔を障壁する機能のいずれか有しているものであればよい。
【0020】
保護層の材料としては水分や酸素等の素子劣化を促進するものが素子内に入ることを抑止する機能を有しているものであればよい。
【実施例】
【0021】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されない。
【0022】
実施例1(オクタエチルポルフィリン−塩化白金錯体(PtCl2OEP)の合成(1))
【0023】
【化2】

【0024】
100mLナス型フラスコにオクタエチルポルフィリン(OEP)を550mg、塩化白金酸六水和物を1.0g、炭酸リチウムを0.5g量り取った。これにN,N−ジメチルアセトアミドを20mL加え、窒素雰囲気下3時間還流した。薄層クロマトグラフィーにより原料スポットの消失を確認した後、反応液に50mLの0.1M塩酸水溶液を加え、析出した結晶をろ過した。得られた結晶を真空乾燥し、591mgの目的物を得た(収率72%)。
【0025】
実施例2(PtCl2OEPの合成(2))
Buchler, Johann W.; Lay, Kiong-Lam; Stoppa, Harald. "Metal complexes with tetrapyrrole ligands. XXIV. Knowledge of platinum(IV) porphyrins. "Zeitschrift fuer Naturforschung, Teil B: Anorganische Chemie, Organische Chemie (1980), 35B(4), 433-438(独)に従い、市販のPtOEPを過酸化水素で酸化し、目的化合物を合成した。
得られた化合物の吸収スペクトル及び蛍光スペクトルより、実施例1で得られた化合物と同一の化合物であることを確認した。
【0026】
試験例1
実施例1で得られたポルフィリン錯体の遅延蛍光スペクトルを測定した。
(1)測定用試料の調製
上記のポルフィリン錯体1mgを1mLの10wt%ポリ酢酸ビニル−テトラヒドロフラン溶液に溶解した。次いで、前述の錯体溶液10μLをガラスプレートに滴下・塗布し、その後160℃の温風を吹き付けて乾燥した。なお、塗布・乾燥後のスポットは円形であり、直径は約1cmであった。このガラスプレートを用い、遅延蛍光スペクトルを測定した。
【0027】
(2)装置及び測定条件
測定には、パーキンエルマー製LS55型ルミネッセンス分光光度計にR928光電子増倍管及びフロント表面アクセサリを装着し使用した。励起側スリット幅を15nm、検出側スリット幅を20nmとし、リン光測定モード(Delay=1 ms, Gate=1 ms)でスペクトルを測定した。
得られたPtCl2OEPの励起スペクトル(点線)及び遅延蛍光スペクトル(実線)を図1に示す。
【0028】
(3)結果
図1に示すように、ポルフィリン錯体(1)に室温(25℃)下で波長520〜750nmに強い遅延蛍光スペクトルが観測された。
また、波長365nmの紫外線照射下、抵抗加熱式のホットプレートを用いてガラスプレートの温度を室温から80℃まで変化させたところ、目視にて蛍光強度の増大を確認した。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】PtCl2OEPの遅延蛍光スペクトルを示す図である。点線:励起スペクトル、実線:励起波長407nmにおける遅延蛍光スペクトル(550〜650nm)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の一般式(1)
【化1】

(式中、R1〜R8はそれぞれ、水素原子、アルキル基又はアルケニル基を示し;
MはPt4+、In3+又はPd4+を示し;
Xは一価又は二価のアニオンを示し;
nは0〜2の数を示す)
で表される化合物を含有する有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項2】
一般式(1)で表される化合物が、100℃未満の温度で蛍光及び遅延蛍光を放射するものである請求項1記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。

【図1】
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