説明

有機EL素子

【課題】 アルカリ金属あるいはアルカリ土類金属を利用して単層構造の陰極を形成した従来の有機EL素子は、電力変換効率,素子寿命,均一発光性および連続定電流駆動時の電圧値の安定性のうちの少なくとも1つが未だ不十分である。
【解決手段】 陽極と、有機発光材料を含有する発光層を備えた単層構造または多層構造の有機物層と、陰極とが基板上に順次積層されている有機EL素子において、前記陰極を、仕事関数3.8eV以上の金属とアルカリ金属または仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属との合金によって形成し、かつ、この合金におけるアルカリ金属とアルカリ土類金属との総量を0.5〜5at%にする。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は有機エレクトロルミネッセンス(以下、「エレクトロルミネッセンス」を「EL」と略記する。)素子に係り、特に、アルカリ金属またはアルカリ土類金属を利用して形成された単層構造の陰極を有する有機EL素子に関する。
【0002】
【従来の技術】有機EL素子は、陽極と、有機発光材料を含有する発光層を備えた単層構造または多層構造の有機物層と、陰極とが順次積層された構造をなしている。前記の有機物層が単層構造である場合には、当該有機物層は発光層からなり、前記の有機物層が多層構造である場合には、当該有機物層は陽極側から順に正孔注入層−発光層,発光層−電子注入層,または正孔注入層−発光層−電子注入層等の層構成をなしている。
【0003】上記の構造をなしている有機EL素子では、陽極から直接または正孔注入層を介して発光層に注入された正孔と陰極から直接または電子注入層を介して発光層に注入された電子とが再結合することによって発光を生じる。このような発光機構に基づく有機EL素子の発光特性を向上させるための手段としては、有機発光材料や注入材料(正孔注入材料,電子注入材料)の改良、陰極材料の選択や改良等が知られている。これらのうち、陰極材料の選択や改良は、陰極から直接または電子注入層を介して発光層に注入される電子の注入効率を改善し、これによって発光特性の向上を図ろうとするものである。発光層への電子の注入効率を改善するうえからは、有機物層(発光層または電子注入層)の電子伝導準位へ陰極から電子を注入する際の注入障壁を下げることが望ましく、そのため、陰極材料として仕事関数の小さい金属を用いることが検討されている。
【0004】有機EL素子用の陰極として現在最も用いられているものは、アルカリ土類金属の1つであるマグネシウム(Mg:仕事関数は約3.7eV)を電子注入金属として用い、銀(Ag)等を安定化金属として用いた単層構造のMg−Ag系電極であるが、Mgよりも更に仕事関数が小さく電子注入性に優れている他のアルカリ土類金属、あるいはアルカリ金属を利用して陰極を形成することについても検討されている。
【0005】アルカリ金属およびアルカリ土類金属は一般に化学的に活性であるので、これらの金属を利用して陰極を形成するにあたっては、アルカリ金属またはアルカリ土類金属を化学的に安定化させるためにこれらの金属と特定の金属とを合金化して、単層構造の陰極が形成される。また、前記単層構造の陰極上には、必要に応じて、単体金属からなる保護電極が設けられる。ただし、陰極を形成するにあたってその構造を複数層構造とした場合には、単層構造の陰極を形成する場合に比して製造工程が増えるので、複数層構造の陰極よりも単層構造の陰極の方が実用上好ましい。
【0006】アルカリ金属またはアルカリ土類金属を利用した合金からなる単層構造の陰極を有し、低電圧でよく発光する有機EL素子として、特開昭60−165771号公報の実施例には、アルミニウム(Al)とリチウム(Li)との重量比がAl:Li=100:5〜100:100(Liの原子比で約16〜約80at%)であるAl−Li合金によって単層構造の陰極を形成した有機EL素子、およびマグネシウム(Mg)とリチウム(Li)との重量比がMg:Li=100:5〜100:100(Liの原子比で約15〜約78at%)であるMg−Li合金によって単層構造の陰極を形成した有機EL素子がそれぞれ記載されている。
【0007】また、特開平4−212287号公報には、高輝度の有機EL素子として、アルカリ金属元素以外の金属(Mg,Al,In,Sn,Zn,Zr,Ag等)にアルカリ金属元素(Li,Na,K等)を6モル%以上含有させた合金によって単層構造の陰極を形成した有機EL素子が記載されている。
【0008】そして、特開平5−121172号公報の実施例には、発光効率が高く、かつ、経時変化による輝度劣化が少ない有機EL素子として、Li濃度が0.01〜0.1wt%(Liの原子比で約0.04〜約0.4at%)のAl−Li合金によって単層構造の陰極を形成した有機EL素子、および、Sr濃度が10〜25wt%(Srの原子比で約2.8〜約7at%)のMg−Sr合金によって単層構造の陰極を形成した有機EL素子がそれぞれ記載されている。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】有機EL素子の用途の1つとして有機EL表示装置の画素があり、例えば携帯型の有機EL表示装置の電源としては電池の使用が予想されるので、このような用途に使用される有機EL素子については、連続定電流駆動時における電圧上昇が小さい(例えば連続500時間の定電流駆動当たり1V以下程度)ことが望まれる。
【0010】特開昭60−165771号公報の実施例に記載されている単層構造の陰極を有する有機EL素子、および、特開平4−212287号公報に記載されている単層構造の陰極を有する有機EL素子は、連続定電流駆動時における電圧上昇が比較的小さく、その意味では好適なものであるが、これらの有機EL素子は電力変換効率および素子寿命の両方について優れているというものではない。
【0011】また、特開平5−121172号公報の実施例に開示されているAl−Li合金からなる単層構造の陰極を有する有機EL素子は、連続定電流駆動時の電圧上昇が比較的大きい。そして、特開平5−121172号公報の実施例に開示されているMg−Sr合金からなる単層構造の陰極を有する有機EL素子は、陰極を形成しているMg−Sr合金の耐久性(耐酸化性)および膜性が比較的低いことから、素子寿命や発光の均一性という点で未だ不十分である。
【0012】本発明の目的は、電力変換効率が高く、素子寿命が長く、均一発光性に優れ、かつ、連続定電流駆動時の電圧上昇が小さいものを容易に得ることができる有機EL素子を提供することにある。
【0013】
【課題を解決するための手段】上記の目的を達成する本発明の有機EL素子は、陽極と、有機発光材料を含有する発光層を備えた単層構造または多層構造の有機物層と、陰極とが基板上に順次積層されている有機EL素子であり、前記陰極が、仕事関数3.8eV以上の金属とアルカリ金属または仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属との合金からなり、この合金における前記アルカリ金属と前記アルカリ土類金属との総量が0.5〜5at%であることを特徴とするものである。
【0014】
【発明の実施の形態】以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。本発明の有機EL素子は、上述したように、当該有機EL素子を構成している陰極が特定の合金からなっている点に最大の特徴があるので、まずこの陰極について説明する。
【0015】本発明の有機EL素子を構成している陰極は、仕事関数3.8eV以上の金属とアルカリ金属または仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属との合金からなり、この合金における前記アルカリ金属と前記アルカリ土類金属との総量は0.5〜5at%である。ここで、本発明で各元素についていう「仕事関数」の値は『J.Appl.Phys.第48巻』(1977年)の第4729頁に記載されているデータに基づくものである。
【0016】仕事関数3.8eV以上の金属(以下「母材金属」という。)としては、アルカリ金属および仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属の種類に応じて、アルミニウム(Al;仕事関数4.28eV),金(Au;仕事関数5.1eV),銀(Ag;仕事関数4.26eV),銅(Cu;仕事関数4.65eV),亜鉛(Zn;仕事関数4.33eV),鉛(Pb;仕事関数4.25eV),錫(Sn;仕事関数4.42eV)等を利用することができるが、膜性が良好な合金になるものほど好ましい。母材金属は1種のみであってもよいし、複数種であってもよい。
【0017】アルカリ金属の具体例としては、リチウム(Li;仕事関数2.9eV),ナトリウム(Na;仕事関数2.75eV),カリウム(K;仕事関数2.3eV),ルビジウム(Rb;仕事関数2.16eV)およびセシウム(Cs;仕事関数2.14eV)が挙げられる。また、仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属の具体例としては、カルシウム(Ca;仕事関数2.87eV),ストロンチウム(Sr;仕事関数2.59eV)およびバリウム(Ba;仕事関数2.7eV)が挙げられる。
【0018】陰極を形成する合金には、アルカリ金属と仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属とのうちで前記のアルカリ金属のみを1種または複数種含有させてもよいし、前記のアルカリ土類金属のみを1種または複数種含有させてもよいし、前記アルカリ金属の1種または複数種と前記のアルカリ土類金属の1種または複数種をそれぞれ含有させてもよい。
【0019】ただし、いずれの場合でも、上記の合金(陰極)に含有させるアルカリ金属と仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属との総量は、0.5〜5at%の範囲内とすることが好ましい。前記のアルカリ金属と前記のアルカリ土類金属との総量が0.5at%未満では、電子注入性を担う低仕事関数金属(前記のアルカリ金属および前記のアルカリ土類金属)の含有量が少なすぎて電子注入性が不十分になり、また、合金組成の再現性ひいては素子性能の再現性が低下する。一方、前記のアルカリ金属と前記のアルカリ土類金属との総量が5at%を超えると、活性な金属であるこれらのアルカリ金属およびアルカリ土類金属が多すぎて素子の耐酸化性が低下すると共に、無発光点が増える等、発光の均一性が低下する。
【0020】上記のアルカリ金属とアルカリ土類金属との総量は、陰極の膜厚が厚い場合には多く、薄い場合には少なくすることが好ましい。例えば、陰極の膜厚が150nm以上のときには前記の総量を1〜5at%とすることが好ましく、100nm未満のときには1at%程度とすることが好ましい。これは、陰極の膜厚が薄い程その耐酸化性が低くなるので、それに伴って活性な金属であるアルカリ金属とアルカリ土類金属との総量も少なくした方がよいからである。
【0021】また、上記の合金(陰極)におけるアルカリ金属と仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属との総量の濃度は、後述する有機物層との界面から陰極表面(陰極において前記の界面と対向する側の面。以下同じ。)にかけて実質的に均一であってもよいが、陰極本来の役割である電子注入性にのみ着目すれば、有機物層との界面およびその近傍(以下、前記の界面およびその近傍を「界面領域」と総称する。)におけるアルカリ金属あるいはアルカリ土類金属の濃度が本質的であり、それ以外の領域におけるアルカリ金属あるいはアルカリ土類金属の濃度はそれほど重要ではない。前記の界面領域以外の領域におけるアルカリ金属あるいはアルカリ土類金属の濃度は、素子の耐久性の向上および連続定電流駆動時の電圧上昇の抑制という観点から重要である。
【0022】したがって、上記の合金(陰極)におけるアルカリ金属と仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属との総量の濃度は、陰極の膜厚が少なくとも100nm以上あり、かつ、陰極全体をみたときに耐酸化性がある程度期待できる場合には、有機物層との界面から陰極表面にかけて漸次低下していることが好ましい。このとき、有機物層との界面から概ね50nmの範囲における前記の濃度は10at%程度という高濃度であってもよく、また、陰極表面における前記の濃度は0.001at%以上であることが好ましい。
【0023】陰極としての合金における母材金属とアルカリ金属との好ましい組み合わせとしては例えば下記(1)〜(2)のものが挙げられ、仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属と母材金属との好ましい組み合わせとしては例えば下記(i)〜(iii)のものが挙げられる。
【0024】・母材金属とアルカリ金属との好ましい組み合わせ(1) アルカリ金属がLiである場合母材金属としてはAl,Ag,Au,Cu,Zn,PbまたはSnを用いることが好ましく、なかでもAl,Zn,PbまたはSnが好ましい。
(2) アルカリ金属がNa,K,CsまたはRbである場合母材金属としてはAlまたはAgを用いることが好ましく、なかでもAlが好ましい。
【0025】・母材金属とアルカリ土類金属との好ましい組み合わせ(i) アルカリ土類金属がCaである場合母材金属としてはAl,Ag,Cu,Zn,PbまたはSnを用いることが好ましく、なかでもAlが好ましい。◎(ii)アルカリ土類金属がSrである場合母材金属としてはAl,Au,Ag,Cu,Zn,PbまたはSnを用いることが好ましく、なかでもAlが好ましい。
(iii) アルカリ土類金属がBaである場合母材金属としてはAl,Ag,Cu,Zn,PbまたはSnを用いることが好ましく、なかでもAl,SnまたはPbが好ましい。
【0026】上述した合金からなる陰極の膜厚は、50〜300nmとすることが好ましい。当該陰極の膜厚が50nm未満では、陰極本来の役割である電子注入性が低下すると共に、その耐久性が低下する。また、300nmを超えると、当該陰極の製膜時に発生する熱量が多くなり、素子(有機物層?)が熱損傷を受けるようになる。陰極の膜厚は、100〜200nm程度とすることがより好ましい。
【0027】また、上記の陰極は、酸素の存在濃度が1at%以下のものであることが好ましい。ここで、本発明でいう「陰極における酸素の存在濃度が1at%以下」とは、陰極中の任意の場所で測定した酸素の存在濃度が1at%以下であることを意味する。陰極における酸素の存在濃度が1at%を超えると、有機EL素子に無発光点が生じ易くなり、無発光点が生じた場合には当該無発光点が素子の連続駆動に伴って増加、拡大することから、有機EL素子の均一発光性、輝度および素子寿命がそれぞれ低下する。
【0028】なお、本発明でいう合金(陰極)の組成は、次のようにして分析したものを意味する。すなわち、基板上に陽極,有機物層および陰極をこの順で順次形成して有機EL素子を得、この有機EL素子の陰極表面から有機物層側へ向けて一定のスパッタレートでその表面をArイオンガンによりスパッタし、その際、ある一定の深さ毎に表面の組成をオージェ電子分光法(AES)および二次イオン質量分析法(SIMS)によって分析し(AESおよびSIMSによって、いわゆるデプスプロファイルの測定を行う。)、その結果に基づいて求めた組成を意味する。
【0029】このとき、AESではat%レベルで、含有金属の組成および不純物の同定を行う。またSIMSでは、目的とする組成の合金領域と同一の構成元素からなるが組成比が異なる合金インゴットを数種類あらかじめ作製し、組成が既知であるこれらの合金インゴットについてその組成をSIMSで分析して、母材金属とアルカリ金属とのシグナルカウント比および母材金属と仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属とのシグナルカウント比を求め、これらのシグナルカウント比と実際の組成比との検量線をそれぞれ作成しておく。そして、有機EL素子についてのSIMSデプスプロファイルから、前記の各検量線に従って前記アルカリ金属および前記アルカリ土類金属についてのデプスプロファイルを求める(検量線法)。SIMSで定量性を議論するためには、検量線の作成に用いた前記の合金インゴット中に前記の母材金属,アルカリ金属およびアルカリ土類金属の他に元素が含まれていないことが必要である(マトリックス効果)ので、この条件を確認するためにAESによる測定を併用して合金以外の成分が含まれていないことを確認したうえで、SIMSによる定量結果を議論する。SIMSによって上述のようにして求められる組成比の妥当性は、陰極全体を溶出させてICP分析(誘導結合プラズマ発光分光分析)から求めた陰極全体における平均濃度により確認した。
【0030】本発明の有機EL素子を構成する上述の陰極は、真空蒸着法(抵抗加熱蒸着法,電子ビーム蒸着法,高周波誘導加熱法,ホットウォール蒸着法等),分子線エピタキシー法,イオンプレーティング法,クラスターイオンビーム蒸着法,スパッタリング法等、種々の方法によって形成することができる。陰極を真空蒸着法によって形成する場合、当該真空蒸着は一元蒸着であってもよいし二元以上の多元同時蒸着であってもよい。同様のことは、陰極を真空蒸着法以外の方法によって形成する場合についてもいえる。なお、真空蒸着法によって陰極を形成する場合、陰極の膜厚の均一性および基板以外に付着することによるロスを考慮すると、基板と蒸発源との間の距離は15〜50cmとすることが好ましい。
【0031】上で例示した方法によって酸素の存在濃度が1at%以下の陰極を形成しようとする場合には、下記(I)または(II)のようにして製膜を行うことが好ましい。
(I)製膜時の雰囲気の全圧(以下「蒸着時真空度」という。)が5.0×10-7〜5.0×10-6Torrである真空環境下で製膜を行う場合には、(i) 前記雰囲気中の水ガスの分圧を四重極質量分析計の測定値で概ね3.0×10-7〜3.0×10-6Torrとし、かつ、当該雰囲気中の酸素ガスの分圧を四重極質量分析計の測定値で前記水ガスの分圧の5%以下にして製膜を行うか、または、(ii)前記雰囲気中の水素ガスの分圧を四重極質量分析計の測定値で概ね4.0×10-7〜4.0×10-6Torrとし、かつ、当該雰囲気を、水素ガスの分圧が四重極質量分析計の測定値で水ガスの分圧よりも高い還元性雰囲気にして製膜を行う。
(II)蒸着時真空度が5×10-9〜2.0×10-7Torrである高真空ないし超高真空環境下で製膜を行う。
【0032】上記(I)または(II)のようにして陰極の製膜を行った場合でも、製膜基板へのアルカリ金属または仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属の入射頻度が酸素や水の入射頻度よりも高くなる製膜条件であった場合には、酸素の存在濃度が1at%以下である陰極を形成することが困難になる。
【0033】例えば、蒸着時真空度を5.0×10-7〜5.0×10-6Torrとした一元の真空蒸着法によって陰極を形成する場合には、水晶振動子式膜厚計によって測定した蒸着速度(以下同じ。)を0.005〜10nm/sとすることにより、所望の金属組成比の陰極を後述する有機物層上に安定に形成することができるが、蒸着時真空度を5×10-6Torrよりも高い圧力にして0.5〜2nm/sの蒸着速度で製膜を行うと、酸素の存在濃度が1at%以下である所望金属組成比の陰極を後述する有機物層上に形成することが困難になる。
【0034】また、蒸着時真空度を5.0×10-7〜5.0×10-6Torrとした多元の真空蒸着法によって陰極を形成する場合には、当該陰極に含有させようとするアルカリ金属または仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属の蒸着速度を0.005〜0.1nm/s程度とすることにより、所望の金属組成比の陰極を後述する有機物層上に安定に形成することが可能になるが、蒸着時真空度を1.0×10-5Torrよりも高い圧力にして0.005〜0.01nm/sの蒸着速度で製膜を行うと、酸素の存在濃度が1at%以下である所望金属組成比の陰極を後述する有機物層上に形成することが困難になる。
【0035】したがって、酸素の存在濃度が1at%以下である陰極を形成しようとする場合には、基板へのアルカリ金属または仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属の入射頻度および基板への酸素や水の入射頻度も考慮して、製膜条件を適宜選択する。一元の真空蒸着法または多元の真空蒸着法によって陰極を形成する際に上記の蒸着速度を維持するためには、0.5℃以下の精度で蒸発源温度を監視制御することが好ましい。
【0036】なお、本明細書でいうアルカリ金属およびアルカリ土類金属についての上記の「蒸着速度」は、後述する有機物層へのこれらの金属の付着確率が1ではないことから、実際に製膜される堆積速度を意味しているわけではない。本発明者らの検討から、前記の付着確率は著しく小さいことが判明した。したがって、本明細書でいう前記の「蒸着速度」は、膜厚計付近の蒸発金属の濃度(蒸気圧)を意味している。
【0037】また、酸素の存在濃度が1at%以下である陰極を形成するにあたっては、製膜時の雰囲気中の水ガスが酸素の供給源ともなり得ることから、当該水ガスの分圧についてもできるだけ低く抑えることが好ましい。そのためには、水に対して有効な排気速度を有するポンプであるクライオポンプを備えた製膜装置あるいは液体窒素等によって冷却されるトラップ機構を有する排気系を備えた製膜装置を使用することが好ましい。
【0038】上述のようにして形成することができる陰極を備えた本発明の有機EL素子では、陰極が特定の合金、すなわち、アルカリ金属または仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属を当該アルカリ金属と当該アルカリ土類金属との総量で0.5〜5at%含有する合金からなっていることから、電力変換効率が高く、素子寿命も長いものを容易に得ることができる。さらに、無発光点が著しく少なく、また、連続定電流駆動時の電圧上昇が小さいものを容易に得ることができる。無発光点が著しく少ないということは、均一発光性に優れていることを意味する。これらの特性は、陰極における酸素の存在濃度を1at%以下にした場合には更に向上する。
【0039】上述の特性を有する本発明の有機EL素子は、ページャーや腕時計の表示用バックライト等の面光源、あるいは有機EL表示装置用の表示パネルの画素等として好適である。
【0040】本発明の有機EL素子は、上述のようにして形成することができる前述の陰極を備えたものであればよく、その層構成については有機EL素子として機能するものであれば特に限定されるものではない。有機EL素子の層構成としては種々のものがある。透明基板上に形成され、かつ、当該透明基板を光取り出し面とするタイプの有機EL素子の層構成の具体例としては、例えば、前記の透明基板上の積層順が下記(1)〜(4)のものが挙げられる。なお、基板を光取り出し面としない場合には、基板上の積層順を下記(1)〜(4)の逆とすることもできる。
【0041】(1)陽極/発光層/陰極(2)陽極/正孔注入層/発光層/陰極(3)陽極/発光層/電子注入層/陰極(4)陽極/正孔注入層/発光層/電子注入層/陰極
【0042】上記(1)のタイプの有機EL素子および上記(1)とは積層順が逆のタイプの有機EL素子では発光層が本発明でいう単層構造の有機物層に相当し、上記(2)のタイプの有機EL素子および上記(2)とは積層順が逆のタイプの有機EL素子では正孔注入層および発光層が本発明でいう多層構造の有機物層に相当し、上記(3)のタイプの有機EL素子および上記(3)とは積層順が逆のタイプの有機EL素子では発光層および電子注入層が本発明でいう多層構造の有機物層に相当し、上記(4)のタイプの有機EL素子および上記(4)とは積層順が逆のタイプの有機EL素子では正孔注入層,発光層および電子注入層が本発明でいう多層構造の有機物層に相当する。
【0043】発光層は、通常1種または複数種の有機発光材料によって形成されるが、有機発光材料と電子注入材料および/または正孔注入材料との混合物や、当該混合物もしくは有機発光材料を分散させた高分子材料等によって形成される場合もある。また、上述した層構成の有機EL素子の外周に当該有機EL素子を覆うようにして、有機EL素子への水分や酸素の侵入を防止するための封止層が設けられる場合もある。
【0044】本発明の有機EL素子では、陰極以外の層の材料については特に限定されるものではなく、種々の材料を用いることができる。基板も含めて、陰極以外の各層について以下詳述する。
【0045】(A)基板基板を光取り出し面とする場合には、前述したように透明基板を用いる。この透明基板は、発光層からの発光(EL光)に対して高い透過性(概ね80%以上)を与える物質からなっていればよく、その具体例としてはアルカリガラス,無アルカリガス等の透明ガラスや、ポリエチレンテレフタレート,ポリカーボネート,ポリエーテルスルホン,ポリエーテルエーテルケトン,ポリフッ化ビニル,ポリアクリレート,ポリプロピレン,ポリエチレン,非晶質ポリオレフィン,フッ素系樹脂等の透明樹脂、または石英等からなる板状物やシート状物、あるいはフィルム状物が挙げられる。どのような透明基板を用いるかは、目的とする有機EL素子の用途等に応じて適宜選択可能である。一方、基板を光取り出し面としない場合には、上述した透明基板以外のものについても基板として利用することができる。この場合の基板は無機物であってもよいし有機物であってもよい。
【0046】(B)陽極陽極の材料としては、仕事関数の大きい(例えば4eV以上)金属,合金,電気伝導性化合物またはこれらの混合物が好ましく用いられる。具体例としてはAu等の金属、CuI,ITO,錫酸化物,亜鉛酸化物等の導電性透明材料が挙げられる。陽極は、蒸着法やスパッタ法等の方法で上記材料の薄膜を形成することにより作製することができる。発光層からの発光(EL光)を陽極側から取り出す場合、陽極における前記EL光の透過率は10%以上であることが好ましい。また、陽極のシート抵抗は数百Ω/□以下が好ましい。陽極の膜厚は材料にもよるが、通常10nm〜1μm、好ましくは10〜200nmの範囲で選択される。
【0047】(C)発光層発光層の材料として使用する有機発光材料は、(a) 電荷の注入機能、すなわち、電界印加時に陽極あるいは正孔注入層から正孔を注入することができ、陰極あるいは電子注入層から電子を注入することができる機能、(b) 輸送機能、すなわち、注入された正孔および電子を電界の力で移動させる機能、および(c) 発光機能、すなわち、電子と正孔の再結合の場を提供し、これらを発光につなげる機能、の3つの機能を併せもつものであればよいが、上記(a) 〜(c) の各機能それぞれについて十分な性能を併せもつことは必ずしも必要ではなく、例えば正孔の注入輸送性が電子の注入輸送性よりも大きく優れているものの中にも有機発光材料として好適なものがある。有機発光材料としては、例えばベンゾチアゾール系,ベンゾイミダゾール系,ベンゾオキサゾール系等の蛍光増白剤や、スチリルベンゼン系化合物等を用いることができる。
【0048】上記の蛍光増白剤の具体例としては、ベンゾオキサゾール系では2,5−ビス(5,7−ジ−t−ペンチル−2−ベンゾオキサゾリル)−1,3,4−チアジアゾール、4,4′−ビス(5,7−t−ペンチル−2−ベンゾオキサゾリル)スチルベン、4,4′−ビス[5,7−ジ−(2−メチル−2−ブチル)−2−ベンゾオキサゾリル]スチルベン、2,5−ビス(5,7−ジ−t−ペンチル−2−ベンゾオキサゾリル)チオフェン、2,5−ビス[5−α,α−ジメチルベンジル−2−ベンゾオキサゾリル]チオフェン、2,5−ビス[5,7−ジ−(2−メチル−2−ブチル)−2−ベンゾオキサゾリル]−3,4−ジフェニルチオフェン、2,5−ビス(5−メチル−2−ベンゾオキサゾリル)チオフェン、4,4′−ビス(2−ベンゾオキサゾリル)ビフェニル、5−メチル−2−[2−[4−(5−メチル−2−ベンゾオキサゾリル)フェニル]ビニル]ベンゾオキサゾール、2−[2−(4−クロロフェニル)ビニル]ナフト[1,2−d]オキサゾール等が挙げられ、ベンゾチアゾール系では2,2′−(p−フェニレンジビニレン)−ビスベンゾチアゾール等が挙げられ、ベンゾイミダゾール系では2−[2−[4−(2−ベンゾイミダゾリル)フェニル]ビニル]ベンゾイミダゾール、2−[2−(4−カルボキシフェニル)ビニル]ベンゾイミダゾール等が挙げられる。さらに、他の有用な化合物は、ケミストリー・オブ・シンセティック・ダイズ(1971),第628〜637頁および第640頁に列挙されている。
【0049】また、上記のスチリルベンゼン系化合物の具体例としては、1,4−ビス(2−メチルスチリル)ベンゼン、1,4−ビス(3−メチルスチリル)ベンゼン、1,4−ビス(4−メチルスチリル)ベンゼン、ジスチリルベンゼン、1,4−ビス(2−エチルスチリル)ベンゼン、1,4−ビス(3−エチルスチリル)ベンゼン、1,4−ビス(2−メチルスチリル)−2−メチルベンゼン、1,4−ビス(2−メチルスチリル)−2−エチルベンゼン等が挙げられる。
【0050】さらに、上述した蛍光増白剤およびスチリルベンゼン系化合物以外にも、例えば12−フタロペリノン、1,4−ジフェニル−1,3−ブタジエン、1,1,4,4−テトラフェニル−1,3−ブタジエン、ナフタルイミド誘導体、ペリレン誘導体、オキサジアゾール誘導体、アルダジン誘導体、ピラジリン誘導体、シクロペンタジエン誘導体、ピロロピロール誘導体、スチリルアミン誘導体、クマリン系化合物、国際公開公報WO90/13148やAppl.Phys.Lett.,vol 58,18,P1982(1991) に記載されているような高分子化合物、芳香族ジメチリディン系化合物、下記一般式(I)
【化1】


で表される化合物等も、有機発光材料として用いることができる。
【0051】ここで、上記芳香族ジメチリディン系化合物の具体例としては、1,4−フェニレンジメチリディン、4,4′−フェニレンジメチリディン、2,5−キシリレンジメチリディン、2,6−ナフチレンジメチリディン、1,4−ビフェニレンジメチリディン、1,4−p−テレフェニレンジメチリディン、4,4′−ビス(2,2−ジ−t−ブチルフェニルビニル)ビフェニル、4,4′−ビス(2,2−ジフェニルビニル)ビフェニル等、およびこれらの誘導体が挙げられる。また、上記一般式(I)で表される化合物の具体例としては、ビス(2−メチル−8−キノリノラート)(p−フェニルフェノラート)アルミニウム(III)、ビ ス(2−メチル−8−キノリノラート)(1−ナフトラート)アルミニウム(III)等が挙げられる。
【0052】その他、上述した有機発光材料をホストとし、当該ホストに青色から緑色までの強い蛍光色素、例えばクマリン系あるいは前記ホストと同様の蛍光色素をドープした化合物も、有機発光材料として好適である。有機発光材料として前記の化合物を用いた場合には、青色から緑色の発光(発光色はドーパントの種類によって異なる。)を高効率で得ることができる。前記化合物の材料であるホストの具体例としては、ジスチリルアリーレン骨格の有機発光材料(特に好ましくは例えば4,4′−ビス(2,2−ジフェニルビニル)ビフェニル)が挙げられ、前記化合物の材料であるドーパントの具体例としては、ジフェニルアミノビニルアリーレン(特に好ましくは例えばN,N−ジフェニルアミノビフェニルベンゼン)や4,4′−ビス[2−[4−(N,N−ジ−p−トリル)フェニル]ビニル]ビフェニル)が挙げられる。
【0053】上述した有機発光材料を用いて発光層を形成する方法としては、例えば蒸着法、スピンコート法、キャスト法、LB法等の公知の方法を適用することができるが、スパッタリング法以外の方法を適用することが好ましい。また、発光層は、特に分子堆積膜であることが好ましい。ここで分子堆積膜とは、気相状態の材料化合物から沈着され形成された薄膜や、溶液状態または液相状態の材料化合物から固体化され形成された膜のことであり、通常この分子堆積膜は、LB法により形成された薄膜(分子累積膜)とは凝集構造、高次構造の相違や、それに起因する機能的な相違により区分することができる。さらには、樹脂等の結着剤と有機発光材料とを溶剤に溶かして溶液とした後、これをスピンコート法等により薄膜化することによっても、発光層を形成することができる。このようにして形成される発光層の膜厚については特に制限はなく、状況に応じて適宜選択することができるが、通常5nm〜5μmの範囲が好ましい。
【0054】(D)正孔注入層必要に応じて設けられる正孔注入層の材料(以下「正孔注入材料」という。)は、正孔の注入性あるいは電子の障壁性を有しているものであればよく、例えば、従来より電子感光体の正孔注入材料として用いられているものを適宜選択して用いることができ、正孔の移動度が10-5cm2 /V・s(電界強度104 〜105 V/cm)以上であるものが好ましい。正孔注入材料は、有機物および無機物のどちらでもよい。
【0055】具体例としては、トリアゾール誘導体、オキサジアゾール誘導体、イミダゾール誘導体、ポリアリールアルカン誘導体、ピラゾリン誘導体、ピラゾロン誘導体、フェニレンジアミン誘導体、アリールアミン誘導体、アミノ置換カルコン誘導体、オキサゾール誘導体、スチリルアントラセン誘導体、フルオレノン誘導体、ヒドラゾン誘導体、スチルベン誘導体、シラザン誘導体、ポリシラン、アニリン系共重合体、導電性高分子オリゴマー(特にチオフェンオリゴマー)、ポルフィリン化合物、芳香族第三級アミン化合物、スチリルアミン化合物、有機発光材料として示した前述の芳香族ジメチリディン系化合物、p型−Siやp−型SiC等の無機半導体等を挙げることができる。正孔注入材料としては、ポルフィリン化合物、芳香族第三級アミン化合物またはスチリルアミン化合物を用いることが好ましく、特に芳香族第三級アミン化合物を用いることが好ましい。
【0056】上記ポルフィリン化合物の具体例としては、ポルフィン、1,10,15,20−テトラフェニル−21H,23H−ポルフィン銅(II)、1,10,15,20−テトラフェニル−21H,23H−ポルフィン亜鉛(II)、5,10,15,20−テトラキス(ペンタフルオロフェニル)−21H,23H−ポルフィン、シリコンフタロシアニンオキシド、アルミニウムフタロシアニンクロリド、フタロシアニン(無金属)、ジリチウムフタロシアニン、銅テトラメチルフタロシアニン、銅フタロシアニン、クロムフタロシアニン、亜鉛フタロシアニン、鉛フタロシアニン、チタニウムフタロシアニンオキシド、マグネシウムフタロシアニン、銅オクタメチルフタロシアニン等が挙げられる。
【0057】また、前記芳香族第三級アミン化合物およびスチリルアミン化合物の具体例としては、N,N,N′,N′−テトラフェニル−4,4′−ジアミノフェニル、N,N′−ジフェニル−N,N′−ビス−(3−メチルフェニル)−[1,1′−ビフェニル]−4,4′−ジアミン、2,2−ビス(4−ジ−p−トリルアミノフェニル)プロパン、1,1−ビス(4−ジ−p−トリルアミノフェニル)シクロヘキサン、N,N,N′,N′−テトラ−p−トリル−4,4′−ジアミノビフェニル、1,1−ビス(4−ジ−p−トリルアミノフェニル)−4−フェニルシクロヘキサン、ビス(4−ジメチルアミノ−2−メチルフェニル)フェニルメタン、ビス(4−ジ−p−トリルアミノフェニル)フェニルメタン、N,N′−ジフェニル−N,N′−ジ(4−メトキシフェニル)−4,4′−ジアミノビフェニル、N,N,N′,N′−テトラフェニル−4,4′−ジアミノジフェニルエーテル、4,4′−ビス(ジフェニルアミノ)クオードリフェニル、N,N,N−トリ(p−トリル)アミン、4−(ジ−p−トリルアミノ)−4′−[4(ジ−p−トリルアミノ)スチリル]スチルベン、4−N,N−ジフェニルアミノ−(2−ジフェニルビニル)ベンゼン、3−メトキシ−4′−N,N−ジフェニルアミノスチルベン、N−フェニルカルバゾール、4,4′−ビス[N−(1−ナフチル)−N−フェニルアミノ]ビフェニルのように2個の縮合芳香族環を分子内に有するもの、トリフェニルアミンユニットが3つスターバースト型に連結された4,4′,4″−トリス[N−(3−メチルフェニル)−N−フェニルアミノ]トリフェニルアミン等が挙げられる。
【0058】正孔注入層は、上述した正孔注入材料を、例えば真空蒸着法、スピンコート法、キャスト法、LB法等の公知の方法により薄膜化することにより形成することができる。正孔注入層としての膜厚は特に制限されないが、通常は5nm〜5μmである。この正孔注入層は、正孔注入材料の1種または2種以上からなる一層構造であってもよいし、同一組成または異種組成の複数層からなる複層構造であってもよい。
【0059】(E)電子注入層必要に応じて設けられる電子注入層の材料(以下「電子注入材料」という。)は、陰極から注入された電子を発光層に伝達する機能を有しているものであればよい。一般には、電子親和力が有機発光材料の電子親和力に比して大きく陰極の仕事関数(陰極が多成分の場合には最小のもの)に比して小さいものが望ましい。ただし、エネルギーレベルの差が極端に大きいところは、そこに大きな電子注入障壁が存在することになり、好ましくない。電子注入材料の電子親和力は、陰極の仕事関数あるいは有機発光材料の電子親和力と同程度の大きさであることが好ましい。電子注入材料は、有機物および無機物のどちらでもよい。
【0060】具体例としては、ニトロ置換フルオレノン誘導体、アントラキノジメタン誘導体、ジフェニルキノン誘導体、チオピランジオキシド誘導体、ナフタレンペリレン等の複素環テトラカルボン酸無水物、カルボジイミド、フレオレニリデンメタン誘導体、アントロン誘導体、オキサジアゾール誘導体、特開昭59−194393号公報において発光層の材料として開示されている一連の電子伝達性化合物、オキサジアゾール環の酸素原子がイオウ原子に置換したチアゾール誘導体、電子吸引基として知られているキノキサリン環を有したキノキサリン誘導体、8−キノリノール誘導体の金属錯体(例えばトリス(8−キノリノール)アルミニウム、トリス(5,7−ジクロロ−8−キノリノール)アルミニウム、トリス(5,7−ジブロモ−8−キノリノール)アルミニウム、トリス(2−メチル−8−キノリノール)アルミニウム、トリス(5−メチル−8−キノリノール)アルミニウムおよびビス(8−キノリノール)亜鉛等や、これらの金属錯体の中心金属がIn,Mg,Cu,Ca,Sn,GaまたはPbに置き代わった金属錯体等)、メタルフリーもしくはメタルフタロシアニンまたはこれらの末端がアルキル基,スルホン基等で置換されているもの、有機発光材料として示した前述のジスチリルピラジン誘導体、n型−Siやn型−SiC等の無機半導体等が挙げられる。
【0061】電子注入層は、上述した電子注入材料を、例えば真空蒸着法、スピンコート法、キャスト法、LB法等の公知の方法により薄膜化することにより形成することができる。電子注入層としての膜厚は特に制限されないが、通常は5nm〜5μmである。この電子注入層は、電子注入材料の1種または2種以上からなる一層構造であってもよいし、同一組成または異種組成の複数層からなる複層構造であってもよい。
【0062】以上説明したように、本発明の有機EL素子では、陰極以外の各層については基板も含めて種々の物質を利用することができ、その層構成、特に本発明でいう有機物層の層構成も種々の構成とすることができる。また、陽極,有機物層を構成する各層および陰極は、前述したように種々の方法によって形成することができるが、各層の形成にあたって真空蒸着法を用いれば、この真空蒸着法だけによって有機EL素子を形成することができるので、設備の簡略化や生産時間の短縮を図るうえで有利である。その際、目的とする有機EL素子が基板上に陽極,有機物層および陰極をこの順で順次形成したものである場合には少なくとも有機物層を構成する各層(当該有機物層が単層構造である場合を含む。)の形成から陰極の形成までを、また、目的とする有機EL素子が基板上に陰極,有機物層および陽極をこの順で順次形成したものである場合には陰極の形成から陽極の形成までを、それぞれ連続的に行う、すなわち、ある層Aの形成後から次の層Bを形成するまでの間に前記の層Aが空気に触れないようにして行うことが好ましい。
【0063】また、本発明の有機EL素子は、従来の有機EL素子と同様に、素子への水分や酸素の侵入を防止するための封止層を有していてもよい。封止層の材料の具体例としては、テトラフルオロエチレンと少なくとも1種のコモノマーとを含むモノマー混合物を共重合させて得られる共重合体、共重合主鎖に環状構造を有する含フッ素共重合体、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリメチルメタクリレート、ポリイミド、ポリユリア、ポリテトラフルオロエチレン、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリジクロロジフルオロエチレン、クロロトリフルオロエチレンとジクロロジフルオロエチレンとの共重合体、吸水率1%以上の吸水性物質および吸水率0.1%以下の防湿性物質、In,Sn,Pb,Au,Cu,Ag,Al,Ti,Ni等の金属、MgO,SiO,SiO2 ,Al2 3 ,GeO,NiO,CaO,BaO,Fe2 3 ,Y2 3 ,TiO2等の金属酸化物、MgF2 ,LiF,AlF3 ,CaF2 等の金属フッ化物、パーフルオロアルカン,パーフルオロアミン,パーフルオロポリエーテル等の液状フッ素化炭素および当該液状フッ素化炭素に水分や酸素を吸着する吸着剤を分散させたもの等が挙げられる。
【0064】封止層の形成にあたっては真空蒸着法、スピンコート法、スパッタリング法、キャスト法、MBE(分子線エピタキシー)法、クラスターイオンビーム蒸着法、イオンプレーティング法、プラズマ重合法(高周波励起イオンプレーティング法)、反応性スパッタリング法、プラズマCVD法、レーザーCVD法、熱CVD法、ガスソースCVD法等を適宜適用することができる。封止層の材料として液状フッ素化炭素や当該液状フッ素化炭素に水分や酸素を吸着する吸着剤を分散させたものを用いる場合には、基板上に形成されている有機EL素子(既に別の封止層があってもよい。)の外側に、当該有機EL素子との間に空隙を形成しつつ前記の基板と共同して有機EL素子を覆うハウジング材を設け、前記の基板と前記のハウジング材とによって形成された空間に前記の液状フッ素化炭素や当該液状フッ素化炭素に水分や酸素を吸着する吸着剤を分散させたものを充填することによって封止層を形成することが好ましい。前記のハウジング材としては、吸水率の小さいガラスまたはポリマー(例えば三フッ化塩化エチレン)からなるものが好適に用いられる。ハウジング材を使用する場合には、上述した封止層を設けずに当該ハウジング材のみを設けてもよいし、ハウジング材を設けた後に、当該ハウジング材と前記の基板とによって形成された空間に酸素や水を吸着する吸着材の層を設けるか当該吸着材からなる粒子を分散させてもよい。
【0065】
【実施例】以下、本発明の実施例について説明する。
実施例1(1)有機EL素子の作製25×75×1.1mmのサイズのガラス基板上に膜厚100nmのITO透明電極(陽極に相当)が形成されているもの(以下「陽極付き基板」という。)を用意した。この陽極付き基板を有機溶媒中で超音波洗浄した後、乾燥窒素ガスを吹き付けて、ITO透明電極の表面から有機溶媒を除去した。その後、UV/オゾン洗浄を行って、ITO透明電極の表面から有機物を除去した。
【0066】水に対して有効な排気速度を有するクライオポンプを主排気ポンプとして備えている市販の真空蒸着装置(日本真空技術(株)製の高真空蒸着装置)を用い、かつ、水や酸素等の残留ガスが基板に付着しないように当該真空蒸着装置の基板支持部付近にトラップ機構を設けて、洗浄済みの上記陽極付き基板の上(ITO透明電極が設けられている側の面上)に以下の条件で正孔注入層、発光層、電子注入層および陰極をこの順で順次積層して、有機EL素子を得た。このとき、正孔注入層の形成から陰極の形成まで途中真空を破ることなく、1回の真空引きで有機EL素子を作製した。また、有機材料は全て精製済みのものを用い、蒸着開始時に脱ガスがなく不純物の発生もないようにした。
【0067】まず、第1の正孔注入層用の正孔注入材料として4,4′,4″−トリス[N−(3−メチルフェニル)−N−フェニルアミノ]トリフェニルアミン(以下「MTDATA」と略記する。)を用い、このMTDATAを蒸着時真空度1.0×10-6Torr以下、蒸着速度0.1〜0.3nm/sの条件で蒸着させて、膜厚60nmの第1の正孔注入層を形成した。このとき、上記の陽極付き基板は特に加熱も冷却もしなかった。次に、第2の正孔注入層用の正孔注入材料として4,4′−ビス[N−(1−ナフチル)−N−フェニルアミノ]ビフェニル(以下「NPD」と略記する。)を用い、このNPDを前記第1の正孔注入層形成時と同様の条件で蒸着させて、膜厚20nmの第2の正孔注入層を形成した。
【0068】次いで、有機発光材料として4,4′−ビス[2−[4−(N,N−ジ−p−トリル)フェニル]ビニル]ビフェニル(以下「DTAVBi」と略記する。)と4,4′−ビス(2,2−ジフェニルビニル)ビフェニル(以下「DPVBi」と略記する。)とを用い、DTAVBiがDPVBiに対して2.5wt%となるようにこれらを二元同時蒸着して、膜厚40nmの発光層を形成した。このときの蒸着時真空度、基板温度およびDPVBiの蒸着速度は、上述した第1の正孔注入層の形成時と同様にした。
【0069】次に、電子注入材料としてトリス(8−キノリノール)アルミニウム(以下「Alq」と略記する。)を用い、このAlqを上述した第1の正孔注入層の形成時と同様の条件で蒸着させて、膜厚20nmの電子注入層を形成した。
【0070】次いで、AlとLiとからなるLi濃度10at%の合金母材を陰極形成用の蒸着材料として用い、蒸着時真空度1.0×10-6Torr、蒸着速度0.5〜1.0nm/sの条件で当該蒸着材料を蒸着させて、膜厚約160nmの陰極を形成した。このとき、陰極の形成に先立ち、上記の合金母材を当該合金母材の蒸発が起こらないように水晶振動子式膜厚計で監視しながら徐々に加熱して脱ガスを行った。脱ガス時の真空槽内の雰囲気を四重極質量分析計で観察すると、水素ガスの成長の他に、蒸発源付近が熱放射によって加熱されたことによるCO2 等のガスの成長が見られた。陰極の形成は、CO2 ガス等の脱ガスが収まったのを確認した後、水晶振動子式膜厚計で蒸発源からの合金のとびが観察されるまで更に蒸発源を加熱し、蒸発源シャッターを閉にした状態で空とばしを行いながら蒸着速度を徐々に上記の速度に近づけ、当該蒸着速度が目的とする速度で安定するように蒸発源へのパワー投入の制御を行って蒸着速度が安定したことを水晶振動子式膜厚計で確認した後に行った。
【0071】陰極形成時の真空槽内の雰囲気を四重極質量分析計で観察したところ、酸素ガスは水ガスの3%程度の分圧強度(2.0×10-9Torr程度)であり、水ガスの分圧強度が減少して水素ガスが第一ピークとなっていることが確認された。陰極の形成後、蒸発源用シャッターを素早く閉とし、合金母材への通電を切って、基板(陰極まで形成した上記の陽極付き基板)を蒸着源から隔離した。
【0072】上述した陰極まで形成することにより、陽極(ITO透明電極)、正孔注入層(MTDATA層およびNPD層)、発光層(DTAVBiとDPVBiとからなる層)、電子注入層(Alq層)および陰極(Al−Li合金層)が前記のガラス基板上に順次積層されている有機EL素子が得られた。この有機EL素子においては、正孔注入層、発光層および電子注入層が本発明でいう「有機発光材料を含有する発光層を備えた多層構造の有機物層」に相当する。
【0073】(2)有機EL素子の発光試験上記(1)で得られた有機EL素子の陽極−陰極間に6Vの直流電圧を印加したところ2.60mA/cm2 の電流が流れ、輝度219cd/m2 の青色発光が得られた。このときの電力変換効率は4.43lm/Wであった。また、目視および輝度計(ミノルタ社製のCS−100)で観測する限りでは発光面内に無発光点は認められず、発光の均一性に優れていた。上記の有機EL素子を、初期輝度300cd/m2 の条件で乾燥窒素ガス雰囲気中において連続的に直流定電流駆動したところ、その輝度が半減するまでには3000時間という長時間を要した。この間、発光色度は変化せず、無発光点の発生も認められなかった。また、連続定電流駆動の開始から500時間後までの間における有機EL素子の陽極−陰極間の電圧上昇は0.6Vであった。
【0074】(3)陰極の組成分析上記(1)と同様にして更にもう1個の有機EL素子を作製し、この有機EL素子を構成している陰極について、その組成を次のようにして分析した。すなわち、陰極表面(陰極上面。以下同様。)から陽極側に向けてAr+ イオンによって1.5nm/sのスパッタレートでスパッタしてゆき、所定時間毎にスパッタを中止して、そのつどAESおよびSIMSによって組成分析を行った。SIMSでは試料表面にイオンを照射することから、測定の度毎にイオンスパッタを受けて試料表面が5nm程度削られる。スパッタおよび組成分析は、AESによって炭素の信号が観察される深さを目途に繰り返した。
【0075】その結果、陰極においてはAESではLiおよび酸素のいずれも検出されず、当該陰極におけるこれらの濃度は検出限界未満、すなわち1at%未満であった。SIMSによる陰極中のLi濃度についての測定結果を表1に示す。
【0076】
【表1】


【0077】表1に示したように、Liは陰極表面および有機物層との界面付近を除いて概ね0.5at%程度の濃度でほぼ均一に分布している。なお、陰極表面および有機物層との界面付近にはAlおよびLi以外の元素が存在していたため、マトリックス効果により、これらの箇所におけるLi濃度は定量性に欠ける。ただし、陰極表面にはAESによりほぼ15at%の酸素が存在していることが確認され、AlおよびLi以外で陰極表面に存在する元素は実質的に酸素のみであることから、SIMSデプスプロファイルを検量線法によって作成する際に使用する合金インゴットを意図的に酸化(陰極表面と同程度の酸素量となるように酸化)させたときのLi/Alのシグナルカウント比の変化から陰極表面における実際のLi濃度を推測したところ、0.01at%程度であった。
【0078】実施例2(1)有機EL素子の作製実施例1(1)と同様にして電子注入層まで形成した後、蒸着材料としてAlとLiとを用い、蒸着時真空度を4.0×10-7Torr、Alの蒸着速度を2.0nm/s、Liの蒸着速度を0.01nm/sにした二元同時蒸着によって膜厚120nmの陰極を形成して、有機EL素子を得た。四重極質量分析計でみた陰極形成時の真空槽内の残留ガス成分の分圧の相対強度は、実施例1(1)におけるのと同様であった。
【0079】(2)有機EL素子の発光試験上記(1)で得られた有機EL素子の陽極−陰極間に8Vの直流電圧を印加したところ0.82mA/cm2 の電流が流れ、輝度86.7cd/m2 の青色発光が得られた。このときの電力変換効率は4.15lm/Wであった。また、目視および輝度計で観測する限りでは発光面内に無発光点は認められず、発光の均一性に優れていた。上記の有機EL素子を実施例1(2)と同条件で連続定電流駆動したところ、その輝度が半減するまでにはほぼ2000時間という長時間を要した。この間、発光色度は変化せず、無発光点の発生も認められなかった。また、連続定電流駆動の開始から500時間後までの間における有機EL素子の陽極−陰極間の電圧上昇は0.67Vであった。
【0080】(3)陰極の組成分析上記(1)と同様にして更にもう1個の有機EL素子を作製し、この有機EL素子を構成している陰極について、その組成を実施例1(3)と同様にして分析した。その結果、陰極においてはAESではLiおよび酸素のいずれも検出されず、当該陰極におけるこれらの濃度は検出限界未満、すなわち1at%未満であった。SIMSによる陰極中のLi濃度についての測定結果を表2に示す。
【0081】
【表2】


【0082】表2に示したように、Liは陰極表面および有機物層との界面付近を除いて概ね3at%程度の濃度で均一に分布している。なお、陰極表面および有機物層との界面付近にはAlおよびLi以外の元素が存在していたため、マトリックス効果により、これらの箇所におけるLi濃度は定量性に欠ける。ただし、実施例1(3)と同様にして推測した陰極表面の実際のLi濃度は、0.04〜0.07at%であった。
【0083】実施例3(1)有機EL素子の作製実施例1(1)と同様にして電子注入層まで形成した後、蒸着材料としてAlとLiとからなるLi濃度5at%の合金母材を用い、かつ、蒸着速度を0.8〜1.0nmとした以外は実施例1(1)と同様にして膜厚200nmの陰極を形成して、有機EL素子を得た。四重極質量分析計でみた陰極形成時の真空槽内の残留ガス成分の分圧の相対強度は実施例1(1)におけるのと同様であった。
【0084】(2)有機EL素子の発光試験上記(1)で得られた有機EL素子の陽極−陰極間に6Vの直流電圧を印加したところ1.30mA/cm2 の電流が流れ、輝度140cd/m2 の青色発光が得られた。このときの電力変換効率は5.63lm/Wであった。また、目視および輝度計で観測する限りでは発光面内に無発光点は認められず、発光の均一性に優れていた。上記の有機EL素子を実施例1(2)と同条件で連続定電流駆動したところ、その輝度が半減するまでにはほぼ3200時間という長時間を要した。この間、発光色度は変化せず、無発光点の発生も認められなかった。また、連続定電流駆動の開始から500時間後までの間における有機EL素子の陽極−陰極間の電圧上昇は0.53Vであった。
【0085】(3)陰極の組成分析1上記(1)と同様にして更にもう1個の有機EL素子を作製し、この有機EL素子を構成している陰極について、その組成を実施例1(3)と同様にして分析した。その結果、陰極においてはAESでは酸素は検出されず、当該陰極における酸素の濃度は検出限界未満、すなわち1at%未満であった。SIMSによる陰極中のLi濃度についての測定結果を表3に示す。
【0086】
【表3】


【0087】表3に示したように、Li濃度は有機物層との界面から陰極表面にかけて、9at%程度から0.1at%程度へと漸次低下している。ただし、有機物層との界面付近にはAlおよびLi以外の元素(C,O,N)が存在していたため、マトリックス効果により、この箇所におけるLi濃度は定量性に欠ける。
【0088】(4)陰極の組成分析2上記(1)における陰極の形成条件と同条件で石英ガラス基板上に膜厚200nmのAl−Li合金層を形成し、その組成をICP分析により求めた。その結果、Al−Li合金層全体におけるLiの濃度は3.25at%であり、SIMSによる上記(3)の結果と矛盾しない結果であった。
【0089】実施例4〜実施例5および比較例1〜比較例6(1)有機EL素子の作製実施例1(1)と同様にして電子注入層まで形成した後、蒸着材料としてAlとLiとからなるLi濃度7at%の合金母材を用い、かつ、蒸着速度を0.5〜2nmとした以外は実施例1(1)と同様にして膜厚150nmの陰極を形成して、有機EL素子を得た。ただし、陰極の形成にあたっては、前記の合金母材について脱ガスを十分に行った後、実施例毎および比較例毎に空とばし量を適宜変化させて空とばしを行い、この後に陰極を形成した。前記の空とばし量を実施例毎および比較例毎に変化させたことによって、陰極中のLi濃度は実施例毎および比較例毎に表4に示す値となった。
【0090】なお、表4に示した陰極中のLi濃度は、各実施例または各比較例における陰極の形成条件と同条件で石英ガラス基板上に形成した膜厚150nmのAl−Li合金層についてICP分析によって求めた値である。また、四重極質量分析計でみた陰極形成時の真空槽内の残留ガス成分の分圧の相対強度は、いずれの実施例および比較例においても実施例1(1)におけるのと同様であった。
【0091】(2)有機EL素子の発光試験上記(1)で得られた各有機EL素子の陽極−陰極間に直流電圧を印加したところ、いずれの有機EL素子においても目視および輝度計で観測する限りでは発光面内に無発光点は認められず、発光の均一性に優れていた。このときの電流密度、輝度および電力変換効率を表4に示す。また、各有機EL素子を実施例1(2)と同条件で連続定電流駆動したところ、いずれの有機EL素子においても連続駆動の間に発光色度は変化せず、また、無発光点の発生も認められなかった。連続定電流駆動によって輝度が半減するのに要した時間(半減時間)、および、連続定電流駆動の開始から500時間後までの間における有機EL素子の陽極−陰極間の電圧上昇値を、それぞれ表4に併記する。
【0092】
【表4】


【0093】表4から明らかなように、実施例4および実施例5で得た各有機EL素子は、輝度および電力変換効率が共に高く、連続定電流駆動によって輝度が半減するのに要した時間(半減時間)は2650時間または3500時間と長い。そして、これら実施例4および実施例5で得た各有機EL素子は、連続定電流駆動の開始から500時間後までの間における有機EL素子の陽極−陰極間の電圧上昇が0.7Vまたは0.5Vと小さい。
【0094】これに対し、比較例1〜比較例6で得た各有機EL素子は、連続定電流駆動によって輝度が半減するのに要した時間(半減時間)は680〜1500時間と短い。また、比較例1〜比較例4で得た各有機EL素子は、連続定電流駆動の開始から500時間後までの間における有機EL素子の陽極−陰極間の電圧上昇が1.4〜1.8Vと大きい。そして、比較例7で得た有機EL素子は、輝度および電力変換効率がともに低い。
【0095】実施例6(1)有機EL素子の作製実施例1(1)と同様にして電子注入層まで形成した後、Alと仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属の1つであるCaとからなる合金母材(Caの濃度=5at%)を蒸着材料として用い、かつ、蒸着時真空度を1.0×10-6Torr、蒸着速度を1.2〜1.3nm/sとした以外は実施例1(1)と同様にして膜厚150nmの陰極を形成して、有機EL素子を得た。四重極質量分析計でみた陰極形成時の真空槽内の残留ガス成分の分圧の相対強度は、実施例1(1)におけるのと同様であった。
【0096】(2)有機EL素子の発光試験上記(1)で得られた有機EL素子の陽極−陰極間に6Vの直流電圧を印加したところ0.64mA/cm2 の電流が流れ、輝度60cd/m2 の青色発光が得られた。このときの電力変換効率は4.91lm/Wであった。また、目視および輝度計で観測する限りでは発光面内に無発光点は認められず、発光の均一性に優れていた。上記の有機EL素子を実施例1(2)と同条件で連続定電流駆動したところ、その輝度が半減するまでにはほぼ2300時間という長時間を要した。この間、発光色度は変化せず、無発光点の発生も認められなかった。また、連続定電流駆動の開始から500時間後までの間における有機EL素子の陽極−陰極間の電圧上昇は0.6Vであった。
【0097】(3)陰極の組成分析上記(1)における陰極の形成条件と同条件で石英ガラス基板上に膜厚150nmのAl−Ca合金層を形成し、その組成をICP分析により求めた。その結果、当該Al−Ca合金層全体におけるCa濃度は1.5at%であった。このことから、上記(1)で形成した陰極中のCa濃度も1.5at%であると推察される。
【0098】
【発明の効果】以上説明したように、本発明の有機EL素子は、アルカリ金属またはアルカリ土類金属を利用した単層構造の陰極を備えた有機EL素子でありながら、電力変換効率が高く、素子寿命が長く、均一発光性に優れ、かつ、連続定電流駆動時の電圧上昇が小さいものである。したがって、本発明によれば上記の特性を有する有機EL素子を容易に提供することが可能になる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 陽極と、有機発光材料を含有する発光層を備えた単層構造または多層構造の有機物層と、陰極とが基板上に順次積層されている有機EL素子において、前記陰極が、仕事関数3.8eV以上の金属とアルカリ金属または仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属との合金からなり、この合金における前記アルカリ金属と前記アルカリ土類金属との総量が0.5〜5at%であることを特徴とする有機EL素子。
【請求項2】 陰極が、アルカリ金属と仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属とのうちでアルカリ金属のみを含有し、前記アルカリ金属がリチウム(Li)である、請求項1に記載の有機EL素子。
【請求項3】 陰極が、アルカリ金属と仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属とのうちで仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属のみを含有し、前記アルカリ土類金属がカルシウム(Ca)である、請求項1に記載の有機EL素子。
【請求項4】 陰極が、アルミニウム(Al)とアルカリ金属または仕事関数2.9eV以下のアルカリ土類金属との合金からなる、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の有機EL素子。
【請求項5】 陰極におけるアルカリ金属とアルカリ土類金属との総量の濃度が、有機物層との界面から陰極表面にかけて漸次低下している、請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の有機EL素子。
【請求項6】 陰極における酸素の存在濃度が1at%以下である、請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の有機EL素子。