説明

有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法

【課題】施工期間を把握して防食電着被膜を適切に形成する有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法を提供する。
【解決手段】海洋鋼構造物1の海水に水没した水没部2に対し所要の間隔をあけて陽極3を設け、陽極3と海洋鋼構造物1との間に直流電源4を設けて直流電流を通電することにより、海洋鋼構造物1の水没部表面に防食電着被膜5を形成する有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法において、潮流速が0より大きく且つ最大潮流速以下となる有潮流海域で、防食電着被膜を形成する際の電流密度を3[A/m2]以上5[A/m2]以下にして施工する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、岸壁等に護岸のために設けられる鋼矢板、橋梁や桟橋等に設けられる鋼管杭、或いはコンクリート構造物の表面を鉄鋼部材で被覆した鋼ケーソン等の海洋鋼構造物は、その一部が海水に水没した状態で設けられており、非常に錆が発生し易い環境に晒されている。
【0003】
従って、このような海洋鋼構造物では、長期間の使用により錆が発生し減肉して強度が低下するため、補強工事或いは取替工事等を行う必要が生じるが、該補強工事或いは取替工事には多大の費用が掛かるため、水没部では防食電着被膜を形成して前記海洋鋼構造物の寿命延長を図ることが行われている。
【0004】
海洋鋼構造物へ防食電着被膜を形成する際には、海洋鋼構造物の海水に水没した水没部に対して陽極を配置し、陽極と海洋鋼構造物との間に設けた直流電源により陽極と海洋鋼構造物に直流電流を通電する。これにより海水に溶存するカルシウムイオン(Ca2+)やマグネシウムイオン(Mg2+)等の陽イオンが陰極としての海洋鋼構造物へ向かって海水中を泳動し、該海洋鋼構造物において電子を得ることとなり、該海洋鋼構造物の水没部表面に、炭酸カルシウム及び水酸化マグネシウム等を主成分とする防食電着被膜を形成する(例えば、特許文献1、2参照)。ここで特許文献1には、港湾環境では、0.5〜5[A/m2]の比較的高電流密度で通電期間を3〜7日とし、防食電着被膜を形成する点が記載されている。又、特許文献2には、約4000[AH/m2]の通電により、厚さ約5[mm]以上の防食電着被膜を素地表面に形成する点が記載されている。
【0005】
更に防食電着被膜で防食効果を発揮する組成は、所定の硬度を有する炭酸カルシウムであることから、防食電着被膜を形成した後、電流の供給を停止し、海水存在下で防食電着被膜の水酸化マグネシウムを置換反応により炭酸カルシウムに置き換えて安定化させることが考えられている(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4146637号公報
【特許文献2】特開平10−313728号公報
【特許文献3】特開2005−320602号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1、2に記載されている方法を、流れがある海域(有潮流海域)に適用した場合には、電気化学反応で形成されたアルカリ性雰囲気が潮流により拡散・希釈されるため、防食電着被膜を適切に形成することができないという問題があった。また拡散・希釈に対応して高い電流密度を用いる場合には、下記の反応式(1)により鋼材表面での水素ガスの発生量が増加するため、防食電着被膜が剥離する懸念があり、施工期間を把握することができないという問題があった。
2H2O+2e→2OH+H2 …(1)
【0008】
また特許文献3に記載されている方法を適用する場合には、炭酸カルシウムの析出がpH8〜9であり、水酸化マグネシウムの析出がpH9〜10であり、電流密度の増加とpHの上昇に伴って水酸化マグネシウムの析出する割合が増えるため、防食電着被膜の形成する電流密度の条件や、水酸化マグネシウムを炭酸カルシウムに置き換える期間を適切に設定できず、防食電着被膜を安定化して適切に形成することができないという問題があった。
【0009】
本発明は、斯かる実情に鑑み、流れがある海域において、施工期間を把握して防食電着被膜を適切に形成する有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、海洋鋼構造物の海水に水没した水没部に対し所要の間隔をあけて陽極を設け、該陽極と海洋鋼構造物との間に直流電源を設けて直流電流を通電することにより、海洋鋼構造物の水没部表面に防食電着被膜を形成する有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法において、潮流速が0より大きく且つ最大潮流速以下となる有潮流海域で、防食電着被膜を形成する際の電流密度を3[A/m2]以上5[A/m2]以下にして施工することを特徴とする有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法にかかるものである。
【0011】
上記手段によれば、以下のような作用が得られる。
【0012】
流れがある海域において、電流密度を3[A/m2]以上5[A/m2]以下にして施工すれば、防食電着被膜が実質的に付着しない状態や、防食電着被膜が剥離する状態を回避することが確認され、防食電着被膜を適切に形成することが可能となる。
【0013】
前記有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法においては、前記防食電着被膜の形成時の電流密度[A/m2]と、目標の膜厚[μm]を決め、
膜厚[μm]=4.9×通電量[A・day/m2
の式から通電期間[day]を決定して施工するので、防食電着被膜を形成する施工期間を適確に把握することが可能となる。
【0014】
前記有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法においては、海洋鋼構造物の水没部表面に防食電着被膜を形成した後、電流の供給を停止し、海水存在下で防食電着被膜の水酸化マグネシウムを置換反応により炭酸カルシウムに置き換えて安定化させる期間を8日以上20日以下にするので、施工期間を適確に把握し、防食電着被膜を適切に形成することが可能となる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法によれば、潮流速が0より大きく且つ最大潮流速以下となる有潮流海域において防食電着被膜の形成するための電流密度を特定することにより、施工期間を把握し、防食電着被膜を適切に形成することができるという優れた効果を奏し得る。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法を示す概略図である。
【図2】本発明の有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法を検証するために行った試験において防食電着被膜形成時の電流密度と防食電着被膜の膜厚との関係を示すプロット図である。
【図3】本発明の有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法を検証するために行った試験において防食電着被膜形成時の通電量と防食電着被膜の膜厚との関係を示すプロット図である。
【図4】本発明の有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法を検証するために行った試験において防食電着被膜形成時の電流密度と通電停止後の防食電着被膜の膜厚減少速度との関係を示すプロット図である。
【図5】本発明の有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法を検証するために行った試験において通電停止後の日数と防食電着被膜の膜厚との関係を示すプロット図である。
【図6】本発明の有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法を検証するために行った試験において浸漬日数と防食電着被膜の組成比との関係を示すプロット図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を添付図面を参照して説明する。
【0018】
有潮流海域において防食電着被膜を形成する際には、図1に示す如く海洋鋼構造物1の海水に水没した水没部2に対し所要の間隔をあけて陽極3を設け、該陽極3と海洋鋼構造物1との間に直流電源4を設けて直流電流を通電することにより防食電着被膜5を形成する。また防食電着被膜5を形成する試験では、海洋鋼構造物1に見立てた試験片に防食電着被膜5を形成して試験を行った。試験では、防食電着被膜5の膜厚形成における電流密度[試験1]、防食電着被膜5の形成後の膜厚変化[試験2]、防食電着被膜5の水酸化マグネシウムから炭酸カルシウムへの組成変化[試験3]の評価を行った。ここで有潮流海域とは、潮流速が0より大きく且つ最大潮流速以下となる海域であって、潮流速が0より大きく10ノット以下、好ましくは0より大きく5ノット以下の海域を意味している。
【0019】
前記防食電着被膜5の形成条件は、以下に示す通りである。
・試験片(陰極):SS400、400×450×6[mm]
(有効面積:1050[cm2])
・陽極:SS400、400×450×6[mm]
・試験片の水深:(最低水位L.W.L.)−1.0[m]
・電極間距離:500[mm]
・被膜形成時の陰極電流密度:2〜10[A/m2
【0020】
[試験1]
上記条件で防食電着被膜の膜厚における電流密度を評価する際には、潮流速が0より大きく5ノット以下の海域で試験を行い、防食電着被膜形成時の電流密度を2[A/m]から10[A/m]までの範囲にして設定し、単位通電量あたりの電流密度[1A・day/m]で形成される防食電着被膜の膜厚[μm]を複数計測した。
【0021】
この結果、図2に示すごとく電流密度を3[A/m]以上5[A/m]以下にした範囲では、ほぼ同じ効率で防食電着被膜が形成されることが確認された。一方、電流密度が7[A/m]以上では被膜の剥離が確認され、電流密度が2[A/m]では通電時間4日経過時においても被膜が適切に形成されず、効率が悪いことが確認された。従って潮流速が0より大きく5ノット以下の海域で効率よく被膜を形成させるためには、電流密度を3[A/m]以上5[A/m]以下の範囲にして通電すれば良いことが明らかとなった。
【0022】
また電流密度を3[A/m]以上5[A/m]以下の範囲にして通電した場合、通電量と、防食電着被膜の膜厚の関係を調べた。その結果、図3に示すごとく、ほぼ通電量に比例して被膜が形成されていることが確認でき、通電量と防食電着被膜の膜厚との関係について次の式を見出すことができた。
膜厚[μm]=4.9×通電量[A・day/m2
よって目標の膜厚[μm]と電流密度[A/m]を決めれば、施工のための通電期間[day]の算出が可能である。なお、図3中ではy=4.9Xで記載している。
【0023】
[試験2]
防食電着被膜の形成後の膜厚変化を評価する際には、同様に潮流速が0より大きく5ノット以下の海域で試験を行い、電流密度を3[A/m]から7[A/m]までの範囲にして防食電着被膜を形成し、通電停止後の防食電着被膜の膜厚減少速度[μm/日]を複数計測した。ここで通電停止後の期間は、通電停止初期の期間(2日〜8日)とした。なお電流密度が2[A/m]の場合には、防食電着被膜を適切に形成できないため、防食電着被膜の膜厚減少速度を計測しなかった。
【0024】
この結果、図4に示すごとく電流密度を3[A/m]または4[A/m]にして防食電着被膜を形成した場合には、膜厚の減少が少ないことが確認された。一方、電流密度5[A/m]以上で防食電着被膜を形成した場合には、通電停止初期に約20μm/日の速度で被膜厚が減少することが確認された。
【0025】
従って、流れがある海域において膜厚の減少が少なく、効率良く防食電着被膜を形成するためには、通電時の電流密度を3[A/m]以上4[A/m]以下にすることが好ましいことが明らかとなった。
【0026】
ここで電流密度を5[A/m]にして防食電着被膜を形成し、通電停止後の防食電着被膜の膜厚変化を計測した場合には、図5に示すごとく通電停止後5日以降において、膜厚はほぼ変化しておらず、被膜が安定に存在していることが確認された。
【0027】
従って電流密度を5[A/m]以上にして防食電着被膜を形成する場合は、通電停止後5日間で100μm程度(5日×20μm/日)膜厚が減少することを予め見込み、膜厚[μm]=4.9×通電量[A・day/m2]の式より、電気密度を5[A/m]にして4日間[day]通電し、通電量約20[A・day/m2]を余分に付加すれば、膜厚の減少分100μmの影響を回避できると推定される。
【0028】
[試験3]
防食電着被膜の水酸化マグネシウムから炭酸カルシウムへの組成変化を評価する際には、同様に潮流速が0より大きく5ノット以下の海域で試験を行い、電流密度を3[A/m]から10[A/m]までの範囲にして防食電着被膜を海水中に形成し、電流の供給を停止した後の日数を浸漬日数として記録すると同時に防食電着被膜の組成比(CaCO3/Mg(OH)2)を計測した。ここで水酸化マグネシウム(Mg(OH)2)を炭酸カルシウム(CaCO3)に置き換える置換反応は、下記の反応式(2)〜(4)により成り立っていると考えられている。
Mg(OH)2 → Mg2++2OH …(2)
Ca2++H2CO3+2OH → CaCO3+2H2O …(3)
Mg(OH)2+Ca2++H2CO3 → Mg2++CaCO3+2H2O …(4)
【0029】
この結果、電流密度を3[A/m]から10[A/m]までの範囲にして防食電着被膜を形成した場合、いずれも水酸化マグネシウムの割合が高い防食電着被膜であって、図6に示すごとく3[A/m]から7[A/m]までの防食電着被膜は、浸漬8日以上、好ましくは10日以上20日以下で防食電着被膜の水酸化マグネシウムを炭酸カルシウムに置き換え、組成比が1〜2程度になっている。ここで電流密度10[A/m]の防食電着被膜は[実験1]で示すように剥離を生じることから適切な膜厚を形成することできなかった。
【0030】
従って、流れがある海域(有潮流海域)において置換反応により防食電着被膜の水酸化マグネシウムを炭酸カルシウムに置き換えることが確認でき、好ましくは10日以降で組成比が1〜2となって安定化することが明らかである。よって防食電着被膜を安定化するまでは、通電停止後10日間が必要であり、安定化するための施工期間を推定することが可能である。
【0031】
而して、実施の形態例によれば、流れがある海域において、電流密度を3[A/m2]以上5[A/m2]以下にし、防食電着被膜が実質的に付着しない状態や、防食電着被膜が剥離する状態を回避し、施工期間を把握して防食電着被膜を適切に形成することができる。
【0032】
ここで電流密度を3[A/m2]より小さくした場合には、防食電着被膜が実質的に付着せず、電流密度を5[A/m2]より大きくした場合には、防食電着被膜が剥離する可能性があることから、電流密度を3[A/m2]以上5[A/m2]以下にして防食電着被膜を形成する必要がある。
【0033】
有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法においては、前記防食電着被膜の形成時の電流密度[A/m2]と、目標の膜厚[μm]を決め、
膜厚[μm]=4.9×通電量[A・day/m2
の式から通電期間[day]を決定して施工するので、防食電着被膜を形成する施工期間を適確に把握することができる。
【0034】
有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法においては、海洋鋼構造物の水没部表面に防食電着被膜を形成した後、電流の供給を停止し、海水存在下で防食電着被膜の水酸化マグネシウムを置換反応により炭酸カルシウムに置き換えて安定化させる期間を8日以上20日以下にするので、施工期間を適確に把握して防食電着被膜を適切に形成することができる。
【0035】
尚、本発明の有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法は、上述の実施例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0036】
1 海洋鋼構造物
2 水没部
3 陽極
4 直流電源
5 防食電着被膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
海洋鋼構造物の海水に水没した水没部に対し所要の間隔をあけて陽極を設け、該陽極と海洋鋼構造物との間に直流電源を設けて直流電流を通電することにより、海洋鋼構造物の水没部表面に防食電着被膜を形成する有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法において、潮流速が0より大きく且つ最大潮流速以下となる有潮流海域で、防食電着被膜を形成する際の電流密度を3[A/m2]以上5[A/m2]以下にして施工することを特徴とする有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法。
【請求項2】
前記防食電着被膜の形成時の電流密度[A/m2]と、目標の膜厚[μm]を決め、
膜厚[μm]=4.9×通電量[A・day/m2
の式から通電期間[day]を決定して施工する請求項1記載の有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法。
【請求項3】
海洋鋼構造物の水没部表面に防食電着被膜を形成した後、電流の供給を停止し、海水存在下で防食電着被膜の水酸化マグネシウムを置換反応により炭酸カルシウムに置き換えて安定化させる期間を8日以上20日以下にする請求項2記載の有潮流海域での海洋鋼構造物の防食被膜形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−26007(P2012−26007A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−166912(P2010−166912)
【出願日】平成22年7月26日(2010.7.26)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】