説明

有用物質の製造方法

【課題】基質の反応効率がよく、また製造工程の操作安定性が向上した有用物質の製造方法を提供する。
【解決手段】疎水性基質を水性反応液5に接触させ、当該反応液中で生体触媒を用いて変換し、有用物質を製造する方法において、固体状態の疎水性基質を、反応系内のいずれかの箇所に局在化させて行なう有用物質の製造方法。特に、1−(2−ヒドロキシエチル)−2,5,5,8a−テトラメチルデカヒドロナフタレン−2−オールを、子嚢菌類の微生物を生体触媒として製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有用物質、特に微生物発酵生産物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬成分、香料、香料原料、油脂やそれらの中間体等の有用物質の中には酵素や微生物等の生体触媒を用いて製造されるものが数多く存在する。このような製造法においては、反応液中で有用物質の原料と生体触媒を良好に接触させると共に、生成した有用物質を効率よく回収することが、製造効率上好ましい。
【0003】
そこで、例えば、非イオン界面活性剤を用いてセルロース等の固体状水不溶性多糖類とセルラーゼ等の酵素を水溶液中に分散させて反応を良好にする方法が知られている(特許文献1)。
【0004】
また、水性液体培地を含有する固定化担体に付着・固定化された微生物が充填された反応塔の下から上に、実質的に水に不溶性又は難溶性の反応基質を含む疎水性有機溶媒を循環させる界面バイオリアクターが知られている(特許文献2)。
【0005】
更に、親水性基質と疎水性基質を反応させて両親媒性物質を製造する際に水性反応液を用いた場合に、生成物が酵素の加水分解作用を受けたり、反応液中の水分に生成物が溶解してしまい、回収率が低下する等の問題点を解決するため、親水性基質を固体担体に吸着させて非極性溶媒又は弱極性溶媒中に分散させ、これに疎水性基質と酵素とを混合して反応させて両親媒性化合物を得る方法が知られている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭62−12996号公報
【特許文献2】特開平8−163989号公報
【特許文献3】特表平6−505148号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述の従来技術において、反応を良好にするため、基質の分散性を向上させようとして界面活性剤を用いると、反応中に泡が生じ、この泡に基質が含まれてしまうため水性反応液中の基質濃度が低下して反応効率が低下したり、反応終了後の反応液(以下、反応終了液という)中に有用物質と共に基質が残存してしまうことが判明した。すると、有用物質回収の際に基質も一緒に反応系から流出することとなり、反応効率や作業効率、操作安定性の点で好ましくなかった。この場合、消泡剤を添加したり撹拌速度を調整する等の操作を行っても、完全に泡の発生を抑えることができないことも判明した。また、前述の有機溶媒を循環させる界面バイオリアクターにおいては、有機溶媒を微生物に接触させるため微生物やその反応に悪影響を及ぼす可能性がある。更に、親水性基質を固体担体に吸着させる方法においては、当該吸着工程が必要であり、また反応後反応液中に担体が残存することになると共に、当該溶媒によって酵素活性が低下又は失活する可能性がある。
【0008】
従って、本発明は、基質の反応効率がよく、また製造工程における操作安定性がよく、生成物の回収効率の高い有用物質の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、疎水性基質を水性反応液中で生体触媒を用いて変換し、有用物質を製造する方法において、反応効率及び操作安定性がよく生成物の回収効率が高い有用物質の製造方法について検討した。
【0010】
そして、本発明者は、更に種々検討を行なった結果、疎水性基質を固体状態とし、これを反応系内のいずれかの箇所に局在化させ、当該疎水性基質を水性反応液中に接触させて溶解させながら反応を行なうことによって、反応液中の基質濃度を一定に保ち、通気や撹拌も適宜調整することが可能となり操作安定性を向上できると共に反応効率も向上することを見出した。更に、反応終了液中の基質と有用物質の混在が少なくなるため有用物質の回収が容易となり、また反応液からの基質の流出が少なくなるため反応効率を向上できると共に製造コストを低減させることができ、更に連続的な製造も可能となることを見出した。
【0011】
すなわち、本発明は、疎水性基質を水性反応液に接触させ、当該反応液中で生体触媒を用いて変換し、有用物質を製造する方法において、固体状態の疎水性基質を、反応系内のいずれかの箇所に局在化させて行う有用物質の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、水性反応液中の基質の反応効率がよく、また製造工程における操作安定性がよく、更に基質と生成物との分離性が良好なので、有用物質を効率よく製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明で用いられる反応装置の構成図である。
【図2】本発明で用いられる反応装置の構成図である。
【図3】本発明で用いられる反応装置の構成図である。
【図4】本発明で用いられる反応装置の構成図である。
【図5】実施例でのスクラレオールとジオール体の反応系中での濃度変化を示した図である。
【図6】比較例でのスクラレオールとジオール体の反応系中での濃度変化を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明においては、疎水性基質を水性反応液に接触させ、当該反応液中で生体触媒を用いて変換し、有用物質を製造する。
【0015】
本発明で製造される有用物質とは、香料、香料原料、油脂として使用される化合物又はその中間体であり、親水性、疎水性、両親媒性の何れの性質を有していてもよいが、水性反応液からの生成物の分離性の点から、水に溶解し難いものが好ましく、溶解度は0.1〜10000mg/Lが好ましく、更に0.1〜5000mg/Lが好ましい。
【0016】
そして、これら有用物質の種類に応じて、疎水性基質、及びこの基質を有用物質に変換する生体触媒、その他の原料や水性反応液を適宜選択すればよい。
【0017】
なお、本発明でいう「疎水性」とは、水に対する親和性が低い性質、即ち水に溶解し難い性質(難水溶性)、水と混合し難い性質、あるいは水をはじく性質をいう。
【0018】
本発明に使用する疎水性基質は、少なくとも反応開始時や水性反応液添加時に固体状態である。そして、本願発明においては、この固体状態の疎水性基質を、反応系内のいずれかの箇所に局在化させて有用物質の製造を行う。
【0019】
当該固体状態の疎水性基質は、反応系内で局在化させるために塊状、板状等とし易い点から、加熱融解し、放冷や冷却によって固化するものが好ましい。この場合、作業効率を高める点から、加熱融解した疎水性基質を反応系内で固化してから、反応を行なうのが好ましい。
【0020】
また、疎水性基質は、水性反応液に接触させることにより溶解するが、疎水性基質の水に対する溶解度は、25℃において1〜100000mg/L、50〜5000mg/Lが好ましい。
【0021】
本発明においては、上記疎水性基質は反応原料であるが、生体触媒反応が進行し易いよう、上記疎水性基質に、pH調整剤、塩類、基質分散剤、消泡剤、栄養塩等の成分を適宜含有させ、固体状態としたものを原料として用いてもよい。また、有用物質に応じて更に親水性基質を含有してもよい。
以下、「固体状態の疎水性基質」又は「疎水性基質及び前記成分を含有する固体状態の原料」を「固体状態の原料」又は「固体原料」ともいう。
固体原料中の疎水性基質の含有量は、70〜100質量%、特に90〜100質量%が好ましい。
【0022】
また、固体状態の原料の形状は、特に限定されないが、例えば板状(フィルム状)や塊状、粒状物の凝集体、又はこれらの混合体等が挙げられる。塊状とは、例えば長方体状、球状、棒状等である。塊又は凝集体の体積は、容器内で分散しない大きさ、例えば 0.1cm3以上であればよく、好ましくは1cm3以上、特に10cm3以上が好ましい。体積の上限は反応容器の大きさにより、適宜設定すれば良く、有用物質の製造が可能なだけの反応液が存在又は流通すれば、どの程度大きくても良い。
【0023】
本発明において、「反応系内のいずれかの箇所に局在化させる」とは、固体原料が、反応液中に均一に分散又は浮遊していない状態、又は固体原料を反応系内の特定の場所に移動しないように存在させているような状態をいう。なお、ここで「均一に分散又は浮遊していない状態」には、攪拌等により固体原料が動くものであったとしても、反応系内の下方又は上方に偏って存在していれば、その状態も含まれる。
より具体的には、(a)反応系内の壁面、攪拌翼又は攪拌軸上(以下「壁面等」という)に固体原料が接触しかつ固定化している状態でもよく、(b)また壁面等に(b1)非接触又は(b2)非固定化の状態でもよい。(a)の状態にする具体的な手段としては、例えば、反応容器内の壁面等に固体原料を結晶化させる等により吸着させる方法が挙げられ、この場合、固体原料は大きな塊でも粒径の小さな粒でも良い。(b1)の状態にする具体的な手段としては、例えば、反応容器内に内カゴを設け、その内部に存在させる方法や、配管にて反応液を流通させた別容器中に存在させる方法等が挙げられる。(b2)の状態にする具体的な手段としては、例えば、固体原料を、水性反応液に分散せず、反応容器の底部に沈降する程度の大きさにする方法が挙げられ、前記板状(フィルム状)や塊状、粒状物の凝集体、又はこれらの混合体がこれに該当する。
【0024】
本発明においては、固体原料を細かい粉末状のまま、又はこれをスラリー状にして反応液に添加することは、反応液中で均一に分散してしまうため好ましくない。
【0025】
固体原料を反応容器内の壁面に接触させる状態の実施態様の一例としては、例えば図1及び2に示すように、容器内の底に板状や塊状等に形成された固体原料を1又は2以上配置している状態、また容器内の壁面に当該固体原料を付着させている状態等が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0026】
また、固体原料を反応容器内の壁面に接触させない状態の実施態様の一例としては、例えば図3に示すように、内カゴ内部に1又は2以上の板状や塊状等の固体原料を配置している状態、また内カゴ内部に当該原料を付着させている状態等が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0027】
その他の実施態様の一例としては、カラム内に1又は2以上の板状や塊状等の固体原料を配置している状態、若しくはカラム内に当該原料を付着させている状態等が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0028】
また、本発明においては、固体原料は水性反応液と接触させることにより、反応が行われる。すなわち、固体原料から基質が水性反応液中に溶解し、生体触媒に取り込まれて有用物質へ変換されるため、有用物質への変換速度を低下させない程度に基質の溶解速度を確保するよう、局在化の手段を選択することが好ましい。例えば、生体触媒の性質により変換速度が低い場合は、基質の溶解速度をある程度低下させても変換速度に影響せず、また、基質の疎水性が高い場合は、水性反応液中の基質濃度はある一定濃度以上にはならないため、基質は局在化の度合いを極め、最も表面積の小さい一塊としてもよい。
【0029】
本発明において使用する生体触媒としては、微生物や酵素等が挙げられ、この生体触媒は、水性反応液中で分散するものが好ましく、シリカゲルやセライト等の固体担体に吸着させてもよい。
【0030】
また、本発明で使用する水性反応液は、用いる基質や生体触媒、得られる有用物質の性質に応じて適宜、基質濃度、溶存酸素濃度、pH、生体触媒濃度、塩類濃度、栄養塩培地等を調整した水溶液であればよい。
【0031】
水性反応液中の溶存酸素濃度は、微生物の好気的又は嫌気的性質に応じて空気や窒素ガス等の通気や反応液の撹拌等を適宜行なって所定の濃度に調整すればよく、また栄養塩培地は微生物に応じて選択すればよい。
【0032】
水性反応液には、有機溶媒、界面活性剤、消泡剤等を含んでいてもよいが、有機溶媒は生体触媒への失活作用の点から反応液中0〜10質量%が好ましく、界面活性剤は生成物への混入の点から反応液中0〜1質量%が好ましい。有機溶媒としては、メタノール、エタノール等のアルコール類、アセトン等のケトン類等が挙げられる。基質分散剤としては、発泡剤、消泡剤、抑泡剤、可溶化剤等が挙げられる。
【0033】
本発明の有用物質の製造の際の、反応温度、反応pH、反応時間、撹拌時間や撹拌速度、通気量や通気時間等の各反応条件は、有用物質、基質、生体触媒等の関係によって、適宜決定すればよい。
【0034】
特に、反応温度は、疎水性基質を固体状態で反応液中に存在させる温度であればよく、基質の融点よりも低い温度がより好ましく、このとき基質と生体触媒の反応が進行し易い温度が更に好ましい。
【0035】
また、撹拌時間や撹拌速度を調整することにより、疎水性基質が水性反応液中に溶解する量を調整できるので、基質の反応効率や有用物質の生産効率を高めることができる。
【0036】
また、生体触媒が微生物の場合、通気量や通気時間を調整することにより、微生物の生育や代謝を調整することができるので、基質の反応効率や有用物質の生産効率を高めることができる。
【0037】
本発明の有用物質の製造方法を、図1〜4に示す実施態様の一例を用いて説明するが、これに限定されるものではない。
【0038】
図1に示すように、反応装置1には、反応容器2内に、モータによって回転し、水性反応液を撹拌する撹拌手段3及びポンプによって空気や窒素ガス等の気体を水性反応液に通気する通気手段4、温度調整手段等が備えられている。
【0039】
そして、疎水性基質及び水性反応液は、加熱滅菌又は加熱溶解された後、液状のまま反応容器内に移送される。これらは、容器内で放冷又は冷却装置で冷却されることによって水性反応液(反応液層)5と疎水性基質が板状又は塊状等に固化された固体原料(基質層)6となる。
【0040】
なお、疎水性基質と水溶性反応液を液状のまま別々に反応容器2内に移送してもよいし、また図2に示すように疎水性基質を予め固化した固体原料6を反応容器2内に配置してもよい。
【0041】
また、図3に示すように、反応装置1の反応容器2内に内カゴ7を設け、その内カゴ7の内部に固体原料6を1つ又は2つ以上投入してもよく、また予め内カゴ7の内部に固体原料6を1つ又は2つ以上配置したものを設けてもよい。
【0042】
また、図4に示すように、反応装置1の基質用容器9に疎水性基質を液状のまま流路を塞がない範囲で移送し、放冷または冷却装置で冷却することによって疎水性基質が固化したものを固体原料6とし、水性反応液5を液循環手段8により循環させてもよい。また、反応容器2の流入口及び流出口にフィルターを設け、内部に予め固化した固体原料6を配置してもよい。
【0043】
本発明においては、生体触媒を含有した水性反応液の、温度調整、通気調整、撹拌調整等の反応操作を行ないつつ、固体原料から疎水性基質を水性反応液中に溶解させ、生体触媒を用いて有用物質に変換する。このとき、反応途中において、固体原料を適宜追加しても良い。そして、生成した有用物質を含む水性反応液を反応容器内から一部又は全部抜き出し、有用物質を回収する。
【0044】
更に、水性反応液を一部又は全部抜き出した反応容器内に、新たな水性反応液や固体原料等を適宜移送し、連続的に反応を行ってもよい。
【0045】
そして、反応終了液を反応系から抜き出して回収した後、反応終了液から生体触媒を除去し、更にこれから有用物質を分離精製すればよい。生体触媒の除去や有用物質の分離精製は、例えば遠心分離、濾過、沈殿法、カラムクロマト、イオン交換クロマト等公知の手段を適宜用いればよい。また、有用物質が中間体の場合には、有機合成法や生体触媒処理により目的の最終化合物に適宜調製すればよい。
【0046】
なお、有用物質は必要に応じて液状、粉末状、結晶状や固形状等の形態に調製すればよい。
【0047】
本発明によれば、疎水性基質の反応効率がよく、また製造工程の操作安定性が向上するので、有用物質を効率よく得ることができる。
【0048】
具体的には、疎水性基質の反応系からの流出が少ないこと、水性反応液の連続抜き出しが可能となること、初期に大量の基質の仕込みが可能となること、高通気量や強撹拌が可能となること、有用物質を含有する反応終了液中に基質の混入を低減できること等が挙げられる。
【0049】
以下に、本発明の有用物質の製造方法の好ましい実施態様の一例として、次の一般式(1a)及び/又は(1b)
【0050】
【化1】

【0051】
で表される化合物(以下、「スクラレオール」とする)から微生物を用いて、次の式(2)
【0052】
【化2】

【0053】
で表される化合物である1−(2−ヒドロキシエチル)−2,5,5,8a−テトラメチルデカヒドロナフタレン−2−オール(以下、「ジオール体」とする)の製造方法を説明する。
【0054】
ここで、ジオール体は、3a,6,6,9a−テトラメチルドデカヒドロナフト[2,1−b]フラン(以下、「化合物A」とする)の中間体(融点131℃、水に対する溶解度27mg/L)であり、環化させることによって化合物Aとすることができる。この化合物Aは、抹香鯨の体内に生ずる病的分泌物アンバーグリースに含まれている香気成分で、アンバー系合成香料として欠かせない重要化合物である。
【0055】
ジオール体の製造法において、微生物変換に利用できる微生物としては、スクラレオールを基質として化合物Aの中間体であるジオール体を生成する能力を有する微生物であれば特に限定されないが、例えば子嚢菌綱(Ascomycetes)に属する微生物、クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する微生物、担子菌網に属する微生物、ハイホジーマ(Hyphozyma)属に属する微生物等が挙げられる。これらのうち、ジオール体の生成効率の点から、子嚢菌網に属する微生物、ハイホジーマ属に属する微生物が好ましい。子嚢菌網に属する微生物としては、例えば、Ascomycete sp. KSM-JL2842と命名され、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターにFERM P-20759として2006年1月12日寄託された微生物が挙げられる。ハイホジーマ属に属する微生物としては、例えば特許第2547713号明細書に記載のATCC20624株が挙げられる。
【0056】
ジオール体を生成する微生物は、ジオール体の生成能を指標として土壌から単離することができる。ジオール体の生成能は供試微生物を前記式(1a)及び/又は(1b)で表される化合物含有培地にて培養し、培地中に含まれるジオール体を検出することで評価することができる。ジオール体の検出は、例えばガスクロマトグラフィー(GC)、気液クロマトグラフィー(GLC)、薄層クロマトグラフィー(TLC)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、赤外スペクトル(IR)、核磁気共鳴(NMR)等従来公知の分析方法を用いることができる。
【0057】
微生物を培養する際の培養条件としては特に限定されず、該微生物が生育可能である培地であればいかなる組成の培地をも使用することができる。
【0058】
使用可能な培地としては、単糖、二糖、オリゴ糖、多糖、有機酸塩等の炭素源;無機・有機アンモニウム塩、窒素含有有機物、アミノ酸等の窒素源;塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マグネシウム、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、炭酸カルシウム等の金属ミネラル類及びビタミン類等を含有する固体培地及び液体培地等を挙げることができる。また、培養条件等に応じて界面活性剤や消泡剤、pH調整剤等を添加してもよい。
【0059】
培養方法は特に限定されず、上記微生物が生育可能であればいかなる培養方法も利用できる。例えば、通気攪拌培養、振盪培養、嫌気培養、静置培養、醗酵槽による培養の他、固体培養も用いることができる。
【0060】
上記培養した微生物を用いた微生物変換に使用できる水性反応液は特に限定されず、該微生物が生育可能である水溶液であれば、いかなる組成の水溶液をも使用することができる。例えば、単糖、二糖、オリゴ糖、多糖、有機酸塩等の炭素源;無機・有機アンモニウム塩、窒素含有有機物、アミノ酸等の窒素源;塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マグネシウム、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、炭酸カルシウム等の金属ミネラル類及びビタミン類等を含有する水溶液等を挙げることができる。また、反応条件等に応じて界面活性剤や消泡剤、pH調整剤等を添加してもよい。
【0061】
上記培養した微生物を用いた微生物変換反応方法は特に限定されず、該微生物が触媒機能を示す方法であればいかなる反応方法も利用することができる。例えば、通気撹拌反応、振盪反応、嫌気反応、静置反応、醗酵槽による反応の他、微生物休止菌体反応及び固定化微生物による反応も用いることができる。
【0062】
本発明の態様において、スクラレオールを原料としてジオール体を製造する場合は、至適温度は特に限定されないが、スクラレオールの融点よりも低い温度97℃未満が好ましく、反応性の点から、より好ましくは15〜30℃、特に好ましくは20〜30℃である。また至適pH範囲は特に限定されないが、好ましくはpH3〜8、より好ましくはpH4〜8、特に好ましくはpH5〜7である。
【0063】
撹拌速度は、基質溶解速度の点から速い方がよいが、使用する生体触媒の損傷や固体原料の崩壊が起こる可能性がある為、周速30〜500cm/sがよく、より好ましくは周速50〜150cm/s、特に周速60〜100cm/sが好ましい。また、通気量は、酸素供給速度の点から、空気0.05〜2.0vvm(volume per volume per minute:
反応液単位体積あたりの1分間の通気量)がよく、より好ましくは空気0.2〜1.0vvm、特に空気0.5〜1.0vvmであることが好ましい。また、反応時間は、反応液中のジオール体が所望の濃度に達するまで反応すればよく、具体的には1〜30日が好ましく、更に1〜14日であることが好ましい。
【0064】
反応の際の水性反応液中のスクラレオールの含有量は、ジオール体の生成効率の点から1g/L以上であることが好ましく、10〜100g/Lであることがより好ましい。当該スクラレオールは、他の原料と共に固体状態とした場合や、原料中にスクラレオール以外の物質が混入している場合には、スクラレオール自体が水性反応液中で上記含有量となるように、固体原料を添加するのが好ましい。固体原料の形状は、特に限定されないが、例えば板状や塊状等が挙げられる。この体積は、容器内で分散しない大きさ、例えば0.1cm3以上であればよく、好ましくは1cm3以上、特に10cm3以上が好ましい。
【0065】
スクラレオールを含む原料、又はスクラレオールを含む原料及び水性反応液を加熱殺菌後、反応容器内に移送し、放冷後、例えば、図1に示すように基質層と反応液層とになる。撹拌速度や通気量等を調整しながら、上記微生物を用いて水性反応液層中のスクラレオールをジオール体に変換させる。
【0066】
なお、ジオール体製造の培養装置は図1のものに特に限定されず、微生物を用いて基質をジオール体に変換することができればこれ以外の培養装置、例えば、図2〜4のもの等でもよい。
【0067】
そして、水性反応液中のジオール体濃度が所定量になった場合、ジオール体が含まれる反応液層を回収し、当該反応液中のジオール体を溶媒抽出又は濾過等で得る。ここで、ジオール体濃度は、回収効率の点から、反応液中、10g/L以上であることが好ましい。
【0068】
次いで、得られたジオール体を、有機溶媒沈殿法、晶析法等によって精製する。必要に応じて、更に開環することによって化合物Aを得ることができる。
【実施例】
【0069】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実
施例に限定されるものではない。
【0070】
実施例1
Ascomycete sp. KSM-JL2842株を8.4%YMブロスに植菌し、25℃にて3日間通気撹拌培養したものを集菌し、生理食塩水にて3回洗浄した。得られた菌体を生体触媒とした。
【0071】
粉状スクラレオール(純度99質量%、以下同じ)30gを1L培養槽に入れ、加熱融解し、そのまま放冷することでスクラレオールを固化させた。この時、撹拌翼、スパージャーにスクラレオールが接触しないよう注意した。ここへ、0.1Mリン酸緩衝液(pH6.0)、0.1%硫酸マグネシウム、2.5%ツイーン80、20%生体触媒からなる水性反応液500mlを加え、25℃、空気の通気量0.5vvm、400〜500r/min(周速60〜75cm/s)にて6日間休止菌体反応を行った。
【0072】
水性反応液中のスクラレオールおよびジオール体の分析は、酢酸エチルにて抽出し、適宜希釈してガスクロマトグラフィー(GC)にて行った。GC分析装置は6890N GC System(Agilent technologies社)で行い、分析条件は以下のとおりである。検出器としてはFID(Flame Ionization Detector)(Agilent technologies社)を使用し、注入口温度を250℃とし、注入法をスプリットモード(スプリット比100:1)とし、トータルフローを200ml/分とし、カラム流速を0.4ml/分とし、カラムはDB-WAX(φ0.1mm×10m)(J&W社)を使用し、オーブン温度を250℃とした。
【0073】
スクラレオールとジオール体の反応系中の含有量変化を図5に示す。また反応が40%進行したときに、反応系中からサンプリングした水性反応液中に存在するスクラレオールとジオール体の質量比率(スクラレール/ジオール体)を表1に示す。
【0074】
比較例1
200g/Lスクラレオール、0.2%硫酸マグネシウム、10%ツイーン80からなるスクラレオール基質液を121℃で20分間オートクレーブし、放冷後攪拌することで基質スラリーを得た。1L培養槽に0.1Mリン酸緩衝液(pH6.0)及び前記実施例で使用したものと同じ20%生体触媒からなる液を360ml入れ、ここへ前記基質スラリーを150ml加えて水性反応液とし、25℃、空気の通気量0.5vvm、400〜500r/min(周速60〜75cm/s)にて8日間休止菌体反応を行った。なお、基質スラリーを一度に添加すると吹きこぼれる為、4回に分けて添加した。スクラレオールとジオール体の分析は、実施例1の手法にて行った。スクラレオールとジオール体の反応系中の含有量変化を図6に示す。また反応が40%進行したときに、反応系中からサンプリングした水性反応液中に存在するスクラレオールとジオール体の質量比率(スクラレール/ジオール体)を表1に示す。
【0075】
【表1】

【0076】
図5及び6の結果から、実施例1においては比較例よりも高い基質濃度を実現できており、ジオール体の生成速度が比較例1よりも速くなっていることが分かった。これは、比較例1においては、発泡による吹きこぼれを避けるため、少量ずつの慎重な基質投入が必要とされた(図6)のに対して、実施例1においては、基質を初期に容易に高濃度で添加できた(図5)ことにより、結果として水性反応液中の基質濃度が高く保たれ、基質の枯渇による反応速度低下を抑制することができる為、反応効率を向上させることができたと判断された。更に、表1より、実施例1においては反応系中に基質が多量に存在している場合でも、比較例1に比べて水性反応液中の基質存在比率が非常に小さいことが分かった。これにより水性反応液中から簡便な濾過や抽出などにより、基質をほとんど含まずに生成物を容易に分離可能であることが分かった。
【符号の説明】
【0077】
1 反応装置
2 反応容器
3 撹拌手段
4 通気手段
5 水性反応液(水性反応層)
6 固体原料(固体原料層)
7 内カゴ
8 液循環装置
9 基質用容器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
疎水性基質を水性反応液に接触させ、当該反応液中で生体触媒を用いて変換し、有用物質を製造する方法において、固体状態の疎水性基質を、反応系内のいずれかの箇所に局在化させて行う有用物質の製造方法。
【請求項2】
局在化が、固体状態の疎水性基質を、反応系内の壁面、攪拌翼若しくは攪拌軸上に接触しかつ固定化させること、容器内の内カゴの中に存在させること、反応系内の別容器に存在させること、又は1若しくは2以上の板状、塊状、粒状物の凝集体、若しくはこれらの混合体とすることである請求項1記載の有用物質の製造方法。
【請求項3】
固体状態の疎水性基質が、1若しくは2以上の板状、塊状、粒状物の凝集体、又はこれらの混合体で、体積が0.1cm3以上である請求項1又は2記載の有用物質の製造方法。
【請求項4】
反応温度が、疎水性基質の融点よりも低い温度である、請求項1〜3のいずれか1項記載の有用物質の製造方法。
【請求項5】
更に、水性反応液に通気する及び/又は水性反応液を撹拌する請求項1〜4のいずれか1項記載の有用物質の製造方法。
【請求項6】
疎水性基質が、次の式(1a)及び/又は(1b)
【化1】

で表される化合物であり、製造される有用物質が式(2)
【化2】

で表される1−(2−ヒドロキシエチル)−2,5,5,8a−テトラメチルデカヒドロナフタレン−2−オールである請求項1〜5のいずれか1項記載の有用物質の製造方法。
【請求項7】
反応温度が、97℃未満である請求項6記載の有用物質の製造方法。
【請求項8】
生体触媒が、子嚢菌綱(Ascomycetes)に属する微生物である請求項6又は7記載の有用物質の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate