説明

板厚方向の比透磁率が小さい電磁鋼板

【課題】 モータの効率の向上、例えば三相同期モータの出力トルクの増大、形状の小型化などを図るためには、ティースやヨークでの鉄損を一層低減しなければならない。従来の電磁鋼板は、鋼板面内に流れる磁束の容易磁化を制御していた。これらは全て板面に平行な方向であり、板厚方向の磁気異方性はほとんど考慮されていない。面内渦電流を低減するため、板厚方向に入る磁束量が少ない電磁鋼板を提供することが課題である。
【解決手段】 電磁鋼板面に形成される非磁性層の厚さを20μm超、200μm未満にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄損低減を図った電磁鋼板に関し、詳しくは電磁鋼板の板厚方向に磁束が入りにくく、この磁束によって発生する面内渦電流損を低減する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
変圧器、電動機、発電機、スピーカ、誘導加熱器、各種アクチュエータ等、我々の周囲には電磁気を利用した製品が多々ある。それらの高性能化、小型化を図る上で永久磁石(硬質磁性体)や軟質磁性体の性能向上が不可欠である。
【0003】
現在、これら電気機器のコアに用いられている電磁鋼板は、構造建築部材に用いられている鉄鋼材料と比較して、磁化が容易でかつ磁化が時間とともに増減した場合のエネルギー損失(鉄損)が少なく、主にトランス、モータなどに使われている。電磁鋼板でコアを形成すると、鉄損が抑えられる。したがって、電気機器の稼動効率が向上する。
【0004】
電磁鋼板は交番磁界中で使用されることが多いため、低鉄損が要求される。鉄損には、ヒステリシス損失、渦電流損失があるが、ヒステリシス損失は交番磁界の周波数に比例関係であるのに対し、渦電流損失は周波数の2乗に比例するため、特に、渦電流損失の低減が求められる。渦電流損失の低減を図るには、誘導起電力により鉄心に流れる電流を少なくする必要があり、言換えれば、鉄心の比抵抗の増加、または不必要な方向への磁束流れ、例えば、巻線以外を流れる浮遊磁束、設計以外の板厚方向に入る磁束、等の低減が望まれる。
【0005】
モータの効率の向上、例えば三相同期モータの出力トルクの増大、形状の小型化などを図るためには、ティースやヨークでの鉄損を一層低減しなければならない。従来の電磁鋼板は、鋼板面に平行に流れる磁束に対する容易磁化方向の透磁率を制御していた。例えばトランスに用いられる電磁鋼板では磁束の流れは一方向なので、一方向のみの磁気特性を向上させた電磁鋼板が使われ、回転機に用いられる電磁鋼板では、磁束の向きはロータの回転とともに変化するので、面内に磁気異方性のない無方向性電磁鋼板が用いられていた。これら従来考慮されている磁束の向きは全て板面に平行な方向であり、板厚方向の磁気異方性はほとんど考慮されていない。
なお、上記記載は文献公知発明に係るものではないため、先行技術文献情報は記載していない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
鋼板面に平行に流れる磁束によって発生する渦電流は、積層間の絶縁皮膜によって流れが鋼板板厚内に遮られるため、発生する渦電流損失は小さい。一方、板厚方向に磁束が入ると鋼板面内に渦電流が流れる。この場合、面内に流れる渦電流を遮るものは無く、磁束が鋼板面に平行に流れる場合と比較して渦電流損失が大きい。
こうした問題は、トランス、モータ、発電機、磁気シールドなどに共通である。面内渦電流を低減するため、板厚方向に入る磁束が少ない、すなわち板厚方向の比透磁率が小さい電磁鋼板を提供することが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の構成を要旨とする。すなわち、上記課題を解決するために、
(1)鋼板面に厚さが20μm超、200μm未満の非磁性層を有することを特徴とする板厚方向の比透磁率が小さい電磁鋼板である。
既に述べたように、モータの効率の向上、例えば、三相同期モータの出力トルクの増大、形状の小型化などを図るためには、ティースやヨークでの鉄損を一層低減しなければならない。
【0008】
本発明者らは電磁鋼板の板厚方向に入る磁束を抑制し、面内渦電流を抑え、電機機器の鉄損を効果的に低減する方法を実現するため鋭意研究を行った。その結果、板厚方向に入る磁束は電磁鋼板の表面にある非磁性層の厚さが厚いほど入りにくいことが確認された。これは非磁性層の透磁率が低く、磁束が入りにくいこと、また鋼板表面に生じる磁極により反磁界が形成され、磁束が通りにくいこと等の理由からである。このことから、面内渦電流が低減でき、本発明の電磁鋼板を用いた場合、従来の電磁鋼板のみで構成された電機機器の鉄心、シールド板より良好な特性のものが得られることを知見した。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、電磁鋼板に厚さが20〜200μmである非磁性層を形成することで、板厚方向に磁束が入りにくい電磁鋼板を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
ここで本発明の限定条件について説明する。
非磁性層としての絶縁皮膜の厚さが20μm未満では板厚方向の磁束が低減できず、変化が見られなかった。板厚方向の比透磁率も10%程度の減少であり、効果は小さいため、発明の範囲から外した。また、非磁性層の厚さが200μm超であれば、これを用いて形成した鉄心の占積率が落ち、電機機器の鉄心の磁束密度が設計より大きくなり、鉄損が増大する不利を招くこととなる。従って、非磁性層の厚さのより好ましい範囲は、100〜200μmである。
【0011】
鋼板表面に形成する非磁性層としては、絶縁皮膜を形成する方法がまず挙げられる。または、別の方法として樹脂系で制振性のあるポリイソブチレン、ポリエステルニトリルゴム、オレフィン系フィルムを貼り付けて形成しても良い。さらに、ワニス等により非磁性層を形成しても良い。
【0012】
前記の絶縁皮膜の組成については、状況に応じて公知のものから選択すればよい。例えば、コロイド状シリカ、リン酸アルミニウム、無水クロム酸およびクロム酸塩からなるコーティング液を塗布して約350℃以上の温度で焼き付け絶縁皮膜を形成し、膜厚が足りない場合は焼付けの後、再度、繰り返し処理すればよい。
以下、実施例に基づき本発明を説明する。
【実施例1】
【0013】
以下に示す絶縁皮膜を用いて本発明の電磁鋼板を作製した。0.30mm厚の一方向性電磁鋼板面にリン酸マグネシウムのリン酸塩コーティング液およびコロイド状シリカ20%水分散液100cc−リン酸アルミニウム50%水溶液60cc−無水クロム酸6g−ほう酸2gの組成のコーティング液を塗布し、窒素雰囲気中で600℃にて15秒間連続炉中で焼付けた。コーティングによる皮膜付着量は片面当たり4〜20g/mの間で変化させ、膜厚が足りない場合は、焼付けの後、再度繰り返し処理した。磁気測定は、コの字型のコアに鋼板を2枚はさみ、透磁率を測定した。
【0014】
図1にその結果を示した。従来の電磁鋼板(非磁性層3μm)は、50Hzにおいて板厚方向の比透磁率が最大で約3000である。一方、厚い非磁性層を形成した電磁鋼板は、本発明請求範囲内の172μm未満の板厚では前記の比透磁率を1700と半減することができた。なお、高磁束密度域ではどちらの鋼板も比透磁率が低減し、磁化しにくくなっている。これは磁気飽和に近づくためである。また、非磁性層の厚さを344μmとした場合、比透磁率は更に小さくなっているが、積層時の占積率低下の不利が極端に大きくなってしまう。
【0015】
本発明の一方向性電磁鋼板、30P105(JIS規格)を用いて3相3脚60Hz、500kVAの中型トランスを製造し、鉄損を比較した。供試材の絶縁皮膜の厚さは断面写真で確認したところ、ほぼ一様に形成され、厚さは約100μmであった。
【0016】
トランス特性の結果を表1に示す。
本発明の電磁鋼板をトランス鉄心の表層から20mmの間に配置し鉄心を作製すると、磁束密度1.5Tにおいて鉄損が0.82W/kgになり、これは従来の電磁鋼板のみを積層したトランスの鉄損1.05W/kgと比較し、約20%の鉄損低減効果があった。鉄損低減の原因として、トランス鉄心の表層に配置した本発明の電磁鋼板に板厚方向の磁束が入りにくくなり、面内渦電流が抑制されたためと考えられる。
【0017】
【表1】

【実施例2】
【0018】
常法により製造した、板厚0.50mmの無方向性電磁鋼板、50A1300(JIS規格)を8枚用い、そのまま積層したものと、150μm厚のオレフィン系フィルム樹脂を該電磁鋼板両面に貼り付け積層したものを、それぞれ磁気シールド鋼板として医療用MRI室の壁面に配置し、地磁気の影響を受けないように電磁鋼板でMRI室を覆った。また、シールド用電磁鋼板に地磁気の磁束が板厚方向に突き抜けると、磁束がMRI室内部に漏れるので、板厚方向の透磁率を下げ、板面内に平行に磁束が流れるように構成した。MRI室を7m×6m×高さ3mのシールドで覆い、シールド板厚み4mmになるよう電磁鋼板を8枚積層した。
【0019】
得られた結果を表2に示す。
面内の透磁率は従来とほとんど変わりないが、板厚方向の透磁率は、本発明の電磁鋼板により約30%低減できた。磁気シールド配置前の室内磁場419mGに対し、通常の3μm程度の非磁性層を持つ電磁鋼板で覆った磁気シールドを配置すると46mGになるところ、本発明の電磁鋼板を用いることで20mGに室内磁場が低減した。
【0020】
【表2】

【実施例3】
【0021】
次に、本発明の電磁鋼板を用いた埋込磁石同期モータ(IPM)の実施例を説明する。 電磁鋼板は常法により製造した、板厚0.35mmの無方向性電磁鋼板、35A360(JIS規格)を用いた。鋼板表面にワニスを塗布して、100μm厚の非磁性層を形成した。
【0022】
図2は、本実施形態の埋込磁石同期モータ1の概略構成を示すものであり、図中のロータ2は、ロータ鉄心に設けられた挿入口3に挿入される永久磁石を有している。また、図示はしていないが、ロータ2はその中心に取り付けられた軸を有している。4は、本発明の電磁鋼板を挿入した部分、すなわち積層厚両端のそれぞれ10mm厚部分を示している。
【0023】
本発明の電磁鋼板を用いたステータは、外径300mm、内径150mm、積層厚70mmで、表層から10mmに本発明の電磁鋼板を配置した。巻線は分布巻でコアより表面上に約20mm出ており、空間にも磁束が流れるため、浮遊損失も多い。
駆動条件は、スロットに400Hzで10AT/mmでヨークの平均磁束密度は1. 0Tになった。
【0024】
本モータの特性結果を表3に示す。
表3に示すように、本発明の電磁鋼板を用いた場合、鉄損は50.1W/kgになった。表面に本発明の電磁鋼板を用いなかった場合の56.7W/kgと比較すると、鉄損が大幅に低減しているが、これは表層へ垂直に入る磁束が少なくなるためと考えられる。また、トルクも従来では55N/mであったものが、63N/mに向上し、磁束を有効に使用していることを確認した。
以上のように、本実施形態によれば、磁束を有効に利用し、低鉄損かつ高トルクのモータを実現することができる。
【0025】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】電磁鋼板の非磁性層の厚さを変えて板厚方向の比透磁率を測定した結果を 示す図である。
【図2】本発明の電磁鋼板を用いたモータを示す図である。
【符号の説明】
【0027】
1 モータ
2 ロータ
3 挿入口
4 本発明電磁鋼板挿入部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板面に厚さが20μm超、200μm未満の非磁性層を有することを特徴とする板厚方向の比透磁率が小さい電磁鋼板。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−135039(P2006−135039A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−321334(P2004−321334)
【出願日】平成16年11月4日(2004.11.4)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】