説明

析出強化型高強度鋼の強化評価方法

【課題】微細な炭素含有析出物に原子レベルで見られた事実を基準として、析出強化型高強度鋼の強化を評価することができる、析出強化型高強度鋼の強化評価方法を提供すること。
【解決手段】鋼中の炭素含有析出物に含まれる元素の種類および量を3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により測定する測定ステップ(STEP5)と、析出物を構成する酸素・炭素を原子比で(C1−p,O)とした場合の酸素の割合を示すpをp値としたときに、測定ステップでの測定結果に基づいてp値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合を算出する算出ステップ(STEP6)と、算出ステップにおけるその割合に基づき、鋼について析出強化を評価する評価ステップ(STEP7)とを具備し、評価ステップでは、上記割合が適正範囲内の時に、所定の強化がなされていると判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、析出強化型高強度鋼の強化評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、高強度鋼の開発を行うために、鋼中に微細炭化物等の炭素含有析出物を分散させて鋼を高強度化することが行われている。例えば、特許文献1では、TiCを微細に析出させて高強度化を図っている。
【0003】
TiC等の炭素含有析出物による析出強化は、高強度鋼を開発する上で広く利用されているが、析出物の粗大化が起こった場合には予想したほどの析出強化が図れないなど、開発の方向性によっては析出物の析出制御の困難性を生じる場合もある。
【0004】
したがって、析出強化型高強度鋼を開発する際には、析出物の形態や析出物の構成元素の種類や量などを調査し、強化された鋼の状態を十分に把握することが重要である。適正な評価方法の確立によって、目的の析出強化を実現し、また、高強度鋼のさらなる高性能化や高強度鋼の製造プロセス改良等を行うことが可能である。強化された鋼の状態把握を行うためには、従来、電子顕微鏡による組織観察や抽出残渣による析出量評価といった物理的・化学的解析手法が用いられている。
【0005】
しかしながら、これらの方法では、析出物のサイズが10nm以上の場合は全体的な析出量の評価・解析は可能であるものの、強化に寄与する個々の析出物が1〜5nmと小さくなった場合、その組成や大きさ、複合形態といったところまで十分に解析を行うことができない。また、C,N,Oなどの軽元素を定量的に評価することは容易ではない。
【0006】
今までに開発された析出強化型高強度鋼の中には、析出物を微細な状態に保ち、良好な析出強化を達成できたものもある。各強化鋼について析出強化達成の一応の理由付けを行うことができるが十分な解析ができているわけではなく、析出強化を達成できていることを示す原子レベルの事実(一種の基準)が得られれば新規な析出強化型高強度鋼の開発をより促進することができるものと考えられる。
【特許文献1】特開平8−73985号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであって、微細な炭素含有析出物に原子レベルで見られた事実を基準として、析出強化型高強度鋼の強化を評価することができる、析出強化型高強度鋼の強化評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
原子レベルでの材料評価が可能な手段としては、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡があり、これを用いることによりナノサイズの析出物の大きさおよび構成元素を測定することが可能であり、析出強化に有効な析出物の形態評価を行って強化量を適正に評価することができることが判明した。
【0009】
そして、本発明者らが実際に析出強化が達成された鋼を3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により観察したところ、析出した炭素含有析出物に酸素が含まれているという新事実が見出された。
【0010】
従来の知見では、酸素は溶鋼段階でAl、SiO等の酸化物を形成しており、固体段階で鋼中に固溶している酸素はほとんどないとされていた。このため、固体状態で形成される炭化物等の炭素含有析出物中に酸素が存在するということは今まで考えられていなかった。また、分析手法の観点からも、従来から用いられている透過電子顕微鏡ではナノサイズの析出物の認識は可能ではあるが、サンプル作製の問題から、表面に付着した酸化膜等のコンタミネーションと、析出物中の酸素とを区別して測定することは困難であった。
【0011】
これに対して、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡の場合には、原子レベルで構成元素の分析が可能であるため、このように炭化物等の炭素含有析出物に酸素が固溶していることを明らかにすることができた。また、本発明者によって実際にナノサイズ炭素・酸素化合物が形成されていることが見出された鋼は、析出強化により非常に強化されていたため、鋼の強化にナノサイズ炭素・酸素化合物が効果的であることが把握された。微細析出物中への酸素の混入機構は不明であるが、酸素によるピンニング効果によって析出物の成長が抑制され、非常に優れた析出強化機構が発現することが見出された。
【0012】
本発明は、このような知見に基づいてなされたものであり、鋼中の炭素含有析出物に含まれる元素の種類および量を3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により測定する測定ステップと、
前記析出物を構成する酸素・炭素を原子比で(C1−p,O)とした場合の酸素の割合を示すpをp値としたときに、前記測定ステップでの測定結果に基づいてp値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合を算出する算出ステップと、
前記算出ステップにおける前記割合に基づき、前記鋼について析出強化を評価する評価ステップと
を具備し、
前記評価ステップでは、p値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合が適正範囲内の時に、十分な強化がなされていると判定することを特徴とする析出強化型高強度鋼の強化評価方法を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、鋼中に分散した炭化物等の炭素含有析出物中の酸素量を評価することで、析出強化に対する評価を与えることができる。したがって、析出強化型高強度鋼の開発にあたり、その方向性に対して指針を与えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
本発明は、炭素含有析出物を析出させた鋼について、析出した炭素含有析出物に含まれる元素の種類および量を3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により測定する測定ステップと、析出物を構成する酸素・炭素を原子比で(C1−p,O)とした場合の酸素の割合を示すpをp値としたときに、測定ステップでの測定結果に基づいてp値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合を算出する算出ステップと、算出ステップにおける前記割合に基づき、鋼について析出強化を評価する評価ステップとを有する。
【0015】
まず、測定ステップについて説明する。
測定ステップは、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡を用いて行われる。アトムプローブ電界イオン顕微鏡は、電界イオン顕微鏡に飛行時間型質量分析器を取り付けたもので、電界イオン顕微鏡で金属表面の個々の原子を観察し、飛行時間質量分析によりこれらの原子を同定することのできる局所分析装置であり、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡は、アトムプローブに位置敏感型検出器を導入して個々のイオンの質量とともに検出された位置を同時に決定できるようにしたものである。
【0016】
このように3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡(以下、3DAPと略記する)は、試料から放出される原子の種類と位置とを同時に分析可能であるため、析出物の構造解析上、非常に有効な手段である。
【0017】
実際に3DAPを用いて鋼中の炭化物系の微細析出物の解析を行った結果、Ti,Mo,CおよびOにより構成される析出物が存在する場合に、材料の高強度化が実現することが確認された。特に、析出物が微細に分散するためには析出物中にOが存在することが重要である。Oによって析出物が微細に分散する機構については明瞭ではないが、酸素により析出物がピンニングされ、析出物の成長を抑制しているものと推測される。
【0018】
このような3DAPによる検討結果により、微細炭素・酸素化物として所定の析出形態が実現できれば所望の析出強化型高強度鋼の実現が可能であることがわかった。
【0019】
3DAPで微細析出物の分析を行う場合には、電解研磨を施した針状サンプルを用いる。分析は、測定領域を、約10×10nmの範囲で深さ100nm程度として行う。この場合特に微細析出物を構成する元素、例えばTi,Moと、OおよびCの分布形態に着目して分析を行い、各析出物について各元素の構成比を求める。後述する算出ステップでは、このようにして求めた各析出物中の元素の数の比からp値を求める。
【0020】
次に、算出ステップについて説明する。
析出物を構成する酸素・炭素を原子比で(C1−p,O)とした場合の酸素の割合であるpを示すp値が低いと、析出物は炭化物的な傾向が強くなり、高いと酸化物的傾向が強くなる。このため、p値が0.2未満であると炭化物的傾向が強くなりすぎ析出物が速く成長するため強度低下が生じ、p値が0.5を超えると酸化物的傾向が強くなりすぎ高温で析出するために製造上安定に析出物を利用することが困難となる。したがって、析出物のp値が0.2〜0.5の範囲内であることが重要であり、このため算出ステップでは、測定ステップでの測定結果に基づいてp値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合を算出する。この際に、3DAPにより5個以上の析出物の構成元素分析を行って上記割合を求める。
【0021】
次に、評価ステップについて説明する。
評価ステップでは、算出ステップで算出したp値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合に基づき、鋼についての析出強化を評価する。具体的には、p値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合が適正範囲内の時に、所定の強化がなされていると判定する。この割合は、目的とする強化の度合いに従って適宜決定されるが、測定した析出物の全てについてp値が0.2〜0.5の範囲となっていることが好ましい。p値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合が適正範囲から外れている場合には、鋼の設計条件を修正して鋼を製造し、再度測定ステップ、算出ステップ、評価ステップを行う。
【0022】
このような評価の前提として、微細な析出物が形成されていることを確認する必要がある。析出物の形成の確認は透過型電子顕微鏡(TEM)で行う。TEM観察では電解研磨を用いた薄膜試料を用いて、defocus法、マッピング法、EDX分析等によって析出物の存在を確認する。また、この際の析出物の形態についてもTEMで解析する。このとき、100nm以下の析出物のうち10nm以下のものの個数が80%以上であることが望ましい。析出量については2×1023個/m以上であることが望ましい。なお、各析出物の大きさは3DAPによっても把握することができる。また、数密度はTEMおよび3DAPによる測定を用いて行う。
【0023】
所望の微細析出物を析出させるためには、鋼の組成や製造条件を調整する。析出強化型高強度鋼の製造にあたっては、所定組成の鋼を溶解し、その後、鋳造してスラブとする。溶解、鋳造の方法は問わない。
【0024】
さらに、そのスラブを加熱、熱間圧延して所定の厚さに加工し、冷却・保持する。熱間圧延は、スラブを1100℃以上に加熱後、オーステナイト領域で行う。圧延後の冷却過程で所望の析出物を形成させるためには成分組成に応じた冷却条件および巻取条件を設定する。さらに、冷延鋼板とする場合には、熱間圧延後に冷間圧延、焼鈍を施す。
【0025】
次に、本発明の強化評価方法を適用して実際に析出強化型高強度鋼を開発する手順について図1のフローチャートを参照して説明する。
まず、開発鋼の目標設定を行う(STEP1)。次に、目標に対応して、例えば上記成分組成の範囲内および製造条件の範囲内で複数の鋼を設計し(STEP2)、試作を行う(STEP3)。
【0026】
試作を行った鋼について、TEM観察、強度測定等の各種測定を行う(STEP4)。次いで、3DAPにより鋼中の炭素含有析出物に含まれる元素の種類および量を測定する(STEP5)。このステップは、上記測定ステップに相当する。引き続き、STEP5での測定結果に基づいてp値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合を算出する(STEP6)。このステップは、上記算出ステップに相当する。この算出結果に基づき、鋼について析出強化を評価する(STEP7)。具体的には、p値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合が適正範囲内か否かを判定し、その割合が適正範囲内であり、かつ強度が目標値を実現している場合は所定の強化が実現されているとする。このステップは、上記評価ステップに相当する。
【0027】
p値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合が適正範囲外、すなわち適正範囲よりも低い場合には、この割合が上昇する方向で試作鋼の設計条件を修正する(STEP8)。所望の強度を達成していてもp値が前記適正範囲内である析出形態が実現していない場合には、前記の析出強化機構による場合に比べ延性が劣る傾向にある。よって、より適切に強化された高強度鋼を得るには、p値が0.2〜0.5の範囲に収まる割合が適切な範囲となるよう、製造条件および/または成分組成の変更を行う。
【実施例】
【0028】
以下、本発明の実施例について説明する。
強度−伸びバランスに優れた鋼を開発するために、ここでは引張強度が740MPa以上で伸びが20%以上の鋼を目標とし、この目標特性から析出強化による材料設計を行い、表1に示す鋼種IおよびIIを用いて鋼を製造した。
【0029】
これら鋼種IおよびIIについて、表2に示すA〜Dの熱処理を行って、表3に示すサンプル1〜4を得た。熱処理については熱間圧延温度はA〜Dのいずれも900℃とし、巻取温度はA:675℃、B:575℃、C:600℃、D:650℃とした。サンプル1は鋼種Iについて熱処理Aを行ったもの、サンプル2は鋼種Iについて熱処理Bを行ったもの、サンプル3は鋼種IIについて熱処理Cを行ったもの、サンプル4は鋼種Iについて熱処理Dを行ったものである。表3には引張強度、伸び、TEMによる析出物の有無について併記する。また、表4には、析出物が観察されたサンプル1,3,4についての3DAP測定結果の詳細を示す。3DAP測定は、各サンプルについて5つの析出物の構成元素および各元素の構成比を求め、これらについてp値を算出した。ここでは、p値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合が100%を適正範囲とした。
【0030】
鋼種Iで巻取温度がそれぞれ675℃、650℃であるサンプル1,4は、表4に示すように、析出物の元素がTi−Mo−C−Oでp値が0.2〜0.5の範囲の析出物の割合が100%であり、析出物により所定の析出強化がなされていると判定した。実際の強度は740MPa以上、伸びは20%以上であり、実際に強度−伸びバランスに優れていることが確認された。
【0031】
鋼種Iで巻取温度が575℃であるサンプル2は、巻取温度が低すぎたため、表3に示すように析出物がほとんど存在せず、実際の強度は773MPaであったものの、伸びが18%と目標値よりも低い値であった。また、鋼種IIのサンプル3は、MoおよびOの量が少ないため、析出物のp値が低く、p値が0.2〜0.5の範囲の析出物の割合が0%であり、析出物により所定の析出強化がなされていないと判定した。実際の測定結果では伸びが21%と目標値を超えていたが、強度が700MPaと目標値を下回っていた。
【0032】
以上のことから、p値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合が適正範囲内であると評価された場合に、所定の析出強化がなされていることが確認された。
【0033】
図2はサンプル2のTEM像および3DAP像であり、図3はサンプル4のTEM像および3DAP像であって、いずれも(a)がTEM像であり、(b)が3DAP像である。これらから、TEM像で析出物が認められないサンプル2では3DAP像においてMo、Ti、C、Oの原子がほぼ均一に分散しており、TEM像で析出物の存在が認められたサンプル4では3DAP像においてMo、Ti、C、Oの原子が析出物に対応して集合していることが確認された。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
【表3】

【0037】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、例示したMo−Ti−C−O系析出物が析出する場合に限らず、炭素含有析出物が析出される析出強化型高強度鋼全般に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の強化評価方法を適用して実際に析出強化型高強度鋼を開発する手順を示すフローチャート。
【図2】サンプル2のTEM像および3DAP像。
【図3】サンプル4のTEM像および3DAP像。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼中の炭素含有析出物に含まれる元素の種類および量を3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により測定する測定ステップと、
前記析出物を構成する酸素・炭素を原子比で(C1−p,O)とした場合の酸素の割合を示すpをp値としたときに、前記測定ステップでの測定結果に基づいてp値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合を算出する算出ステップと、
前記算出ステップにおける前記割合に基づき、前記鋼について析出強化を評価する評価ステップと
を具備し、
前記評価ステップでは、p値が0.2〜0.5の範囲となる析出物の割合が適正範囲内の時に、所定の強化がなされていると判定することを特徴とする析出強化型高強度鋼の強化評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−29786(P2006−29786A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−204230(P2004−204230)
【出願日】平成16年7月12日(2004.7.12)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】