核酸抽出安定化剤、核酸抽出法及び核酸抽出装置
【課題】タンパク質及び核酸を含む試料から、核酸を抽出する際に試料からの核酸回収率を向上させる。
【解決手段】核酸を含む試料を核酸捕捉担体に接触させる際、及び/又は核酸を捕捉した核酸捕捉担体を溶離液と接触させる際にタンパク質凝集抑制効果のあるアミノ酸、ポリアミン及びアミノ酸アルキルエステルからなる群から選ばれる少なくとも1種の成分を存在させる。
【解決手段】核酸を含む試料を核酸捕捉担体に接触させる際、及び/又は核酸を捕捉した核酸捕捉担体を溶離液と接触させる際にタンパク質凝集抑制効果のあるアミノ酸、ポリアミン及びアミノ酸アルキルエステルからなる群から選ばれる少なくとも1種の成分を存在させる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸を含む試料からの核酸抽出技術に関する。例えば、核酸を含む全血、血漿などの生物試料等から核酸を抽出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸の分析により得られる遺伝子情報は、医療、臨床検査、医薬品産業及び食品産業等の様々な分野で活用されている。この核酸分析には、様々な生物試料からの核酸抽出が必須の前処理となっている。
【0003】
近年の核酸抽出方法としては、有害な有機溶媒であるフェノールやクロロホルム等を使用する方法ではなく、非特許文献1〔B. Vogelstein and D. Gillespie, Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 76(2), 615-619(1979)〕に報告されるカオトロピック剤の存在下で核酸がシリカに結合する性質に基づいた方法、あるいは、〔特許文献1〕及び〔特許文献2〕に報告される有機溶媒の存在下で核酸がシリカに結合する性質に基づいた方法が一般的である。これらの方法を利用し、〔特許文献3〕を初めとするシリカ含有の固相を核酸捕捉用担体として内蔵する核酸捕捉用チップ用いた核酸抽出方法が報告されている。これは、核酸の核酸捕捉用担体への結合工程、捕捉物に含まれる不純物の洗浄工程、および核酸の核酸捕捉用担体からの溶離工程、の各工程が、各溶液が吸排される1つの核酸捕捉用チップにより行われ、自動化に適した核酸抽出方法である。
【0004】
このように、固相を核酸捕捉用担体として核酸捕捉用チップもしくはカラムとして吸引吐出、遠心、真空減圧、加圧等により通液する方法として〔特許文献3〜5〕が報告されている。またシリカの他に結合部材として表面に水酸基を有する有機高分子を用いた方法(特許文献5〜6)がある。そのほかに、正電荷を有するタンパク質ならびにシクロデキストリン、クラウンエーテル、デンドリマーおよびポリアミンを結合部材に固定化し核酸を精製する方法がある(特許文献7)。
【0005】
一方、医療、臨床検査及び医薬品産業の分野では、タンパク質を検出・測定対象とする場合がある。この場合、タンパク質を含む試薬において、測定の再現性、正確性、精度を高めるためにタンパク質の安定性が求められてきた。安定性を増すために、凍結乾燥、緩衝液による制御(特許文献8)、タンパク質同士の会合を阻止するため、イオンによる分子間の静電相互作用の抑制があると考えられている技術(非特許文献2)がある。また、タンパク質を測定対象とする場合には、タンパク質凝集を防ぐために低分子化合物を添加することがあり、添加剤としてアルギニンが用いられる(非特許文献3〜4)。また、水溶性高分子化合物を用いて、ポリペプチド鎖の巻き戻しの際のタンパク蛋白質凝集を抑制(非特許文献4〜5)する技術も報告されている。水溶性高分子化合物としてはCHAPSやTween等の界面活性剤やポリエチレングリコールが用いられる。アミノ酸エステル及び/又はポリアミンを用いることによりタンパク質凝集抑制および安定化することにより、測定精度が高く、長期安定性に優れた方法が報告されている(特許文献9)。
【0006】
【特許文献1】特開2001−95572号公報
【特許文献2】特開2002−360245号公報
【特許文献3】WO2002/078846
【特許文献4】特開平7−250681号公報
【特許文献5】特開2003−128691号公報
【特許文献6】特開2004−49108号公報
【特許文献7】特開2006−246732号公報
【特許文献8】特開平11−240895号公報
【特許文献9】特許公開2004−108850号公報
【非特許文献1】B. Vogelstein and D. Gillespie, Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 76 (2), 615-619(1979)
【非特許文献2】Maeda Y, et.al.「Protein Eng.」1996年、19巻、p.461-465
【非特許文献3】Tsumoto K, et.al. 「J. Immunol. Method」1998年、219巻、p.119-129
【非特許文献4】Brinkmann U,et.al.「Proc.Natl.Acad.SciUSA」1992年、89巻、p.3075-3079
【非特許文献5】Cleland JL,et.al.「J.Biol.Chem.」1992年、267巻、p.13327-13334
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1〜7で報告される方法によれば、生体試料(特に全血、血漿)等の核酸以外の物質、特にタンパク質を多く含む試料から核酸を抽出する場合、核酸結合固相を用いた核酸捕捉用チップ、カラム又はビーズなどに各液体を接触させる。従来、タンパク質を変性させることで、上記試料からタンパク質を除去していたが、試料によっては、核酸捕捉用担体に変性凝集したタンパク質などが吸着することがあった。タンパク質を凝集させると、例えば試料中の核酸を巻き込んでしまったり、液体と核酸捕捉用担体の接触可能な表面積を減少させるといった問題が生じる。また、タンパク質を凝集させると、通液抵抗の増大をもたらし、場合により目詰まりを起こすといった不都合もある。
【0008】
以上のように、タンパク質及び核酸を含む試料から、核酸を抽出する際には、タンパク質の凝集等に起因して核酸回収率が低下したり、核酸回収に要する時間の遅延が引き起こされるといった問題があった。そこで、本発明は、上述の実情に鑑み、試料からの核酸回収率を向上させることができる核酸抽出安定化剤、核酸抽出法及び核酸抽出装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上述した目的を達成するために鋭意検討した結果、核酸を含む試料を核酸捕捉担体に接触させる際、及び/又は核酸を捕捉した核酸捕捉担体を溶離液と接触させる際にタンパク質凝集抑制効果のある化合物を存在させることによって、核酸の回収率が向上することを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明に係る核酸抽出安定剤は、タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸、ポリアミン及びアミノ酸アルキルエステルからなる群から選ばれる少なくとも1種の成分を含有するものである。ここで、上記アミノ酸としては、アルギニン、グリシン、アラニン及びリシンからなる群から選ばれる少なくとも1種類のアミノ酸を挙げることができる。また、上記ポリアミンとしては、スペルミン及び/又はスペルミジンを挙げることができる。さらに、上記アミノ酸エステルとしては、グリシンエチルエステル、アルギニンメチルエステル、ニトロアルギニンメチルエステル、アルギニンエチルエステル、アスパラギン酸ジメチルエステル、リジンメチルエステル、リジンエチルエステル、グリシンベンジルエステル及びグリシンt-ブチルエステルからなる群から選ばれる少なくとも1種類のアミノ酸エステル若しくはそれらの塩を挙げることができる。本発明に係る核酸抽出安定剤は、上記成分の濃度が1nmol/L〜2mol/Lであることが好ましい。
【0011】
本発明に係る核酸抽出安定剤は、核酸を含む試料と核酸捕捉担体と混合する核酸捕捉工程と核酸捕捉担体に捕捉された核酸を溶離する核酸溶離工程とを含む核酸抽出方法において使用することができる。例えば、本発明に係る核酸抽出安定剤は、上記核酸捕捉工程及び/又は上記核酸溶離工程で使用することによって、核酸回収効率を向上させることができる。
【0012】
なお、上記核酸捕捉工程は、カオトロピック剤を含む溶液で行うことができる。また、上記核酸捕捉担体はシリカ含有固相であり、核酸捕捉工程及び核酸溶離工程では、当該核酸捕捉担体を内部に配設したチップを用いてそれぞれ上記試料及び溶離液を通液することで核酸を核酸捕捉担体に捕捉し、捕捉した核酸を溶離して回収することができる。
【0013】
また、本発明に係る核酸抽出安定剤を試薬ラックに備える核酸抽出装置として使用することができる。すなわち、本発明に係る核酸抽出装置は、溶液に含まれる核酸を吸着することができる核酸捕捉担体と、核酸を含む溶液、核酸の上記核酸捕捉担体への吸着を促進する吸着促進剤、上記核酸捕捉担体に捕捉された核酸を溶離する溶離液及び本発明に係る核酸抽出安定化剤を備える試薬ラックとを有している。
【0014】
なお、本発明に係る核酸抽出装置において、上記核酸捕捉担体としてシリカ含有固相を使用することができ、当該核酸捕捉担体を内部に配設したチップを用いてそれぞれ上記試料及び溶離液を通液することで核酸を核酸捕捉担体に捕捉し、捕捉した核酸を溶離して回収することができる。
【0015】
本発明に係る核酸抽出安定化剤は、核酸を含む試料に対して事前添加しても良いし、当該試料に対して添加する溶解試薬とともに添加しても良いし、当該試料に対して添加する結合促進試薬とともに添加しても良いし、核酸捕捉担体に捕捉された核酸を溶離する溶離試薬とともに添加しても良い。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸、ポリアミン及びアミノ酸アルキルエステルからなる群から選ばれる少なくとも1種の成分を使用することによって、核酸抽出における核酸回収率の向上を達成することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明に係る核酸抽出安定剤、核酸抽出方法及び核酸抽出装置を、図面を参照して詳細に説明する。
本発明に係る核酸抽出安定剤は、タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸、ポリアミン及びアミノ酸アルキルエステルからなる群から選ばれる少なくとも1種の成分を含有している。ここで、タンパク質凝集抑制能とは、タンパク質間の相互作用を低減させることを意味する。例えば、アミノ酸であるアルギニンでは、その分子中のグアニジウム基がタンパク質間の疎水的相互作用を防いでいるものと考えられる。ポリアミンでは、タンパク質の表面に結合することにより見かけのネットチャージをプラスに増加させ、タンパク質間の衝突を抑制していると考えられる。アミノ酸エステルでは、修飾された非極性カルボニル末端がタンパク質と疎水性相互作用し、アミド末端の静電的反発をタンパク質表面に生じさせてタンパク質間の会合を抑制していると考えられる。
【0018】
ここで、タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸としては、例えば、アルギニン、グリシン、アラニン及びリシンを挙げることができる。これらアミノ酸のうち一種又は複数種を核酸抽出安定剤として使用することができる。また、タンパク質凝集抑制能を有するポリアミンとしては、スペルミン及びスペルミジンを挙げることができる。これらポリアミンの一方又は両方を核酸抽出安定剤として使用することができる。さらに、タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸エステルとしては、グリシンエチルエステル、アルギニンメチルエステル、ニトロアルギニンメチルエステル、アルギニンエチルエステル、アスパラギン酸ジメチルエステル、リジンメチルエステル、リジンエチルエステル、グリシンベンジルエステル及びグリシンt-ブチルエステルを挙げることができる。これらアミノ酸エステルのうち一種又は複数種を核酸抽出安定剤として使用することができる。これらアミノ酸エステルの塩を、核酸抽出安定剤として使用することができる。
【0019】
本発明に係る核酸抽出安定剤は、核酸を含有する試料から核酸捕捉担体を用いて核酸を抽出する際に使用することで、核酸抽出効率を向上させるものである。本発明に係る核酸抽出安定剤は、例えば、図1に示すフローチャートの核酸抽出方法に適用することができる。なお、図1に示すフローチャートにおいて、工程2が核酸捕捉工程であり、工程4が核酸溶離工程である。本発明に係る核酸抽出安定剤は、これら工程2及び工程4に使用しても良いし、工程2及び工程4のいずれか一方にのみ使用しても良い。
【0020】
本核酸抽出方法は、先ず、工程1で核酸を含む試料を調整するための溶解試薬、核酸結合担体に核酸を結合させるための結合試薬を準備し、動物細胞等の生体サンプルに溶解試薬及び結合試薬をそれぞれ添加する。なお、溶解試薬及び結合試薬は一液として準備してこれを生体サンプルに添加しても良い。工程1によれば、生体サンプルに含まれる核酸が溶液中に溶解した状態となり、核酸を含有する試料を準備することができる。ここで核酸とは、2本鎖又は1本鎖若しくは部分的に2本鎖又は1本鎖構造を有するデオキシリボ核酸及びリボ核酸を含む意味である。本核酸抽出方法において、生体サンプルとしては動物細胞に限定されず、細菌や真菌等の微生物細胞、植物細胞又はウイルスを用いても良いが、特に、生体試料として全血、血漿、血清、喀痰、尿等や培養細胞、培養細菌等の生物学的な試料が望ましい。
【0021】
なお、工程1では、生体サンプルの溶解を促進するために加温、撹拌等の手技を適宜適用することができる。また、生体サンプルを溶解試薬によって溶解した後、遠心分離操作によって固形分を除去しても良い。
【0022】
上述した結合試薬に含まれる、核酸の核酸結合固相への結合を促進する物質としては、NaI(ヨウ化ナトリウム)、KI(ヨウ化カリウム)、NaClO4(過塩素酸ナトリウム)、NaSCN(チオシアン酸ナトリウム)、GuSCN(チオシアン酸グアニジン)、GuHCl(塩酸グアニジン)などのカオトロピック剤を挙げることができる。
【0023】
次に、本核酸抽出方法は、工程2として工程1で調整した核酸を含有する試料に核酸捕捉担体を接触させ、当該核酸結合担体に核酸を結合させる。核酸結合担体としては、核酸捕捉用担体としては、ガラス粒子、シリカ粒子、シリカコートされた磁性粒子、石英濾紙、石英ウール又はそれらの破砕物、若しくはケイソウ土等を挙げることができる。換言すれば、核酸捕捉担体としては、酸化ケイ素を含有する物質又は表面に水酸基を有する有機高分子であれば使用することができる。
【0024】
また、核酸結合担体は、図2に示すように、チップ内部に配設した核酸捕捉用チップ10として使用することが好ましい。核酸捕捉チップ10は、頭部11が可動ノズル等の先端に気密に装着される内径を有しており、下方が先端部に向けて徐々に内径が小となるように形成される。核酸捕捉用チップ10は、例えば、透明もしくは半透明な合成樹脂から形成される。先端である通液口12側には、核酸捕捉担体13が流出することを防止するための円板状の阻止部材14を挿入し、頭部11の側にも円板状の阻止部材14を設ける。これらの阻止部材14は、液体及び気体が容易に通過し得る多数の孔を有するが、その孔は核酸捕捉担体13の流出を阻止できる大きさである。
【0025】
この核酸捕捉用チップ10は、頭部11にピペッター、シリンジ、ポンプ等を直接又は間接的に気密状態で装着し、溶液を吸引吐出、真空減圧、加圧もしくは遠心等することで溶液と核酸結合固相13とを接触させることができる。或いは、核酸を含有する試料を頭部11より添加して、核酸捕捉用チップ10内部を加圧することによって当該試料を通液させても良い。このようにして、工程2においては、核酸を含有する試料に核酸捕捉担体を接触させ、当該核酸結合担体に核酸を結合させることができる。
【0026】
なお、核酸捕捉担体は、図2に示すような核酸捕捉用チップに限定されず、カラムやプレート、またビーズやシリカコーティングされた磁性粒子等のビーズ形状として使用することもできる。例えば、核酸捕捉担体を充填した核酸捕捉用カラムを使用する場合、カラム上部に核酸を含有する試料を添加し、加圧、遠心、真空減圧等により当該試料を通液し、核酸捕捉用担体と試料とを接触させることができる。
【0027】
工程2において本発明に係る核酸抽出安定剤を使用することができる。すなわち、工程1で調整した試料に核酸抽出安定剤を添加した後に核酸捕捉担体と接触させることによって、核酸捕捉担体に対する核酸の結合量を大幅に向上させることができる。ここで、核酸抽出安定剤は、タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸、ポリアミン又はアミノ酸アルキルエステルがいずれの場合も濃度が好ましくは1nmol/L〜2mol/L、より好ましくは1nmol/L〜600mmol/L、さらに好ましくは1nmol/L〜350mmol/Lとなるように添加される。これら成分の濃度が1nmol/L未満では、核酸抽出安定化剤の効果が不十分となる虞がある。逆に、これら成分の濃度が2mol/Lを超える場合には、核酸の溶解性が悪くなる虞がある。
【0028】
次に、本核酸抽出方法では工程3として、核酸が結合した核酸捕捉担体を洗浄し、非特異的結合物を核酸捕捉担体から除去する。洗浄用の試薬としては、特に限定されないが、例えば、核酸捕捉担体に対する核酸の結合を維持しつつ、工程1で添加した試薬を核酸捕捉用担体から除去できるものであればよい。洗浄用の試薬としては、低級アルコールや低分子ケトンなどの有機化合物を用いることができる。洗浄用の試薬としては、例えば、エタノール及びイソプロパノール等を使用することができ、特に70%以上の濃度のエタノールを使用することが好ましい。
【0029】
なお、洗浄用の試薬を核酸捕捉担体に接触させる手技としては、特に限定されないが、上述した核酸を含有する試料を核酸捕捉担体に接触させる際に適用した手技を適宜適用することができる。
【0030】
次に、本核酸抽出方法では工程4として、核酸捕捉担体に結合した核酸を、核酸捕捉担体から溶離する。具体的には、核酸を結合した核酸捕捉担体に溶離液を接触させることで、核酸を溶離液中に回収する。溶離液を核酸捕捉担体に接触させる手技としては、特に限定されないが、上述した核酸を含有する試料を核酸捕捉担体に接触させる際に適用した手技を適宜適用することができる。
【0031】
工程4により、核酸は核酸捕捉担体から水相へと移行する。溶離液としては、核酸捕捉担体から核酸を溶離する作用を有する限り特に限定されず、従来公知の溶離液を使用することができる。溶離液としては、例えば、低塩濃度の水溶液や純水を使用することができる。特に、溶離液としては、10mmol/L トリス(pH8.5)及び0.1mmol/L EDTAからなる溶液を使用することが好ましい。
【0032】
工程4において本発明に係る核酸抽出安定剤を使用することができる。すなわち、溶離液に核酸抽出安定剤を添加し、核酸を結合した核酸捕捉担体と当該溶離液とを接触させることによって、核酸捕捉担体に結合した核酸の回収量を大幅に向上させることができる。一般に、溶離工程において溶離液により核酸を核酸捕捉担体から溶離させるが、溶離液に含まれるタンパク質が凝集することで溶離した核酸を取り込み、核酸の回収率が低下する場合がある。しかしながら、本発明に係る核酸抽出安定剤の存在下で溶離工程を行うことによって、このような核酸の取り込みを防止することができ、その結果、核酸の回収率が向上することとなる。
【0033】
ここで、核酸抽出安定剤は、タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸、ポリアミン又はアミノ酸アルキルエステルがいずれの場合も濃度が好ましくは1nmol/L〜2mol/L、より好ましくは1nmol/L〜600mmol/L、さらに好ましくは1nmol/L〜350mmol/Lとなるように溶離液に添加される。これら成分の濃度が1nmol/L未満では、核酸抽出安定化剤の効果が不十分となる虞がある。逆に、これら成分の濃度が2mol/Lを超える場合には、核酸の溶解性が悪くなる虞がある。
【0034】
以上で説明したように、本発明に係る核酸抽出安定剤を核酸捕捉工程及び/又は核酸溶離工程に使用することによって、生体サンプル若しくは核酸を含有する試料からの核酸の回収効率を向上させることができる。また、本発明に係る核酸抽出安定剤を使用することによって、溶液に含まれるタンパク質の凝集が抑制されるため、核酸を含有する試料、洗浄液及び溶離液等を核酸捕捉担体に通液させる際の抵抗を低減させることができる。これにより、これら溶液の通液速度の低下を防止することができ、上述した各工程に要する時間を短縮することができる。
【0035】
なお、本発明に係る核酸抽出安定剤は、上記工程3、すなわち核酸を結合した核酸捕捉担体を洗浄する工程においては排除されていることが望ましい。核酸を結合した核酸捕捉担体を洗浄する工程を核酸抽出安定剤の非存在下で行うことによって、核酸回収効率を更に向上させることができる。
【0036】
なお、本発明に係る核酸抽出安定剤は、核酸捕捉担体と試薬ラックとを備える核酸抽出装置に適用することができる。本核酸抽出装置において、核酸捕捉担体は、上述したように核酸捕捉用チップ又は核酸捕捉用カラムとすることができる。本核酸抽出装置において、試薬ラックには、少なくとも、上述した結合試薬、溶離液及び本発明に係る核酸抽出安定剤を備える。なお、本発明に係る核酸抽出安定剤は、結合試薬及び/又は溶離液に混合されていても良い。
【0037】
また、本核酸抽出装置において抽出された核酸は、そのまま又は精製した後に、例えば核酸増幅反応の鋳型として使用することができる。すなわち、上述した核酸抽出装置の構成に、核酸増幅反応に使用する試薬類や温度調節装置を更に備えることによって、本発明に係る核酸抽出安定剤を核酸増幅装置に適用することもできる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)溶解試薬への核酸抽出安定化剤添加による効果
本実施例では、L(+)-アルギニン(和光純薬製)を核酸抽出安定化剤として用い、図1の核酸回収工程のフローチャートに従って核酸を回収し、核酸抽出安定剤の濃度と核酸回収率との関係を検討した。
【0039】
本実施例では、試料として標準血清であるAutonormTMを用い、AutonormTM 195μlに対して市販精製品のプラスミドDNAであるpBR322を20ng/μlとなるようにTE緩衝液(pH8.0)により希釈した溶液5μlを加えることで、核酸を含有する試料を調整した。なお、本実施例では、当該試料200μlとして用いた。また、本実施例で使用した他の試薬組成を下記に示した。
溶解試薬:5mol/L チオシアン酸グアニジン塩
5%(w/v) TritonX-100
20mmol/L EDTA・2Na
125mmol/L Tris-HCl
100mmol/L DTT
結合試薬:3 mol/L チオシアン酸グアニジン塩
35%(w/v) TritonX-100
30mmol/L EDTA・2Na
100mmol/L MES
第一洗浄液:2.5mol/L チオシアン酸グアニジン塩
5% TritonX-100
25mmol/L EDTA・2Na
100mmol/L MES
第二洗浄液:15mmol/L 酢酸カリウム
70%(v/v) エタノール水溶液
溶離液 :10mmol/L Tris-HCl(pH8.0)
0.1mmol/L EDTA・2Na
【0040】
先ず、1.5ml容量の反応容器内で、試料200μlに対して溶解試薬にL(+)-アルギニンを添加したもの400μlを加え、ボルテクスミキサーにより攪拌し、80℃、5分間加熱した後、冷却し、結合液400μlを添加し、ボルテクスミキサーにより攪拌した。ここではアルギニンの添加量を0〜333mmol/Lとした。
【0041】
次に、上記のように調整した溶液を、核酸捕捉担体を有する核酸捕捉用チップに通液した。なお、本実施例では、核酸捕捉用チップとして(図2参照)、ポリプロピレン製のチップを用い、核酸捕捉担体としてガラス繊維濾紙を用い、ポリプロピレンにより成形した阻止部材で核酸捕捉担体の上下を挟んだ。この核酸捕捉用チップを30mL用シリンジに装着し、プランジャを30mLから10mL〔加圧速度15(mL/sec)〕まで押し、加圧により溶液の通液を行った。本工程により、溶液に含まれる核酸を核酸捕捉担体に結合させることとなる。
【0042】
次に、第一洗浄溶液 1,200μlを充填した30mL用シリンジに核酸捕捉用チップを装着し、プランジャを30mLから10mL〔加圧速度15(mL/sec)〕まで押し加圧により溶液の通液を行った。これに続いて、第二洗浄液を1,400μl用いて同様に通液を行った。本工程により、核酸捕捉担体を洗浄することとなる。
【0043】
次に、溶離液としてTE緩衝液(pH8.0)30μlを充填した30mL用シリンジに核酸捕捉用チップを装着し、上述のように加圧することで溶離液を核酸捕捉担体に通水した。本工程によって核酸捕捉担体から核酸を溶離して回収した。そして、回収された溶離液に含まれるプラスミドDNApBR322をインビトロジェン社製、「Quant-iTTM RiboGreen RNA Reagent and Kit」により定量し、核酸回収率を算出した。
【0044】
その結果を図3に示した。図3に示した結果からL(+)-アルギニンを添加することにより核酸回収効率が向上し、また、核酸回収効率の向上度合いはL(+)-アルギニン濃度に正に相関していることが判った。
【0045】
また、上述した核酸捕捉担体の洗浄に際して、第一洗浄溶液及び第二洗浄溶液の通液時間を測定した結果をそれぞれ表1及び表2に示した。
【0046】
【表1】
【0047】
【表2】
【0048】
表1及び表2に示したように、添加したL(+)-アルギニン濃度の増加と共に通液時間が短縮されることが確認された。これは、溶液に含まれるタンパク質又は核酸捕捉担体に吸着したタンパク質の凝集が阻害され、その結果、核酸捕捉担体への通液における抵抗が低減したことを示している。この結果から、核酸抽出安定剤を使用することによって、核酸捕捉担体の通液速度を向上させることができ、より短時間で核酸を回収できることが示された。
【0049】
(実施例2)第一洗浄試薬への核酸抽出安定化剤添加による効果
本実施例では、L(+)-アルギニンを核酸抽出安定化剤として用い、第一洗浄試薬にL(+)-アルギニンを添加した以外は実施例1と同様にして核酸抽出を行い、核酸回収率を算出した。その結果を図4に示す。図4に示すように、洗浄時に核酸抽出安定化剤の混入を防ぐことにより、核酸回収率が向上することが明らかとなった。
【0050】
(実施例3)溶離試薬への核酸抽出安定化剤添加による効果
本実施例では、L(+)-アルギニンを核酸抽出安定化剤として用い、溶離試薬にL(+)-アルギニンを添加した以外は実施例1と同様にして核酸抽出を行い、核酸回収率を算出した。その結果を図5に示す。図5に示すように、溶離試薬にL(+)-アルギニンを添加することにより核酸回収効率が向上することが明らかとなった。また、本実施例においては、溶解試薬に核酸抽出安定化剤を添加した場合(実施例1)と比較して、洗浄後の核酸捕捉担体上のタンパク量が少なく、結合溶液に添加されている様々な成分が除かれた状態であるため、タンパク質の凝集抑制効果がより効果的に作用していると判断された。
【0051】
(実施例4)各種核酸抽出安定化剤の添加による効果
本実施例では、核酸抽出安定化剤として、D-アルギニン、グリシン、スペルミン、スペルミジン、グリシンエチルエステル塩酸塩或いはL-リシン(いずれも和光純薬製)用いた以外は実施例3と同様にして同様にして核酸抽出を行い、核酸回収率を算出した。核酸抽出安定化剤としてD-アルギニンを用いた場合の結果を図6、核酸抽出安定化剤としてグリシンを用いた場合の結果を図7、核酸抽出安定化剤としてスペルミンを用いた場合の結果を図8、核酸抽出安定化剤としてスペルミジンを用いた場合の結果を図9、核酸抽出安定化剤としてグリシンエチルエステル塩酸塩を用いた場合の結果を図10、核酸抽出安定化剤としてL-リシンを用いた場合の結果を図11に示した。
【0052】
図6〜11に示すように、核酸抽出安定化剤としてD-アルギニン、グリシン、スペルミン、スペルミジン、グリシンエチルエステル塩酸塩或いはL-リシンを用いた場合であっても核酸回収率が向上することが明らかとなった。特に、核酸回収率の向上効果としては、ポリアミン及びアミノ酸エステルに比べ、アミノ酸の方がより優れた効果を示し、その中でも塩基性であるアルギニンやリシンを核酸抽出安定化剤として使用した場合には最も優れた効果が見られた。これは、アミノ酸、ポリアミン、アミノ酸エステルにおける各々の作用機構の違いによるものと考えられた。
【0053】
(実施例5)遠心法における核酸抽出安定化剤添加による効果
本実施例では、溶解試薬等の通液を遠心操作(1,100×g、一分の条件)で行った以外は実施例1と同様にして核酸抽出を行い、核酸回収率を算出した。その結果を図12に示す。図12に示すように、L(+)-アルギニンを添加した溶解試薬を核酸捕捉担体に遠心操作により通液した場合であっても核酸回収率が向上することが明らかとなった。
【0054】
(実施例6)磁性ビーズを用いた場合における核酸抽出安定化剤添加による効果
本実施例では、核酸捕捉担体として磁性ビーズ(「MagExtractor-Viral RNA-」TOYOBO社製)を用いた以外は実施例1と同様にして核酸抽出を行い、核酸回収率を算出した。その結果を図13に示す。図13に示すように、核酸捕捉担体として磁性ビーズを用いた場合であってもL(+)-アルギニンを添加した溶解試薬を使用することによって核酸回収率が向上することが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明に係る核酸抽出安定剤を適用した核酸抽出方法の一例を示すフローチャートである。
【図2】核酸抽出方法に使用する核酸捕捉用チップの構造を示す断面図である。
【図3】核酸抽出安定剤としてL(+)アルギンを使用した場合の核酸抽出安定剤の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図4】核酸抽出安定剤としてL(+)アルギンを使用し、核酸抽出安定剤を洗浄液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図5】核酸抽出安定剤としてL(+)アルギンを使用し、核酸抽出安定剤を溶離液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図6】核酸抽出安定剤としてD-アルギンを使用し、核酸抽出安定剤を溶離液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図7】核酸抽出安定剤としてグリシンを使用し、核酸抽出安定剤を溶離液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図8】核酸抽出安定剤としてスペルミンを使用し、核酸抽出安定剤を溶離液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図9】核酸抽出安定剤としてスペルミジンを使用し、核酸抽出安定剤を溶離液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図10】核酸抽出安定剤としてグリシンエチルエステル塩酸塩を使用し、核酸抽出安定剤を溶離液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図11】核酸抽出安定剤としてL-リシンを使用し、核酸抽出安定剤を溶離液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図12】核酸抽出安定剤としてL(+)アルギンを使用し、核酸抽出安定剤を溶解試薬に添加し、遠心操作によって通液した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図13】核酸抽出安定剤としてL(+)アルギンを使用し、核酸抽出安定剤を溶解試薬に添加し、核酸捕捉担体として磁性ビーズを使用した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【符号の説明】
【0056】
10…核酸捕捉用チップ、11…頭部、12…通液口、13…核酸捕捉担体、14…阻止部材
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸を含む試料からの核酸抽出技術に関する。例えば、核酸を含む全血、血漿などの生物試料等から核酸を抽出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸の分析により得られる遺伝子情報は、医療、臨床検査、医薬品産業及び食品産業等の様々な分野で活用されている。この核酸分析には、様々な生物試料からの核酸抽出が必須の前処理となっている。
【0003】
近年の核酸抽出方法としては、有害な有機溶媒であるフェノールやクロロホルム等を使用する方法ではなく、非特許文献1〔B. Vogelstein and D. Gillespie, Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 76(2), 615-619(1979)〕に報告されるカオトロピック剤の存在下で核酸がシリカに結合する性質に基づいた方法、あるいは、〔特許文献1〕及び〔特許文献2〕に報告される有機溶媒の存在下で核酸がシリカに結合する性質に基づいた方法が一般的である。これらの方法を利用し、〔特許文献3〕を初めとするシリカ含有の固相を核酸捕捉用担体として内蔵する核酸捕捉用チップ用いた核酸抽出方法が報告されている。これは、核酸の核酸捕捉用担体への結合工程、捕捉物に含まれる不純物の洗浄工程、および核酸の核酸捕捉用担体からの溶離工程、の各工程が、各溶液が吸排される1つの核酸捕捉用チップにより行われ、自動化に適した核酸抽出方法である。
【0004】
このように、固相を核酸捕捉用担体として核酸捕捉用チップもしくはカラムとして吸引吐出、遠心、真空減圧、加圧等により通液する方法として〔特許文献3〜5〕が報告されている。またシリカの他に結合部材として表面に水酸基を有する有機高分子を用いた方法(特許文献5〜6)がある。そのほかに、正電荷を有するタンパク質ならびにシクロデキストリン、クラウンエーテル、デンドリマーおよびポリアミンを結合部材に固定化し核酸を精製する方法がある(特許文献7)。
【0005】
一方、医療、臨床検査及び医薬品産業の分野では、タンパク質を検出・測定対象とする場合がある。この場合、タンパク質を含む試薬において、測定の再現性、正確性、精度を高めるためにタンパク質の安定性が求められてきた。安定性を増すために、凍結乾燥、緩衝液による制御(特許文献8)、タンパク質同士の会合を阻止するため、イオンによる分子間の静電相互作用の抑制があると考えられている技術(非特許文献2)がある。また、タンパク質を測定対象とする場合には、タンパク質凝集を防ぐために低分子化合物を添加することがあり、添加剤としてアルギニンが用いられる(非特許文献3〜4)。また、水溶性高分子化合物を用いて、ポリペプチド鎖の巻き戻しの際のタンパク蛋白質凝集を抑制(非特許文献4〜5)する技術も報告されている。水溶性高分子化合物としてはCHAPSやTween等の界面活性剤やポリエチレングリコールが用いられる。アミノ酸エステル及び/又はポリアミンを用いることによりタンパク質凝集抑制および安定化することにより、測定精度が高く、長期安定性に優れた方法が報告されている(特許文献9)。
【0006】
【特許文献1】特開2001−95572号公報
【特許文献2】特開2002−360245号公報
【特許文献3】WO2002/078846
【特許文献4】特開平7−250681号公報
【特許文献5】特開2003−128691号公報
【特許文献6】特開2004−49108号公報
【特許文献7】特開2006−246732号公報
【特許文献8】特開平11−240895号公報
【特許文献9】特許公開2004−108850号公報
【非特許文献1】B. Vogelstein and D. Gillespie, Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 76 (2), 615-619(1979)
【非特許文献2】Maeda Y, et.al.「Protein Eng.」1996年、19巻、p.461-465
【非特許文献3】Tsumoto K, et.al. 「J. Immunol. Method」1998年、219巻、p.119-129
【非特許文献4】Brinkmann U,et.al.「Proc.Natl.Acad.SciUSA」1992年、89巻、p.3075-3079
【非特許文献5】Cleland JL,et.al.「J.Biol.Chem.」1992年、267巻、p.13327-13334
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1〜7で報告される方法によれば、生体試料(特に全血、血漿)等の核酸以外の物質、特にタンパク質を多く含む試料から核酸を抽出する場合、核酸結合固相を用いた核酸捕捉用チップ、カラム又はビーズなどに各液体を接触させる。従来、タンパク質を変性させることで、上記試料からタンパク質を除去していたが、試料によっては、核酸捕捉用担体に変性凝集したタンパク質などが吸着することがあった。タンパク質を凝集させると、例えば試料中の核酸を巻き込んでしまったり、液体と核酸捕捉用担体の接触可能な表面積を減少させるといった問題が生じる。また、タンパク質を凝集させると、通液抵抗の増大をもたらし、場合により目詰まりを起こすといった不都合もある。
【0008】
以上のように、タンパク質及び核酸を含む試料から、核酸を抽出する際には、タンパク質の凝集等に起因して核酸回収率が低下したり、核酸回収に要する時間の遅延が引き起こされるといった問題があった。そこで、本発明は、上述の実情に鑑み、試料からの核酸回収率を向上させることができる核酸抽出安定化剤、核酸抽出法及び核酸抽出装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上述した目的を達成するために鋭意検討した結果、核酸を含む試料を核酸捕捉担体に接触させる際、及び/又は核酸を捕捉した核酸捕捉担体を溶離液と接触させる際にタンパク質凝集抑制効果のある化合物を存在させることによって、核酸の回収率が向上することを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明に係る核酸抽出安定剤は、タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸、ポリアミン及びアミノ酸アルキルエステルからなる群から選ばれる少なくとも1種の成分を含有するものである。ここで、上記アミノ酸としては、アルギニン、グリシン、アラニン及びリシンからなる群から選ばれる少なくとも1種類のアミノ酸を挙げることができる。また、上記ポリアミンとしては、スペルミン及び/又はスペルミジンを挙げることができる。さらに、上記アミノ酸エステルとしては、グリシンエチルエステル、アルギニンメチルエステル、ニトロアルギニンメチルエステル、アルギニンエチルエステル、アスパラギン酸ジメチルエステル、リジンメチルエステル、リジンエチルエステル、グリシンベンジルエステル及びグリシンt-ブチルエステルからなる群から選ばれる少なくとも1種類のアミノ酸エステル若しくはそれらの塩を挙げることができる。本発明に係る核酸抽出安定剤は、上記成分の濃度が1nmol/L〜2mol/Lであることが好ましい。
【0011】
本発明に係る核酸抽出安定剤は、核酸を含む試料と核酸捕捉担体と混合する核酸捕捉工程と核酸捕捉担体に捕捉された核酸を溶離する核酸溶離工程とを含む核酸抽出方法において使用することができる。例えば、本発明に係る核酸抽出安定剤は、上記核酸捕捉工程及び/又は上記核酸溶離工程で使用することによって、核酸回収効率を向上させることができる。
【0012】
なお、上記核酸捕捉工程は、カオトロピック剤を含む溶液で行うことができる。また、上記核酸捕捉担体はシリカ含有固相であり、核酸捕捉工程及び核酸溶離工程では、当該核酸捕捉担体を内部に配設したチップを用いてそれぞれ上記試料及び溶離液を通液することで核酸を核酸捕捉担体に捕捉し、捕捉した核酸を溶離して回収することができる。
【0013】
また、本発明に係る核酸抽出安定剤を試薬ラックに備える核酸抽出装置として使用することができる。すなわち、本発明に係る核酸抽出装置は、溶液に含まれる核酸を吸着することができる核酸捕捉担体と、核酸を含む溶液、核酸の上記核酸捕捉担体への吸着を促進する吸着促進剤、上記核酸捕捉担体に捕捉された核酸を溶離する溶離液及び本発明に係る核酸抽出安定化剤を備える試薬ラックとを有している。
【0014】
なお、本発明に係る核酸抽出装置において、上記核酸捕捉担体としてシリカ含有固相を使用することができ、当該核酸捕捉担体を内部に配設したチップを用いてそれぞれ上記試料及び溶離液を通液することで核酸を核酸捕捉担体に捕捉し、捕捉した核酸を溶離して回収することができる。
【0015】
本発明に係る核酸抽出安定化剤は、核酸を含む試料に対して事前添加しても良いし、当該試料に対して添加する溶解試薬とともに添加しても良いし、当該試料に対して添加する結合促進試薬とともに添加しても良いし、核酸捕捉担体に捕捉された核酸を溶離する溶離試薬とともに添加しても良い。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸、ポリアミン及びアミノ酸アルキルエステルからなる群から選ばれる少なくとも1種の成分を使用することによって、核酸抽出における核酸回収率の向上を達成することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明に係る核酸抽出安定剤、核酸抽出方法及び核酸抽出装置を、図面を参照して詳細に説明する。
本発明に係る核酸抽出安定剤は、タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸、ポリアミン及びアミノ酸アルキルエステルからなる群から選ばれる少なくとも1種の成分を含有している。ここで、タンパク質凝集抑制能とは、タンパク質間の相互作用を低減させることを意味する。例えば、アミノ酸であるアルギニンでは、その分子中のグアニジウム基がタンパク質間の疎水的相互作用を防いでいるものと考えられる。ポリアミンでは、タンパク質の表面に結合することにより見かけのネットチャージをプラスに増加させ、タンパク質間の衝突を抑制していると考えられる。アミノ酸エステルでは、修飾された非極性カルボニル末端がタンパク質と疎水性相互作用し、アミド末端の静電的反発をタンパク質表面に生じさせてタンパク質間の会合を抑制していると考えられる。
【0018】
ここで、タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸としては、例えば、アルギニン、グリシン、アラニン及びリシンを挙げることができる。これらアミノ酸のうち一種又は複数種を核酸抽出安定剤として使用することができる。また、タンパク質凝集抑制能を有するポリアミンとしては、スペルミン及びスペルミジンを挙げることができる。これらポリアミンの一方又は両方を核酸抽出安定剤として使用することができる。さらに、タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸エステルとしては、グリシンエチルエステル、アルギニンメチルエステル、ニトロアルギニンメチルエステル、アルギニンエチルエステル、アスパラギン酸ジメチルエステル、リジンメチルエステル、リジンエチルエステル、グリシンベンジルエステル及びグリシンt-ブチルエステルを挙げることができる。これらアミノ酸エステルのうち一種又は複数種を核酸抽出安定剤として使用することができる。これらアミノ酸エステルの塩を、核酸抽出安定剤として使用することができる。
【0019】
本発明に係る核酸抽出安定剤は、核酸を含有する試料から核酸捕捉担体を用いて核酸を抽出する際に使用することで、核酸抽出効率を向上させるものである。本発明に係る核酸抽出安定剤は、例えば、図1に示すフローチャートの核酸抽出方法に適用することができる。なお、図1に示すフローチャートにおいて、工程2が核酸捕捉工程であり、工程4が核酸溶離工程である。本発明に係る核酸抽出安定剤は、これら工程2及び工程4に使用しても良いし、工程2及び工程4のいずれか一方にのみ使用しても良い。
【0020】
本核酸抽出方法は、先ず、工程1で核酸を含む試料を調整するための溶解試薬、核酸結合担体に核酸を結合させるための結合試薬を準備し、動物細胞等の生体サンプルに溶解試薬及び結合試薬をそれぞれ添加する。なお、溶解試薬及び結合試薬は一液として準備してこれを生体サンプルに添加しても良い。工程1によれば、生体サンプルに含まれる核酸が溶液中に溶解した状態となり、核酸を含有する試料を準備することができる。ここで核酸とは、2本鎖又は1本鎖若しくは部分的に2本鎖又は1本鎖構造を有するデオキシリボ核酸及びリボ核酸を含む意味である。本核酸抽出方法において、生体サンプルとしては動物細胞に限定されず、細菌や真菌等の微生物細胞、植物細胞又はウイルスを用いても良いが、特に、生体試料として全血、血漿、血清、喀痰、尿等や培養細胞、培養細菌等の生物学的な試料が望ましい。
【0021】
なお、工程1では、生体サンプルの溶解を促進するために加温、撹拌等の手技を適宜適用することができる。また、生体サンプルを溶解試薬によって溶解した後、遠心分離操作によって固形分を除去しても良い。
【0022】
上述した結合試薬に含まれる、核酸の核酸結合固相への結合を促進する物質としては、NaI(ヨウ化ナトリウム)、KI(ヨウ化カリウム)、NaClO4(過塩素酸ナトリウム)、NaSCN(チオシアン酸ナトリウム)、GuSCN(チオシアン酸グアニジン)、GuHCl(塩酸グアニジン)などのカオトロピック剤を挙げることができる。
【0023】
次に、本核酸抽出方法は、工程2として工程1で調整した核酸を含有する試料に核酸捕捉担体を接触させ、当該核酸結合担体に核酸を結合させる。核酸結合担体としては、核酸捕捉用担体としては、ガラス粒子、シリカ粒子、シリカコートされた磁性粒子、石英濾紙、石英ウール又はそれらの破砕物、若しくはケイソウ土等を挙げることができる。換言すれば、核酸捕捉担体としては、酸化ケイ素を含有する物質又は表面に水酸基を有する有機高分子であれば使用することができる。
【0024】
また、核酸結合担体は、図2に示すように、チップ内部に配設した核酸捕捉用チップ10として使用することが好ましい。核酸捕捉チップ10は、頭部11が可動ノズル等の先端に気密に装着される内径を有しており、下方が先端部に向けて徐々に内径が小となるように形成される。核酸捕捉用チップ10は、例えば、透明もしくは半透明な合成樹脂から形成される。先端である通液口12側には、核酸捕捉担体13が流出することを防止するための円板状の阻止部材14を挿入し、頭部11の側にも円板状の阻止部材14を設ける。これらの阻止部材14は、液体及び気体が容易に通過し得る多数の孔を有するが、その孔は核酸捕捉担体13の流出を阻止できる大きさである。
【0025】
この核酸捕捉用チップ10は、頭部11にピペッター、シリンジ、ポンプ等を直接又は間接的に気密状態で装着し、溶液を吸引吐出、真空減圧、加圧もしくは遠心等することで溶液と核酸結合固相13とを接触させることができる。或いは、核酸を含有する試料を頭部11より添加して、核酸捕捉用チップ10内部を加圧することによって当該試料を通液させても良い。このようにして、工程2においては、核酸を含有する試料に核酸捕捉担体を接触させ、当該核酸結合担体に核酸を結合させることができる。
【0026】
なお、核酸捕捉担体は、図2に示すような核酸捕捉用チップに限定されず、カラムやプレート、またビーズやシリカコーティングされた磁性粒子等のビーズ形状として使用することもできる。例えば、核酸捕捉担体を充填した核酸捕捉用カラムを使用する場合、カラム上部に核酸を含有する試料を添加し、加圧、遠心、真空減圧等により当該試料を通液し、核酸捕捉用担体と試料とを接触させることができる。
【0027】
工程2において本発明に係る核酸抽出安定剤を使用することができる。すなわち、工程1で調整した試料に核酸抽出安定剤を添加した後に核酸捕捉担体と接触させることによって、核酸捕捉担体に対する核酸の結合量を大幅に向上させることができる。ここで、核酸抽出安定剤は、タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸、ポリアミン又はアミノ酸アルキルエステルがいずれの場合も濃度が好ましくは1nmol/L〜2mol/L、より好ましくは1nmol/L〜600mmol/L、さらに好ましくは1nmol/L〜350mmol/Lとなるように添加される。これら成分の濃度が1nmol/L未満では、核酸抽出安定化剤の効果が不十分となる虞がある。逆に、これら成分の濃度が2mol/Lを超える場合には、核酸の溶解性が悪くなる虞がある。
【0028】
次に、本核酸抽出方法では工程3として、核酸が結合した核酸捕捉担体を洗浄し、非特異的結合物を核酸捕捉担体から除去する。洗浄用の試薬としては、特に限定されないが、例えば、核酸捕捉担体に対する核酸の結合を維持しつつ、工程1で添加した試薬を核酸捕捉用担体から除去できるものであればよい。洗浄用の試薬としては、低級アルコールや低分子ケトンなどの有機化合物を用いることができる。洗浄用の試薬としては、例えば、エタノール及びイソプロパノール等を使用することができ、特に70%以上の濃度のエタノールを使用することが好ましい。
【0029】
なお、洗浄用の試薬を核酸捕捉担体に接触させる手技としては、特に限定されないが、上述した核酸を含有する試料を核酸捕捉担体に接触させる際に適用した手技を適宜適用することができる。
【0030】
次に、本核酸抽出方法では工程4として、核酸捕捉担体に結合した核酸を、核酸捕捉担体から溶離する。具体的には、核酸を結合した核酸捕捉担体に溶離液を接触させることで、核酸を溶離液中に回収する。溶離液を核酸捕捉担体に接触させる手技としては、特に限定されないが、上述した核酸を含有する試料を核酸捕捉担体に接触させる際に適用した手技を適宜適用することができる。
【0031】
工程4により、核酸は核酸捕捉担体から水相へと移行する。溶離液としては、核酸捕捉担体から核酸を溶離する作用を有する限り特に限定されず、従来公知の溶離液を使用することができる。溶離液としては、例えば、低塩濃度の水溶液や純水を使用することができる。特に、溶離液としては、10mmol/L トリス(pH8.5)及び0.1mmol/L EDTAからなる溶液を使用することが好ましい。
【0032】
工程4において本発明に係る核酸抽出安定剤を使用することができる。すなわち、溶離液に核酸抽出安定剤を添加し、核酸を結合した核酸捕捉担体と当該溶離液とを接触させることによって、核酸捕捉担体に結合した核酸の回収量を大幅に向上させることができる。一般に、溶離工程において溶離液により核酸を核酸捕捉担体から溶離させるが、溶離液に含まれるタンパク質が凝集することで溶離した核酸を取り込み、核酸の回収率が低下する場合がある。しかしながら、本発明に係る核酸抽出安定剤の存在下で溶離工程を行うことによって、このような核酸の取り込みを防止することができ、その結果、核酸の回収率が向上することとなる。
【0033】
ここで、核酸抽出安定剤は、タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸、ポリアミン又はアミノ酸アルキルエステルがいずれの場合も濃度が好ましくは1nmol/L〜2mol/L、より好ましくは1nmol/L〜600mmol/L、さらに好ましくは1nmol/L〜350mmol/Lとなるように溶離液に添加される。これら成分の濃度が1nmol/L未満では、核酸抽出安定化剤の効果が不十分となる虞がある。逆に、これら成分の濃度が2mol/Lを超える場合には、核酸の溶解性が悪くなる虞がある。
【0034】
以上で説明したように、本発明に係る核酸抽出安定剤を核酸捕捉工程及び/又は核酸溶離工程に使用することによって、生体サンプル若しくは核酸を含有する試料からの核酸の回収効率を向上させることができる。また、本発明に係る核酸抽出安定剤を使用することによって、溶液に含まれるタンパク質の凝集が抑制されるため、核酸を含有する試料、洗浄液及び溶離液等を核酸捕捉担体に通液させる際の抵抗を低減させることができる。これにより、これら溶液の通液速度の低下を防止することができ、上述した各工程に要する時間を短縮することができる。
【0035】
なお、本発明に係る核酸抽出安定剤は、上記工程3、すなわち核酸を結合した核酸捕捉担体を洗浄する工程においては排除されていることが望ましい。核酸を結合した核酸捕捉担体を洗浄する工程を核酸抽出安定剤の非存在下で行うことによって、核酸回収効率を更に向上させることができる。
【0036】
なお、本発明に係る核酸抽出安定剤は、核酸捕捉担体と試薬ラックとを備える核酸抽出装置に適用することができる。本核酸抽出装置において、核酸捕捉担体は、上述したように核酸捕捉用チップ又は核酸捕捉用カラムとすることができる。本核酸抽出装置において、試薬ラックには、少なくとも、上述した結合試薬、溶離液及び本発明に係る核酸抽出安定剤を備える。なお、本発明に係る核酸抽出安定剤は、結合試薬及び/又は溶離液に混合されていても良い。
【0037】
また、本核酸抽出装置において抽出された核酸は、そのまま又は精製した後に、例えば核酸増幅反応の鋳型として使用することができる。すなわち、上述した核酸抽出装置の構成に、核酸増幅反応に使用する試薬類や温度調節装置を更に備えることによって、本発明に係る核酸抽出安定剤を核酸増幅装置に適用することもできる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)溶解試薬への核酸抽出安定化剤添加による効果
本実施例では、L(+)-アルギニン(和光純薬製)を核酸抽出安定化剤として用い、図1の核酸回収工程のフローチャートに従って核酸を回収し、核酸抽出安定剤の濃度と核酸回収率との関係を検討した。
【0039】
本実施例では、試料として標準血清であるAutonormTMを用い、AutonormTM 195μlに対して市販精製品のプラスミドDNAであるpBR322を20ng/μlとなるようにTE緩衝液(pH8.0)により希釈した溶液5μlを加えることで、核酸を含有する試料を調整した。なお、本実施例では、当該試料200μlとして用いた。また、本実施例で使用した他の試薬組成を下記に示した。
溶解試薬:5mol/L チオシアン酸グアニジン塩
5%(w/v) TritonX-100
20mmol/L EDTA・2Na
125mmol/L Tris-HCl
100mmol/L DTT
結合試薬:3 mol/L チオシアン酸グアニジン塩
35%(w/v) TritonX-100
30mmol/L EDTA・2Na
100mmol/L MES
第一洗浄液:2.5mol/L チオシアン酸グアニジン塩
5% TritonX-100
25mmol/L EDTA・2Na
100mmol/L MES
第二洗浄液:15mmol/L 酢酸カリウム
70%(v/v) エタノール水溶液
溶離液 :10mmol/L Tris-HCl(pH8.0)
0.1mmol/L EDTA・2Na
【0040】
先ず、1.5ml容量の反応容器内で、試料200μlに対して溶解試薬にL(+)-アルギニンを添加したもの400μlを加え、ボルテクスミキサーにより攪拌し、80℃、5分間加熱した後、冷却し、結合液400μlを添加し、ボルテクスミキサーにより攪拌した。ここではアルギニンの添加量を0〜333mmol/Lとした。
【0041】
次に、上記のように調整した溶液を、核酸捕捉担体を有する核酸捕捉用チップに通液した。なお、本実施例では、核酸捕捉用チップとして(図2参照)、ポリプロピレン製のチップを用い、核酸捕捉担体としてガラス繊維濾紙を用い、ポリプロピレンにより成形した阻止部材で核酸捕捉担体の上下を挟んだ。この核酸捕捉用チップを30mL用シリンジに装着し、プランジャを30mLから10mL〔加圧速度15(mL/sec)〕まで押し、加圧により溶液の通液を行った。本工程により、溶液に含まれる核酸を核酸捕捉担体に結合させることとなる。
【0042】
次に、第一洗浄溶液 1,200μlを充填した30mL用シリンジに核酸捕捉用チップを装着し、プランジャを30mLから10mL〔加圧速度15(mL/sec)〕まで押し加圧により溶液の通液を行った。これに続いて、第二洗浄液を1,400μl用いて同様に通液を行った。本工程により、核酸捕捉担体を洗浄することとなる。
【0043】
次に、溶離液としてTE緩衝液(pH8.0)30μlを充填した30mL用シリンジに核酸捕捉用チップを装着し、上述のように加圧することで溶離液を核酸捕捉担体に通水した。本工程によって核酸捕捉担体から核酸を溶離して回収した。そして、回収された溶離液に含まれるプラスミドDNApBR322をインビトロジェン社製、「Quant-iTTM RiboGreen RNA Reagent and Kit」により定量し、核酸回収率を算出した。
【0044】
その結果を図3に示した。図3に示した結果からL(+)-アルギニンを添加することにより核酸回収効率が向上し、また、核酸回収効率の向上度合いはL(+)-アルギニン濃度に正に相関していることが判った。
【0045】
また、上述した核酸捕捉担体の洗浄に際して、第一洗浄溶液及び第二洗浄溶液の通液時間を測定した結果をそれぞれ表1及び表2に示した。
【0046】
【表1】
【0047】
【表2】
【0048】
表1及び表2に示したように、添加したL(+)-アルギニン濃度の増加と共に通液時間が短縮されることが確認された。これは、溶液に含まれるタンパク質又は核酸捕捉担体に吸着したタンパク質の凝集が阻害され、その結果、核酸捕捉担体への通液における抵抗が低減したことを示している。この結果から、核酸抽出安定剤を使用することによって、核酸捕捉担体の通液速度を向上させることができ、より短時間で核酸を回収できることが示された。
【0049】
(実施例2)第一洗浄試薬への核酸抽出安定化剤添加による効果
本実施例では、L(+)-アルギニンを核酸抽出安定化剤として用い、第一洗浄試薬にL(+)-アルギニンを添加した以外は実施例1と同様にして核酸抽出を行い、核酸回収率を算出した。その結果を図4に示す。図4に示すように、洗浄時に核酸抽出安定化剤の混入を防ぐことにより、核酸回収率が向上することが明らかとなった。
【0050】
(実施例3)溶離試薬への核酸抽出安定化剤添加による効果
本実施例では、L(+)-アルギニンを核酸抽出安定化剤として用い、溶離試薬にL(+)-アルギニンを添加した以外は実施例1と同様にして核酸抽出を行い、核酸回収率を算出した。その結果を図5に示す。図5に示すように、溶離試薬にL(+)-アルギニンを添加することにより核酸回収効率が向上することが明らかとなった。また、本実施例においては、溶解試薬に核酸抽出安定化剤を添加した場合(実施例1)と比較して、洗浄後の核酸捕捉担体上のタンパク量が少なく、結合溶液に添加されている様々な成分が除かれた状態であるため、タンパク質の凝集抑制効果がより効果的に作用していると判断された。
【0051】
(実施例4)各種核酸抽出安定化剤の添加による効果
本実施例では、核酸抽出安定化剤として、D-アルギニン、グリシン、スペルミン、スペルミジン、グリシンエチルエステル塩酸塩或いはL-リシン(いずれも和光純薬製)用いた以外は実施例3と同様にして同様にして核酸抽出を行い、核酸回収率を算出した。核酸抽出安定化剤としてD-アルギニンを用いた場合の結果を図6、核酸抽出安定化剤としてグリシンを用いた場合の結果を図7、核酸抽出安定化剤としてスペルミンを用いた場合の結果を図8、核酸抽出安定化剤としてスペルミジンを用いた場合の結果を図9、核酸抽出安定化剤としてグリシンエチルエステル塩酸塩を用いた場合の結果を図10、核酸抽出安定化剤としてL-リシンを用いた場合の結果を図11に示した。
【0052】
図6〜11に示すように、核酸抽出安定化剤としてD-アルギニン、グリシン、スペルミン、スペルミジン、グリシンエチルエステル塩酸塩或いはL-リシンを用いた場合であっても核酸回収率が向上することが明らかとなった。特に、核酸回収率の向上効果としては、ポリアミン及びアミノ酸エステルに比べ、アミノ酸の方がより優れた効果を示し、その中でも塩基性であるアルギニンやリシンを核酸抽出安定化剤として使用した場合には最も優れた効果が見られた。これは、アミノ酸、ポリアミン、アミノ酸エステルにおける各々の作用機構の違いによるものと考えられた。
【0053】
(実施例5)遠心法における核酸抽出安定化剤添加による効果
本実施例では、溶解試薬等の通液を遠心操作(1,100×g、一分の条件)で行った以外は実施例1と同様にして核酸抽出を行い、核酸回収率を算出した。その結果を図12に示す。図12に示すように、L(+)-アルギニンを添加した溶解試薬を核酸捕捉担体に遠心操作により通液した場合であっても核酸回収率が向上することが明らかとなった。
【0054】
(実施例6)磁性ビーズを用いた場合における核酸抽出安定化剤添加による効果
本実施例では、核酸捕捉担体として磁性ビーズ(「MagExtractor-Viral RNA-」TOYOBO社製)を用いた以外は実施例1と同様にして核酸抽出を行い、核酸回収率を算出した。その結果を図13に示す。図13に示すように、核酸捕捉担体として磁性ビーズを用いた場合であってもL(+)-アルギニンを添加した溶解試薬を使用することによって核酸回収率が向上することが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明に係る核酸抽出安定剤を適用した核酸抽出方法の一例を示すフローチャートである。
【図2】核酸抽出方法に使用する核酸捕捉用チップの構造を示す断面図である。
【図3】核酸抽出安定剤としてL(+)アルギンを使用した場合の核酸抽出安定剤の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図4】核酸抽出安定剤としてL(+)アルギンを使用し、核酸抽出安定剤を洗浄液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図5】核酸抽出安定剤としてL(+)アルギンを使用し、核酸抽出安定剤を溶離液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図6】核酸抽出安定剤としてD-アルギンを使用し、核酸抽出安定剤を溶離液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図7】核酸抽出安定剤としてグリシンを使用し、核酸抽出安定剤を溶離液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図8】核酸抽出安定剤としてスペルミンを使用し、核酸抽出安定剤を溶離液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図9】核酸抽出安定剤としてスペルミジンを使用し、核酸抽出安定剤を溶離液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図10】核酸抽出安定剤としてグリシンエチルエステル塩酸塩を使用し、核酸抽出安定剤を溶離液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図11】核酸抽出安定剤としてL-リシンを使用し、核酸抽出安定剤を溶離液に添加した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図12】核酸抽出安定剤としてL(+)アルギンを使用し、核酸抽出安定剤を溶解試薬に添加し、遠心操作によって通液した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【図13】核酸抽出安定剤としてL(+)アルギンを使用し、核酸抽出安定剤を溶解試薬に添加し、核酸捕捉担体として磁性ビーズを使用した場合の添加濃度と核酸回収量との関係を示す特性図である。
【符号の説明】
【0056】
10…核酸捕捉用チップ、11…頭部、12…通液口、13…核酸捕捉担体、14…阻止部材
【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸、ポリアミン及びアミノ酸アルキルエステルからなる群から選ばれる少なくとも1種の成分を含有する核酸抽出安定剤。
【請求項2】
上記アミノ酸は、アルギニン、グリシン、アラニン及びリシンからなる群から選ばれる少なくとも1種類のアミノ酸であることを特徴とする請求項1記載の核酸抽出安定剤。
【請求項3】
上記ポリアミンは、スペルミン及び/又はスペルミジンであることを特徴とする請求項1記載の核酸抽出安定剤。
【請求項4】
上記アミノ酸エステルは、グリシンエチルエステル、アルギニンメチルエステル、ニトロアルギニンメチルエステル、アルギニンエチルエステル、アスパラギン酸ジメチルエステル、リジンメチルエステル、リジンエチルエステル、グリシンベンジルエステル及びグリシンt-ブチルエステルからなる群から選ばれる少なくとも1種類のアミノ酸エステル若しくはそれらの塩であることを特徴とする請求項1記載の核酸抽出安定剤。
【請求項5】
上記成分の濃度が1nmol/L〜2mol/Lであることを特徴とする請求項1記載の核酸抽出安定剤。
【請求項6】
核酸を含む試料と核酸捕捉担体と混合する核酸捕捉工程と、核酸捕捉担体に捕捉された核酸を溶離する核酸溶離工程とを含む核酸抽出方法において、
上記核酸捕捉工程及び/又は上記核酸溶離工程を、請求項1乃至5いずれか一項記載の核酸抽出安定化剤の存在下で行うことを特徴とする核酸抽出方法。
【請求項7】
上記核酸捕捉工程は、カオトロピック剤を含む溶液で行われることを特徴とする請求項6記載の核酸抽出方法。
【請求項8】
上記核酸捕捉担体はシリカ含有固相であり、核酸捕捉工程及び核酸溶離工程では、当該核酸捕捉担体を内部に配設したチップを用いてそれぞれ上記試料及び溶離液を通液することを特徴とする請求項6記載の核酸抽出方法。
【請求項9】
溶液に含まれる核酸を吸着することができる核酸捕捉担体と、
核酸を含む溶液、核酸の上記核酸捕捉担体への吸着を促進する吸着促進剤、上記核酸捕捉担体に捕捉された核酸を溶離する溶離液及び請求項1乃至5いずれか一項記載の核酸抽出安定化剤を備える試薬ラックとを有する核酸抽出装置。
【請求項10】
上記吸着促進剤は、カオトロピック剤を含む溶液であることを特徴とする請求項9記載の核酸抽出装置。
【請求項11】
上記核酸捕捉担体はシリカ含有固相であり、当該核酸捕捉担体を内部に配設したチップを用いてそれぞれ上記試料及び溶離液を通液することを特徴とする請求項9記載の核酸抽出装置。
【請求項1】
タンパク質凝集抑制能を有するアミノ酸、ポリアミン及びアミノ酸アルキルエステルからなる群から選ばれる少なくとも1種の成分を含有する核酸抽出安定剤。
【請求項2】
上記アミノ酸は、アルギニン、グリシン、アラニン及びリシンからなる群から選ばれる少なくとも1種類のアミノ酸であることを特徴とする請求項1記載の核酸抽出安定剤。
【請求項3】
上記ポリアミンは、スペルミン及び/又はスペルミジンであることを特徴とする請求項1記載の核酸抽出安定剤。
【請求項4】
上記アミノ酸エステルは、グリシンエチルエステル、アルギニンメチルエステル、ニトロアルギニンメチルエステル、アルギニンエチルエステル、アスパラギン酸ジメチルエステル、リジンメチルエステル、リジンエチルエステル、グリシンベンジルエステル及びグリシンt-ブチルエステルからなる群から選ばれる少なくとも1種類のアミノ酸エステル若しくはそれらの塩であることを特徴とする請求項1記載の核酸抽出安定剤。
【請求項5】
上記成分の濃度が1nmol/L〜2mol/Lであることを特徴とする請求項1記載の核酸抽出安定剤。
【請求項6】
核酸を含む試料と核酸捕捉担体と混合する核酸捕捉工程と、核酸捕捉担体に捕捉された核酸を溶離する核酸溶離工程とを含む核酸抽出方法において、
上記核酸捕捉工程及び/又は上記核酸溶離工程を、請求項1乃至5いずれか一項記載の核酸抽出安定化剤の存在下で行うことを特徴とする核酸抽出方法。
【請求項7】
上記核酸捕捉工程は、カオトロピック剤を含む溶液で行われることを特徴とする請求項6記載の核酸抽出方法。
【請求項8】
上記核酸捕捉担体はシリカ含有固相であり、核酸捕捉工程及び核酸溶離工程では、当該核酸捕捉担体を内部に配設したチップを用いてそれぞれ上記試料及び溶離液を通液することを特徴とする請求項6記載の核酸抽出方法。
【請求項9】
溶液に含まれる核酸を吸着することができる核酸捕捉担体と、
核酸を含む溶液、核酸の上記核酸捕捉担体への吸着を促進する吸着促進剤、上記核酸捕捉担体に捕捉された核酸を溶離する溶離液及び請求項1乃至5いずれか一項記載の核酸抽出安定化剤を備える試薬ラックとを有する核酸抽出装置。
【請求項10】
上記吸着促進剤は、カオトロピック剤を含む溶液であることを特徴とする請求項9記載の核酸抽出装置。
【請求項11】
上記核酸捕捉担体はシリカ含有固相であり、当該核酸捕捉担体を内部に配設したチップを用いてそれぞれ上記試料及び溶離液を通液することを特徴とする請求項9記載の核酸抽出装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2010−81885(P2010−81885A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−255040(P2008−255040)
【出願日】平成20年9月30日(2008.9.30)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年9月30日(2008.9.30)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
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