説明

核酸精製チップ

本発明は、血液などの細胞材料から核酸(DNA、RNAなど)を抽出および精製する新規なシステムを提供する。このような抽出および精製システムは、新規なモノリシック型の微小流体デバイスおよび該デバイスを用いる方法によるものである。そのようなデバイスは、単一のチップ上にモノリシック型に組み込まれた数多くの構成要素を備え、さらに新規な核酸結合材料を備えている。本発明は、そのような新規な核酸結合材料を調製する方法にも関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は概してバイオテクノロジーに関するものであり、特に核酸を抽出および精製するための微小流体チップ法および微小流体デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
(関連出願の相互参照)
本願は2003年12月30日に出願された米国仮特許出願第60/533,297号の優先権を主張する。
【0003】
(背景情報)
ゲノミクスは、犯罪捜査、臨床診断などの領域に広い用途を有している。ゲノミクスは、農業、保健、環境モニタリング、および薬理学研究などの多様な分野において使用される。多くの場合、ヒト血液由来の白血球からゲノムDNAが採取される。そのようなDNAを得るために用いられる処理工程には、通常、個々の生物学的供給源から核酸を単離することが必要である。血液からヒトのDNAを精製する場合、DNAは、最初は白血球の中に含まれている。このDNAを抽出して精製するためには、化学的手段、浸透圧による手段、熱による手段、電気的手段、物理的手段などの多種多様な方法のうち1つ以上を用いて細胞膜を開ける(溶解する)ことが必要である。
【0004】
病院や研究所において血液からそのようなDNAを得るための現行技法は依然として非常に困難であり、数多くの、多くは手作業の工程を要する。先述の工程は血液細胞を溶解することであり、該工程では細胞が破壊されて開放状態となり、核酸が、溶液中や精製に利用可能な相応の領域へと放出される。細胞膜を破壊して核内容物を放出させるという処理は、溶液中に他の生体分子も存在することになるということに他ならない。タンパク質や金属錯体(例えばヘモグロビン)などのこれらの分子の中には、望ましくない様式で核酸と結合するものや、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)増幅などその後の一般的な処理工程を妨害するものがある。従って、そのような残骸物質からDNAを分離する工程が必要である。その後、全てのDNA精製システムに必要な要件は、核酸を単離すると同時にこれらの阻害剤を洗い流さなければならないということである。これらの工程はいずれも一般に、多くの時間を要する手作業である。従って、これらの作業を少ない試料を用いて自動的に行うことのできる方法を開発することは重要である。
【0005】
マイクロリットル(μl)単位またはそれより少量のヒト全血を取り扱い、処理して、出力として自動的に精製ゲノムDNAを提供することのできる微小流体チップを作製すると有用であろう。最適には、このDNA試料調製用微小流体チップは、マイクロミキサ、マイクロフィルタ、マイクロリアクタなどとの一体型デバイスである。その出力は、今日用いられている従来の巨視的システムと同様の収率および純度を有していなければならない。分子生物学の技法の現在の動向では、試験法は、良好な収率結果を維持すると同時に、分析時間、反応容量、および費用を低減することが求められている。さらに、自動化のレベルを上げることはより一般的である。試験を主要な研究所に限定する必要なく、野外での使用やポイントオブケア検査にも十分な携帯型とし得るように、小型化も要求されている。
【0006】
チップの設計については、フィルタ、バルブ、ミキサ、リアクタの個々の構成要素について過去10年以内に数多くの公開がなされてきたが、この種々の構成要素についてのこれらの設計は特定の用途を有しており、一般的な目的で使用するために組み合わせることは不可能となっている。DNA試料の調製/精製を実現するのに必要なあらゆる構成要素
を一体化することは依然として大きな課題である。複数の構成要素のポリマー基板上での一体化については過去に公開されてはいるが、これらは一般にマイクロアレイ、PCRシステムに使用される。血液からDNA試料を調製/精製するための、全面的な微小流体による技法についての唯一知られた例は、キムら(Kim et al.)により公開されている。非特許文献1を参照されたい。この技法はシリコンフィルタとガラスリアクタとをPDMS基板(基板はミキサを備えている)上で一体化する。キムらの報告による構成は、ポリマー基板上における微小機械要素の一体化の変形である。特徴的な構成要素はバインダ(ガラス製)ならびにフィルタ(シリコン、ニッケル、およびPDMSから作製)である。接続用の基板は従来の相互接続基板とは異なっているが、これは相互接続によりマイクロミキサが形成されるからである。
【0007】
核酸精製に現在使用されている一般的プロトコールでは、いくつかの工程が用いられて種々の試薬が試料に添加され、試料が遠心分離されて沈殿した成分が溶液から分離される。このような手法は非常に複雑で、多くの場合依然として手作業で行われている。核酸はある種の表面に選択的に結合することが知られているので、数多くの研究がその種の相互作用に焦点を当てている。核酸の結合に適した表面がいくつか見出されており、そのような結合技法には、シリカビーズの結合、固定化した抗体、シラン、合成核酸、ポリリジン、ポリT−DNA、ある種の酸および塩基が利用されている。
【0008】
微小スケールのデバイス内でのゲノム解析システムの改善を企図したいくつかの方法およびデバイスが近年開発されている。特許文献1は、微細加工された基板で核酸を定温で増幅するための方法および組成物を開示している。微細加工された基板で定温にて増幅された核酸を分析するための方法および組成物も同様に開示されている。提供された微細加工基板ならびに定温での増幅および検出方法は、種々の診断法、特に遺伝子配列または遺伝子発現の変化を特徴とする疾患に関連する診断法における使用が想定されている。しかしながら、これらは核酸の増幅にのみ焦点を当てたものであり、DNAの抽出および精製は考慮されていない。
【0009】
特許文献2には、流体試料中の物質(例えば、粒子、細胞、巨大分子(タンパク質、核酸またはその他の成分))を取り扱うためのデバイスおよび方法が記載されている。該デバイスは、複数の微小構造物(ピラー)と該構造物上の絶縁体フィルムとを有する基板からなる。該構造物に電圧を加えると試料中の物質の分離が誘導される。このデバイスおよび方法は、誘電泳動(DEP)または流体試料中の標的物質の他の物質からの分離などの広範囲の用途に有用である。そのような技法は、予め電圧を加えたピラー構造を利用して、混合を容易にする。
【0010】
特許文献3は、核酸結合部位を含む核酸抽出ゾーンを備えた小型化された一体型核酸診断デバイスおよびシステムを提供している。この特許文献に開示されている核酸抽出および試料精製用の小型化デバイスは、核酸を結合するための多孔性の流水式可変プラグ、または試料用結合部位を有するチャンバ内構造物を備えている。このプラグは、微小流体チャネルの形成後に形成または付加されてアセンブリを形成するか、またはin situ合成法により形成される。このような理由から、該デバイスまたはシステムはモノリシック型であるとはいえないし、モノリシック型の設計に由来するバッチ製造の利点を有しているともいえない。
【特許文献1】米国特許第6,379,929号明細書
【特許文献2】米国特許第6,368,871号明細書
【特許文献3】米国特許第6,168,948号明細書
【非特許文献1】キムら(Kim et al.), A disposable DNA Sample Preparation Microfluidic Chip for Nucleic Acid Probe Assay, IEEE-MEMS 2002, p.133-136
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、細胞からDNAを抽出および精製するためのデバイスおよび方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、細胞からDNAを抽出および精製するためのデバイスおよび方法を提供することに関する。そのようなデバイスおよび方法により、細胞材料から核酸を体系的に取り出して分離することができる。一般に、細胞材料は血液から得られる(例えば、白血球細胞)。
【0013】
一部の実施形態では、本発明は微小流体デバイスに関する。本発明のデバイスはモノリシック型の設計および構造を有している。一部の実施形態では、微小流体デバイスは、シリコン基板と、マイクロリットル量以上の材料を導入する注入口と、ミキサと、反応チャンバと、核酸結合材料と、該デバイスから物質を取り出すための排出口とを備える。
【0014】
核酸結合材料は核酸に選択的に結合する。一部の実施形態では、核酸結合材料は、最初にシリコン基板を熱酸化物処理してからシリコン酸化物表面をプラズマエッチャントでプラズマエッチング処理すること(プラズマ処理)により調製される。追加の実施形態または別の実施形態において、本発明の結合材料は、プラズマ化学気相堆積(PECVD)法を用いて基板上にシラン系のシリコン酸化物を堆積させることにより作製される。
【0015】
一部の実施形態では、本発明は新規な方法により作製されたモノリシック型の微小流体デバイスに関する。そのようなデバイスにより細胞材料からDNAを抽出および精製することができるが、該デバイスは新規な費用効率の良い方法で構築されており、新規かつ効率の良い方法で作製された新規な結合材料を備えている。
【0016】
一部の実施形態では、本発明は核酸を処理する方法に関する。そのような実施形態では、細胞材料が破壊(溶解)されて内容物が放出され、その内容物のうちの核酸部分が単離される。そのような方法は一般に細胞材料を溶解するために化学的技法を用いる。核酸の単離は、部分的には、一定の条件下で本発明の新規な結合材料に選択的に結合させることにより実行される。
【0017】
本発明は、設計がモノリシック型であり、シリコン上になされるという点においてキムらのものとは異なっている。このことは、複数の構成要素を組み立てる作業がないことを意味している。また、流体の流れの大部分が基板平面の微小チャネル内に維持されることによりデッドボリュームがより少なく(低デットボリューム)、入力ストリームおよび出力ストリームのみが基板平面に対して垂直な流れ(高デットボリューム)への移行を形成することも意味している。シリコン上でモノリシック型に一体化することにより、構成要素間の熱的な隔離をもたらして温度上昇による定常の電力消費を低減すること、リアクタ内の温度状態を均一にすること、基板に接続される放熱板を交換してシステムの温度を迅速に変化させること、熱循環を迅速にすること、ならびに同時に異なる温度の領域から構成されるシステムも可能になる。
【0018】
本発明の特徴について上記にやや概略的に説明してきたのは、以降の本発明の詳細な説明についてより理解しやすくするためである。本発明の特許請求の範囲の対象となる本発明のさらなる特徴および利点については、本明細書において以降に説明する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明ならびにその利点のより完全な理解のために、ここで添付の図面と併せて以降の説明を述べる。
本発明は、細胞からDNA(またはその他の核酸)を抽出および精製するためのデバイスおよび方法に関する。全体的に、または部分的に、これらのデバイスおよび方法はそのような核酸の抽出および精製を行うためのシステムを形成する。
【0020】
本発明のより良い理解のために以下の定義を供する。
「ヌクレオシド」とはリボースまたはデオキシリボースにグリコシド結合したプリン塩基またはピリミジン塩基である。「ヌクレオチド」とはヌクレオシドのリン酸エステルである。オリゴヌクレオチドは、ホスホジエステル結合で連結した最大20ヌクレオチド(または20「mer」)の直線状の「配列」である。「核酸」とは、3’,5’ホスホジエステル結合で連結されたヌクレオチドの直線状ポリマーである(オリゴマーと同様であるがオリゴマーよりも長い)。「DNA」すなわちデオキシリボ核酸の場合、糖基はデオキシリボースで、ヌクレオチドの塩基はアデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C)である。「RNA」すなわちリボ核酸は、糖基としてリボースを有し、チミンのかわりにウラシル(U)である以外は同じヌクレオチド塩基を有する。一本鎖のDNAは塩基A、G、TおよびCの「配列」を有する。例えば、DNAの二重らせんが形成されると、この二次構造は隣り合う鎖上の塩基の間の水素結合により結合する。そのような塩基の対合においては、Aは常にTと結合しCは常にGと結合することに留意されたい。
【0021】
「ゲノムDNA」とは生物体の「ゲノム」(すなわちある生物体の染色体中の全ての遺伝物質)の中に見出されるDNAであり、そのサイズは一般に塩基対の総数として表され、生存に必要な情報として子孫に伝えられる。この用語は、プラスミド内に見出されるような別の種類のDNAと区別するために用いられる。「ゲノミクス」とはゲノム研究を指し、ゲノムのマッピング、遺伝子配列決定および遺伝子機能などが含まれる。
【0022】
「遺伝子配列決定」とは、DNA断片、遺伝子、染色体、またはゲノム全体における塩基対の相対的な順序を決定することを指す。遺伝子配列決定法の多くにとって重要なのは、「ゲル電気泳動」、「キャピラリー電気泳動」、および「ディスク電気泳動」などの電気泳動による分離技法である。
【0023】
「PCR」すなわちポリメラーゼ連鎖反応は、in vitroでDNAを増幅するための系であり、この系においては、増幅しようとする標的DNAの2つの領域(各鎖につき1つ)に相補的な2つのオリゴヌクレオチドプライマーが、過剰量のデオキシヌクレオチドと熱に対して安定なDNAポリメラーゼであるTaqポリメラーゼとの存在下で標的DNAに添加される。一連の温度サイクルにおいて、DNAは、変性と、プライマーへのアニーリングと、プライマーからの娘鎖の伸長とを繰り返す。この娘鎖が以降のサイクルにおいて鋳型として作用するので、指数関数的な増幅が起きる。
【0024】
「反応性イオンエッチング(RIE)」または「深堀り反応性イオンエッチング(DRIE)」は、高周波(RF)またはマイクロ波の照射を低圧のガスと合わせてガスをイオン化し、ガス分子を解離させてより反応性の高い分子とし、かつエッチングされる基板(通常はシリコン基板)にバイアスをかけてイオンの衝突を起こさせる方法である。炭素(C)ならびにフッ素(F)、塩素(Cl)、もしくは臭素(Br)などのハロゲンを含む化合物が一般にガスとして用いられる。この化合物がプラズマ中で解離すると、反応性の高いハロゲン原子またはハロゲン化合物と、その反応性の高い分子種をブロックする基板上に堆積しうるポリマーとが生成する。印加または誘導されたバイアスによりエッチングされる基板に向かって加速されたイオンは、イオンが動く方向に対して垂直の向きである基板表面上のポリマーを取り除き、ポリマーはイオンが動く方向に対して平行な基板表面
を被覆して表面がエッチングされるのを防止する。イオンの衝突により、化学的エッチング反応も活性化または加速されうる。従ってRIEは、イオンが動く方向に対して垂直な表面を比較的高速で、イオンが動く方向に対して平行な表面を比較的低速でエッチングして、その結果異方性エッチングを行うことができる。
【0025】
「微小電気機械システム(MEMS)」は、微小機械構造(可動部品を含む)を微小電子機器と一体化することにより得られる。
本発明による「熱酸化物処理」には、シリコン(ウェハ)を酸素(O)および/または水蒸気(HO)の存在下で600℃〜1250℃の温度に加熱することが含まれる。この温度上昇により酸化物の拡散が促進される結果、大気中で室温にてシリコンが酸化されて得られる2nmの天然の酸化物よりもずっと薄い酸化物が得られる。
【0026】
「化学気相堆積(CVD)」とは、気相の前駆体化学物質から物質を堆積させることを指す。
本発明による「モノリシック型」または「モノリシック型一体化」とは、全ての構成要素が、共通の技術で設計され、同じ基板上に同時に作製されており、流体の流れを基板ウェハ表面の平面に誘導していることを意味する。
【0027】
ここで図1を参照すると、システムを模式的に表現した本発明を見ることができる。図1のAに見られるように、種々の投入物(血液、溶解剤、高濃度の塩溶液、アルコール、空気、および低濃度の塩溶液)が、バルブにより本発明の微小流体デバイス内へ導入される。最初に、血液と溶解剤がバルブを介してミキサまたは混合チャンバへと導入される。混合時には、溶解剤により血液中の白血球(WBC)および赤血球(RBC)の細胞膜が破壊され、WBC内に含まれる核酸物質が放出される。溶解後、この核酸はバルブにより(血液および血液細胞由来の他の廃棄物質とともに)、塩濃度の高い条件下で、結合材料を含んでなる結合体を備えた結合チャンバへと誘導される。この塩濃度の高い溶液の流れにより確実に、核酸は選択的に結合材料に結合し、廃棄物質は通過して廃棄物として排出される。核酸がまだ結合材料に結合している状態で結合体をアルコール(例えばエタノール)ですすぎ、次いで任意選択で風乾し(強制対流)、その後最終的に低濃度の塩溶液で溶出させる。このように、血液が溶解剤と接触し、WBCおよびRBCがいずれもミキサ内で一緒に溶解される。細胞内容物が放出され、DNA(WBC由来)が結合体に結合する。この実施形態においては、細胞をたった1つのミキサを用いて一緒に溶解してから、溶解、結合、溶出を実施することができる。
【0028】
別例として、本発明のシステムは、白血球を捕捉しうるが赤血球およびその他の物質は通過させうるフィルタを、溶解剤の導入前に使用することができる。そのような実施形態は図1のBに示されており、この図では血液を導入してリン酸緩衝溶液(PBS)とともに混合させた後に、フィルタを通過させている。すすぎによりRBCおよびその他の物質を取り除いた後、WBCを溶解し、さらに精製するために、上述したように結合チャンバを通過させる。よってこの実施形態により粗精製してから結合材料に曝露することが可能となる。
【0029】
異なる見方をすれば、本発明は細胞材料から核酸を抽出および精製する方法である。そのような方法は一般に一連の工程を含んでなる。図2を参照すると、工程2001は、血液を希釈して粘度を低下させて、該混合物が、後述するデバイスの微小チャネルおよび微小チャンバの領域内の流れにのりやすくする希釈工程である。希釈は、リン酸緩衝溶液(PBS)または他の類似の溶液を用いて実施することができる。工程2002は、希釈した血液溶液に溶解剤を添加して細胞膜を破壊し、WBCから核酸物質を放出させる溶解工程である。RBCには核がないので、DNAは血液中のWBCにしか見出せないことに留意されたい。そのような溶解剤は一般には化学的溶解剤であるが(化学的溶解)、超音波
による溶解、熱による溶解、電気的溶解、および細胞膜の機械的破壊(機械的溶解として知られている)などの他の種類の溶解も使用することができる。工程2003は、放出された核酸を、高濃度の塩を含む条件下で結合材料に結合させる工程である。この工程は、溶液内の塩含有量(すなわち濃度)を慎重に制御して、特別な処理を施した結合表面(結合材料)を提供することにより実行される。放出された核酸は、流体の流れとバルブとの組合せにより結合材料/チャンバへと誘導される。工程2004は溶出工程であり、塩含有量の条件が低濃度の塩または水のうち一方に変化すると実現される。
【0030】
図3は、塩濃度の高い条件下で結合材料または基板に結合させる工程と、塩濃度の低い条件下での脱結合過程を含む溶出工程とを例示している。ろ過、洗浄、すすぎ、および乾燥などの追加の工程を加えることも可能である。そのような洗浄工程には、結合を強化するための高濃度の塩による洗浄、残骸物質またはその他の廃棄物質を除くためのアルコール洗浄、ならびにアルコールを除去するための任意選択の風乾が含まれ得る。そのような方法は、それ自体が本発明の実施形態に相当する新規なデバイスを利用する。
【0031】
一部の実施形態では、本発明は微小流体デバイスに関する。一部の実施形態では、微小流体デバイスは、シリコン基板、マイクロリットル量の材料を導入するための注入口、ミキサ、反応チャンバ、核酸結合材料、およびデバイスから物質を取り出すための排出口からなる。そのようなデバイスは一般にモノリシック型に一体化された構成要素からなる。
【0032】
結合材料は核酸に選択的に結合する。一部の実施形態では、結合材料は、最初にシリコン基板を熱酸化物処理してからシリコン酸化物表面をプラズマエッチャント処理によりプラズマエッチングして調製される。追加または別の実施形態では、本発明の結合材料はプラズマ化学気相堆積(PECVD)法を用いて基板上にシラン系のシリコン酸化物を堆積させることにより作製され、その後プラズマエッチャント処理を実施する場合もしない場合もある。追加または別の実施形態では、テトラエチルオルトケイ酸塩(TEOS)などの他の種類の化学気相堆積(CVD)法を用いてシリコン酸化物を堆積させてもよく、その後プラズマエッチャント処理を実施する場合もしない場合もある。
【0033】
一部の実施形態では、本発明は新規かつ機能的な設計を組み込んだ微小流体デバイスに関する。そのようなデバイスは細胞材料からのDNAの抽出および精製のためのものであるが、新規で低費用の方法で構築される。そのようなデバイスはモノリシック型の設計と新規な結合材料とを備えている。
【0034】
微小流体試料の処理システムとして全体的に見ると、本発明のデバイスおよび方法は核酸の調製(例えば精製)のために設計されたモノリシック型チップを提供する。より具体的には、本発明は、血液(一般にヒト血液であるがその他の哺乳類および哺乳類以外の生物種でもよい)からDNAおよび/またはRNA(核酸)を抽出および精製するためのものである。本発明のデバイスに関しては、通常、微小流体用の機能的構成要素が単一の基板上で一体化される。そのような構成要素は、混合、ろ過、結合およびその他を含む機能を有している。本発明はDNA抽出に関して十分実証されているが、その利用はDNA抽出に限定されるものではなく、本発明の結合剤に、直接的、または介在物質もしくは介在分子を介して間接的に、選択的に結合しうる任意の分子種の精製に使用可能である。
【0035】
本発明において使用されるようなモノリシック型一体化により、全ての構成要素が共通の技術で設計されており、かつ、流体の流れがウェハ表面またはウェハ表面の平面に対して垂直となりうる流体の注入口および排出口を除いてウェハ表面の平面内において流体の流れを利用するデバイスが提供される。そのようなモノリシック型の構成要素の設計により、より簡単な生産および操作が提供される。
【0036】
現在使用されている巨視的なシステムに対する本発明の利点は、完全な自動運転であること、サイズおよび電力消費が小さく卓上で使用できることである。モノリシック型ではない微小スケールの手法に対する利点は、組み立ておよび包装が簡単であること、デッドボリュームや全体的な大きさが小さいこと、(シリコンの熱的特性および微小機械化の幾何学的な可能性により)熱的な設計が改善されていること、全ての構成要素について読み出し用に電気接続を施すことが容易であるため任意選択で追加のセンサ機能を追加できること、ならびに任意選択で部分的または完全にシステムを自動化できることである。
【0037】
表面の状態、表面積、流れの特性、使用する化学物質、pH、および温度はいずれも、核酸を抽出および精製する本発明の能力に対して強い影響を有している。従って、本発明の方法はそのようなパラメータを慎重に制御するためのものである。このことは、特に本発明のデバイスの設計および操作に関して当てはまる。
【0038】
本発明は、細胞材料から核酸を抽出および精製することができるモノリシック型の微小流体デバイスに関するものでもある。図4は本発明のデバイスの実施形態を模式的に示す図の断面の平面図であり、該実施形態はシリコン‐ガラス結合構造とともに設計されたものである。この特定の実施形態において、デバイス400は基板405に形成されガラスウェハ401でカバーされている。カバー401は透明で、チャネル406に光学的に到達することができる。フィーチャ402および403はシリコン背面の開口であり、注入口および排出口を提供している。デバイスを光学的に利用できるので、閉塞の発生、流速、チャネル幅を横切る流速の均一性、流体の接触面、ならびにシステム全体を通る流体接触面の経過などの事柄を測定可能にすることにより、デバイスの性能を光学的に検出することが可能となる。デバイスを光学的に利用できるので、蛍光、吸光度、またはガラス製観察窓を介して可能なその他の一般的な光学技法により反応産物を光学的に検出することも可能である。
【0039】
本発明による、一般的なデバイスの実施形態については、デバイス500を示している図5を参照されたい。図5によれば、血液およびリン酸緩衝生理食塩水(PBS)は、それぞれ注入口501および503を介してミキサ502に導入可能である。次いでその流れは、WBCを捕捉するがRBCは通過させて排出口508から排出するフィルタ504へと直接続いている。上記のシステムの説明においてすでに述べたように(図1A参照)、フィルタ504は除外することも可能であることに留意されたい。その後、細胞溶解緩衝液が注入口505から導入され、フィルタに捕捉されているWBCを溶解させる。WBCが溶解した後、放出されたDNAはフィルタ504を通過することになる。この時点で、バルブ506が作動してチャネル507を閉鎖する。DNAならびにその他の成分および溶液は結合体513に達し、結合体の表面に結合する。核酸が結合体513に結合した後、注入口509を介して高濃度の塩溶液が送り込まれて結合を強化し、次いで注入口510を介してアルコールが送り込まれて結合体を洗浄し、結合体内部の核酸以外のものについて結合体を清浄化する。その後、任意選択の強制対流を用いて、特にアルコールを乾燥(すなわち除去)するために結合体を乾燥させることが可能であるが、これはアルコールが精製後の核酸の反応(PCRなど)に関する核酸の品質に影響を及ぼすからである。最後の工程は注入口512から低濃度の塩溶液を送り込んでDNAを放出させることである。この時点で、バルブ515が作動してチャネル516を閉鎖する。そしてDNAが排出口514から溶出されることになる。任意選択で、熱隔離トレンチ519および抵抗式ヒータ520を加えて溶解/結合/溶出工程の温度に影響を与えることもできる。さらに、上述の強制対流を、減圧により、または注入口511を通して圧縮空気を強制的に送り込むことによって発生させて、結合体を乾燥させることもできる。従来の自然対流に比べて、この方法は速くて制御が容易である。
【0040】
処理の順序、ならびに試料(血液)/試薬の導入位置は可変的である。一部の実施形態
では、必要とされる混合の程度および用いられる流速に応じて、試料および試薬を微小チャネルの共通部分に導入してもよいし、直接リアクタに導入してもよいし、1または複数のミキサを通してもよい。
【0041】
一部の実施形態では、従来のMEMS製造技術を用いてシリコンウェハまたはシリコンウェハとガラスウェハの組合せの上にチップが製造される。ミキサ、フィルタ、および結合体などの全ての構成要素が1つのチップ上にあり、試料の調製、加工および精製に必要な特定の機能を実施するようになっている。これらの構成要素には、チャネル、注入口、排出口、リアクタ、ミキサ、フィルタ、結合体、抵抗式温度センサ、および抵抗式ヒータが挙げられる。さらに、基板上の熱隔離フィーチャにより構成要素の個別の温度操作が提供される。
【0042】
上述のデバイス構成要素の重要な態様は結合体の設計である。結合体はDNAまたはRNAの単離および精製を直接担う構成要素である。核酸およびその他の残骸物質または廃棄物質を含んだ溶液が結合体を通過するとき、結合体は核酸を選択的に結合してその他の物質は通過させることになる。その後の工程において、結合体はある特定の操作条件の下で核酸を放出する。よって、結合体の表面はそのような種類のチップにおいて重要である。本発明は、この表面についていくつかの異なる設計のうち1つまたは複数を使用することが可能であり、該設計には、シリカビーズへの結合、酸、塩基、シラン、ポリリジン、固定化抗体、合成核酸、およびポリT DNAが挙げられるがこれらに限定はされない。一部の例示的実施形態では、製造工程に応じて、結合体チャンバの表面を、熱酸化物処理法とその後のCHFおよびOプラズマエッチング処理を用いて、あるいは別例として、シラン系シリコン酸化物のプラズマ化学気相堆積(PECVD)を用いて作製することができる。そのような処理工程により、核酸の結合および溶出に適した表面が作製される。この種の表面を用いると、チップ表面を修飾するための別の処理工程は必要ない。いずれにせよチップ製造に必要な工程であるウェハ前面の窒化物の剥離処理の際に、プラズマ処理工程を実施してもよい。
【0043】
一部の実施形態では、プラズマ処理された表面を用いて結合体(結合材料)が設計され、結合工程に温度がどのように影響を及ぼすかについても考慮される。一部の実施形態では、結合体の外側にヒータおよび温度センサがあり、結合条件を向上させるために異なる温度および/または均一な温度を提供できるようになっている。熱の隔離についても考慮されている。この場合、加えられる熱は基板上の熱隔離フィーチャにより局所に限定され、基板上の異なる部分は異なる温度とすることができるようになっている。
【0044】
本発明の微小流体試料処理システムは、混合、ろ過、結合、溶出などの全ての試料調製工程を個別に温度制御しながら一体化するものである。該システムは、DNA抽出について実証に成功しているが用途はDNA抽出のみには限定されない、一般的なシステムである。モノリシック型一体化とは、全ての構成要素が共通の技術で設計され、ウェハ表面の平面における流体の流れを使用することを意味している。チップの異なる領域が熱的に独立であるように、熱隔離フィーチャが組み込まれている。
【0045】
結合材料の表面は、上述の結合効率に関する重要な要素である。結合に関するその他の重要な要素は表面積である。結合用の表面積を増大させるために、種々の方法を使用することができる。そのような方法の1つは、結合体の表面積に垂直な領域を増大させる、ピラー(微小構造)の数の増加などの何らかの微小機械のフィーチャを導入することである。当然ながら、そのようなピラー(またはその他の類似の微小構造)の設計および構成(配置)には、流れやすいパターンであること、気泡がほとんどないこと、閉塞の程度が低いこと、ならびにその他関連する問題について考慮されなければならない。別の方法は、表面積を増大させるために化学的方法もしくは物理的方法により表面を粗面加工すること
である。表面の粗面加工を用いて、ガラスウェハ401もしくはシリコンウェハ405の利用可能な結合表面積を増大させることができる。ガラス表面を粗面加工する技法には、反応性イオンエッチング、プラズマエッチング、および湿式エッチングが挙げられる。いずれの場合においても、表面の粗さを高めることができるが、エッチングの際に、気泡、反応産物、もしくはガラス中の不揮発性成分によるガラス表面の自然な微小な被覆形成(マスキング)により生じるような不均一な加工がなされる可能性がある。同様の技法を用いてシリコンの表面の粗さを増大させることもできる。さらに、シリコン表面の粗面加工は、深堀り反応性イオンエッチング(DRIE)を、ボッシュのDRIE法において生じるような自然な波形加工が増大するように加工工程を調整することにより、DRIE処理後のチャネルの側壁上に施すこともできる。
【0046】
細胞からDNAを抽出するための現行の市販の抽出キットに対する本発明のさらなる利点としては、必要な試薬量が少ないこと(試料あたり約400mlに対して試料あたり約2ml)、必要な血液試料が少量であること(抽出あたり約300μlに対して抽出あたり約1μl)、ならびに抽出時間が短いこと(1回あたり約1日に対して1回あたり2時間未満)が挙げられる。
【0047】
次の実施例は本発明の特定の実施形態を実証するために提供されている。当業者には当然のことであるが、以下の実施例に開示された方法は本発明の例示的実施形態を示しているにすぎない。しかしながら、当業者であれば、本開示に照らして、記載された特定の実施形態に対して多くの変更を施すことが可能であり、かつそれでも本発明の思想および範囲から逸脱することなく類似または同様の結果を得ることができることを理解すべきである。
【実施例1】
【0048】
本実施例では、本発明の核酸精製用微小流体チップをどのようにして製造しうるかを示す。そのようなチップは次の工程により製造することができる。
工程1:未処理のシリコンウェハを熱酸化により酸化して約0.5μm厚の酸化物とする。次いで、低圧の化学気相堆積により堆積させた0.15μm厚の化学量論的シリコン窒化物層を、シリコン酸化物上に堆積させる。
【0049】
工程2:前工程を経たウェハを次いでDRIE用にマスキングする。マスク層はフォトレジストでよいが、約40μmよりも深いRIEについては別の材料に変更する必要があるかもしれない。次いでシリコンのエッチングの後でフォトレジストを取り除く。
【0050】
工程3:前工程を経たウェハのチャネルを、DRIEを用いてシリコンウェハの前面にエッチングする。
工程4:次に、前工程を経たシリコンウェハの背面をフォトレジストで選択的にマスキングし、背面の流体用の注入口および排出口のための開口を反応性イオンエッチングによりシリコン窒化物およびシリコン酸化物にエッチングする。次いでフォトレジストを取り除く。
【0051】
工程5:次にシリコンウェハの前面を片側チャックで保護し、該ウェハを、背面の孔がDRIEにより前面にエッチングされたフィーチャの底部に達するまで水酸化カリウム溶液中でエッチングする。
【0052】
工程6:次いで、ウェハ前面のシリコン窒化物をプラズマエッチング(CHFおよびO)により取り除いて、その下のシリコン酸化物を露出させる。
工程7:次に、約1μm厚のAl層をガラスウェハ上にスパッタリングする。
【0053】
工程8:次いでスパッタリングされたAlをフォトレジストで選択的にマスキングし、半導体業界で使用されているような標準的なリン酸系アルミニウムの湿式エッチャントを用いてエッチングする。
【0054】
工程9:最後に、ガラスウェハからフォトレジストを取り除き、このガラスウェハをシリコンウェハの前面に陽極接合する。ガラスウェハとシリコンウェハとの位置を合わせてから結合させる。
【0055】
上述の工程によって製造されて得られる2‐ウェハデバイスは、シリコンウェハの前面にエッチングされた微小流体チャネルを備えている。該チャネルはシリコンウェハの背面にエッチングされた孔を介して外部と連絡している。流体チャネルのサイズは、約2μm幅から約5mmを超える幅まで様々である。一般的なチャネルの幅は約100μmである。一般的なフィルタは、間隔が約2〜3μmで、約10μmの幅および深さを有するピラーから構成される。チャネルはキャッピング用ガラスウェハにより閉鎖される。
【0056】
別の実施形態において、微小流体構造を外部と連絡させるための孔を、ガラスウェハにドリルで穿孔することによって作製し、その後陽極接合してもよい。そのような場合、シリコンウェハの前面を片側チャックで保護し、該ウェハを背面の孔がDRIEにより前面にエッチングされたフィーチャの底部に達するまで水酸化カリウム溶液中でエッチングする上記の工程5は、必要ない。代替もしくは他の実施形態では、アルミニウム層の工程(工程7および8)は不要であるが、これは、アルミニウム層がヒータ、温度センサ、もしくは流量センサとして使用され、本発明の全ての実施形態に必要というわけではないからである。一部もしくは他の実施形態では、接合パッドのアルミニウム層との接続は、シリコンの背面に、ワイヤ接合用ツールが接合パッドに接触するのに十分な大きさの領域を開口させることにより実施される。
【0057】
最後に述べておくべきことは、反応チャンバおよびフィルタチャンバの容量は通常約0.4μlであり、ミキサのデッドボリュームは約0.15μlであることである。背面の孔は通常、ウェハ背面上の1mm×1mmの開口であり、<100>シリコンの異方性湿式エッチングに伴う特徴的な54°の傾斜を有している。
【実施例2】
【0058】
本実施例は、本発明の実施形態において使用されるような熱酸化物で生成された結合材料へのさらなるプラズマ処理の効果を示すものである。
本実施例においては、熱酸化物で生成された結合材料の精製効率を、異なる4つの結合材料、すなわち
・熱酸化物のみ
・熱酸化物+過酸化水素/硫酸(「ピラニア」、3:1の濃HSO:30%Hからなる)による洗浄
・熱酸化物+プラズマエッチング
・熱酸化物+プラズマエッチング+過酸化水素/硫酸(ピラニア)による洗浄
の溶出物との比較によって評価したが、プラズマ処理はCHF+O環境を含むものとした。
【0059】
この4つの異なる調製を経た結合体について同じ試験条件のもと、6M塩酸グアニジン溶液などの一般的な塩濃度の高いカオトロピック条件を用いて、DNAをそれぞれの結合材料に結合させた。次いで該材料を清浄な6M塩酸グアニジン溶液ですすいだ。次に1×TE緩衝液(10mM Tris−Clおよび1mM EDTA)を用いて塩濃度の低い条件下でDNAを溶出させ、PCRにより増幅させた。
【0060】
図6Aは、PCR後の結果のゲル電気泳動プレートを示しており、レーン4および5が熱酸化物のみのデバイスからの溶出物に相当している。この結果は、レーン4および5が溶出物に相当していながら試験対象のDNA断片のバンドはみられないことから、使用した条件では核酸の可逆的な結合がほとんどあるいは全く起こらなかったことを示している。比較してみると、レーン2および3にはバンドが明確に見えている。図6Bは、レーン4および5が熱酸化物+過酸化水素/硫酸による洗浄のデバイスからの溶出物に相当する、ゲル電気泳動プレートを示している。この場合も核酸のバンドは見られず、結合材料への核酸の可逆的な結合がほとんどあるいは全く観察されなかったことを示している。
【0061】
図6Aでは、レーン2および3が熱酸化物+プラズマエッチングの結合材料を備えたデバイスからの溶出物に相当している。バンドは、核酸の存在と、この処理を施した結合材料が核酸への結合に成功したことを示している。図6Bに示されているレーン2および3は、熱酸化物+プラズマエッチング+過酸化水素/硫酸による洗浄を施した結合材料を備えたデバイスからの溶出物である。図に見られるように、核酸が存在しており、核酸分析物と結合材料との間の可逆的な結合事象を示している。
【0062】
従って、熱酸化物から作製された結合材料のみでは、さらに処理を施さなければ、本実験において調べた200塩基対のDNA断片に対する結合材料としての利用には不十分であることは明らかである。プラズマ処理は、熱酸化物から作製された結合材料を活性化するのに適した処理であることが示された。
【実施例3】
【0063】
本実施例は、溶出効率に対する温度の影響を示すものである。
シリコン熱酸化物を有する1cm×1cmの正方形のシリコンについて実験を実施した。CHFおよびOを用いて酸化物表面にCHFプラズマエッチング処理を施した。5μgの精製DNAを8μlの6M塩酸グアニジン溶液で希釈した。次いでDNAをシリコンダイの表面に置き、第2のシリコンダイを上部に置いてサンドイッチ状の構成を形成した。このダイを、湿度が制御された気密コンテナ内に置いて15分間インキュベートした。次いでダイを新しい塩酸グアニジン(各回100μl)中で3回すすぎ、その後70%エタノール(各回100μl)で3回すすいだ。次に試料を室温で乾燥させてから溶出を実施した。ウェハの溶出は4回実施したが(全部で280μl)、各回につき新しい70μlの10×TE緩衝液(上述)を使用し、各回5分間、図7に示すように4℃〜80℃の温度制御のもとで行った。溶出されたDNAの量を、インターカレート剤の色素Picogreen(商標)を用いて定量した。
【0064】
図7を参照すると、棒グラフにより、溶出されるDNAの量が温度とともに変化し、55℃付近で極大を示すとともに、65℃から80℃までは安定的に増大することが示されている。4℃〜80℃で実施された実験に関しては、最大のDNA溶出は80℃で達成された。一般に、温度上昇は拡散の増大と分子間結合の減弱をもたらし、最大の溶出効率は高温で得られるべきものである。理論に拘泥することを意図するものではないが、図7における55℃付近のピークは二次的な機構を示すものと思われる。
【0065】
上述のシリコンダイについて実施した実験の結果を、微小機械化された結合リアクタに適用した。リアクタをデバイスの基板から熱的に隔離して独立に温度操作できるようにした。抵抗式ヒータおよび抵抗式温度センサを熱隔離された結合リアクタ上方のガラス上に作製したが、微小機械化リアクタのキャップを形成するガラス領域上には(すなわちリアクタ周囲のヒータは)作製しなかった。こうして、電気的かつ基板とは独立に温度制御可能な結合体が得られた。この微小機械化された結合リアクタは、実施例1に記載の処理手順を用いて作製した。リアクタは、システムの残りの部分を確実に室温または結合体の温度から独立した温度にするための放熱板に接続された基板を備えて、80℃で操作するこ
とができる。
【実施例4】
【0066】
本実施例は、シランを堆積させた結合材料に同時にプラズマ処理を施したものと施していないものについての結合効率を示すものである。本実施例はさらに、これらの結果(すなわち結合効率)を、熱酸化物+プラズマ処理を施した結合材料の結果と比較し、3種類の温度の関数としてこれら全てを関連付けている。
【0067】
シリコン熱酸化物および400℃で堆積させたシラン系PECVDシリコン酸化物を有する1cm×1cmの正方形のシリコンについて実験を実施した。CHFおよびOを用いてシリコン熱酸化物表面にCHFプラズマエッチング処理を施し、シラン系PECVDシリコン酸化物試料は2組に分けて1組に同様にCHFおよびOエッチング処理を施した。5μgの精製DNAを8μlの6M塩酸グアニジン溶液で希釈した。次いでDNAをシリコンダイの表面に置き、第2のシリコンダイ(第1のシリコンダイと同じ種類の酸化物を備えたもの)を上部に置いてサンドイッチ状の構成を形成した。このダイを、湿度が制御された気密コンテナ内に置いて種々の温度で15分間インキュベートした。次いでダイを新しい塩酸グアニジン(各回100μl)中で3回すすぎ、その後70%エタノール(各回100μl)で3回すすいだ。次に試料を室温で乾燥させてから溶出を実施した。ウェハの溶出は3回実施し(全部で210μl)、各回につき新しい70μlの10×TE緩衝液(上述)を使用した。最初の溶出は20分間、2回目は15分間、3回目は5分間とした。全ての溶出を室温で実施した。溶出されたDNAの量を、インターカレート剤の色素Picogreen(商標)を用いて定量した。
【0068】
図8を参照すると、x軸は結合温度(℃)、y軸は溶出されたDNA(ng)である。この結果は、3種の異なる結合温度についての溶出されたDNA量(ng)を示している。最大の結合効率は、シリコン熱酸化物およびプラズマエッチング処理していないシラン系PECVD酸化物については4℃で達成された。プラズマエッチングを施したシラン系PECVD酸化物への結合は全ての条件において低く、結合温度の変化による促進はなかった。これらの結果を、システムの基板に熱的に接続された放熱板の冷却によって該基板を4℃に冷却することにより、微小機械化された結合体に取り込んだ。
【0069】
本明細書において参照される全ての特許文献および刊行物は参照により本願に援用される。当然ながら、上述の特定の構造、機能、および上述の実施形態の操作が本発明の実施に必須というわけではなく、これらは単に実施形態を完全にするために説明に含まれている。さらに、上記に参照された特許文献および刊行物に記載の特定の構造、機能、および操作を本発明と併用して実施することも可能であるが、実施において不可欠ではないことが理解されよう。従って、添付の特許請求の範囲に定義された本発明の思想および範囲から実質的に逸脱することなく、具体的に記載されたのとは別の本発明の実施が可能であると理解されるべきである。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】本発明の2つの実施形態を例示するシステムの図。2つの実施形態の差異はフィルタ要素が存在する(B)か、存在しない(A)かである。
【図2】本発明により核酸を抽出および精製する一般的な方法を示す流れ図。
【図3】核酸が塩濃度の高い条件下で結合材料に結合し(A)、塩濃度の低い条件下で溶出される(B)、結合および溶出の機構を示す図。
【図4】シリコン‐ガラス結合構造を備えて設計された本発明の一実施形態を概略的に示す平面断面図。
【図5】多数の構成要素を備えた、本発明の一部の実施形態によるチップを示す図。
【図6】電気泳動プレートを示す図。レーンにバンドが存在する(存在しない)ことが、4つの異なる調製を施した結合材料のうちの1つについての結合能力を反映している。
【図7】本発明の実施形態による、温度と結合効率との関連をしめす図。
【図8】種々の方法および/または処理により作製された結合材料を備えたデバイスについて、種々の温度における核酸の溶出効率を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸を微小流体で処理するためのデバイスであって、
a)シリコン基板と、
b)哺乳類の血液、緩衝生理食塩水、溶解剤、塩溶液、アルコール、空気、およびこれらの組合せからなる群から選択されたマイクロリットル量の物質を導入することが可能な少なくとも1つの注入口と、
c)混合チャンバ内に設置された、血液を緩衝生理食塩水と混合することのできるミキサと、
d)細胞膜を溶解するために溶解剤が送り込まれる溶解チャンバと、
e)デバイスから物質を取り出すことが可能な少なくとも1つの排出口と、
f)適切な条件下で核酸を結合することができる結合材料を含んでなる結合チャンバと、
g)デバイスを通る流れを誘導することができる少なくとも1つのバルブと
からなるデバイス。
【請求項2】
フィルタチャンバ内に設置された、白血球を捕捉するのに十分大きく、かつ赤血球を通過させるのに十分小さい孔径を備えたフィルタからさらになる、請求項1に記載のデバイス。
【請求項3】
モノリシック型の設計および構造であることを特徴とする請求項1に記載のデバイス。
【請求項4】
混合チャンバと溶解チャンバとが同一であることを特徴とする請求項1に記載のデバイス。
【請求項5】
溶解チャンバとフィルタチャンバとが同一であることを特徴とする請求項2に記載のデバイス。
【請求項6】
任意に利用可能な少なくとも1つのチャネルからさらになる、請求項1に記載のデバイス。
【請求項7】
電気的接続をなすための接合パッドからさらになる、請求項1に記載のデバイス。
【請求項8】
ガラスウェハのカバーからさらになる、請求項1に記載のデバイス。デバイスの領域を選択的に加熱するための加熱手段からさらになる、請求項1に記載のデバイス。
【請求項9】
a)シリコン基板を提供する工程と、
b)シリコン酸化物表面を提供するためにシリコン基板を熱酸化処理法で処理する工程と、
c)シリコン酸化物表面をプラズマエッチャント処理法によりプラズマエッチングする工程と
からなる処理法で作製された核酸結合材料。
【請求項10】
プラズマエッチャント処理法がCHFおよびOのプラズマエッチング処理の組合せからなることを特徴とする請求項10に記載の核酸結合材料。
a)基板を提供する工程と、
b)プラズマ化学気相堆積法を用いて基板にシラン系のシリコン酸化物を堆積させる工程と
からなる処理法で作製された核酸結合材料。
【請求項11】
基板がシリコンからなることを特徴とする請求項12に記載の核酸結合材料。
【請求項12】
核酸を処理する方法であって、
a)マイクロリットル量の哺乳類の血液と生理食塩水とを混合チャンバ内で混合して血液の希釈混合物を作製する工程と、
b)血液の希釈混合物と溶解剤とを反応チャンバへ流入させる工程であって、溶解剤が細胞壁を破壊して白血球内に含まれる核酸を放出させることを特徴とする工程と、
c)放出された核酸を含む混合物が結合チャンバを通って流れるようにする工程であって、前記結合チャンバが、塩含有量の高い条件下で核酸に選択的に結合する結合材料を含んでなることを特徴とする工程と
からなる方法。
【請求項13】
核酸を含む白血球を赤血球から分離するために、血液の希釈混合物をフィルタに通してろ過する工程からさらになる、請求項14に記載の方法。
【請求項14】
結合材料に結合した核酸をすすぎ剤ですすぐ工程からさらになる、請求項14に記載の方法。
【請求項15】
すすぎ剤がエタノールである、請求項16に記載の方法。
【請求項16】
結合材料に結合した核酸を、乾燥方法を用いて乾燥させる工程からさらになる、請求項14に記載の方法。
【請求項17】
乾燥方法が強制対流である、請求項18に記載の方法。
【請求項18】
乾燥方法が空気流である、請求項18に記載の方法。
【請求項19】
結合材料に結合した核酸を、結合材料から遊離させて回収可能とするために低濃度の塩溶液で処理する工程からさらになる、請求項14に記載の方法。
【請求項20】
核酸を微小流体で処理するためのモノリシック型デバイスであって、
a)細胞材料をデバイス内へ導入する手段と、
b)溶解剤をデバイス内へ導入する手段と、
c)細胞膜を破壊して細胞の構成成分を放出させるために細胞材料を溶解剤と混合する手段と、
d)核酸を選択的に結合する手段と、
e)結合した核酸をすすぐ手段と、
f)結合した核酸を乾燥させる手段と、
g)核酸を脱結合し溶出させる手段と
からなるデバイス。
【請求項21】
細胞材料および溶解剤が注入口から導入されることを特徴とする請求項22に記載のデバイス。
【請求項22】
細胞材料を溶解剤と混合する手段が、コイル状のキャピラリー型マイクロミキサからなることを特徴とする請求項22に記載のデバイス。
【請求項23】
核酸を選択的に結合する手段が請求項10に記載の結合材料である、請求項22に記載のデバイス。
【請求項24】
核酸を選択的に結合する手段が請求項12に記載の結合材料である、請求項22に記載のデバイス。
【請求項25】
核酸を選択的に結合する手段が高濃度の塩溶液を使用することを含んでなる、請求項22に記載のデバイス。
【請求項26】
結合した核酸を乾燥させる手段が強制対流による乾燥からなる、請求項22に記載のデバイス。
【請求項27】
核酸を脱結合し溶出させる手段が低濃度の塩溶液ですすぐことを含んでなる、請求項22に記載のデバイス。
【請求項28】
核酸を脱結合し溶出させる手段が高純度の水ですすぐことを含んでなる、請求項22に記載のデバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公表番号】特表2007−534313(P2007−534313A)
【公表日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−546410(P2006−546410)
【出願日】平成16年12月27日(2004.12.27)
【国際出願番号】PCT/IB2004/004397
【国際公開番号】WO2005/066343
【国際公開日】平成17年7月21日(2005.7.21)
【出願人】(506205103)エージェンシー フォー サイエンス,テクノロジー アンド リサーチ (26)
【氏名又は名称原語表記】AGENCY FOR SCIENCE,TECHNOLOGY AND RESEARCH
【出願人】(304038747)ナショナル ユニバーシティー オブ シンガポール (10)
【氏名又は名称原語表記】NATIONAL UNIVERSITY OF SINGAPORE
【住所又は居所原語表記】10 Kent Ridge Crescent, Singapore 119260
【Fターム(参考)】