説明

核阻害剤I‐92および医薬の製造のためのその使用

【構成】 ヒトパピローマウイルスのDNAエンハンサー配列に特異的に結合することを特徴とするタンパク質の活性を特異的に阻害する核阻害剤であり、好ましくはヒトパピローマウイルス(HPV)の特異的DNAエンハンサー配列に結合して、タンパク質p92の活性を特異的に阻害する核阻害剤。(a) DNA結合タンパク質p92に可逆的に結合することによって、デオキシコール酸ナトリウム感受性複合体を形成し、(b) HPVのDNAエンハンサー配列に対するp92の結合活性を減少させることを特徴とする、核阻害剤I−92。定常期としてp92を用いるアフィニティクロマトグラフィによって得ることができる核阻害剤。
【効果】 上記核阻害剤は、ヒトパピローマウイルス(HPV)の配列特異的DNAエンハンサーに結合するタンパク質の活性を特異的に阻害し、ヒト子宮頸癌の治療用の医薬品を製造するために用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、ヒトパピローマウイルスのDNAエンハンサー配列に結合するタンパク質の活性を制御する化合物に関する。
【0002】また、本発明は、ヒト子宮頸癌を治療するための医薬品を製造するためのこの化合物の使用、および子宮頸癌の診断用のキットを包含する。
【0003】
【従来の技術】子宮頸癌は、世界的規模で女性に最も頻繁にみられる癌の内で二番目のものである。発癌性の高いヒトパピローマウイルスのDNAは、子宮頸癌の生検の90%以上で見出される。形質転換活性を有する2種類のタンパク質E6およびE7はウイルスの初期遺伝子によってコードされるが、それらの連続的発現には、増殖および形質転換した表現型を保持することが必要である(Cancer Res., 48, 3780-3786 (1988); EMBO J., 8, 513-519 (1989) )。タンパク質E6およびE7の形質転換活性は、それらが腫瘍サプレッサー遺伝子p105RBおよびp53の生成物と特異的に相互作用するという事実によって少なくとも部分的に説明される。p105RBは網膜芽細胞腫感受性遺伝子の生成物である(Cell, 60, 387-396 (1990))。HPV18初期遺伝子の発現は、上流の調節領域(URR)であって、3つのドメインを有し、最も5′側のL1遺伝子に隣接した領域がE6に関与し、最も3′側の初期遺伝子プロモーターを含む領域がE2に関与しているものによって制御される(J. Virol., 62, 665-672 (1988) )。パピローマウイルス18型のエンハンサーは、2つの機能的に重複するドメインから成り、一方は部分的にHPV18とHPV16との間に保存され、いずれも強力な転写の促進を媒介する。このエンハンサーは230ヌクレオチドの長さのRsaI−RsaIフラグメント上に位置しており、同じ大きさの2つの機能的に重複したドメインに再分割することができるが、その活性は細胞のトランス調節ファクター(cellular transregulatory factors)によって変わる(EMBO J., 6, 1339-1344 (1987); J. Virol., 61, 134-142 (1987) )。正常な細胞が感染を受けると、ウイルスDNAはエピソーム性であり、極まれにはウイルスDNAは宿主ゲノムに組み込まれる。この組込み体では、初期遺伝子は低い水準で発現する。これとは対照的に、子宮頸癌細胞では、ウイルスDNAは通常は組込まれ、初期遺伝子E6およびE7は例外なしに高水準で発現する。ほとんどの場合には、ウイルスゲノムは、ウイルスのトランス調節タンパク質E2をコードするE2遺伝子の組込み事象コード配列を用いる(Nature, 314, 111-114 (1985) )。E2コード配列に組込まれると、このタンパク質は不活性化し、初期遺伝子プロモーターは最早E2依存性ではなくなる。この初期遺伝子プロモーターが次に、主として宿主細胞ファクターによって制御されるものと考えられる(Cancer Cells, 1, 43-50 (1989) )。形質転換遺伝子の発現を制御する機構を理解することは、子宮頸癌の発癌を理解する上で極めて重要であり、したがって子宮頸癌に有効な医薬品の製造に重要である。
【0004】HPV16およびHPV18のエンハンサーは、核因子I(NFI)、アクチベータータンパク質AP1および糖質コルチコイドレセプターの認識部位を含んでいる(Nucl. Acids Res., 18, 465-470 (1990); EMBO J., 6, 3745-3753 (1987); New Biologist, 2, 450-463 (1990); J. Virol., 62, 4321-4330 (1988); Nucl. Acids Res., 17, 3519-3533 (1989) )。それぞれのシス作用要素の活性は、全エンハンサー活性に寄与する。HPVエンハンサー機能は、このエンハンサーの短いセグメントが弱いトランス活性機能しか持たないので多因子の協同的相互作用によって変わるが、完全なエンハンサーは強力なトランス活性因子(transactivator)である。認識部位が多重タンパク質と結合し、個々の因子は別の認識配列と相互作用することができることがある(Genes Dev., 4, 43-51 (1990); Nature, 340, 3542 (1989); EMBO J., 8, 2001-2008 (1989); Annu. Rev. Biochem., 58, 799-839 (1989))。
【0005】これらの核因子の一つは、エンハンサー中の反復部位に結合しているタンパク質p92である(Nucleic Acids Research, 19 (9), 2363-2371, 1991 )。p92の認識配列は、TTGCTTGCATAA配列モチーフで同定された。p92タンパク質は、認識配列に類似のOct−1の少なくとも1つのコピーを含むエンハンサーオリゴヌクレオチドに結合しており、これらのオリゴヌクレオチドはまた合成Oct−1タンパク質と結合している。抗−Oct−1抗血清を用いる細胞質抽出物のイムノブロットにより、p92は免疫学的にはOct−1タンパク質には関係しないオクタマー結合因子であり、その細胞内分布は核−細胞質トランスロケーションにより細胞周期のG0/G1境界で調節されている。
【0006】p92の濃度はある種の腫瘍および腫瘍細胞では高くなることを見出した。これとは対照的に、DNA結合活性は、血清の饑餓の条件下では正常の形質転換していないヒト線維芽細胞では検出されなかった。血清饑餓の際または高飽和密度では、p92は核から細胞質へ移動し、その標的配列から物理的に隔離されているので最早活性はない。
【0007】各種の腫瘍では、この制御機構は機能しない。場合によっては、細胞が例えば組込みHPVゲノムを含み、同時にp92の濃度増加を生じ、これによってエンハンサーが活性化される。したがって、これによって、ヒト細胞の形質転換に関与するタンパク質E6およびE7の形質転換をコードするmRNAの転写をさせることができる。
【0008】HPV関連の腫瘍の予防、診断および/または治療に有効な治療薬が必要とされている。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】本発明の課題は、子宮頸癌におけるHPVの初期遺伝子の発現に影響を及ぼす因子を提供することである。もう一つの課題は、子宮頸癌の治療のためこのような因子を含む医薬品を提供することである。
【0010】
【課題を解決するための手段】この課題の解決法は、ヒトパピローマウイルスのDNAエンハンサー配列に結合するタンパク質の活性を特異的に阻害する核阻害剤である。
【0011】本発明の好ましい態様は、ヒトパピローマウイルス18型に由来する配列に特異的なDNAエンハンサー結合タンパク質p92の活性を特異的に阻害する核阻害剤I−92と呼ばれる化合物である。
【0012】化合物I−92が、核タンパク質p92がHPVのDNAエンハンサー構造への結合するのを防止することを、意外にも見出した。I−92の活性の重要な点は、ヒト細胞の形質転換に関与するHPVタンパク質E6およびE7の発現を抑制することである。
【0013】本発明は、I−92に特異的な抗体を用いて子宮頸癌組織におけるI−92を同定するための診断キットも包含する。
【0014】核阻害剤と配列特異性DNA結合タンパク質との周期的会合は、DNA結合の細胞周期依存性の活性を調節する新規な原理である。阻害剤I−92が細胞周期のG1およびG2におけるp92と会合することにより、p92のDNA結合活性が不活性化される。S期では、細胞I−92は活性を持たないので、p92は複合体を形成せず、細胞ゲノムおよびHPV制御領域に存在するオクタマー配列と結合することができる。活性なp92は、デオキシコレート処理により不活性な複合体から放出することができる。この観察は、p92と阻害剤I−92との会合が可逆的であることを示唆している。また、I−92は、イン・ビトロでp92と再会合して不活性な複合体を形成することができる。イン・ビトロでのS期の細胞からのp92を用いる不活性なI−92:p92複合体の形成は、阻害剤の活性が細胞周期によって制御されているらしいことを示唆している。p92自身がそのI−92と会合する能力で制御されると、S期細胞からのp92はインビトロではI−92によって不活性化されない。
【0015】細胞周期は細胞外信号に応答し、p92は、成長因子レセプター応答のようなp92の不活性化および核輸入へと導く細胞外の信号の媒介物である。輸送の際に、p92は核に蓄積し、そこでその活性が細胞周期によって制御される。このタイプの制御により、細胞外信号が配列に特異的なDNA結合タンパク質のS期依存性活性へと導く機構が提供される。阻害剤I−92は、潜在的腫瘍抑制タンパク質のような挙動を採る。
【0016】制御されたタンパク質:DNA複合体におけるオクタマー結合タンパク質p92の同定p92は、細胞周期のG0/G1境界で阻止される非腫瘍発生性のヒーラ−線維芽細胞ハイブリッド細胞のサイトゾルに見出される(Science, 215, 252-259(1982))。細胞周期の阻止を生じる培養条件は、高飽和密度または血清饑餓までの成長である。オクタマー結合タンパク質p92は、ヒトパピローマウイルス18型エンハンサー由来の合成の二本鎖オリゴヌクレオチドを用いる結合部位ブロッティングによって同定され、2つのオクタマー関連配列を含んでいた(Nucleic Acids Research, 19 (9), 2363-2371 (1991))。結合部位ブロッティングによって同定されたタンパク質のEMSAにおける抑制されたDNA複合体への割当は、タンパク質の電荷が元のゲルにおけるそれらの移動度に影響を及ぼすので、容易には達成されない。それ故、所定のタンパク質の分子量とEMSAにおける抑制の程度とに相関を求めることはできない。
【0017】EMSAの感受性が大きいので、EMSAを用いてp92DNA結合活性を検出した。p92タンパク質を含む抑制されたDNA−タンパク質複合体を同定するため、結合部位ブロッティングと組み合わせた調製用EMSAを用いた。調製用EMSAには、p92結合部位と高飽和密度の非腫瘍発生性ヒーラ−線維芽細胞ハイブリッド細胞由来のサイトゾルを含むオリゴヌクレオチドRP3を用いた。分析EMSAでは、新たな阻止されたDNA−タンパク質複合体が高飽和密度で現れた。本発明者らは、抑制された複合体Aおよび調製用EMSAによる抑制された複合体Bに存在するタンパク質を単離した。オートラジオグラフィの後に、抑制された複合体を溶出し、20gのBSAの存在下にて、9容のアセトンを用いて、タンパク質を4℃で一晩沈澱させた。オリゴヌクレオチドRP3をプローブとして用いて、結合部位ブロッティングによって、タンパク質を分析した。抑制されたDNA−タンパク質複合体は、いずれもp92を含んでいる。この実験では、p92が抑制された複合体Aおよび複合体Bに含まれることを示している。キャリヤータンパク質であるウシ血清アルブミンは、DNA結合活性を全く含まなかった。複合体Bにおいて、p92は二量体として結合しているのか、またはp92が第二のタンパク質と相互作用するのかは、知られていない。
【0018】サイトゾルp92タンパク質は、ヒトパピローマウイルスエンハンサー由来のオクタマー関連の配列に結合する。サイトゾル性p92も、免疫グロブリンの重鎖プロモーターの高度に保存されたオクタマー配列に高い親和性で結合する(Nature, 336, 544-551 (1988) )。重鎖プロモーター中にあるオクタマーコンセンサス配列は27ヌクレオチドの長さであり、ヘプタマー配列も含んでいる。結合部位ブロッティングでは、この27ヌクレオチドの長さの配列を二量体として合成した。このオリゴヌクレオチドは、細胞遺伝子の遺伝子制御領域の一部である特異的なOct−1結合部位を表わしている。高密度細胞の各種の癌細胞系のサイトゾルにある細胞質p92は、結合部位ブロッティングにおいて、このオリゴヌクレオチドと高い親和性で結合する。この結果は、p92がコンセンサスオクタマー配列に結合し、p92がオクタマー結合タンパク質であることを示している。
【0019】オクタマー結合タンパク質p92のDNA結合および核輸入は、細胞外信号によって制御される接触により阻害された、静止している線維芽細胞では、p92のDNA結合活性は、核にもサイトゾルにも検出されなかった。血清饑餓線維芽細胞(0.5%FCSを含む培地中、40時間)では、抑制されたp92−DNA複合体は、細胞質画分のEMSAには検出することができない。10%ウシ胎児血清を含む新鮮な培養液を添加したところ、サイトゾル中にp92のDNA結合活性が3時間以内に現われ、5時間後には最大濃度となった。血清刺激から9時間後に、p92はサイトゾルから消失し始め、12時間後にはほとんどのp92が消失した。p92の核輸送は、血清刺激の7時間後に始まり、核輸入は12時間後に完了する。血清饑餓線維芽細胞では、p92のDNA結合は血清刺激によって3時間以内に誘導される。
【0020】非腫瘍発生性のヒーラ−線維芽細胞ハイブリッド細胞(444)では、p92のDNA結合活性はサイトゾル中に高い飽和密度で見出される。血清饑餓細胞においては、p92も細胞質性であり、p92のDNA結合活性は、細胞を0.5%ウシ胎児血清を含む培地に移してから40時間後でも検出される。10%FCSを含む培地を添加したところ、抑制されたp92:DNA複合体は検出可能なほどは変化しない。高血清(10%ウシ胎児血清)中で5時間成長したところ、複合体Bに関連し、p92および可能なp92の二量体を含む新規な抑制された複合体がサイトゾル中に出現する。次いで、p92の濃度が停止し、9時間後には、p92はサイトゾル中には最早検出されない。444細胞の核抽出物では、血清饑餓の後には、極微量のp92しか存在しない。血清刺激を行ったところ、p92の核輸入が5時間以内に始まり、9時間後には最大になるが、これは、総てのサイトゾル性p92が消失してしまった時点である。p92の核輸入を制御するには、血清饑餓444細胞のサイトゾル中に活性なDNA結合p92があっても核トランスロケーションを生じないので、他の信号が必要である。それ故、p92の細胞内分布は、血清中に存在する成長因子(EGF、PDGF)のような細胞外信号によってしっかりと制御される。
【0021】核p92のDNA結合活性は細胞周期によって制御される細胞外信号は、p92のDNA結合活性および核輸入を制御する。核輸入の速度論は遅く、血清饑餓線維芽細胞に血清を添加してから12時間後にp92が核中に現われる。この速度論は、p92がS期の開始前に核に現われることを示唆している。集合に達していない非同時的に成長する細胞の核抽出物では、p92は核には見出されるが細胞質には見られない。細胞周期中の核p92の運命および活性を検討するため、非腫瘍発生性のヒーラ−線維芽細胞ハイブリッド細胞(444)と線維芽細胞との非同時的個体群を遠心傾瀉によって分離して、G1−、S−およびG2期細胞の画分とした。第一の画分および最後の画分は、それぞれ82%のG1細胞および85%のG2細胞を含んでいた。これらの分離した細胞の個体群から、核抽出物をp92DNA結合活性についてEMSAによって分析した。非腫瘍発生性のヒーラ−線維芽細胞のハイブリッド細胞由来の核抽出物のEMSAでは、p92のDNA結合活性は、S期のみに存在する。2つの抑制された複合体AおよびBは444細胞のS期の核抽出物中に検出することができ、これらの複合体はいずれもp92を含んでいる。同様な抑制された複合体を調製用EMSAおよび結合部位ブロッティングによって分析したが、いずれもp92を含んでいた。核輸入の後、p92のDNA結合活性はS期で残存し、G2ではなくなる。G1細胞では、p92は活性ではなく、p92はS期細胞で活性化されるものと思われる。
【0023】I−92はS相に依存するp92のDNA結合活性を制御する遠心傾瀉によってG1−、S−およびS2−細胞に分離した非腫瘍発生性のヒーラ−線維芽細胞のハイブリッドの細胞質画分の細胞質性画分を遠心分離傾瀉によって分離して、G1−、S−およびG2−細胞とし、結合部位ブロッティングによって分析した。
【0024】EMSAに用いたオリゴヌクレオチドRP3を、プローブとして用いた。結合部位のブロット(図1R>1)は、p92が細胞周期の初期のS−および後期のS−期細胞の核中に存在するが(レーン3および4)、G1およびG2でも、等量のp92が同様に存在する(レーン2および5)ことを示している。G1、SまたはG2細胞のサイトゾルには、p92は見られない(レーン6、7、8、9)。これは、非同時的に培養されて成長する細胞中では、p92が核に位置することを示している。核p92のDNA結合活性は、S期細胞に存在するだけでなく、G1−およびG2−細胞にも存在する。これは、G1−、S−およびG2−細胞のEMSAによって得られた結果とは対照的である。この観察によって、p92のDNA結合活性自身が細胞周期によって制御されているという見方ができなくなる。DNA結合活性のこの細胞周期の制御を説明する一つの可能性は、細胞周期のG1およびG2でのみ活性なp92の核阻害剤の存在である。p92と、G1−およびG2−細胞中の推定上の阻害剤との会合は、EMSAによって検出することができるが、結合部位ブロッティングのような変性処理によっては検出することができない。
【0025】本発明者らは、Science, 242, 540-546 (1988)に記載の方法を用いて、G1−およびG2−細胞中に不活性なp92複合体が存在するかどうかを決定した。EMSAには、オリゴヌクレオチドRP3を用い、遠心傾瀉によって分離してG1−およびG2−細胞の画分とした444細胞由来の核抽出物を用いた。0.2%DOCをG1の核抽出物に添加することによって、S期細胞におけるp92:DNA複合体Aと同じ程度まで抑制される新規抑制された複合体が出現する(図2A、レーン2および3)。これは、p92がDNA結合の阻害剤にG1細胞の粗抽出物中で複合体形成することを示している。G2の核抽出物をDOCで処理すると、同様な抑制された複合体が放出される(図2B、レーン2)。これは、細胞周期のG1およびG2にある444細胞の核抽出物では、p92のDNA結合活性がp92のDNA結合の核阻害剤に複合体形成されることを示している。この阻害剤の活性は、細胞周期によって制御される。この核阻害剤を、I−92と呼ぶ。S期の活性を制御する機構は、p92と細胞周期のG1およびG2における阻害剤I−92との環状会合である。p92とI−92との会合は、不活性な複合体をDOC処理することによって活性なp92を放出させることができるので、可逆的である。
【0026】ヒト線維芽細胞において、p92のDNA結合もS期細胞に限定される。ヒト線維芽細胞を分離して、G1−、S−およびG2−細胞とし、核抽出物をEMSAによって分析した。線維芽細胞はヒーラ−線維芽細胞よりも付着性が強い傾向を示すので、極めて豊富なG1、SおよびG2集団への分離は余り良好ではない。p92の活性は、主としてS期に限定されている(図3A、レーン2)。しかしながら、この調製では、G1細胞抽出物に低いp92活性が観察され、G1画分に遊離の混入しているG2細胞核が見られたので、これは長時間のトリプシン処理の結果とも思われる。対照的に、G2線維芽細胞の核抽出物には、p92のDNA結合活性は見られない。G2線維芽細胞の核抽出物では、p92は複合体形成して、阻害剤I−92とDOC感受性の複合体となる(図3b、レーン2および3)。これは、正常なヒト細胞中に阻害剤I−92が存在することを示しており、且つp92と阻害剤I−92との環状会合によるp92のDNA結合の細胞周期制御がこれらの正常なヒト線維芽細胞で働いていることも示している。
【0027】阻害剤I−92はインビトロでp92と会合し、そのDNA結合活性を不活性化するI−92はDNA結合活性を持たない。これを試験するため、非腫瘍発生性のヒーラ−線維芽細胞ハイブリッド(444)の核抽出物を0.2%DOCで処理した後、70ミリモルNaCl中ヘパリンセファロースカラムを通過させた。通過物を集めた。カラムを添加した緩衝液で洗浄した後、結合したタンパク質を600ミリモルNaClで溶出した。EMSAでは、通過物は抑制されたDNA−タンパク質複合体を誘導せず、600ミリモルの溶出物は総てp92結合活性を含んでいた。検出され得るI−92活性を含まないS期細胞からのEMSAでは、3種類の抑制された複合体が形成されていた。上の2つの複合体は、p92:DNA複合体AおよびBに対応している(図4、レーン1)。複合体Cにおけるタンパク質の同一性は、現在検討中である。ヘパリンセファロース通過物中のI−92を同定するため、S期の核抽出物およびp92認識部位を含むオリゴヌクレオチドRP3のDNA結合反応物に多量の通過物を添加する。5リットルの通過物を添加すると、複合体Bが著しく減少し、複合体Aが幾分減少する(図4、レーン3)。15リットルの通過物を添加すると、複合体Bの形成は完全に妨げられ、20リットルの通過物を添加した場合には、複合体Bも複合体Aも形成されない。複合体Cの形成は、通過物のDNA結合反応物への添加によっては影響を受けない。20リットルの通過物を反応物へ添加した後の複合体Cが不変であることは、インビトロではI−92はp92と特異的に会合しており、それによってDNA結合活性が不活性化されることを示している。
【0028】例1細胞培養および細胞系ヒーラ−線維芽細胞ハイブリッド細胞系(Science, 215, 252-259 (1982))および正常なヒト線維芽細胞を、10%ウシ胎児血清を補足したダルベッコの改良イーグル培地(DMEM)に保持した。ヒーラ−線維芽細胞ハイブリッド細胞ラインは、スタンブリッジ(Stanbridge)博士から提供され、ヒト線維芽細胞はDKFZの同僚の研究者から提供を受けた。血清饑餓実験については、細胞を10%ウシ胎児血清を含むDMEM中で半集合状態に成長させた後、細胞を0.5%ウシ胎児血清を含むDMEMに40時間固定した。血清刺激実験では、細胞を最初に40時間饑餓状態に置いた後、細胞を10%ウシ胎児血清を含むDMEM中で成長させた。高飽和密度までの成長については、集合状態の細胞を10%ウシ胎児血清を含むDMEM中に48時間固定した。
【0029】例2核および細胞質タンパク質の抽出子宮頸癌由来の細胞系およびヒト線維芽細胞の核抽出物は、公表された方法(Mol. Cell. Biol., 7, 787-798 (1987) )に準じて調製した。0.65%のNP40を用いて界面活性剤溶解を行った後、核を4℃で低速遠心分離によって調製し、タンパク質を緩やかに撹拌しながら520ミリモルNaClで溶出させる。保存には、溶出物を、50%グリセロール、50ミリモルNaCl、10ミリモルヘーペス(pH7.9)、0.5ミリモルPMSFおよび0.5ミリモルDTTを含む緩衝液に対して透析を行った。タンパク質濃度は、血清アルブミンを標準試料として用いて比色分析法(バイオラッド(Biorad))によって測定した。ヒーラ細胞由来の核タンパク質およびBリンパ芽球腫様系(Laz509)を、前記の様にしてヘパリンセファロースクロマトグラフィによって濃度増加した(Nature, 317, 84-87 (1985) )。細胞質タンパク質は、細胞を溶解し、核を低速遠心分離によって除去した後に調製した。細胞質タンパク質を、核タンパク質について、前記と同様にして透析した。
【0030】例3合成オリゴヌクレオチド一本鎖オリゴヌクレオチドおよび相補性鎖を、アプライド・バイオシステムス(Applied Biosystems)製DNAシンセサイザーで合成し、調製用の変性アクリルアミドゲル電気泳動によって精製した(分子クローニング:実験室マニュアル(Molecular Cloning: A Laboratory Manual)(コールド・スプリング・ハーバー・ラボラトリー(Cold Spring Harbor Laboratory) 、コールド・スプリング・ハーバー、ニューヨーク)(1982年))。全体の長さのバンドをUVで影像化し、掻き取り、500ミリモル酢酸アンモニウムに拡散させることによって溶出させ、エタノールで沈澱させることによって同定した。二本鎖オリゴヌクレオチドを生成させるため、相補性鎖を特異的融解点(Tm)より低い−3℃の温度でアニールした。放射能標識した二本鎖オリゴヌクレオチドは、ポリヌクレオチドキナーゼと32P−γATPを用いて調製した。AP2の認識部位の配列は、ヒトメタロチオネインIIA(hMT−IIA)遺伝子制御領域由来のものであった(Cell, 51, 251-260 (1987))。ヒトパピローマウイルスエンハンサー配列(J.Virol., 61, 134-142 (1987) )を用いて、エンハンサーオリゴヌクレオチドRP2、RP3、RP3/4、RP4、RP5、S1tet及びS2tetを合成した。これらの配列を、表1に示す。
【0031】
【表1】


【0032】例4結合部位ブロッティング核タンパク質を8%SDSポリアクリルアミドゲル上でサイズ分画し(Nature, 329, 680-685 (1970) )、SDSなしのレムリの泳動用緩衝液中で水平式ブロッティングチャンバー(アイビーアイ(IBI) )を用いて室温で一晩150mAにおいてニトロセルロースへ移した。ブロッティングの後、結合タンパク質をその場で6モルの塩酸グアニジニウムによって変性し、既報の通りにグアニジニウムの連続希釈によって再結合した(Nucl. Acids Res., 17, 8891 (1989); Genes Dev., 2, 801-806 (1988))。ニトロセルロース膜を5%の無脂肪乾燥ミルク(カーネーション(Carnation) )で室温で30分間ブロックした後、非特異的競合体として5g/mlのポリ(dIdC)(dIdC)の存在下にて5×10cpm/mlで末端を標識した二本鎖オリゴヌクレオチドと共にインキュベーションした。DNA結合用の緩衝液および結合部位ブロットの洗浄条件は既報の通りであった(Nucl. Acids Res., 17, 8891 (1989) )。
【0033】例5電気泳動移動度のシフト分析(EMSA)
EMSAは、既報の通りに行った(Nature, 319,154-158 (1986))。エンハンサードメインIのEMSAについては、HPV18エンハンサーの機能性ドメインIをHPV18の上流の制御領域を含むクローンであって、1050bpのBamHIフラグメント上にあるpURR18から単離した。このフラグメントでは、エンハンサーはRsaI−RsaIフラグメント(NT582〜810)上に存在する。このフラグメントを、RsaIおよびFnu4HIで消化した後、ポリアクリルアミドゲル電気泳動および電気溶出によって単離した。Fnu4HIによる消化(位置910)により、同時移動(comigrating) プロモーターフラグメントが除かれる。BstNi−RsaIフラグメント(ヌクレオチド697〜810)上に位置する一つの機能性ドメインのEMSAでは、RsaI(582)〜RsaI(810)フラグメントをBstNIで消化し、ポリヌクレオチドキナーゼで放射能標識した。エンハンサードメインIを含むフラグメントは、ポリアクリルアミドゲル電気泳動および電気溶出によって単離した。エンハンサードメインIを核タンパク質と共にインキュベーションしたところ、5gの核抽出物と2.5gの非特異的競合体としてのポリ(dIdC)(dIdC)を含んでいた。EMSAのために、DNAを結合用緩衝液中で25分間室温でインキュベーションし(Nature, 319, 154-158 (1986) )、低塩ポリアクリルアミドゲル(4%総モノマー、アクリルアミド/N,N′−メチレンビスアクリルアミド比=30:1)上に載せた。電気泳動は、室温で、11V/cmで90分間行った。ゲルを乾燥して、X線フィルムに一晩暴露した。
【0034】例6調製用EMSA調製用EMSAについては、120gの核抽出物に相当する個々の試料を、分析用EMSAについてと同様に電気泳動を行った。ポリアクリルアミドゲルを4℃で一晩オートラジオグラフィを行った後、抑制された複合体を掻き取り、溶出用緩衝液(50ミリモルトリスHC(pH7.9)、0.1%SDS、0.1mg/mlウシ血清アルブミン、1ミリモルDTT、0.2ミリモルEDTA、0.1ミリモルPMSF、2.5%グリセロール)でゲルから4℃で12時間溶出を行った。抑制された複合体からのタンパク質を、アセトン9容で−20℃で一晩沈澱させ、13000rpmで遠心分離によって回収した。結合部位ブロッティングには、ペレット化したタンパク質を、SDS−PAGE用緩衝液で可溶化した。
【0035】例7核抽出物のデオキシコール酸ナトリウム処理およびヘパリンセファロースクロマトグラフィ444細胞(1mg)からの核抽出物を、DNA結合用緩衝液(25ミリモルヘペス(pH7.9)、50ミリモルNaCl、10%グリセロール、0.05%NP40、1ミリモルDTT、1ミリモルEDTA)2ml中で、0.4%デオキシコール酸ナトリウムで室温で15分間処理した。DOCで処理した核抽出物をヘパリンセファロースカラム上に載せる前に、DOCを1.2%NP40を添加することによって複合体形成させた。カラムに載せた後、通過物を再度カラムを通過させた。最終の通過物(2ml)は阻害剤の源として用いた。結合したタンパク質を、600ミリモルNaClを含むG600緩衝液を用いるG50の洗浄段階の後ヘパリンセファロースカラムから溶出させた。G50およびG600緩衝液は、NaClの外に、10ミリモルトリスHCl(pH7.5)、50ミリモルNaCl、1ミリモルEDTA、1ミリモルDTT、5%グリセロール、0.2%DOC、0.2%NP40、0.5%PMSFを含んでいた。処理法は、既報の処理法にしたがって行った(Science, 242, 540-546 (1988))。
【0036】例8阻害用I−92活性の検出S期の444細胞(5g)由来の核抽出物を、増加量のヘパリンセファロースカラムを通過させDOC処理を行った444抽出物と共にインキュベーションした。阻害用I−92の活性は、ヘパリンセファロース通過画分からのものであった。
【0037】例9傾瀉による細胞の分離集密度が80%に過ぎない細胞単層をトリプシンを用いて採取し、血清を含む培地に再懸濁し、傾瀉した。傾瀉のために、10〜10個の細胞を、マスターフレックス(Masterflex)ポンプヘッドに接続されたJE−6Bベックマン(Beckman) 傾瀉ローターに導入した。傾瀉は、10ミリモルのヘーペスで緩衝したエールのバランス塩溶液中で行った。ヒト胎児の肺線維芽細胞を2000rpmで傾瀉した。載荷流速は14ml/分であり、この検討に用いた画分を15〜20ml/分、26〜28ml/分、35〜38ml/分および47〜50ml/分で集めた。非腫瘍発生性のヒーラ−線維芽細胞ハイブリッド(444)細胞を、5ml/分で細胞を載荷した後に1620rpmで傾瀉した。画分を得るための流速は8〜11ml/分、15〜18ml/分、24〜30ml/分、24〜30ml/分および34〜38ml/分であった。それぞれの画分の試料をエタノールで固定して、DAPI(4,6−ジ−アミジノ−2−フェニルインドール)で染色し、螢光により活性化した細胞ソーターによって相対的なDNA含量を分析した。
【図面の簡単な説明】
【図1】結合部位ブロッティングによる細胞周期中のp92のDNA結合活性を示す説明図。細胞周期のG1、S期およびG2からの核および細胞質444抽出物の結合部位ブロットであって、p92のDNA結合活性が細胞周期の総ての期にあることを示している。G1(レーン2)、初期S期(レーン3)、後期S期(レーン4)およびG2(レーン5)における細胞の核抽出物におけるp92のDNA結合活性。G1(レーン6)、初期S期(レーン7)、後期S期(レーン8)およびG2(レーン9)における細胞からの細胞質抽出物。
【図2】p92の新規な核阻害剤であるI−92がS相依存性のp92のDNA結合活性を制御することを示す説明図。
(A) G1における444細胞からの核抽出物のEMSA(レーン1)は、デオキシコール酸ナトリウムで処理することによってp92のDNA結合活性を放出することができることを示している。0.2%DOC(レーン2)、0.4%DOC(レーン3)および0.6%DOC(レーン4)。
(B) 核抽出物のEMSA。G2における細胞のp92のDNA結合活性(レーン1)は0.2%DOC処理によって(レーン2)誘導することができる。0.4%DOC(レーン3)で処理した後のおよび0.6%DOCで処理した後の核抽出物。オリゴヌクレオチドRP3をEMSAに用いた。
【図3】阻害剤I−92が正常なヒト線維芽細胞における細胞周期中にp92のS期依存性のDNA結合活性を制御することを示す説明図。
(A) 遠心傾瀉によってG1、SおよびG2細胞に分離したヒト線維芽細胞の核抽出物の核抽出物のEMSA。G1細胞(レーン1)、初期S期細胞(レーン2)、後期S期(レーン3)およびG2細胞(レーン4)。p92によって抑制された複合体の位置を示している。
(B) G2細胞(レーン1)、0.2%DOC(レーン2)および0.4%DOC(レーン3)で処理した後の、線維芽細胞の核抽出物のEMSA。
【図4】阻害剤I−92がインビトロでp92と会合して、p92のDNA結合を阻害することを示す説明図。集合した444細胞からの核抽出物を0.2%DOCで処理して、ヘパリンセファロースカラムを通過させた。通過物をI−92の源として用いた。S期における444細胞からの核抽出物のEMSAであって、I−92が不活性であるもの(レーン1)、5リットルのヘパリン−セファロース通過物を添加後のもの(レーン2)、10リットルの通過物を添加後のもの(レーン3)および20リットルの通過物を添加後のもの(レーン4)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】ヒトパピローマウイルスのDNAエンハンサー配列に特異的に結合することを特徴とする、タンパク質の活性を特異的に阻害する核阻害剤。
【請求項2】ヒトパピローマウイルス(HPV)の特異的DNAエンハンサー配列に結合して、タンパク質p92の活性を特異的に阻害する、請求項1に記載の核阻害剤。
【請求項3】(a) DNA結合タンパク質p92に可逆的に結合することによって、デオキシコール酸ナトリウム感受性複合体を形成し、(b) HPVのDNAエンハンサー配列に対するp92の結合活性を減少させることを特徴とする、核阻害剤I−92。
【請求項4】p92に関する細胞周期のG1およびG2相の細胞の粗抽出物に存在する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の核阻害剤。
【請求項5】インビボでの阻害剤の活性を細胞周期によって調節する、請求項4に記載の核阻害剤。
【請求項6】形質転換していないヒーラ−線維芽細胞ハイブリッド細胞または正常なヒト線維芽細胞の粗抽出物中に存在する、請求項5に記載の核阻害剤。
【請求項7】定常期としてp92を用いるアフィニティクロマトグラフィによって得ることができる核阻害剤。
【請求項8】ヒト子宮頸癌の治療のための医薬を製造するための、請求項1〜7のいずれか1項に記載の阻害剤の使用。
【請求項9】請求項1〜7のいずれか1項に記載の核阻害剤に対する多クローン性または単クローン性抗体を含む、子宮頸癌の存在および成長について試料を分析するための診断キット。

【図1】
image rotate


【図4】
image rotate


【図2】
image rotate


【図3】
image rotate


【公開番号】特開平6−245787
【公開日】平成6年(1994)9月6日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−297988
【出願日】平成4年(1992)10月9日
【出願人】(591000816)ベーリングベルケ、アクチエンゲゼルシャフト (2)
【氏名又は名称原語表記】BEHRINGWERKE AKTIENGESELLSCHAFT