説明

根こぶ病害防除剤及び根こぶ病害防除方法

【課題】 植物が潜在的に有する病害への抵抗性機構を有効に活性化する技術を提供し、キャベツ等のアブラナ科植物の根こぶ病害の防除に有効であって、環境や人体への安全性も高い病害防除剤及び病害防除方法を提供する。
【解決手段】 スフィンゴモナスTF1401株(受託番号FERM P−20899)及びスフィンゴモナスTF1402株(受託番号FERM P−20900)から選ばれた少なくとも一種の微生物と、キチンを加水分解して得られる数平均分子量3,000〜50,000の低分子化キチンとを併用してアブラナ科植物に施与する。本発明は、キャベツ、ハクサイ、カブ、ダイコン、カリフラワー、ブロッコリー、ワサビ、サントウサイ、タイサイ、コマツナ、ノザワナ、カラシナ、タカナ、カイラン、クレソン、ケール等のアブラナ科植物に好ましく用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物病害、特にキャベツ等のアブラナ科植物に発生する根こぶ病の発病の抑制、又はその症状の改善のための根こぶ病害防除剤に関し、更には該根こぶ病害の防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、アブラナ科植物に発生する根こぶ病の防除法については、薬剤による土壌消毒による方法と抵抗性品種の利用が主たる方法であった。
【0003】
薬剤については、フルスルファミド粉剤(薬剤名:ネビジン粉剤)、ダゾメット粉粒剤(薬剤名:バスアミド微粒剤)、フルアジナム粉剤(薬剤名:フロンサイド粉剤)などを土壌に施用して病原菌(休眠胞子)を殺菌あるいは胞子の発芽を抑制することで植物体への感染を防ぐものである。
【0004】
抵抗性品種としては、ケールや飼料カブといった抵抗性遺伝子を持つアブラナ科植物を遺伝資源として、キャベツやハクサイ等の抵抗性品種の育成が行われている。
【0005】
一方、上記の方法とは異なる手法として、植物が潜在的に有する病害への抵抗性機構を活性化して病害菌への抵抗性を高める方法も試みられている。具体的には、例えば下記のような知見から、低分子化キチンが抵抗性機構を活性化するエリシター様活性物質であると考えられている。
【0006】
すなわち、下記非特許文献1には、キチンオリゴ糖がイネの植物細胞においてエリシター効果を有することが記載されている。また、下記非特許文献2には、キチン分解物がトマトに対してエリシター効果を有することが記載されている。更にまた、下記非特許文献3には、キチンオリゴ糖(7量体あるいは8量体)が、シロイヌナズナ(アラビドプシス)の持つ抵抗性関連遺伝子を強く活性化することが記載されている。
【0007】
そして、上記のような知見をアブラナ科植物に応用した技術として、例えば、下記特許文献1には、キチンを加水分解して得られる数平均分子量3,000〜50,000の低分子量キチンを有効成分として含有することを特徴とする植物病害防除剤が開示され、キャベツ根こぶ病害防除に有効であることが記載されている。
【0008】
また、植物体の根圏に生息する微生物を接種することで抵抗性を誘導し、防除を行う試みも行われている(下記非特許文献4参照)。しかしながら植物の根部組織への定着程度や防除効果が環境条件に左右され、結果として効果が不安定になるという欠点が指摘されている。
【0009】
このような問題に対して、宿主への定着性や環境適応能力の高い微生物の中には、宿主植物に病害抵抗性を誘導する活性を有する微生物が見出されることが報告されている。具体的には、本発明者らによる下記非特許文献5には、健全キャベツ葉に生息する微生物からは、根こぶ病症状抑制効果を有するスフィンゴモナス(Sphingomonas)属に属する微生物が分離されることが明らかにされている。
【特許文献1】特開2004−323460号公報
【非特許文献1】渋谷直人、日本農薬学会誌、19、p67−71、1994
【非特許文献2】G.Felix, M.Regenass, T.Boller. The Plant Journal, 4(2), 307-316, 1993
【非特許文献3】Bing Zhang, et al., Molecular Plant-Microbe Interactions 15, 963-970, 2002
【非特許文献4】Narisawa, K. et al 1998 Plant Pathology, 47, 206-210, 1998
【非特許文献5】永坂 厚、門田 育生、日植病報71(3):p285、August2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
薬剤を用いる場合には、農業環境に悪影響を与えるという問題があり、抵抗性品種を利用する場合には、連作により抵抗性品種の罹病化が起るという問題がある。
【0011】
また、上記の低分子化キチンや、スフィンゴモナス(Sphingomonas)属に属する微生物による防除法では、従来の薬剤や抵抗性品種を利用する防除法に比べ効果の面で十分なものとはいえなかった。
【0012】
したがって、本発明の目的は、植物が潜在的に有する病害への抵抗性機構を有効に活性化する技術を提供し、キャベツ等のアブラナ科植物の根こぶ病害の防除に有効であって、環境や人体への安全性も高い病害防除剤及び病害防除方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究した結果、健全キャベツ葉に生息する微生物の中から、低分子化キチンとともに併用することでアブラナ科植物の根こぶ病害への抵抗性を促進することができる菌株を見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明の1つは、スフィンゴモナスTF1401株(受託番号FERM P−20899)及びスフィンゴモナスTF1402株(受託番号FERM P−20900)から選ばれた少なくとも一種の微生物と、キチンを加水分解して得られる数平均分子量3,000〜50,000の低分子化キチンとを有効成分とするアブラナ科植物の根こぶ病害防除剤である。
【0015】
本発明のアブラナ科植物の根こぶ病害防除剤によれば、前記微生物と前記低分子化キチンとを併用してアブラナ科植物に施与することにより、アブラナ科植物の根こぶ病の発病を抑制し、健全な根の発育を促すことができる。
【0016】
また、本発明のもう1つは、スフィンゴモナスTF1401株(受託番号FERM P−20899)及びスフィンゴモナスTF1402株(受託番号FERM P−20900)から選ばれた少なくとも一種の微生物をアブラナ科植物に施与する微生物施与工程と、前記微生物施与工程の前に、同時に、又は後にキチンを加水分解して得られる数平均分子量3,000〜50,000の低分子化キチンを前記アブラナ科植物に施与するキチン施与工程とを含むことを特徴とするアブラナ科植物の根こぶ病害防除方法である。
【0017】
本発明のアブラナ科植物の根こぶ病害防除方法によれば、前記微生物をアブラナ科植物に施与し、その施与の前に、施与と同時に及び/又は施与の後に、前記低分子化キチンを前記アブラナ科植物に施与することにより、簡便に、アブラナ科植物の根こぶ病の発病を抑制し、健全な根の発育を促すことができる。
【0018】
なお、本発明において、前記微生物と前記低分子化キチンとの併用による効果の詳細な機構は分からないが、前記2種の素材の有する病害抵抗性誘導活性が相乗的に増強して顕著な作用効果を発揮するものと考えられる。
【0019】
前記低分子化キチンは、カニやエビ等の甲殻類の殻等に由来するキチンから調製されたものであるので、安価に製造することができ、人体に対して安全性が高く、植物や土壌に散布しても微生物によって容易に分解され、長期間残存することもなく、農業環境を汚染することがない。また、前記微生物は、健全キャベツ葉に生息していた微生物であるので農業環境に負荷をかけることがなく、そのまま有効成分として用いられるので安価である。
【0020】
本発明の前記根こぶ病害防除方法の好ましい態様においては、前記微生物施与工程及び/又は前記キチン施与工程において、前記アブラナ科植物が生育する土壌又は培養基に前記微生物及び/又は前記低分子化キチンを混和し、散布し又は灌注して、前記微生物及び/又は前記低分子化キチンを前記アブラナ科植物に施与する。これによれば、前記有効成分の前記アブラナ科植物への施与が容易である。
【0021】
本発明の前記根こぶ病害防除方法のもう1つの好ましい態様においては、前記微生物施与工程及び/又は前記キチン施与工程において、前記アブラナ科植物に前記微生物及び/又は前記低分子化キチンを散布し、注入し又は塗布して、前記微生物及び/又は前記低分子化キチンを前記アブラナ科植物に施与する。これによれば、前記有効成分を前記アブラナ科植物に直接に施与するので、効果的に病害抵抗性を誘導することができる。
【0022】
本発明の前記根こぶ病害防除方法の更にもう1つの好ましい態様においては、前記アブラナ科植物の育苗時、定植時、又は定植後に前記微生物及び/又は前記低分子化キチンを施与する。これによれば、定植前の苗に前記有効成分を施与する場合には、少ない施与量で植物の病害抵抗性を誘導することができる。また、定植時、又は定植後に前記有効成分を施与する場合には、病原菌に汚染された圃場に植え付けても、病原菌の植物体への進入や増殖を抑制することができる。
【0023】
本発明においては、前記アブラナ科植物が、アブラナ科植物の苗であることが好ましい。これによれば、定植前の苗に前記有効成分を施与することにより、少ない施与量で植物の病害抵抗性を誘導することができる。また、前記有効成分を施与された苗を病原菌に汚染された圃場に植え付けても、病原菌の植物体への進入や増殖を抑制することができ、該植物の発病を効果的に抑制することができる。
【0024】
本発明においては、前記アブラナ科植物が、根こぶ病に羅病したアブラナ科植物であることが好ましい。これによれば、根こぶ病に罹病した植物において、新たに健全な根の発育を促すことができるので、該植物の生育を回復させることができる。
【0025】
本発明の前記根こぶ病害防除方法においては、前記スフィンゴモナス(Sphingomonas)属に属する微生物を1×10〜1×1012cfu/ml含有する懸濁液を施与することが好ましい。
【0026】
また、本発明の前記根こぶ病害防除方法においては、前記低分子化キチンを0.1〜100mg/ml含有する懸濁液を施与することが好ましい。
【0027】
本発明の前記根こぶ病害防除剤及び根こぶ病害防除方法は、キャベツ、ハクサイ、カブ、ダイコン、カリフラワー、ブロッコリー、ワサビ、サントウサイ、タイサイ、コマツナ、ノザワナ、カラシナ、タカナ、カイラン、クレソン、ケール等のアブラナ科植物に好ましく用いられる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、スフィンゴモナス(Sphingomonas)属に属する微生物であるスフィンゴモナスTF1401株(受託番号FERM P−20899)又はスフィンゴモナスTF1402株(受託番号FERM P−20900)と、特定の分子量の低分子化キチンとを併用してアブラナ科植物に施与することにより、植物の潜在的な病害抵抗性を強力に誘導して、根こぶ病の病原菌による植物の発病を抑制することができる。本発明においては、定植前の苗に前記有効成分を施与することにより、少ない施与量で植物の病害抵抗性を誘導することができ、また、定植時、又は定植後に前記有効成分を施与することにより、病原菌に汚染された圃場に植え付けても、病原菌の植物体への進入や増殖を抑制することができる。更にまた、根こぶ病に罹病した植物においても、前記有効成分を施与することにより、新たに健全な根の発達を促進することができるので、生育を回復させることができる。
【0029】
前記微生物は、健全キャベツ葉に生息していた微生物であるので農業環境に負荷をかけることがなく、そのまま有効成分として用いられるので安価である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明において、「根こぶ病害」は、カビの一種であるプラスモディオフォラ・ブラシケ(Plasmodiophora brassicae)を病原菌としてアブラナ科植物に発生する病害を意味する。根こぶ病は、アブラナ科植物を連作すると発生しやすくなりアブラナ科植物の最も大きな生産阻害要因の一つである。根こぶ病に罹病した植物は、根がこぶ状に肥大し、水分や養分を吸収できなくなり、発育が停滞して枯死してしまう。また、前記病原菌は長期にわたり土壌中に生存するため一旦発生すると防除が困難であり、農作業に伴う土の移動や降雨等を通じて発生畑から周辺へ広がることも多く、キャベツ等のアブラナ科植物の栽培上最も有害な土壌伝染性病害の一つである。
【0031】
本発明において用いられるスフィンゴモナス(Sphingomonas)属に属する微生物は、以下のようにして分離された。
【0032】
すなわち、外観上健全なキャベツ葉から細菌を無作為に分離し,バイオメリュー社製細菌同定キット「API20 NE」を用いて分離細菌を類別したところ、スフィンゴモナス(Sphingomonas)属に属する微生物に同定される細菌が多数得られた。なお、前記細菌同定キット「API 20 NE」は、硝酸カリウムを基質とする硝酸塩の還元、L−トリプトファンを基質とするインドール産生、嫌気条件下でのブドウ糖からの酸の生産、アルギニンジヒドラーゼ活性、ウレアーゼ活性、エスクリン加水分解、ゼラチン液化、β―ガラクトシダーゼ活性、オキシダーゼ活性、ブドウ糖の同化、L−アラビノースの同化、D−マンノースの同化、D−マンニトールの同化、N−アセチル−D−グルコサミンの同化、マルトースの同化、グルコン酸カリウムの同化、n−カプリン酸の同化、アジピン酸の同化、dl−リンゴ酸の同化、クエン酸ナトリウムの同化、酢酸フェニルの同化、の各テスト項目についての陰/陽性を判定することにより、細菌種レベルの同定を行なうための細菌同定キットである。
【0033】
このスフィンゴモナス(Sphingomonas)属に属する微生物に同定される細菌56菌株について、各々の菌体につき約10cfu/mlに調製した水懸濁液をキャベツ幼苗の株元土壌に約6ml灌注して、その24時間後に根こぶ病菌(Plasmodiophora brassicae)の汚染土を詰めたポットに移植した。その後、39日目に根こぶ病症状を観察したところ、上記56菌株のうち37菌株において主茎直下の肥大が軽減された。また、その37菌株のうち9菌株については、キャベツ個体の葉の昼間の萎凋程度が低減して、地上部の生重量が無処理区と比較して増加していた。
【0034】
根こぶ病症状改善効果を有する上記の9菌株をそれぞれ、スフィンゴモナスTF1401株、スフィンゴモナスTF1402株、スフィンゴモナスTF1403株、スフィンゴモナスTF1404株、スフィンゴモナスTF1405株、スフィンゴモナスTF1406株、スフィンゴモナスTF1407株、スフィンゴモナスTF1408株、スフィンゴモナスTF1409株と命名した。また、この9菌株のうち後述する実施例において低分子化キチンとの併用による効果が確認されたスフィンゴモナスTF1401株及びスフィンゴモナスTF1402株については、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託した。スフィンゴモナスTF1401株の受託番号はFERM P−20899であり、スフィンゴモナスTF1402株の受託番号はFERM P−20900である。
【0035】
本発明においては、スフィンゴモナス(Sphingomonas)属に属する微生物として、上記のスフィンゴモナスTF1401株(受託番号FERM P−20899)及びスフィンゴモナスTF1402株(受託番号FERM P−20900)を用いることができる。下記表1には、その細菌形態上の性質、及び前記細菌同定キット「API20 NE」による細菌生理上の性質を示す。
【0036】
【表1】

【0037】
また、16SrDNA塩基配列に基づく分子系統解析の結果、スフィンゴモナスTF1401株(受託番号FERM P−20899)及びスフィンゴモナスTF1402株(受託番号FERM P−20900)の分子系統樹の位置は、いずれもSphingomonas parapaucimobilis と一致した。すなわち、前記菌株の16SrDNA塩基配列を決定し、DNAデータベース(DDBJ)において相同性検索を行ったところ、Sphingomonas parapaucimobilis の16SrDNA塩基配列との間に、スフィンゴモナスTF1401株(受託番号FERM P−20899)において98%、スフィンゴモナスTF1402株(受託番号FERM P−20900)99%の相同性が認められた。また、Sphingomonas 属に属する微生物の各種菌種、並びに代表的な細菌菌種の16SrDNA塩基配列を多重整列後、分子系統解析NJ法による分子系統樹の位置は、前記両菌株においてSphingomonas parapaucimobilis と一致した。
【0038】
上記のスフィンゴモナス(Sphingomonas)属に属する微生物の菌株の培養、保存、菌数測定、cfu値測定等は、公知の方法に準じて行うことができる。
【0039】
本発明においては、前記スフィンゴモナス(Sphingomonas)属に属する微生物を1×10〜1×1012cfu/ml含有するように滅菌水等の適当な溶媒に懸濁して調製した懸濁液をアブラナ科植物に施与することが好ましい。
【0040】
本発明において用いられる低分子化キチンは、カニ、エビ等の甲殻類の殻等から常法によって調製されたキチンを、酸又は酵素で部分加水分解することによって、数平均分子量3,000〜50,000、好ましくは数平均分子量5,000〜20,000となるように調製したキチン分解物である。その数平均分子量は、HPLC法等の公知の方法に準じて測定することができる。
【0041】
このような低分子化キチンは、公知の方法で調製することができ、例えば、特開2004−323460号公報に記載された方法によっても調製することができる。
【0042】
本発明において、前記低分子化キチンを施与する際の剤形的形態は、例えば、粉状、顆粒状、液状等のいずれの形態でもよく特に制限はないが、0.1〜100mg/ml含有するように水等の適当な溶媒に懸濁して調製した懸濁液をアブラナ科植物に施与することが好ましい。また、該低分子化キチン含有組成物には賦形剤、増量剤等の他の成分が配合されていてもよい。
【0043】
本発明のアブラナ科植物の根こぶ病害防除方法においては、前記微生物及び/又は前記低分子化キチンのアブラナ科植物への施与方法は特に制限されず、例えば、前記微生物及び/又は前記低分子化キチンの前記懸濁液を土壌や培養基に、混和し、又は散布してもよいが、植物の根元に灌注することが好ましい。また、植物に直接散布し、注入し、又は塗布してもよい。
【0044】
前記微生物の施用量は、通常、1m当たり(72穴セルトレイ(30cm×60cm)の約6枚分)、生菌数換算で1×10〜1×1013cfuであることが好ましく、1×1010〜1×1012cfuであることがより好ましい。また、植物1個体当たり、2×10〜5×1010cfuであることが好ましく、2×10〜5×10cfuであることがより好ましい。前記微生物の施用量が少なすぎると十分な防除効果が期待できず、多すぎると圃場の生物系を乱すことも考えられるので好ましくない。また、前記低分子化キチンの施用量は、通常、1m当たり(72穴セルトレイ(30cm×60cm)の約6枚分)、低分子化キチン換算で0.05〜500gであることが好ましく、0.5〜50gであることがより好ましい。また、植物1個体当たり、0.1〜1000mgであることが好ましく、1〜100mgであることがより好ましい。前記低分子化キチンの施用量が少なすぎると十分な防除効果が期待できず、多すぎると発病が促進される場合があるので好ましくない。
【0045】
前記微生物及び/又は前記低分子化キチンの施与時期やその期間は、特に制限されないが、本発明においては、植物の苗に施与することが好ましい。具体的には、圃場に移植される前のセルトレイやポット等で育苗されている苗に施与することが好ましい。この場合、圃場に移植される前の少なくとも1〜2日前から前記微生物及び/又は前記低分子化キチンを施与することが好ましい。これにより、植物の病害抵抗性を強力に誘導することができ、該苗を病原菌に汚染された圃場に植え付けても、病原菌の植物体への進入や増殖を顕著に抑制することができ、該植物の発病を効果的に抑制することができる。
【0046】
また、前記微生物及び/又は前記低分子化キチンを、根こぶ病に罹病した植物に施与することもできる。例えば、前記微生物及び/又は前記低分子化キチンの前記懸濁液を、根こぶ病に罹病した植物の根元に数回灌注することにより、発病した根より上部から、健全な根が新たに発現し、植物の生育を回復させることができる。
【0047】
本発明によれば、例えば、アブラナ科植物であるキャベツ、ハクサイ、カブ、ダイコン、カリフラワー、ブロッコリー等の育苗された苗に前記微生物及び/又は前記低分子化キチンを施与して根こぶ病の発生を効果的に抑制することができるだけでなく、根こぶ病に罹病した植物に前記微生物及び/又は前記低分子化キチンを施与して、発病した根より上部から、健全な根の発現を促進することができ、該植物個体の生育を回復させることができる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0049】
低分子化キチンとしては、低分子化キチン含有組成物である「低分子キチン」(焼津水産化学株式会社製)を水に懸濁して、20mg/mlの水懸濁液として用いた。この低分子化キチン含有組成物は、キチンの部分加水分解物(平均分子量10,000)を20〜25質量%含む組成物である。その組成を下記表2に示す。なお、前記低分子化キチン懸濁液を植物体に施用する際には、直前に十分かき混ぜて、懸濁液内容分をできるだけ均一に分散させてから施用した。
【0050】
【表2】

【0051】
以下の試験例において、スフィンゴモナス(Sphingomonas)属に属する微生物としては、上述した根こぶ病症状改善効果を有するスフィンゴモナスTF1401株(受託番号FERM P−20899)、スフィンゴモナスTF1402株(受託番号FERM P−20900)、スフィンゴモナスTF1403株、スフィンゴモナスTF1404株、スフィンゴモナスTF1405株、スフィンゴモナスTF1406株、スフィンゴモナスTF1407株、スフィンゴモナスTF1408株、スフィンゴモナスTF1409株を用いた。
【0052】
培養はKingB平面培地で行い、培養後、滅菌蒸留水に1×10cfu/mlとなるように懸濁して菌体懸濁液を調製した。なお、前記菌体懸濁液を植物体に施用する際には、直前に十分かき混ぜて、懸濁液内容分をできるだけ均一に分散させてから施用した。
【0053】
<試験例>
根こぶ病休眠胞子(Plasmodiophora brassicae)を市販の園芸培土に混和して汚染土壌を作成した。
【0054】
一方、キャベツ種子を、育苗培土を詰めた128穴セルトレイに播種し、約3週間温室で育苗した。これらの苗を汚染土壌に移植する10日前に、上記菌体懸濁液(1×10cfu/ml)をキャベツ苗1個体当たり約5mlずつ苗の根元の土壌に灌注した。また移植前日に、上記低分子化キチン懸濁液(20mg/ml)をキャベツ苗1個体当たり約4mlずつ苗の根元の土壌に灌注した。そして、その翌日に、苗を上記汚染土壌に植え付けて発病経過を観察した。また、比較のために、低分子化キチン懸濁液のみで苗の根元の土壌を灌注処理した場合の処理キャベツについても、上記汚染土壌に植え付け後、その発病経過を観察して、下記式(I)に従って発病度を算出した。なお、無処理の苗を未汚染土壌に植え付けたものを対照(健全)とした。その結果を図1に示す。
【0055】
【数1】

【0056】
図1から、スフィンゴモナスTF1401株(受託番号FERM P−20899)、スフィンゴモナスTF1402株(受託番号FERM P−20900)、スフィンゴモナスTF1405株の3菌株では、それらの菌液を前処理して低分子化キチンを後処理すると、他の菌株を用いた場合や、低分子化キチンを単独で処理した場合よりも高い発病抑制効果を示すことが分かる。このうち、スフィンゴモナスTF1401株(受託番号FERM P−20899)及びスフィンゴモナスTF1402株(受託番号FERM P−20900)の菌株では、スフィンゴモナスTF1405株よりもその発病抑制効果がより安定していた。
【0057】
<実施例1>
キャベツ種子を、育苗培土を詰めた128穴セルトレイに播種し、約2週間温室で育苗した。これらの苗を汚染土壌に移植する6日前、キャベツ苗1個体当たり約5mlずつのスフィンゴモナスTF1402株(受託番号FERM P−20900)菌体懸濁液(1×10cfu/ml)を、植物体の地上部及び株元土壌に噴霧した。また移植前日には、キャベツ苗1個体当たり約4mlずつの上記低分子化キチン懸濁液(20mg/ml)を、植物体の地上部及び株元土壌に噴霧した。そして、その翌日に、苗を上記汚染土壌に植え付けて発病経過を観察して、これを実施例1の試験区とした。なお、定植後7日目及び14日目には、上記低分子化キチン懸濁液を滅菌蒸留水で1mg/mlに希釈して、植物体の地上部及び株元土壌にキャベツ苗1個体当たり約4mlずつ散布した。
【0058】
<比較例1>
スフィンゴモナスTF1402株の菌体懸濁液のみで処理した以外は実施例1と同様にして、比較例1の試験区とした。
【0059】
<比較例2>
低分子化キチン懸濁液のみで処理した以外は実施例1と同様にして、比較例2の試験区とした。なお、定植後の低分子化キチン懸濁液の散布は行わなかった。
【0060】
<比較例3>
スフィンゴモナスTF1402株の菌体懸濁液あるいは低分子化キチン懸濁液での処理を行なわなかった以外は実施例1と同様にして、比較例3の試験区とした。
【0061】
上記実施例1及び比較例1〜3の各試験区ついて、植え付け後47日目の、根部肥大率、細根収量程度、地上部生産量を求めた。根部肥大率は下記式(II)に従って算出し、細根収量程度は下記式(III)に従って算出した。なお、無処理の苗を未汚染土壌に植え付けたものを対照(健全)とした。それぞれの結果を図2〜4に示す。
【0062】
【数2】

【0063】
【数3】

【0064】
図2〜4に明らかなように、スフィンゴモナスTF1402株(受託番号FERM P−20900)の菌体懸濁液と低分子化キチン懸濁液とを処理した試験区では、それらを単独で処理した場合と比較して、根こぶ病による根部組織の肥大や、細根量並びに地上部生重量の減少がより改善されていることがわかる。
【0065】
また、図5には、上記比較例3の(a)無処理区におけるキャベツ個体の根部の写真、及び上記実施例1の(b)スフィンゴモナスTF1402株の菌体懸濁液と低分子化キチン懸濁液とを処理した試験区におけるキャベツ個体の根部の写真を示す。図5からも、スフィンゴモナスTF1402株の菌体懸濁液と低分子化キチン懸濁液とを併用して処理することで,根こぶ病に罹病したキャベツ個体において、健全な根の生長が促進されることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】根こぶ病休眠胞子(Plasmodiophora brassicae)を市販の園芸培土に混和して作成した汚染土壌に、キャベツ苗を植え付けて栽培した際における発病度を示す図表である。
【図2】各試験区におけるキャベツ個体の根部肥大率の平均値を示す図表である。
【図3】各試験区におけるキャベツ個体の細根収量程度の平均値を示す図表である。
【図4】各試験区におけるキャベツ個体の地上部生産量の平均値を示す図表である。
【図5】(a)無処理区におけるキャベツ個体の根部の写真及び(b)スフィンゴモナスTF1402株の菌体懸濁液と低分子化キチン懸濁液とを処理した試験区におけるキャベツ個体の根部の写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スフィンゴモナスTF1401株(受託番号FERM P−20899)及びスフィンゴモナスTF1402株(受託番号FERM P−20900)から選ばれた少なくとも一種の微生物と、キチンを加水分解して得られる数平均分子量3,000〜50,000の低分子化キチンとを有効成分とするアブラナ科植物の根こぶ病害防除剤。
【請求項2】
前記アブラナ科植物がキャベツ、ハクサイ、カブ、ダイコン、カリフラワー、ブロッコリー、ワサビ、サントウサイ、タイサイ、コマツナ、ノザワナ、カラシナ、タカナ、カイラン、クレソン、又はケールから選ばれた少なくとも一種の植物である請求項1に記載のアブラナ科植物の根こぶ病害防除剤。
【請求項3】
スフィンゴモナスTF1401株(受託番号FERM P−20899)及びスフィンゴモナスTF1402株(受託番号FERM P−20900)から選ばれた少なくとも一種の微生物をアブラナ科植物に施与する微生物施与工程と、前記微生物施与工程の前に、同時に、又は後にキチンを加水分解して得られる数平均分子量3,000〜50,000の低分子化キチンを前記アブラナ科植物に施与するキチン施与工程とを含むことを特徴とするアブラナ科植物の根こぶ病害防除方法。
【請求項4】
前記微生物施与工程及び/又は前記キチン施与工程において、前記アブラナ科植物が生育する土壌又は培養基に前記微生物及び/又は前記低分子化キチンを混和し、散布し又は灌注して、前記微生物及び/又は前記低分子化キチンを前記アブラナ科植物に施与する請求項3に記載のアブラナ科植物の根こぶ病害防除方法。
【請求項5】
前記微生物施与工程及び/又は前記キチン施与工程において、前記アブラナ科植物に前記微生物及び/又は前記低分子化キチンを散布し、注入し又は塗布して、前記微生物及び/又は前記低分子化キチンを前記アブラナ科植物に施与する請求項3に記載のアブラナ科植物の根こぶ病害防除方法。
【請求項6】
前記アブラナ科植物の育苗時、定植時、又は定植後に前記微生物及び/又は前記低分子化キチンを施与する請求項3〜5のいずれか1つに記載のアブラナ科植物の根こぶ病害防除方法。
【請求項7】
前記アブラナ科植物が、アブラナ科植物の苗である請求項3〜5のいずれか1つに記載のアブラナ科植物の根こぶ病害防除方法。
【請求項8】
前記アブラナ科植物が、根こぶ病に羅病したアブラナ科植物である請求項3〜5のいずれか1つに記載のアブラナ科植物の根こぶ病害防除方法。
【請求項9】
前記スフィンゴモナス属に属する微生物を1×10〜1×1012cfu/ml含有する懸濁液を施与する請求項3〜8のいずれか1つに記載のアブラナ科植物の根こぶ病害防除方法。
【請求項10】
前記低分子化キチンを0.1〜100mg/ml含有する懸濁液を施与する請求項3〜9のいずれか1つに記載のアブラナ科植物の根こぶ病害防除方法。
【請求項11】
前記アブラナ科植物がキャベツ、ハクサイ、カブ、ダイコン、カリフラワー、ブロッコリー、ワサビ、サントウサイ、タイサイ、コマツナ、ノザワナ、カラシナ、タカナ、カイラン、クレソン、又はケールから選ばれた少なくとも一種の植物である請求項3〜10のいずれか1つに記載のアブラナ科植物の根こぶ病害防除方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−332110(P2007−332110A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−168339(P2006−168339)
【出願日】平成18年6月19日(2006.6.19)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】