説明

根こぶ病抵抗性アブラナ科植物の作出方法

【課題】根こぶ病抵抗性遺伝子を単離し、遺伝子組換えおよびマーカー選抜により効率的な根こぶ病抵抗性のアブラナ科植物を作出する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】マップベースクローニングにより単離した根こぶ病抵抗性遺伝子(Crr1)をアブラナ科植物に導入、発現させることにより、根こぶ病抵抗性のアブラナ科植物を作製することに成功した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、根こぶ病抵抗性遺伝子および該遺伝子を利用して根こぶ病抵抗性のアブラナ科植物を作出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
根こぶ病はPlasmodiophora brassicaeによって引き起こされ、国内ではハクサイ、カブ、ナバナ、ノザワナ、ツケナ、キャベツ、ブロッコリーなどアブラナ科野菜と海外ではナタネの土壌伝染性の難防除病害の一つである。発病株は根部がこぶ状に肥大するため養水分の吸収に支障をきたし、著しい生育の遅延や場合によっては枯死にいたる。本病は、一旦発生すると罹病株から大量の休眠胞子が土壌中に放出される。休眠胞子は土壌中に長期間にわたり発芽能力を残したまま存在するため、輪作による軽減効果が期待できず、連作圃場では年々菌密度が高まり、耕種的防除が困難になる点が特徴である。したがって化学合成農薬に頼った栽培かアブラナ科以外の野菜への転作に迫られる。
【0003】
Brassica rapaに属する結球性のハクサイの遺伝資源の中では根こぶ病抵抗性遺伝子は見出されず、野菜茶業試験場の吉川の精力的な研究により、Siloga、Gerlia、Millan white、77bなどヨーロッパ飼料用カブが有望な抵抗性素材であることが判明した(非特許文献1)。またこれらのヨーロッパ飼料用カブから複数の抵抗性遺伝子が見出されている。根こぶ病菌には病原性に多様性があり、これらを識別する方法として、European Clubroot Differential (ECD)法、Williams法(非特許文献2)などが提唱されてきた。日本においては国内で発生した菌株の病原性を判断する指標(非特許文献3)や入手が容易な品種を用いた分類法(非特許文献4、非特許文献5)が報告されている。
【0004】
ハクサイの抵抗性品種(Clubroot Resistance;CR品種)の育成に関しては、Brassica.rapaの中から抵抗性の主働遺伝子が見出され、精度の高い抵抗性検定手法の考案、病原性差異を判別できる方法の確立により、野菜茶業試験場から6つのはくさい中間母本が発表されるとともに、民間種苗会社からハクサイの根こぶ病抵抗性品種が育成された。一方で、根こぶ病菌のレース分化と拡散の早さに抵抗性育種が追い付かず、根こぶ病抵抗性品種の抵抗性が失われ、罹病化する事例が多く報告されるようになった。分離された根こぶ病菌株の中には、多くの抵抗性品種に対して加害する、広い宿主範囲をもつ菌株も目立ってきた。そのため抵抗性品種の栽培においても化学合成農薬や根こぶ病軽減を謳う資材の投入がなされている。ネビジンやフロンサイトなどの化学合成農薬の使用は農家に多大の経費や労力の負担を強いている。望まれるのは根こぶ病菌の幅広いレースに対応可能なCR品種の開発である。具体的には導入されている抵抗性遺伝子を複数個に集積することである。しかし従来の根こぶ病抵抗性といった表現型による選抜では、精度や効率性の点で問題がある。さらにキャベツやブロッコリーが属するB.oleraceaでは主働遺伝子が少なく、抵抗性を発揮するには複数の抵抗性遺伝子を集積することが必要であるため、抵抗性品種の育種・育成は極めて困難な作業と考えられている。
【0005】
社会的に求められているのは、化学合成農薬を使用しなくても栽培可能な抵抗性品種を育成することであるが、上述したとおり、目標の達成のためには技術的に解決しなければならない点が多く存在する。
【0006】
なおこれまでにアブラナ科植物の根こぶ病については抵抗性遺伝子の単離に関する論文報告はない。また京都府立大の研究グループがヨーロッパ飼料用カブ「Milan White」に由来するCrr3を単離途中で、現在、形質転換による確認を行っていることを把握している。遺伝子組換えによる根こぶ病抵抗性を付与した事例は、ニトリラーゼプロモーターに抗菌性ペプチド(タイワンカブトムシ由来スカラベシン)遺伝子を連結しブロッコリーに導入し抵抗性個体を作出したのみである(特許文献1)。現在の抵抗性品種の育成は、交配選抜育種が主体である。
【0007】
B.rapaにおける選抜育種を効果的に行うマーカーの開発では、RA1275(非特許文献6)、Crr1、Crr2(非特許文献7)、Crr3(非特許文献8、非特許文献9)、Crr4(非特許文献7)、CRa(非特許文献10、非特許文献11)、CRb(非特許文献12)、CRc、CRk(非特許文献13)などが多くの遺伝子座が報告されている。特許出願等を行っているのは、野菜茶業研究所以外ではルタバカ由来の抵抗性に連鎖するマーカー(特許文献2)である。
【0008】
野菜茶業研究所におけるCrr1とCrr2に連鎖するDNAマーカーとしてBRMS-173とBRMS-088(以上Crr1)、BRMS-096とBRMS-100(以上Crr2)を開発し、その利用について特許を所得している(特許文献3)。B.oleraceaに関するマーカー開発は主働遺伝子よりも寄与率の比較的小さな遺伝子座の報告があり、近年Nagaoka(2010)らによりpb-Anju-01等のQTLが報告されている(非特許文献14)ものの、育種現場での利用は少ないと推定されている。
【0009】
さらに過去に、遺伝子組換え技術を用いて根こぶ病抵抗性を付与した植物が育成された例は1件である。これは根こぶ病菌に感染時に特異的に発現される遺伝子のプロモーターと抗菌性のペプチドを機能的に連結しブロッコリーに導入し抵抗性を確認したものであり、プロモーターの利用が特許申請されている(特許文献1)。しかしこのプロモーターと遺伝子セットを導入して得られた植物の発病指数は1.36から1.50であった。また根こぶ病抵抗性遺伝子そのものを使用して遺伝子組換え技術による抵抗性付与は行われていなかった。
【0010】
ハクサイ類に関する根こぶ病抵抗性選抜用のマーカーは上述の通り多くの報告はあるがどの程度育種現場で使用されているかは不明である。Crr1は4 cM離れたBRMS-173とBRMS-088のほぼ真ん中に位置していることが分かっている。即ちCrr1に連鎖するBRMS-173とBRMS-088の各マーカーはCrr1とはともに2 cM程度離れているため、マーカー座と抵抗性遺伝子座間である一定の確率で組換えが起こることを確認している。このようにマーカー座と抵抗性遺伝子座の間で組換えが生じる可能性が排除できない場合には、遺伝子座を挟み込む2つのマーカーによる選抜や交配後に得られた後代を根こぶ病抵抗性検定により、抵抗性遺伝子の遺伝を確認する必要性がある。
【0011】
なおCrr1の候補となる遺伝子を絞り込んだ情報がいくつかあるが(非特許文献15〜18)、いずれもCrr1であるという証明には至っておらず、配列情報も明らかにされていない。マップベースクローニングにより絞り込んだゲノム領域には複数のORFが存在し、それらのうちどれがCrr1の抵抗性遺伝子であるのか不明であった。またRT-PCRにより発現している遺伝子の全領域を明らかにしようとしたが、増幅されたクローンはすべて同じではなく、どのクローンがCrr1であるかを決定することはできなかった。すべての増幅クローンを比較検討した結果、イントロン部分でのスプライシングがうまく機能していなかった等予見できぬ事態があった。そのため、公開された内容だけではどの部分が遺伝子であるかを理解することは到底できないと考えられた。
【0012】
以下に本出願の発明に関連する先行技術文献情報を示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特許公開2009-178090
【特許文献2】特許公開2005-176619
【特許文献3】特許第4366494号
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】吉川宏昭、野菜茶試研報、(1993)7:1-465.
【非特許文献2】Williams, P. H., Phytopathology, (1966) 56: 624-626.
【非特許文献3】Kuginuki Y. et al, Eur J Plant Pathol, (1999) 105:327-332
【非特許文献4】Hatakeyama K. et al., Breed Sci., (2004) 54,197-201.
【非特許文献5】畠山勝徳ら、園芸学研究、(2008) 7(別2)180.
【非特許文献6】Kuginuki, Y. et al., Euphytica, (1997) 98.149-154
【非特許文献7】Suwabe, K. et al., Theor Appl Genet, (2003) 107: 997-1002
【非特許文献8】Hirai, M. et al., Theor Appl Genet, (2003) 108: 639-643.
【非特許文献9】Saito M. et al., Theor Appl Genet, (2009) 114:81-91
【非特許文献10】Matsumoto E. et al, Euphytica, (1998) 104:79-86
【非特許文献11】Hayashida N. et al., J Jpn Soc Hortic Sci, (2008) 77:150-154.
【非特許文献12】Piao, Z. Y. et al., Theor Appl Genet, (2004) 108:1458-1465.
【非特許文献13】Sakamoto K. et al., Theor Appl Genet, (2009) 117:759-767.
【非特許文献14】Nagaoka T.,et al., Theor.Appl.Genet.,(2010) 120: 1335-1346
【非特許文献15】松元哲、外3名、"ハクサイ根こぶ病抵抗性の分子遺伝学的解析と育種への応用"、[online]、KAKEN、インターネット<URL:http://kaken.nii.ac.jp/en/p/19380008>
【非特許文献16】松元哲、加藤丈幸、外5名、"(1)マーカー選抜によるハクサイ根こぶ病抵抗性実用品種の育成、(2)ハクサイF1品種「秋理想」の根こぶ病抵抗性に連鎖するDNAマーカー"、[online]、インターネット<URL:http://www.nacos.com/jsb/06/06PDF/117th_611_612.pdf>
【非特許文献17】Satoru Matsumoto、"Map Based Cloning of the Clubroot Resistance Gene, Crr1, in Brassica rapa L."、[online]、2008年9月9日 Brassica2008-Lillehammer-Norway, CLUBROOT SESSION、インターネット<URL:http://www.brassica2008.no/clubroot.html>
【非特許文献18】松元哲、外3名、"ハクサイ根こぶ病抵抗性に関与する候補遺伝子(crr1)の単離"、[online]、平成20年9月28日、園芸学会、インターネット<URL:http://www.jshs.jp/modules/tinyd4/index.php?id=7>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、根こぶ病抵抗性遺伝子を単離し、遺伝子組換えおよびマーカー選抜により効率的な根こぶ病抵抗性のアブラナ科植物の作出する手法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意研究を行った。
効率的な育種を推進するためには、遺伝子組換え技術を用いて抵抗性遺伝子の導入によって育成を図る方法と、交配が容易な種には、遺伝子座周辺のゲノム情報を活用してマーカー選抜により抵抗性品種を育成する方法がある。本発明者らは、根こぶ病抵抗性遺伝子を単離し、遺伝子組み換えおよびマーカー選抜により効率的な根こぶ病抵抗性のアブラナ科植物を作出する方法を提供する。
【0017】
具体的には、まず本発明者らは、根こぶ病抵抗性遺伝子を単離することに成功した。単離したCrr1のcDNAを35Sカリフラワーモザイクウイルスプロモーターおよびレタスユビキチンプロモーターに連結しシロイヌナズナで発現させることにより、根こぶ病に対して罹病性のシロイヌナズナが強い抵抗性を示すことを確認した。本法を用いれば、B.oleraceaに属するキャベツ、ブロッコリー、B.napusのナタネなど交配を通じて遺伝子導入ができない種に対しても根こぶ病抵抗性を付与できると考えられる。
【0018】
また、根こぶ病抵抗性遺伝子cDNAまたはゲノムDNAを発現制御可能なプロモーターまたは根こぶ病抵抗性遺伝子独自のプロモーターに連結し、当該遺伝子を植物体で発現可能なカセットを作製し、(キャベツ、ブロッコリー、ナタネなどの)アブラナ科植物の形質転換植物を育成した。得られた形質転換植物の種子を用いて根こぶ病抵抗性遺伝子による抵抗性植物を育成した例はなく、新しい作製法である。
【0019】
またCrr1のゲノム上の構造を明らかにし、Crr1を有していない個体とDNA配列が部分的に挿入・欠失した個所が複数存在することを明らかにした。これらの個所を標的にマーカー化を行うことにより、DNA多型を通じて抵抗性の有無を判定することができる。この場合、用いている情報は遺伝子領域であるため、マーカー座と抵抗性遺伝子座間の組換えは起こらないため、極めて精度の高い選抜が可能になる。
【0020】
即ち本発明は以下に関する。
〔1〕 以下の(a)から(d)のいずれかに記載の、根こぶ病菌抵抗性を有するポリヌクレオチド;
(a)配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(b)配列番号:1に記載の塩基配列のコード領域を含むポリヌクレオチド、
(c)配列番号:2に記載のアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(d)配列番号:1記載の塩基配列の相補鎖にストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
〔2〕 植物細胞で発現可能なプロモーター領域の下流に、〔1〕に記載のポリヌクレオチドが機能的に結合したベクター。
〔3〕 〔2〕に記載のベクターが導入された形質転換植物細胞。
〔4〕 〔3〕に記載の形質転換植物細胞から再生された、根こぶ病菌抵抗性活性を有する植物体。
〔5〕 〔4〕に記載の植物体の子孫またはクローンである、根こぶ病菌抵抗性活性を有する植物体。
〔6〕 〔4〕または〔5〕に記載の根こぶ病菌抵抗性活性を有する植物体の繁殖材料。
〔7〕 配列番号:1もしくは配列番号:3に記載の塩基配列、または該塩基配列の部分配列もしくは周辺配列を含むDNA領域を検出する工程を含む、被検植物体または被検繁殖媒体の根こぶ病菌抵抗性を判定する方法。
〔8〕 以下の(i)から(iii)の工程を含む、〔7〕に記載の判定方法;
(i)被検植物体または被検繁殖媒体からDNA試料を調製する工程、
(ii)該DNA試料から配列番号:1もしくは配列番号:3に記載の塩基配列、または該塩基配列の部分配列もしくは周辺配列を含むDNA領域を増幅する工程、
(iii)根こぶ病菌抵抗性の植物体または繁殖媒体から、配列番号:1もしくは3に記載の塩基配列、または該塩基配列の部分配列もしくは周辺配列を含むDNA領域を増幅したDNA断片と、工程(ii)において増幅したDNA断片の分子量または塩基配列を比較する工程。
〔9〕 〔7〕または〔8〕に記載の判定方法により、根こぶ病菌抵抗性遺伝子を有する植物体またはその種子を選抜する方法。
〔10〕 以下の(i)および(ii)の工程を含む、根こぶ病菌抵抗性活性を有する植物体またはその種子の製造方法;
(i)〔2〕に記載のベクターを植物細胞に導入する工程、および
(ii)前記工程(i)においてベクターが導入された形質転換植物細胞から植物体を再生する工程。
〔11〕 〔1〕に記載のポリヌクレオチドを植物細胞内で発現させる工程を含む、植物体もしくはその種子に根こぶ病抵抗性活性を付与する方法。
〔12〕 〔1〕に記載のポリヌクレオチド、または〔2〕に記載のベクターを植物細胞へ導入する工程を含む、〔11〕に記載の方法。
〔13〕 以下の(a)および(b)の工程を含む、〔11〕に記載の方法;
(a)〔1〕に記載のポリヌクレオチドを有する植物と他の植物とを交雑させる工程、および
(b)前記ポリヌクレオチドを有する植物体を選抜する工程。
〔14〕 植物がアブラナ科植物である、〔7〕〜〔13〕のいずれかに記載の方法。
〔15〕 〔7〕〜〔14〕のいずれかに記載の方法によって取得される植物体またはその種子。
〔16〕 人為的に作製された植物体またはその種子であって、〔1〕に記載のポリヌクレオチドを有し根こぶ病菌抵抗性活性を有することを特徴とする植物体またはその種子。
〔17〕 植物がアブラナ科植物である、〔15〕もしくは〔16〕に記載の植物体またはその種子。
〔18〕 配列番号:1または配列番号:3に記載の塩基配列とストリンジェントな条件で特異的にハイブリダイズし、少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有するオリゴヌクレオチドを含む、被検植物の根こぶ病菌抵抗性活性を検出するためのプライマー。
〔19〕 配列番号:1または配列番号:3に記載の塩基配列とストリンジェントな条件で特異的にハイブリダイズし、少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有するオリゴヌクレオチドを含む、被検植物の根こぶ病菌抵抗性活性を検出するためのプローブ。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、根こぶ病抵抗性遺伝子が単離され、該遺伝子を用いる遺伝子組換えおよびマーカー選抜により効率的な根こぶ病抵抗性のアブラナ科植物を作成することが可能となった。特に、マーカー選抜を行う場合にはCrr1またはその周辺配列をマーカーにすることにより、マーカーと遺伝子との間で組換えが起こらないため選抜効果が極めて高い技術を得ることが可能になった。また通常の連鎖マーカーでは、マーカー遺伝子型が抵抗性と罹病性個体間で一致しマーカー選抜ができないことが起きる。しかし今回、抵抗性遺伝子の全塩基配列が明らかになったため、抵抗性と罹病性個体間での塩基配列の違いは必ず見つかり、マーカーを開発することが容易に可能になった。これにより、化学合成農薬に頼った栽培、根こぶ病軽減を謳う資材などに頼る必要性が低くなると考えられる。即ち、農家の経費や労力を多いに減らすことができるだけでなく、圃場における連作が可能となり、効率的な農場経営が可能になるものと期待される。さらに化学合成農薬使用の低減は、消費者の健康にも望ましいことである。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】根こぶ病抵抗性遺伝子座Crr1付近の詳細地図である。BSA7はシロイヌナズナとのシンテニー解析により得られたマーカーで、1920個の分離集団を用いた解析ではCrr1とは共分離した。
【図2】Crr1近傍のBSA7から染色体歩行によりつないだBACクローンを示す図である。BSA7の配列を含む複数個のBACクローンを単離し、BSA7とBSA2の間は7個のクローンでカバーした。得られたBACの末端配列を利用してマーカーを開発し、Crr1座乗位置の詳細化を実施した。
【図3】Crr1座付近において相同組換えによって近傍のマーカー間で組換えが起こったF2個体のマーカー遺伝子型とその個体のF3世代での抵抗性の有無を示す図である。黒塗り部分は罹病性品種はくさい中間母本農7号(以下PL7)、縞模様塗り部分は抵抗性系統G004のゲノムを表している。1075、764、572のF3個体はいずれも罹病性を示し、抵抗性遺伝子を有していなかった。そのためCrr1はB359C3のBSA7側、B359H7 のBZ2-DraI側には座乗しておらず、B355H7とB359C3間に座乗していることが強く示唆された。
【図4】抵抗性系統G004と罹病性品種PL7とのCrr1を含むゲノム領域の比較による主要な(10 bpを超える)挿入(Insertion)・欠失(Deletion)配列とCrr1の翻訳領域(黒塗り部分)を示す図である。InはG004に比較してPL7で挿入されている配列、Delは欠失している配列であり、先頭の数字は塩基数である。
【図5】相補実験にもちいたCrr1の配列(配列番号:1)を示す。開始コドンと終止コドンには下線を付けた。
【図6】Crr1のアミノ酸配列(配列番号:2)を示す。1224個のアミノ酸残基への翻訳が推定された。
【図7】アミノ酸配列から推定されたCrr1タンパク質の構造を示す図である。
【図8】RT-PCRによるCrr1の葉、根における抵抗性系統(R4-8-1)と罹病性品種PL7との発現の違いを示す写真である。R:根、L:葉、V-ATPは常に発現している遺伝子(陽性対照)である。
【図9】相補実験にもちいたコンストラクトを示す図である。Crr1 cDNA: Crr1 cDNA配列、NPT II: カナマイシン耐性遺伝子、LsUb-Pro: レタス・ユビキチンプロモーター、LsUb-Ter: レタス・ユビキチンターミネーター。
【図10】レタス・ユビキチンプロモーター(Up)::Crr1 cDNA導入シロイヌナズナの表現型を示す写真である。Crr1導入個体では、Ano-01に対して抵抗性を示した。
【図11】B359C3の増幅断片長の比較による根こぶ病抵抗性遺伝子Crr1の有無の判定結果を示す写真である。A、F1、PL9の各DNAをテンプレートにB359C3でPCR増幅断片長をアガロースゲル電気泳動により分画した。A: Crr1を持たない個体、F1: Crr1をヘテロで有する個体、PL9: Crr1をホモで有する個体、M:100 bpラダーDNAサイズマーカー。
【図12】抵抗性系統G004と罹病性品種PL7について塩基配列比較を行った結果を示す図である。罹病性品種PL7においては、開始コドンの60 bp下流に357 bpが挿入されており、エクソン1にインフレームで終止コドンが存在していることが明らかとなった。図中G004で示された配列は、配列番号:3の第2525位〜第2707位を示す。図中PL7で示された配列は、配列番号:13の第2602位〜第3141位を示す。
【図13−1】抵抗性系統G004のゲノム配列(配列番号:3)と罹病性品種PL7のゲノム配列(配列番号:13)の配列比較結果を示す図である。
【図13−2】図13−1の続きの図である。
【図13−3】図13−2の続きの図である。
【図13−4】図13−3の続きの図である。
【図13−5】図13−4の続きの図である。
【図13−6】図13−5の続きの図である。
【図13−7】図13−6の続きの図である。
【図13−8】図13−7の続きの図である。
【図13−9】図13−8の続きの図である。
【図13−10】図13−9の続きの図である。
【図13−11】図13−10の続きの図である。
【図13−12】図13−11の続きの図である。
【図13−13】図13−12の続きの図である。
【図13−14】図13−13の続きの図である。
【図13−15】図13−14の続きの図である。
【図13−16】図13−15の続きの図である。
【図13−17】図13−16の続きの図である。
【図13−18】図13−17の続きの図である。
【図13−19】図13−18の続きの図である。
【図13−20】図13−19の続きの図である。
【図13−21】図13−20の続きの図である。
【図13−22】図13−21の続きの図である。
【図13−23】図13−22の続きの図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明者らによって、根こぶ病菌抵抗性を有する遺伝子が単離された。本発明の上記遺伝子の好ましい態様としては、例えばハクサイのCrr1遺伝子が挙げられる。
【0024】
本発明において「根こぶ病菌抵抗性を有する」とは、対象となる植物が根こぶ病菌に対し抵抗性を有することだけでなく、対象となる植物に対し根こぶ病菌に対する抵抗性を付与することも指す。
【0025】
本発明によって同定されたCrr1遺伝子のゲノム配列を配列番号:3に、cDNAの塩基配列を配列番号:1に、該塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を配列番号:2に示す。
【0026】
即ち本発明は、根こぶ病菌抵抗性を有する以下の(a)から(d)のいずれかに記載のポリヌクレオチドを提供する;
(a)配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(b)配列番号:1に記載の塩基配列のコード領域を含むポリヌクレオチド、
(c)配列番号:2に記載のアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(d)配列番号:1および配列番号:3記載の塩基配列の相補鎖にストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
【0027】
本発明においては、上記(a)から(d)のいずれかに記載のポリヌクレオチドについて、「本発明のポリヌクレオチド」と記載する場合がある。
【0028】
また本発明において用いられる「ポリヌクレオチド」とは、リボヌクレオチドもしくはデオキシヌクレオチドであって、複数の塩基または塩基対からなる重合体を意味する。ポリヌクレオチドには、一本鎖型および二本鎖型のDNAが含まれる。ポリヌクレオチドには、天然に存在する状態から修飾されていないもの、および修飾されているものの双方が含まれる。修飾された塩基としては、例えば、トリチル化された塩基およびイノシンのような特殊な塩基が挙げられる。
【0029】
本発明における「核酸」とはRNAまたはDNAを意味する。また、所謂PNA (peptide nucleic acid)等の化学合成核酸アナログも、本発明の核酸に含まれる。PNAは、核酸の基本骨格構造である五単糖・リン酸骨格を、グリシンを単位とするポリアミド骨格に置換したもので、核酸によく似た3次元構造を有する。
【0030】
また本発明における根こぶ病菌抵抗性を有するポリヌクレオチドは、必ずしも配列表に具体的に記載された塩基配列からなるポリヌクレオチドや、配列表に具体的に記載されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドに限定されない。
【0031】
上記以外のタンパク質であっても、例えば配列表に記載された配列と高い相同性(通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%、96%、97%、98%、99%以上)を有し、かつ、本発明のタンパク質が有する機能(例えば、根こぶ病菌抵抗性等)を保持する場合には、本発明のタンパク質に含まれる。
【0032】
本発明のポリヌクレオチドには、例えば、配列番号:1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドに対応する他の生物(植物)における内在性のポリヌクレオチド(ホモログ等)が含まれる。
【0033】
また、配列番号:1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドに対応する他の生物における内在性のポリヌクレオチドは、一般的に、配列番号:1に記載のポリヌクレオチドと高い相同性を有する。高い相同性とは、50%以上、好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上(例えば、95%以上、さらには96%、97%、98%または99%以上)の相同性を意味する。この相同性は、mBLASTアルゴリズム(Altschul et al. (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87: 2264-8; Karlin and Altschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90: 5873-7)によって決定することができる。
【0034】
また、該ポリヌクレオチドは、生体内から単離した場合、配列番号:1に記載のポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズすると考えられる。ここで「ストリンジェントな条件」としては、例えば「2×SSC、0.1%SDS、50℃」、「2×SSC、0.1%SDS、42℃」、「1×SSC、0.1%SDS、37℃」、よりストリンジェントな条件として「2×SSC、0.1%SDS、65℃」、「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」および「0.2×SSC、0.1%SDS、65℃」の条件を挙げることができる。当業者においては、他の生物における配列番号:1に記載のポリヌクレオチドに相当する内在性のポリヌクレオチドを、配列番号:1に記載の塩基配列を基に適宜取得することが可能である。
【0035】
本発明には、本発明のポリヌクレオチドによってコードされるタンパク質も含まれる。本発明では、本発明のポリヌクレオチドによってコードされるタンパク質について、「本発明のタンパク質」と記載する場合がある。
【0036】
また本発明において用いられる「タンパク質」とは、複数のアミノ酸からなる重合体を意味する。したがって、本発明のタンパク質には、いわゆる「ポリペプチド」や「オリゴペプチド」も含まれる。本発明のタンパク質は、天然に存在する状態から修飾されていないもの、および修飾されているものの双方を含む。修飾としては、アセチル化、アシル化、ADP-リボシル化、アミド化、フラビンの共有結合、ヘム部分の共有結合、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体の共有結合、脂質または脂質誘導体の共有結合、ホスファチジルイノシトールの共有結合、架橋、環化、ジスルフィド結合の形成、脱メチル化、共有架橋の形成、シスチンの形成、ピログルタメートの形成、ホルミル化、γ-カルボキシル化、グリコシル化、GPIアンカー形成、ヒドロキシル化、ヨウ素化、メチル化、ミリストイル化、酸化、タンパク質分解処理、リン酸化、プレニル化、ラセミ化、セレノイル化、硫酸化、アルギニル化のようなタンパク質へのアミノ酸の転移RNA媒介付加、ユビキチン化などが含まれる。
【0037】
本発明のタンパク質は、そのアミノ酸配列に従い、一般的な化学合成法により製造することが可能であり、この方法には、通常の液相法および固相法によるペプチド合成法が包含される。かかるペプチド合成法は、より詳しくはアミノ酸配列の情報に基づいて、各アミノ酸を1個ずつ逐次合成させて鎖を延長していくステップワイズエロンゲーション法、アミノ酸数個からなるフラグメントを予め合成し、次いで各フラグメントをカップリング反応させるフラグメント・コンデンセーション法等が含まれていてよく、本発明のタンパク質の合成は、いずれの方法を用いてもよい。
【0038】
このようなペプチド合成法にて用いられる縮合法も、各種方法に従って行うことができ、例えば、例えばアジド法、混合酸無水物法、DCC法、活性エステル法、酸化還元法、DPPA(ジフェニルホスホリルアジド)法、ウッドワード法等が挙げられる。
【0039】
これら各種方法に利用する溶媒もまた、一般的に使用されるものを適宜利用することができる。例えばジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ヘキサホスホロアミド、ジオキサン、テトラヒドロフラン(THF)、酢酸エチル等およびこれらの混合溶媒等を挙げることができる。なお、上記ペプチド合成反応に際して、反応に関与しないアミノ酸およびペプチドにおけるカルボキシル基は、一般にはエステル化により、例えばメチルエステル、エチルエステル、第三級ブチルエステル等の低級アルキルエステル、例えばベンジルエステル、P−メトキシベンジルエステル、P−ニトロベンジルエステルアラルキルエステル等として保護することができる。また、側鎖に官能基を有するアミノ酸、例えばTyrの水酸基は、アセチル基、ベンジル基、ベンジルオキシカルボニル基、第三級ブチル基等で保護されてもよいが、必ずしもかかる保護は必須ではない。また、例えば、Argのグアニジノ基は、ニトロ基、トシル基、2−メトキシベンゼンスルホニル基、メチシレン−2−スルホニル基、ベンジルオキシカルボニル基、イソボルニルオキシカルボニル基、アダマンチルオキシカルボニル基等の適当な保護基により保護することができる。
【0040】
本発明のタンパク質には、例えば、本発明のタンパク質と機能的に同等なタンパク質が含まれる。ここで「機能的に同等」とは、対象となるタンパク質が本発明のタンパク質と同様・あるいは同等の生物学的あるいは生化学的機能(活性)を有することを指す。このような機能としては、例えば、根こぶ病菌抵抗性あるいは根こぶ病菌抵抗性活性等を挙げることができる。
【0041】
あるポリヌクレオチドが、根こぶ病菌抵抗性を有するタンパク質をコードするか否かを評価するための最も一般的な方法としては、該ポリヌクレオチドが導入された植物を栽培し、植物体の根こぶ病菌抵抗性の程度を評価する方法が挙げられる。
【0042】
あるタンパク質と機能的に同等なタンパク質を調製するための、当業者によく知られた方法としては、例えばタンパク質中のアミノ酸配列に変異を導入する方法が挙げられる。例えば当業者であれば、部位特異的変異誘発法(Hashimoto-Gotoh, T. et al. (1995) Gene 152, 271-275、Zoller, MJ, and Smith, M.(1983) Methods Enzymol. 100, 468-500、Kramer, W. et al. (1984) Nucleic Acids Res. 12, 9441-9456、Kramer W, and Fritz HJ(1987) Methods. Enzymol. 154, 350-367、Kunkel,TA(1985) Proc Natl Acad Sci USA. 82, 488-492、Kunkel (1988) Methods Enzymol. 85, 2763-2766)などを用いて、配列番号:2に記載のアミノ酸配列に適宜変異を導入することにより、該タンパク質と機能的に同等なタンパク質を調製することができる。また、タンパク質中のアミノ酸の変異は自然に生じることもある。このように、人工的か自然に生じたものかを問わず、配列番号:2に記載のアミノ酸配列において1もしくは複数のアミノ酸配列が変異したアミノ酸配列を有し、該タンパク質と機能的に同等なタンパク質は、本発明のタンパク質に含まれる。
【0043】
上記タンパク質には、本発明のタンパク質の有する機能が保持される限り制限はないが、例えば配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、1または複数のアミノ酸が付加、欠失、置換、挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質が含まれる。改変されるアミノ酸の数は、改変後のタンパク質が、前記機能を有している限り、特に制限はないが、一般的には、50アミノ酸以内、好ましくは30アミノ酸以内、より好ましくは10アミノ酸以内(例えば、5アミノ酸以内、3アミノ酸以内)である。あるいは、アミノ酸配列全体のうち、例えば20%以下、具体的には10%以下(例えば、10、9、8、7、6、5、4、3、2、または1%以下)のアミノ酸残基の改変は許容される。すなわち、配列番号:2に記載のアミノ酸配列と、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上(例えば、90、91、92、93、94、95、96、97、98、99%以上)の相同性を有するアミノ酸配列を含むタンパク質も、本発明のタンパク質に含まれる。
【0044】
一般にタンパク質の機能の維持のためには、置換するアミノ酸は、置換前のアミノ酸と類似の性質を有するアミノ酸であることが好ましい。このようなアミノ酸残基の置換は、保存的置換と呼ばれている。例えば、Ala、Val、Leu、Ile、Pro、Met、Phe、Trpは、共に非極性アミノ酸に分類されるため、互いに似た性質を有する。また、非荷電性アミノ酸としては、Gly、Ser、Thr、Cys、Tyr、Asn、Glnが挙げられる。また、酸性アミノ酸としては、AspおよびGluが挙げられる。また、塩基性アミノ酸としては、Lys、Arg、Hisが挙げられる。これらの各グループ内のアミノ酸置換は許容される。
【0045】
変異するアミノ酸残基としては、アミノ酸側鎖の性質が保存されている別のアミノ酸に変異されることが望ましい。例えばアミノ酸側鎖の性質としては、疎水性アミノ酸(A、I、L、M、F、P、W、Y、V)、親水性アミノ酸(R、D、N、C、E、Q、G、H、K、S、T)、脂肪族側鎖を有するアミノ酸(G、A、V、L、I、P)、水酸基含有側鎖を有するアミノ酸(S、T、Y)、硫黄原子含有側鎖を有するアミノ酸(C、M)、カルボン酸およびアミド含有側鎖を有するアミノ酸(D、N、E、Q)、塩基含有側鎖を有するアミノ離(R、K、H)、芳香族含有側鎖を有するアミノ酸(H、F、Y、W)を挙げることができる(括弧内はいずれもアミノ酸の一文字表記を表す)。
【0046】
あるアミノ酸配列に対する1または複数個のアミノ酸残基の欠失、付加および/または他のアミノ酸による置換により修飾されたアミノ酸配列を有するタンパク質がその生物学的機能(活性)を維持し得ることはすでに知られている(Mark, D. F. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1984) 81, 5662-5666 、Zoller, M. J. & Smith, M. Nucleic Acids Research (1982) 10, 6487-6500 、Wang, A. et al., Science 224, 1431-1433 、Dalbadie-McFarland, G. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1982) 79, 6409-6413)。
【0047】
具体的なアミノ酸配列(例えば、配列番号:2)が開示された場合なら、当業者であれば、当該アミノ酸配列を基に、適宜アミノ酸が改変された配列からなるタンパク質を作製し、当該タンパク質について、所望の機能を有するか否かを評価し、本発明のタンパク質を適宜選択することが可能である。
【0048】
本発明のタンパク質のアミノ酸配列に複数個のアミノ酸残基が付加されたタンパク質には、これらタンパク質を含む融合タンパク質が含まれる。融合タンパク質は、これらタンパク質と他のタンパク質とが融合したものである。融合タンパク質を作製する方法は、本発明のタンパク質(例えば、配列番号:2)をコードするポリヌクレオチド(例えば、配列番号:1)と他のタンパク質をコードするポリヌクレオチドをフレームが一致するように連結してこれを発現ベクターに導入し、宿主で発現させればよく、当業者に公知の手法を用いることができる。本発明のタンパク質との融合に付される他のペプチドまたはポリペプチドは、特に制限されない。
【0049】
本発明のタンパク質との融合に付される他のタンパク質としては、例えば、GST(グルタチオン−S−トランスフェラーゼ)、イムノグロブリン定常領域、β−ガラクトシダーゼ、MBP(マルトース結合タンパク質)等が挙げられる。市販されているこれらタンパク質をコードするポリヌクレオチドを本発明のタンパク質をコードするポリヌクレオチドと融合させ、これにより調製された融合ポリヌクレオチドを発現させることにより、融合タンパク質を調製することができる。
【0050】
またあるタンパク質と機能的に同等なタンパク質を調製する当業者によく知られた他の方法としては、ハイブリダイゼーション技術(Sambrook,J et al., Molecular Cloning 2nd ed., 9.47-9.58, Cold Spring Harbor Lab. press, 1989)を利用する方法が挙げられる。即ち、当業者であれば、本発明のタンパク質をコードするポリヌクレオチド(配列番号:1に記載の塩基配列)もしくはその一部をもとに、同種または異種生物に由来するポリヌクレオチド試料から、これと相同性の高いポリヌクレオチドを単離して、該ポリヌクレオチドから本発明のタンパク質と機能的に同等なタンパク質を単離することも通常行いうることである。
【0051】
本発明には、本発明のタンパク質をコードするポリヌクレオチドとハイブリダイズするポリヌクレオチドによってコードされるタンパク質であって、本発明のタンパク質と機能的に同等なタンパク質も含まれる。
【0052】
本発明のタンパク質と機能的に同等なタンパク質をコードするポリヌクレオチドを単離するためのハイブリダイゼーションの条件は、当業者であれば適宜選択することができる。ハイブリダイゼーションの条件としては、例えば、低ストリンジェントな条件が挙げられる。低ストリンジェントな条件とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、例えば42℃、0.1×SSC、0.1%SDSの条件であり、好ましくは50℃、0.1×SSC、0.1%SDSの条件である。より好ましいハイブリダイゼーションの条件としては、高ストリンジェントな条件が挙げられる。高ストリンジェントな条件とは、例えば65℃、5×SSCおよび0.1%SDSの条件である。これらの条件において、温度を上げる程に高い相同性を有するDNAが効率的に得られることが期待できる。但し、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度や塩濃度など複数の要素が考えられ、当業者であればこれら要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0053】
また、ハイブリダイゼーションにかえて、遺伝子増幅技術(PCR)(Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987) Publish. John Wiley & Sons Section 6.1-6.4)を用いて、本発明のタンパク質をコードするポリヌクレオチド(例えば、配列番号:1)の一部を基にプライマーを設計し、本発明のタンパク質をコードするポリヌクレオチドと相同性の高いポリヌクレオチドの断片を単離し、該ポリヌクレオチドを基に本発明のタンパク質と機能的に同等なタンパク質を取得することも可能である。
【0054】
本発明のタンパク質は「成熟」タンパク質の形であっても、融合タンパク質のような、より大きいタンパク質の一部であってもよい。本発明のタンパク質には、リーダー配列、プロ配列、多重ヒスチジン残基のような精製に役立つ配列、または組換え生産の際の安定性を確保する付加的配列などが含まれていてもよい。
【0055】
上記ハイブリダイゼーション技術や遺伝子増幅技術により単離されるポリヌクレオチドによってコードされる、本発明のタンパク質と機能的に同等なタンパク質は、通常、本発明のタンパク質(例えば、配列番号:2)とアミノ酸配列において高い相同性を有する。本発明のタンパク質には、本発明のタンパク質と機能的に同等であり、かつ該タンパク質のアミノ酸配列と高い相同性を有するタンパク質も含まれる。高い相同性とは、アミノ酸レベルにおいて、通常、少なくとも50%以上の同一性、好ましくは75%以上の同一性、さらに好ましくは85%以上の同一性、さらに好ましくは95%以上(例えば、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上)の同一性を指す。タンパク質の相同性を決定するには、文献(Wilbur, W. J. and Lipman, D. J. Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1983) 80, 726-730)に記載のアルゴリズムに従えばよい。
【0056】
アミノ酸配列の同一性は、例えば、Karlin and Altschul によるアルゴリズムBLAST (Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-2268, 1990、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-5877, 1993)によって決定することができる。このアルゴリズムに基づいて、BLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul et al. J. Mol. Biol.215: 403-410, 1990)。BLASTXによってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメーターは例えば、score = 50、wordlength = 3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である(http://www.ncbi.nlm.nih.gov.)。
【0057】
本発明のタンパク質は、当業者に公知の方法により、組換えタンパク質として、また天然のタンパク質として調製することが可能である。組換えタンパク質であれば、例えば、本発明のタンパク質をコードするポリヌクレオチド(例えば、配列番号:1に記載の塩基配列)を、適当な発現ベクターに組み込み、これを適当な宿主細胞に導入して得た形質転換体を回収し、抽出物を得た後、通常の方法に従って、例えばイオン交換樹脂、分配クロマトグラフィー、ゲルクロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、向流分配法等のペプチド化学の分野で汎用されている方法に従って、適宜、精製し、調製することが可能である。
【0058】
また、本発明のタンパク質をグルタチオンS-トランスフェラーゼタンパク質との融合タンパク質として、あるいはヒスチジンを複数付加させた組換えタンパク質として宿主細胞(例えば、植物細胞や微生物細胞等)内で発現させた場合には、発現させた組換えタンパク質はグルタチオンカラムあるいはニッケルカラムを用いて精製することができる。融合タンパク質の精製後、必要に応じて融合タンパク質のうち、目的のタンパク質以外の領域を、トロンビンまたはファクターXaなどにより切断し、除去することも可能である。
【0059】
天然のタンパク質であれば、当業者に周知の方法、例えば本発明のタンパク質を発現している組織や細胞の抽出物に対し、本発明のタンパク質と親和性を有する抗体が結合したアフィニティーカラムを作用させて精製することにより単離することができる。使用する抗体はポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよい。
【0060】
また、本発明のタンパク質は例えば、本発明のタンパク質を認識する抗体の作製等に利用することが可能である。
【0061】
本発明のポリヌクレオチドは、本発明のタンパク質をコードし得るものであればいかなる形態でもよい。即ち、mRNAから合成されたcDNAであるか、ゲノムDNAであるか、化学合成DNAであるかなどを問わない。また、本発明のタンパク質をコードしうる限り、遺伝暗号の縮重に基づく任意の塩基配列を有するDNAが含まれる。
【0062】
本発明のポリヌクレオチドは、当業者に公知の方法により調製することができる。例えば、本発明のタンパク質を発現している細胞よりcDNAライブラリーを作製し、本発明のポリヌクレオチド(例えば、配列番号:1に記載の塩基配列)の一部をプローブとしてハイブリダイゼーションを行うことにより調製できる。cDNAライブラリーは、例えば、文献(Sambrook, J. et al., Molecular Cloning、Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989))に記載の方法により調製してもよく、あるいは市販のDNAライブラリーを用いてもよい。また、本発明のタンパク質を発現している細胞よりRNAを調製し、逆転写酵素によりcDNAを合成後、本発明のポリヌクレオチド(例えば、配列番号:1に記載の塩基配列)に基づいてオリゴDNAを合成し、これをプライマーとして用いてPCR反応を行い、本発明のタンパク質をコードするcDNAを増幅させることにより調製することも可能である。
【0063】
また、得られたcDNAの塩基配列を決定することにより、それがコードする翻訳領域を決定でき、本発明のタンパク質のアミノ酸配列を得ることができる。また、得られたcDNAをプローブとしてゲノムDNAライブラリーをスクリーニングすることにより、ゲノムDNAを単離することができる。
【0064】
具体的には、次のようにすればよい。まず、本発明のタンパク質を発現する細胞、組織、器官からmRNAを単離する。mRNAの単離は、公知の方法、例えば、グアニジン超遠心法(Chirgwin, J. M. et al., Biochemistry (1979) 18, 5294-5299)、AGPC法(Chomczynski, P. and Sacchi, N., Anal. Biochem. (1987) 162, 156-159)等により全RNAを調製し、mRNA Purification Kit (Pharmacia) 等を使用して全RNAからmRNAを精製する。また、QuickPrep mRNA Purification Kit (Pharmacia) を用いることによりmRNAを直接調製することもできる。
【0065】
得られたmRNAから逆転写酵素を用いてcDNAを合成する。cDNAの合成は、AMV Reverse Transcriptase First-strand cDNA Synthesis Kit (生化学工業)等を用いて行うこともできる。また、本明細書に記載されたプライマー等を用いて、5'-Ampli FINDER RACE Kit (Clontech製)およびポリメラーゼ連鎖反応 (polymerase chain reaction ; PCR)を用いた5'-RACE法(Frohman, M. A. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. (1988) 85, 8998-9002 ; Belyavsky, A. et al., Nucleic Acids Res. (1989) 17, 2919-2932) に従い、cDNAの合成および増幅を行うことができる。得られたPCR産物から目的とするポリヌクレオチド断片を調製し、ベクターと連結する。さらに、これより組換えベクターを作製し、大腸菌等に導入してコロニーを選択して所望の組換えベクターを調製する。目的とするポリヌクレオチドの塩基配列は、公知の方法、例えば、ジデオキシヌクレオチドチェインターミネーション法により確認することができる。
【0066】
また、本発明のポリヌクレオチド作成においては、発現に使用する宿主のコドン使用頻度を考慮し、より発現効率の高い塩基配列を設計することができる(Grantham, R. et al., Nucelic Acids Research (1981) 9, r43-74)。また、本発明のポリヌクレオチドは、市販のキットや公知の方法によって改変することができる。改変としては、例えば、制限酵素による消化、合成オリゴヌクレオチドや適当なDNAフラグメントの挿入、リンカーの付加、開始コドン(ATG)および/または終止コドン(TAA、TGA、又はTAG)の挿入等が挙げられる。
【0067】
また本発明は、本発明のポリヌクレオチドが挿入されたベクターを提供する。
本発明のベクターとしては、組換えタンパク質の生産に用いる上記ベクターの他、形質転換植物体作製のために植物細胞内で本発明のポリヌクレオチドを発現させるためのベクターも含まれる。本発明の好ましい態様として例えば、植物細胞で発現可能なプロモーター領域の下流に、本発明のポリヌクレオチドが機能的に結合したベクターを挙げることができる。例えば、植物細胞で転写可能なプロモーター配列と転写産物の安定化に必要なポリアデニレーション部位を含むターミネーター配列を含むことができる。植物細胞の形質転換に用いられるベクターとしては、該細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば特に制限はない。例えば、植物細胞内での恒常的な遺伝子発現を行うためのプロモーターを有するベクターや外的な刺激により誘導的に活性化されるプロモーターを有するベクターを用いることも可能である。
【0068】
本発明のタンパク質を恒常的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば、レタスのユビキチンプロモーター、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター、イネのアクチンプロモーター、トウモロコシのユビキチンプロモーター等が挙げられる。
【0069】
また、誘導的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば細菌・ウイルスの感染や侵入、低温、高温、乾燥、紫外線の照射、特定の化合物の散布などの外因によって発現することが知られているプロモーターなどが挙げられる。このようなプロモーターとしては、例えば、細菌・ウイルスの感染や侵入によって発現するイネキチナーゼ遺伝子のプロモーターやタバコのPRタンパク質遺伝子のプロモーター、低温によって誘導されるイネの「lip19」遺伝子のプロモーター、高温によって誘導されるイネの「hsp80」遺伝子と「hsp72」遺伝子のプロモーター、乾燥によって誘導されるシロイヌナズナの「rab16」遺伝子のプロモーター、紫外線の照射によって誘導されるパセリのカルコン合成酵素遺伝子のプロモーター、嫌気的条件で誘導されるトウモロコシのアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子のプロモーターなどが挙げられる。また、イネキチナーゼ遺伝子のプロモーターとタバコのPRタンパク質遺伝子のプロモーターはサリチル酸などの特定の化合物によって、「rab16」は植物ホルモンのアブシジン酸の散布によっても誘導される。
【0070】
当業者においては、所望のポリヌクレオチドを有するベクターを、一般的な遺伝子工学技術によって、適宜、作製することが可能である。通常、市販の種々のベクターを利用することができる。
【0071】
本発明のベクターは、宿主細胞内において本発明のポリヌクレオチドを保持したり、本発明のタンパク質を発現させるためにも有用である。
【0072】
本発明のポリヌクレオチドは、通常、適当なベクターへ担持(挿入)され、宿主細胞へ導入される。該ベクターとしては、挿入したポリヌクレオチドを安定に保持するものであれば特に制限されず、例えば宿主に大腸菌を用いるのであれば、クローニング用ベクターとしてpBluescriptベクター(Stratagene社製)などが好ましいが、市販あるいは公知の種々のベクターを利用することができる。本発明のタンパク質を生産する目的としてベクターを用いる場合には、特に発現ベクターが有用である。発現ベクターとしては、試験管内、大腸菌内、培養細胞内、植物個体内でタンパク質を発現するベクターであれば特に制限されないが、例えば、試験管内発現であればpBESTベクター(プロメガ社製)、大腸菌であればpETベクター(Invitrogen社製)、培養細胞であればpME18S-FL3ベクター(GenBank Accession No. AB009864)、生物個体であればpME18Sベクター(Mol Cell Biol. 8:466-472(1988))などを例示することができる。ベクターへの本発明のポリヌクレオチドの挿入は、常法により、例えば、制限酵素サイトを用いたリガーゼ反応により行うことができる。
【0073】
上記宿主細胞としては特に制限はなく、目的に応じて種々の宿主細胞が用いられる。本発明のタンパク質を発現させるための細胞としては、例えば、細菌細胞(例:ストレプトコッカス、スタフィロコッカス、大腸菌、ストレプトミセス、枯草菌)、昆虫細胞(例:ドロソフィラS2、スポドプテラSF9)、動物細胞(例:CHO、COS、HeLa、C127、3T3、BHK、HEK293、Bowes メラノーマ細胞)および植物細胞を例示することができる。宿主細胞へのベクター導入は、例えば、リン酸カルシウム沈殿法、電気パルス穿孔法(Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987) Publish. John Wiley & Sons.Section 9.1-9.9)、リポフェクション法(GIBCO-BRL社製)、マイクロインジェクション法などの公知の方法で行うことが可能である。
【0074】
宿主細胞において発現したタンパク質を小胞体の内腔に、細胞周辺腔に、または細胞外の環境に分泌させるために、適当な分泌シグナルを目的のタンパク質に組み込むこともできる。これらのシグナルは目的のタンパク質に対して内因性であっても、異種シグナルであってもよい。
【0075】
本発明のタンパク質が培地に分泌される場合は、培地を回収する。本発明のタンパク質が細胞内に産生される場合は、その細胞をまず溶解し、その後にタンパク質を回収する。
【0076】
組換え細胞培養物から本発明のタンパク質を回収し精製するには、硫酸アンモニウムまたはエタノール沈殿、酸抽出、アニオンまたはカチオン交換クロマトグラフィー、ホスホセルロースクロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ヒドロキシルアパタイトクロマトグラフィーおよびレクチンクロマトグラフィーを含めた公知の方法を用いることができる。
【0077】
また、植物体内で本発明のポリヌクレオチドを発現させる方法としては、本発明のポリヌクレオチドを適当なベクターに組み込み、例えば、エレクトロポレーション法、アグロバクテリウム法、リポソーム法、カチオニックリポソーム法などにより生体内に導入する方法などが挙げられる。
【0078】
ベクターへの本発明のポリヌクレオチドの挿入などの一般的な遺伝子操作は、常法に従って行うことが可能である(Molecular Cloning, 5.61-5.63)。植物体内への投与は、ex vivo法であっても、in vivo法であってもよい。また、植物体内へ本発明のポリヌクレオチドを導入する方法としては、例えば、アグロバクテリウムを介して遺伝子を導入する方法が挙げられる。
【0079】
また、後述する手法で、本発明のポリヌクレオチドが導入された形質転換植物体を作成し、該植物体から本発明のタンパク質を調製することも可能である。
【0080】
また、上述のようにして取得される組換えタンパク質を用いれば、これに結合する抗体を調製することができる。例えば、ポリクローナル抗体は、精製した本発明のタンパク質もしくはその一部のペプチドをウサギなどの免疫動物に免疫し、一定期間の後に血液を採取し、血ぺいを除去することにより調製することが可能である。また、モノクローナル抗体は、上記タンパク質もしくはペプチドで免疫した動物の抗体産生細胞と骨腫瘍細胞とを融合させ、目的とする抗体を産生する単一クローンの細胞(ハイブリドーマ)を単離し、該細胞から抗体を得ることにより調製することができる。これにより得られた抗体は、本発明のタンパク質の精製や検出などに利用することが可能である。本発明には、本発明のタンパク質に結合する抗体が含まれる。これらの抗体を用いることにより、植物体における本発明のタンパク質の発現部位の判別、または、植物種が本発明のタンパク質を発現するか否かの判別を行うことが可能である。
【0081】
また本発明は、上記本発明のベクターが導入された形質転換植物細胞に関する。本発明のポリヌクレオチドを利用して、根こぶ病抵抗性活性を有する形質転換植物体を作製する場合には、本発明のタンパク質をコードするポリヌクレオチドを適当なベクターに挿入して、これを植物細胞に導入し、これにより得られた形質転換植物細胞を再生させる。
【0082】
本発明のタンパク質を任意の植物種に導入し発現させることにより、それらの植物体もしくはその種子に根こぶ病抵抗性活性を付与することが可能である。この形質転換に要する期間は、従来のような交雑による遺伝子移入に比較して極めて短期間であり、また、他の形質の変化を伴わない点で有利である。
【0083】
本発明のベクターが導入される細胞には、組換えタンパク質の生産に用いる上記した細胞の他に、形質転換植物体作製のための植物細胞が含まれる。
【0084】
本発明において「植物」とは特に制限されないが、好ましくは根こぶ病菌が感染し得る植物であり、例えばアブラナ科の植物が挙げられる。具体的には、ハクサイ、カブ、チンゲンサイ、ナバナ、ノザワナ、ツケナ、キャベツ、ブロッコリー、カリフフラワー、ナタネ、ダイコン等が例示できる。また「植物細胞」には、植物体中の細胞だけでなく、種々の形態の植物細胞、例えば、培養細胞(例えば懸濁培養細胞等)、プロトプラスト、苗条原基、多芽体、毛状根、葉の切片、カルス等が含まれる。
【0085】
植物細胞へのベクターの導入は、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポーレーション)、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法など当業者に公知の種々の方法を用いることができる。形質転換植物細胞からの植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である。例えば、ポリエチレングリコールによりプロトプラストへ遺伝子導入し植物体を再生させる方法、電気パルスによりプロトプラストへ遺伝子導入し植物体を再生させる方法、パーティクルガン法により細胞へ遺伝子を直接導入し、植物体を再生させる方法、およびアグロバクテリウムを介して遺伝子を導入し、植物体を再生させる方法など、いくつかの技術が既に確立し、本願発明の技術分野において広く用いられている。本発明においては、これらの方法を好適に用いることができる。
【0086】
本発明のベクターの導入により形質転換した植物細胞を効率的に選択するために、上記本発明のベクターは、適当な選抜マーカー遺伝子を含む、もしくは選抜マーカー遺伝子を含むプラスミドベクターと共に植物細胞へ導入することが好ましい。この目的に使用される選抜マーカー遺伝子は、例えば抗生物質ハイグロマイシンに耐性であるハイグロマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子、カナマイシンまたはゲンタマイシンに耐性であるネオマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子、および除草剤ホスフィノスリシンに耐性であるアセチルトランスフェラーゼ遺伝子等が挙げられる。
【0087】
組換えベクターを導入した植物細胞は、導入された選抜マーカー遺伝子の種類に従って適当な選抜用薬剤を含む公知の選抜用培地に置床し培養する。これにより形質転換された植物培養細胞を得ることができる。
【0088】
形質転換された植物細胞は、再分化させることにより植物体を再生させることが可能である。再分化の方法は植物細胞の種類により異なるが、例えば、ハクサイと交雑可能なコマツナであればTakasakiら(Breeding Sci.47:127-134(1997))、イネであればFujimuraら(Plant Tissue Culture Lett. 2:74 (1995))の方法が挙げられ、トウモロコシであればShillitoら(Bio/Technology 7:581 (1989))の方法やGorden-Kammら(Plant Cell 2:603(1990))が挙げられる。
【0089】
一旦、ゲノム内に本発明のポリヌクレオチドが導入された形質転換植物体が得られれば、該植物体から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることが可能である。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(育種素材、例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。本発明には、本発明のポリヌクレオチドが導入された植物細胞、該細胞を含む植物体、該植物体の子孫およびクローン、並びに該植物体、その子孫、およびクローンの繁殖材料や育種素材が含まれる。このようにして作出された植物体もしくはその種子は、根こぶ病抵抗性活性を有することが期待される。
【0090】
本発明は被検植物体または被検繁殖媒体の根こぶ病菌抵抗性を判定する方法を提供する。即ち、配列番号:1もしくは配列番号:3に記載の塩基配列、または該塩基配列の部分配列もしくは周辺配列を含むDNA領域を検出する工程を含む、被検植物体または被検繁殖媒体の根こぶ病菌抵抗性を判定する方法を提供する。例えば、以下の(i)から(iii)の工程を含む方法を実施することができる。
(i)被検植物体または被検繁殖媒体からDNA試料を調製する工程、
(ii)該DNA試料から配列番号:1もしくは配列番号:3に記載の塩基配列、または該塩基配列の部分配列もしくは周辺配列を含むDNA領域を増幅する工程、
(iii)根こぶ病菌抵抗性の植物体または繁殖媒体から、配列番号:1もしくは3に記載の塩基配列、または該塩基配列の部分配列もしくは周辺配列を含むDNA領域を増幅したDNA断片と、工程(ii)において増幅したDNA断片の分子量または塩基配列を比較する工程。
【0091】
本発明において「根こぶ病抵抗性を判定」とは、これまでに栽培されていた品種における根こぶ病抵抗性の判定のみならず、交配や遺伝子組換え技術による新しい品種における根こぶ病抵抗性の判定も含まれる。
【0092】
本発明の植物体または繁殖媒体の根こぶ病抵抗性を判定する方法は、植物体または繁殖媒体が機能的な根こぶ病抵抗性遺伝子を保持しているか否かを検出することを特徴とする。植物体または繁殖媒体が機能的な根こぶ病抵抗性遺伝子を保持しているか否かは、cDNA領域またはゲノムDNA領域の根こぶ病抵抗性遺伝子に相当する領域の分子量の違い、または塩基配列の違いを検出することにより評価することが可能である。
【0093】
一つの態様としては、被検植物体および繁殖媒体における根こぶ病抵抗性遺伝子に相当するDNA領域(例えば、配列番号:1もしくは配列番号:3に記載の塩基配列、または該塩基配列の部分配列もしくは周辺配列を含むDNA領域)と、根こぶ病抵抗性の植物体または繁殖媒体における同DNA領域の分子量を比較する方法である。
【0094】
まず、被検植物体または繁殖媒体からDNA試料を調製する。次いで、該DNA試料から根こぶ病抵抗性遺伝子に相当するDNA領域(例えば、配列番号:1もしくは配列番号:3に記載の塩基配列、または該塩基配列の部分配列もしくは周辺配列を含むDNA領域)を増幅する。さらに、根こぶ病抵抗性品種における根こぶ病抵抗性遺伝子のDNA領域を増幅したDNA断片と、該DNA試料から増幅したDNA断片の分子量を比較し、分子量が根こぶ病抵抗性品種よりも有意に低い場合に被検植物体または繁殖媒体の根こぶ病抵抗性は低下していると診断する。
【0095】
具体的には、まず、本発明の根こぶ病抵抗性遺伝子のDNA領域をPCR法等によって増幅する。本発明における「根こぶ病抵抗性遺伝子」とは、根こぶ病抵抗性遺伝子のcDNA領域(配列番号:1に記載のDNA領域)またはゲノムDNA領域(配列番号:3に記載のDNA領域)に相当する部分であり、増幅される範囲としてはcDNA領域またはゲノムDNA全長であってもよいし、ゲノムDNAの一部分であってもよい。上記判定方法においては、配列番号:1および配列番号:3に記載の塩基配列、または該塩基配列の部分配列もしくは周辺配列をDNAマーカーとして利用することを特徴とする方法である。
【0096】
PCRは、当業者においては反応条件等を適宜選択して行うことができる。PCRの際に、32P等のアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識したプライマーを用いることにより、増幅DNA産物を標識することができる。あるいはPCR反応液に32P等のアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識された基質塩基を加えてPCRを行うことにより、増幅DNA産物を標識することも可能である。さらに、PCR反応後にクレノウ酵素等を用いて、32P等のアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識された基質塩基を、増幅DNA断片に付加することによっても標識を行うことができる。
【0097】
こうして得られた標識されたDNA断片を、熱を加えること等により変性させ、尿素やSDSなどの変性剤を含むポリアクリルアミドゲルによって電気泳動を行う。変性剤としてSDSを利用したSDS-PAGEは、本発明において有利な分離手法であり、SDS-PAGEはLaemmliの方法(Laemmli (1970) Nature 227, 680-685)に準じて行うことができる。電気泳動後、DNA断片の移動度を、X線フィルムを用いたオートラジオグラフィーや、蛍光を検出するスキャナー等で検出し、解析を行う。標識したDNAを使わない場合においても、電気泳動後のゲルをエチジウムブロマイドや銀染色法などによって染色することによって、バンドを検出することができる。例えば、配列番号:9〜12に記載のポリヌクレオチドをプライマーとして、根こぶ病抵抗性品種および被検植物からDNA断片を増幅し、分子量を比較することで根こぶ病抵抗性を判定することが出来る。
【0098】
また、本発明のDNAに相当する被検植物体のDNA領域の塩基配列を直接決定し、根こぶ病抵抗性品種の塩基配列と比較することにより、植物体または繁殖媒体の根こぶ病抵抗性を判定することもできる。例えば、被検植物体または繁殖媒体の配列番号:3に記載のゲノム領域に相当する範囲において、第268位〜第277位の10 bp欠損、第395位に314 bpが挿入、第740位〜第744位の5 bp欠損、第1286位に3 bpが挿入、第1552位に21 bpが挿入、第1784位〜第2024位の241 bpが欠損、第2561位に357 bpが挿入、第3370位〜第4430位の1061 bpが欠損、第6803位に326 bpが挿入、第7721位に4981 bpが挿入、第7898位に76 bpが挿入している場合には、被検植物体または繁殖媒体は根こぶ病羅病性の形質(根こぶ病抵抗性低下)を有する、というように根こぶ病抵抗性の判定を行なうことができる。また、被検植物体または繁殖媒体において配列番号:3に記載のゲノム領域を増幅させた場合に、配列番号:13に記載の塩基配列が検出された場合には、被検植物体または繁殖媒体は根こぶ病羅病性の形質(根こぶ病抵抗性低下)を有する、というように根こぶ病抵抗性の判定を行なうことができる。
【0099】
上記判定工程においては、アガロースやポリアクリルアミド等のゲルを用いた判定に限らず、キャピラリー型の電気泳動装置による判定、一塩基多型(SNPs)を利用した判定など、当業者が用い得る判定方法を用いることができる。
【0100】
また本発明は、上記本発明の判定方法により根こぶ病抵抗性遺伝子を有する植物体またはその種子を選抜する方法も提供する。
【0101】
上述のように、本発明のポリヌクレオチドもしくはベクターを植物細胞へ導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む、形質転換植物体の製造方法もまた本発明に含まれる。即ち本発明は、以下の(i)および(ii)の工程を含む、根こぶ病菌抵抗性活性を有する植物体またはその種子の製造方法に関する;
(i) 本発明のベクターを植物細胞に導入する工程、および
(ii) 前記工程(i)においてベクターが導入された形質転換細胞から植物体を再生する工程。
【0102】
上述のように、本発明のポリヌクレオチドを植物体の細胞内で発現させる工程を含む、植物体もしくはその種子に根こぶ病抵抗性活性を付与する方法もまた本発明に含まれる。例えば、本発明のポリヌクレオチドまたは本発明のベクターを植物細胞へ導入することにより行うことができる。一例として、以下の(a)および(b)の工程を含む、方法が挙げられる;
(a)本発明のポリヌクレオチドを有する植物と他の植物とを交雑させる工程、および
(b)前記ポリヌクレオチドを有する植物体を選抜する工程。
【0103】
該方法によって、根こぶ病抵抗性を有する植物体もしくはその種子が作出される。より具体的には、本発明の方法によって、例えば、根こぶ病に感受性の植物を、根こぶ病抵抗性の植物へ改変することが可能である。
【0104】
本発明の方法によって抵抗性が付与可能な植物は、特に制限されず、任意の植物に付与することが可能である。例えばアブラナ科植物が挙げられる。具体的には、ハクサイ、カブ、チンゲンサイ、ナバナ、ノザワナ、ツケナ、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、ナタネ、ダイコンを例示することができるが、これらに限定されない。
【0105】
また本発明は、本発明の上記方法によって作出される植物体もしくはその種子を提供する。例えば、人為的に作製された植物体もしくはその種子であって、本発明のポリヌクレオチドを有し根こぶ病菌抵抗性活性を有することを特徴とする植物体もしくはその種子は本発明に含まれる。
【0106】
また、本発明は、配列番号:1および配列番号:3に記載の塩基配列、またはその相補配列に相補的な少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有するオリゴヌクレオチドを提供する。
【0107】
ここで「相補配列」とは、A:T、G:Cの塩基対からなる2本鎖DNAの一方の鎖の配列に対する他方の鎖の配列を指す。また、「相補的」とは、少なくとも15個の連続したヌクレオチド領域で完全に相補配列である場合に限られず、少なくとも70% 、好ましくは少なくとも80% 、より好ましくは90% 、さらに好ましくは95% 以上の塩基配列の同一性を有すればよい。このようなDNAは、本発明のポリヌクレオチドの検出や、本発明のポリヌクレオチドを有する植物体(植物細胞)の選抜を行なうためのプローブとして、また、本発明のポリヌクレオチドの増幅を行うためのプライマーとして有用である。
【0108】
即ち本発明は、配列番号:1に記載の塩基配列とストリンジェントな条件下で特異的にハイブリダイズし、少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有するオリゴヌクレオチドを含む、被検植物の根こぶ病菌抵抗性活性を検出するためのプライマーまたはプローブを提供する。
【0109】
また本発明は、本発明の植物体もしくはその種子の製造方法に用いるためのオリゴヌクレオチドを含む、試薬を提供する。本発明の試薬は、より具体的には、以下の(a)および(b)のオリゴヌクレオチドを含有する試薬である。
(a)配列番号:1および配列番号:3に記載の塩基配列の全配列もしくはその一部の配列を増幅するためのオリゴヌクレオチドプライマー
(b)配列番号:1および配列番号:3に記載の塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有するオリゴヌクレオチドプローブ
【0110】
本発明のプライマー、またはプローブは、それを構成する塩基配列をもとに、任意の方法によって合成することができる。本発明のプライマーまたはプローブの、ゲノムDNAに相補的な塩基配列の長さは、通常15〜100、一般に15〜50、好ましくは15〜30である。与えられた塩基配列に基づいて、当該塩基配列を有するオリゴヌクレオチドを合成する手法は公知である。さらに、オリゴヌクレオチドの合成において、蛍光色素やビオチンなどで修飾されたヌクレオチド誘導体を利用して、オリゴヌクレオチドに任意の修飾を導入することもできる。あるいは、合成されたオリゴヌクレオチドに、蛍光色素などを結合する方法も公知である。
【0111】
また本発明は、本発明の各種方法に使用するためのキットを提供する。本発明のキットの好ましい態様においては、上記(a)または(b)の少なくとも1種のオリゴヌクレオチドを含む。本発明のキットには、適宜、陽性や陰性の標準試料、使用方法を記載した指示書等をパッケージしておくこともできる。
【0112】
本発明のポリヌクレオチドもしくはベクターは、例えば、根こぶ病菌抵抗性活性を有する植物体もしくは種子の作出等に利用することが可能である。本発明のポリヌクレオチドもしくはベクターを、所望の植物体もしくはその種子において発現させることにより、根こぶ病菌抵抗性活性を有する植物体もしくはその種子を作製することが可能である。
【0113】
したがって本発明は、本発明のポリヌクレオチドもしくはベクターを有効成分とする、根こぶ病菌抵抗性活性付与剤に関する。本発明における「根こぶ病菌抵抗性活性付与剤」とは、植物体もしくはその種子の全部またはその一部に根こぶ病菌抵抗性活性を付与する作用を有する薬剤を言い、本発明のポリヌクレオチドもしくはベクターを有効成分とする物質、または組成物(混合物)を指す。
【0114】
本発明の薬剤においては、有効成分であるポリヌクレオチドまたはベクター以外に、例えば、滅菌水、生理食塩水、植物油、界面活性剤、脂質、溶解補助剤、緩衝剤、保存剤等が必要に応じて混合されていてもよい。
【0115】
なお本明細書において引用されたすべての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例】
【0116】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。なお参考例については、公開済である(諏訪部圭太、トミタノリオ、福岡浩之、鈴木剛、向井康比己、松元哲、ハクサイ根こぶ病抵抗性遺伝子座Crr1の遺伝的詳細化と物理地図を用いたシロイヌナズナとのシンテニー解析、育種学研究1・2別、(2005)154)。
【0117】
〔参考例1〕 Crr1が座乗するBACライブラリーの単離
根こぶ病抵抗性遺伝子をマップベースクローニングにより単離するためにヨーロッパ飼料用カブ「Siloga」由来の抵抗性系統G004のBACライブラリーを構築した。このライブラリーの平均インサート長は67.4 kb、そのサイズは約38,400クローンで、550 MBと推定されるB.rapa のゲノム(Arumuganathan K, Earle ED., Plant Mol Biol Rep, (1991) 9 (3): 208-219.)の4.7倍に相当した。Crr1を有するBACクローンを単離するため、連鎖するマーカーの中からCrr1に最も連鎖するマーカーであるBSA7(図1、Suwabe, K. et al., Genetics, (2006) 173: 309-319)を起点に染色体歩行を行った。
【0118】
任意の大腸菌96個を選び一晩液体培地で培養後、大腸菌のレプリカを取るとともに、96個を一つにしてプラスミドDNAを抽出した。この96個を一つにしたプラスミドDNAのプールを384個分作成した。最初のスクリーニングで384個体中に含まれるBSA7の断片の増幅の有無を調べた。PCRにより増幅が認められたプールについては、最初の96個の大腸菌レプリカを培養し二次スクリーニングによりBSA7の配列を有する大腸菌(クローン)を特定した。各クローンのプラスミドの抽出と末端の配列の決定を行い、さらにその末端配列を標的にPCRプライマーを設計した。BSA7を含むと思われるすべてのBACクローンについて、設計したプライマーを活用して各末端配列の増幅の有無を調べ、各BACクローンがどのように重なり合っているのか明らかにした。これにより得られたBACクローンの中から最も末端に位置するBACクローンを特定した。
【0119】
特定したBACクローンの両末端配列を利用して一次スクリーニングを再度行い、BSA7を起点として重なり合う複数個のBACクローンを特定した(図2)。さらに得られたクローンの末端配列を用いてスクリーニングを繰り返し、最終的にBSA7とBSA2をカバーした。この領域をカバーするには最小で7個のクローンで可能であった。一方その逆側は、BSA7のマーカー配列をもつB355H7とこれと重複するB359C3のクローンが得られた。
【0120】
〔参考例2〕 Crr1近傍マーカー間組換え個体を用いたCrr1座乗位置の絞り込み
BSA7を起点としてCrr1周辺領域がBACクローンでカバーされ、これらのBACの末端配列を罹病性品種PL7とG004間で比較することにより多型を示す複数のマーカーが得られた。BACクローンの末端配列から得られたマーカー遺伝子型と抵抗性遺伝子の有無の比較により、B355H7とB359C3の末端配列から作成したマーカーがCrr1に最も近傍なマーカーであった。
【0121】
G004型とPL7型のマーカー遺伝子型をそれぞれRR、rr、またヘテロ型をRrと標記した。Crr1の座乗位置を絞り込むため、PL7とG004とF2個体の中から、Crr1近傍マーカー間の組換え個体のスクリーニングを行った。約5,700個体のF2の中からBRMS-088とBRMS-173の間で罹病性型のゲノムと抵抗性型のゲノムが組換えを起こしている個体を選抜した。すなわちB355H7とB359C3のマーカー間で組換えを起こした3個体(No.1075, No.764, No.572)について詳細に調べた。各個体のマーカー遺伝子型は下記の通りであった。
【0122】
B355H7 B359C3
F2 No.1075 rr Rr
F2 No.764 Rr rr
F2 No.572 RR Rr
【0123】
これらの3個体のF2植物を自殖してF3種子を得た。F2世代でヘテロ型の座は、F3世代ではRR、Rr、rrと3種類に分離した。F3種子を用いて根こぶ病菌株「Ano-01」を用いてF3世代の根こぶ病抵抗性検定を行った。即ち、No.1075ではB355H7とB359C3のマーカー遺伝子型がrr-RR型、No.764とNo.572ではRR-rr型の植物個体の抵抗性の有無を調べた(図3)。根こぶ病抵抗性検定は吉川らの方法(吉川宏昭、野菜茶試研報、(1993) 7:1-465.)に従って以下のとおり行った。
【0124】
直径9 cmのジフィーポットの底面から半分の高さに園芸培土を入れ、幅2 cm程度の溝を切り、根こぶ病菌株「Ano-01」の休眠胞子が乾土1 gあたり5 x 106になるように調整した病土10 gを切った溝の中に入れた。次にジフィーポット1つあたりF3種子10粒を播種し、照度約20,000ルックス、16時間日長、明期23℃、暗期18℃に設定したファイトトロンの中で植物体を6週間栽培した。その後、根を洗い、根の被害程度を評価するため4段階の発病指数(0;全くコブが見られない、1;側根に微小なコブが着生、2;側根に連続したコブが着生するか、被害程度1と3の中間的な症状、3;主根に大きめのコブが着生あるいは主根が肥大)を設けた。4段階のうち0、1、2は根こぶ病に対して何らかの抵抗性があるものとみなし「抵抗性」、3は抵抗性のない「罹病性」と判断した。抵抗性検定の結果、3系統のF3個体はいずれも抵抗性を示すものはなく、その表現型は罹病性と判断された。
【0125】
また抵抗性検定試験に用いた各個体からDNAを抽出し近傍のマーカーの遺伝子型を決め、抵抗性遺伝子の有無とマーカー遺伝子型の関係からCrr1の座乗位置を絞り込んだ。No.1075のF3個体の中でB359C3がRR型の個体は罹病性を示したことから、Crr1はB359C3よりもAT27側には存在せず、またNo.764とNo.572の結果から、B355H7よりBZ2-DraI側には存在しないことが強く示唆された。そのため抵抗性遺伝子Crr1はB355H7とB359C3との約8 kbの間に存在すると推定された(図3)。
【0126】
〔実施例1〕 Crr1の候補遺伝子の推定
B355H7とB359C3の間約8 kbのDNA配列を決定するためB355H7のショットガンクローンを作製した。抽出したプラスミド断片のDNA配列をT7とReverse Primerを用いて定法に従い決定し、DNAシーケンスアセンブルソフトウェアSEQUENCHERver.2(日立ソフトウェアエンジアリング、東京)を用いて1つのシーケンスとした。この領域の中でタンパク質をコードするオープンリーディングフレーム(ORF)を遺伝情報処理ソフトウェア GENETYX(ゼネティックス、東京)を用いて検索した。決定したG004 配列情報を基に適当な位置にプライマーを設計し、罹病性のPL7を鋳型にしてDNA断片を増幅し、PL7の当該領域の塩基配列を決定した。PL7とG004 との間でDNA配列比較を行い、挿入欠失配列や一塩基多型の有無を調べた。結果、抵抗性系統G004のB355H7とB359C3間のDNA断片長は7,995 bpであり、この配列の中には4個のORFが推定された(図4、配列番号:3)。
【0127】
推定したORF領域の転写の有無を調べるために、Crr1を有する抵抗性素材An4-8-1の根から抽出したpoly(A)+RNAから1本鎖cDNAを合成し、プライマー、Crr1-Fsm(5'-TCC[CCCGGG]AAAATGAAATTTCAATCGTTTTTG-3'/配列番号:9, [ ]はSmaIサイト)とCrr1-R(5'-CCTTGATATTTAAGATAAACAACGGAATG-3'/配列番号:10)を用いてCrr1遺伝子のcDNA領域を増幅し、その塩基配列を決定しアミノ酸翻訳領域を推定した。結果、4個のORFを含む断片長とほぼ同じ長さのDNA断片が見つかった。このcDNAの塩基配列中に最初に見出されたATG開始コドンからTAA終止コドン直前までは3672 bpで1224個のアミノ酸をコードすると推定された(図5、図6)。
【0128】
ゲノムDNAを比較しイントロンとエクソン部分を推定した。結果、スプライシングにより4個のORFが1つにつながった構造を示した。なお、エクソンとイントロンを分けるスプライシングの部分はすべてGT-AGルールに従っていた。
【0129】
さらに抵抗性品種のゲノム配列から5’raceと3’race解析を行い転写産物の末端(転写開始と終了部位)を決定したところ、4つのORF以外にアミノ酸をコードする配列は見出されず、4個のORFが一つのcDNAとして転写されていることが示唆された(配列番号:3)。推定されたアミノ酸配列は、病害抵抗性遺伝子に共通する配列NIR-NBS-LRRの構造を示した(図7)。
【0130】
罹病性品種PL7の当該部分(配列番号:13)との比較では、多くの挿入・欠失配列や一塩基多型が見出された。100 bp以上の挿入欠失が7か所見出され、特に5’側の比較では、開始コドンの〜60 bp下流にPL7では357 bpの挿入によってエクソン1にインフレームで終止コドンがあり(図12)、3’側にはPL7に約5 kbの長い挿入配列があった。またB359C3の末端配列には78 bpの挿入配列があった。この間200 bp以上のエクソンが4個所見出された(配列番号:3)。推定した4つのORFの中で641 bpの配列を有する領域を第1エクソンとして、順に第2、第3、第4エクソンとした。ORF部分の発現が抵抗性と罹病性品種間でどのように違うのかを調べるために、抵抗性系統An4-8-1と罹病性品種PL7での第1エクソン領域を標的にしてRT-PCRを行った。第一エクソン内のシーケンスを用いてプライマーセットを設計した。抵抗性系統An4-8-1と罹病性のPL7の根と葉由来のcDNAをテンプレートにして、設計したプライマーにより増幅を試みた。なお、細胞内で恒常的に発現しているV-ATPを陽性対照として用いた。その結果、An4-8-1では根および葉で目的とする鎖長にDNAの増幅を確認できた。しかしPL7では根と葉どちらでもその増幅は確認されなかった。したがって根こぶ病抵抗性候補遺伝子は抵抗性系統では発現され、罹病性品種では発現していないことが明らかになった(図8)。
【0131】
〔実施例2〕 相補実験によるCrr1の証明
(1)植物細胞導入用ベクターの構築
・レタスユビキチン遺伝子をプロモーターに用いたベクターの構築
レタスからクローニングしたユビキチン遺伝子プロモーターとターミネーターの間にGUS遺伝子が挿入されたプラスミドpUC198UGU(福岡浩之博士より分譲)をSmaIとEcoICRIで切断し、予めSmaIで処理したCrr1 cDNA配列を挿入してpUC198UCrr1Uを構築した(図9)。レタスユビキチンプロモーター、Crr1 cDNA、レタスユビキチンターミネーターのカセットをAscIで切り出し、pPZP202(Hajdukiewicz P. et al., Plant Mol Biol, (1994) 25: 989-994)より改変したバイナリベクターpZK3B(農研機構 中央農業研究センター・黒田昌治博士より分譲)に挿入しpUbp-Crr1_ZK3Bを構築した(図9)。
【0132】
構築したバイナリーベクターをアグロバクテリウムGV3101株に形質転換し、Flower-dip法によりシロイヌナズナCol-0に形質転換した。構築したベクターを含むアグロバクテリウムに接種した株(T0)から収穫されたシロイヌナズナの種子(T1)をカナマイシンを含む選抜培地に播種しその中から抵抗性個体を選抜し、生育可能な複数の株を得た。選抜培地上で生育可能な植物体を鉢上げし自殖し次代の種子(T2)を得た。この、T2種子を根こぶ病抵抗性検定に供試した。
【0133】
(2)形質転換シロイヌナズナを用いた根こぶ病抵抗性検定
シロイヌナズナでの根こぶ病検定は、Jubault M. et al., Theor.Appl.Genet.,(2008) 117:191-202の方法を改変して行った。カナマイシン耐性の植物体を1ポットあたり9個体になるように園芸倍土(TM-1, タキイ種苗)に移植し、3日後に休眠胞子液(1.0 x 106胞子/ml)2 mlを植物の株元に灌注した。22℃、14時間日長条件で栽培し、接種3週間後に根の病徴程度を調査した。発病程度は、0(無病徴)、1(側根に小さなコブ)、2(側根に少し大きなコブ)、3(主根に大きなコブ、胚軸も肥大)の4段階で評価した。
【0134】
結果、非形質転換体のコロンビア株は根こぶ病菌株Ano-01に対しては供試した合計18株中1株を除く17株の根は著しく肥大あるいは肥厚し、発病指数3と判断された(表1;Crr1候補遺伝子を導入した形質転換シロイヌナズナの根こぶ病抵抗性程度)。
【0135】
【表1】

【0136】
これらの株は、葉にアントシアニンと推定される色素が蓄積し葉色が薄赤色に変化し、地上の生育が著しく阻害された(図10)。形質転換体では、3系統、UpCrr1_02、UpCrr1_04、UpCrr1_17は2回の独立した試験において、白い、健全な根が大量に発生し、根こぶ病の症状は全く観察されず、発病株数と発病指数がともに0であった。また地上部も通常の栽培株と同等の生育を示し、根こぶ病に対して明らかに抵抗性を獲得したことが明らかであった。また2010年3月19日に接種した区では、UpCrr1_09、UpCrr1_11、UpCrr1_15の一部には、発病指数3と判断された複数個体の株が観察されたものの、全く発病しない個体数が多かった。候補遺伝子を根こぶ病に罹病性のシロイヌナズナ・コロンビアに形質転換すると、根こぶ病抵抗性のシロイヌナズナが得られた。以上のことからクローニングした遺伝子は根こぶ病に抵抗性を付与可能な機能を有することが明らかになり、Crr1と判断された。
【0137】
〔実施例3〕 根こぶ病抵抗性と罹病性系統間での見出された挿入・欠失配列を選抜用マーカーに用いた場合の選抜効果について
BRMS-173とBRMS-088を用いたマーカー選抜では、マーカー座とCrr1座との間で組換えを起こす個体がわずかな確率ではあるが生じる。これを回避するためには抵抗性遺伝子そのものをマーカーに用いることが想定される。配列番号:3にあるとおり、抵抗性と罹病性系統間でCrr1のゲノム配列を比較すると挿入・欠失配列が多く存在する。これらを用いて抵抗性個体を選抜するマーカーとしての有用性を検討した。
【0138】
Crr1のC末端付近には抵抗性系統G004と罹病性品種PL7との間で68 bpの挿入・欠失配列が存在する。この挿入・欠失配列を標的として、プライマーセットB359C3(フォワードプライマー;CTCTCTCATGTTAATGGAAGCTGA/配列番号:11、リバースプライマー;CACTCAACGAGTAGGAAACAAAGA/配列番号:12)を設計した。供試材料として罹病性のA系統と、Crr1とCrr2の2つの抵抗性遺伝子を有する「はくさい中間母本農9号」(以下PL9と略する)との交雑F2集団を用いた。
【0139】
接種する根こぶ病菌株は「Wakayama-01」と「No.5」を抵抗性検定試験に用いた。「Wakayama-01」と「No.5」菌株は極めて多くのハクサイ品種を加害するため、宿主範囲の広い菌である。「Wakayama-01」と「No.5」菌に対する抵抗性を付与するためには、根こぶ病抵抗性遺伝子Crr1とCrr2を共にホモ型に有する必要がある(Suwabe, K. et al., Theor Appl Genet, (2003) 107: 997-1002)。
【0140】
抵抗性検定は吉川(1993)の方法(吉川宏昭、野菜茶試研報、(1993)7:1-465.)に準じて行った。F2交雑種子をそれぞれ「Wakayama-01」と「No.5」菌を別々に含む病土に播種し、6週間後に抵抗性の指標に基づいて発病指数を判定した。
【0141】
またすべての供試個体からDNAを抽出し、B359C3とBRMS-096のプライマーを用いてPCRを行い、アガロースゲル電気泳動により増幅断片を分画し、抵抗性ホモ型、ヘテロ型、罹病性ホモ型の3つのマーカー遺伝子型を検出した。Crr1とCrr2は別々の連鎖群に座乗するため、B359C3とBRMS-096のマーカー遺伝子型は独立である。したがって2つのマーカー遺伝子型の組合せにより、6種類のマーカー遺伝子型が生じる。この6種類のマーカー遺伝子型と発病指数との関係を精査し、B359C3のマーカーとしての有用性を検討した。
【0142】
その結果、抵抗性系統PL9では131 bpが増幅したのに対して、罹病性品種Aでは68 bpの挿入配列を含んだ207 bpが増幅した。またCrr2に連鎖するBRMS-096はPL9では220 bp、A系統では200 bpが増幅し、これらの差は2%アガロースゲル電気泳動でも明瞭に識別することができた(図11)。Wakayama-01菌とNo.5菌に接種し、データが得られた個体数はそれぞれ115と92個体であった。Wakayama-01菌での試験では、115個体中、抵抗性があるとみられる発病指数0、1、2の個体数は、それぞれ4、7、6個体であり、全体の1割程度であったのに対して、罹病性個体は98個体で9割を超えた。マーカー遺伝子型別にみると、2つのマーカー遺伝子型がともに抵抗性ホモ型(RR,RR)の10個の発病指数別の個体出現数は、発病指数0、1、2はそれぞれ4、3、3個で、すべて抵抗性個体であり、平均発病指数も0.9であった。他の5つのマーカー遺伝子型の発病指数がほとんど3であった。同様の結果は、「No.5」菌を用いた試験でも得られた。
【0143】
「Wakayama-01」や「No.5」に対する抵抗性はCrr1とCrr2が共にホモ型を有する個体にのみ出現した。B359C3はPL9とA系統間で69 bpの挿入欠失配列があるマーカーであり、PCRで増幅したDNA断片は、アガロースゲル電気泳動により抵抗性系統(PL9)、ヘテロ個体、罹病性系統(PL7)間で容易に識別が可能であった。またCrr2の検出に用いたBRMS-096はCrr2とほぼ共分離するため、2つのマーカーを抵抗性ホモ型で有する個体は、抵抗性を示すことが予想される。実際に、「Wakayama-01」と「No.5」を使った実験においても、供試したF2の8割を超える個体が罹病性であったのに対し、2つのマーカーが共に抵抗性ホモ型を示した個体に罹病性は見出せなかった。したがって、B359C3はCrr1を選抜できる高精度のマーカーであることが明らかであった。
【0144】
これまで根こぶ病抵抗性に関するQTLの検出や抵抗性遺伝子に連鎖するマーカーに関する報告があったが、選抜マーカーとして利用する場合には2つの問題が挙げられる。1つ目は選抜マーカーとして使える程度に遺伝子との距離が短いことである。マーカーと遺伝子との距離が1 cMの場合、マーカーを使用するブリーダーは100個体中に1%程度の個体が組換えを生じることを覚悟しなければならない。Crr1に連鎖するSSRマーカーであるBRMS-088とBRMS-173は、選抜マーカーとして有用であったが、2つのマーカーともCrr1と約2 cM離れているため、少ない確率ながら組換え個体の発生が問題であった。Crr1はBRMS-088とBRMS-173の間に座乗するため、両方のマーカーを用いれば組換え個体を排除できた。しかしながら、このように目的遺伝子を挟みこむ2つのマーカーを開発することは、イネのように全塩基配列が公開されている作物を除けば、容易なことではない。B359C3はCrr1のイントロンの配列をPCRによって増幅させている。したがって組換え個体の発生を懸念することはほとんどない。Crr1連鎖新規マーカーB359C3とCrr2連鎖マーカーBRMS-096の遺伝子型と抵抗性程度の関係を示した表2(根こぶ病菌株「Wakayama-01」を用いた接種試験における発病指数別の出現個体数)および表3(根こぶ病菌株「No.5」を用いた接種試験における発病指数別の出現個体数)に結果をまとめた。2つの実験結果がそのことを支持している。
【0145】
【表2】

【0146】
【表3】

【0147】
上記表2および3における記号は以下のとおりである。
※1:Crr1とCrr2とは別々の染色体に座乗しており、B359C3はCrr1遺伝子、BRMS-096はCrr2に連鎖するDNAマーカーである。 rr:罹病性親、Rr:ヘテロ型、RR:抵抗性親型
※2:発病指数;0:無病徴、1:側根に小さなコブ、2:側根に連続したコブ、3:主根にコブ
※3:平均発病指数: Σ(発病指数*個体数)/(総個体数)
【0148】
さらには目的とする遺伝子の周辺には育種上望まれない遺伝子が座乗し、この間の連鎖が切れない、リンケージドラッグが報告されている(Fukuoka S, et al., Science, (2009) 325(5943): 998-1001)。リンケージドラッグがある場合には遺伝子周辺の情報が必要である。現在Crr1にリンケージドラッグとなるような遺伝子が存在するかは不明であるが、Crr1の配列情報が存在することにより、たとえリンケージドラッグが存在してもその解消が可能である。
【0149】
2つ目の問題は抵抗性遺伝子と近い距離にあっても、目的とする遺伝子を有する個体と導入したい個体のマーカー遺伝子型が同じであるためにマーカーとして使えないことである。すわなち、罹病性の品種・系統によっては、Crr1を有していないがマーカー遺伝子型はBRMS-088やBRMS-173と全く同型を示すことがあり、これらが選抜マーカーとして使えない場合である。Crr1をコードする遺伝子領域が明らかになり、罹病性系統間との比較が可能になった。抵抗性のPL6と罹病性のPL7の当該領域を比較すると、挿入欠失や一塩基多型が多数見出せ、マーカーの構築が効率的かつ容易になった。これまでマーカー遺伝子型が同じでマーカーの使用ができなかった品種・系統についてもCrr1領域の配列をリファレンスにして容易にマーカーを構築することが可能になった。以上のとおり、Crr1配列を利用することにより、どのような品種・系統であっても多型を生じるマーカーの構築が容易に行え、得られたマーカーは事実上組換え個体が生じない高精度の選抜能力を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)から(d)のいずれかに記載の、根こぶ病菌抵抗性を有するポリヌクレオチド;
(a)配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(b)配列番号:1に記載の塩基配列のコード領域を含むポリヌクレオチド、
(c)配列番号:2に記載のアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(d)配列番号:1記載の塩基配列の相補鎖にストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
【請求項2】
植物細胞で発現可能なプロモーター領域の下流に、請求項1に記載のポリヌクレオチドが機能的に結合したベクター。
【請求項3】
請求項2に記載のベクターが導入された形質転換植物細胞。
【請求項4】
請求項3に記載の形質転換植物細胞から再生された、根こぶ病菌抵抗性活性を有する植物体。
【請求項5】
請求項4に記載の植物体の子孫またはクローンである、根こぶ病菌抵抗性活性を有する植物体。
【請求項6】
請求項4または5に記載の根こぶ病菌抵抗性活性を有する植物体の繁殖材料。
【請求項7】
配列番号:1もしくは配列番号:3に記載の塩基配列、または該塩基配列の部分配列もしくは周辺配列を含むDNA領域を検出する工程を含む、被検植物体または被検繁殖媒体の根こぶ病菌抵抗性を判定する方法。
【請求項8】
以下の(i)から(iii)の工程を含む、請求項7に記載の判定方法;
(i)被検植物体または被検繁殖媒体からDNA試料を調製する工程、
(ii)該DNA試料から配列番号:1もしくは配列番号:3に記載の塩基配列、または該塩基配列の部分配列もしくは周辺配列を含むDNA領域を増幅する工程、
(iii)根こぶ病菌抵抗性の植物体または繁殖媒体から、配列番号:1もしくは3に記載の塩基配列、または該塩基配列の部分配列もしくは周辺配列を含むDNA領域を増幅したDNA断片と、工程(ii)において増幅したDNA断片の分子量または塩基配列を比較する工程。
【請求項9】
請求項7または8に記載の判定方法により、根こぶ病菌抵抗性遺伝子を有する植物体またはその種子を選抜する方法。
【請求項10】
以下の(i)および(ii)の工程を含む、根こぶ病菌抵抗性活性を有する植物体またはその種子の製造方法;
(i)請求項2に記載のベクターを植物細胞に導入する工程、および
(ii)前記工程(i)においてベクターが導入された形質転換植物細胞から植物体を再生する工程。
【請求項11】
請求項1に記載のポリヌクレオチドを植物細胞内で発現させる工程を含む、植物体もしくはその種子に根こぶ病抵抗性活性を付与する方法。
【請求項12】
請求項1に記載のポリヌクレオチド、または請求項2に記載のベクターを植物細胞へ導入する工程を含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
以下の(a)および(b)の工程を含む、請求項11に記載の方法;
(a)請求項1に記載のポリヌクレオチドを有する植物と他の植物とを交雑させる工程、および
(b)前記ポリヌクレオチドを有する植物体を選抜する工程。
【請求項14】
植物がアブラナ科植物である、請求項7〜13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
請求項7〜14のいずれかに記載の方法によって取得される植物体またはその種子。
【請求項16】
人為的に作製された植物体またはその種子であって、請求項1に記載のポリヌクレオチドを有し根こぶ病菌抵抗性活性を有することを特徴とする植物体またはその種子。
【請求項17】
植物がアブラナ科植物である、請求項15もしくは16に記載の植物体またはその種子。
【請求項18】
配列番号:1または塩基配列:3に記載の塩基配列とストリンジェントな条件で特異的にハイブリダイズし、少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有するオリゴヌクレオチドを含む、被検植物の根こぶ病菌抵抗性活性を検出するためのプライマー。
【請求項19】
配列番号:1または塩基配列:3に記載の塩基配列とストリンジェントな条件で特異的にハイブリダイズし、少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有するオリゴヌクレオチドを含む、被検植物の根こぶ病菌抵抗性活性を検出するためのプローブ。

【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図12】
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【図13−1】
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【図13−2】
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【図13−3】
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【図13−4】
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【図13−5】
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【図13−6】
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【図13−7】
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【図13−8】
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【図13−9】
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【図13−10】
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【図13−11】
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【図13−12】
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【図13−13】
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【図13−14】
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【図13−15】
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【図13−16】
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【図13−17】
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【図13−18】
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【図13−19】
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【図13−20】
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【図13−21】
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【図13−22】
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【図13−23】
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【図1】
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【図3】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−65567(P2012−65567A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−211689(P2010−211689)
【出願日】平成22年9月22日(2010.9.22)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度 農林水産省「有用遺伝子活用のための植物(イネ)・動物ゲノム研究のうちDNAマーカーによる効率的な新品種育成システムの開発」委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願。 平成21年度科学研究費補助金(基盤研究B)「ハクサイ根こぶ病抵抗性の分子遺伝学的解析と育種への応用」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】