説明

植物病害防除剤

【課題】 環境に対する負担が少なく、かつ、より長期間常温でも安定して保存することのできる、より実用的な植物病害の生物防除剤および防除方法を提供する。
【解決手段】 植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌の胞子、および、その胞子の生存に悪影響を与えない鉱物油を含有する植物病害防除剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物を用いた植物病害防除剤および植物の病害の防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物を病虫害の攻撃から守り、植物の健全な生育および収穫を得るためには、種々の方法がある。最も一般的な方法は、化学剤を用いることである(化学的防除法)。しかし、化学剤を多用または連用すると、その化学剤に抵抗性を示す植物病原菌が出現する場合があり、多大な開発費をかけて開発した化学剤の効果が失われてしまうことがあった。また、化学剤を多用すると、自然環境に対して過大な負荷がかかり、生態系の破壊につながる。そこで、近年は化学剤のみに頼るのではなく、物理的、生物的な方法などの環境負荷の少ない防除法も組み合わせて用いる総合防除の考え方が広がってきた。
特に生物的な防除方法は、自然界の生物間の相互作用を利用するもので、環境に対する負荷が少ない。そのような生物的な防除方法としては、例えば、炭疽病菌と拮抗するタラロマイセス属細菌(糸状菌の一種)の胞子等を用いたイチゴ炭疽病の防除方法(特許文献1参照)が知られている。
【0003】
しかし、糸状菌の胞子、特に分生子は大量に作られ生産性は高いものの、化学剤に比べて外部環境の変化の影響を比較的受け易く、糸状菌の胞子等を含む防除剤の保存条件によっては糸状菌の胞子の生存期間が短縮されてしまうことがあった。そのため、糸状菌の胞子を含む植物病害の防除剤の取り扱いには、ある程度の注意を払う必要があった。胞子を長期間保存するためには、低温に保つ、水分含量を少なくする、酸素を絶つ等の方法があるが、防除剤を低温に保ったり、防除剤の周りの酸素を絶つためには、コストがかかり過ぎるため現実的ではない。また、胞子の水分含量を減らすことは通常行われているが、乾燥し過ぎたり、熱を加えて乾燥すると胞子は死滅してしまう。したがって、微生物を用いた植物病害の防除剤であって、より長期間常温でも安定して保存することのできる、より実用的な植物病害の防除剤が求められていた。
【0004】
また、微生物を用いて植物病害を防除する場合は、その微生物を植物に散布等し、問題となっている病原菌と接触させなければならない。この場合、微生物を直接散布することもできるが、散布しやすい様に粘土鉱物等の補助成分に分散させ、界面活性剤を加えて水和剤に製剤し、使用時にその製剤を水に溶かして散布することが多い。しかし、このような水和剤として散布すると、剤の補助成分が作物の表面に残り、汚れのように見える場合があった。
【0005】
特許文献2には、昆虫病原性真菌の分生子を安定的に保持するためにパラフィン系軽油を用いた昆虫病原性組成物が開示されている(特許文献2参照)。しかし、特許文献2で用いられているのは、あくまでも昆虫病原性真菌であって、植物病原菌に拮抗する拮抗菌については何ら開示も示唆もされていない。
【特許文献1】特開平10−229872号公報
【特許文献2】特表平9−506592号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記観点からなされたものであり、環境に対する負担が少なく、かつ、より長期間常温でも安定して保存することのできる、より実用的な植物病害の生物防除剤および防除方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌の胞子と、その胞子の生存に悪影響を与えない鉱物油とを用いることにより、胞子を長期安定に保つ方法として胞子と酸素を絶ち、上記目的を達成し得ることを見い出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1)植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌の胞子、および、その胞子の生存に悪影響を与えない鉱物油を含有する植物病害防除剤。
(2)前記鉱物油が、白色鉱物油であることを特徴とする(1)に記載の植物病害防除剤。
(3)前記鉱物油が、水素添加して精製された流動パラフィンであることを特徴とする(1)に記載の植物病害防除剤。
(4)前記鉱物油が、水素添加し、さらに硫酸洗浄して精製された流動パラフィンであることを特徴とする(1)に記載の植物病害防除剤。
(5)前記植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌が、ペニシリウム属、タラロマイセス属、グリオクラデイウム属またはトリコデルマ属に属する糸状菌であることを特徴とする(1)に記載の植物病害防除剤。
(6)前記植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌が、ペニシリウム ワックスマニ、タラロマイセス フラバス、グリオクラデイウム ビレンスまたはトリコデルマ ビレンスであることを特徴とする(1)に記載の植物病害防除剤。
(7)前記植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌が、ペニシリウム ワックスマニ FERM P-19592、タラロマイセス フラバス FERM P-15816、グリオクラデイウム ビレンス FERM P-17381、トリコデルマ ビレンス ATCC13213、トリコデルマ ビレンス ATCC24290、またはそれらの変異体であることを特徴とする(1)に記載の植物病害防除剤。
(8)前記胞子が、分生子、子嚢胞子または厚膜胞子であることを特徴とする(1)に記載の植物病害防除剤。
(9)二酸化珪素をさらに含有することを特徴とする(1)〜(8)のいずれか1つに記載の植物病害防除剤。
(10)植物を栽培する土壌または植物体に、(1)〜(9)のいずれか1つに記載の植物病害防除剤を施用することを特徴とする、植物の病害の防除方法。
(11)培養菌体物から白色鉱物油で糸状菌の分生子を回収する方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の防除剤および防除方法は、環境に対する負荷が少なく、かつ、土壌で実際に栽培されている植物の病害に対して十分な防除効果を持続的に発揮するという利点がある。また、本発明の防除剤中の糸状菌の胞子は、より長期間常温でも生存することができ、その結果、本発明の防除剤は、より長期間常温でも安定して保存することができるという利点がある。さらに、植物病原菌に対して拮抗作用を有する微生物を水和剤等に混和して散布した場合に比べ、本発明の防除剤を散布した場合は、剤の補助成分等による作物への汚れが少ないという利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
<1>植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌の胞子
本発明の植物病害防除剤は、植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌の胞子を含有する。本発明における「植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌」とは、植物の病害の病原菌のうち少なくとも1種の病原菌に対して拮抗作用を有する糸状菌を意味する。本発明の糸状菌は、病原菌に対して拮抗作用を発揮することにより、その病原菌により引き起こされる植物の病害を予防または治癒する。ここでいう「植物の病害を予防する」とは、病
原菌が感染していないか又は病徴が現れていない植物を、その糸状菌を施用すること以外は同じ好適な条件で栽培した場合に、その糸状菌を施用しなかった植物より、その糸状菌を施用した植物のその病害の度合いが低いことをいう。また、前述した「植物の病害を治癒する」とは、病原菌が感染して病徴が現れている植物を、その糸状菌を施用すること以外は同じ好適な条件で栽培した場合に、その糸状菌を施用した植物より、その糸状菌を施用しなかった植物における病害の度合いが低いことをいう。
【0010】
本発明に用いる糸状菌としては、植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌であれば特に制限はないが、ペニシリウム(Penicillium)属、タラロマイセス(Talaromyces)属、グリオクラデイウム(Gliocladium)属またはトリコデルマ(Trichoderma)属に属する糸状菌であって、植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌が挙げられる。ペニシリウム属に属する糸状菌としては、ペニシリウム ワックスマニ(Penicillium waksmanii)RU-15000(FERM P-19592)またはその変異体が好ましく、タラロマイセス属に属する糸状菌としては、タラロマイセス フラバス(Talaromyces flavus)Y-9401(FERM P-15816)またはその変異体が好ましく、グリオクラデイウム属に属する糸状菌としては、グリオクラデイウム ビレンス(Gliocladium virens)G2(FERM P-17381)またはその変異体が好ましく、トリコデルマ属に属する糸状菌としては、トリコデルマ ビレンス(Trichoderma virens)ATCC13213、トリコデルマ ビレンス ATCC24290またはそれらの変異体が好ましい。
【0011】
本発明における「ある菌株の変異体」には、その菌株と同様の菌学的性質を有し、かつ、植物病原菌に対して拮抗作用を有する菌株である限り、その菌株から誘導されたいかなる変異体も含まれる。変異には、自然変異または化学的変異剤や紫外線等による人工変異を含む。
【0012】
ペニシリウム ワックスマニ RU-15000は、本出願人が、平成15年11月21日より、独立行政法人産業科学技術総合研究所 特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1−1−1 中央第6)に受託番号FERM P-19592で寄託しているものである。また、タラロマイセス フラバス Y-9401は、本出願人が、平成8年9月2日に通商産業省工業技術院生命工学技術研究所 特許微生物寄託センター(現独立行政法人産業科学技術総合研究所 特許生物寄託センター)に受託番号FERM P-15816で寄託しているものである。また、グリオクラデイウム ビレンス G2は、本出願人が、平成11年4月30日より、通商産業省工業技術院生命工学技術研究所 特許微生物寄託センター(現独立行政法人産業科学技術総合研究所 特許生物寄託センター)に受託番号FERM P-17381で寄託しているものである。
トリコデルマ ビレンス ATCC13213およびトリコデルマ ビレンス ATCC24290は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(アメリカ合衆国 ヴァージニア州 20110−2209 マナサス 10801 ユニバーシティブルバード)からそれぞれ入手することができる。
【0013】
本発明の植物病害防除剤は、植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌を一種のみ含有するものであってもよいし、そのような糸状菌を二種以上同時に含有するものであってもよい。
また、本発明に用いる糸状菌は、例えば、市販の生菌剤などに含まれているものを用いてもよいし、市販の菌株を用いて培養したものを用いてもよい。
【0014】
本発明に用いる胞子は、糸状菌の胞子であり、分生子、子嚢胞子、厚膜胞子が含まれる。本発明の植物病害防除剤に含まれる胞子の種類は、一種のみであってもよいし、二種以上であってもよい。
本発明の胞子は、上記糸状菌の培養物から得られる。
本発明の糸状菌の培養は、糸状菌の通常の培養方法と同様の方法により行うことができる。培養方法は、菌体が増殖する方法であれば、培地の種類や培養条件等を問わず、いずれの方法でもよいが、固体培養の場合は、ポテトデキストロース寒天培地、ツァペックドックス寒天培地、麦芽寒天培地等を用いて静置培養することができ、液体培養の場合は、ポテトデキストロース液体培地、ツァペックドックス液体培地、麦芽液体培地等を用いて振とう培養することができ、さらに、大量培養する場合は、フスマ、コムギ、オオムギ、大豆粉等を用いて静置培養することができる。
ただし、糸状菌を胞子化させるため、培地の組成、培地のpH、培養温度、培養湿度、培養する際の酸素濃度などの培養条件を、その胞子形成条件に適合させるように調製することが好ましい。
【0015】
培養で得られた培養物は、固体培養物をフルイ機にかけたり、液体培養物を遠心分離するなどして胞子を分離・回収して用いる。
【0016】
固体培養物からの胞子の回収方法については特に制限はないが、例えば、胞子を含む固体培養物を目開き0.25mmのフルイ機にかけ、培養担体を除いた胞子濃縮物を得る。あるいは、固体培養物を容器中の流動パラフィンに加えてよく攪拌した後、その溶液を綿布で絞り出し、胞子懸濁液を得ることもできる。また、綿布に残ったものを再度流動パラフィンに加えてよく攪拌した後、その溶液を綿布で絞り出すという操作を繰り返すことにより、糸状菌の培養物から回収される胞子の回収率を上げることができる。
なお、本発明の別の態様は、培養菌体物から白色鉱物油で糸状菌の分生子を回収する方法である。本方法は以下の通りである。
糸状菌の分生子を含む固体培養物を容器中の白色鉱物油に加えてよく攪拌した後、その溶液を綿布で絞り出し、分生子懸濁液を得ることもできる。また、綿布に残ったものを再度白色鉱物油に加えてよく攪拌した後、その溶液を綿布で絞り出すという操作を繰り返すことにより、糸状菌の培養物から回収される分生子の回収率を上げることができる。
【0017】
<2>糸状菌の胞子の生存に悪影響を与えない鉱物油
本発明の植物病害防除剤は、上記の糸状菌の胞子と共に、その胞子の生存に悪影響を与えない鉱物油を含有している。
本発明に用いる鉱物油としては、上記の糸状菌の胞子の生存に悪影響を与えない鉱物油であれば特に制限はない。
本発明に用いる鉱物油としては、無色透明である白色鉱物油、より好ましくは水素添加して精製された流動パラフィン、または、水素添加し、さらに硫酸洗浄して精製された流動パラフィンが挙げられる。
上記の鉱物油はいずれも市販されており、一般に入手は容易である。
【0018】
本発明に用いる流動パラフィンは、白色鉱物油の一種で、40℃の動粘度が3〜20mm2/sの範囲内、沸点が240〜400℃の範囲内にある。精製方法の違いによって、性質の若干異なる種々の流動パラフィンが得られる。例えば、溶剤洗浄や、高圧水添、硫酸洗浄等の工程を経ることにより成分中の芳香族成分を少なくすることができ、精製度の高い流動パラフィンを得ることができる。
【0019】
流動パラフィンは長年に渡って農業用途に用いられている上、食品添加物にも指定されており、安全性が十分に確認されている物質である。流動パラフィンは、その粘度の違いにより植物や動物に対する作用は異なることが知られており、動粘度が低くなれば草本類の軟らかい葉にも影響が少なくなる。また、粘度が高くなれば、昆虫やハダニに対する作用が高くなる。しかし、流動パラフィンの種類の違いが糸状菌の胞子に対して与える影響は少なく、本発明の植物病害防除剤においては種々の流動パラフィンを用いることができる。
【0020】
<3>植物病害防除剤
本発明の植物病害防除剤は、植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌の胞子、および、その胞子の生存に悪影響を与えない鉱物油を含有する植物病害防除剤を含有するものである。
【0021】
本発明の植物病害防除剤に含まれる上記の糸状菌の胞子濃度は、本発明の効果を損なわない限り特に制限はないが、胞子濃度に換算して、好ましくは104〜1010 cfu/ml、より好ましくは106〜109 cfu/mlとすることができる。このような範囲であると、本発明の効果がより十分に発揮されるからである。
【0022】
また、本発明の植物病害防除剤は、本発明の効果が発揮される限り、上記の鉱物油の含有量に特に制限はないが、防除剤全量に対して80〜99重量%含有することが好ましく、85〜95重量%含有することが特に好ましい。このような範囲であると、安定した製剤が得られるからである。
使用にあたっては、水で500〜4000倍に希釈して植物に散布することができる。また、本発明の植物病害防除剤は、本発明の効果を妨げない限り、上記糸状菌の胞子及び上記鉱物油以外に、任意の成分を含有していてもよい。そのような任意の成分として、二酸化珪素粉末、微細粘土鉱物等の添加剤、アニオン型、カチオン型、両性型等の界面活性剤が挙げられる。これらの添加剤、界面活性剤を含有させると、糸状菌の胞子が鉱物油内でより均一に分散し、本発明の植物病害防除剤の製品としての安定性がより向上する。
また、二酸化珪素粉末(例えば「カープレッックス」(デグッサ(Degussa)社製))は、保存中の製剤中で胞子の沈降を抑え、使用時にあたってボトルから製剤を取り扱い易くする。
本発明の防除剤の乳剤を製造する方法については特に制限はないが、例えば、界面活性剤を含有する本発明の鉱物油中に、採取したペニシリウム菌の胞子を混入させ、懸濁液を調製することにより製造することができる。
【0023】
この様にして得られる本発明の植物病害防除剤が適応される植物の病害は、本発明の糸状菌が拮抗作用を示す病原菌が植物に感染することよって引き起こされる植物の病害であれば特に制限はないが、本発明の糸状菌が拮抗作用を示す病原菌であって、かび類に属する病原菌が植物に感染することによって引き起こされる植物の病害が特に好ましい。
【0024】
本発明の植物病害防除剤が適応される植物の病害として、例えば、ペニシリウム属、タラロマイセス属、グリオクラデイウム属またはトリコデルマ属に属する糸状菌が拮抗作用を示す病原菌が植物に感染することによって引き起こされる植物の病害が挙げられ、その中でもペニシリウム ワックスマニ、タラロマイセス フラバス、グリオクラデイウム ビレンスまたはトリコデルマ ビレンスが拮抗作用を示す病原菌が植物に感染することによって引き起こされる植物の病害が好ましく、その中でもペニシリウム ワックスマニ FERM P-19592、タラロマイセス フラバス FERM P-15816、グリオクラデイウム ビレンス FERM P-17381、トリコデルマ ビレンス ATCC13213またはトリコデルマ ビレンス ATCC24290が拮抗作用を示す病原菌が植物に感染することによって引き起こされる植物の病害が特に好ましい。
【0025】
ペニシリウム ワックスマニが拮抗作用を示す病原菌が植物に感染することによって引き起こされる植物の病害としては、イチゴうどんこ病、ウリ類うどんこ病、バラうどんこ病等のうどんこ病、イチゴ炭疽病、ウリ類炭疽病、チャ炭疽病、マンゴー炭疽病、カキ炭疽病、核果類の炭疽病等の炭疽病、トマト葉かび病が挙げられる。
また、タラロマイセス フラバスが拮抗作用を示す病原菌が植物に感染することによって引き起こされる植物の病害としては、イチゴうどんこ病、トマト葉かび病、チャ炭疽病が
挙げられる。
【0026】
また、グリオクラデイウム ビレンスやトリコデルマ ビレンスが拮抗作用を示す病原菌が植物に感染することによって引き起こされる植物の病害としては、イネ科に属するコウライ芝のラージパッチ、ベントグラスのブラウンパッチおよびダラースポット、アブラナ科に属するブロッコリーの根こぶ病、ハクサイの根こぶ病、キャベツの苗立枯病および菌核病、ダイコンの萎黄病、ユリ科に属するネギの白絹病および萎凋病、タマネギの灰色腐敗病、アカザ科に属するホウレンソウの株腐病、立枯病および萎凋病、ヤマノイモ科に属するナガイモの褐色腐敗病、ナデシコ科に属するカーネーションの萎凋病、セリ科に属するパセリの萎凋病、キク科に属するレタスの根腐病、ナス科に属するトマトの萎凋病、根腐萎凋病、褐色根腐病および半身萎凋病、ナスの半身萎凋病、ジャガイモのそうか病、ウリ科に属するスイカのつる枯れ病、メロンのつる割病および黒点根腐病、ヒルガオ科に属するサツマイモの紫紋羽病、サトイモ科に属するコンニャクの根腐病、バラ科に属するイチゴの萎黄病、ナシの白紋羽病などが挙げられる。
【0027】
<4>本発明の植物病害防除剤の施用方法および本発明の植物病害防除剤を施用することによる植物の病害の防除方法
本発明の植物病害防除剤は、上記のような各種植物の各種病害を防除する目的で植物を栽培する土壌または植物体に施用することができるが、その施用方法に特に制限はなく、病害の種類や適用植物の種類等によって適宜選択される。例えば、本発明の防除剤を、植物を栽培する土壌に混和、散布または潅注等を行うことにより、本発明の防除剤を施用してもよく、あるいは、本発明の防除剤を植物体に直接塗布または散布等することにより、本発明の防除剤を施用してもよい。ここで、土壌に施用する場合は、本発明の防除剤を土壌に施用してから植物を植えてもよく、また、植物を土壌に植えた後でその土壌に施用してもよい。本発明の防除剤を散布処理する場合は、本発明の防除剤を適当量の水等で希釈して使用することができる。
【0028】
なお、本発明の植物病害防除剤の施用量は、病害の種類、適用植物の種類等によって異なるため一概には規定できないが、土壌に散布処理する場合は、10a当たり、糸状菌の胞子濃度に換算して通常104〜106cfu/mlの防除剤溶液を50〜300L散布することができる。
【実施例1】
【0029】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。
(糸状菌の培養)
(1)固体培養
ペニシリウム ワックスマニ FERM P-19592の胞子をPDA培地で5日間25℃で静置培養した後、白金耳で一部をPDブロスに接種し、25℃で一晩振とう培養した。次に、水分含量を50重量%に予め調製した滅菌済みのフスマにPDブロス培養液の一部を接種し、混合した後、25℃で固体静置培養を開始した。7日間培養した後、胞子数を計測したところ、フスマ1g当たり1×1010個の胞子が形成されていた。フスマを乾燥した後、フルイ機にかけることによりFERM P-19592の胞子を大量に回収することができた。
(2)液体培養
ペニシリウム ワックスマニ FERM P-19592をPDA培地で5日間25℃で静置培養した後、白金耳で一部を麦芽エキス(DIFCO社製)を用いた液体培地に接種し、25℃で振とう培養を行った。7日間培養後、培養液中の胞子数を計測したところ、培養液1ml当たり1×108個の胞子が形成されていた。この培養液をガーゼでろ過し、遠心分離することによりFERM P-19592の胞子が大量に得られた。
【実施例2】
【0030】
(製剤例1〜3)
前述の実施例1(1)の方法で回収したペニシリウム ワックスマニ FERM P-19592の胞子10重量部と、ポリオキシエチレンアルキルエーテル系界面活性剤5重量部に、85重量部の流動パラフィンを加えて乳剤とした(製剤例1)。また、ペニシリウム ワックスマニ FERM P-19592に代えて、タラロマイセス フラバス FERM P-15816、グリオクラデイウム ビレンス FERM P-17381をそれぞれ用いて同様の操作を行って乳剤を得た(それぞれ製剤例2、製剤例3)。
製剤例1〜3の胞子濃度は、それぞれ50×109cfu/g、1.5×109cfu/g、3.0×108cfu/gであった。
また、用いた流動パラフィンの性状は、比重0.8560(15/4℃)、動粘度7.98mm2/s(40℃)、引火点160℃である。
【実施例3】
【0031】
(イチゴうどんこ病に対する防除効果の確認)
ポット育苗したイチゴ苗(品種:さちのか)をビニールハウスに10月23日に定植した。その際、畦幅50cm畦間50cm、株間20cmで2条植えとした。冬季は最低12℃で栽培した。試験開始前の時点ではうどんこ病の発生はなかった。
2月10日より1週間間隔で4回、製剤例1を水道水で1000倍に希釈したものを、10a当り250L散布した。同様の操作を製剤例2についても行った。また、無処理区として、製剤例の代わりに水道水を用いて同様の操作を行った。上記の試験は1区24株3連制で行った。最終散布から1週間後(3月9日)、自然発病で発生したうどんこ病の発病度合いを調査した。調査は、区の両端の4株を除く20株について、上位3複葉の各小葉毎に以下の発病程度に合わせてスコア付けし、発病小葉率および発病度を求め、発病度より無処理区に対する防除価を求めた。2月18日に無処理区にうどんこ病の初発を見た。

指数0;無発病 指数1;病斑面積率5%未満
指数2;病斑面積率が5%以上25%未満 指数3;病斑面積率が25%以上50%未満指数4;病斑面積率が50%以上
発病度=Σ(程度別発病小葉数×指数)×100/(調査小葉数)×4)
防除価=(1−散布区の発病度/無処理区の発病度)×100

以上の試験の結果を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
表1の結果から明らかなように、無処理区に比べてペニシリウム ワックスマニ FERM P-19592散布区およびタラロマイセス フラバス FERM P-15816散布区では、イチゴうどんこ病の発病が抑制された。
【実施例4】
【0034】
(トマト葉かび病に対する防除効果の確認)
5月12日第1花房が開花しているトマト苗(品種:桃太郎)を畦幅100cm、株間50cmでハウスに定植した。試験開始前の時点では葉かび病の発生はなかった。
5月29日、6月5日、6月12日に、製剤例1を水道水で1000倍に希釈したものを、10a当り150L散布した。同様の操作を製剤例2についても行った。また、無処理区として、製剤例の代わりに水道水を用いて同様の操作を行った。上記試験は、1区12株3連制で行った。
6月19日に各区の両端を除いた10株の第2果房前後の10複葉について病斑数を調査した。発病度、防除価等は、実施例3と同様に算出した。その結果を表2に示す。
【0035】
【表2】

【0036】
表2の結果から明らかなように、無処理区に比べてペニシリウム ワックスマニ FERM P-19592散布区およびタラロマイセス フラバス FERM P-15816散布区では、トマト葉かび病の発病が抑制された。
【実施例5】
【0037】
(チャ炭疽病に対する防除効果の確認)
やぶきた10年生の茶を用い、1区30m2、反復なしで、3番茶を対象とした。生育を整えるため7月25日に整枝を行った。8月6日から7日毎に4回、製剤例1を水道水で1000倍に希釈し、10a当り300L散布した。同様の操作を製剤例2についても行った。また、無処理区として、製剤例の代わりに水道水を用いて同様の操作を行った。最終散布から3週間後の9月17日に、1m2の範囲3ヶ所の中の病葉数をそれぞれ調査した。その結果を表3に示す。
【0038】
【表3】

【0039】
表3の結果から明らかなように、無処理区に比べてペニシリウム ワックスマニ FERM P-19592散布区およびタラロマイセス フラバス FERM P-15816散布区では、チャ炭疽病の発病が抑制された。
【実施例6】
【0040】
(ネギ白絹病に対する防除効果の確認)
3月25日に播種したネギ(品種:東京冬黒)の幼苗を5月19日、株間2.7cm条間1mで定植した。試験開始前の時点ではネギ白絹病の発生はなかった。
6月23日、7月14日、8月11日、9月22日の4回の土寄せの内、最初の2回の土寄せ時に、水道水で500倍に希釈した製造例3を1m2当り0.5L株元に処理した。また、無処理区として、製剤例の代わりに水道水を用いて同様の操作を行った。この試験は、1区20m2(5×4m)、3連制で行った。
10月6日に試験区の中央2mの株を掘り取り、株元の菌核及び葉鞘部に菌糸の付着している株を調査し発病株を計数した。その結果を表4に示す。
【0041】
【表4】

【0042】
表4の結果から明らかなように、無処理区に比べてグリオクラデイウム ビレンス FERM P-17381散布区では、ネギ白絹病の発病が抑制された。
【実施例7】
【0043】
(保存安定性試験)
前述の実施例1(1)の方法で、ペニシリウム ワックスマニ FERM P-19592、タラロマイセス フラバス FERM P-15816、グリオクラデイウム ビレンス FERM P-17381のそれぞれの分生子粉末を回収した。それらの分生子粉末と、実施例2に記載された製剤例1〜3を用いて、以下のような保存安定性試験を行った。
【0044】
上述の分生子粉末と製剤例1〜3を、35℃のインキュベーター内に置き、それぞれの胞子生存率を経時的に調べた。胞子生存率は、各製剤および分生子粉末を殺菌した0.05%ツイーン20水溶液で10倍毎に希釈し、ポテトデキストロース寒天培地に菌を生育させて、生菌数を求めることにより測定した。その結果を表5に示す。
【0045】
【表5】

【0046】
表5の結果から明らかなように、本発明の製剤は、保存安定性が高いことが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌の胞子、および、その胞子の生存に悪影響を与えない鉱物油を含有する植物病害防除剤。
【請求項2】
前記鉱物油が、白色鉱物油であることを特徴とする請求項1に記載の植物病害防除剤。
【請求項3】
前記鉱物油が、水素添加して精製された流動パラフィンであることを特徴とする請求項1に記載の植物病害防除剤。
【請求項4】
前記鉱物油が、水素添加し、さらに硫酸洗浄して精製された流動パラフィンであることを特徴とする請求項1に記載の植物病害防除剤。
【請求項5】
前記植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌が、ペニシリウム属、タラロマイセス属、グリオクラデイウム属またはトリコデルマ属に属する糸状菌であることを特徴とする請求項1に記載の植物病害防除剤。
【請求項6】
前記植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌が、ペニシリウム ワックスマニ、タラロマイセス フラバス、グリオクラデイウム ビレンスまたはトリコデルマ ビレンスであることを特徴とする請求項1に記載の植物病害防除剤。
【請求項7】
前記植物病原菌に対し拮抗作用を有する糸状菌が、ペニシリウム ワックスマニ FERM P-19592、タラロマイセス フラバス FERM P-15816、グリオクラデイウム
ビレンス FERM P-17381、トリコデルマ ビレンス ATCC13213、トリコデルマ ビレンス ATCC24290、またはそれらの変異体であることを特徴とする請求項1に記載の植物病害防除剤。
【請求項8】
前記胞子が、分生子、子嚢胞子または厚膜胞子であることを特徴とする請求項1に記載の植物病害防除剤。
【請求項9】
二酸化珪素をさらに含有することを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の植物病害防除剤。
【請求項10】
植物を栽培する土壌または植物体に、請求項1〜9のいずれか1項に記載の植物病害防除剤を施用することを特徴とする、植物の病害の防除方法。
【請求項11】
培養菌体物から白色鉱物油で糸状菌の分生子を回収する方法。

【公開番号】特開2006−124337(P2006−124337A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−315602(P2004−315602)
【出願日】平成16年10月29日(2004.10.29)
【出願人】(000183646)出光興産株式会社 (2,069)
【Fターム(参考)】