説明

植物細胞塊の培養方法

【課題】植物細胞塊の培養においてスケールアップを行う際に発生し得る増殖不良の問題を解決し、植物細胞塊を培養するための優れた方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、植物細胞塊を液体培地中で培養する方法を提供し、この方法は、培養開始後7日目に、破断した植物細胞塊が20%以下であり、かつ沈降した植物細胞塊が20%以下であるように培養することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物細胞塊を液体培地中で培養する方法に関する。より具体的には、本発明は、植物細胞塊が破断も沈降もしないような条件で植物細胞塊を培養する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の細胞を短期間で大量に増殖させ、二次代謝産物のような有用物質を大量生産するための手法として、植物細胞を液体培地で懸濁培養する方法が知られている。植物細胞の良好な増殖を達成するためには、十分な酸素の供給と均一な混合状態の維持、さらに細胞の破損を防ぐこと等が重要である。培養液への酸素の供給と細胞の懸濁は、通気と機械的攪拌とを組み合わせて行なわれる場合と、通気のみにより行なわれる場合とがあるが、前者は、攪拌翼による細胞の破損が原因で増殖不良を招く場合があり、一方、後者の場合は攪拌翼による細胞の剪断は少ないが、高密度培養では均一な混合状態を維持することが困難となるため、細胞が沈降してやはり増殖効率が低下するといった問題点があった。
【0003】
このような問題を解決する手段として、特許文献1は、通気型のエアリフト培養装置に回転式ドラフトチューブを設けて培養液の水平方向に回転流を生じさせることにより、細胞のせん断を抑制しつつ細胞の沈降を防ぐ、細胞の高密度培養法を記載している。また、特許文献2は、細胞強度の弱い細胞を培養するにあたり、細胞に強い剪断応力を与えずに物質移動速度を高めるために、回転軸に取り付けられたスクリュー羽根と周辺部の羽根とが逆方向の流れを作るかご型ローターを備えた細胞培養装置を記載している。
【0004】
しかしながら、上記のような特殊な攪拌翼を備えた培養装置は広く普及してはおらず、また、そもそも、実際に細胞の破損や混合状態の均一性をどの程度まで制御すれば、所望の細胞増殖が得られるかという具体的な指標自体が、これまで十分に検討されていない。したがって、最適な培養条件を決定するためには、依然として多大な試行錯誤を必要とするのが実状である。
【特許文献1】特開平7−067625号公報
【特許文献2】特開平7−075550号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、標準的な通気型もしくは通気・機械的攪拌併用型の培養装置を用いて、良好な植物細胞の増殖をもたらし得る、植物細胞の液体大量培養法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、植物細胞塊の破断及び沈降をある一定割合以下に抑えることにより、特殊な培養装置を用いることなく、植物細胞の増殖効率を著しく向上させ得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
即ち、本発明は、以下に関する。
[1]植物細胞塊を液体培地中で培養する方法であって、培養開始後7日目に、破断した植物細胞塊が20%以下であり、かつ沈降した植物細胞塊が20%以下であるように培養することを特徴とする、培養方法。
[2]培養開始時に、粒径3〜40mmの植物細胞塊を、液体培地に対する細胞塊湿重量が4〜8(重量/容積)%となるように接種することを特徴とする、上記[1]記載の方法。
[3]植物細胞塊の沈降速度が、4m/min以下であることを特徴とする、上記[2]記載の方法。
[4]培養に使用する培養槽内の各点の流速が、0.005m/s以上3.0m/s以下であることを特徴とする、上記[1]記載の方法。
[5]エアレーション及び/又は攪拌翼による攪拌操作を含む、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の方法。
[6]植物細胞塊がカルスである、上記[1]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7]植物細胞塊が薬用人参に由来する、上記[1]〜[6]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の植物細胞の培養方法は、培養中に発生し得る植物細胞塊の破断及び沈降を一定割合以下に抑制することにより、増殖不良の問題を生じることなく植物細胞を培養し得るという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を詳述する。
まず、本発明の対象となる植物体は、液体培養可能なものであれば、特に限定はない。これまで液体培養の実績があるものとしては、有用な二次代謝産物を産生する植物、例えば、生薬類(例えば、サポニン、アルカロイド類、ベルベリン、スコポリン、植物ステロール等)を生産する植物(例えば、薬用人参、ニチニチソウ、ヒヨス、オウレン、ベラドンナ等)や、化粧品・食品原料となる色素や多糖体(例えば、アントシアニン、ベニバナ色素、アカネ色素、サフラン色素、フラボン類等)を生産する植物(例えば、ブルーベリー、紅花、セイヨウアカネ、サフラン等)、或いは医薬品原体を生産する植物などがあげられるが、それらに限定されない。例えば、薬用人参では、おたね人参(Panax ginseng)、チクセツ人参(Panax japonicus)、アメリカ人参(Panax quinquefolium)、田七人参(Panax notoginseng)、シベリア人参(Eleutherococcus senticosus)は古来より有用生薬として珍重され広く利用されている。薬効としては古くから強壮、長生などが言われ、現在では血糖降下作用、鎮静、興奮、利尿作用などが明らかにされている。
【0010】
本発明において、培養開始時に液体培地中に接種される植物細胞(以下、「種株」という場合がある)は、液体培養により大量に増殖させ得るものであれば特に制限はなく、例えば、分化した植物体の一部の組織(例えば、根、茎、葉の切片、種子、生長点、胚、花粉等)や、未分化なもしくは脱分化した細胞又はその集合体等が挙げられる。培養の目的が有用物質生産のための植物細胞の大量増殖である場合、増殖能が高く、高密度培養に適した形状(例えば、内側に空隙を抱え込んだ、おおむね球状の外観を有する不定形)を有する植物細胞塊が好ましく、脱分化した細胞の集合体であるカルスがより好ましい。
【0011】
カルスの誘導は、使用する植物種についてそれぞれ公知の方法により行うことができるが、例えば薬用人参の場合、例えば特開2004−290082に記載の方法などに準じてカルスを誘導することができる。
簡潔にいえば、分化した植物体の一部の組織(例えば、根、茎、葉の切片、種子、生長点、胚、花粉等)表面を、必要に応じて70%アルコールや1%次亜塩素酸ナトリウム溶液等を用いて滅菌した後、メス等を用いて適当な大きさの組織片(例えば薬用人参の場合、約1〜約5mm角の根切片)を切り出し、クリーンベンチ等を用いた無菌操作により、該組織片を予め滅菌したカルス誘導培地に播種して適当な条件下で無菌培養する。
【0012】
カルス誘導培地としては、植物組織培養に通常用いられるムラシゲ・スクーグ(MS)培地、リンズマイヤー・スクーグ(LS)培地、ホワイト培地、ガンボーグB5培地、ニッチェ培地、ヘラー培地、モーレル培地等の基本培地、或いは、これら培地成分を至適濃度に修正した修正培地(例えば、アンモニア態窒素濃度を半分にする等)(必要に応じて、カゼイン分解酵素、コーンスティープリカー、ビタミン類等をさらに補充することができる)に、オーキシン類及び必要に応じてサイトカイニン類等の植物生長調節物質(植物ホルモン)を適当な濃度で添加した培地が挙げられる。これらの培地はオートクレーブを用いて滅菌することができる。
【0013】
オーキシン類としては、例えば、3−インドール酢酸(IAA)、3−インドール酪酸(IBA)、1−ナフタレン酢酸(NAA)、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸(2,4−D)等が挙げられるが、それらに限定されない。オーキシン類は、例えば、約0.1〜約10ppmの濃度で培地に添加され得る。
サイトカイニン類としては、例えば、カイネチン、ベンジルアデニン(BA)、ゼアチン等が挙げられるが、それらに限定されない。サイトカイニン類は、例えば、約0.1〜約10ppmの濃度で培地に添加され得る。
合成植物ホルモンの多くは培地とともにオートクレーブ滅菌可能であるが、IAAやゼアチン等の天然植物ホルモンは熱に不安定であるので、フィルター滅菌したものをオートクレーブ後の培地に添加することにより、カルス誘導培地を調製することが望ましい。
【0014】
カルス誘導培地は、液体培地であっても固形培地であってもよい。固形培地の場合、例えば、寒天、アガロース、ゲランガム等を約0.5〜約2%(w/w)となるように添加すればよい。
【0015】
培養容器としては、ガラス製の培養チューブ、三角フラスコ、ビーカーや、プラスチック製のアグリポット等を用いることができる。培養は、使用する植物種についてそれぞれ公知の好適な条件下で行うことができるが、例えば、固形培地を用いる場合、約20〜約30℃で約7〜約28日間、静置培養する方法などが挙げられる。照明条件は培養に供される植物体に応じて適宜設定することができ、例えば24時間明期、16時間明期/8時間暗期、24時間暗期等が選択され得る。
【0016】
誘導されたカルスは、すぐに大量増殖のために液体培養に付されてもよいし、あるいは継代用培地で継代培養することにより種株として維持することもできる。継代培養は、液体培地及び固形培地のいずれを用いて行ってもよいが、例えば、薬用人参のカルスを液体培地を用いて継代する場合には、例えば特開2005−312323に記載される方法などが好ましく用いられる。
【0017】
本発明の培養方法で用いられる液体培地としては、上記カルス誘導培地について例示された各種の基本培地もしくはその修正培地に、必要に応じて、カゼイン分解酵素、コーンスティープリカー、ビタミン類、植物ホルモンなどが添加されたものを用いることができる。植物ホルモンとしては、上記カルス誘導培地について例示されたオーキシン類及び/又はサイトカイニン類を、上記と同様の濃度(カルス等の脱分化した植物細胞塊を、分化誘導しながら増殖させる場合には、カルス誘導培地で用いられるオーキシン:サイトカイニン比よりもサイトカイニン類の比率を高くした培地組成とすることが好ましい場合がある)で添加することができる。
液体培地の粘度は0.9〜100mPa・S、好ましくは0.9〜20mPa・S、より好ましくは0.9〜5mPa・Sである。
【0018】
本発明で使用する培養槽は、1L〜25kL規模の大量培養槽(ジャーファーメンター又は培養タンクと呼ばれる)であれば特に制限はなく、例えば、通気型培養槽、気泡塔型培養槽、エアリフト型培養槽、回転ドラム型培養槽、通気攪拌型培養槽、スピンフィルター型培養槽などが挙げられる。その形状にも特に制限はないが、市販される多くのものは略円筒形である(回転ドラム型培養槽の場合は球形のものなどが用いられる)。
【0019】
培養槽本体の材質は、ステンレス或いはガラスが一般的であるが特に限定されない。通常、30L以下の場合はガラス製もしくはガラス壁の上下をステンレス製の蓋で閉じたものがよく用いられる。内部の細胞塊の状態が目視でも観察でき、耐熱性であればオートクレーブで滅菌可能なので、ガラス製の培養槽が好ましいが、30L以上では通常ステンレス製のものが用いられる。ステンレス製の培養槽には、ガラス製などの透明で内部を目視可能な材質の窓を設置することが望ましい。培養槽にはpH、DO、ORP、温度等を測定するための各種センサー、或いは邪魔板等があってもよいが、本発明の培養方法では、これらの一部もしくは全部を取り外しておくこともできる。その他、培養槽には、植物細胞の接種口、通気管、排気管、培地等の補給管等の開口部が設けられる。
【0020】
培養は、滅菌した培養槽に液体培地を添加し、さらに培養する植物体の種株を接種することにより開始される。培養は回分培養、流加培養、連続培養のいずれを用いて行ってもよい。回分培養では、培養中の植物細胞の増殖による体積増加を考慮して、培養終了時における培養液の体積が上記の範囲内となるように、培養槽に投入する液体培地の量を決定することができる。流加培養は、培養中に培地を連続的もしくは断続的に補給しながら行われるが、培養中の植物細胞の増殖による体積増加を考慮して、培養終了時における培養液の体積が上記の範囲内となるように、液体培地の初期投入量、追加投入量、添加速度もしくは追加投入回数等を決定することができる。また、連続培養では、培養終了時における培養液の体積が上記の範囲内となるように、液体培地の初期投入量及び添加速度、並びに培養液の抜き取り速度等を決定することができる。
【0021】
培養開始時に接種される植物細胞塊の量は、該細胞の増殖速度、培養様式(回分培養、流加培養、連続培養等)、培養期間などに応じて変動するが、例えば、カルス等の植物細胞塊を培養する場合、液体培地に対する細胞塊の湿重量が4〜8(重量/容積(w/v))%、好ましくは5〜7(w/v)%となるように液体培地に接種される。
【0022】
本発明の好ましい態様においては、複数の植物細胞の集合体(即ち、植物細胞塊)が種株として使用される。植物細胞塊の粒径は3〜40mm、好ましくは3〜20mm、より好ましくは5〜15mmである。ここで「粒径」とは、例えば植物細胞塊が略球形である場合はその直径を意味し、略楕円球形である場合にはその長径を意味し、その他の形状においても同様にとり得る最大長を意味する。植物細胞塊の沈降速度は、培養期間を通じて4m/min以下、好ましくは3m/min以下、より好ましくは2.5m/min以下である。沈降速度が速くなると、細胞塊が培養槽底部に沈降し、滞留しやすくなる。
【0023】
培養槽は通常、温度制御が可能である。このとき、培養槽は、5〜50℃の範囲の温度を制御できるものであり得る。あるいは、温度制御は、培養槽を恒温室中に配置することによって行なってもよい。本発明の培養方法では、培養温度は、通常10〜40℃、好ましくは10〜30℃、最も好ましくは20〜30℃の範囲である。培養温度は通常、培養する植物細胞塊に依存して異なることが理解されよう。
【0024】
培養期間は、使用する植物体の種類、培養様式、初期細胞密度などによって変動するが、例えば回分培養の場合、7〜70日間、好ましくは14〜60日間、より好ましくは20〜40日間である。
【0025】
本発明の培養方法は、培養開始後7日目に、破断した植物細胞塊が20%以下であり、かつ沈降した植物細胞塊が20%以下であるように、植物細胞を液体培地中で培養することを特徴とする。ここで植物細胞塊の「破断」とは、植物細胞塊が、剪断力等の物理的負荷によって、細胞の破壊又は損傷を伴って複数のより小さい細胞塊に分断されること(例えば、粒径が約3mm以下の植物細胞塊が生じること)をいう。破断した植物細胞の割合は、例えば以下のように求める:接種時の細胞塊の固形分を乾燥固形分(接種乾燥固形分)換算で測定する。培養7日目の収穫時、ふるい(3mm目)で培養液をろ過し、ふるい上に得られた細胞塊の乾燥固形分(収穫乾燥固形分)を測定する。これらの値から、破断した細胞塊の割合を次式で求める:
破断した細胞(%)=(1−収穫乾燥固形分/接種乾燥固形分)×100
細胞の破断が起こると細胞が増殖できず、収穫乾燥固形分は接種乾燥固形分よりも小さくなるため、破断した細胞の割合を示す値はプラスとなる。一方、求めた値がマイナスとなることは、植物細胞塊が増殖したことを意味し、破断した細胞がないことを示す。
【0026】
破断した植物細胞塊は少ないほど好ましいが、破断した植物細胞塊が全植物細胞塊の20%(体積%)以下であれば増殖不良が生じない。ここで「増殖不良」とは、経験値から想定される培養終了時における単位容積あたりの植物細胞重量(例えば、培養液1Lあたりの乾燥固形分重量)に比べて、統計学上有意に低い量の植物細胞しか得られない状態を意味し、例えば、薬用人参カルスの液体培養の場合、培養終了時における植物細胞塊の増殖倍率が1.5倍以下であることを意味する。この増殖倍率は、収穫した全細胞塊(3mmより小さい細胞塊を含む)の乾燥固形分を接種時の全細胞塊の乾燥固形分で割った値である。
【0027】
好ましくは、破断した植物細胞塊は、培養開始時から培養7日目までの期間を通じて20%以下であり、より好ましくは15%以下である。尚、培養期間が7日未満であっても、そのままの条件で培養を継続していれば、培養開始後7日目における破断した植物細胞塊が20%以下となる場合には、本発明の培養方法に包含され得る。
【0028】
本明細書中で使用する場合、植物細胞塊の「沈降」とは、植物細胞塊が培養槽底部に沈んだ状態(目視にて、培養槽底部の同じ場所に体積1cm以上の細胞塊もしくはその集まりが12時間以上存在する状態)をいう。沈降した植物細胞塊は少ないほど好ましいが(例えば、15%(体積%)以下)、沈降した植物細胞塊が全植物細胞塊の20%(体積%)以下であれば増殖不良が生じない。なお、「沈降した植物細胞塊」の割合(体積%)を算出する場合、体積1cm未満の細胞塊は全植物細胞塊の体積に含めるものとする。ここで「増殖不良」とは上記と同義である。沈降した植物細胞の割合は、例えば、培養7日目に、エアレーション及び/又は攪拌を止めた時に、槽内に占めるカルスの体積を測定し、これを100%とする。これに対し、培養中の沈降カルスの体積(例えば、三角錐、円錐、円筒形等で計算)を測定し、その割合を求めることによって測定(決定)することができる。
【0029】
本発明の培養方法では、培養開始後7日目に、破断した植物細胞塊が20%以下であり、かつ沈降した植物細胞塊が20%以下である。これは、培養に使用する培養槽内の各点の流速が0.005m/s以上3.0m/s以下であることによって達成される。流速の上限は、好ましくは2.0m/s以下である。流速の下限は、好ましくは0.01m/s以上である。0.005m/s未満では、上記粒径、沈降速度を持つ細胞塊の沈降を阻止することが難しく、また、3.0m/sを超えると、細胞塊に加わる力(剪断力や衝突時の応力など)が大きくなり、破断の程度が大きくなる。この範囲の流速を槽内のあらゆる地点で保てば、培養液中での植物細胞塊の均一な混合状態を達成し得る。この流速を保つことができれば、流速を生じさせる方法については特に限定されない。一般的には、エアレーション及び/又は攪拌翼による攪拌が用いられる。
【0030】
エアレーションは、植物細胞塊に与える加わる力(剪断力や衝突時の応力など)が比較的小さいため破断を生じにくいので、本発明の培養方法では、エアレーションのみによって攪拌を行なうことが特に好ましい。エアレーションは、培養装置に備えられたスパージャーなどを用いて提供できる。スパージャーには比較的大きな気泡を生じる通常のものと、極微細な気泡を生じるセラミックもしくは焼結金属製のものとがあり、後者の方が少ない通気量で効率よく酸素を供給することができるが、本発明の目的においてはいずれも好ましく使用することができる。培養槽におけるエアレーションのための空気吹き出し口の配置パターンは特に限定されないが、例えば、エアレーションは、培養槽の底部に下向きに設置された空気吹き出し口を通じて行うことができる。
【0031】
本発明の培養方法において使用され得る攪拌翼としては、タービン型、パドル型、プロペラ型又はそれらの特殊型などが挙げられる。攪拌翼は、1つだけ使用することが好ましい。攪拌翼は、培養槽に複数個取り付けることもできるが、その場合、個々の攪拌翼の回転数を一致させること、或いは同軸で複数の攪拌翼を取り付けることが好ましい。本明細書中で「攪拌翼」という場合には、1つの培養槽に取り付けられた全ての攪拌翼の総体を意味するものとする。
【0032】
近年では、培養槽(形状、サイズ、縦横比など)、培養条件(通気量、攪拌速度など)、細胞塊(サイズ、沈降速度など)の情報を与えることにより、コンピュータシミュレーションによって槽内の流速及び細胞塊の沈降割合を求めることができるソフトウェアが開発されており、得られるシミュレーション結果より、所望の流速、沈降割合を与える培養条件を求めることができる。具体的には、エアレーションの条件として、ソフトウェアを用いたシミュレーション等によって、槽内の各点の流速が0.005〜3.0m/sとなるような、通気量、スパージャー取り付け位置等を求めることができる。また、攪拌においては、ソフトウェアを用いたシミュレーション等によって、槽内の各点の流速が0.005〜3.0m/sとなる回転数を求めることができる。
【0033】
また、培養槽中には、培地の対流を改善するための「仕切り」を設けてもよい。このような仕切りを設けることによって、エアレーション及び/又は攪拌の条件が同じであっても、培地の流速の下限を引き上げることが可能となり、細胞塊に加わる力を増大させることなく、細胞塊の沈降割合を低減させることができる。このような仕切りとしては、ドラフトチューブなどが挙げられるが、これに限定されない。
【0034】
増殖における培養結果の判断は、増殖倍率に基づいて行なう。
【実施例】
【0035】
以下、実施例、比較例をもって本発明を詳細に述べるが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【0036】
(実施例1)
(カルスの調製)
おたね人参の組織を通常の植物組織培養法により培養し、カルスを発生させる。得られたカルスを液体培地に供して増殖させる。このカルス即ち種株は液体培養により無限増殖させることが可能である。
種株の培養条件としては、フラスコによる振盪培養(70〜100stroke/min)で効率よく収量を得るため、培地量は1Lフラスコ中450mlに設定した。培地としてはムラシゲ・スクーグ培地の培地成分を至適濃度に修正した修正培地を用い、植物ホルモンは、オーキシン類としてβ−インドール酪酸(IBA)を2ppm、サイトカイニン類としてカイネチンを0.2ppmの割合で含有させ、4週間、25℃で培養を行なった。
(カルスの培養)
5Lの小型ジャーファーメンターに、タービン翼を1枚取り付け、ガンボーグB5培地(タンク使用)を2.5L加え、121℃で20分間オートクレーブ滅菌した。この培地に、フラスコ培養した上記カルスを125g(湿重量)(培地に対する接種量5(w/v)%)を、無菌的に接種し、温度25℃で培養した。使用カルスは、粒径3〜40mm、沈降速度4m/min以下の範囲であることを接種前に確認した。培養条件、7日目及び30日目の破断率、沈降率、増殖倍率(収穫量/接種量)を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
(比較例1)
実施例1と同じ培養方法で、攪拌回転数を増加させて培養した結果並びに通気線速度を低下させて培養した結果を比較例として表2に示す。
【0039】
【表2】

【0040】
(実施例2)
25KLのジャーファーメンターに、直径100cmのタービン翼を1枚取り付け、ガンボーグB5培地(タンク使用)を20KL加え、121℃で20分間オートクレーブ滅菌した。この培地に、フラスコ培養した実施例1と同様のカルスを接種量5(w/v)%で無菌的に接種し、温度25℃で培養した。結果を表3に示す。
【0041】
【表3】

【0042】
(実施例3)
実施例1と同じ培養槽でドラフトチューブ(円筒)をつけ、エアレーションで培養した結果を表4に示す。
【0043】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の培養方法は、スケールアップの際に発生し得る増殖不良の問題を生じずに植物細胞塊を培養することができるので、植物細胞を大量に培養するのにきわめて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物細胞塊を液体培地中で培養する方法であって、培養開始後7日目に、破断した植物細胞塊が20%以下であり、かつ沈降した植物細胞塊が20%以下であるように培養することを特徴とする、培養方法。
【請求項2】
培養開始時に、粒径3〜40mmの植物細胞塊を、液体培地に対する細胞塊湿重量が4〜8(重量/容積)%となるように接種することを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項3】
植物細胞塊の沈降速度が、4m/min以下であることを特徴とする、請求項2記載の方法。
【請求項4】
培養に使用する培養槽内の各点の流速が、0.005m/s以上3.0m/s以下であることを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項5】
エアレーション及び/又は攪拌翼による攪拌操作を含む、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
植物細胞塊がカルスである、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
植物細胞塊が薬用人参に由来する、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。