説明

植物細胞懸濁培養用の液体培地及びこれを利用した植物細胞懸濁培養方法

【課題】植物細胞を懸濁培養する際の細胞塊の大型化を防止できると共に、特にナンヨウアブラギリ属植物及びアブラギリ属植物の胚乳細胞を懸濁培養する際の細胞塊の大型化を防止する。
【解決手段】植物細胞の懸濁培養用の液体培地に、ジベレリンを添加する。ジベレリンとしてはジベレリンAとし、添加濃度は0.5〜1.5μmol/Lとする。さらに、サイトカイニン及びオーキシンを添加する植物細胞懸濁培養用の液体培地及びこれを利用した植物細胞懸濁培養方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は植物細胞懸濁培養用の液体培地及びこれを利用した植物細胞懸濁培養方法に関する。さらに詳述すると、本発明は、特に液体培地で懸濁培養により形成される細胞塊を小型化するのに好適な植物細胞懸濁培養用の液体培地及びこれを利用した植物細胞懸濁培養方法に関する。
【0002】
尚、本明細書において、「懸濁培養」とは、振とうや振動、旋回、バブリング等の物理的刺激を与えながら液体培地中で植物細胞を培養する方法を意味している。
【背景技術】
【0003】
植物細胞には強固な細胞壁構造が存在するため細胞間の接着が強く、一般に固体培地上で形成した植物培養細胞塊(カルスなど)は多数の細胞から構成され大型化しやすい。大型化した細胞塊では塊内部と表層で環境条件が異なるので、均質な細胞を得ることができず、継代したり実験試料として使用するには不十分であった。
【0004】
これに対し、一部のモデル細胞、例えばタバコBY−2細胞、シロイヌナズナT87細胞、Deep細胞、MM1細胞、MM2d細胞、Alex細胞等では、液体培地において振盪または撹拌等しながら行う懸濁培養における物理的刺激により細胞間の接着が弱められることが知られている。これにより、培養細胞塊は十数個の比較的少数の細胞から構成されるようになり、均質な細胞を取得し易く実験試料として優れたものを得ることができる(特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−205918号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、懸濁培養における物理的刺激のみにより細胞塊を小型化できる植物細胞は上述した一部のモデル細胞に限られているので、それ以外の大部分の植物細胞では固体培地での培養の場合と同様に懸濁培養あっても細胞塊が大型化してしまう。このため、均質な細胞を得ることができないことから、懸濁培養によって細胞塊を小型化することが望まれている。
【0007】
ところで、近年、化石燃料の代替エネルギーとして植物バイオマスを利用するニーズの高まりを受け、バイオディーゼル燃料生産への適用が可能な油糧植物の急速なプランテーション化が進行している。トウダイグサ科のナンヨウアブラギリ属やアブラギリ属は、種子に30重量%程度の油脂を含むことから新たなプランテーション用植物として注目されている。しかしながら、育種研究は行われておらず、高油脂含量などの良形質を持つ品種が十分に選抜または作出されてはいない。現状では油脂貯蔵器官の発生や油脂合成及び蓄積機構には不明な点が多く、生産性の早期評価手法や決定的な生産性強化遺伝子は見いだされていない。アブラギリ属植物の栽培には大規模温室や圃場が必要となると同時に発芽から種子収穫までに数ヶ月の期間を要するなどの制約が研究推進の妨げとなっており、油脂生産に関与する遺伝子や環境要因を迅速かつ網羅的に評価する技術が十分に確立されていない。油脂生産性に関与する遺伝子や環境要因の機能及び効果を迅速かつ網羅的に評価し研究するためにはアブラギリ属油脂生産性評価に利用可能なツールの開発が必要となる。
【0008】
種子において、油脂はデンプン及び糖質と同様に発芽時のエネルギー源(養分)として種子中に貯蔵される。ナンヨウアブラギリ属やアブラギリ属は、種子容積の60〜70体積%を占める高度に発達した胚乳に油脂を貯蔵する。従って、ナンヨウアブラギリ属やアブラギリ属で油脂成分や含有量の改変を育種目標とした場合には胚乳が研究対象となる。
【0009】
胚乳を構成する細胞は重複受精によって発生した特殊な細胞であるため、一般に広く利用される体細胞(未成熟胚、胚、子葉、胚軸、根、茎、葉など)を利用した研究では胚乳細胞で起こる事象を適切に模擬したり評価することができない。そのため、古くから胚乳からの細胞プロトプラスト調製法が開発され、酵素学研究や分子生物学研究に用いられてきた。ただし、胚乳細胞プロトプラストの特性として、発育ステージの進んだ細胞(貯蔵物質が蓄積して肥大した細胞)では、調製時の物理的損傷が大きく生存率が著しく低下することが報告されている。高品質の胚乳プロトプラスト調製のためには成熟前・成熟中の胚乳を収集する必要があるが、多量の植物試料が必要となり同発育ステージの細胞調製は困難を極める。
【0010】
一般に、特定の組織や細胞を対象とした研究では、均質な植物試料を調製するためにも培養細胞の利用が有効である。すなわち、胚乳に由来する培養細胞を開発することで、試料調製に要する時間が飛躍的に短縮され、細胞調製の手間を省略できる。さらに培養細胞はタンパク質、糖質・脂質など代謝産物の解析に有効であると同時に、遺伝子またはタンパク質を一過的に発現させることで酵素活性等を解析する際にも利点が多い。このような理由から、ナンヨウアブラギリ属植物やアブラギリ属植物の胚乳細胞の培養技術の確立が望まれていた。
【0011】
しかしながら、ナンヨウアブラギリ属やアブラギリ属植物の胚乳細胞の培養技術は現在のところ確立されておらず、上記解析等を満足に行うことができない状況にある。また、均質な細胞を得るためには、懸濁培養によって細胞塊を小型化することが望まれる。したがって、胚乳細胞の培養技術を確立すると共に、懸濁培養により細胞塊を大型化することなく小型化することが望まれる。
【0012】
本発明はかかる要望に鑑みてなされたものであって、植物細胞を懸濁培養する際の細胞塊の大型化を防止できる植物細胞懸濁培養用の液体培地及びこれを利用した植物細胞懸濁培養方法を提供することを目的とする。
【0013】
また、本発明は、ナンヨウアブラギリ属やアブラギリ属の植物の胚乳細胞について効果的な細胞培養を実現することができ、尚かつ懸濁培養する際の細胞塊を大型化を防止できる植物細胞懸濁培養用の液体培地及びこれを利用した植物細胞懸濁培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
かかる目的を達成するため、本発明者らは鋭意研究を行った結果、植物細胞を培養するための基本培地に、サイトカイニン及びオーキシンを添加することによってアブラギリ属植物やナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞の成長を飛躍的に向上できると共に、これらの添加量を特定の範囲とすることによって胚乳細胞の成長を更に飛躍的に向上できることを知見した。
【0015】
ところが、アブラギリ属植物やナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞をサイトカイニン及びオーキシンを添加した液体培地で懸濁培養するだけでは、細胞塊が大型化し、均質な細胞が得られないことがわかった。そこで、本発明者らは鋭意検討を行い、サイトカイニン及びオーキシンを添加すると同時にジベレリンを添加することによって、増殖を促進しながらも細胞塊の小型化を図れることを見出した。そして、このことから、ジベレリンにより、植物細胞の細胞壁を緩くして細胞間での細胞壁の接着を弱める等の作用が奏される結果として、懸濁培養で形成される細胞塊の小型化が図れることを知見した。
【0016】
本発明者らは、上記知見から、懸濁培養により細胞塊が大型化し得る植物細胞全般について、培地にジベレリンを添加することで細胞塊を小型化できることが導かれることを知見するに至り、本願発明を完成した。
【0017】
即ち、請求項1記載の発明の植物細胞懸濁培養用の液体培地は、ジベレリンが添加されていることを特徴としている。ジベレリンは植物組織に作用した場合は植物細胞の細胞壁を緩くすることにより植物組織の成長促進を図るが、組織ではない細胞塊に作用した場合は細胞壁を緩くすることにより細胞同士の接着を弱め細胞塊を細分化して少ない細胞から成る細胞塊に小型化し得る。このため、液体培地にジベレリンを添加することで、添加しない場合に比べて細胞増殖能を維持したまま細胞塊が小型化される。
【0018】
この場合、請求項2記載の発明のように、ジベレリンを0.5〜1.5μmol/Lとすることが好ましく、あるいは請求項3記載の発明のように、ジベレリンをジベレリンA(以降の説明ではGAと呼ぶこともある。)とすることが好ましい。これらにより、細胞塊の小型化がより促進される。
【0019】
ここで、請求項4の発明のように、植物細胞をアブラギリ属植物またはナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞とすると共に、サイトカイニン及びオーキシンを添加することが好ましい。サイトカイニン及びオーキシンを添加することによりアブラギリ属植物またはナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞が増殖促進されるので、細胞増殖能を維持したまま細胞塊が小型化される。
【0020】
この場合、請求項5記載の発明のように、サイトカイニンを5〜20μmol/Lとすると共にオーキシンを5〜20μmol/Lとすることが好ましい。さらには、請求項6記載の発明のように、サイトカイニンをベンジルアデニンとすると共にオーキシンを3−インドール酢酸とすることが好ましい。これらにより、アブラギリ属植物またはナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞の細胞増殖がさらに向上される。
【0021】
一方、請求項7記載の発明の植物細胞懸濁培養方法は、請求項1から3のいずれか1つに記載の植物細胞懸濁培養用の液体培地を用いて、植物細胞を懸濁培養するようにしている。したがって、ジベレリンを添加しない場合に比べて、細胞塊の小型化が図られる。また、請求項8に記載の発明の植物細胞懸濁培養方法は、請求項4から6のいずれか1つに記載の植物細胞懸濁培養用の液体培地を用いて、アブラギリ属植物またはナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞を懸濁培養するようにしている。したがって、胚乳細胞が増殖促進されながらも、細胞塊の小型化が図られる。
【発明の効果】
【0022】
請求項1記載の発明によれば、液体培地にジベレリンが添加されているので、ジベレリンが添加されていない場合に比べて細胞増殖能を維持したまま細胞塊を小型化することができる。したがって、懸濁培養により均質な細胞を取得し易くなるので、実験試料として優れた培養細胞を得られるようになる。
【0023】
また、請求項2または3に記載の発明によれば、細胞塊の小型化をより促進することができるので、懸濁培養により均質な細胞をさらに取得し易くなる。
【0024】
そして、請求項4記載の発明によれば、植物細胞をアブラギリ属植物またはナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞とすると共に、サイトカイニン及びオーキシンを添加しているので、アブラギリ属植物またはナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞の細胞増殖能を維持したまま細胞塊を小型化することができる。
【0025】
また、請求項5記載の発明によれば、アブラギリ属植物またはナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞の細胞増殖をより向上させながらも、細胞塊を小型化することができる。
【0026】
請求項7記載の発明によれば、均質な細胞を取得し易くなるので、実験試料として優れた培養細胞を得られるようになる。
【0027】
また、請求項8記載の発明によれば、アブラギリ属植物またはナンヨウアブラギリ属植物について、均質な胚乳細胞を取得し易くなるので、実験試料として優れた胚乳細胞を得られるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の植物細胞培養液体培地を利用した植物細胞懸濁培養方法でのジベレリンの添加量と細胞数/塊の関係を示すグラフであり、同じアルファベット間には有意差無し(Tukeyの多重比較、p<0.05)である。
【図2】本発明の植物細胞懸濁培養方法により培養された細胞を示す顕微鏡写真であり、(A)(B)はジベレリン無添加、(C)(D)はジベレリン1.5μmol/L添加、(E)(F)はジベレリン3.0μmol/L添加の場合を示す。
【図3】本発明の植物細胞懸濁培養方法でのジベレリンの添加量と細胞径の関係を示すグラフであり、同じアルファベット間には有意差無し(Tukeyの多重比較、p<0.05)である。
【図4】懸濁培養により継代した時の培養期間と細胞容積との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の構成を図面に示す実施の形態の一例に基づいて詳細に説明する。
【0030】
本発明は、植物細胞を懸濁培養するための液体培地に、ジベレリンが添加されている液体培地を用いて、植物細胞の懸濁培養を行うようにしている。
【0031】
本発明は、懸濁培養を行うことで細胞塊が大型化し得る植物細胞全般を培養対象とすることができる。具体的には、アブラギリ属植物またはナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞が挙げられるが、これらに限定されるものではなく、例えば、キンギョソウやアイスプラント等を培養対象とすることもできる。
【0032】
植物細胞を懸濁培養するための液体培地としては、例えば、Murashige Skoog(MS)培地やB5培地等を用いることができるが、これらに限定されるものではない。具体的には、3重量%スクロースを含むpH5.8のMurashige Skoog(MS)培地(WAKO)を好適に用いることができるが、これに限定されるものではない。
【0033】
ジベレリンとしては、ジベレリンA〜A136またはこれらの2種以上の混合物等を用いることができ、ジベレリンAを好適に用いることができるが、本発明の培地に用いることができるジベレリンはこれらに限定されるものではない。
【0034】
ジベレリンの添加量は、0.5〜1.5μmol/Lとすることが好適であり、0.5〜1.0μmol/Lとすることがより好適であり、1.0μmol/Lとすることがさらに好適である。ジベレリンの添加量を高めすぎるとジベレリンの細胞伸長促進効果により細胞が肥大し、懸濁培養において、旋回や振とう時に物理的損傷が起こりやすくなる。また、ジベレリンの添加量が少なすぎると、ジベレリンによる細胞塊の小型化が図り難くなる。
【0035】
ここで、アブラギリ属植物またはナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞を培養対象とする場合には、液体培地にさらにサイトカイニン及びオーキシンを添加する。これにより、アブラギリ属植物及びナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞の増殖が飛躍的に促進される。
【0036】
サイトカイニンは、天然物でも合成物でも本発明の培地に用いることができる。具体的には、例えば、ベンジルアデニン、6−メチルアミノプリン(MAP)、2−イソペンテニルアミノプリン(2−iP)、カイネチン、ゼアチン、チアジアズロン、またはこれらの2種以上の混合物等を用いることができ、ベンジルアデニンを用いることが好適であるが、本発明の培地に用いることができるサイトカイニンはこれらに限定されるものではない。
【0037】
オーキシンは、天然物でも合成物でも本発明の培地に用いることができる。具体的には、例えば、3−インドール酢酸、ジクロロフェノキシ酢酸(2,4−D)、ナフタレン酢酸(NAA)、 インドール酪酸(IBA)、4−CPA、1−ナフチルアセトミド、エチクロゼート、クロキシホナック、ジクロルプロップ、またはこれらの2種以上の混合物等を用いることができ、3−インドール酢酸、ジクロロフェノキシ酢酸(2,4−D)を用いることが好適であり、3−インドール酢酸を用いることがより好適であるが、本発明の培地に用いることができるオーキシンはこれらに限定されるものではない。
【0038】
ここで、サイトカイニンの添加量は、5〜20μmol/Lとすることが好適であり、10〜20μmol/Lとすることがより好適であり、10μmol/Lとすることがさらに好適である。また、オーキシンの添加量は、5〜20μmol/Lとすることが好適であるが、オーキシンの添加量が多すぎると増殖細胞塊の形成率が低下する場合があるので、5μmol/L以上10μmol/L未満とすることがより好適であり、5μmol/Lとすることがさらに好適である。尚、サイトカイニンの添加量を10μmol/Lとし、オーキシンの添加量を5μmol/Lとすることが最も好適である。
【0039】
アブラギリ属植物及びナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞は、本発明の培地を用いて、例えば以下のようにして懸濁培養される。
【0040】
本発明の液体培地を利用して胚乳細胞を培養するに先立って、継代細胞を確立する。この継代細胞を確立するためには、アブラギリ属植物及びナンヨウアブラギリ属植物の未成熟果実から未成熟種子を採種し、その未成熟種子表面を滅菌した後に殻を取り、一定の大きさ(例えば短径サイズが一定のもの)の種子を選択し、果皮を除去した胚珠端部(子葉を含まない)を例えばアンチホルミン等で殺菌し、蒸留水等で洗浄することにより得られる。この植物片は、珠皮、珠心、胚乳から構成される。この植物片を子葉に対して垂直方向にスライスした切片とし、サイトカイニン及びオーキシンを含む植物細胞培養培地、例えばpH5.8のMurashige Skoog(MS)培地(WAKO)にスクロースを終濃度3重量%となるように添加した培地に置床する。
【0041】
例えば、シナアブラギリの胚乳細胞の培養を行う場合を例に挙げて具体的に説明すると、シナアブラギリの結実後1〜4ヶ月と推定される未成熟果実から未成熟種子を採種し、その未成熟種子を70体積%エタノールに10分間浸漬し、種子表面を滅菌した後に殻を取る。そして、短径8〜12mmの種子を選択し、果皮を除去した胚珠端部(子葉を含まない)をアンチホルミン(有効塩素濃度1重量%)に5分間浸漬した後、蒸留水で3回洗浄して珠皮、珠心、胚乳から構成される植物片を得る。そして、この植物片を子葉に対して垂直方向にスライスし、厚さ1.0〜2.0mmの切片とし、サイトカイニン及びオーキシンを含む植物細胞培養培地に置床する。
【0042】
そして、培養は16℃〜27℃、好適には20℃〜25℃、より好適には23℃とし、一定日長(例えば16時間日長)の培養室で行い、一定期間培養後(例えば1ヶ月培養後)に、増殖した細胞を同条件の新たな培地に移植し、以後一定期間(例えば2週間)毎に継代を繰り返すようにする。これにより、アブラギリ属植物及びナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞の継代細胞を得ることができる。
【0043】
ここで、短径が8〜12mmのシナアブラギリの種子から胚乳を収集することにより、未分化の胚乳細胞を効率良く収集することができるようになる。即ち、種子の短径が12mm以下であることにより、未分化な胚乳細胞を得ることができるようになり、また種子の短径が8mm以上であることにより、収集作業を容易にして胚乳細胞のみを確実に収集できるようになる。
【0044】
そして、継代細胞を、本発明の液体培地に移植し、16℃〜27℃、好適には20℃〜25℃、より好適には23℃で、懸濁培養を行う。懸濁培養は、例えば旋回培養(120rpm)により行うことが好適であるが、この方法には限定されない。
【0045】
なお、上述の実施形態は本発明の好適な実施の一例ではあるが、これに限定されるもの
ではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、上述の実施形態では、アブラギリ属植物及びナンヨウアブラギリ属植物の具体例として、シナアブラギリを用いた場合について説明したが、シナアブラギリ以外にも例えばアブラギリ、カントンアブラギリ、ククイノキ、フィリピンアブラギリ、ナンヨウアブラギリ、サンゴアブラギリ、モミジバサンゴアブラギリ、ニシキサンゴ、ナンヨウザクラ、アカバヤトロファ、サケバヤトロファ等に適用することも可能である。
【0046】
また、アブラギリ属植物及びナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞以外を培養対象とする場合には、液体培地へのサイトカイニン及びオーキシンの添加は必須ではなく、これらを添加せずとも、懸濁培養を行い得る。
【実施例】
【0047】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
(A)カルス誘導条件の検討
(1)植物ホルモンの添加効果の検討
静岡県島田市に自生するトウダイグサ科アブラギリ属シナアブラギリ(Aleurites fordii)を実験材料に用いた。結実後3ヶ月以内と推定される短径8〜12mmの未成熟種子を70体積%エタノールに10分間浸漬し、種子表面を滅菌した後に殻を取り除いた。剥き出しとなった胚乳をアンチホルミン(有効塩素濃度1重量%)に5分間浸漬した後、蒸留水で3回洗浄して寒天培地上で細胞培養に用いた。この植物片は、珠皮、珠心、胚乳から構成される。
【0048】
基本培地は、3重量%スクロースを含むpH5.8のMurashige Skoog(MS)培地(WAKO)とし、支持材は寒天0.8重量%とした。添加する植物ホルモンは、合成サイトカイニン(ベンジルアデニン:BA)を0〜20μmol/L、合成オーキシン(2,4−ジクロロフェノキシ酢酸:2,4−D)または天然オーキシン(3−インドール酢酸:IAA)を0〜20μmol/Lの濃度で用いた。
【0049】
上述した植物片を子葉に対して垂直方向にスライスし、厚さ1.0〜2.0mmの切片とし、様々な条件の植物ホルモンを含む上述した培地に置床した。
【0050】
カルス誘導に際して、2種の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン)の濃度条件を検討した。培養は23℃、16時間日長の培養室で行い、1ヶ月培養後にカルス形成の有無を実体顕微鏡下で判定した。
【0051】
表1に示される結果から、BAと2,4−Dを併用することで、カルス形成率が飛躍的に向上し、BAを5〜20μmol/L、2,4−Dを5〜20μmol/Lとすることでカルス形成率がより飛躍的に向上し、BAを10μmol/L、2,4−Dを10μmol/Lとすることでカルス形成率がさらに飛躍的に向上することが明らかとなった。
【0052】
【表1】

【0053】
また、表2に示される結果から、BAとIAAを併用することで、カルス形成率が飛躍的に向上し、BAを5〜20μmol/L、IAAを5〜20μmol/Lとすることでカルス形成率がより飛躍的に向上し、BAを10μmol/L、IAAを10μmol/Lとすることでカルス形成率がさらに飛躍的に向上することが明らかとなった。
【0054】
【表2】

【0055】
以上の結果から、培地にサイトカイニンとオーキシンを添加することでカルス形成率が飛躍的に向上し、サイトカイニンを5〜20μmol/L、オーキシンを5〜20μmol/Lとすることでカルス形成率がより飛躍的に向上し、サイトカイニンを10μmol/L、オーキシンを10μmol/Lとすることでカルス形成率がさらに飛躍的に向上することが明らかとなった。
【0056】
(2)培養温度の影響
継代カルスにおける好適な培養温度の検討を行った。
【0057】
カルス塊を継代した後に、各種温度で2週間培養した(表3)。その結果、温度16〜27℃でカルス形成が認められ、特に、温度23℃で、カルス形成率が最高の100%となった。
【0058】
【表3】

【0059】
以上の結果から、培養温度は16〜27℃とすることが好適であり、23℃とすることが最も好適であると考えられた。
【0060】
(B)懸濁培養条件の検討
【0061】
(1)使用する継代細胞
静岡県島田市に自生するトウダイグサ科アブラギリ属シナアブラギリ(Aleurites fordii)を実験材料に用いた。結実後3ヶ月以内と推定される短径8〜12mmの未成熟種子を70体積%エタノールに10分間浸漬し、種子表面を滅菌した後に殻を取り除いた。剥き出しとなった胚乳をアンチホルミン(有効塩素濃度1重量%)に5分間浸漬した後、蒸留水で3回洗浄して寒天培地上で細胞培養に用いた。
【0062】
培地はpH5.8のMurashige Skoog(MS)培地(WAKO)にスクロースを終濃度3重量%となるように添加し、さらに合成サイトカイニン(ベンジルアデニン:BA)を終濃度10μmol/L、天然オーキシン(3−インドール酢酸:IAA)を終濃度10μmol/Lとなるように添加した。その支持材として寒天0.8重量%を含有させた。
【0063】
培養方法としては、厚さ1.0〜2.0mmにスライスした胚乳切片を培地に置床して行った。1ヶ月後に、増殖した細胞を同じ条件の新たな培地に移植した。以後、2週間毎に継代を繰り返し、これを本実施例で使用する継代細胞とした。
【0064】
(2)サイトカイニンとオーキシンの濃度
実施例に先立って、ジベレリンがシナアブラギリ胚乳細胞増殖へ与える影響を確認するため、上述の継代で得られた細胞をジベレリン(GA)を添加した寒天培地において培養した。ここでの培地は、支持材として寒天0.8重量%を含有させたpH5.8のMurashige Skoog(MS)培地(WAKO)にスクロースを終濃度3重量%となるように添加したものを基本培地とし、これにBAを終濃度10μmol/L、IAAを終濃度10μmol/L、ジベレリン(GA)を終濃度0(ネガティブコントロール)、1.5、3μmol/Lとなるように添加した(表4下段)。その結果、GAを添加しないときは88.2%であった増殖細胞塊の形成率が、GAの添加によって70.6〜77.8%へと僅かながら低下した。
【0065】
そこで、上述の基本培地にBAを終濃度10μmol/L、IAAを終濃度5μmol/L、GAを終濃度0(ネガティブコントロール)、1.5μ、3mol/Lとなるように添加した(表4上段)。その結果、GAを添加しないときは88.2%であった増殖細胞塊の形成率が、1.5μmol/LのGAの添加によって94.4%へと上昇した。
【0066】
【表4】

【0067】
この結果を踏まえて、懸濁培養細胞化の為の細胞分離性検討では、BAを終濃度10μmol/L、IAAを終濃度5μmol/Lとした。
【0068】
(3)ジベレリンの濃度
上述した継代細胞である胚乳由来細胞を支持材(寒天)を含まない液体培地に移植し、23℃、120rpmで旋回培養を行った。ここでの液体培地は、pH5.8のMurashige Skoog(MS)培地(WAKO)にスクロースを終濃度3重量%となるように添加したものとした。2週間旋回培養した後、塊径3mm以上の塊を除去してから全細胞を回収した。10分間静置して自然沈降した細胞を液体培地(植物成長調整剤を含まない)で2回洗浄した。
【0069】
そして、ジベレリンの濃度の影響を検討するために、ジベレリンの添加濃度を異ならせて以下の実験を行った。
【0070】
(実施例1〜3)
洗浄後の細胞を、BA:10μmol/L、IAA:5μmol/L、GA:0.5(実施例1)、1.0(実施例2)、1.5(実施例3)μmol/L添加の各液体培地に移植し、それぞれ23℃、120rpmで旋回培養を行った。培養2週間後に塊を構成する細胞数及び細胞の大きさを計測した。
【0071】
その結果を図1〜図3に示す。図1に示すように、塊当たりの平均細胞数は、実施例1で24.3±2.2(平均値±標準誤差、n=30、以下同様)個、実施例2で16.9±1.7個、実施例3で17.6±1.6個であった。また、図2に示すように、培養2週間後の培地では、塊当たりの細胞数は少なく比較的小さな細胞塊が出現した。さらに、図3に示すように、細胞径は、実施例1で43.2±1.3(平均値±標準誤差、n=60、以下同様)μm、実施例2で38.7±0.9μm、実施例3で46.7±1.3μmであった。よって、ジベレリンを添加しない場合(比較例1)と比較して、細胞の肥大はほとんど観察されなかった。
【0072】
(比較例1)
洗浄後の細胞を、BA:10μmol/L、IAA:5μmol/L添加でGAは添加しない液体培地に移植し、23℃、120rpmで旋回培養を行った。培養2週間後に塊を構成する細胞数及び細胞の大きさを計測した。
【0073】
その結果を図1〜図3に示す。図1に示すように、塊当たりの平均細胞数は、55.7±7.4(平均値±標準誤差、n=30)個であり、実施例1〜3に比べて細胞塊当たりの細胞数が多かった。また、図2に示すように、培養2週間後の培地では、大きな細胞塊が観察された。さらに、図3に示すように、細胞径は、40.3±0.9(平均値±標準誤差、n=60)μmであり、実施例1〜3と比べてほぼ同様であった。
【0074】
(比較例2)
洗浄後の細胞を、BA:10μmol/L、IAA:5μmol/L、GA:3.0μmol/L添加の液体培地に移植し、23℃、120rpmで旋回培養を行った。培養2週間後に塊を構成する細胞数及び細胞の大きさを計測した。
【0075】
その結果を図1〜図3に示す。図1に示すように、塊当たりの平均細胞数は、18.8±2.1(平均値±標準誤差、n=30)個であり、実施例1〜3と同様であった。また、図2に示すように、培養2週間後の培地では、塊当たりの細胞数は少なく比較的小さな細胞塊が出現した。さらに、図3に示すように、細胞径は、69.1±2.3(平均値±標準誤差、n=60)μmであり、実施例1〜3と比べて大きな細胞が観察された。本比較例では、細胞壁を緩くするというジベレリンの効果が強くなり、細胞が肥大化したと考察される。
【0076】
尚、実施例1〜3、比較例1,2のいずれについても培地内の全体の細胞数はほぼ同等であった。
【0077】
したがって、ジベレリンを0.5〜1.5μmol/Lの濃度範囲で添加することで、細胞増殖能を維持したまま細胞を肥大化させずに細胞分離性を向上できることが確認された。また、特にジベレリン1.0μmol/Lの時が効果が最大であることが判明した。
【0078】
(4)継代
実施例3で得られた懸濁細胞1.8mLをBA:10μmol/L、IAA:5μmol/L、GA:1.5μmol/L添加の液体培地(CIM)30mLに移植し、3週間培養後に細胞容積を測定した。計測後、懸濁培養細胞を2分割して同じ組成の新しい液体培地に移植して、更に3週間培養後に計測し、これを3週間ごと3回繰り返した。その結果を図4に示す。同図に示すように、3週間で細胞容積は約2倍に増加した。また、増殖能は少なくとも4回継代後(84日後)も維持されていた。このため、懸濁細胞には十分な継代能力があると判明した。
【0079】
また、本実施例はアブラギリ属シナアブラギリについて行っているが、同様の性状を有するアブラギリ属植物及びナンヨウアブラギリ属植物についても同様の結果を得られると推測される。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本植物細胞懸濁培養用液体培地及びこれを利用した植物細胞懸濁培養方法は、液体培地で懸濁培養により形成される細胞塊を小型化する技術として使用される。特に、細胞増殖能を維持しながらも細胞塊を小型化する技術として好適に利用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジベレリンが添加されていることを特徴とする植物細胞懸濁培養用の液体培地。
【請求項2】
前記ジベレリンは0.5〜1.5μmol/Lであることを特徴とする請求項1記載の液体培地。
【請求項3】
前記ジベレリンはジベレリンAであることを特徴とする請求項1または2記載の液体培地。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1つに記載の液体培地において、さらにサイトカイニン及びオーキシンが添加されていることを特徴とするアブラギリ属植物またはナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞懸濁培養用の液体培地。
【請求項5】
前記サイトカイニンは5〜20μmol/Lであると共に前記オーキシンは5〜20μmol/Lであることを特徴とする請求項4記載の液体培地。
【請求項6】
前記サイトカイニンはベンジルアデニンであると共に前記オーキシンは3−インドール酢酸であることを特徴とする請求項4または5記載の液体培地。
【請求項7】
請求項1から3のいずれか1つに記載の植物細胞培養液体培地を用いて、植物細胞を懸濁培養することを特徴とする植物細胞懸濁培養方法。
【請求項8】
請求項4から6のいずれか1つに記載の液体培地を用いて、アブラギリ属植物またはナンヨウアブラギリ属植物の胚乳細胞を懸濁培養することを特徴とする植物細胞懸濁培養方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図2】
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