説明

標準試料、標準試料の製造方法、及び二次イオン質量分析方法

【課題】母材が二成分である測定試料の被分析元素の濃度分布を容易且つ定量的に測定できる二次イオン質量分析方法、これに用いる標準試料、及びその標準試料の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】上記目的を達成するために、元素Rと元素Aの二成分系の測定試料での定量を行う場合、本発明に係る二次イオン質量分析方法に用いる標準試料は次のように作成する。まず、元素Rで構成される母材に、既知の濃度分布を形成するように測定対象の元素Mをドープする。さらに、母材に、少なくとも1%以上の濃度領域を含む既知の濃度分布を形成するように元素Aをドープして標準試料とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体試料中の微量元素の濃度を測定する二次イオン質量分析方法及びこれに用いられる標準試料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
二次イオン質量分析方法は、その検出下限の良さから、半導体試料中のドーパントなどの微量元素の分析によく用いられる。検出すべき試料中の元素のイオン化のために、プローブとしてイオンビームを用いることで、同時にイオンスパッタリングにより試料表面をエッチングすることができるため、深さ方向の微量元素の濃度分布の分析に用いられることが多い。
【0003】
公知の技術による二次イオン質量分析方法において、目的とする試料中の元素の定量分析を行うには、標準試料を必要とする。例えば、ある母材で形成される試料中のある被分析元素の濃度を定量するには、同一の該母材を用意して、同一の該被分析元素を既定量だけドープして濃度定量用の標準試料とする。該標準試料における該被分析元素の感度係数を得て、目的とする試料における該被分析元素の二次イオン強度より濃度に換算する。
【0004】
このとき、感度係数は通常、母材中の濃度が既知である成分元素を参照元素として、該参照元素と前記被分析元素の二次イオン強度と濃度から与えられる(例えば、非特許文献1を参照。)。すなわち、参照元素R、該参照元素Rの既知の濃度CR、該参照元素Rの同位体Riの二次イオン強度IRi、被分析元素M、該被分析元素Mの既知の濃度CM、該被分析元素Mについて測定される同位体Mjの二次イオン強度IMjとすると、該参照元素Rに対する該分析元素Mの感度係数K(M−R)は、次の式1で与えられる。
【数1】

【0005】
ここで、αMjはMjの同位体比、αRiはRiの同位体比、βMは被分析元素Mの二次イオン収率IBGは前記被分析元素Mについて測定される同位体Mjの二次イオン強度IMjのうち、同じ質量位置で観測されるバッググラウンドノイズの強度である。バックグラウンドノイズは、前記参照元素Rの同位体Riの二次イオン強度IRiを測定する場合も信号強度に混じっているが、上記に述べたように、母材中の濃度が既知である成分元素を参照元素Rと定めることから、該二次イオン強度IRiはバックグラウンドノイズに比して十分大きく、該バックグラウンドノイズを差し引かなくても定量にはほとんど影響がない。
【0006】
このように標準試料から求めた前記参照元素Rに対する前記分析元素Mの感度係数K(M−R)を用いて、実際の分析では、前記母材を同一の母材中の未知濃度C’Mを有する被分析元素Mの定量は、該参照元素Rの同位体Riの二次イオン強度I’Ri、該被分析元素Mについて測定される同位体Mjの二次イオン強度I’Mj、バックグランドノイズの強度I’BGを用いて、以下の式2によって行うことができる。
【数2】

【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】日本表面科学会編 表面分析技術選書 二次イオン質量分析法 丸善株式会社 平成11年発行)
【非特許文献2】James F. Gibbons, William S. Johnson, and Steven W. Mylroie, Projected Range Statistics−Semiconductors and Related Materials, 2nd Edition−, HALSTEAD PRESS, A division of John Wiley & Sons, Inc. 1975
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述のように、二次イオン質量分析方法においては、目的とする測定試料に合わせて標準試料の母材を選択する必要がある。これは、定量したい元素の濃度が一定であっても、該被分析元素の二次イオン強度が母材によって大きく異なることによる。よって、目的とする試料の母材と被分析元素の組み合わせの数だけ、標準試料が必要となる。また、実際の測定試料では、該濃度分布を得たい対象領域の母材の成分は一成分とは限らない。例えば、炭素鋼の一種を試料として該試料中の微量元素を定量しようとする場合、純鉄に近い組成の部分と、セメンタイト(FeC)を組成とする部分が有り、このような場合、母材としてそれぞれの組成をなす部分において定量操作を行い、該被分析元素の二次イオン強度分布から濃度分布を得るという膨大な手間が必要である。さらに、母材が切り替わる界面部分では、組成は徐々に変化していると考えられ、母材の成分自体が正確には分からず、かつ、前記該被分析元素の二次イオン強度の母材成分元素濃度依存性も不明であるため、該被分析元素の濃度分布については定量的な知見を得ることが難しい。
【0009】
すなわち、従来の二次イオン質量分析方法では、二成分の母材が存在する試料において被分析元素の濃度分布を得たい場合、それぞれの母材において定量操作を行い、該被分析元素の二次イオン強度分布から濃度分布を得るという膨大な手間が必要である。さらに、従来の二次イオン質量分析方法では、二成分の母材の試料において母材が切り替わる界面部分では、母材の成分自体が不明であり、かつ、該被分析元素の二次イオン強度の母材成分元素濃度依存性も不明であるため、該元素の濃度分布については定量的な知見を得ることが難しい。
【0010】
そこで、本発明は、母材が二成分である測定試料の被分析元素の濃度分布を容易且つ定量的に測定できる二次イオン質量分析方法、これに用いる標準試料、及びその標準試料の製造方法を提供することを目的とする。なお、ここで濃度とは原子濃度を指す。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、元素Rと元素Aの二成分系の測定試料での定量を行う場合、本発明に係る二次イオン質量分析方法に用いる標準試料は次のように作成する。まず、元素Rで構成される母材に、既知の濃度分布を形成するように測定対象の元素Mをドープする。さらに、母材に、少なくとも1%以上の濃度領域を含む既知の濃度分布を形成するように元素Aをドープして標準試料とする。なお、本明細書では元素R、元素M及び元素Aをそれぞれ第一元素、第二元素及び第三元素と記載することがある。
【0012】
具体的には、本発明に係る標準試料は、第一元素(元素R)の母材が、深さ方向の原子濃度分布が既知である、前記母材にドープされた第二元素(元素M)と、深さ方向の原子濃度分布が既知であり、且つ該原子濃度分布の一部が1%を超えている、前記母材にドープされた第三元素(元素A)と、を含んでおり、前記第一元素及び前記第三元素で構成された測定試料中に含まれる第二元素の原子濃度を特定する二次イオン質量分析に用いられる。
【0013】
本標準試料を二次イオン質量分析方法に用いることで、母材が二成分である測定試料の被分析元素の濃度分布を容易且つ定量的に測定できる。
【0014】
本発明に係る標準試料は、前記第二元素の深さ方向の原子濃度分布が一定とすることができる。
【0015】
本発明に係る標準試料は、イオン注入で前記第二元素を前記母材にドープして製造する。イオン注入量及びイオン注入エネルギーを調整することで元素Mについての深さ方向のイオンプロファイルを所望の形に制御することができる。また、元素Mについての深さ方向の濃度分布を一定にする場合、CVD法やスパッタ法等の製膜手段で標準試料を作成することで実現することができる。イオン注入法で元素Mの濃度を深さ方向に一定にすることもできる。この場合、イオン注入の後に所定の条件で標準試料を加熱する必要がある。
【0016】
本発明に係る標準試料は、イオン注入で前記第三元素を前記母材にドープして製造する。イオン注入量及びイオン注入エネルギーを調整することで元素Aについての深さ方向のイオンプロファイルを所望の形に制御することができる。
【0017】
本発明に係る二次イオン質量分析方法は、上記の標準試料を元素Rと元素Aの二成分系中の被分析元素Mの標準試料として使用し、任意の元素Rと元素Aの組成比を有する測定試料中の被分析元素Mを定量する。
【0018】
本発明に係る二次イオン質量分析方法は、前記標準試料を用いて、前記第一元素及び前記第三元素で構成された測定試料中に含まれる第二元素の原子濃度を特定する。
【0019】
前記標準試料を使用して二次イオン質量分析方法を行うことで、母材が二成分である測定試料の被分析元素の濃度分布を容易且つ定量的に測定できる。
【0020】
具体的には、本発明に係る二次イオン質量分析方法は、前記標準試料に一次イオンを照射することで前記標準試料から放出される前記第三元素の二次イオン強度を測定し、前記標準試料の深さ方向に対する前記第三元素の二次イオン強度の第三元素二次イオンプロファイルを取得し、前記第三元素二次イオンプロファイルから前記第三元素の原子濃度対前記第三元素の二次イオン強度の第三元素感度曲線を計算し、前記標準試料に一次イオンを照射することで前記標準試料から放出される前記第二元素の二次イオン強度を測定し、前記標準試料の深さ方向に対する前記第二元素の二次イオン強度の第二元素二次イオンプロファイルを取得し、前記第二元素二次イオンプロファイルから前記第二元素の原子濃度対前記第二元素の二次イオン強度の第二元素感度曲線を計算し、前記第三元素二次イオンプロファイルと前記第二元素二次イオンプロファイルとから前記第三元素の二次イオン強度対前記第二元素の二次イオン強度の相関感度曲線を計算する標準試料測定手順と、
前記測定試料に一次イオンを照射することで前記測定試料から放出される前記第二元素の二次イオン強度及び前記第三元素の二次イオン強度を測定し、前記標準試料測定手順で計算した前記第三元素感度曲線を用いて、前記標準試料測定手順で取得した第三元素二次イオンプロファイルから前記第三元素の原子濃度を把握し、前記第三元素の原子濃度が所定値未満の場合、前記標準試料測定手順で計算した前記第二元素感度曲線を用いて、前記標準試料測定手順で取得した前記第二元素二次イオンプロファイルから前記第二元素の原子濃度を取得し、前記第三元素の原子濃度が前記所定値以上の場合、前記標準試料測定手順で計算した前記相関感度曲線を用いて、前記第二元素の二次イオン強度の割増分を取得し、前記第二元素二次イオンプロファイルから前記割増分を差し引いた補正二次イオンプロファイルを計算し、前記標準試料測定手順で計算した前記第二元素感度曲線を用いて、前記補正二次イオンプロファイルから前記第二元素の原子濃度を取得する測定試料測定手順と、を有する。
【0021】
従来必要であった、測定試料の母材と被分析元素の組み合わせの数の標準試料が不要となり、簡易に元素Mの濃度を測定できる。さらに、元素Aと元素Mの感度曲線を得ることができるため、測定試料中の元素Rと元素Aとの比率が不明であっても元素Mの濃度を定量できる。従って、本発明に係る二次イオン質量分析方法は、母材が二成分である測定試料の被分析元素の濃度分布を容易且つ定量的に測定できる。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、母材が二成分である測定試料の被分析元素の濃度分布を容易且つ定量的に測定できる二次イオン質量分析方法、これに用いる標準試料、及びその標準試料の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に係る標準試料に含まれる元素の濃度分布を説明する図である。
【図2】本発明に係る標準試料の深さ方向の二次イオンプロファイルを説明する図である。
【図3】本発明に係る標準試料の濃度と二次イオン強度との感度曲線を説明する図である。
【図4】本発明に係る標準試料の深さ方向の二次イオンプロファイルを説明する図である。
【図5】本発明に係る標準試料の2つの元素についての二次イオン強度の感度曲線を説明する図である。
【図6】従来の二次イオン質量分析方法における定量用標準試料の濃度分布と二次イオンプロファイルを説明する図である。
【図7】従来の二次イオン質量分析方法における定量用標準試料の濃度分布と二次イオンプロファイルを説明する図である。
【図8】二次イオン質量分析方法の対象となる二成分系測定試料の例を示した図である。
【図9】従来の二次イオン質量分析方法で二成分系測定試料を深さ方向へ測定した結果の図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
添付の図面を参照して本発明の実施形態を説明する。以下に説明する実施形態は本発明の実施例であり、本発明は、以下の実施形態に制限されるものではない。なお、本明細書及び図面において符号が同じ構成要素は、相互に同一のものを示すものとする。
【0025】
図6は、二次イオン質量分析方法で測定した従来の標準試料における深さ方向の濃度分布である。元素Rは母材を構成する元素であるので、深さ方向に濃度は一定であり、その濃度も既知である。これを反映して二次イオン質量分析方法で得られる二次イオンの深さ方向プロファイルも、深さ方向に一定となる。一方、元素Mの深さ方向分布はイオン注入によって母材に注入されたものであり、一般に平均飛程Rp(M) in Rを濃度の最大値とするガウシアン分布となる。この場合、イオン注入のエネルギーあるいは加速電圧と、母材の結晶構造を決めれば、計算によって、元素Mの分布曲線はほぼ正確に求められ、その一部は一覧表となっている(例えば、非特許文献2を参照。)。
【0026】
一方、元素Mの濃度の絶対値は、イオン注入量によって、図中において上下にシフトし得るが、1価のイオンの場合、イオン注入量は、イオン注入時の電流量の時間積算値を素電荷で除した値と同一であるであるので、正確に求められる。つまり、イオン注入量を既定とすれば、元素Rと同様、元素Mも濃度分布は正確に求められるので、この図で示した試料は標準試料になり得る。この試料を標準試料として、成分元素Rを含むこの母材中での被分析元素Mの感度係数を、元素Rと元素Mの二次イオン強度比および濃度比から計算することができる。このため、この標準試料と母材が同一の測定試料との測定条件を同一とすることで、測定試料中の元素Mの定量が可能となる。
【0027】
図7は、二次イオン質量分析方法で測定した従来の標準試料における深さ方向の濃度分布を模式的に示した。この標準試料は、図6と同様に、成分元素Aを含む母材中での被分析元素Mの定量に用いる。しかし、元素Mのイオン注入量が図6の標準試料と同一で、測定条件が同一であっても、二次イオン強度は異なる。このため、この標準試料を使用して求めた元素Aを含むこの母材中での被分析元素Mの感度係数は、図6で示した元素Rを含むこの母材中での被分析元素Mの感度係数とは異なる。すなわち、従来の標準試料を用いた二次イオン質量分析方法の場合、目的とする測定試料の母材と被分析元素の組み合わせの数だけ、標準試料が必要となる。
【0028】
図8は、参考として深さ方向に母材が変化する参考試料の作成方法である。この参考資料は、図7で説明した母材と同一の元素Aを成分とする母材の上に、図6で説明した母材と同一の元素Rを成分とする母材を積層した基板に、元素Mをイオン注入して作成した。積層する条件や、イオン注入の条件により、該2つの母材の界面は急峻ではなく、界面層を形成することが多い。
【0029】
図9は、図8で説明した参考試料において、元素Mの深さ方向の二次イオンプロファイルを測定した例である。従来の二次イオン質量分析方法では、元素Rを成分とする母材と元素Aを成分とする母材で、それぞれ被分析元素Mの感度係数を求めた上で、Rを成分とする母材の領域とAを成分とする母材の領域のそれぞれで被分析元素Mの定量を行わなければならない。また、元素Rの母材と元素Aの母材との間の界面層の領域では、母材の成分自体が不明確であり、かつ、元素Mの二次イオン強度の母材成分元素濃度依存性も不明であるため、元素Mの定量が難しい。図8での説明のように参考試料はイオン注入で作成しているので、被分析元素Mの界面層における濃度の推定は可能であるが、未知の濃度分布を有する元素Mが、2つの母材にまたがって分布する場合、界面層での母材の成分自体が不明であり、かつ、元素Mの二次イオン強度の母材成分元素濃度依存性も不明であるため、元素Mの濃度分布を定量することは難しい。
【0030】
そこで、本実施形態では次のような標準試料を使用する。本標準試料は、第一元素(元素R)の母材が、深さ方向の原子濃度分布が既知である、前記母材にドープされた第二元素(元素M)と、深さ方向の原子濃度分布が既知であり、且つ該原子濃度分布の一部が1%を超えている、前記母材にドープされた第三元素(元素A)と、を含んでいる。
【0031】
図1は、本標準試料に含まれる3つの元素(元素R、元素A、元素M)の深さ方向に対する濃度を説明する図である。本標準試料は、成分元素Rで構成される母材に、目的とする被分析元素Mを既知の濃度分布を形成するようにドープし、さらに、もう1つの成分となる元素Aをドープしている。
【0032】
以降、標準試料を用いた二次イオン質量分析方法について説明する。本標準試料は、濃度分布が深さ方向に一定になるように元素Mがイオン注入でドープされている。なお、図1では元素Mの濃度を深さ方向に一定としたが、濃度分布が既知であれば一定でなくてもよい。また、本標準試料は、既知の濃度分布を形成するため、元素Aが既定のイオン注入エネルギー及びイオン注入量でイオン注入されている。この濃度分布はガウシアン分布と考えてよい。元素Aの平均飛程Rp(A)における元素Aの濃度は1%を超えるものとした。
【0033】
図2は、図1で示した本標準試料を二次イオン質量分析方法で測定したことにより得られる元素Aの深さ方向の二次イオンプロファイルである。元素Aの平均飛程Rp(A)付近では、元素Aの濃度が高いために元素A自身によって母材から放出される二次イオン強度が変化していると考えられる。この領域では、二次イオン質量分析方法で得られる元素Aの深さ方向の二次イオンプロファイルは、実際の分布と異なる。図2では歪のあるガウシアン分布となっている。しかし、元素Rと元素Aの2成分系において、測定条件を一定にすれば、元素Aの二次イオン強度と濃度との関係は得られる。
【0034】
図3は、図2から計算した元素Aの二次イオン強度と濃度との関係図である。二次イオン強度と濃度をともに対数で示した場合、元素Aの低濃度領域では、元素Aの二次イオン強度と濃度との間に比例関係があるので、バックグラウンドノイズの影響を除けば、傾き45度の直線上にある。そして、元素Aの濃度が濃度C0(A)を超えるあたりから、元素Aの二次イオン強度と濃度との間に比例関係は成り立たなくなる。しかし、元素Aの二次イオン強度と濃度との関係は非線形であるが、単調増加関数であるので図3を用いて元素Aの二次イオン強度から元素Aの濃度を求めることができる。すなわち、元素A自体による元素Aの感度係数の変化を示す感度曲線A−A(第三元素感度曲線)が得られる。
【0035】
図4は、図1で示した本標準試料を二次イオン質量分析方法で測定したことにより得られる元素Mの深さ方向の二次イオンプロファイルである。元素Aの平均飛程Rp(A)付近以外の領域は、母材は、元素Rで構成される均一の母材と考えてよいので、元素Mの元素Rに対する感度係数M−M(第二元素感度曲線)を求めることができる。この感度係数M−Mで、元素Mの濃度が未知である測定試料中の元素Mの定量が可能になる。一方、元素Aの平均飛程Rp(A)付近では、元素Aの濃度が高いために母材から放出される二次イオン強度が変化していると考えられる。この領域では、二次イオン質量分析方法で得られる元素Mの深さ方向の二次イオンプロファイルは、実際の分布と異なる。しかし、測定条件を一定にすれば、元素Aの二次イオン強度と元素Mの二次イオン強度との対応関係を得ることができる。
【0036】
図5は、図4の結果を元素Aの二次イオン強度と元素Mの二次イオン強度との対応関係で示したものである。元素Mの濃度は一定であるはずだが、この例では、元素Aの濃度が濃度C0(A)を超えるあたりから、元素Mの二次イオン強度は増加する。ある一定の測定条件で元素Aの二次イオン強度がある値を示したとき、図5を用いることで元素Mの二次イオン強度がどれだけ増加しているかを知ることができる。すなわち、図5は元素Mの感度係数の変化を示す感度曲線M−A(相関感度曲線)と考えることができる。
【0037】
以上をまとめると、元素Rと元素Aの2成分系の測定試料中の微量元素Mについて、図5に示した感度曲線M−Aから、元素Aの二次イオン強度の程度で元素Mの二次強度の増感の程度を知ることができる。そして、図2の元素Aのイオンプロファイルを用いて元素Aの二次イオン強度から元素Aの濃度を知ることができ、測定試料の元素Aと元素Rの組成比を知ることができる。従って、本標準試料は、母材の組成において元素Aが0%(元素Rが100%)から元素Aの最大濃度にいたるまでの組成の母材における元素Mの標準試料とすることができる。すなわち、本標準試料を二次イオン質量分析方法に使用することで、図1で示した試料を標準試料として、元素Rと元素Aとの任意組成である2成分系測定試料中の濃度未知の元素Mの定量を行うことができる。
【0038】
本実施形態の二次イオン質量分析方法の具体的な測定方法を以下に説明する。まず、二次イオン質量分析装置のチャンバ内に本標準試料と測定試料をセットする。続いて、チャンバ内を真空とし、本標準試料に、セシウムイオン、酸素イオン、アルゴンイオン等の一次イオンビームを照射する。このとき本標準試料から放出される元素R、元素A及び元素Mの二次イオンを質量分離して検出し、それぞれ二次イオン強度と深さ方向の二次イオンプロファイルを取得する。標準試料の深さ方向の各元素の濃度は既知であるため、取得した二次イオン強度から図3のような元素Aについての感度曲線A−A、元素Mについての感度曲線M−M、及び図5のような元素Aと元素Mとの感度曲線M−Aを取得する。
【0039】
次に、測定試料に一次イオンビームを照射する。このとき測定試料から放出される元素R、元素A及び元素Mの二次イオンを質量分離して検出し、それぞれ二次イオン強度と深さ方向の二次イオンプロファイルを取得する。ここで、元素Aの二次イオン強度と感度曲線A−Aを用いて測定試料内の元素Aの濃度を確認する。元素Aの濃度がC0(A)未満であれば、元素Mの二次イオン強度と感度曲線M−Mを用いて元素Mの濃度を知ることができる。
【0040】
一方、元素Aの濃度がC0(A)以上の場合、感度曲線M−Aを用いて元素Mの二次イオン強度の増加の程度を取得する。続いて元素Mの二次イオン強度から増加分の強度を差し引いた補正二次イオン強度を取得する。この補正二次イオン強度と感度曲線M−Mを用いて元素Mの濃度を知ることができる。
【0041】
例えば、元素Rを鉄とし、元素Aを炭素として、図1における元素A、すなわち炭素の最大濃度を25%超とすれば、純鉄とセメンタイト(FeC)の間で任意の組成を有する鉄−炭素化合物について、任意の元素Mの定量が可能である。
【符号の説明】
【0042】
Rp(M):元素Mの平均飛程
Rp(A):元素Aの平均飛程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一元素の母材が、
深さ方向の原子濃度分布が既知である、前記母材にドープされた第二元素と、
深さ方向の原子濃度分布が既知であり、且つ該原子濃度分布の一部が1%を超えている、前記母材にドープされた第三元素と、
を含んでおり、
前記第一元素及び前記第三元素で構成された測定試料中に含まれる第二元素の原子濃度を特定する二次イオン質量分析に用いられる標準試料。
【請求項2】
前記第二元素の深さ方向の原子濃度分布が一定であることを特徴とする請求項1に記載の標準試料。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の標準試料を、
製膜手段、又はイオン注入で前記第二元素を前記母材にドープする手段で製造することを特徴とする標準試料の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の標準試料を、
イオン注入で前記第三元素を前記母材にドープして製造することを特徴とする標準試料の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の標準試料を用いて、
前記第一元素及び前記第三元素で構成された測定試料中に含まれる第二元素の原子濃度を特定する二次イオン質量分析方法。
【請求項6】
前記標準試料に一次イオンを照射することで前記標準試料から放出される前記第三元素の二次イオン強度を測定し、前記標準試料の深さ方向に対する前記第三元素の二次イオン強度の第三元素二次イオンプロファイルを取得し、
前記第三元素二次イオンプロファイルから前記第三元素の原子濃度対前記第三元素の二次イオン強度の第三元素感度曲線を計算し、
前記標準試料に一次イオンを照射することで前記標準試料から放出される前記第二元素の二次イオン強度を測定し、前記標準試料の深さ方向に対する前記第二元素の二次イオン強度の第二元素二次イオンプロファイルを取得し、
前記第二元素二次イオンプロファイルから前記第二元素の原子濃度対前記第二元素の二次イオン強度の第二元素感度曲線を計算し、
前記第三元素二次イオンプロファイルと前記第二元素二次イオンプロファイルとから前記第三元素の二次イオン強度対前記第二元素の二次イオン強度の相関感度曲線を計算する標準試料測定手順と、
前記測定試料に一次イオンを照射することで前記測定試料から放出される前記第二元素の二次イオン強度及び前記第三元素の二次イオン強度を測定し、
前記標準試料測定手順で計算した前記第三元素感度曲線を用いて、前記標準試料測定手順で取得した第三元素二次イオンプロファイルから前記第三元素の原子濃度を把握し、
前記第三元素の原子濃度が所定値未満の場合、前記標準試料測定手順で計算した前記第二元素感度曲線を用いて、前記標準試料測定手順で取得した前記第二元素二次イオンプロファイルから前記第二元素の原子濃度を取得し、
前記第三元素の原子濃度が前記所定値以上の場合、前記標準試料測定手順で計算した前記相関感度曲線を用いて、前記第二元素の二次イオン強度の割増分を取得し、前記第二元素二次イオンプロファイルから前記割増分を差し引いた補正二次イオンプロファイルを計算し、
前記標準試料測定手順で計算した前記第二元素感度曲線を用いて、前記補正二次イオンプロファイルから前記第二元素の原子濃度を取得する測定試料測定手順と、
を有する請求項5に記載の二次イオン質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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