説明

標的細胞または標的組織内への選定分子導入方法、それに用いる導入装置、標的細胞の細胞融合方法およびそれに用いる細胞融合装置

【課題】さまざまな種類の標的細胞または標的組織内へのさまざまな選定分子の高効率な遺伝子の導入が可能である、標的細胞または標的組織内への選定分子の導入方法、および、それに用いる導入装置を提供すること。
【解決手段】本発明は、標的細胞または標的組織内へ選定分子を導入する方法であって、前記選定分子を含む液体と前記標的細胞または標的組織とを接触させるステップと、前記液体から離間して設けられた複数の電極から前記液体に放電することにより前記液体中に電流を流すステップとを順に備える、標的細胞または標的組織内への選定分子導入方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的細胞または標的組織内への選定分子の導入方法およびそれに用いる導入装置に関する。より詳しくは、遺伝子等のポリヌクレオチドや蛋白質、生理活性分子等の選定分子を細胞内に導入する方法および細胞の融合方法またはこれらのための装置に関する。
【0002】
また、本発明は、標的細胞または標的組織の細胞融合方法およびそれに用いる細胞融合装置に関する。
【背景技術】
【0003】
近年、ヒトゲノムおよびマウスゲノムの解読がほぼ完了し、医学、薬学などの分野において、遺伝子工学関連の研究開発や医薬品開発を行なう際に、DNA、RNAなどのポリヌクレオチドまたはその誘導体、シグナル伝達蛋白質や転写調節因子などの蛋白質やその誘導体などの高分子化合物、低分子生理活性物質、薬剤候補品などの選定分子を標的細胞または標的組織内に導入し、標的細胞または標的組織内での遺伝子の機能や生理活性分子の生理的な活性を試験する必要が増している。
【0004】
現在のところ、標的細胞への選定分子の導入方法としては、エレクトロポレーション法、ジーンガン法、リポソーム法、細胞融合法、ウイルスベクター法などの方法が用いられているが、必ずしも十分に選定分子を細胞内に導入できるものではないという問題がある。
【0005】
たとえば、エレクトロポレーション法やジーンガン法においては、多くの種類の標細細胞に応用できるが、操作が煩雑であり、かつ大多数の細胞が死滅するという問題がある。更に、これらの方法では本来標的細胞が保持する遺伝子に障害を与えることが知られており、本来標的細胞が保持する機能が失われることがしばしば起こることが知られている。また、リポソーム法や細胞融合法においては、応用できる標的細胞の種類が限定されるといった問題がある。さらに、ウイルスベクター法においては、応用できる標的細胞の種類が限定されるとともに、ベクターの構築に非常に多くの時間と労力とコストを要するという問題がある。
【0006】
また、いずれの方法においても、すべての標的細胞への選定分子の導入効率が必ずしも十分に満足できる水準ではないばかりでなく、本来細胞が持つ機能が失われたり、癌化するなどの問題もある。
【0007】
しかし、ヒトゲノムおよびマウスゲノムの解読がほぼ完了し、機能未知な遺伝子の機能解析が急務となっているばかりでなく、遺伝子治療や再生医療では欠損した遺伝子や過剰発現している遺伝子を抑制することで、病気の根本治療を行うことができることから、細胞や組織に障害を与えることなく高効率で選定分子を導入する方法が必要不可欠な技術として、医薬品業界をはじめとする産業界からその開発を強く求められる状況となっている。
【0008】
ここで、標的細胞に障害を与えず選定分子を導入方法するためには、これまでの選定分子を含む液体中に直接電流を流し細胞に穴を開けることで遺伝子を導入させたり、リポソームに包まれた選定分子を膜に融合させて導入する方法では細胞膜に傷をつけるばかりでなく細胞内の遺伝子までも傷をつけることになってしまい、治療のための装置としては不適当であることから、もっぱら遺伝子治療では無毒化したウイルスベクターを用いて研究や臨床試験が行われていた。しかしながら無毒化したウイルスとても野性型のウイルスとの組み換えや染色体遺伝子の特定の場所に組み込まれることで、毒性や発ガン性を引き起こすことがわかってきた。そのためには細胞に障害を与えることなくかつ余分な試薬を用いず高効率に選定分子を導入させる機械的な方法の開発が待たれていた。
【0009】
一方で、近年、遺伝子工学関連の研究開発や医薬品開発を行なう際に、同種のまたは異種の標的細胞を融合させることにより、さまざまな標的細胞の機能を試験する必要も同様に増しつつある。また、特定の細胞種に囚われる事ない細胞融合方法の開発が強く望まれている。
【0010】
現在のところ、標的細胞の細胞融合方法としては、不活性化したセンダイウイルス、麻疹ウイルス、ニューカッスル病ウイルスなどを用いる方法、リゾレシチン、グリセロールオレイン酸エステル、ポリエチレングリコール(PEG)などを用いる方法、エレクトロポレーション法などの方法が用いられているが、必ずしも十分に細胞融合させることができるものではないという問題がある。
【0011】
たとえば、エレクトロポレーション法においては、効率よく遺伝子を導入させる条件での細胞障害性が高く、また細胞の表現型が変わってしまうという問題ばかりでなく、分化した細胞(増殖能の低い細胞)への導入効率が低いと言う問題点がある。また、不活性化したウイルスを用いる方法においては、応用できる標的細胞の種類が限定されるといった問題や発ガン性などの問題がある。
【0012】
上記のような問題を改善するための技術として、国際公開2002/064767号パンフレット(特許文献1)、国際公開2004/015101号パンフレット(特許文献2)には、細胞や選定分子を低温ガスプラズマで処理することにより細胞の近傍に存在する選定分子を細胞内に導入する方法、および、細胞を低温ガスプラズマで処理することにより細胞を融合する方法が開示されている。しかし、かかる方法は低温ガスプラズマの発生装置が必要であり、ガスを吹きつけるために細胞が乾燥し死滅してしまったり、均一な処理が難しいなどの点で、必ずしも十分なものとはいえなかった。また、選定分子の導入率についてもさらなる向上が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】国際公開2002/064767号パンフレット
【特許文献2】国際公開2004/015101号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の目的は、標的細胞または標的組織に障害を与えることなくまた本来持つ標的細胞または標的組織の機能を失わせることなくさまざまな種類の標的細胞または標的組織内へのさまざまな選定分子の高効率な遺伝子の導入が可能で、遺伝子治療および再生医療になどの医療機器として利用可能である、標的細胞または標的組織内への選定分子の導入方法、および、それに用いる導入装置を提供することである。
【0015】
また、本発明の他の目的は、さまざまな種類の標的細胞または標的組織の高効率な細胞融合が可能である、標的細胞または標的組織の細胞融合方法、および、それに用いる細胞融合装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、標的細胞または標的組織内へ選定分子を導入する方法であって、前記選定分子を含む液体と前記標的細胞または標的組織とを接触させるステップと、前記液体から離間して設けられた複数の電極から前記液体に放電することにより前記液体中に電流を流すステップとを順に備える、標的細胞または標的組織内への選定分子導入方法である。
【0017】
前記複数の電極間にプラズマ放電を発生させないことが好ましい。
前記複数の電極間に数kV〜30kVの電圧を印加することが好ましい。
【0018】
前記選定分子が分子量が5000Da以上の生体高分子であることが好ましい。
前記生体高分子が、ポリヌクレオチド、タンパク質またはペプチドであることが好ましい。
【0019】
また、本発明は、標的細胞または標的組織内への選定分子の導入装置であって、前記選定分子含む液体および前記標的細胞または標的組織を収容するための容器と、複数の電極と、前記電極から前記選定分子を含む液体に電流を流すための電圧を前記電極に供給する電圧供給手段とを備えた、標的細胞または標的組織内への選定分子導入装置にも関する。
【0020】
前記電極が、前記電極と前記液体との間の最短距離が10mm以下であり、前記電極が前記液体に接触しないように設けられることが好ましい。
【0021】
前記電圧供給手段は前記電極と接続した直流または交流の電源であり、該電源と前記電極を接続する接続回路に整流器、抵抗、コイルまたはコンデンサを有することが好ましい。
【0022】
さらに、本発明は、標的細胞の細胞融合方法であって、複数の前記標的細胞を液体に接触させるステップと、前記液体から離間して設けられた複数の電極から前記液体に放電することにより前記液体中に電流を流すステップとを備える、標的細胞の細胞融合方法にも関する。
【0023】
さらに、本発明は、標的細胞の細胞融合装置であって、液体および複数の前記標的細胞を収容するための容器と、複数の電極と、前記電極から前記液体に電流を流すための電圧を前記電極に供給する電圧供給手段とを備えた、標的細胞の細胞融合装置にも関する。
【発明の効果】
【0024】
本発明の選定分子の導入方法および導入装置によれば、さまざまな種類の標的細胞または標的組織内へのさまざまな選定分子の高効率な遺伝子の導入が可能である。
【0025】
また、本発明の細胞融合方法および細胞融合装置によれば、さまざまな種類の標的細胞の高効率な細胞融合が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の選定分子の導入方法を説明するフローチャートである。
【図2】本発明の導入装置の一例を説明する概略図である。
【図3】本発明の導入装置の一例を説明する概略斜視図である。
【図4】本発明の導入装置の一例を説明する概略上面図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、実施の形態を示して本発明をより詳細に説明する。
<標的細胞または標的組織内への選定分子の導入方法>
図1は、本発明の標的細胞または標的組織内への選定分子の導入方法を説明するフローチャートである。
【0028】
本発明の標的細胞または標的組織内への選定分子の導入方法は、前記選定分子を含む液体と前記標的細胞または標的組織とを接触させるステップ(例えば、図1のステップS101〜S102)と、前記液体から離間して設けられた複数の電極から前記液体に放電することにより前記液体中に電流を流すステップ(例えば、図1のステップS103〜105)と、を順に備える標的細胞または標的組織内への選定分子の導入方法である。
【0029】
図1を用いて、本発明の標的細胞または標的組織内への選定分子の導入方法の一例を説明する。まず、標的細胞または標的組織を前培養後(ステップS101)、培養液を完全に除去し、標的細胞または標的組織上に選定分子を含む微量の水溶液を添加する(ステップS102)ことが好ましい。あるいは切除してきた組織切片あるいは直接組織上に選定分子を含む微量の水溶液を添加することが望ましい。
【0030】
次に、この選定分子を含む微量の水溶液に放電により電流を流すことのできる領域に複数の電極を設置する(ステップS103)。そして、複数の電極の間に電圧を供給(印加)することにより(ステップS104)、複数の電極の間において標的細胞または標的組織上の選定分子を含む水溶液中を電流が流れることとなる(ステップS105)。
【0031】
また、本発明において、選定分子が細胞に導入される場合には、選定分子を導入した標的細胞を後培養する(ステップS106)ことが好ましい。さらに、他の付加的なステップが備わっていてもよく、たとえば、標的細胞を後培養する(ステップS106)ことの後に、さらに選定分子の導入された標的細胞をスクリーニングしてもよい。
【0032】
<標的細胞>
本発明の選定分子の導入方法において用いる標的細胞とは、選定分子を導入する標的となる細胞のことを示し、特に特定の種類の細胞に限定されるものではない。このような標的細胞の具体例としては、ヒト以外の動物細胞、ヒト以外の動物個体、ヒトの個体から採取された細胞、ヒトの個体内の細胞、ヒトの個体、植物細胞、微生物細胞などが挙げられる。これらの標的細胞は、単一の種類を用いてもよいし、二種以上を混合して用いてもよい。
【0033】
なお、上記のヒトの個体から採取された細胞には、医薬品の研究開発などに用いられるヒトの個体に戻すことを前提としない細胞と、再生医療などに用いられるヒトの個体に戻すことを前提とする細胞とが含まれる。また、上記のヒトの個体から採取された細胞には、ヒトの個体から採取された細胞から培養された細胞も含まれる。
【0034】
さらに、上記のヒト以外の動物細胞および植物細胞には、個体内に存在する細胞と、組織内に存在する細胞と、個体や組織から採取された細胞と、個体や組織から採取された細胞から培養された細胞とが含まれる。
【0035】
ここで、上記とは別の側面から捉えれば、本発明に用いる標的細胞には、大腸菌、放線菌、枯草菌などの原核細胞や、酵母、ヒト以外の動物細胞、ヒトの個体から採取された細胞、ヒトの個体に含まれる細胞、植物細胞などの真核細胞が含まれる。
【0036】
さらに、本発明に用いる標的細胞には、赤血球ゴーストやリポソームなどの脂質二重膜構造をもつものも含まれる。
【0037】
また、本発明に用いる標的細胞は、特に処理を施されていないものであってもよいが、選定分子の導入効率を向上するためには、遺伝子導入の際に一般的に用いられる、コンピータント細胞としての処理を施されたものであってもよい。具体例としては、塩化カルシウムで処理され、細胞膜の構造が変化してDNA分子を透析しやすくなった大腸菌のコンピータント細胞などが挙げられる。
【0038】
<標的組織>
一方、本発明に用いられる標的組織とは、選定分子を導入する標的となる組織のことを示し、特に特定の種類の組織に限定されるものではない。このような標的組織の具体例としては、移植に用いられるドナーからの臓器、再生医療の方法を用いて再構成された皮膚や歯根などの組織、カルス培養で構築された植物に分化前の組織、などが挙げられる。これらの標的組織は、単一の種類を用いてもよいし、二種以上を混合して用いてもよい。
【0039】
<導入される選定分子>
本発明の標的細胞または標的組織内への選定分子の導入方法において用いる選定分子とは、標的細胞または標的組織に導入するために選定した分子のことを示し、特に特定の種類の分子に限定されるものではない。このような選定分子の具体例としては、DNA、RNAなどのポリヌクレオチドまたはその誘導体、シグナル伝達蛋白質や転写調節因子などの蛋白質やペプチドとその誘導体などの高分子化合物があげられ、これらの中でも、分子量が5000Da以上の生体高分子であることが好ましい。
【0040】
また、上記のポリヌクレオチドまたはポリヌクレオチドの誘導体には、ベクター、アンチセンスポリヌクレオチド、デコイポリヌクレオチド、リボザイム、RNAi、siRNAなどが含まれる。ポリヌクレオチドの分子量は特に限定されないが、細胞障害性を低く抑えかつ効率よく導入させるという理由から、100万Da以下であることが好ましい。
【0041】
さらに、上記の蛋白質分子、蛋白質分子誘導体には、シグナル伝達因子や、転写調節因子、各種酵素、各種受容体、抗体あるいは抗体のFab部分などが含まれる。
【0042】
他の選定分子としては、低分子生理活性物質、薬剤候補品などが挙げられ、これらの中でも医薬品などの生理活性な低分子化合物であって、他の導入方法では組織内あるいは細胞内に導入されづらい低分子化合物が好ましい。他の導入方法では組織内あるいは細胞内に導入されづらい低分子化合物とは、分子量が1000Da以上の低分子、膜透過性の低い分子、などである。
【0043】
なお、上述の各種選定分子は、単一の種類を用いてもよいし、二種以上を混合して用いてもよい。
【0044】
<選定分子を含む液体と前記標的細胞または標的組織とを接触させるステップ>
本発明の選定分子の導入方法において、選定分子を含む液体と前記標的細胞または標的組織とを接触させるステップについて、標的として細胞を用いる場合をより詳細に説明する。
【0045】
本発明の選定分子の導入方法において、選定分子を含む液体と前記標的細胞とを接触させるステップは、標的細胞を前培養するステップ(図1のステップS101)および選定分子を含む液体を添加するステップ(図1のステップS102)を含むことが好ましい。
【0046】
標的細胞の前培養(ステップS101)の方法は、特に限定されないが、プレートなどの細胞培養容器上で培養した培養接着細胞や、培養液中に懸濁した状態で標的細胞を培養する方法が挙げられる。前培養に用いる培地は、標的細胞を培養することのできる組成の培地であれば特に限定されるものではないが、たとえば寒天培地をはじめとする固体培地や試験管やフラスコ内の液体培地などが挙げられる。
【0047】
次に、前培養された標的細胞、たとえば、プレートなどの細胞培養容器上で培養した培養接着細胞や、培養液中に懸濁している標的細胞を遠心分離または濾過などの操作により分離して、培養液を除去する。
【0048】
次に、選定分子を含む液体を添加する際(ステップS102)には、たとえば選定分子を含む液体を標的細胞を薄く覆うように添加することが好ましい。選定分子を含む液体は、特に限定されるものではないが、たとえば選定分子を含む水溶液または懸濁液であることが好ましい。また、該水溶液または懸濁液の溶媒または分散媒としては、たとえば生理食塩水やpH緩衝溶液などが挙げられる。
【0049】
なお、標的細胞に選定分子を含む液体を接触させる際には、たとえば標的細胞または標的細胞に選定分子を含む液体を滴下する方法、標的細胞または標的組織と、選定分子を含む液体とを混合する方法などを用いることができる。また、選定分子を含む液体と標的細胞または標的組織とを接触させる別の方法としては、標的細胞または標的組織を含む分散液または懸濁液等に選定分子を含む液体を添加する方法も用いることができる。
【0050】
<選定分子を含む液体中に電流を流すステップ>
本発明の選定分子の導入方法における、選定分子を含む液体から離間して設けられた複数の電極から選定分子を含む液体に放電することにより選定分子を含む液体中に電流を流すステップについて、より詳細に説明する。
【0051】
本発明において、選定分子を含む液体から離間して設けられた複数の電極から液体に放電することにより選定分子を含む液体中に電流を流すステップは、特に限定されるものではないが、選定分子を含む液体への放電により該液体中に電流を流すことのできる領域に複数の電極を設置するステップ(図1のステップS103)、複数の電極の間に電圧を印加するステップ(図1のステップS104)、および、複数の電極と選定分子を含む液体との間で放電を発生させることにより標的細胞または標的組織と接した選定分子を含む液体中を電流が流れるステップ(図1のステップS105)を含むことが好ましい。このステップにより標的細胞または標的組織に選定分子が導入される。
【0052】
電極を設置するステップ(ステップS103)においては、シャーレ等の容器中に標的細胞または標的組織と選定分子を含む液体とが保持された状態で、選定分子を含む液体に放電により電流を流すことのできる領域に複数の電極が設置されることが好ましい。
【0053】
ここで、上記容器は、標的細胞または標的組織と選定分子を含む液体を保持することのできる構造であれば特に限定されるものではないが、たとえばプレート、シャーレ、チューブ、試験管、フラスコなどが挙げられる。
【0054】
複数の電極の間に電圧を印加(供給)するステップ(ステップS104)においては、複数の電極の間に数kV〜数十kV程度の電圧を印加することが好ましく、さらに好ましくは2kV〜30kVであり、最も好ましくは5〜20kVである。数十kVよりも高い電圧で電流を流すと、標的細胞または標的組織の死滅率が高くなってしまい、逆に、数kVよりも低い電圧で電流を流すと選定分子の導入率を向上させる効果を得ることができない。
【0055】
複数の電極からの放電により選定分子を含む液体中に電流を流すステップ(ステップS105)は、上記複数の電極の間に電圧を供給するステップにより、ほぼ同時に達成されるステップである。かかる電圧の印加により、選定分子を含む液体に離間して設けられた電極と選定分子を含む液体との間で放電を行わせることで、上記選定分子を含む液体に電流を流してもよく、選定分子を含む液体に接触して設けられた電極と選定分子を含む液体との間で直接的に電流を流してもよい。
【0056】
選定分子を含む液体に電流を流す時間は、1〜100msであることが好ましく、さらに好ましくは3〜20msである。100msよりも長い時間電流を流すと、標的細胞または標的組織の死滅率が高くなってしまい、逆に、1msよりも短い時間の通電では選定分子の導入率を向上させる効果を得ることができない。
【0057】
このようにして、選定分子を含む液体に高電圧の電流を短時間流すことにより、選定分子の導入率を著しく向上させ、標的細胞または標的組織の死滅率を格段に低減することが可能となる。
【0058】
<導入装置>
図2は、図1に示す本発明の選定分子の導入方法に用いられる本発明の導入装置を説明する概略図である。なお、本発明の導入装置の構造は、図2に示す構造に限定されるものではない。
【0059】
ここで、図2(a)に記載される本発明の導入装置は、上述した本発明の選定分子導入方法および後述する本発明の細胞融合方法に好適に用いられる構造および機能を有している。図2(a)に示す本発明の導入装置は、2本の針状の電極1と電源(電圧供給手段)2と、容器3とを備えている。該電源2により、2本の電極間に電圧を印加することができる。
【0060】
特に、図2(a)に記載される本発明の導入装置に備えられた複数の電極1は、上記選定分子を含む液体に離間して設けられており、複数の電極間に電圧を印加することにより該電極と上記選定分子を含む液体との間で放電を行わせることで、上記選定分子を含む液体に電流を流すことを特徴とするものである。
【0061】
なお、本発明の導入装置は、本発明の選定分子の導入方法において、標的細胞または標的組織4と接触した選定分子を含む液体5に電極1からの放電により電流を流すことのできる領域に電極1が設置されていることを特徴としている。図2(a)においては、電極1は選定分子を含む液体5と離間して設けられており、電極1は選定分子を含む液体5との間に放電6を生じさせることにより、選定分子を含む液体に電極からの電流を流すことができる位置に電極1が設置されている。電極1と選定分子を含む液体5とは、両者の間の最短距離が10mm以下であり、かつ両者が接触しないように設置されている。電極1と選定分子を含む液体5との間の最短距離は、0.1〜10mmであることが好ましく、さらに好ましくは0.1mm〜3mmである。このように、電極1と選定分子を含む液体5とを互いに接触しないように設置することにより、電極を使用毎に清掃する必要がなく、電極の腐食を防止することができる。
【0062】
また、本発明においては、直接的に電極間でプラズマ放電が発生しないように複数の電極間の距離や電極間に印加される電圧が調整されることが好ましい。電極間でプラズマ放電が発生すると、大気圧でのプラズマが不安定であるために選定分子を含む液体中を流れる電流も不安定となり、選定分子の導入効率等も不安定となるためである。なお、このような複数の電極間の距離や電極間に印加される電圧の好適な範囲は、選定分子を含む液体の電気抵抗などに影響されるものであり一概に決定することはできないが、通常の選定分子を含む水溶液を用いる場合、複数の電極のうち任意の2対の電極間の距離が0.3〜60mmであることが好ましく、任意の2対の電極間に印加される電圧は2〜30kVであることが好ましい。
【0063】
また、本発明において、上記電極から上記選定分子を含む液体に電流を流すための電圧を上記電極に供給する電圧供給手段は、特に限定されるものではないが、たとえば高圧電源FP1000(パール工業株式会社製)などの電源供給装置が挙げられる。電源が交流電源である場合の交流波の波形は、正弦波、半波整流、全波整流、パルスのいずれも用いることができる。
【0064】
本発明の導入装置に用いられる電極の形状は、特に限定されるものではないが、電極から選定分子を含む液体に放電するために必要以上の電圧を印加する必要がないようにするために、選定分子を含む液体5側を先端とする針形状等の形状であることが好ましい。また、電極の材質は、特に限定されるものではないが、タングステン、モリブデンなどが挙げられ、腐食しにくい材質や、金、銀、プラチナ等の殺菌効果のある材質であることが好ましい。
【0065】
本発明の導入装置に用いられる電極の数は2つ以上であるが、電極の数は6以上であることが好ましい。電極の数を6以上とすることにより、試料回転等の操作を必要とせずに導入を均一化することが可能となり、より選定分子の導入率が向上し、標的細胞または標的組織の死亡率も低減される。
【0066】
また、本発明の導入装置に用いられる電極の数は、図3(a)に示すように正電極と負電極の数が同じとなるようにしてもよく、図3(b)に示すように正電極と負電極の数が異なるようにしてもよい。なお、図3のように複数の電極を配置する場合においては、特定の電極に電流が集中してしまい均一な選定分子の導入が妨げられないよう、電源2と電極1の間に抵抗22を設けて、電流が均一に流れるように調整することが好ましい。なお、抵抗22の代わりにコイルやコンデンサ等を使用してよい。
【0067】
このように、本発明の導入装置に用いられる電極の数が3以上である場合の電極の配置としては、例えば、図4(a)〜(d)の上面図にしめすような配置が挙げられる。電極の配置は、図4(a)は正電極11と負電極12が3本ずつ左右均等に配置された構成であってもよく、図4(b)のように1本の正電極11と3本の負電極12が不均等に配置された構成であってもよい。また、図4(c)に示すように中心に正電極11を配置し、その周囲に複数の負電極12を配置するような構成であってもよく、正電極11と負電極12が逆の構成であってもよい。さらに、電源を複数使用した構成としてもよく、図4(d)に示すように第1の電源に接続された正電極11と負電極12、および、第2の電極に接続された第2の正電極13と第2の負電極14からなるような電極構成をとることもできる。
【0068】
なお、本発明の導入装置の構造は、本実施の形態で説明した構造に限定されるものではなく、たとえば電極の数や設置形態は、本実施の形態と同様の効果が得られるのであれば、互いに異なる他の形状であってもよい。また、図2(b)に示されるように整流器21を電源2と一方の電極1との間に設けてもよい。
【0069】
本発明によれば、ガスの噴きつけ等を必要としないため標的細胞または標的組織がほとんど乾燥せず、余計な緩衝液等の添加が不要となる。また、短時間(10ms程度)での処理が可能となり、電極構成も特別な構成を必要とせず簡素化することができる。
【0070】
<標的細胞の細胞融合方法>
本発明の標的細胞の細胞融合方法は、複数の標的細胞を液体に接触させるステップと、前記液体から離間して設けられた複数の電極から前記液体に放電することにより前記液体中に電流を流すステップと、を備える、標的細胞の細胞融合方法である。
【0071】
本発明の標的細胞の細胞融合方法は、上記の本発明の選定分子の導入方法において説明した方法と基本的に同様の各ステップを有する方法であり、同様に他の付加的ステップを備えていることが好ましい。各ステップの内容については、上記の本発明の選定分子の導入方法において説明しているため、説明は繰り返さない。
【0072】
また、本発明の標的細胞の細胞融合方法は、上記の本発明の選定分子の導入方法と同様の種類の標的細胞を用いることが好ましい。標的細胞の種類については、上記の本発明の選定分子の導入方法において説明しているため、説明は繰り返さない。
【0073】
さらに、本発明の標的細胞の細胞融合方法は、上記の本発明の選定分子の導入方法と同様の導入装置を用いることが好ましい。すなわち、液体および複数の前記標的細胞を収容するための容器と、複数の電極と、前記電極から前記液体に電流を流すための電圧を前記電極に供給する電圧供給手段とを備えた、標的細胞の細胞融合装置を用いることが好ましい。導入装置の構造および機能については、上記の本発明の選定分子の導入方法において説明しているため、説明は繰り返さない。
【実施例】
【0074】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。以下の実施例においては、全て標的細胞としてアフリカミドリザル腎臓由来の細胞(Cos7)を使用した。また、整流器は全て半波のものを使用した。
【0075】
本実施例では動物樹立細胞株への標的分子の導入を試みた。本実施例を行うにあたり、まず、図3(a)に示すような本発明の導入装置を作製した。電極1としては、縫い針を使用し、抵抗22として金属皮膜抵抗器を使用し、電源2としてFP1000(パール工業株式会社製)を使用した。本導入装置においては、電極間電圧を数kV〜十数kVの範囲に設定でき、周波数を20〜40kHzの範囲に設定でき、パルス周期を10〜200Hzの範囲に設定でき、Dutyを1〜100%の範囲に設定できる。
【0076】
本実施例では、上記の導入装置を用いて、標的細胞への選択分子の導入を実施した。まず、アフリカミドリザル腎臓由来の細胞(Cos7)を標的細胞として、直径60mmの培養プレート(cell culture plate)にまき、37℃、二酸化炭素5%条件下で一晩培養した。培養細胞数は1wellあたり1×106個で培養を開始した。標的細胞がプレート上によくはりついていることを確認後、培養プレートから培地を除去して、細胞表面に30μLの緑色蛍光蛋白質(Greeen Fluorescent Protein、本明細書においてGFPとも記載する)発現プラスミド液を加え、表1に示すさまざまな条件で選定分子を含む液体に電流を流しプラスミドの導入を行った。なお、プラスミド液中のDNA濃度はリン酸緩衝生理食塩水(Phosphate Buffered Saline、以下PBSと略す。)30μL中1μgとなるように調製した。
【0077】
なお、実施例1においては、図4(a)の上面図に示すように正電極11、負電極12を3本ずつ配置し、計6本の電極を配置した導入装置を使用した。選定分子を含む液体を保持するシャーレの直径は35mmであり、電極間の距離は約35mmの範囲である。
【0078】
また、実施例2においては、正電極11、負電極12を片側に2本ずつ配置し、計4本の電極を配置した導入装置を使用した。選定分子を含む液体を保持するシャーレの直径は35mmであり、電極間の距離は約35mmであった。
【0079】
また、実施例3〜6においては、図2(a)に示すように正電極11、負電極12を片側に1本ずつ配置し、計2本の電極を配置した導入装置を使用した。選定分子を含む液体を保持するシャーレの直径は35mmであり、電極間の距離は約35mmであった。
【0080】
表1に記載の各条件で電流を流した後、標的細胞に直ちに培地を加えて一晩培養し、蛍光顕微鏡を用いてGFPの発現を観察し、視野あたりの発現細胞数を定量化した。その目視による定量化の結果に基づき導入率を判定した。同様に後培養での死滅率を目視による定量化の結果に基づき判定した。結果を表1に示す。表1において「高さ」とは選定分子を含む液体の液面から電極までの高さ(電極と選定分子を含む液体の最短距離)を示している。
【0081】
【表1】

【0082】
表1に示すように、いずれの条件においても細胞内にGFPの発現が観察された。導入効率としては、実施例1で最大の約60%であり、全て40%以上の導入率が得られている。また、標的細胞の死亡率は全て15%以下に抑えられており、実施例1、2においては5%である。このように本発明は、従来のエレクトロポレーション法を用いた導入率は一般に高い効率であるが、標的細胞の死滅率が50%以上であることと比較して、極めて細胞に障害を与えることなく高い導入率で選定分子を導入することが出来るものであることが分かる。
【0083】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0084】
1 電極、11 正電極、12 負電極、13 第2の正電極、14 第2の負電極、2 電源、21 整流器、22 抵抗、3 シャーレ、4 標的細胞または標的組織、5 選定分子を含む液体、6 放電。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的細胞または標的組織内へ選定分子を導入する方法であって、
前記選定分子を含む液体と前記標的細胞または標的組織とを接触させるステップと、
前記液体から離間して設けられた複数の電極から前記液体に放電することにより前記液体中に電流を流すステップと
を順に備える、標的細胞または標的組織内への選定分子導入方法。
【請求項2】
前記複数の電極間にプラズマ放電を発生させない、請求項1に記載の選定分子導入方法。
【請求項3】
前記複数の電極間に数kV〜30kVの電圧を印加する、請求項1に記載の選定分子導入方法。
【請求項4】
前記選定分子が分子量が5000Da以上の生体高分子である、請求項1に記載の選定分子導入方法。
【請求項5】
前記生体高分子が、ポリヌクレオチド、タンパク質またはペプチドである、請求項に記載の選定分子導入方法。
【請求項6】
標的細胞または標的組織内への選定分子の導入装置であって、
前記選定分子含む液体および前記標的細胞または標的組織を収容するための容器と、
複数の電極と、
前記電極から前記選定分子を含む液体に電流を流すための電圧を前記電極に供給する電圧供給手段と
を備えた、標的細胞または標的組織内への選定分子導入装置。
【請求項7】
前記電極が、前記電極と前記液体との間の最短距離が10mm以下であり、前記電極が前記液体に接触しないように設けられた、請求項6に記載の選定分子導入装置。
【請求項8】
前記電圧供給手段は前記電極と接続した直流または交流の電源であり、該電源と前記電極を接続する接続回路に整流器、抵抗、コイルまたはコンデンサを有する、請求項6に記載の選定分子導入装置。
【請求項9】
標的細胞の細胞融合方法であって、
複数の前記標的細胞を液体に接触させるステップと、
前記液体から離間して設けられた複数の電極から前記液体に放電することにより前記液体中に電流を流すステップと
を備える、標的細胞の細胞融合方法。
【請求項10】
標的細胞の細胞融合装置であって、
液体および複数の前記標的細胞を収容するための容器と、
複数の電極と、
前記電極から前記液体に電流を流すための電圧を前記電極に供給する電圧供給手段と
を備えた、標的細胞の細胞融合装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−220517(P2010−220517A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−70101(P2009−70101)
【出願日】平成21年3月23日(2009.3.23)
【出願人】(591288056)パール工業株式会社 (6)
【出願人】(505467786)BBKバイオ株式会社 (1)
【Fターム(参考)】