説明

樹勢改善方法

【課題】 森林、街路樹、あるいは公園や私的庭園の植栽樹等の各種樹木の衰弱化、枯死を抑止するための、樹勢の改善方法を提供する。
【解決手段】 酸性雨あるいはこれに伴う土壌酸性化等の環境変化によって、このところ国内の樹木は押し並べて樹勢が衰弱化しており、その結果として大規模な松枯れ等の具体的症状が顕在化し始めている。各種の樹木がこのような環境変化に伴って衰弱化するのは、主には樹木自身の糖代謝機能あるいは窒素代謝機能に異常を来していることが原因と推定される。そこで本発明法では、このような代謝機能の回復、向上を図るために、糖代謝促進剤を単独で、もしくは窒素代謝促進剤と併せて樹木に施用する。なおここにおいて、糖代謝促進剤としては例えばクロム化合物が、また窒素代謝促進剤としてはモリブデン化合物が具体例としてあげられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、森林、街路樹、あるいは公園や私的庭園の植栽樹等の各種樹木の衰弱化、枯死を抑止するための樹勢の改善方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イギリスで始まった産業革命以来、過去200年以上にわたって人類は化石燃料と呼ばれる石炭や石油を大量に燃焼消費し、その燃焼排ガスを大気中に放散し続けてきた。この排ガス中には窒素や硫黄化合物が含まれるため、これらが最終的に酸性雨となって地上に降り注ぎ、土壌の環境変化を招いてきた。そしてこの土壌の環境変化によって、例えば大規模な松枯れ等、国内の樹木は押し並べてその樹勢が顕著に衰え始めている。このような樹木不健全化の直接的な要因は幾つか想定されており、その一つとして樹木中のモリブデン含有量の低下即ちモリブデン欠乏症があげられる。樹木中のモリブデン量が低下した原因は明確ではないものの、樹木へのモリブデンの供給源である土壌中のモリブデン元素もしくはその化合物が、酸性雨の影響で根からの吸収速度が極端に悪化した、あるいはそもそも土壌中から流出してしまった等のことが推測される。
【0003】
一方、樹木中のモリブデンの機能は完全には解き明かされてはいないものの、主要な役割の一つは窒素代謝機能である。植物は体内でアミノ酸やタンパク質を合成しているが、これらの原料となる窒素原子は通常は根から硝酸イオンの形で取り込まれる。取り込まれた硝酸は、次いで窒素に分解する工程が必要であるが、この反応に係わる酵素はその分子構造中にモリブデンが存在している。
従って、必要とする量は微量ではあるものの、モリブデンは植物が生長していくために不可欠な重要な機能を担っていることになる。言い換えれば、モリブデン無しには植物は正常に生育することは不可能で有ると言わざるを得ない。それ故、現在では一部地域における特異現象ではなく、ほぼ国内全域において恒常化した状況になりつつある松や桜等種々の樹木の衰弱化、枯死に対しては、モリブデンの補給が有効な手段の一つであると考えられる。
【0004】
そこで、このモリブデンを効果的に補給する方法として特許文献1が考案された。この発明では、モリブデンを含有する円柱状等の成型体を樹幹に直接埋設する方法が採用されており、確実、迅速にモリブデンの補給、注入が完了する。そのため、処置後程なくして樹勢の驚異的な回復が発現することになる。
【0005】
【特許文献1】特開2007−186479号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
確かにモリブデン補給の効果は顕著であり、特許文献1の方法は非常に優れたものと言える。しかしながら、明らかにモリブデン欠乏状態である樹木に対して特許文献1の方法を適用したにも拘わらず、樹勢回復が芳しくない例があることも事実であり、効果発現の確度を更に向上させるための改善策を導出することは意義深い。そこで、本発明者等は特許文献1の方法が効果的に機能しないケースについて、原因究明のための検討を種々実施したところ、その多くで糖類過多の現象が見受けられた。
【0007】
樹木等の植物の細胞は葉緑体やミトコンドリア等種々の組織、器官で構成されている。そして、樹木は細胞内の組織や器官を有機的に機能させることによって、先ず水と空気中の二酸化炭素とを原料として光合成によって糖類を合成し、次いでこれをもとに樹木を形作るための各種組織を合成したり、あるいはこれをエネルギーに変換してその生命活動を維持している。
【0008】
即ち、樹木の細胞には、光合成で生成した糖を種々の物質やエネルギーに転換する代謝機能が備わっている訳であるが、何らかの原因によってこの機能に異常を来した樹木の場合、時にはウドン粉病や黄色病等の発症あるいはヤニの減少等種々の異常現象が発現し、最終的には樹勢の衰弱化あるいは枯死に至ることになる。従って、樹勢を健全に維持するためには、モリブデンが関与する窒素代謝機能を正常化すると共に、糖代謝機能についても確実に制御、管理することが必要で有る。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨は、糖代謝促進剤を単独もしくは他の機能剤と共に樹木に施用することを特徴とする樹勢改善方法であり、好ましくは糖代謝促進剤の効能成分がクロム化合物であり、また他の機能剤が窒素代謝促進剤であり、さらにこの窒素代謝促進剤の効能成分がモリブデン化合物であることである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、樹木が本来的に有すべき代謝機能が回復し、それによって樹勢の回復、維持向上が可能となる。また、本発明法によって樹勢が回復、向上した樹木は、光合成作用が活発となるため、大気中の二酸化炭素量の削減あるいは地球環境の向上等に貢献することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明では、衰弱した樹木の樹勢を回復するために糖代謝促進剤を樹木に施用する。ここで、糖代謝促進剤としては例えばクロム化合物があげられる。何故なら、ウドン粉病等の症状を有す糖代謝機能に異常を来した樹木について本発明者等が種々の分析を行ったところ、これらの樹木はクロムの含有量が少ないことが判明した。そこで試みにこれらの樹木にクロムを施用したところ、短期間の内に顕著な樹勢の回復が認められた。
【0012】
樹木中の糖代謝に対してクロムが如何に係わっているのかについては明確ではないものの、おそらく糖やその誘導体の細胞膜あるいはミトコンドリア膜等の膜通過を制御するシステムの中で何らかの関与(例えばこの中で使用される酵素の構成元素等)をしているものと考えられる。即ち、クロムが不足した状態では糖類の膜通過が不安定あるいは不可となり、その結果樹木内での糖類の円滑な移動と消費に異常を来すものと考えられる。
【0013】
従って、クロムが不足した樹木にはクロム化合物を施用、補充することが肝要である。用いるクロム化合物に制約はないが、塩化クロム、硫酸クロムあるいはクロム酸カリウム等水溶性のクロム化合物は特に好ましい。また、その施用方法も特に限定されることはなく、クロムを含有する成型体を直接樹幹に埋設しても良いし、あるいはクロムを含有する水溶液等を樹木全体に噴霧あるいは灌水する等しても良い。
【0014】
本発明の他の形態は、糖代謝促進剤を他の機能剤と共に樹木に施用することである。例えば、酸性雨の影響に犯された現代の土壌環境下で生育する樹木の多くはモリブデン不足の状態に陥っており、これが原因して根からの硝酸性窒素原子の取り込みと代謝機能に異常を来している。従って、この様な樹木に対して糖代謝促進剤を施用する場合には同時に窒素代謝促進剤を施用することが肝要であり、これによって初めて糖代謝促進剤の施用が有効となる。なおこのときの窒素代謝促進剤としてはモリブデンが好ましい一例であり、従ってモリブデン塩とクロム塩水溶液を直接樹木に灌水する方法は有効な施用例の一つである。他方、特許文献1ではモリブデン塩を含有する成型体を樹幹に直接埋設する方法が開示されているので、このモリブデンを含有する成型体中にクロム塩を一体的に混在させた施用法も効果的である。勿論、モリブデン塩含有成型体とは別態様の形でクロム塩成型体を構成、そして施用しても何ら問題はない。以下、実施例によって本発明を更に詳しく説明する。
【実施例1】
【0015】
樹齢約20年の植栽クロマツ林において、相当数のクロマツの木が糖代謝機能の異常に伴うと予想される黄色病の症状を呈していた。そこで症状の似通ったサンプル木4本を選択し、このうちの2本には各々モリブデン量として30gの塩化モリブデンと少量の展開剤を溶解した水10リットルを散布した。一方、残りの2本には各々同様にクロム量として30gの塩化クロムと少量の展開剤を溶解した水10リットルを散布した。
【0016】
施用後6ヶ月経過した時点でサンプル木4本の状況を観察したところ、モリブデン補給剤を施用した2本のサンプル木については特段の変化は認められなかった。一方、クロムを補給したサンプル木2本については、黄色病の症状が大幅に改善し、樹木全体の針葉がほぼ健全な緑色に回復していた。
更に両サンプル木の新針葉と旧針葉を採取して元素分析を実施したところ、モリブデンを施用したサンプル木ではモリブデンが新針葉部に移動、蓄積されていた。一方、クロムの場合には、旧針葉部にこれが移動、蓄積されていることが判明した。このような元素の移動傾向が樹木にどのような影響を及ぼすのかは明確ではないものの、光合成等の樹木の主要作用が旧針葉部で生起していることからすると、添加したクロムがこの部分へ移動、蓄積することによって光合成およびその後の糖代謝機能が修復、改善されたことが推定される。
【実施例2】
【0017】
砂防目的に植栽されたアカマツ林の中で頂上芽付近を中心に明らかに樹勢が劣る衰弱松4本をサンプル松として抽出し、このうちの2本の樹幹に各々円柱状の成形型モリブデン補給剤4本を埋設した。一方、残りの2本のアカマツについては、同様に各々の樹幹にモリブデン補給剤4本を埋設すると共に0.002M濃度の塩化クロム水溶液2リットルを針葉部を中心に噴霧した。
【0018】
施用後3ヶ月経過した時点でサンプル木4本の状況を観察したところ、モリブデン補給剤を施用した2本のサンプル木については、樹勢は僅かに好転したもののその変化は顕著ではなかった。一方、モリブデンと共にクロムを補給したサンプル木2本については、樹勢が顕著に回復し、緑色新葉の成長が著しかった。更にこれらの場合、施用前に認められたカミキリムシの噛んだ傷跡さえも、3ヶ月経過した時点で完全に治癒、消滅していた。従って、モリブデンとクロムの共存によって、窒素固定からタンパク質生成に係わる窒素代謝機能と炭素固定後の糖質のエネルギー回路への輸送等に係わる糖代謝機能とが上手くバランスし、そして樹木の活性を高めたものと考えられる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖代謝促進剤を単独もしくは他の機能剤と共に樹木に施用することを特徴とする樹勢改善方法。
【請求項2】
糖代謝促進剤の効能成分がクロム化合物であることを特徴とする請求項1記載の樹勢改善方法。
【請求項3】
他の機能剤が窒素代謝促進剤であることを特徴とする請求項1あるいは2記載の樹勢改善方法。
【請求項4】
窒素代謝促進剤の効能成分がモリブデン化合物であることを特徴とする請求項3記載の樹勢改善方法。


【公開番号】特開2011−184387(P2011−184387A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−52976(P2010−52976)
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【出願人】(306034572)株式会社樹木新理論 (5)
【出願人】(599073917)公益財団法人かがわ産業支援財団 (35)
【Fターム(参考)】