説明

橋梁の疲労寿命診断方法及び診断支援装置

【課題】 構造物、特に橋梁について、非熟練者であってもその耐用期間を正確に推定して、この推定に基づいて的確な保全を実施できる疲労寿命診断方法を提供する。
【解決手段】 橋梁の全体構造、詳細構造、活荷重載荷状態に基づいて繰返し応力を測定するための適切な部位を選定して疲労センサ30を貼付し、所定期間後に各疲労センサ30における亀裂の進展長を計測して結果を記録し、記録された亀裂進展長に基づき累積損傷則に従って各部位について損傷度を推定し、損傷度から対象部位の実寿命を推定し経過期間を差し引いて余寿命を算定して、部位毎の余寿命同士を比較することにより各部位及び橋梁全体について実地の疲労寿命を評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、簡易軽便な疲労センサを用いて、鋼製またはアルミニウム製の橋梁の疲労に起因する残りの寿命を評価する方法に関し、特に溶接部における疲労損傷度を推定して橋梁の余命を求める方法及びそのために使用する診断支援装置に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁その他の構造物を的確かつ効率的に保全管理するためには、構造物の状態を定期的に診断もしくは性能評価して余寿命および耐力を定量的に把握することが求められる。
特に、溶接部分に疲労破壊や耐力劣化が起こりやすく、構造物全体としての耐用期間は溶接部の寿命や耐力に左右される場合が多い。構造物には多数の溶接部が存在するが、劣化の激しい溶接部について補修することにより、構造物自体の寿命を実質的に延長させることができる。したがって、橋梁などの構造物における各溶接部の劣化、あるいは余寿命を個々に正しく把握することが構造物を経済的に管理するために求められる。
【0003】
特許文献1には、橋梁その他の構造物の状態を診断して余寿命および耐力を定量的に把握して構造物データファイルにデータベース化し、維持経営のための費用を的確に査定するようにした構造物維持経営システムが開示されている。
特許文献1には、橋梁などの構造物の状態を、訓練を受けた検査員が構造物専門家の支援の下で目視検査などに基づく定性的判断と、客観的に診断することにより構造物の余寿命と耐力の特性を定量的に把握してデータベース化することが記載されている。
【0004】
開示された方法によると、モニタリングセンサーを橋梁に常時取り付けておいて、橋梁の応力ないし歪みその他の特性を検出すると共に、異状の検知もしくは状態の把握を行う。検査員は、モニタリングセンサーと接続した診断装置を使って橋梁を点検、検査ないし診断して、結果を集約しデータベース化する。構造物専門家は、実際の診断における相談に応じると共に検査員の育成を行うものとされる。
特許文献1には、構造物の状態や余寿命などの求め方について実施可能な程度の説明がなく、訓練を受けた検査員が構造物専門家の支援の下で目視検査や構造物の余寿命と耐力の把握を行うとの記載があるので、高度な専門性を身につけた熟達の人材の能力に頼って判断する必要がある。また、最終的な評価、判定は構造物専門家がデータベースに基づいて総合的に行うものと考えられる。
【0005】
このように、従来は、目視により既存の損傷を見つけたり、溶接部の近辺にひずみゲージを貼付しひずみ変換器を組み込んだ計器を用いて局所毎の疲労損傷度を評価していた。
しかし、ひずみゲージを用いた疲労損傷度診断法は、1カ所当たりの計測コストが高くなるため計測点数に制限があり、またデータを電子的に処理する必要があるため、橋梁全体を診断する手法として必ずしも適当ではなかった。さらに、ひずみゲージによる診断は、短期間の計測データに頼るため誤差が大きかった。
【0006】
なお、溶接部分の寿命は、いわゆるSN曲線で表されるように、実際にその部分に作用するストレスとその回数に影響される。また、ストレスが強くなると指数関数的に寿命が短縮するので、溶接部に発生する応力集中の程度が重要な問題となる。
そこで、亀裂進展特性が分かっている材料で形成されたサンプルピースを測定対象位置に貼り付けて代替センサとし、観察しやすいサンプルピースについて損傷程度を評価することにより、対象部材の疲労損傷度を推定する疲労センサが用いられることがある。
このようなサンプルピースは、対象部材と同じ繰返し応力を受けるうちに亀裂が生じ、亀裂が進展して、最後には破損するので、亀裂の状態から測定期間中に対象部材に生じた疲労損傷度を推定することができる。特に、対象部材より薄い部材を使用したり予め適当な傷を付けておくことにより、対象部材の疲労損傷度の先行指標として利用することができる。
【0007】
しかし、サンプルピースは大型で設置場所に制約があり応力集中部に近接して貼付することが難しい上、測定位置に貼付するときの状態によって亀裂発生進展の状況が左右されるので、対象部材の疲労損傷度を推定する場合の誤差が大きいという問題があった。
したがって、サンプルピースを使って橋梁等を保全管理する場合には、測定誤差があるため安全係数を高めに設定する必要があるので、実際には余寿命が十分あって使用可能である場合にも安全を確保するため早めに架け替えるなどの不経済な管理を行わざるを得なかった。
【0008】
本出願人は、既に特許文献2に開示したように、極めて小型で取扱いの容易な疲労センサの開発に成功している。
この疲労センサは、指先に載る程度の小さな長方形の箔状ベースに金属箔からなる破断片の両端を接合したもので、破断片は中央部に横断溝が形成されて薄くなっており、この溝部に一側端から所定の長さを持ち最奥に鋭端を有するスリットが形成されている。
疲労センサは、繰返し応力を受けると、スリット先端から亀裂が生じ、繰返し応力に対応して亀裂が進展するので、亀裂長さから測定期間中に実際に受けた繰返し応力の状況を推定することができる。スリットは鋭端を有するので亀裂発生までの時間は十分に短く、スリット部の金属厚さは十分薄いので亀裂進展時間も短いため、亀裂の長さに基づいてストレス状況を敏感に検出することができる。
【0009】
この疲労センサを基材に貼付して、所定の期間経過したところで亀裂状態を観察することにより、その期間中、実際に基材部分に掛かったストレスの状況を高感度で検知することができる。破断片は箔状ベースの上に固定されているため、対象部材表面に貼付したときにも貼付状態に影響を受けずにストレスに対して安定した検出力を有する。
また、この疲労センサは極めて小型であるので、溶接部に近接して疲労センサを貼付することができ、貼付後所定期間が経過したところで観察すれば、期間中に基材が実際に受けているストレスが分かるため、このストレスに対応する溶接部の実寿命を推定することができる。実寿命からこれまでの経過時間を差し引けば、溶接部の余寿命を推定することができる。このようにして、指定の溶接部について余寿命を推定することができる。
しかし、個々の溶接部や部材の余寿命を知ることができても、それだけで橋梁全体の疲労損傷度を管理することは難しい。
【特許文献1】特開2001−306670号公報
【特許文献2】特開2001−281120号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、構造物、特に橋梁について、非熟練者であってもその耐用期間を正確に推定して、この推定に基づいて的確な保全を実施できる疲労寿命診断方法を提供することである。
特に、先に開示された疲労センサを適切に使用して、安全を確保しつつ十分経済的な保全管理ができるような橋梁の疲労寿命診断方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明に係る橋梁の疲労寿命診断方法は、橋梁の全体構造、詳細構造、活荷重載荷状態に基づいて繰返し応力を測定するための適切な部位を選定して疲労センサを貼付し、所定期間後に各疲労センサにおける亀裂の進展長を計測して結果を記録し、記録された亀裂進展長に基づき累積損傷則に従って各部位について損傷度を推定し、損傷度から対象部位の実寿命を推定し経過期間を差し引いて余寿命を算定して、部位毎の余寿命同士を比較することにより各部位及び橋梁全体について実地の疲労寿命を評価することを特徴とする。
【0012】
また、上記課題を解決するため、本発明に係る橋梁の疲労寿命診断支援装置は、橋梁の全体構造、詳細構造、活荷重載荷状態を集積した橋梁データファイルを備え、橋梁データファイルに従って適切な部位を選定して貼付した疲労センサを備え、所定期間後に各疲労センサにおける亀裂の進展長を計測した結果を記録した測定データファイルを備え、測定データファイルに記録された亀裂進展長に基づき累積損傷則に従って各部位について損傷度を推定した結果を記録する損傷度ファイルを備え、対象部位の実寿命を推定し経過期間を差し引いて余寿命を算定して記録する余寿命データファイルを備えて、演算装置が余寿命データファイルに記録した部位毎の余寿命同士を比較することにより各部位及び橋梁全体について実地の疲労寿命を評価することを特徴とする。
【0013】
本発明の疲労寿命診断方法および診断支援装置によれば、橋梁データファイルに基づき橋梁の全体構造及び詳細構造、さらに活荷重載荷状態などを参照し、橋梁全体の状態に基づいて全体の疲労損傷を左右する部材あるいは溶接部位を選定することができる。選定された部位に疲労センサを貼付し、所定期間後に測定された疲労センサの亀裂進展長が測定データファイルに格納される。
本発明に使用する疲労センサは、長方形の箔状ベースに金属箔からなる破断片の両端を接合したもので、破断片は中央部に横断溝が形成されて薄くなっており、この溝部に一側端から所定の長さを持ち最奥に鋭端を有するスリットが形成されたものであることが好ましい。この疲労センサは、対象部位に箔状ベースを接着し固定して利用するもので、スリットの先端に成長する亀裂の状態から対象部位に作用する応力を推測することができる。
【0014】
なお、材料に応力集中が生じる場合は集中度合いが推定できるように複数の疲労センサを応力勾配に沿って貼付することが好ましい。疲労センサでは、貼付した部位における所定期間中の繰返し応力の実際値と亀裂長さが相関関係を有する。演算装置は測定データファイルに記録された亀裂進展長を用い累積損傷則に従って各部位について疲労損傷度を算出する。算出された疲労損傷度データは損傷度ファイルに格納される。
演算結果は、橋梁データファイルに格納された情報と結合し、人が理解しやすい形に編集されて、ディスプレイあるいはプリンタを通じて出力される。
【0015】
橋梁の余寿命は、測定部位の余寿命のうち最短のものに従う。従って、余寿命が最短の部材や部位について補修や部品取り替えなど適切な修理を行って余寿命を延長させれば、橋梁自体の余寿命も延長される。このため、余寿命が短い部材に関する情報は従業者が注意を喚起するように表示することが好ましい。
なお、測定期間中の繰返し荷重が供用期間全体に亘って変化しないわけではない。過去の活荷重載荷状態が知れている場合は、測定値、算出値を補正して評価することができる。また、将来についての予測値が分かっている場合も同様に修正して利用することができる。
【0016】
本発明の方法は、疲労センサの貼付に多少の専門知識と熟練を必要とするが、疲労センサの評価は亀裂進展長を測定すればたりるので、特別な訓練を必要としない。また、余寿命演算も簡単であるし、通常は電子計算機の演算機能を利用するので、熟練者を使う必要がない。
このように、対象とする橋梁について疲労センサを貼付する部位を選択するときに多少の専門知識が必要とされるが、その他には専門家や熟練者を必要としないので、多数の橋梁を対象として的確な余寿命推定を行うプロジェクトを実施する場合に有利である。
【0017】
なお、上記発明は橋梁に適用しているが、他の構造物、船舶、車両などについても同じ方法が適用できることはいうまでもない。
また、疲労センサは、現状では鋼製部材やアルミニウム部材を対象とするものが入手できるが、疲労センサの破断片の材質を選択することにより任意の材料について計測が可能になる。したがって、必要に応じて適当な疲労センサを調達することにより、複合材料なども含めて任意の材料で形成された構造物について余寿命を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明について実施例に基づき図面を参照して詳細に説明する。
図1は本発明の1実施例に係る橋梁の疲労寿命診断法の手順を示すフロー図、図2は本実施例に係る疲労寿命診断支援装置の構成を表すブロック図である。
疲労センサを用いて余寿命診断を実施する場合の全体の流れは、図1に示す通り、計画、貼付、点検、評価の各工程を順次踏襲することになる。
計画工程1は、対象とする橋梁と疲労センサの貼付部位に関する事前調査を実施し、事前調査に基づいて疲労センサの貼付位置を決定する工程である。
貼付工程2は、決定されたセンサ貼付位置に疲労センサを貼付する工程である。
点検工程3は、センサの貼付状況を確認し定時にセンサの亀裂進展長さを測定する工程である。
評価工程4は、疲労センサの亀裂進展長さatに基づいて所定期間中のセンサの疲労損傷度Dsを算出し、供用履歴を参照しこれまでの交通量データに基づいて対象部位の累積疲労損傷度を算出し、さらに供用計画を参照し今後の交通量予測に従って各部位の疲労余寿命を算出する工程である。
【0019】
本実施例における余寿命診断は、図2に示されるような、コンピュータシステムとして構成される支援装置を用いて能率的に行われる。
図2において、余寿命診断支援装置10は、橋梁データファイル11、測定部位データファイル12、測定データ入力装置13、測定データファイル14、損傷度ファイル15、余寿命ファイル16、演算式ファイル17、演算制御装置18、および、プリンタや表示装置などのデータ出力装置19で構成される。
また、外部に設計データベース21、貼付方法データベース22、供用履歴・計画データベース23を備え、それぞれ必要に応じてデータを入力することができる。
データ出力装置19は、余寿命判断に必要になる疲労センサ取扱マニュアル25や測定結果表示画面26を出力する。測定データ入力装置13は、橋梁の各所に貼付した疲労センサ30について観測される亀裂長データを入力する装置である。
【0020】
以下、余寿命診断支援装置10を利用した本実施例に係る橋梁の疲労寿命診断法について、さらに詳しく各工程を説明する。
計画工程1では、対象とする橋梁の設計図面や設計計算書に基づいて全体構造や微細構造の情報、橋梁が従前の供用期間に受容した活荷重載荷履歴、供用計画に基づく今後の交通量の予想など、色々な情報を収集し、またこれらの情報を利用して疲労センサの貼付位置を決定する。
また、現地踏査により、周辺状況の確認、疲労センサ貼付部位へのアクセス方法の確認、疲労センサ貼付位置および姿勢の確認、板組みなどの設計図面との照合を行う。センサ貼付部位へのアクセスには、検査路、高所作業車、足場設置などの手段も考慮する。板組みなどは現場の実際と設計図面の間に差がある場合があるので、確認しておくことが好ましい。
【0021】
疲労センサの貼付部位は、全体構造、詳細構造、活荷重載荷状態などから判断して、適切なものを選定する必要がある。疲労亀裂が発生しやすい部位は、過去の疲労亀裂の発生事例や疲労損傷マップなどから推定することが可能である。疲労センサは、現状では疲労亀裂が発生していないが、これから亀裂が発生する可能性が高い部位に貼付することが好ましい。
なお、疲労センサには、疲労損傷に対する補強を実施した場合に、補強部位に貼付して、繰返し応力の振幅が小さくなっていることを検知して補強効果を確認するという利用方法もある。
【0022】
余寿命診断支援装置10を利用する場合は、設計データベース21から余寿命診断の対象となる橋梁の全体構造、微細構造など形状や構造上の情報を取り込んで橋梁データファイル11に格納する。設計データベース21で不足する情報は、他の手段で収集して同じく橋梁データファイル11に納める。収集するデータには、各溶接部の設計データと施工データの両方が含まれるようにする。また、事前に現地踏査をして知った情報も整理して橋梁データファイル11に記録する。
設計データベース21はCADデータを格納したものであっても良い。CADデータは演算制御装置18を経由しないで直接的に橋梁データファイル11に取り込むこともできる。
【0023】
橋梁データファイル11に収納された情報に基づいて、測定効果が期待できる測定位置を決定して、その結果を測定部位データファイル12に格納する。
設計図面などを検討し、予め規定された疲労強度等級などに基づいて、対象とする溶接継手部の疲労強度と寿命を推測することができる。また、過去の疲労亀裂発生事例や疲労損傷マップなどを参考にして、スティフナ(補剛材)など疲労亀裂が発生しやすい具体的な部位を見つけ出す。これらの結果として、疲労センサを貼付して余寿命を評価する部位を決定する。
【0024】
なお、橋梁の形式が決まると疲労寿命の短い部材や位置は経験上ある程度分かる。例えば、溶接継手部では溶接止端に応力集中が起こって破損し易く、鉄道橋では特に枕木の直下やレール継ぎ目付近の補剛材の疲労が著しい。また、ソールプレートには荷重が集中するので、疲労も大きい。したがって、橋梁全体の疲労寿命を見るためには、これらの特に疲労し易い部材等の疲労状態を把握する必要がある。
橋梁の構造中で疲労破壊が生じやすい部位は、全体構造と微細構造のデータに基づいて、自動的に検出して列挙させることができる。スクリーニングのアルゴリズムの信頼性が足りないときは、候補を列挙させて、技術者が確認するようにすれば万全である。
【0025】
図3は上路プレートガーダー方式の鉄道橋について、図4はプレートガーダー式道路橋について、それぞれ疲労センサを貼付する場所を丸で囲って例示した図面である。また、図5は溶接部における疲労センサの貼付状況を例示する部分斜視図である。図5に示すように、溶接部でも止端部や複数部材の突き合わせ位置など応力集中が起こりやすい部分に応力勾配に沿って疲労センサを貼付することが好ましい。
得られた測定部位リストは測定部位データファイル12に格納する。
疲労寿命診断支援装置10は疲労センサを貼付する位置を作業者に知らせるため、ディスプレイやプリンタなどの出力装置19を介してセンサ取扱マニュアル25を出力する。センサ取扱マニュアル25には、貼付方法データベース22からセンサ貼付において注意すべき事項を抽出して、使用する疲労センサの種類、疲労センサの貼付位置、姿勢、点検時期、など貼付工程や点検工程に必要な事項を記載することが好ましい。
【0026】
貼付工程2では、貼付要領を十分理解した技術者が疲労センサを指定の場所に貼付する。疲労センサ30は、センサ取扱マニュアル25に従って、作業者が現場の橋梁における指定の位置に指定された状態で貼付される。疲労センサ30は、塗膜の除去、清掃、貼付、防護対策の順に、ひずみゲージとほぼ同じ要領で貼付することができるが、ひずみゲージより構造がやや複雑であるため、作業者は事前に教育あるいは訓練を受けておくことが好ましい。
貼付箇所には、検査路、高所作業車、足場などを利用してアクセスし、貼付作業や点検作業を行う。
【0027】
点検工程3は、所定の期間経過後に行われる。疲労センサ30は、決められた期間ごとに作業者が状態を点検し亀裂長さを測定して、収集した各疲労センサの亀裂長さを測定データ入力装置13から入力する。
通常は、たとえば1ヶ月後、3ヶ月後、6ヶ月後の3回、点検が実施される。このうち第1回目の点検は、疲労センサが正常に貼付されていることを確認するものである。2回目と3回目の点検でセンサの亀裂進展長を測定する。特別な事情があるときは、点検時期や回数を適当に調整することができる。亀裂進展長は、拡大鏡による方法、レプリカによる方法、CCDカメラによる方法などを使って測定される。なお、実際には、精度良く計測できかつ記録が残ることから、レプリカによる方法が好まれる。
測定データ入力装置13は、キーボードやICカードリーダ、あるいはUSBメモリを介して入力するものなど、各種の入力装置を利用することができる。入力された測定データは測定データファイル14に格納される。
【0028】
評価工程4においては、疲労センサの亀裂進展長さに基づいて所定期間中の繰返し応力の状況を知って溶接部など対象部位の実寿命を推定し、供用履歴と供用計画を参照して、対象部位ごとに疲労余寿命を算出する。
余寿命診断支援装置10では、演算制御装置18が演算式ファイル17から必要な数式を呼び出して、初めに測定データファイル14のデータから各部位の損傷度を算定して損傷度ファイル15に収納する。次に損傷度ファイルから損傷度を読み出して処理し、各部位の実寿命を算出し、さらに各部位について過去の供用履歴と今後の供用計画を加味して余寿命を算出して余寿命ファイル16に格納する。供用履歴と供用計画の情報は、供用履歴・計画データベース23から取得することができる。
【0029】
図6は本実施例に利用した疲労センサの例を示す斜視図である。
本実施例で利用される疲労センサ30は、たとえば、特許文献2によりその技術的思想が開示されたセンサであって、図6に代表的に示すように、不変鋼(インバー)、ポリイミドフィルムなど熱に対する寸法安定性が高い材質からなる例えば厚さ0.05mmの薄いベース31の上に、中央が横断方向に溝部33を有する例えば厚さ0.1mmの箔状の金属製破断片32がその両端のみをベースに固定されて構成されたものである。
破断片32の大きさはたとえば長さ12mm幅5mmと極めて小型である。また、破断片中央の溝部33はたとえば幅が1mm、厚さが0.02mmで、溝部33には最奥部に鋭端を有する適当長のスリット34が一側端から中心軸の方向に形成されている。
【0030】
この疲労センサ30の軸方向に繰返し応力を作用させると溝部33に亀裂が発生する。普通の部材ならば長期に亘る亀裂発生期間後に亀裂が発生し、その後に亀裂が発達する亀裂進展期間があるはずのところ、この疲労センサ30は鋭端を有するスリット34があるため、亀裂発生期間が殆ど存在せず直ちにスリット先端から亀裂が発生して横断方向に進展する。特許文献2に明らかにされているように、亀裂の進展長aは応力σが一定であれば繰り返し数Nに比例する。
また、破断片32を母材の亀裂進展特性と対応する材料を使って薄い箔状に形成して得ているから、破断片32を母材溶接部に貼付した場合、破断片32の溝部33において亀裂が進展するメカニズムは母材の溶接部において亀裂進展するときと変わらない。したがって、両者の亀裂進展の間には所定の関係があり、応力σと繰返し回数Nを対数スケールとして疲労寿命を表すSN線図にしたときに、両者はほぼ平行線になる。
疲労センサ30は十分に小さいので、対象部材における応力集中が生じる領域のごく近傍に貼付することができる。また、必要に応じて応力勾配の途中に複数のセンサを並べて貼付することにより応力集中度を検知することもできる。
【0031】
図7は疲労センサと溶接部のSN線図を一緒に描いた説明図である。
図7は、縦軸が応力σの対数目盛、横軸が繰返し数Nの対数目盛になっており、溶接部の疲労寿命を点線で、疲労センサ30の寿命を実線で表したSN線図である。なお、対象部位のSN線図は、平均線および設計線の両方を使って解析することが好ましい。平均線とは、破壊ばらつきの平均である非破壊確率50.0%のときの疲労寿命を表す線図、設計線とは、破壊ばらつきの下限である非破壊確率97.7%のときの疲労寿命を表す線図である。
構造物の部材のSN線図はほぼ直線であり、応力集中の度合いが強くなるほど傾きが急になる。溶接部のSN線図は傾斜が最も大きい。特許文献2に開示された疲労センサは鋭端を有するスリットのため、SN線図は溶接部におけるSN線図と同じ傾きを有し、図中で溶接部のSN線図に対してΔだけ離れた平行線となる。
【0032】
すなわち、疲労センサの寿命Ts(正確には許容繰返し数Ns)と溶接部の寿命Tm(正確には許容繰返し数Nm)の間には、
logNm−logNs=log(Nm/Ns)=Δ
の関係が成立する。
ここで、logα=Δとすれば、部材の許容繰返し回数Nmは、
Nm=αNs
で得られる。
【0033】
したがって、SN線図が与えられているときには、疲労センサが実際に受容する活荷重載荷状態において示す疲労寿命Tsに定数αを掛けることにより、同じ活荷重載荷状態における溶接部の疲労寿命Tmが推定できる。
さらに、溶接部の疲労寿命Tmから診断時までの供用期間Thを差し引けば、今後寿命が尽きるまでの期間すなわち余寿命Trを得ることができる。
すなわち、
Tr=Tm−Th
である。
【0034】
疲労センサには感度の異なる複数の種類があるので、貼付部位の寸法や推定される応力振幅に合わせて使い分けたり、感度の異なる疲労センサを組み合わせて使用することもできる。
感度が高い疲労センサSbは、SN線図の傾きは変わらず許容繰返し数Nsbが小さくなる方向に平行にずれる形になるので、溶接部のSN線図との差Δbの値が大きくなり、センサを貼付した部材の疲労寿命Nmを推定するために掛ける係数αが大きくなる。
【0035】
さらに、詳細に部材の疲労寿命を推定するためには、疲労センサの亀裂長さに基づいて損傷度Dを使う方法がある。
図8は、疲労センサの亀裂が進展する状態を示す平面図である。ベース31の上に固定された破断片32の中央部に形成された溝部33には、一方の端からスリット34が形成されている。繰返し応力が掛かると、スリット34の先端から亀裂35が発生し、繰返し回数が増大するにつれて進展する。
図8に示すように、計測期間Ttの間に亀裂長がatになったとすると、亀裂が入る全長をa0として、疲労センサの損傷度(ダメージ)Dsは、
Ds=at/a0
と表される。なお、損傷度Dsは、損傷がない場合を0、破壊されるときを1で表わす指数である。
【0036】
応力σが一定しない場合にも、応力毎に負荷回数を積算することにより損傷度を算出することができる(累積損傷則)。
累積損傷則によれば、破断に至る負荷回数がNs1,Ns2,・・・である応力σ1,σ2,・・・について、計測期間Tt中の負荷回数がそれぞれn1,n2,・・・であったとすれば、損傷度Dsは、
Ds=n1/Ns1+n2/Ns2+・・・=Σ(ni/Nsi)
で表される。すなわち、損傷度Dsは疲労センサが履歴した負荷状態に比例関係をもって対応する。
【0037】
一方、測定対象の溶接部は、同じ計測期間Ttで疲労センサと同じ負荷を受けるので、図7に表示されるように、それぞれの応力に対応する破断繰返し回数をNm1,Nm2,・・・とすれば、損傷度Dmは累積損傷則により、
Dm=n1/Nm1+n2/Nm2+・・・=Σ(ni/Nmi)
と表される。
図7を用いて先に説明した通り、Nm=αNsであるから、
Dm=Σ(ni/Nmi)=Σ(ni/αNsi)
となる。すなわち、
Dm=Ds/α
と表され、計測期間に生じる溶接部の損傷度Dmは疲労センサで生じた損傷度Dsの1/α倍になる。
【0038】
溶接部の疲労寿命Tmは損傷度Dmが1になるまでの時間であるから、計測時間Ttによって、
Tm=Tt/Dm=αTt/Ds
となる。さらに、溶接部のこれまでの供用期間をThとすると、溶接部の余寿命Trは、
Tr=Tm−Th=αTt/Ds−Th
で求めることができる。
【0039】
余寿命算定の対象となる部位は、測定部位データファイル12に格納された情報に基づいて、疲労センサの具体的な位置や姿勢などを確認して、測定結果と対象部位の応力状態の関係を確定して、寿命導出をする必要がある。
なお、余寿命算定の対象となる部位における点検期間の負荷が、その以前の供用期間におけるものと異なることが知れている場合は、その程度に合わせて供用期間Thを補正して余寿命の算定をしなければならない。また、今後の供用計画において交通量が増大するなど、現状と異なる負荷状態が予測される場合も同様に余寿命Trを補正して算定する必要がある。
溶接部の供用履歴や供用計画は、供用履歴・計画データベース23から入手することができる。
なお、これら方程式は、演算式ファイル17に格納されていて、必要に応じて呼び出して利用する。
【0040】
得られた個々の部位についての余寿命データは判断しやすいように整理して、ディスプレイやプリンタを介して表形式で出力される。
図9は、測定結果のアウトプット例を示す。各部位に貼付した疲労センサの亀裂長に基づいて、部位について設計線に基づく余寿命と平均線に基づく余寿命を推定した結果が示されている。
なお、疲労センサの適用期間中に亀裂が発生しなかった部位については、日本鋼構造協会などで規定している疲労強度等級に基づいて与えられる寿命が採用されている。
【0041】
橋梁全体の寿命は最も寿命が短い部材により制約されるので、寿命が短い部材から保全作業を行って新しく部材と入れ換えれば、その次に短い寿命を持った部材の寿命まで延長することができる。
本実施例に利用する疲労センサは小型で安価であり、特別な測定機器を使わないから、橋梁中の多数の箇所に設置することができる。このため、信頼性の高い診断が可能になるが、結果を図9に例示したような表形式で表示するだけでは、一目で最短余寿命部位を見出すことは難しく、肝心のデータを見落とす危険もある。そこで、橋梁データファイル11に格納した構造データを活用して、画像表記することにより、直感的にかつ見落としなく問題となる部位を見出すことができる。
【0042】
本発明の橋梁の疲労寿命診断法により得られた解析結果を用いると、いつまでにどの部材の補修作業をするべきかを正確に判断することができるので、橋梁をいたずらに改修したり、不急の部品を交換したりするなどの無駄な保全費用を節約して、効率の良い保全作業を実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の1実施例に係る橋梁の疲労寿命診断法の手順を示すフロー図である。
【図2】本実施例に係る疲労寿命診断支援装置の構成を表すブロック図である。
【図3】本実施例の疲労寿命診断法において鉄道橋について疲労センサを貼付する場所を例示した図面である。
【図4】本実施例の疲労寿命診断法において道路橋について疲労センサを貼付する場所を例示した図面である。
【図5】本実施例の疲労寿命診断法において溶接部における疲労センサの貼付状況を例示する部分斜視図である。
【図6】本実施例に利用した疲労センサの例を示す斜視図である。
【図7】疲労センサと溶接部のSN線図を一緒に描いた説明図である。
【図8】本実施例における疲労センサの亀裂進展状態を示す平面図である。である。
【図9】本実施例における測定結果のアウトプット例を示す図面である。
【符号の説明】
【0044】
1 計画工程
2 貼付工程
3 点検工程
4 評価工程
10 余寿命診断支援装置
11 橋梁データファイル
12 測定部位データファイル
13 測定データ入力装置
14 測定データファイル
15 損傷度ファイル
16 余寿命ファイル
17 演算式ファイル
18 演算制御装置
19 データ出力装置
21 設計データベース
22 貼付方法データベース
23 供用履歴・計画データベース
25 疲労センサ取扱マニュアル
26 測定結果表示画面
30 疲労センサ
31 ベース
32 破断片
33 溝部
34 スリット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
橋梁の全体構造、詳細構造、活荷重載荷状態に基づいて繰返し応力を測定するための適切な部位を選定して疲労センサを貼付し、所定期間後に各疲労センサにおける亀裂の進展長を計測して結果を記録し、記録された亀裂進展長に基づき累積損傷則に従って各部位について損傷度を推定し、損傷度から対象部位の実寿命を推定し経過期間を差し引いて余寿命を算定して、部位毎の余寿命同士を比較することにより各部位及び橋梁全体について実地の疲労寿命を評価することを特徴とする橋梁の疲労寿命診断方法。
【請求項2】
前記疲労センサは、長方形の箔状ベースに金属箔からなる破断片の両端を接合したもので、該破断片は中央部に横断溝が形成されて薄くなっており、該横断溝に一側端から所定の長さを持ち最奥に鋭端を有するスリットが形成されたものであることを特徴とする請求項1記載の疲労寿命診断方法。
【請求項3】
橋梁の全体構造、詳細構造、活荷重載荷状態の情報を集積した橋梁データファイルを備え、該橋梁データファイルに収納された情報に従って適切な部位を選定して貼付された疲労センサを備え、所定期間後に各疲労センサにおける亀裂の進展長を計測した結果を記録した測定データファイルを備え、該測定データファイルに記録された亀裂進展長に基づき累積損傷則に従って各部位について損傷度を推定した結果を記録する損傷度ファイルを備え、対象部位の実寿命を推定し経過期間を差し引いて余寿命を算定して記録する余寿命データファイルを備え、該余寿命データファイルに記録した部位毎の余寿命同士を比較することにより各部位及び橋梁全体について実地の疲労寿命を評価する演算制御装置を備えることを特徴とする橋梁の疲労寿命診断支援装置。
【請求項4】
前記疲労センサは、長方形の箔状ベースに金属箔からなる破断片の両端を接合したもので、該破断片は中央部に横断溝が形成されて薄くなっており、該横断溝に一側端から所定の長さを持ち最奥に鋭端を有するスリットが形成されたものであることを特徴とする請求項3記載の疲労寿命診断支援装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−337144(P2006−337144A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−161374(P2005−161374)
【出願日】平成17年6月1日(2005.6.1)
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)
【Fターム(参考)】