説明

歯科用接着性組成物

【課題】酸性基含有重合性単量体と多価金属イオン溶出性フィラーとが配合されてなる歯科用前処理材および接着材において、1液で保存される形態でありながら、実質的に有機溶媒を含まずにゲル化が抑制された歯科用前処理材および接着材の提供。
【解決手段】(A)酸性基含有重合性単量体を5質量%以上、且つ酸性基を有さず水酸基を有する水溶性重合性単量体を55質量%以上含む重合性単量体を100質量部、(B)(A)成分1g当たり0.4〜2.0(meq)となるように配合された、多価金属イオン溶出性フィラー、(C)水を3〜30質量部、(D)50m/g以上の比表面積を有するシリカ系フィラー2〜20質量部からなる各成分を混合してなる1液型歯科用前処理材。さらに(E)光重合触媒を含む1液型歯科用接着剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科医療分野における歯の修復に際し、有機溶媒を不要とした歯科用接着性組成物、特に歯科用前処理材や、歯科用接着材に有用な歯科用接着性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
齲蝕等により損傷を受けた歯の修復には、主にコンポジットレジンと呼ばれる歯科用修復材料が用いられる。このコンポジットレジンは歯の窩洞に充填後、重合硬化して使用されることが一般的である。しかし、この材料自体は歯牙への接着性を持たないため、歯科用接着材が併用される。この接着材には、コンポジットレジンの硬化に際して発生する内部応力、即ち歯牙とコンポジットレジンとの界面に生じる引っ張り応力に打ち勝つだけの接着強度が要求される。さもないと過酷な口腔環境下での長期使用によりコンポジットレジンが脱落する可能性があるのみならず、歯牙とコンポジットレジンの界面で隙間を生じ、そこから細菌が進入して歯髄に悪影響を与える恐れがあるためである。
【0003】
歯の硬組織はエナメル質と象牙質からなり、臨床的には双方への接着が要求される。従来から使用されている歯科用接着材は、主として酸性基含有重合性単量体、重合性単量体及び重合開始剤を構成成分とするものであるが、該歯科用接着材のみを使用した場合には臨床上十分な接着強度が得られない。このため、接着材塗布に先立ち歯の表面を前処理することが必要とされている。このような前処理材としては、歯の表面を脱灰する酸水溶液が一般的であり、リン酸、クエン酸、マレイン酸等の水溶液が用いられてきた。
【0004】
一般に、エナメル質における接着は、酸水溶液によって脱灰された粗造な表面へ接着材が浸透して硬化するというマクロな機械的嵌合であると言われているのに対し、象牙質における接着は、脱灰後に歯質表面に露出するスポンジ状のコラーゲン繊維の微細な隙間に接着材が浸透して硬化するミクロな機械的嵌合であると言われている。しかし、コラーゲン繊維への浸透はエナメル質表面ほど容易でないため、酸水溶液による処理後にさらにプライマーと呼ばれる、浸透促進剤による処理が行われている。即ち、この方法では、エナメル質と象牙質の双方に対して良好な接着を得るためには、歯科用接着材を塗布する前に2段階の前処理が必要であり、操作が煩雑であるという問題があった。
【0005】
近年、この前処理操作を1段階に簡略化した2ステップシステム、さらに、前処理を必要としない簡便な操作で、エナメル質、象牙質双方に高い接着強度を与える1ステップの歯科用接着材が提案されている(特許文献1参照、特許文献2参照)。これらの歯科用接着材は、歯質脱灰に必要な酸性基含有重合性単量体と水を配合し、さらに、特定の多価金属イオン溶出性を有する多価金属イオン溶出性フィラー、重合硬化させるための重合開始剤が配合された組成に設計されている。これらの歯科用接着材は、歯質の脱灰機能や象牙質への浸透促進機能を有しているとともに、その硬化反応が、重合性単量体のラジカル重合に加えて、酸性基含有重合性単量体、水、および多価金属イオン溶出性フィラーの作用によるイオン架橋も併せて生じ、これらの相乗作用により前記エナメル質、象牙質双方に対して高い接着強度を有している。
【0006】
【特許文献1】特開平10−236912号公報、
【特許文献2】特開2001−72523号公報、
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1、2に示される歯科用接着材は、上述の通り優れた接着材であるが、これらは、酸性基含有重合性単量体を含む液と、多価金属イオン溶出性フィラーを含む液の2液からなり、使用直前に2液を混合する必要がある。かかる操作は歯科医師等の術者にとって煩雑であり、また混合操作や混合時間など混合条件には術者によるばらつきは避けられず、習熟度を要するという問題があった。この煩雑な操作をなくすため、あらかじめ必要な組成を1液に混合して保存しておくと、重合開始剤として光重合を用いて遮光下に保存したとしても、前記イオン架橋が発生しゲル化する問題があった。また、特許文献2の接着材は有機溶媒が必須成分となっている。有機溶媒は、接着材の保存安定性を高める、または、歯質へ塗布したときの接着材成分の歯質へのぬれ性を高めるという点では有効な成分であるが、接着材を重合硬化させるときには不要な成分となる。通常は、接着材を塗布したあとに、エアブロー等によって有機溶媒を除去している。しかし、このエアブローという操作は術者によるばらつきが大きく、そのばらつきが接着力に影響することや、過度のエアブローは、知覚過敏などの患者への負担が大きい等の問題があった。
【0008】
したがって、重合性単量体成分の少なくとも一部として酸性基含有重合性単量体を含み、多価金属イオン溶出性フィラーが配合されてなる接着性組成物において、構成成分が1液に混合されて保存される形態でありながら、ゲル化の発生が抑制され、保存安定性に優れ、かつエナメル質、象牙質との接着強度を高めることが可能なものを開発することが課題であり、このような状況に鑑み本発明者等は、以下のような1液型接着材及び前処理材を先に特許出願した(特願2006−147203号、特願2006−239951号)。
・下記(A)〜(D)成分を含有する1液型歯質用接着材。
(A)酸性基含有重合性単量体を5質量%以上含む重合性単量体成分100質量部
(B)該接着材中に溶出される多価金属イオン量をX(meq)としたとき、(A)成分1g当たりXが1.0〜7.0(meq)となるように配合された、多価金属イオン溶出性フィラー
(C)30〜150質量部の範囲で且つ、その配合量が20×X質量部以上となるように配合された揮発性の有機溶媒
(D)水を3〜30質量部
・少なくとも下記(A)〜(D)成分が混合されてなる1液型歯質用前処理材。
(A)i)酸性基含有重合性単量体5〜70質量%及びii)酸性基非含有重合性単量体95〜30質量%からなる重合性単量体成分であって、
該ii)酸性基非含有重合性単量体は、重合性単量体成分全量に対して少なくとも37質量%が、20℃における水への溶解度が50質量%以上である親水性重合性単量体であり、且つ重合性単量体成分全量に対して多くても10質量%しか、20℃における水への溶解度が0.6質量%以下である疎水性重合性単量体を含有していない上記重合性単量体成分100質量部
(B)該処理剤中に溶出される多価金属イオン量をX(meq)としたとき、(A)成分1g当たりXが1.0〜10.0(meq)となるように配合された、多価金属イオン溶出性フィラー
(C)10〜250質量部の範囲で且つ、その配合量が5×X質量部以上となる量で配合された揮発性の水溶性有機溶媒
(D)水を3〜80質量部
これらの1液型歯質用接着材及び前処理材は、多価金属イオン溶出性フィラーが配合されてなる接着性組成物であり、構成成分が1液に混合されて保存される形態でありながら、多価金属イオン量、重合性単量体の構成、及び、特定量の揮発性の水溶性有機溶媒を使用することによりゲル化の発生が抑制されている。そして、使用時には、液を歯面に塗布した後にエアブローして有機溶媒を除去することにより、多価金属イオンによる強固なイオン架橋を有する接着材層または前処理材層を形成するため、歯質とコンポジットレジンとの高い接着強度を得ることができる。
【0009】
しかしながら、有機溶媒を除去するための、エアブロー操作が必須であり、上述した術者によるばらつきや患者への負担が大きい等の問題は残されていた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記技術課題を克服すべく鋭意検討を重ねた結果、酸性基含有重合性単量体を5質量%以上且つ、酸性基を有さず水酸基を有する水溶性重合性単量体を55質量%以上含む重合性単量体、多価金属イオン溶出性フィラー、水、及びシリカ系フィラーを含む特定の組成物を歯科用接着性組成物とすれば、水溶性有機溶媒を含まずとも、1液に混合し保存した時のゲル化を抑制でき、かつ、エアブローのばらつきによる接着力への影響が抑制された歯科用前処理材、さらに、光重合開始剤を加えることによって、エアブローのばらつきによる接着力への影響が抑制された歯科用接着材が得られることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明は、(A)酸性基含有重合性単量体を5質量%以上且つ、酸性基を有さず水酸基を有する水溶性重合性単量体を55質量%以上含む重合性単量体を100質量部、(B)該歯科用接着性組成物中に溶出される多価金属イオン量が0.4〜2.0(meq)となるように配合された、多価金属イオン溶出性フィラー、(C)水を3〜30質量部、(D)50m/g以上の比表面積を有するシリカ系フィラー2〜20質量部を含有し、実質的に有機溶媒を含まないことを特徴とする歯科用接着性組成物に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の歯科用接着性組成物は、歯質の脱灰機能及び歯質への浸透促進機能を有する。そして、歯質に塗布された後に、(A)重合性単量体成分に含まれる酸性基含有重合性単量体由来の酸性基、(B)多価金属イオン溶出性フィラーおよび(C)水の作用によるイオン架橋による強固な前処理材層または接着材層を形成する。本発明の歯科用接着性組成物が前処理材の場合には、その上に塗布される歯科用接着材の硬化反応時に前処理材層も共に重合硬化する。また、本発明の歯科用接着性組成物が、(E)光重合開始剤を含有している接着材の場合には、接着材層単独で重合硬化することができる。あわせて、(D)シリカ系フィラーが前処理材または接着材層の強度を高めており、本発明の歯科用接着性組成物を用いることにより、エナメル質、象牙質双方に対して強固な接着力が得られる。
【0013】
また、本発明の歯科用接着性組成物は、揮発性の有機溶媒を用いずとも構成成分を1液に混合して保存しておくことが可能である。これにより、2液を混合する操作が不要になるとともに、術者によるエアブロー操作のばらつきが少なくなり、また、患者への負担も軽くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の最大の特徴は、酸性基含有重合性単量体を含む重合性単量体、多価金属イオン溶出性フィラー、および水を用いた歯科用接着性組成物において、接着性組成物中の多価金属イオン量を、重合性単量体1gに対して0.4〜2.0meqとし、また、重合性単量体中の55質量%以上を、酸性基を含まず水酸基を有する水溶性重合性単量体とし、さらにこれらの構成に加えて、50m/g以上の比表面積を有するシリカ系フィラーを配合した点である。
【0015】
従来技術で説明したように、接着性組成物の硬化時に、酸性基含有重合性単量体と多価金属イオンによる強固なイオン架橋を形成させようとすると、該多価金属イオン溶出性フィラーは、一般に、重合性単量体1gに対して、多価金属イオン量が1.0〜10.0meqとなるように配合することが必要であり、これを1液の状態で保存すると、酸性基含有重合性単量体と、溶出した多価金属イオン間でイオン結合を生じてゲル化してしまい1液で保存することはできない。そのため、前記従来技術のように2液に分けて保存するか、または有機溶媒で希釈して1液で保存する必要性が生じる。
【0016】
しかしながら、本発明の接着性組成物は、前述したように重合性単量体中の55質量%以上を、酸性基を含まず水酸基を有する水溶性重合性単量体とし、さらに50m/g以上の比表面積を有するシリカ系フィラーを加えることにより、多価金属イオン量が2.0meq以下の場合で、保存時のゲル化は実質上問題になるレベルでは発生しなくなり1液での保存が可能になった。これは単に希釈による効果ではなく、重合性単量体中の水酸基およびシリカ系フィラー表面のシラノール基が多価金属イオンと化学的な相互作用を起こし、ゲル化を抑制しているのではないかと推測される。
【0017】
また、50m/g以上の比表面積を有するシリカ系フィラーは、水溶性重合性単量体を多量に含んだ組成においても硬化体強度の低下を防ぎ、実用化に耐えうる接着性組成物とすることが可能になった。かくして、本発明の接着性組成物では、使用時の操作性に優れる1液型でありながら、有機溶媒を用いなくとも保存時の安定性に優れ、しかも、そのラジカル重合による接着とイオン架橋による接着の相乗効果はほとんど損なわれることなく発揮され、エナメル質、象牙質双方に対して高い接着強度を有するものになる。
【0018】
なお、本発明において、有機溶媒とは、重合性基等は非含有の反応性を有しない有機液体であり、A成分の重合性単量体の少なくとも一部の成分を溶解させるものである。そうして、本発明において歯科用接着性組成物が、こうした有機溶媒を実質的に含まない状態とは、組成物中に該有機溶媒を全く含まない状態のみならず、本発明の上記説明した効果に影響しない極少量存在する程度は許容されるものであり、通常はA成分の重合性単量体を100質量部に対して3質量部以内、より好適には1質量部以内の量で存在しても許容されるものである。
【0019】
本発明のA成分である重合性単量体は、酸性基含有重合性単量体(以下、単に「A1成分」ともいう。)、酸性基を有さず水酸基を有する水溶性重合性単量体(以下、単に「A2成分」ともいう。)を含んでなる。このA成分は、A1、A2成分のみからなっていてもよいが、歯質に対して、より優れた接着強度及び接着耐久性を得る為に、硬化体の親水姓および疎水性を調節する観点から、A1、A2以外の重合性単量体(以下、単に「A3」成分ともいう。)を更に含むのが好適である。
【0020】
本発明のA成分で用いられるA1成分は、1分子中に少なくとも1つの酸性基と少なくとも1つの重合性不飽和基を持つ化合物であれば特に限定されず、公知の化合物を用いることができる。A1成分の化合物の分子中に存在する酸性基としては次に示すようなものを挙げることができる。酸無水物の基についても、酸性基に加水分解した状態のものとして、上記酸性基に含める。
【0021】
【化1】

【0022】
また、A1成分の化合物の分子中に存在する重合性不飽和基としては、アクリロイル基、メタクリロイル基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基、ビニル基、アリル基、エチニル基、スチリル基のようなものを挙げることができる。
【0023】
本発明で用いられるA1成分として好適に使用できる化合物を例示すれば、下記式に示す化合物の他、ビニル基に直接リン酸基が結合したビニルホスホン酸類や、アクリル酸、メタクリル酸、ビニルスルホン酸等を挙げることができる。
【0024】
【化2】

【0025】
【化3】

【0026】
【化4】

【0027】
【化5】

【0028】
上記化合物中、R1は水素原子またはメチル基を表す。これらの化合物は単独で又は二種以上を混合して用いることができる。その中でも歯質の脱灰作用が高く(主に酸性度の強いリン酸系の基を有する為と思われる)、歯質に対する接着力が高い基−O−P(=O)(OH)、基(−O−)P(=O)OH等のリン酸系の基を含有している重合性単量体を使用することが好ましい。その中でも、本接着性組成物に含まれる多価金属イオンとイオン結合可能な基−OHを1分子内に2つ以上有するものを使用する事がイオン結合による強度向上の観点から好ましいが、その反面、1液状態での保存安定性は低下する傾向にある為、多価金属イオンとイオン結合可能な基−OHを1分子内に2つ以上有するものと、基−OHを1分子内に1つのみ有するものとを組み合わせて使用する事が最も好ましい。
【0029】
また、A1成分は重合性不飽和基としてアクリロイル基、メタクリロイル基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基を有する化合物であるのが、硬化速度の点から好ましい。
【0030】
A成分である全重合性単量体中のA1成分の含有割合は、エナメル質及び象牙質の両方に対する接着強度の観点から5質量%以上であり、歯質の脱灰、歯質への浸透性および強度のバランスの点から10〜30質量%であるのが好適である。
【0031】
本発明のA成分で用いられるA2成分は、1分子中に酸性基を有さず少なくとも1つの水酸基と少なくとも1つの重合性不飽和基を有する水溶性の化合物であれば特に限定されず、公知の化合物を用いることができる。ここで、酸性基と重合性不飽和基とは上記A1成分で記載したものと同様のものを挙げることができる。また、水溶性とは、20℃における水への溶解度が70以上、最も好ましくは20℃において水と任意の割合で相溶するものであることが好ましい。
【0032】
該A2成分を具体的に例示すると、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート(アクリレート又はメタアクリレートの意である。以下も同様に表記する。)、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、4−ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、N−2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリルアミド、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)(メタ)アクリルアミド、2,3−ジヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2,3−ジヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、2,4−ジヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシメチル−3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2,3,4−トリヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、2,2−ビス(ヒドロキシメチル)−3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2,3,4,5−テトラヒドロキシペンチル(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、テトラエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、ペンタエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、N−メチロール(メタ)アクリルアミド等が挙げられる。中でも、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレートが最も好適に利用できる。
【0033】
該A2成分を、全重合性単量体中において55質量%以上の割合で配合することで、各構成成分が1液に混合されて保存された際のゲル化発生の抑制効果が発揮される。より好ましくは、60〜80質量%の範囲である。尚、該A2成分は、歯質中への浸透促進機能に優れるため接着性能向上のためにも好適である。
【0034】
本発明のA成分で用いられるA3成分は、A1成分およびA2成分以外で、分子中に少なくとも一つの重合性不飽和基を持つ物で有れば、A1成分とA2成分の使用量の要件を満足させた上での残余の量として含有させてもよい。A3成分における重合性不飽和基としては、前記A1成分で例示したものと同様のものを挙げることができるが、特にアクリロイル基、メタクリロイル基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基が好ましい。具体的に例示すると、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、ペンチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート、2−(メタ)アクリルオキシエチルアセチルアセテート、2−(メタ)アクリルオキシエチルアセテート、2−(メタ)アクリルオキシエチルプロピオネート、3−(メタ)アクリルオキシプロピルアセテート等のモノ(メタ)アクリレート系単量体;エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、2,2’−ビス[4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシフェニル]プロパン、2,2’−ビス[4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシエトキシフェニル]プロパン、2,2’−ビス{4−[3−(メタ)アクリロイルオキシ−2−ヒドロキシプロポキシ]フェニル}プロパン、1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ウレタン(メタ)アクリレート、テトラエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ペンタエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、グリセリルジ(メタ)アクリレート等の多官能(メタ)アクリレート系単量体等を挙げることができる。
【0035】
本発明のB成分として用いられる多価金属イオン溶出性フィラーは、上述した酸性基含有重合性単量体とイオン結合させる多価金属イオンの供給源として必要であり、酸性基含有重合性単量体及び水と混合した時に多価金属イオンを溶出するものである。本発明の歯科用接着性組成物では、酸性基含有重合性単量体とイオン結合し高い接着強度を得るために、接着性組成物中に溶出される多価金属イオン量が(A)成分1g当たり0.4〜2.0meqとなるように配合されることが重要である。すなわち、歯面に形成される接着材層(A成分)1gあたり0.4〜2.0meqのイオン結合できる多価金属イオンが存在する事で界面に強固な層を形成することが可能となるのである。その中でも0.5〜0.9meqの範囲がより好ましい。接着材中の多価金属イオン量が(A)成分1g当たり0.4meq未満の場合には、イオン結合が不十分になり、2.0meqを超える場合には、A成分の55質量%以上を水溶性重合性単量体にしたとしても、保存時にゲル化してしまう問題がある。
ここで、多価金属イオンとは、前記酸性基と結合可能な2価以上の金属イオンのことであり、代表的なものを例示すれば、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、アルミニウム、亜鉛、ランタノイド等の金属イオンである。これらのうち、接着強度の観点から、アルミニウム等の3価のイオンは少なくとも一部として含有させるのがより好ましい。なお、多価金属イオン溶出性フィラーは、これらの多価金属イオンを上記特定量溶出するものであればナトリウム等の1価の金属イオンを含有していても良いが、該1価の金属イオンをあまり多量に含有していると上記多価金属イオンのイオン架橋の反応性にも影響するため、該1価の金属イオンは、できるだけ含有量が少ないのが好ましく、通常は、多価金属イオンの含有量の10モル%以下であるのが望ましく、5モル%以下であるのが特に望ましい。
【0036】
本発明において、多価金属イオン量(meq)は、A成分1g当りの多価金属イオンによるイオン結合量をミリ当量で表したものであり、A成分1g当りに含まれる各イオン濃度(mmol/g)にそれぞれのイオン価数をかけて得られる値の総和を求める事によって計算できる。また、各イオン濃度はICP(誘導結合型プラズマ)発光分光分析で測定することができる。また、多価金属イオン溶出性フィラーからの接着性組成物中への多価金属イオンの溶出は、通常、調整後室温(23℃)にて3時間〜12時間ほどで全て溶出される。故に、上記多価金属イオン量とは室温(23℃)にて調整24時間後の多価金属イオン量と実質的に等しく、(B)成分中に含まれる総多価金属イオン量とも通常は実質的に等しくなる。
【0037】
B成分の多価金属イオン溶出性フィラーは、上記の条件を満たすものであれば特に限定されないが、多価金属イオンが金属塩として含有されているものは、該多価金属イオンの溶出と共に、対応する硝酸イオンや塩化物イオン等のカウンターアニオンも、保存時に多量に溶出する。こうしたアニオンの溶出は接着強度に悪影響を与える虜もあるため、本発明では、多価金属イオン溶出性フィラーとしてアニオンはできるだけ溶出しないものが好ましい。こうした要件を満足するフィラーとして、本発明では、鎖状、層状、網様構造の骨格を有するガラス類において、その骨格の隙間に多価金属イオンを含有したものが好適に使用される。
【0038】
好ましい例を挙げると、多価金属イオンを含有させるための、鎖状、層状、網様構造の骨格を有するガラス類としては、酸化物ガラス、フッ化物ガラス等を挙げることができる。酸化物ガラスからなるものとしては、アルミノシリケートガラス、ホウケイ酸ガラス、ソーダ石灰ガラス等からなるものが挙げられ、フッ化物ガラスからなるものとしてはフッ化ジルコニウムガラス等からなるものを挙げることができる。なお、これらのガラス類からなる多価金属イオン溶出性フィラーは、該多価金属イオンを溶出させた後は、網様構造を有する多孔性の粒子となり、歯質用前処理材及び、接着材の強度を向上させる作用を有する。
【0039】
上記多価金属イオン溶出性フィラーの中でも、溶出特性の制御を行いやすい点でガラス類からなるものが好適に用いられ、また硬化体強度の向上の点でアルミノシリケートガラスからなるものがより好適に、さらに歯質を強化するフッ化物イオンを接着後に徐々に放出する、所謂フッ素徐放性を有するフルオロアルミノシリケートガラスからなるものが最も好適に用いられる。
【0040】
多価金属イオン溶出性フィラーがガラス類からなる場合には、多価金属イオンの溶出特性は各元素の配合比で制御することができる。例えば、アルミニウム、カルシウム等の多価金属イオンの含有率を多くすればこれらの溶出量は一般に多くなるし、また、ナトリウムやリンの含有率を変えることにより多価金属イオンの溶出量を変えることもできるので、多価金属イオンの溶出特性を比較的容易に制御することができる。
【0041】
B成分として好適に使用できる上記のフルオロアルミノシリケートガラスは、歯科用セメント、例えば、グラスアイオノマーセメント用として使用される公知のものが使用できる。一般に知られているフルオロアルミノシリケートガラスの組成は、イオン質量パーセントで、珪素、10〜33;アルミニウム、4〜30;アルカリ土類金属、5〜36;アルカリ金属、0〜10;リン、0.2〜16;フッ素、2〜40及び残量酸素のものが好適に使用される。より好ましい組成範囲を例示すると、珪素、15〜25;アルミニウム、7〜20;アルカリ土類金属、8〜28;アルカリ金属、0〜10;リン、0.5〜8;フッ素、4〜40及び残量酸素である。上記カルシウムの一部又は全部をマグネシウム、ストロンチウム、バリウムで置き換えたものも好ましい。また上記アルカリ金属はナトリウムが最も一般的であるが、その一部または全部をリチウム、カリウム等で置き換えたものも好適である。更に必要に応じて、上記アルミニウムの一部をチタン、イットリウム、ジルコニウム、ハフニウム、タンタル、ランタン等で置き換えることも可能である。
【0042】
本発明に用いられるB成分の多価金属イオン溶出性フィラーの形状は特に限定されず、通常の粉砕により得られるような粉砕形粒子、あるいは球状粒子でもよく、必要に応じて板状、繊維状等の粒子を混ぜることもできる。
【0043】
また、本発明のB成分である多価金属イオン溶出性フィラーは、接着性組成物の製造を容易にするという観点から、平均粒子径が0.01μm〜5μmのものが好ましく、より好ましくは0.05μm〜3μm、さらに0.1μm〜2μmの範囲のものが最も好ましい。更に、フィラー0.1gを温度23℃、10重量%マレイン酸水溶液10ml中に浸漬した時の24時間後に溶出した多価金属イオンの量が、5〜500meq/g−フィラーであることが好ましい。より好ましくは、10〜100meq/g−フィラーである。この時の多価金属イオン量も、ICP発光分光分析で測定することができる。なお、上記の条件下における24時間後の多価金属イオンの溶出量を、以下、「24時間溶出イオン量」ともいう。
【0044】
溶出特性を制御する方法は、一般に知られている方法を用いることができるが、代表的な方法としては、多価金属イオン溶出性フィラーを酸で処理することにより、フィラー表面の多価金属イオンをあらかじめ除去し、溶出特性を制御する方法を挙げることができる。この方法に用いられる酸は塩酸、硝酸等の無機酸、マレイン酸、クエン酸等の有機酸など一般的に知られている酸が用いられる。酸の濃度、処理時間等は除去するイオンの量によって適宣決定すればよい。
【0045】
本発明のC成分で用いられる水は、歯質の脱灰、及び酸性基含有重合性単量体と多価金属イオン溶出性フィラーとのイオン結合の促進の為に必要である。この水は、貯蔵安定性及び医療用成分に有害な不純物を実質的に含まない蒸留水や脱イオン水が好適に使用される。
本発明に用いられるC成分である水の添加量は、A成分100質量部に対して、3〜30質量部の範囲である。好ましくは5〜20質量部である。C成分の添加量が3質量部未満では歯質の脱灰及びイオン結合が不十分になる。また、30質量部より多い場合には、処理面に水が多く存在することによって十分な接着力が得られなくなる。
【0046】
本発明に用いられるD成分である50m/g以上の比表面積を有するシリカ系フィラーは、本発明の接着性組成物を1液で保存させた時のゲル化を抑制するために必要である。また、酸性基を有さず水酸基を有する水溶性重合性単量体を多く含むことによる硬化体強度の低下を防ぐためにも有効である。
【0047】
該シリカ系フィラーとしては、石英などの結晶質シリカ、非晶質シリカの他、シリカチタニア、シリカジルコニア等のシリカを主成分とする他の金属酸化物との複合金属酸化物等が挙げられる。非晶質シリカとしては、湿式法と乾式法の異なる製造方法で合成されたものが挙げられる。本発明に用いられるD成分としては、非晶質シリカが好ましく、さらに、乾式法で合成されたシリカ系フィラーが好ましく、上記した効果に加え、接着強度の向上の観点から、フュームドシリカが最も好ましい。
【0048】
接着強度向上の理由は、必ずしも定かではないが、次のような作用によるものと推定している。すなわち、酸性基重合性単量体が含まれる系中に、金属イオンが存在すると、酸性基と該金属イオンとがイオン結合し、これが多価金属イオンであるとイオン架橋が生じる。そうして、重合性単量体の重合反応時に、この多価金属イオンの共存に起因した、酸性基重合性単量体のイオン架橋が十分に発達して形成されていると、重合硬化による接着力の発揮に相乗的に作用してその強度を向上させることにつながる。そして更に、このような重合時に酸性基重合性単量体のイオン架橋が発達して形成されている接着性組成物において、これにフュームドシリカが水の存在下で配合されていると、該フュームドシリカの有する3次凝集構造の比較的緩やかな凝集粒子の隙間を、該イオン架橋した重合体が絡み、しかも該フュームドシリカ上のシラノール基と該金属イオンとが水を介して結合することも考えられ、これらから硬化体中に、より強固で密度の高いネットワークが形成されることで、優れた接着強度が得られるものと考えられる。
【0049】
本発明で用いられるシリカ系フィラーは、該フィラー表面のシラノール基が、B成分である多価金属イオン溶出性フィラーから溶出される多価金属イオンと相互作用しゲル化を抑制させるため、該シリカ系フィラーの比表面積は、50m/g以上必要であり、より好ましくは100〜300m/g必要である。該シリカ系フィラーの比表面積は、BET法によって測定することが可能である。
【0050】
本発明で用いられるシリカ系フィラーの粒子径は特に限定されないが、本発明の接着性組成物中での沈降、分散性などを考慮すると、1次粒子径が1〜100nm、二次粒子径が0.1〜10μmのものが好ましい。該シリカ系フィラーの粒子径は、電子顕微鏡で測定することができる。
【0051】
本発明に用いられるシリカ系フィラーは、上述したようにフィラー表面に存在するシラノール基が重要であるが、重合性単量体とのなじみを良くすることや疎水性を調節することを目的に、該フィラー表面のシラノール基を部分的にシランカップリング剤に代表される表面処理剤で処理することも可能である。その表面処理の割合としては、表面に存在するシラノール基が0.5個/nm以上、より好ましくは0.7〜2.0個/nm残る程度が好ましい。該フィラー表面のシラノール基の量は、シラノール基に水を吸着させた後、熱することにより吸着させた水を飛ばし、その水の量をカールフィッシャー法により測定することで見積もることが可能である。表面処理の方法は公知の方法で行えばよく、シランカップリング剤としては、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリアセトキシシラン、ビニルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−クロロプロピルトリメトキシシラン、γ−クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、ヘキサメチルジシラザンなどが好適に用いられる。
【0052】
本発明に用いられるシリカ系フィラーの配合量は、A成分100質量部に対して2〜20質量部の範囲である。ゲル化の抑制および液性状の点から好ましくは5〜15質量部である。2質量部未満ではゲル化の抑制効果、および強度向上の効果が十分に得られず、20質量部を超えると液粘度が上昇し、歯質への浸透性が阻害され歯質接着強度の向上効果が十分に得られなくなる。
【0053】
本発明の歯科用接着性組成物を1液型歯科用接着材として用いる場合には、(E)成分である光重合開始剤が必要である。該光重合開始剤としては、そのもの自身が光照射によって分解しラジカル種を生成する化合物や、これに重合促進剤を加えた系からなるものが挙げられる。
【0054】
化合物そのもの自身が光照射にともない分解して重合可能なラジカル種を生成する化合物としては、カンファーキノン、ベンジル、α−ナフチル、アセトナフテン、ナフトキノン、1,4−フェナントレンキノン、3,4−フェナントレンキノン、9,10−フェナントレンキノン等のα−ジケトン類、2,4−ジエチルチオキサントン等のチオキサントン類、2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1、2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−プロパノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−プロパノン−1、2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ペンタノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ペンタノン等のα−アミノアセトフェノン類、2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルフォスフィンオキシド、ビス(2,6−ジメトキシベンゾイル)−2,4,4−トリメチルペンチルフォスフィンオキシド等のアシルフォスフィンオキシド誘導体等が好適に使用される。
【0055】
また、上記した重合促進剤としては、N,N−ジメチルアニリン、N,N−ジエチルアニリン、N,N−ジ−n−ブチルアニリン、N,N−ジベンジルアニリン、N,N−ジメチル−p−トルイジン、N,N−ジエチル−p−トルイジン、N,N−ジメチル−m−トルイジン、p−ブロモ−N,N−ジメチルアニリン、m−クロロ−N,N−ジメチルアニリン、p−ジメチルアミノベンズアルデヒド、p−ジメチルアミノアセトフェノン、p−ジメチルアミノ安息香酸、p−ジメチルアミノ安息香酸エチルエステル、p−ジメチルアミノ安息香酸アミルエステル、N,N−ジメチルアンスラニックアシッドメチルエステル、N,N−ジヒドロキシエチルアニリン、N,N−ジヒドロキシエチル−p−トルイジン、p−ジメチルアミノフェネチルアルコール、p−ジメチルアミノスチルベン、N,N−ジメチル−3,5−キシリジン、4−ジメチルアミノピリジン、N,N−ジメチル−α−ナフチルアミン、N,N−ジメチル−β−ナフチルアミン、トリブチルアミン、トリプロピルアミン、トリエチルアミン、N−メチルジエタノールアミン、N−エチルジエタノールアミン、N,N−ジメチルヘキシルアミン、N,N−ジメチルドデシルアミン、N,N−ジメチルステアリルアミン、N,N−ジメチルアミノエチルアクリレート、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、2,2’−(n−ブチルイミノ)ジエタノール等の第三級アミン類、5−ブチルバルビツール酸、1−ベンジル−5−フェニルバルビツール酸等のバルビツール酸類、ドデシルメルカプタン、ペンタエリスリトールテトラキス(チオグリコレート)等のメルカプト化合物を挙げることができる。その中でも、α−ジケトン類およびアシルフォスフィンオキシド誘導体等が最も好ましい。
【0056】
本発明のE成分の配合量は、接着材を硬化できるだけの有効量であれば特に限定されず適宜設定すれば良いが、好ましくはA成分を100質量部として、0.01〜10質量部、より好ましくは0.1〜5質量部である。0.01質量部未満では重合が不十分となりがちである。10質量部を越えると生成重合体の強度が低下し好ましくない。
【0057】
さらに、本発明の歯科用接着性組成物にはその性能を低下させない範囲で、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルアルコール等の高分子化合物などの有機増粘材を添加することが可能である。また、紫外線吸収剤、染料、帯電防止剤、顔料、香料等の各種添加剤を必要に応じて選択して使用することもできる。
【0058】
以上説明した各成分は、1液に混合され歯科用接着性組成物とされる。その混合方法は、公知の歯科用接着性組成物の製造方法に従えばよく、一般的には、赤色光などの不活性光下に、配合される全成分を秤取り、均一溶液になるまでよく混合すればよい。
【0059】
上記混合後において、(B)多価金属イオン溶出性フィラーから多価金属イオンが溶出し酸性基含有重合性単量体とイオン架橋が形成された後、残滓粒子は液の塗布性を低下させたり、粒子径の大きいものは沈殿する場合もあるため、必要により少なくとも一部を除去して用いても良い。各成分の混合液から(B)多価金属イオン溶出性フィラーの多価金属イオン溶出後の残滓粒子を除去する方法は、特に制限されるものではないが、液をデカンテーションして沈殿した粒子径の大きい残滓粒子から分離する方法や、濾過する方法等が挙げられる。
【0060】
本発明の歯科用接着性組成物は、通常、前処理材と接着材という二種の使用方法がある。前処理材としての使用方法は、本発明の歯科用接着性組成物を、スポンジ又はブラシを用い、う蝕部を取り除くなどした被着体となる歯質に塗布し、その状態で10〜30秒間静置するか、或いは歯質表面上でスポンジ等を用いて30秒以内の範囲で擦り続ける。次いで、重合開始剤を含有する歯科用接着剤を塗布し、両者を同時に重合、硬化させる。ただし、硬化させる前に前処理材層を均一にするためのエアブロー操作を行ってもよいが、必ず行う必要はなく、こうした態様でも良好な接着効果が得られる。一方、接着材としての使用方法は、(E)光重合開始剤を含有させた本発明の歯科用接着性組成物を、う蝕部を取り除くなどした被着体となる歯質に塗布し、10〜30秒静置或いは30秒以内の範囲で擦り続ける。次いで、エアブローを行った後に、歯科用照射器を用いて可視光を照射し重合、硬化させれば良い。ただし、硬化させる前に接着材層を均一にするためのエアブロー操作を行ってもよいが、必ず行う必要はなく、こうした態様でも良好な接着効果が得られる。
【実施例】
【0061】
以下本発明を具体的に説明するために、実施例、比較例を挙げて説明するが、本発明はこれらにより何等制限されるものではない。尚、実施例中に示した、略称、略号、接着強度測定方法、保存安定性評価方法、及び多価金属イオン量測定方法については以下の通りである。
(1)略称及び略号
[酸性基含有重合性単量体]
PM:2−メタクリロイルオキシエチルジハイドロジェンフォスフェートとビス(2−メタクリロイルオキシエチル)ハイドロジェンホスフェートの混合物
MDP:10−メタクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート
MAC−10:11−メタクリロイルオキシ−1,1−ウンデカンジカルボン酸
4−MET:4−メタクリロイルオキシエチルトリメリット酸
[酸性基を有さず水酸基を有する水溶性重合性単量体]
HEMA:2−ヒドロキシエチルメタクリレート
HPMA:3−ヒドロキシプロピルメタクリレート
[その他の重合性単量体]
Bis−GMA:2,2‘−ビス(4−(2−ヒドロキシ−3−メタクリルオキシプロポキシ)フェニル)プロパン
3G:トリエチレングリコールジメタクリレート
[多価金属イオン溶出性フィラー]
F1:製造例1で得た多価金属イオン溶出性フィラー
(平均粒径:0.5μm、24時間溶出イオン量:10 meq/g−フィラー)
F2:製造例2で得た多価金属イオン溶出性フィラー
(平均粒径:0.5μm、24時間溶出イオン量:25 meq/g−フィラー)
F3:製造例3で得た多価金属イオン溶出性フィラー
(平均粒径:0.5μm、24時間溶出イオン量:50 meq/g−フィラー)
[シリカ系フィラー]
S1:比表面積が120m/g、平均一次粒径が15nm、表面シラノール基数が1.2個/nmのフュームドシリカ
S2:比表面積が120m/g、平均一次粒径が15nm、表面シラノール基数が0.8個/nmのフュームドシリカ
S3:比表面積が230m/g、平均一次粒径が7nm、表面シラノール基数が0.6個/nmのフュームドシリカ
S4:比表面積が25m/g、平均一次粒径が0.5μm、表面シラノール基数が1.2個/nmの溶融球状シリカ
[重合開始剤]
CQ:カンファーキノン
DMBE:N,N−ジメチル−p−アミノ安息香酸エチル
TPO:2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルフォスフィンオキシド
[揮発性の水溶性有機溶媒]
IPA:イソプロピルアルコール
(2)接着強度測定方法(本発明の接着性組成物を前処理材として用いた場合)
屠殺後24時間以内に牛前歯を抜去し、往水下、#600のエメリーペーパーで唇面に平行になるようにエナメル質および象牙質平面を削り出した。次にこれらの面に圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥した後、この平面に直径3mmの孔の開いた両面テープを固定し、ついで厚さ0.5mm直径8mmの孔の開いたパラフィンワックスを上記円孔上に同一中心となるように固定して模擬窩洞を形成した。この模擬窩洞内に本発明の接着性組成物を塗布し、20秒間放置後、圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥するか(エアブローあり)、または、乾燥させずそのまま(エアブローなし)の面に、歯科用接着材(マックボンドIIのボンディング材、トクヤマデンタル社製)を塗布した。次に可視光線照射器(パワーライト、トクヤマデンタル社製)にて10秒間光照射し接着材を硬化させた。更にその上に歯科用コンポジットレジン(パルフィークエステライトΣ、トクヤマデンタル社製)を充填し、可視光線照射器により30秒間光照射して、接着試験片を作製した。
【0062】
上記接着試験片を37℃の水中に24時間浸漬した後、引張り試験機(オートグラフ、島津製作所製)を用いてクロスヘッドスピード2mm/minにて引張り、歯牙とコンポジットレジンの引張り接着強度を測定した。1試験当り、4本の引張り接着強さを上記方法で測定し、その平均値を接着強度とした。
(3)接着強度測定方法(本発明の接着性組成物を接着材として用いた場合)
屠殺後24時間以内に牛前歯を抜去し、往水下、#600のエメリーペーパーで唇面に平行になるようにエナメル質および象牙質平面を削り出した。次にこれらの面に圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥した後、この平面に直径3mmの孔の開いた両面テープを固定し、ついで厚さ0.5mm直径8mmの孔の開いたパラフィンワックスを上記円孔上に同一中心となるように固定して模擬窩洞を形成した。この模擬窩洞内に本発明の接着性組成物を塗布し、20秒間放置後、圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥するか(エアブローあり)、または、乾燥させずそのまま(エアブローなし)の面に、可視光線照射器(パワーライト、トクヤマデンタル社製)にて10秒間光照射し接着材を硬化させた。更にその上に歯科用コンポジットレジン(パルフィークエステライトΣ、トクヤマデンタル社製)を充填し、可視光線照射器により30秒間光照射して、接着試験片を作製した。
【0063】
上記接着試験片を37℃の水中に24時間浸漬した後、引張り試験機(オートグラフ、島津製作所製)を用いてクロスヘッドスピード2mm/minにて引張り、歯牙とコンポジットレジンの引張り接着強度を測定した。1試験当り、4本の引張り接着強さを上記方法で測定し、その平均値を接着強度とした。
(4)保存安定性評価方法
調整後37℃のインキュベーター内で1ヶ月間保存した本発明の接着性組成物を用いて、上記した接着強度測定方法と同様の方法を用いて接着強度を測定し、37℃保存前の接着強度と比較した。
(5)多価金属イオン量測定方法
本発明の接着性組成物を調整し、15時間攪拌した後、100mlのサンプル管に該接着材を0.2g計り取り、IPAを用いて1%に希釈した。この液をICP(誘導結合型プラズマ)発光分光分析を用いて、A成分1g当りに含まれるAl、La、Caイオン濃度(mmol/g)を測定した。得られた各イオン濃度にそれぞれのイオン価数をかけた値の総和を計算することで、A成分1gに対するイオン結合量、即ち多価金属イオン量/meqを求めた。
【0064】
なお、本実施例及び比較例で使用したフィラーから溶出する多価金属イオンは上記したAl、La、Caイオン以外のものは検出されなかった。
【0065】
製造例1
フルオロアルミノシリケートガラス粉末(トクソーアイオノマー、トクヤマデンタル社製)を湿式の連続型ボールミル(ニューマイミル、三井鉱山社製)を用いて平均粒径0.5μmまで粉砕し、その後粉末1gに対して、20gの5.0N塩酸でフィラー表面を40分間処理しF1を得た。
【0066】
得られたフィラー0.1gを温度23℃、10重量%マレイン酸水溶液10ml中に浸漬した時の24時間後に溶出した多価金属イオンの量をICP(誘導結合型プラズマ)発光分光分析を用いて分析した結果、この多価金属イオン溶出性フィラーの24時間溶出イオン量は10 meq/g−フィラーであった。
【0067】
製造例2
フルオロアルミノシリケートガラス粉末(トクソーアイオノマー、トクヤマデンタル社製)を湿式の連続型ボールミル(ニューマイミル、三井鉱山社製)を用いて平均粒径0.5μmまで粉砕し、その後粉末1gに対して、20gの5.0N塩酸でフィラー表面を20分間処理しF2を得た。ICP発光分光分析の結果、この多価金属イオン溶出性フィラーの24時間溶出イオン量は25 meq/g−フィラーであった。
【0068】
製造例3
フルオロアルミノシリケートガラス粉末(トクソーアイオノマー、トクヤマデンタル社製)を湿式の連続型ボールミル(ニューマイミル、三井鉱山社製)を用いて平均粒径0.5μmまで粉砕し、F3を得た。ICP発光分光分析の結果、この多価金属イオン溶出性フィラーの24時間溶出イオン量は50 meq/g−フィラーであった。
【0069】
実施例1
(A1)成分として0.7gのPM、(A2)成分として6.5gのHEMA、(A3)成分として1.6gのBis−GMA及び1.2gの3Gを用い、(B)成分として0.3gのF2を用い、(C)成分として1.0gの水を用い、(D)成分として1.0gのS1を用い、これらを15時間撹拌混合して本発明の接着性組成物を調整した。該接着性組成物を前処理材として用い、上記(2)の方法に従いエナメル質、象牙質に対する接着強度を評価した。また、この前処理材を37℃のインキュベーター内で1ヶ月間保存後のエナメル質、象牙質接着強度を評価した。前処理材組成を表1に、評価結果を表2に示す。
【0070】
実施例2〜21、比較例1〜14
実施例1の方法に準じ、組成の異なる前処理材を調整し、該前処理材を用いてエナメル質、象牙質接着強度及び37℃のインキュベーター内で1ヶ月間保存後のエナメル質、象牙質接着強度を評価した。前処理材組成を表1、表3、評価結果を表2、表4に示す。
【0071】
【表1】

【0072】
【表2】

【0073】
【表3】

【0074】
【表4】

【0075】
実施例1〜21は各成分が本発明で示される構成を満足するように配合されたものであるが、いずれの場合においてもエナメル質、及び象牙質に対して良好な接着強度が得られ、37℃のインキュベーター内で1ヶ月間保存した場合においても前処理材がゲル化することなく、歯質に対する接着性能も維持されており、良好な保存安定性を有していることがわかる。また、初期接着、1ヶ月間保存後の接着共に、エアブローあり、なしにおいて良好な接着強度が得られており、エアブローの影響がないことがわかる。それに対して、比較例1は、A成分である重合性単量体100質量部として、A1成分である酸性基含有重合性単量体が5質量%に満たない場合であるが、歯質脱灰力が不足するため、接着強度が低下している。比較例2、3はA成分100質量部として、A2成分である水溶性重合性単量体が55質量%に満たない場合であるが、調整直後における歯質接着強度は良好であるものの、37℃に放置後比較例2は5日経過時点で、比較例3は4日経過時点で前処理材のゲル化が確認された。比較例4は、(B)成分である多価金属イオン溶出性フィラーが配合されていない場合、比較例5は、多価金属イオンは配合されているが、前処理材中の多価金属イオン量が(A)成分1gあたり0.4meqに満たない場合であるが、イオン架橋が不十分になり、歯質に対する接着強度が低下している。比較例6は、前処理材中の多価金属イオン量がA成分1gあたり2.0meqを超えて配合された場合であるが、水溶性重合性単量体やシリカ系フィラーを加えたとしても、37℃に放置後4日経過時点で前処理材のゲル化が確認された。比較例7は、(C)成分である水が配合されていない場合、比較例8は、水の配合量がA成分100質量部として3質量部に満たない場合であるが、いずれの場合においても歯質脱灰力が不足するため、接着強度が低下している。また、比較例9は、C成分の配合量がA成分100質量部として30質量部を超えた場合であるが、特にエアブローなしの場合は、前処理材強度が不足するため、接着強度が低下している。比較例10は、(D)成分であるシリカ系フィラーが配合されていない場合であるが、前処理材の強度が低下するため、歯質に対する接着強度が低下しているとともに、37℃に放置後5日経過時点で前処理材のゲル化が確認された。比較例11は、D成分が配合されておらず、多価金属イオン量がA成分1gあたり2.0meqを超えて配合された場合であるが、本発明で規定された量のA2成分が配合されているのにもかかわらず、37℃に放置後5日経過時点で前処理材のゲル化が確認された。比較例12は、ゲル化を抑制するために配合されているA2成分及びシリカ系フィラーが、本発明で規定された量より少ないのにも関わらず、多価金属イオン量がA成分1gあたり2.0meqを超えて配合された場合であるが、有機溶媒が配合されているため保存安定性は良好である。しかし、エアブローによる影響が大きく、エアブローをしないと前処理材強度が低下し、歯質に対する接着力が低下する。比較例13は、(D)成分であるシリカ系フィラーの比表面積が50m/g以下である場合であるが、調整直後における歯質接着強度は良好であるものの、37℃に放置後5日経過時点で前処理材のゲル化が確認された。比較例14は、必須成分を本発明で規定した量を配合し、さらに有機溶媒を加えた場合であるが、エアブローをしないと前処理材強度が低下し、歯質に対する接着力が低下する。
【0076】
実施例22
(A1)成分として7.0gのPM、(A2)成分として6.5gのHEMA、(A3)成分として1.6gのBis−GMA及び1.2gの3Gを用い、(B)成分として0.3gのF2を用い、(C)成分として1.0gの水を用い、(D)成分として1.0gのS1を用い、(E)成分として0.07gのCQと0.07gのDMBEを用い、これらを15時間撹拌混合して本発明の接着性組成物を調整した。該接着性組成物を接着材として用い、上記(3)の方法に従いエナメル質、象牙質に対する接着強度を評価した。また、この接着材を37℃のインキュベーター内で1ヶ月間保存後のエナメル質、象牙質接着強度を評価した。接着材組成を表5に、評価結果を表6に示す。
実施例23〜44、比較例15〜28
実施例22の方法に準じ、組成の異なる接着材を調整し、該接着材を用いてエナメル質、象牙質接着強度及び37℃のインキュベーター内で1ヶ月間保存後のエナメル質、象牙質接着強度を評価した。接着材組成を表5、表7、評価結果を表6、表8に示す。
【0077】
【表5】

【0078】
【表6】

【0079】
【表7】

【0080】
【表8】

【0081】
実施例22〜44は各成分が本発明で示される構成を満足するように配合されたものであるが、いずれの場合においてもエナメル質、及び象牙質に対して良好な接着強度が得られ、37℃のインキュベーター内で1ヶ月間保存した場合においても接着材がゲル化することなく、歯質に対する接着性能も維持されており、良好な保存安定性を有していることがわかる。また、初期接着、1ヶ月間保存後の接着共に、エアブローあり、なしにおいて良好な接着強度が得られており、エアブローの影響がないことがわかる。一方比較例15〜28は、上述の前処理材と同様の理由により、接着強度が低下した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(A)〜(D)成分を含有し、かつ、実質的に有機溶媒を含まないことを特徴とする歯科用接着性組成物。
(A)酸性基含有重合性単量体を5質量%以上且つ、酸性基を有さず水酸基を有する水溶性重合性単量体を55質量%以上含む重合性単量体を100質量部
(B)該歯科用接着性組成物中に溶出される多価金属イオン量が0.4〜2.0(meq)となるように配合された多価金属イオン溶出性フィラー
(C)水を3〜30質量部
(D)50m/g以上の比表面積を有するシリカ系フィラー2〜20質量部
【請求項2】
請求項1記載の組成物からなる事を特徴とする1液型歯科用前処理材。
【請求項3】
請求項1記載の組成物に更に、(E)有効量の光重合開始剤を含んでなる1液型歯科用接着材。