説明

気象に関わるリスク交換における受払い条件設定システム及び方法

【課題】気象に関わるリスク交換を行おうとする事業者の所在地とは異なる第三地点の計測可能な気象を用いて、これら事業者間でリスク交換を行なえるようにする。
【解決手段】本発明のシステムは、事業者が存在する2つの地点A,B及び第三地点Cの夫々について過去の気象履歴を現す気象データを取得する気象データ取得部22と、地点A,Bの夫々についての気象データに基づいて、第三地点Cについての気象データの回帰分析を行う回帰分析部26と、その回帰分析結果に基づいて、回帰誤差の分布を計算する回帰誤差分布計算部30と、計算した回帰誤差の分布に基づいて、気象に応じて受払い金額を決定する際の気象に関する不感帯を決定する不感帯決定部34と、を備える。また、地点A,Bについての気象データと、各地点での気象データとの相関に基づいて第三地点Cを選定する第三地点選定部を更に備えてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、互いに異なる地点に存在する2つの事業者が、これらの地点とは異なる第三地点の計測可能な気象を指標として気象に関わるリスクを交換するにあたっての受払い額条件を設定するのに用いられるシステム及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電力会社やガス会社にとって、気温の変化は収益に対する変動要因となる。例えば、電力会社では夏季の気温が高いほど冷房による電力需要が増加するため収益が向上し、逆に、夏季の温度が低いほど収益は悪化する。一方、ガス会社では、夏季の温度が高いほど給湯用のガス需要が減少するため収益は向上し、逆に、夏季の温度が低いほど収益は悪化する。このように、電力会社とガス会社とでは、気温の高低によって逆向きの収益変動リスクが発生する。
【0003】
そこで、上記のような気温による収益変動リスク(本明細書において「気温リスク」という)をヘッジするため、電力会社とガス会社との間で気温リスクの交換が行なわれることがある。すなわち、気温が例年より高い場合には、それによって収益が向上する電力会社から収益が悪化するガス会社へヘッジ金額を支払い、逆に気温が例年より低い場合には、それによって収益が向上するガス会社から収益が悪化する電力会社へヘッジ金額を支払うのである。
【0004】
この気温リスクの交換に関連して、例えば、特許文献1には、異なる地域に存在する事業者の間で気温リスクの交換を行なえるようにするためのシステムが開示されている。この文献に開示される気温リスクの交換手法は、例えば東京の電力会社と大阪のガス会社とが気温リスクの交換を行なう場合、東京の気温と大阪の気温が共に例年よりも高い場合に、東京の電力会社から大阪のガス会社へヘッジ金額を支払い、東京の気温と大阪の気温が共に例年よりも低い場合に、大阪のガス会社から東京の電力会社へヘッジ金額を支払い、それ以外の場合はヘッジ金額の受払いを行なわないというものである。
【特許文献1】特開2004−78903号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように特許文献1に開示される気温リスクの交換手法では、各事業者の所在地である2つの地域(上記例では東京と大阪)の気温を用いるため、各地点の気温から受払い額を決定するためのスキームが複雑になってしまう。したがって、一の地点の気温のみを指標として受払い額を決定することが可能なシンプルな手法が望まれる。これに関連して、本出願人は、リスクの交換を行おうとする二当事者の所在地間の気象に相関があることに着目し、これら所在地のうち何れか一方の地点の気象を指標として受払い条件を定める手法を提案している(特願2004−175887)。さらに、本出願人は、気温リスク交換を行う当事者の各所在地とは異なる第三の地点を指標とすることを着想し、これによって、より効果的なリスク交換を行なえることを確認した。
【0006】
本発明は上記のような事情のもとでなされたものであり、気象に関わるリスク交換を行おうとする事業者の所在地とは異なる第三地点の計測可能な気象を用いて、これら事業者間でリスク交換を行なえるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するため、本発明は、互いに異なる地点A,Bに存在する2つの事業者が、それら地点A,Bとは異なる第三地点Cでの計測可能な気象を指標として気象に関わるリスクを交換するにあたっての金銭の受払い額条件を設定するのに用いられるシステムであって、
前記地点A,B及び前記第三地点Cの夫々の過去の気象の履歴を現す気象データを取得する気象取得部と、
前記地点A,Bの夫々の気象データに基づいて、前記第三地点Cの気象データの回帰分析を行う回帰分析部と、
前記回帰分析部による回帰分析結果に基づいて、前記地点A,Bの気象データと、前記第三地点Cの気象データとの夫々の回帰誤差の分布を計算する回帰誤差分布計算部と、を備えることを特徴とする。
【0008】
本発明によれば、地点A,Bの気象と第三地点Cの気象との間の回帰分析を行ったときの回帰誤差の分布に基づいて、気象に応じて受払い金額を決定する際の不感帯を決定する。ここで、不感帯とは、気象の例年値からの偏差に拘らず受払い金額をゼロとする範囲である。したがって、上記回帰誤差分布に対応する範囲内で気象が変動しても金銭の受払いは発生しない。このため、2つの地点A,Bの何れかの気象を指標として気象に関わるリスク交換を行う場合と、第3地点Cの気象を指標として気象に関わるリスク交換を行う場合とで受払いが逆になる現象が生ずるのを抑えることができる。なお、本発明における気象データとして、例えば、気温や降水量のデータを用いることができる。
【0009】
また、本発明において、前記気象取得部は、前記第三地点の候補となる各地点について過去の気象の履歴を現す気象データを取得し、
前記地点A,Bの前記気象データと、前記各地点の前記気象データとの相関に基づいて、前記各地点の中から前記第三地点Cを選定する第三地点選定部を更に備えることとしてもよい。
【0010】
このように地点A,Bについての気象データと、各地点での前記気象データとの相関に基づいて第三地点Cを選定することで、地点A,Bとの間の気象の相関が高い第三地点を選定できる。気象の相関が高いほど、上記した回帰分析における回帰誤差は小さくなる(回帰誤差の分布の拡がりも小さくなる)から、上記のように選定した第三地点の気象データを用いることで不感帯を狭くすることができ、これにより、効果的なリスク交換を実現できる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、気象に関わるリスク交換を行おうとする事業者の所在地とは異なる第三地点の計測可能な気象を用いて、これら事業者間でリスクの交換を行なうことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態であるシステムについて説明する。本実施形態のシステムは異なる地域に存在する2つの事業者が気象に関わるリスク(本実施形態では気温リスク)の交換を行うにあたって、ヘッジ金額の受払い条件の設定を支援するためのものである。
【0013】
先ず、本実施形態に係わる気温リスク交換の原理について説明する。
上記従来技術の欄で述べた通り、例えば電力会社とガス会社のように気温の高低によって逆向きの収益変動リスクを被る事業者の間で、気温の高低に応じてヘッジ金額を受払いすることにより、気温リスクを交換することが行われている。そして、従来は、同じ地域に存在する事業者間でのみ気温リスク交換を行うか、あるいは、特許文献1のように、異なる地域の事業者が気温リスクを交換する場合には、それら2つの地域の両方の気温を用いることが行われている。これは、地域が異なると気温の変動傾向も異なるため、異なる地域の事業者の受払い条件を一方の地域の気温を用いて定めた場合には、以下に説明するような不合理な結果が発生してしまうからである。以下、東京の事業者α(例えばガス会社)と福山の事業者β(例えば電力会社)が気温リスクを交換する場合を例として、図1〜図3を参照して詳細に説明する。
【0014】
図1は、東京と福山の夏季(7月〜9月)の平均気温の年次の推移を示す図である。同図に示すように、両地点の気温変動は類似した傾向を示すものの、年によっては気温の高低が逆向きとなることがわかる。
【0015】
図2は、気温の例年値からの偏差に基づいて受払い額を設定するための受払い条件の一例を表す図である。なお、図1から分かるように、各地点の気温は徐々に上昇するトレンドがあるため、このトレンドに従って例えば最小二乗直線によって毎年の基準気温μを求め、この基準気温μを例年値として用いるものとする。また、気温確率分布の標準偏差は地域によって異なるため、図2に示すように、例年値からの偏差を、例年値からの偏差の気温確率分布の標準偏差で規格化した値を横軸として受払い額を決定するものとしている。
【0016】
本例では、東京の事業者αは例えばガス会社であって夏季の気温が高いほど収益が悪化する会社であり、福山の事業者βは例えば電力会社であって夏季の気温が高いほど収益が向上する会社であるものとしている。また、図2の例では、事業者αから事業者βへの支払いが発生する場合の受払い額を正の値で表し、事業者βから事業者αへの支払いが発生する場合の受払い額を負で表している。したがって、同図に示す受払い条件では、気温が例年よりも高い(受払い額が負)場合に、事業者βから事業者αへの支払いが行われることになる。
【0017】
図3は、図2に示す受払い条件に従って(a)東京の気温を用いて受払い額を決定した場合と、(b)福山の気温を用いて受払い額を決定した場合の、夫々の受払い額を示す。上述のように、東京の気温と福山の気温との間にある程度の相関関係があるため、何れで計算した場合もほぼ同様の受払いが発生しているが、図中に楕円で囲んだ年は、(a)の場合と(b)の場合とで受払い額の正負が逆になっている。例えば、1983年に東京の気温を用いて決定した受払い額は正(事業者αから事業者βへの支払い)となる一方、福山の気温を用いて決定した受払い額は負(事業者βから事業者αへの支払い)となる。この場合、東京の気温を用いて受払い額を設定すると、福山の事業者βにとっては、福山の気温が低く本来は低温による収益悪化を補償すべくヘッジ金額の支払いを受けるべきところが、逆に支払わねばならないこととなる。このように、何れの地点の気温が用いるかによって受払い額の正負が逆になると、自身の所在地の気温を用いれ相手から支払いを受ける(あるいは相手へ支払う)べきところが、逆に、相手へ支払う(あるいは相手から支払いを受ける)こととなるという不合理な事態(以下、このような事態を、「逆の受払い」という)を招いてしまうのである。
【0018】
以上のような逆の受払いが生ずるのは、東京と福山の気温が完全には相関せず、両地点の気温を回帰分析した場合に回帰誤差が発生することに起因する。
【0019】
これに対して、本実施形態では、東京及び福山の気温との間に、東京・福山間の気温の相関よりも高い相関を持つ第三地点Cを選定し、この第三地点Cの気温を用いることにより、東京と福山の事業者が、上記のような逆の受払いが起こり難いリスク交換を行えるようにする。ただし、東京及び福山との気温と完全な相関を持つ第三地点Cを選定することは不可能であるため、上記のように選定した第三地点Cの気温を用いても逆の受払いが起こる可能性がある。そこで、図2に例示するような金銭の受払い条件において気温に関する不感帯(つまり、気温が変化しても受払い額がゼロとなる範囲)を設け、気温の例年値からの偏差がこの不感帯の範囲内であるときには受払いを発生させないようにすることで、逆の受払いが発生するのを防止する。
【0020】
図4は、不感帯を設定した受払い条件の一例を表すグラフであり、図2と同様に、横軸は、第三地点Cの気温の例年値(つまり基準気温μ)からの偏差を、第三地点Cの気温の例年値からの偏差の標準偏差σを基準として規格した値を表している。このように標準偏差σで規格化した気温を用いることによって、第三地点Cの気温の標準偏差σの値(つまり、第三地点Cの気温変動の度合い)の影響を受けることなく適正に受払い額を決定できる。図4の受払い条件では、基本となる受払い条件を図2に示すものとして、図2の受払い条件において不感帯の範囲内の受払い額をゼロとしている。ただし、不感帯を含む受払い条件として、例えば、図5に示すように、基本となる受払い条件を不感帯の両側にシフトした構成の受払い条件を用いることもできる。
【0021】
以下、本実施形態に係わる気温リスク交換の処理手順を具体的に説明する。
図6及び図7は、本実施形態に係わる気温リスク交換の処理手順を示すフローチャートである。
【0022】
先ず、気温リスクを交換しようとする事業者α,βの所在地A,B(本例ではAは東京、Bは福山)及び上記第三地点Cの候補地を含む各地点の過去の気温データ(例えば、過去毎年の7月〜9月の平均気温の実績値)を取得する(図6のS100)。
【0023】
次に、各地域の気温データの変化トレンドを例えば最小二乗法による直線近似により求め、この直線近似式(例えば次式(1))を用いて、各地点kの基準気温μを計算する(S102)。
μ=−P+Q×(西暦年) ・・・(1)
【0024】
次に、各地点kの毎年の実績気温Tを、基準気温μを用いて規格化する。すなわち、各地点kについて、例えば(T−μ)の確率分布が正規分布であると仮定して、次式(2)により規格化気温tを求める(S104)。
=(T−μ)/σ ・・・(2)
ただし、σは(T−μ)の確率分布の標準偏差である。
【0025】
次に、地点A,Bの規格化気温t,tと、各地点kの規格化気温tとの間の相関係数ρA,k,ρB,kを計算し(S106)、それらの合成相関係数ρを次式(3)により計算する(S108)。なお、一般に、相関係数はρx,y=Cov(x,y)/(σ・σ)で計算され、気温分布の標準偏差σ,σの影響を受けるが、本実施形態では、標準偏差σで規格化した規格化気温tを用いることにより、規格化気温tの標準偏差を1として、標準偏差の影響を除去している。
ρ=(ρA,k×ρB,k1/2 ・・・(3)
そして、式(3)で計算した合成相関係数ρの値が最も大きくなる地点kを、第三地点Cとして選定する(S110)。
【0026】
図8は、地点A(東京)及び地点B(福山)と各地点との間の気温の相関係数及びそれら相関係数から計算される合成相関係数の例を示す。同図の例では、富山の合成相関係数が最も大きな値0.92となるため、第三地点Cとして富山が選定される。
【0027】
次に、選定した第三地点Cの規格化気温tと、A地点の規格化気温t及びB地点の規格化気温tとの回帰分析を夫々行うことにより回帰係数r及びrを求める(S112)。
次に、上記回帰分析における回帰誤差ε,εを次式(4),(5)により計算する(S114)。
ε=t−r・t ・・・(4)
ε=t−r・t ・・・(5)
すなわち、回帰誤差ε,εは、第三地点Cの気温を用いて回帰分析により推定した地点A,Bの気温と、地点A,Bの実際の気温との誤差であって、第三地点Cの気温と、地点A,Bの気温とが完全には相関しないために生ずる。
【0028】
次に、回帰誤差ε,εの確率分布に基づいて受払い条件における不感帯を設定する(図7のS116)。この不感帯の設定は、回帰誤差ε,εの分布が例えばt分布であると仮定し、回帰誤差ε,εの標準偏差σεA,σεBに基づいて、上述した逆の受払いが発生する確率が、指定された許容確率P以下となるように行われる。例えば、許容確率Pを5%(すなわち20年に一回のレベル)とした場合、t分布における発生確率5%値(t分布の分布関数を±xの範囲で積分した値が0.95になるようなxの値)が1.7であるから、不感帯を±1.7σεA,±1.7σεBと設定する。なお、上記図4を参照して説明したように、受払い額は、第三地点Cの気温の標準偏差σで規格化した気温に基づいて決定されるため、この標準偏差σを単位として表すと、不感帯は±1.7・(σεA/σ)・σ,±1.7・(σεB/σ)・σとなる。
【0029】
以上のように、不感帯は、地点A,Bに対応して2つ設定されるが、地点A,Bの事業者α,βがリスク交換を行うには、両地点で不感帯を共通にする必要がある。そこで、本実施形態では、それら2つの不感帯のうち幅の広い方を受払い条件の不感帯として用いる。
【0030】
例えば、東京、福山、富山の過去の気温データを用いて計算を行ったところ、富山と東京との間の回帰誤差の標準偏差σεAが0.31、富山と福山との間の回帰誤差の標準偏差σεBが0.44、富山の気温の標準偏差σが0.953となった。この場合、東京・富山間の回帰誤差に基づいて設定した不感帯は±1.7×(0.31/0.953)σ=±0.55σ、福山・富山間の回帰誤差に基づいて設定した不感帯は±1.7×(0.44/0.953)σ=±0.78σとなり、前者よりも後者の方が広いので、±0.78σを不感帯として決定する。これは、東京の事業者αと福山の事業者βとで異なる不感帯を用いると、富山の規格化気温tが±0.55σの外側かつ±0.78σの内側である場合に、前者の不感帯では受払いが生ずるのに、後者の不感帯では受払いが生じないという、受払いの不一致が生じてしまうので、このような不一致を生じないようにする必要があるからである。なお、範囲の狭い方の不感帯(本例では、東京・富山間の回帰誤差に基づく不感帯±0.55σ)を用いると、富山との間の回帰誤差が大きい福山の事業者にとって、福山の気温を用いた場合との逆の受払いが発生する可能性が高くなるため、上記のように、幅の広い方の不感帯を用いることが好ましいといえる。
【0031】
以上のようにして設定した不感帯を用いて、例えば上記図4あるいは図5に示すように、不感帯を含んだ受払い条件を決定する(S118)。そして、決定した受払い条件及び選定した第三地点Cを表す情報を事業者α、βへ送信し(S120)、両者の承諾が得られれば(S122)、受払い条件が確定する。一方、承諾が得られない場合には、S100に戻って別の条件で処理を繰り返す。
【0032】
本実施形態のシステム10は、上記した気温リスク交換処理において、S100における気温データの入力から、S116における不感帯の設定、S118の受払い条件の設定、あるいは、S118,S120の受払い条件等の送信までの処理を行うものである。
【0033】
図9は、本実施形態のシステム10のハードウェア構成図である。同図に示すように、システム10は、CPU100、メモリ102、ハードディスク装置等の記憶装置104、CD−ROMやDVD−ROM等のドライブ装置106、表示装置108、キーボードやマウス等の入力装置110、通信インターフェース装置112等を備えるコンピュータシステムにより構成されている。
【0034】
図10は、本実施形態のシステム10の機能ブロック図である。同図に示す如く、システム10は、地点取得部20、気象データ取得部22、データ規格化部24、第三地点選定部26、回帰分析部28、回帰誤差分布計算部30、許容確率入力部32、不感帯決定部34、不感帯出力部36、第三地点出力部38の各機能部を備えている。これらの機能部20〜38はCPU100が記憶装置104にインストールされたプログラムをメモリ102に読み込んで実行することにより実現される。
【0035】
また、システム10には、全国各地域の過去の気温データを例えば1ヶ月毎の平均気温の値として格納した気温データベースサーバ12が接続されている。気温データベースサーバ12は、システム10から要求された地域の過去の気温データをシステム10へ提供する。また、同図に示すように、システム10には、気温リスク交換を行おうとする事業者α,βの利用者コンピュータ14,16がネットワーク経由で接続されていてもよい。この利用者コンピュータ14,16は例えばパーソナルコンピュータやワークステーション等のコンピュータシステムであってもよいし、携帯電話機、PDA等の携帯端末であってもよい。要するにシステム10との間で通信可能な情報処理装置であればよい。システム10と気温データベースサーバ12及び利用者コンピュータ14,16との間の通信は通信インターフェース装置112により制御される。
【0036】
地点取得部20は、気温リスクを交換しようとする2つの事業者の所在地A,Bを表す地点指定情報を取得する。この情報の取得は、システム10の入力装置110から入力を受け付けることにより行なってもよいし、あるいは、利用者コンピュータ14あるいは16で入力された情報をネットワーク経由で受信することにより行なってもよい。
【0037】
気象データ取得部22は、取得された地点A,B及び第三地点Cの候補地点を含む各地点kの過去の実績気温Tを表す気温データを例えば気温データベースサーバ12へ要求することによりオンラインで取得する。ただし、これに限らず、例えば、各地の気温データが格納されたCD−ROMやDVD−ROM等の記憶媒体から読み出すようにしてもよい。
【0038】
データ規格化部24は、気象データ取得部22が取得した各地点kの気温Tについて例えば最小二乗法による直線近似計算を行うことにより各年の基準気温μを計算すると共に、(T−μ)の分布の標準偏差σを計算する。そして、これらの計算値を用いて、上記(2)式に従って気温を規格化し、規格化気温tを計算する。なお、基準気温μの計算は、直線近似に限らず、例えば、2次や3次等の曲線近似により行なってもよい。要するに、気温のトレンドに応じて適当な近似を行なって基準気温μを計算すればよい。
【0039】
第三地点選定部26は、地点A,Bの規格化気温t,tと、各地点kの規格化気温tとの間の相関係数ρA,k,ρB,kを計算し、上記(3)式に従って、合成相関係数ρを計算する。そして、計算した合成相関係数ρの値が最も大きくなる地点kを、第三地点Cとして選定する。選定された第三地点Cは、第三地点出力部38により、適宜表示出力され、あるいは、図10中に破線で示すように事業者α,βの利用者コンピュータ14,16へ送信される。
回帰分析部28は、選定された第三地点Cの規格化気温tと、地点A,Bの規格化気温t,tとの回帰分析を行い、その回帰係数r,rを計算する。
回帰誤差分布計算部30は、計算された回帰係数r,rを用いて上記(4),(5)式に従って回帰誤差ε,εを計算し、夫々の確率分布を求める。こうして求められた回帰誤差ε,εの標準偏差σεA,σεBを計算する。
【0040】
許容確率入力部32は、何れの地点の気温を用いるかによって逆の受払いが発生する確率の許容値(許容確率)Pの入力を受け付ける。たとえば、逆の受払いの発生を20年に一度のレベルに設定する場合、許容確率Pとして5%が入力される。
【0041】
不感帯決定部34は、入力された許容確率Pと、回帰誤差ε,εの標準偏差σεA,σεBとに基づいて不感帯を決定する。すなわち、上述したように、例えば、許容確率Pが5%であれば、t分布の95%値である1.7を用いて、±1.7・(σεA/σ)・σ,±1.7・(σεB/σ)・σのうち幅の広い方を不感帯とする。なお、本実施形態では、回帰誤差のε,εの確率分布がt分布であるものとしたが、これに限らず、正規分布その他適宜な分布を用いて不感帯を決定してもよい。
【0042】
不感帯出力部36は、決定された不感帯を表示装置108に表示出力し、あるいは、図中に破線矢印で示すように事業者α,βの利用者コンピュータ14,16へ送信する。事業者α、βはこの不感帯を参照して、例えば、図4あるいは図5に示すような受払い条件を決定する。
【0043】
図11は、例えば、福山の事業者が、同じ福山の事業者との間で福山の気温を用いて気温リスク交換を行なった場合(ケース(1))、東京の事業者との間で東京の気温を用いて気温リスク交換を行なった場合(ケース(2))、及び、東京の事業者との間で第三地点である富山の気温を用いて気温リスク交換を行なった場合(すなわち、本実施形態の場合:ケース(3))について、受払い額の年平均額を評価した結果を示す。なお、ケース(2)の場合は、東京の気温と福山の気温との間の回帰誤差の確率分布に基づき、上記実施形態のS116と同様にして、ケース(3)と同じ許容確率Pを用いて不感帯を設定した。
【0044】
図11に示すように、本実施形態(ケース(3))によれば0.7億円の年平均受払い額が実現されており、東京の気温を用いた場合(ケース(2))の0.6億円よりも、福山の事業者同士でリスク交換を行なった場合(ケース(1))の受払い額0.8億円に近い受払いが実現されており、ケース(2)よりも効果的な気温リスク交換を行なえることが分かる。これは、福山と東京の間の気温の相関よりも、福山と富山との間の気温の相関の方が高いので、富山の気温を用いることにより、不感帯を狭くできるからである。
【0045】
以上説明したように、本実施形態によれば、異なる地点に存在する事業者が気温リスクを交換する場合にも、それらの地点とは異なる第三地点の気温に基づく簡便なスキームを用いつつ、受払い条件に不感帯を設けることにより逆の受払いの発生を防止することができる。
【0046】
また、気温リスク交換を行なう事業者の所在地点A,Bとの気温の相関が大きい地点を第三地点Cとして選定することにより、逆の受払いを防止するうえで必要最小限の不感帯を設定することができるので、過度に大きな不感帯を設定することなく効果的な気温リスク交換を行なうことができる。すなわち、地点A,Bとの気温の相関が大きな第三地点Cを選定することにより、上記図11を参照して説明したように、地点A,Bの何れか一方の地点の気温を用いる場合に比べて、不感帯を狭くして受払い額を大きくすることができる。したがって、たとえ地点A,B間の気温の相関がさほど大きくない場合であっても、両地点の事業者間で効果的な気温リスク交換を行なうことが可能となる。
【0047】
なお、上記実施形態では、システム10は、決定した不感帯を出力するまでの処理を実行するものとしたが、これに限らず、例えば、システム10に受払い条件における気温に対する受払い額の勾配を予め登録しておき、決定した不感帯と、この勾配とに基づいて図4や図5に示すような受払い条件を設定してこれを画面出力し、あるいは、事業者α、βの利用者コンピュータ14,16へオンラインで送信するようにしてもよい。
【0048】
また、設定した受払い条件の諾否を事業者α,βの利用者コンピュータ14,16からオンラインで受信し、承諾しない場合には、受払い額の上記勾配や許容確立P等の各種条件をオンラインで変更できるようにすることにより、システム10上で気温リスク交換の契約を成立させるようにしてもよい。
【0049】
なお、上述のように、受払い条件における不感帯は、地点A,B及び第3地点Cとの間の回帰誤差ε、εの標準偏差σεA、σεBのうち大きい方の値で定められる。回帰誤差ε、εの標準偏差σεA、σεBは、第3地点Cとの間の気温の相関が大きいほど小さな値となるから、結局、地点A,Bのうち、第3地点Cとの間の気温の相関が小さい方の地点の気温に応じて不感帯が定まることになる。上記実施形態の設例では、第3地点Cである富山と福山との間の相関係数が0.90、富山と東京との間の相関係数が0.94であるから、福山の気温に応じて不感帯が定まることになる。したがって、富山の気温との相関係数が0.90よりも大きい地点Dであれば、同じ不感帯(つまり同じ受払い条件)でリスク交換を行うことができる。すなわち、福山の事業者にとって、東京の事業者と気温リスク交換を行うために設定した受払い条件をそのまま用いて、地点Dの事業者との間で気温リスク交換が行えるのである。
【0050】
このように、地点A,Bの事業者が気温リスク交換を行うにあたり、本実施形態の手法で第三地点Cを選定して不感帯を決定すると、地点A,Bの気温と第3地点Cとの間の気温の相関のうち小さい方を地点Xとして、この地点Xの事業者は、第三地点Cとの間の気温の相関が地点Xよりも大きな地点Dと事業者とも、上記決定した不感帯をそのまま用いて気温リスク交換を行えるのである。このように、本実施形態の手法は、一方の事業者にとって、同じ受払い条件で気温リスク交換を行える別の相手を簡単に見出せるという効果も奏する。
【0051】
ところで、上記実施形態では、気温変動による収益リスクをヘッジするため気温リスクの交換を行う場合について説明したが、事業者の収益は気温以外に降水量等の他の気象条件の影響を受けることがあり、本発明は降水量に基づいてリスク交換を行う場合にも適用が可能である。すなわち、降水量の大小によって収益に逆向きの影響を受ける2つの事業者について、上記実施形態と同様にして地点A,Bと各地点kとの間の降水量データの合成相関係数から第三地点を選定し、地点A,Bと第三地点Cとの間の降水量データの回帰分析を行ってその回帰誤差に基づいて不感帯を設定することにより、第三地点Cの降水量データを用いつつ適切なリスク交換を行うことができるのである。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】東京と福山の夏季(7月〜9月)の平均気温の年次の推移を示す図である。
【図2】気温の例年値からの偏差に基づいて受払い額を設定するための受払い条件の一例を表す図である。
【図3】図2に示す受払い条件に従って(a)東京の気温を用いて受払い額を決定した場合と、(b)福山の気温を用いて受払い額を決定した場合の、夫々の受払い額を示す図である
【図4】不感帯を設定した受払い条件の一例を表すグラフである。
【図5】不感帯を設定した受払い条件の別の例を表すグラフである。
【図6】本実施形態に係わる気温リスク交換の処理手順を示すフローチャート(その1)である。
【図7】本実施形態に係わる気温リスク交換の処理手順を示すフローチャート(その2)である。
【図8】地点A(東京)及び地点B(福山)と各地点との間の気温の相関係数及びそれら相関係数から計算される合成相関係数の例を示す図である。
【図9】本実施形態のシステムのハードウェア構成図である。
【図10】本実施形態のシステムの機能ブロック図である。
【図11】福山の事業者が、同じ福山の事業者との間で福山の気温を用いて気温リスク交換を行なった場合(ケース(1))、東京の事業者との間で東京の気温を用いて気温リスク交換を行なった場合(ケース(2))、及び、東京の事業者との間で第三地点である富山の気温を用いて気温リスク交換を行なった場合(すなわち、本実施形態の場合:ケース(3))について、受払い額の年平均額を評価した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0053】
10 システム
12 気温データベースサーバ
14,16 利用者コンピュータ
20 地点取得部
22 気象データ取得部
24 データ規格化部
26 第三地点選定部
28 回帰分析部
30 回帰誤差分布計算部
32 許容確率入力部
34 不感帯決定部
36 不感帯出力部
38 第三地点出力部
100 CPU
102 メモリ
104 記憶装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに異なる地点A,Bに存在する2つの事業者が、それら地点A,Bとは異なる第三地点Cでの計測可能な気象を指標として気象に関わるリスクを交換するにあたっての金銭の受払い額条件を設定するのに用いられるシステムであって、
前記地点A,B及び前記第三地点Cの夫々の過去の気象の履歴を現す気象データを取得する気象取得部と、
前記地点A,Bの夫々の気象データに基づいて、前記第三地点Cの気象データの回帰分析を行う回帰分析部と、
前記回帰分析部による回帰分析結果に基づいて、前記地点A,Bの気象データと、前記第三地点Cの気象データとの夫々の回帰誤差の分布を計算する回帰誤差分布計算部と、
を備えることを特徴とする気象に関わるリスク交換における受払い条件設定システム。
【請求項2】
前記気象取得部は、前記第三地点の候補となる各地点について過去の気象の履歴を現す気象データを取得し、
前記地点A,Bの前記気象データと、前記各地点の前記気象データとの相関に基づいて、前記各地点の中から前記第三地点Cを選定する第三地点選定部を更に備えることを特徴とする請求項1記載のシステム。
【請求項3】
前記気象取得部が取得した気象データをその確率分布に基づいて規格化するデータ規格化部を更に備え、前記回帰分析部は前記規格化された気象データに基づいて回帰分析を行うことを特徴とする請求項記載のシステム。
【請求項4】
前記気象取得部が取得した気象データをその確率分布に基づいて規格化するデータ規格化部を更に備え、前記第三地点選定部は、前記地点A,B及び前記第3地点Cの規格化された気象データの相関に基づいて前記第三地点を選定することを特徴とする請求項2記載のシステム。
【請求項5】
前記計算した回帰誤差の分布に基づいて、気象に応じて受払い金額を決定する際の不感帯を決定する不感帯決定部を備えることを特徴とする請求項1〜4のうち何れか1項記載のシステム。
【請求項6】
前記不感帯決定部は、前記地点Aの気象データと前記第三地点Cの気象データとの間の回帰誤差の分布、及び、前記地点Bの気象データと前記第三地点Cの気象データとの間の回帰誤差の分布のうち分布の拡がりが大きいほうの分布に基づいて前記不感帯を決定することを特徴とする請求項5記載のシステム。
【請求項7】
前記地点A,Bの一方の気象を指標とした場合の受払いと、前記第三地点Cの気象を指標とした場合の受払いとが逆になる確率の許容値の入力を受け付ける許容確率入力部を備え、
前記不感帯決定部は、前記計算した回帰誤差の分布と前記入力された許容値とに基づいて前記不感帯を決定することを特徴とする請求項5又は6記載のシステム。
【請求項8】
前記決定した不感帯を表す情報を出力する不感帯出力部を備えることを特徴とする請求項1〜7のうち何れか1項記載のシステム。
【請求項9】
前記不感帯出力部は、前記不感帯を表す情報を前記2つの事業者の夫々のコンピュータへ送信することを特徴とする請求項8記載のシステム。
【請求項10】
前記選定した第3地点Cを表す情報を出力する第三地点出力部を備えることを特徴とする請求項2又は4記載のシステム。
【請求項11】
前記第三地点出力部は、前記第三地点Cを表す情報を前記2つの事業者の夫々のコンピュータへ送信することを特徴とする請求項10記載のシステム。
【請求項12】
前記決定した不感帯に基づいて受払い条件を設定し、設定した受払い条件を表す情報を前記2つの事業者のコンピュータへ送信する受払条件設定部を備えることを特徴とする請求項5〜9のうち何れか1項記載のシステム。
【請求項13】
互いに異なる地点A,Bに存在する2つの事業者が、それら地点A,Bとは異なる第三地点Cでの計測可能な気象を指標として気象に関わるリスクを交換するにあたっての金銭の受払い額条件を設定するための方法であって、
コンピュータが、前記地点A,B及び前記第三地点Cの夫々の過去の気象の履歴を現す気象データを取得するステップと、
コンピュータが、前記地点A,Bの夫々の気象データに基づいて、前記第三地点Cの気象データの回帰分析を行うステップと、
コンピュータが、前記回帰分析部による回帰分析結果に基づいて、前記地点A,Bの気象データと、前記第三地点Cの気象データとの夫々の回帰誤差の分布を計算するステップと、
を備えることを特徴とする気象に関わるリスク交換における受払い条件設定方法。
【請求項14】
コンピュータが、前記第三地点の候補となる各地点の過去の気象の履歴を現す気象データを取得するステップと、
コンピュータが、前記地点A,Bの前記気象データと、前記各地点の前記気象データとの相関に基づいて、前記各地点の中から前記第三地点Cを選定するステップと、を更に備えることを特徴とする請求項13記載の方法。


【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−18652(P2006−18652A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−196787(P2004−196787)
【出願日】平成16年7月2日(2004.7.2)
【出願人】(000211307)中国電力株式会社 (6,505)