説明

水中音響通信装置

【課題】低消費電力であって確実に通信を行うことができる水中音響通信装置を提供する。
【解決手段】m個のビットを周波数分割多重した音響信号を送信する送信回路を設け、m個のビットにわたって重複が生じないように各ビットごとに異なる2つの搬送波周波数をが割り当てる。送信回路に、ビットごとにそのビットのビット状態を判定するビット状態判定部と、各ビットごとに、そのビットのビット状態に応じて2つの搬送波周波数のうちの1つを選択して搬送波信号を生成する搬送波生成回路と、搬送波生成回路で生成されたビットごとの搬送波信号をm個のビットにわたって加算する加算回路と、それぞれがm個のビットにわたって割り当てられた搬送波周波数のいずれかを共振周波数とする2m個の振動子を有し音響信号を送波する送波器と、を設ける。2m個の振動子の入力を相互に電気的に結合し、加算回路の出力に応じて駆動する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音響信号を用いて水中で通信を行う水中音響通信装置に関する。
【背景技術】
【0002】
水中あるいは水底に敷設されている機器との間で通信を行う手段として、音響信号を用いる方法がある。音響信号を用いる方法は、ケーブルなどを介した有線通信を行うことが困難な状況において、水中機器に対して通信を行うための有力な手段である。以下の説明においては、海洋への用途を念頭にして、「水中」あるいは「水底」の用語の代わりに「海中」あるいは「海底」の用語を用いることがあるが、説明において「海中」あるいは「海底」の用語が用いられていたとしても、当該説明はそのまま「水中」あるいは「水底」に適用できることは明らかである。
【0003】
水中音響通信の例として、特許文献1には、音響信号としてFSK(周波数偏移変調;frequency shift keying)信号を用いる例が示されている。特許文献2には、スペクトル拡散変調された音響信号を用いることが示されている。特許文献3には、マルチパス・フェージング環境でも安定した通信が可能となるように、QPSK(直交位相偏移変調;quadrature phase shift keying)信号を使用し、QPSK信号の同相成分と直交成分の両方に同一の同期シンボルを付加することにより、フレーム同期を確実に行えるようにした例他示されている。
【0004】
図1は、水中通信の例を示す図である。海面には浮標11が配備されており、浮標から海中に通信装置12が吊り下げられている。浮標11は、海底に沈められた錘13に対してロープ等により係留されることによって、海面での位置が一定に保たれている。海底には、水中機器14が敷設されており、水中機器14には、浮標11側の通信装置12との双方向の通信のために、通信装置15が設けられている。海中には浮遊物16が漂っている。水中通信が行われるこのような典型的な環境を考えると、浮標11の通信装置12と水中機器14の通信装置15との間で、図示太線で示されるように、双方向で、音響による通信信号がやりとりされることになる。しかしながら、各通信装置12,15で受信される音響信号には、海面や海底さらには浮遊物16による反射波や、マルチパス伝播した成分が混入してくることになる。通信装置12,15はいずれも水中音響通信装置である。
【0005】
安定した水中通信を実現する場合には、電磁波により空中で通信を行う場合に比べ、以下のような点を考慮する必要がある。
【0006】
(1)水中通信は、海面や海底によるマルチパス伝播が起こりやすい環境での通信であり、自装置において相手装置から受信した信号は、相手装置での送信信号にマルチパス成分が重畳した信号となる可能性が高い。このため、受信信号からマルチパス成分を分離する必要がある。
【0007】
(2)信号の搬送波として音響信号を使用しているため伝播速度が遅く(水中での音速は約1500m/秒)、海面や海底からの反射波が、自装置において送信信号を送波した後のしばらくの間、自装置周辺に戻ってくることが想定される。そのため、相手装置からの送信信号に自装置の送信信号の反射波が重畳した信号を受信信号として受信する可能性が高く、受信信号から反射波成分を分離する必要がある。
【0008】
(3)水中通信の場合、対をなす通信装置間の位置関係が一定に定まらないことが多く、浮標側の通信装置の場合であればその向きも波浪や潮流等でランダムに変化し得るので、指向性幅が広い送波器及び受波器を使用して、通信可能な範囲を広くする必要がある。
【0009】
関連技術においては、上記(1)〜(3)への対策として、以下のようなものがある。
【0010】
マルチパス成分の分離(上記(1)の点)に関し、直交波周波数分割多重方式(OFDM:Orthogonal Frequency Division Multipelxing)を用いる。OFDMは、電磁波を用いた通信では、耐マルチパス性の高い通信方式として知られている。一般的なOFDMでは、一次変調に伝送データの圧縮を考慮して位相変調を使用するが、水中通信の場合には位相の揺らぎが大きく、マルチパス重畳による位相ひずみの影響も大きい。そこで、位相情報を使用せずに、通信信号でのビットの状態(当該ビットが「0」であるか「1」であるか)により送信する搬送波の周波数を変えることにより、周波数成分のみでビットの状態を認識させる。
【0011】
反射波成分の分離(上記(2)の点)に関し、相対する通信装置間で、送信に使用する搬送波の周波数を相互に異ならせ、受信信号に対してFFT(高速フーリエ変換)処理などを行って周波数成分の抽出を行うことにより、自装置の送信信号の反射波成分を受信信号から分離する。
【0012】
指向性幅が広い送波器及び受波器(上記(3)の点)に関し、送波器及び受波器として、無指向性の振動子を用いる。ここでいう無指向性とは、例えば、水平面内の各方位に対する指向性が一様であることを言う。そのような振動子としては、リング形状の圧電体を用いたリング型振動子がある。送波器の場合、周波数が大きく異なる搬送波を同時に1つのリング型振動子で送波しようとすると、スプリアス放射などの問題が起こりがちであるので、後述するように、共振周波数が異なるリング型振動子を複数個組み合わせて送波器を構成し、使用する搬送波の周波数帯に応じて、送波に用いるリング型振動子を異ならせるようにする。
【0013】
図2は、以上の点を踏まえて構成された、関連技術における水中音響通信装置の構成の一例を示している。この水中音響通信装置は、図1での通信装置12,15のいずれにも使用できるものであるので、ここでは、相互に音響信号によって双方向通信を行う通信装置12,15として説明する。通信装置12,15すなわち水中音響通信装置は、大別すると、外部から入力される通信信号に応じて音響信号を相手方に送信する送信回路20と、相手方から送信されてきた音響信号を受信して通信信号に変換し外部に出力する受信回路30とから構成されている。なお、通信装置12,15は同一構成であっていずれも複数の異なる周波数の搬送波で音響信号を送信するが、通信装置12,15の間では使用する搬送波の周波数が相互に異なっている。
【0014】
送信回路20は、シリアル形式で入力する通信信号をn本のパラレル信号に変換するシリアル/パラレル変換回路(S/P)31と、相互に共振周波数が異なるn個のリング型振動子26を有する送波器25とを有する。さらに、シリアル/パラレル変換回路31のn個のパラレル出力の各々ごとに、変調器22、D/A(デジタル/アナログ変換)回路23及び電力増幅回路24が設けられている。変調器22は、シリアル/パラレル変換回路31の対応する出力に基づいて、リング型振動子の駆動波形に対応するデジタル信号を生成し、D/A回路24はこのデジタル信号をアナログ信号に変換し、電力増幅回路24は、そのアナログ信号を増幅することにより、対応するリング型振動子26を駆動する。
【0015】
送波器25の構造の一例が図3に示されている。送波器25は、共振周波数が異なるn個のリング型振動子26を円板状のベース27の上に積み重ね、全体を樹脂からなるモールド28で覆ったものである。リング型振動子における共振周波数の違いは、リング型振動子#1、リング型振動子#2、…、リング型振動子#nのようにして記載している。リング型振動子では、共振周波数が低いほど直径も厚さも大きくなるから、ベース上に、共振周波数の低いリング型振動子26から順番に積み重ねている。
【0016】
一方、受信回路30は、周波数特性が広帯域である広帯域振動子32を有する受波器31と、受波器31で受波した信号を増幅する増幅回路33と、増幅された信号をデジタル形式の信号に変換するA/D(アナログ/デジタル変換)回路34と、A/D回路34から出力される信号に対してFFT処理を行って周波数解析を行い周波数成分ごとの信号を出力するFFT処理部35と、周波数解析の結果に基づき、相手装置の周波数に対応する周波数成分の信号のみを出力する判定処理部36と、周波数ごとに判定処理部36から出力される信号を復調する復調器37と、複数の復調器37からの並列に入力する信号をシリアル信号に変換して通信信号として外部に出力するパラレル/シリアル変換回路(P/S)38と、を有している。
【0017】
次に、図2に示した水中音響通信装置の動作について説明する。ここでは、浮標11側の通信装置12から水中機器14側の通信装置15に対してまず通信を行い、その後、この通信への応答として通信装置15から通信装置12に対して通信を行う際の手順を説明する。
【0018】
通信装置12,15は非同期で作動しており、常時、通信信号の受信待ち受け状態となっている。任意のタイミングにおいて、浮標11側の通信装置12の送信回路20に対して通信信号がシリアルで入力されたものとする。通信信号の入力により、通信装置12では、シリアル/パラレル変換回路21がその通信信号のシリアル−パラレル変換を行ない、通信信号をビット(Bit)ごとに分割する。ビットごとに変調器22が設けられており、各変調器は、対応するビットの状態(ビット値が「0」であるか「1」であるか)に応じて異なる周波数の搬送波を割り当てる。また分割されたビットに対しても相互に異なる搬送波の割当てが行われる。図4は、ここでのビット情報から周波数への変換を説明している。nが偶数であるとして、例えば、送信回路20に与えられる通信信号が、MSB(最上位ビット;most significant bit)からLSB(最下位ビット;least significant bit)までのn/2ビットのデータであるとすると、搬送波として、F1〜Fnまでのn個の異なる周波数が用意される。説明の都合上、F1が最も低い周波数であり、順に周波数が高くなってFnが最も高い周波数であって、それぞれ、リング型振動子#1〜#nに対応するものとする。
【0019】
最上位ビットには、全体としてF1及びF2が割り当てられており、その中から、ビット値が「0」(あるいは「L」(ローレベル))であればF1が割当てられ、ビット値が「1」(あるいは「H」(ハイレベル))であればF2が割り当てられる。以下同様にして、最下位ビットに対しては、ビット値が「0」であればF(n−1)が割当てられ、ビット値が「1」であればFnが割り当てられる。
【0020】
変調器22には、ビット値に応じて対応する周波数の搬送波に対応する波形データのデジタル信号を生成し、D/A回路23はこのデジタル信号をアナログ信号に変換し、電力増幅回路24はこのアナログ信号を増幅し、送波器25内の対応するリング型振動子26を駆動する。これにより、MSBからLSBまでのn/2ビット分のデータが、周波数分割多重の形態で同時に送波器25から音響信号として送波されることになる。
【0021】
相手方となる通信装置15では、通信装置12からの音響信号は、受波器31内の広帯域振動子32によって受信される。そして受波器31で受信した信号を増幅回路33で増幅した後に、D/A回路34によってデジタル信号に変換する。変換後のデジタル信号に対し、FFT処理部35によって周波数解析を行って周波数成分の抽出を行い、抽出された周波数成分に基づき、判定処理部36は判定処理を行って、相手装置からの音響信号の周波数成分のみを抽出する。相手装置からの信号の周波数成分が抽出されたら、周波数ごとの復調器37により各周波数成分の信号を復調してビット状態を判定する。その結果、複数個の復調器37から、ビット状態の判定結果がパラレルに出力されることになるから、パラレル/シリアル変換回路38によってこのパラレル出力の信号をシリアル信号に変換し、通信信号として、通信装置15に接続する外部回路に出力する。
【0022】
その後、通信装置15の送信回路20に通信信号が入力した場合には、上述と同じ手順で送波が行われるが、その際、通信装置15は、搬送波として、通信装置12で使用している周波数とは異なる周波数のものを使用する。通信装置12は、上述と同じで手順で通信装置12からの音響信号を受信して処理する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0023】
【特許文献1】特開2004−15762号公報
【特許文献2】特開2005−295378号公報
【特許文献3】特開2006−109279号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
水中機器、特に、海底等に敷設された機器に対しては、外部からの電力供給を行うことが困難であることが多い。外部電源に依存せずに水中機器を動作させるためには、その水中機器の内部に実装された電池を用いることになる。水中機器をひとたび海底等に敷設すると、それを回収して再敷設することには多大の経費と時間がかかるので、電池動作の水中機器に関し、電池交換を行うことは容易ではない。このため、海底等に敷設される水中機器に付属する水中音響通信装置では、限られた容量の電池による長時間運用を行うために、低消費電力であることが求められる。しかしながら、図2に示したような水中音響通信装置では、変調や復調、FFT処理などの信号処理を行うが、これらの信号処理はCPUなどの消費電力が大きな素子を用いて、多大なプロセッサパワーを用いて実行する必要がある。さらに、消費電力の大きなD/A回路やA/D回路も必要となる。したがって、図2に示したような水中音響通信装置は、電池による長期間運用に適したものではない。
【0025】
本発明の目的は、低消費電力であって確実に通信を行うことができる水中音響通信装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明の第1の水中音響通信装置は、m個のビットを周波数分割多重した音響信号を送信する送信回路を有する水中音響通信装置であって、m個のビットにわたって重複が生じないように各ビットごとに異なる2つの搬送波周波数が割り当てられ、送信回路は、ビットごとにそのビットのビット状態を判定するビット状態判定部と、各ビットごとに、そのビットのビット状態に応じて2つの搬送波周波数のうちの1つを選択して搬送波信号を生成する搬送波生成回路と、搬送波生成回路で生成されたビットごとの搬送波信号をm個のビットにわたって加算する加算回路と、それぞれがm個のビットにわたって割り当てられた搬送波周波数のいずれかを共振周波数とする2m個の振動子を有し音響信号を送波する送波器と、を有し、送波器の2m個の振動子の入力が相互に電気的に結合して加算回路の出力に応じて駆動される。
【0027】
本発明の第2の水中音響通信装置は、周波数分割多重された音響信号を受信する水中音響通信装置であって、周波数分割多重で使用される複数の搬送波周波数のそれぞれを共振周波数とする複数の振動子を有し音響信号を受波する受波器と、受波器の各振動子ごとの出力レベルを判定する判定処理部と、を有する。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、消費電力が大きいと考えられる素子や回路を用いることなく周波数分割多重による水中音響通信を行うことが可能となるので、低消費電力であって確実に通信を行うことができる水中音響通信装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】水中通信の例を示す図である。
【図2】関連技術における水中音響通信装置の構成を示すブロック図である。
【図3】無指向性の送波器の構成の一例を示す概略斜視図である。
【図4】ビット情報を周波数に変換する処理の一例を説明する図である。
【図5】実施の一形態の水中音響通信装置の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
図5に示した実施の一形態の水中音響通信装置は、図2に示した装置と比べ、電力消費が大きい素子や回路を用いないようにし、さらに簡潔な回路構成とすることによって、OFDM方式での水中通信を実現しながら消費電力を低減できるようにしたものである。これにより、図5に示した水中音響通信装置は、電池による長期間運用を可能としている。
【0031】
図5に示した水中音響通信装置は、図2に示した水中音響通信装置と同様に、外部から入力される通信信号に応じて音響信号を相手方に送信する送信回路40と、相手方から送信されてきた音響信号を受信して通信信号に変換し外部に出力する受信回路50と、を備えており、図1に示した水中通信の例における通信装置12,15のいずれにも使用できものである。ここでは、図2に示した装置との相違点を中心にして、本実施形態の水中音響通信装置を説明する。なお、通信装置12から通信装置15に音響信号を送信するときに用いられる複数の搬送波の周波数と、通信装置15から通信装置12に音響信号を送信するときに用いられる複数の搬送波の周波数とは、部分的にも一致することなく、相互に完全に異なっている。
【0032】
図5に示した本実施形態の水中音響通信装置は、図2に示した装置での送信回路20と比べ、送信回路40においては、変調器及びD/A回路の代わりに、より消費電力が小さなビット状態判定部41及び搬送波生成回路42を使用して同等の機能を実現し、また、電力増幅回路の個数を1個で済ますようにしている。送波器26におけるn個のリング型振動子26としては、共振周波数のQ値が高いものを使用する。Q値が高いことにより、各リング型振動子26からはその共振周波数以外の周波数成分の出力を抑えることが可能になり、これにより、複数のリング型振動子26をトランス47で結合し、単一の電力増幅回路46により駆動することが可能になっている。これにより、搬送波ごとに電力増幅回路を設ける必要もなくなって、電力消費量をさらに削減することが可能になっている。送波器26としては、図3に示した構成のものを使用することができる。
【0033】
詳しく説明すると送信回路40は、nを偶数として、シリアル形式で入力する通信信号をn/2本のパラレル信号に変換するシリアル/パラレル変換回路(S/P)31と、パラレル信号のn/2本の信号線のそれぞれごとに設けられたビット状態判定部41と、これらのビット状態判定部41の出力に応じてビットごとの搬送波を生成する搬送波生成回路42と、搬送波生成回路42から出力するビットごとの搬送波信号を加算する加算回路45と、加算回路46の出力を増幅する電力増幅回路46と、電力増幅回路46の出力が1次巻線に供給されるトランス47と、n個のリング型振動子26を有する送波器25と、を備えている。トランス47には、リング型振動子26ごとに設けられた合計n個の2次巻線が設けられており、それらの2次巻線は対応するリング型振動子26に接続する。本実施形態が適用される一般的な場合においては、mが2以上の整数であるとして、n=2mであるようにされ、その場合、シリアル/パラレル変換回路21からはm本すなわちmビットのパラレル信号が出力されることになる。
【0034】
通信信号としてn/2ビットのシリアル信号がシリアル/パラレル変換回路21に入力したとすると、シリアル/パラレル変換回路21のn/2本のパラレル出力は、各々が通信信号でのビットに対応することになる。ビット状態判定部41は、対応するビットが「1」であるか「0」であるかを判定する。搬送波生成回路42には、図4を用いて説明した周波数F1〜Fnにそれぞれ対応するn個の発振器43と、n/2個のスイッチ回路44とが設けられている。加算回路45は、n/2個のスイッチ回路44からの出力を加算して電力増幅回路46に出力する。ここで、周波数がF1の発振器の出力と周波数がF2の発振器の出力とが、最上位ビットに対応するビット状態判定部41の出力によって制御されるスイッチ回路44によって切り替えられて加算回路45に送られる。例えば、最上位ビットが「0」であればF1用の発振器の出力が、最上位ビットが「1」であればF2用の発振器の出力が、加算回路45に送られることになる。同様に、最上位ビットの次のビットの値によって、F3用の発振器の出力かF4用の発振器の出力かが加算回路45に送られることになる。その結果、図4に示した場合と同様に、通信信号での各ビット値に応じた周波数が選択され、これらの周波数の搬送波が搬送波生成回路45で生成されて加算回路46に供給されることになる。加算回路46がこれらの搬送波を加算することから、周波数多重が実行され、OFDM信号が生成されることになる。このOFDM信号は電力増幅回路46で増幅され、送波器25に入力する。
【0035】
送波器に設けられるn個のリング型振動子26は、それぞれ、共振周波数がF1〜Fnのものであって、いずれも高いQ値を有する。そのため、各リング型振動子26は、その共振周波数以外の周波数で駆動されたとしても音波振動を送波することはない。例えば、共振周波数F2のリング型振動子26は、周波数F3で駆動されたとしても、F2,F3のいずれの周波数の音波を放射することはない。したがって、電力増幅回路46で増幅された信号における周波数成分に応じて、対応する共振周波数のリング型振動子26のみが駆動されてそれらの共振周波数の音響信号を送波することとなり、ビット値に応じて搬送波が多重されているOFDM信号が音響信号として相手方の通信装置に送られることになる。
【0036】
図5に示す送信回路40において、上記の説明から明らかなように、ビット状態判定部41は例えばラッチ回路で構成でき、各発振器43は低消費電力の発振回路で構成でき、スイッチ44もアナログスイッチで構成できる。したがって、図2に示した回路と比べ、大幅に消費電力を削減することができる。
【0037】
図5に示した本実施形態の水中音響通信装置は、図2に示した装置における受信回路30と比べ、受信回路50においては、受波器31に設けられる振動子として、単一の広帯域振動子を用いるのではなく、n個の相互に共振周波数が異なって高いQ値を有するリング型振動子51を使用する。Q値の高いリング型振動子は、その共振周波数での感度が高くて十分な強度の電気信号を出力できるので、増幅回路を設ける必要がなくなる。またそのようなリング型振動子は、共振周波数以外の周波数成分の音響信号に対してはほとんど感度を有さないので、受波器31自体を周波数フィルタとして機能させることも可能である。そのため、FFT処理や復調処理、それらのためのアナログ/デジタル変換を行う必要がなくなって、電力消費の大きなCPUやA/D回路などを設けることなく、図2に示した回路での受信回路と同等の機能を実現することができる。
【0038】
受波器31に設けられるn個のリング型振動子51は、図5においてリング型振動子#1〜#nと記載されているが、これらのリング型振動子の共振周波数は、それぞれ、F1〜Fnであり、相手方の通信装置における送信回路でのリング型振動子26での共振周波数F1〜Fnと一致している。リング型振動子51の共振周波数におけるQ値は十分に高く、例えば、共振周波数がF2であるリング型振動子51は、受波した音響信号の周波数がF3である場合には実質的には電気信号を出力しない。一般的に振動子は音響信号の送波にも受波にも使用できることから、受波器31としては、図3に示した送波器と同一構成のものを使用することができる。
【0039】
受波器31の出力側には、n個のコンパレータ53を備える判定処理部52が設けられている。n個のコンパレータ53は、n個のリング型振動子51に対して1対1で対応するものであり、各コンパテータ53は、対応するリング型振動子51の出力レベルを判定し、出力レベルが所定のしきい値以上の場合に「1」を出力し、そうでない場合には「0」を出力する。n個のコンパレータ53からの出力が並列に入力するパラレル/シリアル変換回路38が設けられており、パラレル/シリアル変換回路38は、コンパレータ53から並列に入力する信号をシリアル信号に変換して通信信号として外部に出力する。
【0040】
この受信回路50では、例えば、周波数がF2,F3,F6,…である搬送波が多重された音響信号を受波器31で受波したとすると、共振周波数がF2,F3,F6,…であるリング型振動子51(すなわちリング型振動子#2,#3,#6,…)のみが電気信号を出力し、それらのリング型振動子51に対応するコンパレータ53のみが「1」を出力する。その結果、n個のコンパレータ53の出力は、周波数がF1側から見て、順番に、「011001…」ということになる。パラレル/シリアル変換回路38は、このようなパラレル信号からシリアル信号を生成する。
【0041】
なお、本実施形態の場合、相手方の通信装置での音響信号の生成過程を考えれば、相手方からの音響信号を受波した場合に、例えば、周波数F1とF2について、同時に「1」となることはなく、また同時に「0」となることもないはずである。周波数F3とF4、周波数F5とF6等々においても同様である。そこで、隣接する周波数成分での「0」と「1」の組み合わせがあり得ないものとなった場合には、伝送エラーであると判定することが可能である。
【0042】
以上、送信回路40と受信回路50とを備えるものとして実施の一形態の水中音響通信装置を説明したが、片方向通信しか行わない場合にも本発明を適用することができる。すなわち、送信回路40を含むが上述したような受信回路50を備えないもの、あるいは受信回路50を含むが上述したような送信回路40を備えないものも、本発明に基づく水中音響通信装置の範疇に含まれることは明らかである。
【符号の説明】
【0043】
11 浮標
12,15 通信装置
13 錘
14 水中機器
16 浮遊物
20,40 送信回路
21 シリアル/パラレル変換回路
22 変調器
23 デジタル/アナログ変換回路
24,46 電力増幅回路
25 送波器
26,51 リング型振動子
27 土台
28 モールド
30,50 受信回路
31 受波器
32 広帯域振動子
33 増幅回路
34 アナログ/デジタル変換回路
35 FFT処理部
36,52 判定処理部
37 復調器
38 パラレル/シリアル変換回路
41 ビット状態判定部
42 搬送波生成回路
43 発振器
44 スイッチ回路
45 加算回路
53 コンパレータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
m個のビットを周波数分割多重した音響信号を送信する送信回路を有する水中音響通信装置であって、
前記m個のビットにわたって重複が生じないように各ビットごとに異なる2つの搬送波周波数が割り当てられ、
前記送信回路は、
前記ビットごとに当該ビットのビット状態を判定するビット状態判定部と、
前記各ビットごとに、当該ビットのビット状態に応じて前記2つの搬送波周波数のうちの1つを選択して搬送波信号を生成する搬送波生成回路と、
前記搬送波生成回路で生成されたビットごとの搬送波信号を前記複数のビットにわたって加算する加算回路と、
それぞれが前記m個のビットにわたって割り当てられた搬送波周波数のいずれかを共振周波数とする2m個の振動子を有し前記音響信号を送波する送波器と、
を有し、
前記送波器の前記2m個の振動子の入力が相互に電気的に結合して前記加算回路の出力に応じて駆動される、水中音響通信装置。
【請求項2】
前記搬送波生成回路は、前記m個のビットにわたって割り当てられた搬送波周波数のいずれかを発振する2m個の発振器と、前記各ビットごとに設けられ、当該ビットの前記2つの搬送波周波数の発振器のうちの1つの出力を選択するスイッチ回路と、を有する、請求項1に記載の水中音響通信装置。
【請求項3】
前記加算回路の出力を増幅する電力増幅回路と、1次巻線が前記電力増幅回路の出力に接続したトランスと、をさらに備え、前記トランスは、前記送波器の前記振動子ごとに設けられて当該振動子に接続する2次巻線を有する、請求項1または2に記載の水中音響通信装置。
【請求項4】
シリアル信号として入力した通信信号に対してシリアル/パラレル変換を行って前記m個のビットの信号を生成するシリアル/パラレル変換回路を有する、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の水中音響通信装置。
【請求項5】
相手方となる水中音響通信装置からの周波数分割多重による音響信号を受信する受信回路をさらに備え、
前記受信回路は、前記相手方となる水中音響通信装置に割り当てられている複数の搬送波周波数のそれぞれを共振周波数とする複数の振動子を有して前記音響信号を受波する受波器と、前記受波器の前記各振動子ごとの出力レベルを判定する判定処理部と、を有し、
前記m個のビットにわたって割り当てられた前記搬送波周波数と、前記相手方となる水中音響通信装置に割り当てられている複数の搬送波周波数とが重複しない、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の水中音響通信装置。
【請求項6】
前記判定処理部から前記出力レベルの判定結果を並列に受け取ってシリアル信号に変換するパラレル/シリアル変換回路を有する、請求項5に記載の水中音響通信装置。
【請求項7】
前記判定処理部は、前記受波器の前記各振動子ごとに設けられて当該振動子の出力レベルを判定するコンパレータを有する、請求項5または6に記載の水中音響通信装置。
【請求項8】
周波数分割多重された音響信号を受信する水中音響通信装置であって、
前記周波数分割多重で使用される複数の搬送波周波数のそれぞれを共振周波数とする複数の振動子を有し前記音響信号を受波する受波器と、
前記受波器の前記各振動子ごとの出力レベルを判定する判定処理部と、
を有する、水中音響通信装置。
【請求項9】
前記判定処理部から前記出力レベルの判定結果を並列に受け取ってシリアル信号に変換するパラレル/シリアル変換回路を有する、請求項8に記載の水中音響通信装置。
【請求項10】
前記判定処理部は、前記各振動子ごとに設けられて当該振動子の出力レベルを判定するコンパレータを有する、請求項8または9に記載の水中音響通信装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−209865(P2012−209865A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−75549(P2011−75549)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【Fターム(参考)】