説明

水分管理シート、ガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池

【課題】 低加湿条件下においても、ガス拡散性、排水性と保湿性のバランスに優れる結果、発電性能に優れる燃料電池を作製することのできる水分管理シート、この水分管理シートを用いたガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池を提供すること。
【解決手段】 本発明の水分管理シートは、固体高分子形燃料電池の触媒層とガス拡散層との間に配置して使用する、自立した水分管理シートであり、前記水分管理シートは多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートに、フッ素系樹脂及び/又は導電剤が充填されたものであり、しかも透気抵抗度が200〜750sec./100mLである。また、本発明のガス拡散シート、膜−電極接合体、及び固体高分子形燃料電池は前記水分管理シートを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、水分管理シート、ガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池に関するものであり、水分管理シート単独で取り扱うことのできる形態保持性を有する自立した水分管理シート、特に、相対湿度42%以下の低加湿条件下で好適に使用できる水分管理シート、これを使用したガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
様々な形で利用されているエネルギーについては、石油資源の枯渇に対する懸念から、代替燃料の模索や省資源が重要な課題となっている。その中にあって、種々の燃料を化学エネルギーに変換し、電力として取り出す燃料電池について、活発な開発が続けられている。
【0003】
燃料電池は、例えば『燃料電池に関する技術動向調査』(非特許文献1)の第5頁に開示されているように、使用される電解質の種類によって、りん酸形燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)、固体酸化形燃料電池(SOFC)、固体高分子形燃料電池(PEFC)の4つに分類される。これら各種の燃料電池は、その電解質に応じて作動温度範囲に制約が有り、PEFCでは100℃以下の低温領域、PAFCでは180〜210℃の中温領域、MCFCでは600℃以上、SOFCは1000℃近くの高温領域で動作することが知られている。このうち、低温領域での出力が可能である一般的なPEFCは、燃料となる水素ガスと酸素含有ガス(若しくは空気)との化合反応に伴って生じる電力を取り出すが、比較的小型の装置構成で効率的に電力を取り出すことができる点で、実用化が急がれている。
【0004】
図1は、従来知られているPEFCの基本構成を示すための、燃料電池の要部断面の模式図である。図中、材質として実質的に同一の構成若しくは機能を有する構成成分には、同一のハッチングを付して示してある。PEFCは、図1に示すような、燃料極17a、固体高分子膜19及び空気極17cからなる膜−電極接合体(MEA)を、1対のバイポーラプレート11a、11cで挟んだセル単位を複数積層した構造からなる。前記燃料極17aはプロトンと電子とに分解する触媒層15aと、触媒層15aに燃料ガスを供給するガス拡散層13aとからなり、前記触媒層15aとガス拡散層13aとの間には水分管理層14aが形成されており、他方、空気極17cはプロトン、電子及び酸素含有ガスとを反応させる触媒層15cと、触媒層15cに酸素含有ガスを供給するガス拡散層13cとからなり、前記触媒層15cとガス拡散層13cとの間には水分管理層14cが形成されている。
【0005】
前記バイポーラプレート11aは燃料ガスを供給できる溝を有するため、このバイポーラプレート11aの溝を通して燃料ガスを供給すると、燃料ガスはガス拡散層13aを拡散し、水分管理層14aを透過して触媒層15aに供給される。供給された燃料ガスはプロトンと電子とに分解され、プロトンは固体高分子膜19を移動し、触媒層15cに到達する。他方、電子は図示しない外部回路を通り、空気極17cへと移動する。一方、バイポーラプレート11cは酸素含有ガスを供給できる溝を有するため、このバイポーラプレート11cの溝を通して酸素含有ガスを供給すると、酸素含有ガスはガス拡散層13cを拡散し、水分管理層14cを透過して触媒層15cに供給される。供給された酸素含有ガスは固体高分子膜19を移動したプロトン及び外部回路を通って移動した電子と反応し、水を生成する。この生成した水は水分管理層14cを通って、燃料電池外へ排出される。また、燃料極においては、空気極から逆拡散してきた水が水分管理層14aを通って、燃料電池外へ排出される。
【0006】
このようなガス拡散層13a、13c及び水分管理層14a、14cに必要な機能としては、低加湿条件下では固体高分子膜19を湿潤に保つための保湿性、高加湿条件下では燃料電池内に水が溜まり、フラッディングが起こるのを防ぐための排水性などがある。このような機能を満足させるために、ガス拡散層の透気抵抗度(ガーレー)を変えることが提案されている。
【0007】
例えば、特開2005−135838号公報(特許文献1)には、高加湿条件下での発電性能を高くするために、カソード側とアノード側のガス拡散層の透気抵抗度をそれぞれ5sec./100mL以下、160〜440sec./100mLとしている。この燃料電池においては、アノード側の透気抵抗度を高くすることにより、アノード側の水の量が多くなるので、カソード側からアノード側への水の移動が抑制され、水はガス透過性の高いカソード側から排出されるため、アノード側から水が排出できないことによる発電性能の低下を防ぐことができるとしている。
【0008】
また、特開2006−324104号公報(特許文献2)では、広範な加湿条件下で発電性能を高くするために、排水性と保湿性を兼ね備えたガス拡散層を作製している。つまり、ガス拡散層として、導電性多孔質基材層上に厚さ方向に向ってガス透過性が異なるカーボン層を形成している。導電性多孔質基材層の面方向に流れるガスはカーボン層中のガスを引きずるため、カーボン層のガス透過性が低い部位では排水性、ガス透過性が高い部位では保湿性が得られるというものである。
【0009】
これらの特許では、導電性多孔質基材等にカーボンとフッ素系樹脂とを混合したペーストを塗布することでガス拡散層を作製し、ガス拡散層の透気抵抗度はカーボンの粒子径や原料の配合比等を変えることで調整している。しかしながら、この方法ではペーストが導電性多孔質基材へ必要以上に染み込んでしまい、導電性多孔質基材の細孔を塞ぎ、ガス拡散性や排水性が低下する可能性があった。
【0010】
そこで、本願出願人は、「固体高分子形燃料電池の触媒層とガス拡散層との間に配置して使用する、自立した水分管理シートであり、前記水分管理シートは多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートに、フッ素系樹脂及び/又は導電剤が充填されたものである水分管理シート」を提案した(特許文献3)。
【0011】
この多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートに、フッ素系樹脂及び/又は導電剤が充填された、自立した水分管理シートを使用した燃料電池は、高加湿条件下での発電性能に優れるものではあったが、相対湿度42%以下の低加湿条件下においては発電性能の不十分なものであることが判明した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2005−135838号公報
【特許文献2】特開2006−324104号公報
【特許文献3】特開2010−192361号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】『燃料電池に関する技術動向調査』(特許庁技術調査課編,平成13年5月31日,<URL>http://www.jpo.go.jp/shiryou/index.htm)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は上述の問題点を解決するためになされたものであり、低加湿条件下においても、ガス拡散性、排水性と保湿性のバランスに優れる結果、発電性能に優れる燃料電池を作製することのできる水分管理シート、この水分管理シートを用いたガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の請求項1にかかる発明は、「固体高分子形燃料電池の触媒層とガス拡散層との間に配置して使用する、自立した水分管理シートであり、前記水分管理シートは多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートに、フッ素系樹脂及び/又は導電剤が充填されたものであり、しかも透気抵抗度が200〜750sec./100mLであることを特徴とする水分管理シート。」である。
【0016】
本発明の請求項2にかかる発明は、「請求項1に記載の水分管理シートを備えるガス拡散シート。」である。
【0017】
本発明の請求項3にかかる発明は、「請求項1に記載の水分管理シートを備える膜−電極接合体。」である。
【0018】
本発明の請求項4にかかる発明は、「請求項1に記載の水分管理シートを備える固体高分子形燃料電池。」である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の請求項1にかかる発明は、自立した水分管理シートであり、導電性多孔シートに積層することによって、ガス拡散層を構成するガス拡散シートを形成できるため、ガス拡散性に優れている。つまり、従来のように、導電性多孔シートにカーボン粉末とフッ素系樹脂とを混合したペーストを塗布した場合のように、導電性多孔シートに前記ペーストが必要以上に染み込むということがないため、導電性多孔シートが本来有するガス拡散性を発揮することができる。また、水分管理シートの透気抵抗度が200〜750sec./100mLであることによって、相対湿度が42%以下の低加湿条件下においても保湿することができるため、固体高分子膜を湿潤状態に保つことができ、また、排水性にも優れている結果、発電性能に優れる燃料電池を作製できる。
【0020】
更に、水分管理シートは非炭化処理多孔質基材シートにフッ素系樹脂及び/又は導電剤が充填されており、フッ素系樹脂及び/又は導電剤が非炭化処理多孔質基材シートによって補強された状態にあり、形態保持性に優れているため、長期的に水分管理層としての作用を十分に発揮できる。また、多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートを使用しており、炭化処理による多孔質基材シートの収縮ということがないため、生産性良く製造できる水分管理シートである。
【0021】
本発明の請求項2にかかる発明は、請求項1に記載の水分管理シートを備えているため、相対湿度が42%以下の低加湿条件下においても、ガス拡散性、排水性と保湿性のバランスに優れる結果、発電性能に優れる燃料電池を作製することのできるガス拡散シートである。
【0022】
本発明の請求項3にかかる発明は、請求項1に記載の水分管理シートを備える膜−電極接合体であるため、相対湿度が42%以下の低加湿条件下においても、ガス拡散性、排水性と保湿性のバランスに優れる結果、発電性能に優れる燃料電池を作製することのできる膜−電極接合体である。
【0023】
本発明の請求項4にかかる発明は、請求項1に記載の水分管理シートを備える固体高分子形燃料電池であるため、相対湿度が42%以下の低加湿条件下においても、ガス拡散性、排水性と保湿性のバランスに優れる結果、発電性能に優れる燃料電池である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】固体高分子形燃料電池の概略構成を示す模式断面図
【図2】実験1〜6の電位−電流曲線を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の水分管理シートは、多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートに、フッ素系樹脂及び/又は導電剤が充填されたものであり、しかも透気抵抗度が200〜750sec./100mLである。本発明においては、多孔質基材シートによるフッ素系樹脂及び/又は導電剤の形態保持性を高めることができるように、多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートを使用している。つまり、多孔質基材シート(例えば、ポリアクリロニトリル繊維からなる不織布)を形成した後に炭化処理を実施すると、炭化処理によって多孔質基材シートが脆くなり、フッ素系樹脂及び/又は導電剤の十分な補強効果を発揮できず、形態保持性の優れる水分管理シートを得ることができないため、本発明においては、非炭化処理多孔質基材シートを使用している。また、多孔質基材シートを形成した後に炭化処理をすると、著しく収縮し、生産性が悪いものであるが、本発明においては、非炭化処理多孔質基材シートを使用しているため、水分管理シートを生産性良く製造することができる。
【0026】
このような非炭化処理多孔質基材シートは多孔質基材シート形成後に炭化処理をしておらず、水分管理シートに強度を付与できる限り特に限定するものではないが、例えば、ガラス繊維を用いて製造したガラス繊維不織布そのもの、炭素繊維を用いて製造したペーパー又は不織布そのもの、耐酸性のある有機繊維(例えば、ポリテトラフルオロエチレン繊維、ポリフッ化ビニリデン繊維、ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維、ポリオレフィン繊維、ポリフェニレンサルファイド繊維、ポリエチレンテレフタレート繊維やポリトリメチレンテレフタレート繊維を代表とするポリエステル系繊維を単独で、又は2種類以上を含む)を用いて製造した有機繊維不織布そのものを挙げることができる。なお、本発明における「炭化処理」とは、多孔質基材シートを形成する繊維を炭化又は黒鉛化することを意味し、例えば、比較的低温(200〜400℃程度)の酸化性雰囲気中での熱処理、前記酸化性雰囲気中での処理に続いて、徐々に昇温し、400℃〜3000℃の不活性雰囲気中での熱処理などを意味する。
【0027】
これらの中でもガラス繊維不織布は酸性溶液やアルコール等に対する耐薬品性に優れ、また、極めて優れた強度並びに加工適性を有し、更には安価であるため好適である。この好適であるガラス繊維不織布は、ガラス繊維をアクリル樹脂、酢酸ビニル樹脂、及び/又はエポキシ樹脂を含むバインダで接着したものであるのが好ましい。塩素成分や金属イオンは燃料電池内において腐食性をきたす等の悪影響を及ぼすが、前記樹脂は塩素成分や金属イオンといった不純物の混入が少ない樹脂として知られており、前記悪影響を及ぼさないためである。特に、塩素成分が20ppm以下のバインダで接着したものであるのが好ましい。
【0028】
なお、バインダを構成する樹脂としてアクリル樹脂を用いる場合、自己架橋型アクリル樹脂を用いることが好ましい。燃料電池においては、触媒層での反応によりプロトンが生成し、水分管理層周辺も強酸(pH2程度)雰囲気に曝されるため、水分管理層も耐酸性を有するのが好ましく、前記自己架橋により硬化したアクリル樹脂は優れた耐酸性を示すためである。ここで、「自己架橋型アクリル樹脂」とは、同一又は異種のモノマー単位中に、1種又は2種以上の架橋可能な官能基を有するアクリル樹脂を意味し、この架橋可能な官能基の組み合わせとして、例えば、カルボン酸基とビニル基との組み合わせ、カルボン酸基とグリシジル基との組み合わせ、カルボン酸基とアミン基との組み合わせ、カルボン酸基とアミド基との組み合わせ、カルボン酸基とメチロール基との組み合わせ、カルボン酸基とエポキシ基との組み合わせを挙げることができる。これらの中でも窒素を含まず、耐酸化性に特に優れる、カルボン酸基とビニル基との組み合わせ、カルボン酸基とグリシジル基との組み合わせ、カルボン酸基とメチロール基との組み合わせ、又はカルボン酸基とエポキシ基との組み合わせが好ましい。
【0029】
また、ガラス繊維不織布におけるバインダの固形分付着量は、ガラス繊維不織布全体の質量を基準として3〜30質量%の範囲内であるのが好ましい。バインダの固形分付着量が3質量%未満の場合、ガラス繊維不織布としての機械的強度が低く、水分管理層の形態保持性が悪くなる傾向があり、一方で、固形分付着量が30質量%を超える場合、バインダに由来する皮膜が過度に形成され、フッ素系樹脂及び/又は導電剤を十分に充填することができない傾向があるためである。
【0030】
このようなガラス繊維不織布は周知の方法により製造することができるが、均一な地合いを有するガラス繊維不織布を製造できる湿式法により製造するのが好ましい。なお、ガラス繊維の繊維径及び繊維長は、湿式法により製造する際の分散性や機械的強度の優れるガラス繊維不織布であるように、4〜20μmの繊維径、5〜25mmの繊維長であるのが好ましい。また、ガラス繊維の成分としては、耐薬品性(特に耐酸性)の優れる、Eガラス、Cガラス又はQガラスを1種類以上使用することができる。ガラス繊維不織布の目付、厚さは特に限定するものではないが、目付はフッ素系樹脂及び/又は導電剤の充填性から、1〜12g/mであるのが好ましく、厚さは強度を確保できるように、10〜120μmであるのが好ましい。なお、「目付」はガラス繊維不織布を10cm角に切断した試料の質量を測定し、1mの大きさの質量に換算した値をいい、「厚さ」はシックネスゲージ((株)ミツトヨ製:コードNo.547−321:測定力1.5N以下)を用いて測定した値をいう。
【0031】
本発明の水分管理シートは、前述のような非炭化処理多孔質基材シートにフッ素系樹脂及び/又は導電剤が充填されたものであるため、非炭化処理多孔質基材シートによって補強された形態保持性に優れるものである。また、フッ素系樹脂が充填された場合には排水性に優れ、導電剤が充填された場合には電気伝導性に優れ、両方が充填された場合には電気伝導性と排水性能の両方に優れている。
【0032】
本発明のフッ素系樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、4フッ化エチレン・6フッ化プロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)などを挙げることができ、1種類又は2種類以上含んでいることができる。特に、PTFEとFEPとを含んでいると、フッ素系樹脂と繊維との結合力が向上し、導電剤を含んでいる場合にはフッ素系樹脂と導電剤との結合力も向上し、更に排水性が高まるため好ましい。この場合、PTFEの質量とFEPの質量の比は10〜90:90〜10であるのが好ましく、20〜80:80〜20であるのがより好ましい。
【0033】
導電剤としては、例えば、カーボンブラック、カーボンナノチューブなどを挙げることができる。また、フッ素系樹脂と導電剤の両方を含んでいる場合には、(フッ素系樹脂質量):(導電剤質量)は50〜20:50〜80であるのが好ましく、40〜25:60〜75であるのがより好ましい。フッ素系樹脂の質量比率が50mass%を超えると導電性が不足しやすく、他方、20mass%を下回ると形態保持性および排水性が低下する傾向があるためである。
【0034】
このように非炭化処理多孔質基材シートにフッ素系樹脂及び/又は導電剤が充填された水分管理シートは透気抵抗度が200〜750sec./100mLである必要がある。透気抵抗度が200sec./100mL未満であると、保湿性が悪く、固体高分子膜を湿潤状態に十分に保つことができない結果、低加湿条件下においては十分な発電性能を得ることができないためで、210sec./100mL以上であるのが好ましく、220sec./100mL以上であるのがより好ましく、230sec./100mL以上であるのが更に好ましく、240sec./100mL以上であるのが最も好ましい。一方で、透気抵抗度が750sec./100mLを超えると、ガス透過性及び排水性が悪くなる結果、十分な発電性能を得ることができない。また、水分管理シートの強度が低下し、実用的ではないためである。そのため、740sec./100mL以下であるのが好ましく、730sec./100mL以下であるのがより好ましい。なお、本発明における「透気抵抗度」は、JIS P8117:2009に規定するガーレー試験機法により測定して得られた値をいう。
【0035】
このような透気抵抗度を有する水分管理シートは、例えば、フッ素系樹脂及び/又は導電剤を含むペーストを非炭化処理多孔質基材シートに塗布し、焼結した後、フッ素系樹脂が融着しない比較的低い温度で、高い圧力を作用させるホットプレスによって製造することができる。なお、焼結は加熱炉等を用いて、温度200〜360℃で、0.1〜2時間行うのが好ましい。また、ホットプレスは、温度50〜150℃、圧力14〜90MPaで、10〜180秒間行うのが好ましい。このホットプレス時の圧力によって、水分管理シートの密度を調整することができる。
【0036】
このホットプレスは水分管理シートの両面に、平滑かつ耐熱性のある平滑シート(特に限定するものではないが、例えば、グラシン紙、ポリエステルシート、ポリテトラフルオロエチレンシートなど)を積層した状態で行うのが好ましい。水分管理シートの両面に平滑シートを積層しない状態でもホットプレスをすることは可能であるが、作業性を良くするために、平滑シートを積層した状態で行うのが好ましい。
【0037】
なお、このようにホットプレスを行うことにより、表面を平滑にすることができるため、ガス拡散層及び触媒層との接触面積を広くできるという効果もある。更には、このようなホットプレスを行うことにより、フッ素系樹脂及び/又は導電剤が非炭化処理多孔質基材シートの空隙に十分に充填され、水分管理シートの形態保持性が向上するという効果もある。なお、この十分に充填された状態は、フッ素系樹脂及び/又は導電剤のみからなる層が非炭化処理多孔質基材シート表面に形成されておらず、非炭化処理多孔質基材シートとフッ素系樹脂及び/又は導電剤とが併存する領域のみからなる状態にある。
【0038】
本発明の水分管理シートの見掛密度は0.80〜1.20g/cmであるのが好ましい。1.20g/cmよりも見掛密度が高いと、透気抵抗度が高くなり、ガス透過性及び排水性が悪くなり、他方、0.80g/cmよりも見掛密度が低いと、透気抵抗度が低くなり、低加湿条件下においては保湿性が悪く、固体高分子膜を湿潤状態に十分に保つことができなくなる傾向があるためで、より好ましい見掛密度は0.90〜1.15g/cmである。なお、見掛密度は目付(単位:g/cm)を厚さ(単位:cm)で割った値である。
【0039】
なお、水分管理シートの目付、厚さは特に限定するものではないが、体積抵抗が小さくなるように、目付は10〜115g/mであるのが好ましい。また、厚さは10〜150μmであるのが好ましい。厚さが10μmを下回ると、水分管理シートの強度を維持することが難しくなる傾向があり、厚さが150μmを超えると体積抵抗の増加に加えて、燃料電池セルの厚膜化に繋がり、燃料電池が大型化してしまう傾向があるためである。
【0040】
本発明の上述のような水分管理シートは、固体高分子形燃料電池の触媒層とガス拡散層との間に配置して使用できる、自立した水分管理シートである。本発明の水分管理シートは導電性多孔シートに積層することによって、ガス拡散層を構成するガス拡散シートを形成できるため、ガス拡散性及び排水性と保湿性のバランスに優れている。つまり、従来のように、導電性多孔シートにカーボン粉末とフッ素系樹脂とを混合したペーストを塗布した場合のように、導電性多孔シートにペーストが必要以上に染み込み、導電性多孔シートの細孔を塞ぐということがないため、導電性多孔シートが本来有するガス拡散性を発揮することができる。また、水分管理シートは透気抵抗度が200〜750sec./100mLで、排水性及び保湿性のバランスに優れている。また、水分管理シートは非炭化処理多孔質基材シートにフッ素系樹脂及び/又は導電剤が充填されており、フッ素系樹脂及び/又は導電剤は非炭化処理多孔質基材シートによって補強された状態にあるため、形態保持性に優れている。更には、水分管理シートを導電性多孔シートに積層するだけでガス拡散シートを形成でき、従来のように導電性多孔シートにフッ素系樹脂と導電剤を塗布する工程を省略できるため、作業性に優れるという効果も奏する。このように、「自立した」とは、水分管理シート単体で取り扱うことができ、ロール状に巻回して流通させることができる形態保持性を有することを意味する。
【0041】
本発明のガス拡散シートは前述のような水分管理シートを備えているため、相対湿度が42%以下の低加湿条件下においても、ガス拡散性及び排水性と保湿性のバランスに優れる結果、発電性能に優れる燃料電池を作製することのできるものである。また、形態保持性に優れるガス拡散シートである。
【0042】
本発明のガス拡散シートは前述のような水分管理シートを備えていること以外は、従来のガス拡散層と同様の導電性多孔シートに水分管理シートを積層した構造を有する。この導電性多孔シートとして、例えば、カーボンペーパー、カーボン不織布、ガラス繊維不織布に導電剤とフッ素系樹脂を充填したもの、耐酸性のある有機繊維(例えば、ポリテトラフルオロエチレン繊維、ポリフッ化ビニリデン繊維、ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維、ポリオレフィン繊維、ポリフェニレンサルファイド繊維、ポリエチレンテレフタレート繊維やポリトリメチレンテレフタレート繊維を代表とするポリエステル系繊維を単独で、又は2種類以上を含む)からなる有機繊維不織布に導電剤とフッ素系樹脂を充填したもの、耐酸性のある金属多孔シート(ステンレス鋼、チタンなどの金属からなる多孔シート)などを挙げることができる。
【0043】
なお、導電性多孔シートと水分管理シートとは一体化していても良いし、一体化していなくても良い。一体化する場合には、例えば、ホットプレスにより実施することができる。
【0044】
本発明の膜−電極接合体は前述のような水分管理シートを備えているため、相対湿度が42%以下の低加湿条件下においても、ガス拡散性及び排水性と保湿性のバランスに優れる結果、発電性能に優れる燃料電池を作製することのできるものである。
【0045】
本発明の膜−電極接合体は前述のような水分管理シートを備えていること以外は従来の膜−電極接合体と全く同様であることができる。例えば、ガス拡散電極は、エチルアルコール、プロピルアルコール、ブチルアルコール、エチレングリコールジメチルエーテルなどからなる単一あるいは混合溶媒中に、触媒(例えば、白金などの触媒を担持したカーボン粉末)を加えて混合し、これにイオン交換樹脂溶液を加え、超音波分散等で均一に混合して触媒分散懸濁液を調製し、この触媒分散懸濁液を前述のガス拡散シートの水分管理シート面にコーティング又は散布し、乾燥して触媒層を形成することにより製造することができる。又は、前記触媒分散懸濁液を水分管理シートにコーティング又は散布し、乾燥して触媒層を形成した後に、導電性多孔シートに積層することにより製造できる。
【0046】
また、固体高分子膜としては、例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸系樹脂膜、スルホン化芳香族炭化水素系樹脂膜、アルキルスルホン化芳香族炭化水素系樹脂膜などを用いることができる。膜−電極接合体は、例えば、一対のガス拡散電極のそれぞれの触媒層の間に固体高分子膜を挟み、熱プレス法によって接合して製造できる。
【0047】
本発明の固体高分子形燃料電池は前述の水分管理シートを備えているため、相対湿度が42%以下の低加湿条件下においても、ガス拡散性及び排水性と保湿性のバランスに優れる結果、発電性能に優れるものである。
【0048】
本発明の燃料電池は前述のような水分管理シートを備えること以外は従来の燃料電池と全く同様であることができる。例えば、前述のような膜−電極接合体を1対のバイポーラプレートで挟んだセル単位を複数積層した構造からなる。バイポーラプレートとしては、導電性が高く、ガスを透過せず、ガス拡散層にガスを供給できる流路を有するものであれば良く、特に限定するものではないが、例えば、カーボン成形材料、カーボン−樹脂複合材料、金属材料などを用いることができる。なお、燃料電池は、膜−電極接合体を1対のバイポーラプレートで挟んで固定したセル単位を複数積層することによって製造することができる。
【実施例】
【0049】
(実施例1〜4、比較例1〜3)
Eガラス(繊維径6.5μm、繊維長6mm)を用いて、常法の湿式法により繊維ウエブを形成した後、エポキシ樹脂を主成分とするバインダ(ビスフェノールA型)を含浸(固形分付着量:12質量%)し、乾燥して、ガラス不織布(=非炭化処理多孔質基材シート、目付:11g/m、厚さ:110μm)を製造した。
【0050】
他方、導電剤として市販のカーボンブラック(デンカブラック粒状品、電気化学工業(株)製)と、フッ素系樹脂として市販のPTFEディスパージョン(D−210C、ダイキン工業(株)製)と、市販のFEPディスパージョン(ND−110、ダイキン工業(株)製)とを、固形分質量比60:8:32で混合した後、非イオン性界面活性剤を添加した純水に加え、分散した。更に、増粘剤として、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)水溶液を加え、固形分20%の導電性ペーストを調製した。
【0051】
次いで、前記ガラス不織布に導電性ペーストを表1に示す量だけ塗布し、温度60℃に設定した熱風乾燥機によって乾燥させた後、温度350℃に設定した加熱炉により、空気雰囲気中、2時間焼結し、水分管理前駆シートを製造した。
【0052】
その後、水分管理前駆シートを表1に示す条件でホットプレスを行い、表1に示す物性を有する自立した水分管理シートをそれぞれ製造した。なお、ホットプレスは水分管理前駆シートの両面にグラシン紙を積層した状態で行った。
【0053】
実施例1〜4及び比較例1〜2の水分管理シートはホットプレス時に、グラシン紙にカーボンブラック及びフッ素系樹脂が全く付着することなく製造できたのに対して、比較例3の水分管理シートは実施例1と同圧力、同時間でホットプレスを行ったが、温度が高いため、ホットプレス時に、グラシン紙にカーボンブラック及びフッ素系樹脂が付着してしまい、グラシン紙から剥離する際に破れ、水分管理シートとしての形態を維持できないものであった。なお、実施例1〜4及び比較例1〜2の水分管理シートはガラス不織布の空隙にフッ素系樹脂及び導電剤が充填された、ガラス不織布とフッ素系樹脂及び導電剤とが併存する領域のみから構成されていた。
【0054】
また、実施例1〜4と比較例1の水分管理シートは折り曲げても割れないものであったが、比較例2の水分管理シートは少し折り曲げただけでも割れてしまうほど脆く、実用的なものではなかった。
【0055】
【表1】

【0056】
(比較例4)
カーボンペーパー(東レ(株)製、目付:84g/m、厚さ:190μm)を用意した。
【0057】
他方、導電剤として、市販のカーボンブラック(デンカブラック粒状品、電気化学工業(株)製)と、フッ素系樹脂として、市販のPTFEディスパージョン(D−210C、ダイキン工業(株)製)とを、固形分質量比60:40で混合した後、水/エタノール混合溶液(体積比=2:3)に加え、分散させて、固形分10質量%の導電性ペーストを調製した。
【0058】
次いで、このカーボンペーパーに前記導電性ペーストを塗布し、温度60℃に設定した熱風乾燥機によって乾燥させた後、温度350℃に設定した加熱炉により、空気雰囲気中、1時間焼結し、目付97g/m、厚さ230μmのガス拡散シートを製造した。このガス拡散シートには、カーボンペーパー表面上及びカーボンペーパー内部の一部に水分管理層が形成されており、この水分管理層の計算上の厚さは40μmで、密度0.33g/cmであった。
【0059】
(比較例5)
比較例4と同様にして製造したガス拡散シートの両面に、グラシン紙を積層した状態で、実施例1と同圧力、同時間でホットプレスを行い、水分管理層の密度が高いガス拡散シートを製造しようとしたが、ホットプレスを行った段階で炭素繊維が折れて脆くなり、ガス拡散シートとしての形態を維持できないものであった。
【0060】
【表2】

【0061】
(発電試験)
エチレングリコールジメチルエーテル10.4gに対して、市販の白金担持炭素粒子(石福金属(株)製、炭素に対する白金担持量40質量%)を0.8g加え、超音波処理によって分散させた後、市販の5質量%ナフィオン溶液(米国シグマ・アルドリッチ社製、商品名)4.0gを加え、更に超音波処理により分散させ、更に攪拌機で攪拌して、触媒ペーストを調製した。
【0062】
次いで、この触媒ペーストを支持体(商品名:ナフロンPTFEテープ、ニチアス(株)製、厚さ0.1mm)に塗布し、熱風乾燥機によって60℃で乾燥し、当該支持体に対する白金担持量が0.5mg/cmの触媒層を作製した。
【0063】
他方、固体高分子膜として、NafionNRE212CS(商品名、米国デュポン社製)を用意した。この固体高分子膜の両面に、前記触媒層を夫々積層した後、温度135℃、圧力2.6MPa、時間10分間の条件でホットプレスにより接合し、固体高分子膜−触媒層接合体を作製した。
【0064】
そして、前記固体高分子膜−触媒層接合体の両面に、実施例1〜4又は比較例1の水分管理シート、カーボンペーパー(東レ(株)製、目付:84g/m、厚さ:190μm)の順に積層し、膜−電極接合体(MEA)としたもの(実験1〜5)、前記固体高分子膜−触媒層接合体の両面に、比較例4のガス拡散シートを、ペースト塗布面が触媒層に当接するように積層し、膜−電極接合体(MEA)としたもの(実験6)、をそれぞれ作製した。
【0065】
その後、締め付け圧1.5N・mで固体高分子形燃料電池セル『As−510−C25−1H』(商品名、エヌエフ回路設計ブロック(株)製)に組み付け、それぞれ発電性能を評価した。この標準セルは、バイポーラプレートを含み、MEAの評価試験に用いるものである。発電は燃料極側に水素ガス500mL/分、空気極側に空気ガス1500mL/分を供給し、セル温度は80℃、バブラー温度60℃の低加湿条件(相対湿度:42%)で、電位−電流曲線を測定した。この電位−電流曲線及びその値は、それぞれ図2、表3に示す通りであった。
【0066】
【表3】

#:ガス拡散層
【0067】
図2、表3の結果から、透気抵抗度が200〜750sec./100mLの範囲内にある水分管理シートは形態保持性に優れているため実用的であり、また、この水分管理シートを用いた燃料電池は、ガス拡散性に優れ、相対湿度42%の低加湿条件下においても、電池内に水を留めることができ、固体高分子膜を湿潤状態に保つことができ、しかも排水性にも優れているため、発電性能が高いことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明の水分管理シートは固体高分子形燃料電池の触媒層とガス拡散層との間に配置して使用することができる。特に、ガス拡散性に優れ、しかも低加湿条件下(相対湿度42%以下)であっても保湿性と排水性に優れるため、発電性能に優れる燃料電池を作製できるものである。また、本発明の水分管理シートを使用してガス拡散シート、膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池を製造することができる。
【符号の説明】
【0069】
11a (燃料極側)バイポーラプレート
11c (空気極側)バイポーラプレート
13a (燃料極側)ガス拡散層
13c (空気極側)ガス拡散層
14a (燃料極側)水分管理層
14c (空気極側)水分管理層
15a (燃料極側)触媒層
15c (空気極側)触媒層
17a 燃料極
17c 空気極
19 固体高分子膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子形燃料電池の触媒層とガス拡散層との間に配置して使用する、自立した水分管理シートであり、前記水分管理シートは多孔質基材シート形成後に炭化処理をしていない非炭化処理多孔質基材シートに、フッ素系樹脂及び/又は導電剤が充填されたものであり、しかも透気抵抗度が200〜750sec./100mLであることを特徴とする水分管理シート。
【請求項2】
請求項1に記載の水分管理シートを備えるガス拡散シート。
【請求項3】
請求項1に記載の水分管理シートを備える膜−電極接合体。
【請求項4】
請求項1に記載の水分管理シートを備える固体高分子形燃料電池。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2012−74319(P2012−74319A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−220122(P2010−220122)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(000229542)日本バイリーン株式会社 (378)
【Fターム(参考)】