説明

水域底質からのマンガン(II)溶出防止方法

【課題】湖沼や海域等の水域において、その底質の性状を簡便かつ効果的に改善し、底質からのマンガン(II)の溶出を抑制する方法を提供する。
【解決手段】貧酸素化した湖沼や海域等の水域の底質に、製鋼スラグ等のアルカリ系資材を導入し、湖沼や海域等の水域底質中の間隙水のpHを8以上に上昇させ、底質中に含まれるマンガン(IV)化合物の還元反応によって発生したマンガン(II)をMnCO3として不溶化し、水域底質からのマンガン(II)の溶出を抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湖沼・河川等の淡水域や内湾等の海域等の水域において、貧酸素化した水域底質からの溶解性マンガン(II)の溶出を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
湖沼・河川等の淡水域や海域での藻類の異常発生は、水中の窒素、リン等の栄養塩類濃度が増大(富栄養化)して生ずるものであり、赤潮等とも呼ばれている。藻類の異常発生は、水道水源となる湖沼・河川の場合、浄水場における浄化プロセス(凝集沈殿、濾過)に対する障害や水道水異臭の発生等の問題を引き起こす。また、海域での藻類の異常発生は、魚類やノリ等の養殖業等に悪影響をもたらす。加えて、藻類の異常発生は、上記のような短期的な悪影響に加え、長期的には、湖沼や海域の底質上に藻類の死骸が堆積することにより、以下のような環境影響を繰り返し生ずることに繋がる。
【0003】
(1)水域での貧酸素化の進行:
底質に堆積した死滅藻類が微生物によって分解される際に、水域の溶存酸素(DO:Disolved Oxygen)が消費される。この結果、水域は貧酸素化状態となり、進行すれば水域生物の死滅を招く。
【0004】
(2)金属、栄養塩の溶出:
底質付近の貧酸素化が進行し、底質内部が還元状態となると、鉄(II)、マンガン(II)等の金属や、リン、窒素等の栄養塩の溶出が促進される。水域に溶出したリン、窒素は、藻類の栄養源となり、藻類の大増殖を促進し、更に貧酸素化が進行するという悪循環に陥る。
【0005】
(3)異臭の発生:
水域の貧酸素化が進行し、底質内部が還元状態となると、硫化水素、アンモニア、メタン等による異臭が発生し易くなる。
【0006】
ここで、先ず、上記のような貧酸素化した湖沼や海域でのマンガン(II)の発生過程について説明する。
富栄養化が進んだ湖沼では、冬期に表層の水温が0℃付近まで低下するが、この際に底質付近での水温が4℃前後と高いと、最も密度が大きくなり、上部と下部で密度差が生じて、いわゆる温度成層を形成する(冬期成層)。そして、底質付近では、堆積した死滅藻類が分解する際に溶存酸素を消費し、貧酸素化水塊が形成される。このような嫌気状態が底質付近に形成されると、底質中に含まれる不溶性のマンガン(IV)が下記の(1)式のように、微生物反応によって還元され、溶解性のマンガン(II)が水中に溶出する。ここで、CH2Oは、微生物分解可能な有機物を示しており、有機物が還元剤として作用するため、有機物汚濁が進んだ水域の底質ほどこのような還元反応が進行し易いことになる。
2MnO2+CH2O+4H+→2Mn2++CO2+3H2O ……(1)
【0007】
このようにして形成された貧酸素化水塊には、溶解性マンガン(II)ばかりでなく、窒素、リン、鉄(II)も溶出し、また、蓄積する。底質の嫌気度が更に進むと、硫化物、メタン等も溶出し、蓄積する。そして、春になり、湖沼の表層部の水温が上昇すると、上部と下部の温度差、密度差が消失し、底質付近の貧酸素化水塊が上部に移動する。この結果、溶解性マンガン(II)も湖沼全体に拡散することとなる。この現象は、「春の大循環」と呼ばれている。
【0008】
夏になると、上層部の水温が更に上昇し、上部の水の密度が低下し、下部の水と再び密度差が生じると、温度成層が形成される(夏期成層)。上部の有光層では、春の大循環で拡散した窒素、リン等を利用して藻類が増殖する。そして、死滅した藻類は、底質に堆積してゆく。
【0009】
底質付近では、堆積した死滅藻類が分解する際に溶存酸素を消費し、貧酸素化水塊が形成される。このような嫌気状態が底質付近に形成されると、底質中に含まれる不溶性マンガン(IV)が、上記(1)式のように、微生物反応によって還元され、溶解性マンガン(II)が水中に溶出する。そして、秋になり、湖沼の表層部の水温が4℃付近まで低下すると、表層部の貧酸素化水塊の密度が大きくなり、上部と下部の混合が再び生じる。この現象は、「秋の大循環」と呼ばれている。
【0010】
一方、内湾等の海域の場合には、湖沼のような冬期成層は出現しない。これは、湖沼とは異なり、海域表層の水温が0℃まで低下することが殆ど無いからである。むしろ、冬季には海域上部の水塊の密度が下部の水塊の密度よりも大きくなり、下部へ溶存酸素の高い海水の循環が生じ易くなる。この点が海域と湖沼とは大きく異なっている。内湾等の海域の場合には、浚渫窪地等の水深が急激に深くなる個所での夏期成層の出現が問題となる。このため、夏季に、内湾上部の有光層では、窒素、リン等を利用して藻類が増殖する。そして、死滅した藻類は、底質に堆積してゆく。底質付近では、堆積した死滅藻類が分解する際に溶存酸素を消費し、貧酸素化水塊が形成される。この際にも、やはり、底質中に含まれる不溶性マンガン(IV)が、上記の(1)式のように、微生物反応によって還元され、溶解性マンガン(II)が海水中に溶出する。このような貧酸素水塊には、溶解性マンガン(II)ばかりでなく、窒素、リン、鉄(II)も蓄積する。底質の嫌気度が更に進むと、硫化物、メタン等も溶出し、蓄積する。このような貧酸素水塊が巨大化し、秋口に入ると、温度成層が崩れ、表層部の密度が大きくなり、上部と下部の混合が生じ易くなると共に、台風等の影響で一気に上部に拡散し、魚介類に大きな被害を与えることになる。
【0011】
次に、溶出したマンガン(II)の環境や水道水への影響を以下に述べる。
(i) マンガン(II)による水生生物への影響について
水産用水基準(非特許文献1)によると、淡水域、海域共にマンガンとして0.2mg/L以下を推奨指針としている。本数値は、ミジンコ等の水生生物を水溶性のマンガン化合物(塩化マンガン、硫酸マンガン等)溶液中に一定時間暴露させ、水生生物の半数致死濃度(LC 50)を求め、更に、安全率を乗じて求められた値である。従って、水産用水基準のマンガン濃度は溶解性マンガン(II)の濃度と見做すことができ、本数値が水生生物の生息にとっては望ましい水準であると考えられる。また、海域において、砂中間隙水のマンガン(II)が5mg/Lに達するとアサリを始めとする貝類への影響があったとの報告も見られる。
【0012】
(ii) 水道水への影響について
水道水質基準(非特許文献2)では、「マンガンおよびその化合物」として、0.05mg/L以下と規定されている。本数値は、健康被害の観点からよりも、水道水の「黒水化防止」の観点から設定されている。マンガン(IV)の酸化物である酸化マンガン(MnO2)は、非溶存態で黒色を呈している。水道水質基準の「マンガンおよびその化合物」は、非溶存態の酸化マンガン(MnO2)等の化合物と溶存態のマンガン(II)の総和であると考えられる。
【0013】
一般に、湖沼・河川等の淡水域のマンガン(II)が高い場合、浄水場で塩素、オゾン等の酸化剤、あるいは微生物等によって、溶存態のマンガン(II)をマンガン(IV)まで酸化し、非溶存態の酸化マンガン(MnO2)に変え、その後、ろ過操作によって除去し、水道水中の「マンガンおよびその化合物」を0.05mg/L以下としなくてはならない。従って、水道水源の淡水域のマンガン(II)濃度が高まることは、浄水プロセスの処理費用の増大を招くことになる。
【0014】
以下に、公知の対策技術を説明する。これまでに、水域底質からのマンガン溶出防止方法として以下のような手法が提案されている。
(イ)酸素を用いたマンガンの溶出防止方法(特許文献1、特許文献2)
特許文献1では、「水中型気液溶解装置」を用い、貧酸素状態を解消し、底泥の表面酸化によって、鉄、マンガン、リン等の溶出を防止する方法が提案されている。また、特許文献2では、酸素を含む「超微細気泡層(マイクロバブル)」によって、水中の貧酸素状態を解消し、栄養塩や金属塩類の溶出を防止する方法が提案されている。これらの方法は、強制的、効率的に水中の好気状態を作り出し、(1)式のような還元反応が底質中で生ずるのを防ぎ、かつ、マンガン(II)が溶出したとしても酸素で酸化し、非溶存態のマンガン(IV)化合物を作ろうとするものである。
【0015】
(ロ)酸化剤を用いたマンガンの溶出防止方法(特許文献3)
特許文献3は、浄水場での負荷を低減するため、空気ではなく事前に酸化力のあるオゾンガスを湖沼や河川等の「水道原水」に供給し、下記の(2)式に従って、底質から水中に溶出したマンガン(II)を酸化して除去しようとするものである。
Mn2++O3+H2O→MnO2↓+O2+2H+ ……(2)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2008-100,176号公報
【特許文献2】特開2004-290,893号公報
【特許文献3】特開2007-125,529号公報
【特許文献4】特開2005-47,789号公報
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】水産用水基準(2005年度版)、日本水産資源保護協会、p61
【非特許文献2】新水道水質基準ガイドブック、日本環境管理学会、p101〜103
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
これまでに提案・実施されてきた湖沼・河川や海域でのマンガン(II)の溶出抑制方法は、以下のような課題を有している。
空気や酸素を効率的に水中に供給して貧酸素化を解消し、水域底質からのマンガン(II)の溶出を防止しようとする「酸素を用いたマンガンの溶出防止方法」は、小規模な湖沼では兎も角も、大規模な河川・湖沼や海域等の水域では、自然環境の制御が極めて難しく(波や風雨の影響大)、恒久的な酸素供給設備の設置等が現実的には困難である。また、曝気に要するランニングコストの問題があるほか、水域を有酸素状態にはするものの、底質内部の還元状態を回復できるかは明らかではない。従って、上記の(1)式のマンガン(IV)の還元反応の進行を止められるかどうかは明確ではなく、また、水域底質から溶出したマンガン(II)にしても、中性付近のpHでは、空気や酸素でマンガン(IV)まで酸化するのはかなり難しい。
【0019】
また、オゾン等の酸化剤を用いた水域底質からのマンガン(II)の溶出抑制方法においては、限られた領域での水処理プロセスであればその適用可能性があるものの、開放系の湖沼や河川に直接適用できるとは考え難い。貧酸素水域の水中にはマンガン(II)以外に還元性物質(例えば、硫化水素、鉄(II)、有機酸、等)が大量に含まれており、酸化剤消費量の予測がつかず、どのようにオゾン等の酸化剤を過不足なく供給するのか、運用上の課題も極めて多いと考えられる。また、残留オゾンによる水中生物への影響が懸念され、この点でも運用上の課題がある。
【0020】
更に、上記のような酸化剤を用いた方法では、生成した不溶態のマンガン(IV)化合物が水域から取り除かれる訳ではなく、結局は底質に沈殿する。従って、対策を止めると、再び、マンガン(II)が溶出することになり、根本的な解決にはならないという問題もある。
【0021】
湖沼や海域等の水域において、底質からのマンガン(II)の溶出を長期的に継続して抑制するためには、上記のような対症療法的な対策ではなく、有機物汚濁の進んだ底質そのものの改善が重要であることは明らかである。
【0022】
そこで、本発明の目的は、簡便かつ効果的に底質の性状を改善し、底質からのマンガン(II)の溶出を抑制する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者らは、上記の課題を解決するため検討を重ねた結果、所定のアルカリ系資材を水域の底質に導入し、この底質中の間隙水のpHを8以上に上昇せしめることにより、前記底質に含まれるマンガン(IV)化合物の還元反応によって発生したマンガン(II)をMnCO3として不溶化することにより、水域底質からの溶解性のマンガン(II)の溶出を可及的に抑制できることを知見し、本発明を完成したものである。
従って、本発明の要旨とするところは、次の(1)〜(6)である。
【0024】
(1)水域の底質に可溶性のCaO、Ca(OH)2、MgO、及びMg(OH)2から選ばれた1種又は2種以上を含むアルカリ系資材を導入し、前記底質中の間隙水のpHを8以上に上昇させて前記底質中に含まれるマンガン(IV)化合物の還元反応によって発生したマンガン(II)をMnCO3として不溶化し、水域底質からの溶解性マンガン(II)の溶出を抑制することを特徴とする水域底質からのマンガン(II)溶出防止方法。
【0025】
(2)前記底質に導入するアルカリ系資材が、製鉄所から発生する製鋼スラグであることを特徴とする上記(1)に記載の水域底質からのマンガン(II)溶出防止方法。
(3)アルカリ系資材に加えて、水域の底質に炭酸塩供給資材を導入することを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の水域底質からのマンガン(II)溶出防止方法。
【0026】
(4)前記炭酸塩供給資材が、CaCO3及び/又はMgCO3を含む炭酸塩供給資材であることを特徴とする上記(3)に記載の水域底質からのマンガン(II)溶出防止方法。
(5)水域底質へのアルカリ系資材及び炭酸塩供給資材の導入が、炭酸化処置を施した製鋼スラグを用いて行われることを特徴とする(3)又は(4)に記載の水域底質からのマンガン(II)溶出防止方法。
【0027】
(6)底質中の間隙水及び/又は底質上部近傍の底質直上水を定期的に採取し、この採取された間隙水及び/又は底質直上水のpHを測定してpHモニタリングを行い、このpHモニタリングの結果に基づいて水域の底質にアルカリ系資材及び/又は炭酸塩資材を導入し、前記底質中の間隙水のpHを8以上に維持することを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれかに記載の水域底質からのマンガン(II)溶出防止方法。
【0028】
以上の通り、本発明は、貧酸素化の進行した水域の底質に、可溶性のCaO、Ca(OH)2、MgO、及びMg(OH)2から選ばれた1種又は2種以上を含むアルカリ系資材を、敷き詰めることあるいは混合すること等の手段により導入し、これによって前記底質中の間隙水のpHを8以上、好ましくは8以上9.5以下に上昇させ、前記底質中に含まれるマンガン(IV)化合物を還元し、この還元反応によって発生したマンガン(II)をMnCO3として不溶化し、貧酸素化水域底質からの溶解性のマンガン(II)の溶出を抑制することに特徴があり、更に、アルカリ系資材として製鐵所から発生する製鋼スラグを用いること、また、アルカリ系資材に加えてCaCO3、Na2CO3、及びMgCO3から選ばれた1種又は2種以上を含む炭酸塩供給資材、好ましくはCaCO3及び/又はMgCO3を含む炭酸塩供給資材を混合することに特徴がある。ここで、「底質中の間隙水のpH」とは、底質中に存在する水分(以下、「間隙水」という。)のpHである。
【0029】
従って、本発明には、従来のマンガン(II)溶出抑制方法とは異なり、酸素や空気を吹き込む必要や薬品を用いる必要がないため、ランニングコストが小さく、かつ、長期に効果を維持できる点に特長がある。
ここで、本発明法と従来法との比較を表1に示す。
【0030】
【表1】

【発明の効果】
【0031】
従って、本発明により、湖沼や海域等の水域の貧酸素化した底質からのマンガン(II)の溶出を、空気や酸化剤の添加を必要とすることなく、抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】図1は、実施例1で得られたpHの経時変化を示すグラフ図である。
【0033】
【図2】図2は、実施例1で得られたマンガン(II)の経時変化を示すグラフ図である。
【0034】
【図3】図3は、実施例2で得られたpHの経時変化を示すグラフ図である。
【0035】
【図4】図4は、実施例2で得られたマンガン(II)の経時変化を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明を詳細に説明する。
水域の底質からのマンガン(II)の溶出は、上記の(1)式のように、底質に含まれるマンガン(IV)化合物が微生物(マンガン還元細菌)によって還元され、溶解性のマンガン(II)が発生し、水中に溶出する現象である。従って、上記の(1)式より明らかなように、マンガン(II)の溶出を防ぐには、(1)式の反応原理に基づいた下記の如き対策が必要であると考えられる。
【0037】
(A)マンガン(IV)の還元反応を極力抑制する。
CH2Oで示される有機物の量がMnO2量と比較して小さい場合には、有機物が律速となって、マンガン(II)の発生量は低下する。また、底質中の間隙水のpHがアルカリ側になると、マンガン還元細菌の好適pHが中性域であることから、マンガン還元細菌がアルカリ阻害を受け、マンガン(IV)の還元反応が進行し難くなる。従って、マンガン(IV)の還元反応を抑制するためには、底質中の有機物を削減すること及び/又は底質中の間隙水のpHを上昇させることが有効と考えられる。
【0038】
(B)溶解性マンガン(II)を不溶化する。
(A)に述べた対策のみによって、マンガン還元細菌によるマンガン(IV)の還元反応を完全には抑制することは、困難と思われる。即ち、底質の過剰なアルカリ化は、環境上の視点から避けることが望ましいためである。
【0039】
従って、汚濁の進んだ水域では溶解性マンガン(II)は溶出するという前提に立ち、(B)で述べた溶解性マンガン(II)を不溶化する対策が必要となる。
表2に、マンガン(II)の主要な化合物とその溶解度をまとめて示すが、表2から明らかなように、マンガン(II)が溶出したとしても炭酸マンガンを形成させることができれば、水への溶解を低下させることが可能となる。
【0040】
【表2】

【0041】
本発明は、上述した原理を組み合わせて開発した手法である。
即ち、先ずは、汚濁の進んだ水域の底質に、可溶性のCaO、Ca(OH)2、MgO、及びMg(OH)2から選ばれた1種又は2種以上を含むアルカリ系資材を導入し、前記底質中の間隙水のpHを8以上に上昇せしめる。アルカリ系資材は、湖沼や海域等の水域の底質に混合して用いても、あるいは、そのまま水域の底質上に敷き詰めても構わない。
【0042】
上記のようなアルカリ系資材から間隙水に溶出するCaイオン、Mgイオンは、いわゆる水の「硬度成分」であり、これら間隙水中に溶出するイオン成分が水域の水質(飲み水への影響や環境上の課題)に悪影響を及ぼすことがないため、水域の底質に用いるアルカリ系資材として最も望ましいものである。また、このようなアルカリ系資材の使用によって溶解性マンガン(II)を不溶化するためには、後述するように、底質中の間隙水のpHを少なくとも8に上昇させる必要があるが、溶解性マンガン(II)を不溶化するという観点からは、この間隙水のpHを過剰に上昇させる必要性はなく、また、底質上部の水域の水質に対する影響を考慮すると、好ましくは底質中の間隙水のpHを9.5以下に留めておくのが望ましい。
【0043】
このような目的で使用し得るアルカリ系資材としては、例えば、製鋼スラグ、廃コンクリート等のリサイクル製品や、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム等の市販の資材がある。中でも、特に、製鐵所の副産物である製鋼スラグは、アルカリ系資材として最も望ましい特性を有している。即ち、製鋼スラグは、可溶性のCaO及び/又はCa(OH)2を1〜2質量%程度含有しており、更に、量的には小さいが、可溶性のMgO及び/又はMg(OH)2を含む場合もある。これらの物質は水と接すると、以下のような反応で、即効的にOHイオンを供給し、底質中の間隙水のpHを上昇させる。
CaO+H2O→Ca(OH)2→Ca2++2OH- ……(3)
MgO+H2O→Mg(OH)2→Mg2++2OH- ……(4)
【0044】
加えて、製鋼スラグは、ダイカルシウムシリケート(2CaO・SiO2)、トリカルシウムシリケート(3CaO・SiO2)等のカルシウムシリケート化合物が主体であるため、長期に亘って徐々に溶解し、長期に亘ってOHイオンを供給できる特性も有している。更に、製鋼スラグは、性状がほぼ一定で、大量供給が可能であることから、用いるアルカリ系無機系資材として最も望ましいものである。
【0045】
続いて、前記底質に含まれるマンガン(IV)化合物の還元反応によって発生したマンガン(II)をMnCO3として不溶化する方法について、説明する。
中性付近のpHでは、炭酸は炭酸イオン(CO32-)の形でよりも、重炭酸イオン(HCO3-)の形で存在する割合が高い。上記の(3)、(4)式のように、アルカリ系資材によってOHイオンが供給されると、重炭酸イオン(HCO3-)は炭酸イオン(CO32-)に変化する。
HCO3-+OH-→CO32-+H2O ……(5)
【0046】
この結果、水中にマンガン(II)が存在していたとしても、アルカリ環境下になると、マンガン(II)は炭酸マンガンとなり、不溶化すると考えられる。
Mn2++CO32-→MnCO3↓ ……(6)
ところが、淡水ではなく、海水のように、水中にCa2+やMg2+が大量に共存している場合には、以下のような反応も進行することも予想される。
Ca2++CO32-→CaCO3↓ ……(7)
Mg2++CO32-→MgCO3↓ ……(8)
【0047】
そこで、表3に示すような、炭酸塩の溶解度積(25℃、1atm、純水基準)からMnCO3を生成し、溶解性マンガン(II)の削減に必要な底質間隙水のpHを推定すると共に、実験により効果を検証した。
【0048】
【表3】

【0049】
ここで、湖沼、河川、海域等の開放系では、気相と水相は炭酸塩の平衡状態にあると仮定する。
大気中の二酸化炭素の濃度を350ppmとすると、二酸化炭素の分圧(PCO2)は、PCO2(大気、標高0)=1atm×(350×10-6)=10-3.5atmである。また、水中に溶解するCO2の濃度[CO2(aq)]は、気相中の二酸化炭素の分圧に比例する。
[CO2(aq)]=[H2CO3*]=KH×PCO2 ……(9)
ここで、KH:ヘンリー定数=10-1.47mole/L/atm(25℃、純水系)
【0050】
即ち、大気に対して開放系で平衡状態にある水においては、水中の二酸化炭素濃度[H2CO3*]は、pHに依存せず、10-5M(mole/L)程度で一定である。一方、水中の全炭酸濃度Ctは、以下の式で表される。
Ct=[H2CO3*]+[HCO3-]+[CO32-] ……(10)
【0051】
更に、[HCO3-]濃度や、[CO32-]濃度は、以下の式(11)、(12)のように、pHによって変動する。純水系での25℃での平衡定数K1、K2から、
[H+][HCO3-]/[H2CO3*]=K1=10-6.35 ……(11)
[H+][CO32-]/[HCO3-]=K2=10-10.33 ……(12)
これを書き直すと、
[HCO3-]=K1×[H2CO3*]/[H+] ……(13)
[CO32-]=K2×[HCO3-]/[H+
=K1×K2×[H2CO3*]/[H+2 ……(14)
【0052】
即ち、以下に示すように、pHの上昇と共に、[HCO3-]濃度、[CO32-]濃度は上昇し、この結果、水中の全炭酸濃度Ctも上昇する。
log[HCO3-]=logK1+log[H2CO3*]−log[H+
=pH−11.32 ……………………(15)
log[CO32-]=logK1+logK2+log[H2CO3*]−2log[H+
=2pH−21.65 ……………………(16)
【0053】
この結果から、表3に示す炭酸塩化合物のマンガン(II)、マグネシウム(II)、カルシウム(II)の溶解する濃度を、炭酸塩及びpHの関数として表すと、以下のようになる。
(a)MnCO3:log[Mn2+]=−11.09−log[CO32-
=−11.09−(2pH−21.65)
=−2pH+10.56 …………(17)
(b)MgCO3:log[Mg2+]=−4.9−log[CO32-
=−4.9−(2pH−21.65)
=−2pH+16.75 …………(18)
(c)CaCO3:log[Ca2+]=−8.35−log[CO32-
=−8.35−(2pH−21.65)
=−2pH+13.3 ……………(19)
【0054】
以上の結果から明らかなように、いずれの炭酸塩化合物もpHを上昇させると不溶化し易くなるが、大幅にその溶解する量は異なる。水のpHを8に上昇させると、以下の試算結果となる。
[Mn2+]≒10-5M≒0.05mg/L
[Mg2+]≒10-0M≒24g/L
[Ca2+]≒10-3M≒40mg/L
【0055】
即ち、大気に対して開放系で炭酸塩の平衡状態にある水道水源の淡水域であれば、水中のpHを少なくとも8のアルカリ性にすることにより、溶解性のMn2+を水道水基準の0.05mg/L以下とすることができると考えられる。従って、淡水域の底質に含まれるマンガン(IV)化合物の還元反応によって発生したマンガン(II)をMnCO3として不溶化するためには、水域底質中のpHも、少なくとも8とすることが望ましい。底質のpHを上昇させれば、さらにマンガン(II)の溶解量を削減できるが、底質上部の水域水質へのpH影響等を考慮すると、底質中のpHは9.5以下に留めておくことが望ましい。
【0056】
なお、水域が海水の場合には、淡水よりも一般に溶解度が増すため、淡水域を対象とした検討結果よりも溶解量は増加することが予想される。しかし、海域の場合、水槽水基準0.05mg/Lのような基準まで下げる必要性は小さいため、pHは通常の海水のpHである8以上としても構わない。
しかし、大気と水の炭酸塩の平衡状態が崩れた場合にはこの限りではなくなる。例えば、藻類の異常発生により、水中の[H2CO3*]濃度が急速に失われた場合、大気から水へのCO2の溶解速度はかなり遅いため、(14)式から明らかなように、炭酸イオン[CO32-]濃度も減少する。即ち、MnCO3を形成するために必要な水中のCO32-濃度が不足することになる。このような場合、以下の対策を講ずればよい。
【0057】
即ち、水域底質にアルカリ系資材に加えて、CaCO3及び/又はMgCO3のような炭酸塩化合物を混合し、CO32-の長期的供給源を設ける。これらCaCO3あるいはMgCO3は、水中の炭酸イオン[CO32-]濃度の減少に応じて[CO32-]をゆっくりと溶解し、[CO32-]を長期的に水中に供給できる特長がある。これは、pH=8でのCaCO3あるいはMgCO3の溶解濃度試算結果からも明らかである。CaCO3を含む資材としては、例えば、石灰石、貝殻、後述する炭酸化製鋼スラグ等を挙げることができる。また、CaCO3とMgCO3である複塩鉱物CaMg(CO3)2を含むドロマイト等の天然鉱物も炭酸塩供給資材として用いることができる。
【0058】
上記の他、炭酸塩化合物としては、Na2CO3(炭酸ナトリウム)がある。但し、このNa2CO3は、溶解度が22g/100g-水(20℃)と高く、易溶解性の資材であり、どちらかといえば、短期的な炭酸塩供給資材である。
【0059】
炭酸塩供給資材の中でも、アルカリ性及び炭酸塩を同時に供給できる炭酸化処置を施した製鋼スラグを用いることも望ましい。ここで、製鋼スラグを炭酸化する手法について説明する。
製鋼スラグは、先に述べたように、f-CaO(可溶性石灰)も1〜2質量%前後含んでいる。このため、水中のpHを一時的に上昇させ易い特性がある。このため、「炭酸化処置」を施し、f-CaOをCaCO3とした「炭酸化製鋼スラグ」とし、溶出水のpH上昇の程度をある程度低下させると共に、CaCO3からCO32-の供給する材料として用いることも可能である。製鋼スラグの炭酸化処理は、製鋼スラグを二酸化炭素又は炭酸含有水と接触させることにより実施することができる。例えば、特許文献4では、大気雰囲気下、加圧雰囲気下、又は、水蒸気雰囲気下で、製鋼スラグに自由水が存在し始める水分値未満で、かつ、該水分値よりも10質量%少ない値以上になるように水分量又は炭酸水量を調整した後に、炭酸ガスを含有する相対湿度が75〜100%のガスを流して、製鋼スラグを炭酸化する方法が述べられている。
【0060】
ここで、自由水について説明する。粉末に水を投入していくと、暫くの間は粉末が水分を吸収する(拘束水と呼ばれる)。投入水量がある一定以上になると、もはや粉末が水を吸収できず、粉末の周囲に存在する状態となる。この状態の水が「自由水」と呼ばれる。この「自由水」が存在すると、粉体群がペースト状となり、「自由水」が存在する領域では、炭酸ガスを含むガスが通過し難くなる。特許文献4は、このような視点から、スラグ内部の空隙表面や外部が、湿り気を帯びる程度の拘束水の段階で、最大の炭酸化速度が得られ、効率的に炭酸化が可能となることを報告している。この操作により、CaOはCaCO3となり、CaO及びCa(OH)2の割合を0.9質量%以下とでき、また、CaCO3は、製鋼スラグ表面上に形成されるため、残存するCaOやCa(OH)2の急激な溶出を抑制できる。このような炭酸化処理を製鋼スラグに施すことにより、水域での一時的なpHの上昇を防ぐことができる。なお、本実施形態で使用されるスラグを炭酸化処理する方法は、上記方法に限定されるものではない。CaOをCaCO3とし安定化できる方法であれば、どのような炭酸化処理方法でも構わない。
【0061】
湖沼、河川、海域底質中の間隙水を定期的に採取し、間隙水中のpHをモニタリングすることは、マンガン(II)の溶出防止効果の持続性を確認する上で望ましいことである。
【0062】
実際の水域においては、例えば、大規模な海域や湖沼の底質の場合には、ポンプ浚渫船やグラブ浚渫船等で表層付近の底質を採取し、この採取した底質を遠心分離して得られた底質の「間隙水」のpHを測定すればよい。また、対象水域が海域のように大きな場合の採取箇所は、海域を200〜300mメッシュに分け、採泥地点を適宜設定すればよいが、必要に応じて採泥地点を増加させても構わない。
【0063】
また、小規模の水域の場合には、小型調査船船上や陸上から水域の底質にアンカーを投入し、アンカー付近の間隙水をポンプによって吸引する方法もある。この「間隙水サンプリング装置」によって底質の「間隙水」を採取し、船上部又は陸上部でこの採取した製鋼スラグを主体とする被覆材の「間隙水」のpH値を測定してもよい。更に、水域の底質の固化が進行し「間隙水」の採取が困難な場合等は、水域底質上部近傍の直上水を「間隙水」とみなし、この「直上水」を採取し、「直上水」のpHをモニタリングしてもよい。
【0064】
現在、東京湾や三河湾等の閉鎖性海域では、貧酸素水域の発生状況が定期的に調査されている。調査方法としては、湾内を10地点程度に分割し、各地点において、船上から溶存酸素濃度計(DO計)やpH計を垂下し、各水層の溶存酸素濃度やpHが鉛直測定されている。即ち、測定対象の水域における表層(海面下0.5m)から底層(海底上0.5m又は1m)までの深さにおいて、1m毎に各水深の水をサンプリングし、その溶存酸素濃度やpHが観測されている。
【0065】
そこで、本発明による「直上水」のpHモニタリングも、例えばこのような方式に準拠して実施すればよい。このような方法において、本発明の「直上水」とは、底質あるいは底質被覆材の表面から深さ方向0.5〜1mの範囲の水とする。底質あるいは底質被覆材の表面から0〜0.5mの範囲の水も「直上水」ではあるが、底質あるいは底質被覆材の表面は必ずしも平坦でなく、安定したサンプリングや測定が困難な場合もあるため、底質あるいは底質被覆材の表面から0.5〜1mの範囲の水を測定対象の「直上水」とするのがよい。
【0066】
上記のような方法によって測定された底質中の間隙水のpHが8未満に低下している場合には、アルカリ系資材を新たに導入し、前記底質中の間隙水のpHを少なくとも8に上昇せしめる。加えて、CaCO3等の炭酸塩供給資材をアルカリ系資材と共に導入しても構わない。
【実施例】
【0067】
〔実施例1:海域底質への製鋼スラグ混合によるマンガン(II)の溶出抑制〕
海域水域の底質に、アルカリ系資材として製鋼スラグを混合し、pHを上昇させた場合におけるマンガン(II)の溶出抑制効果を検討した。
この実施例1でアルカリ系資材として用いた製鋼スラグは、可溶性のCaOを0.2質量%、Ca(OH)2を1.0質量%、可溶性のMgOを0.05質量%、それぞれ含有していた。
表4に実験条件を示す。
【0068】
海域で浚渫して土砂を採取し、溶解性マンガン(II)の溶出を促進するため、この土砂に土砂100g当り有機物としてグルコース(C6H12O6)50mgをよく練り込み、試料の浚渫土砂(wet)を調製した。また、得られた浚渫土砂(wet)と転炉系製鋼スラグとをそれぞれ50質量%の割合で混合して試料のスラグ混合土砂を調製した。このようにして調製した試料の浚渫土砂(wet)又はスラグ混合土砂をそれぞれ4本づつのガラスびん(容量:1000mL)の底にそれぞれ50gづつ敷き詰めた後、各ガラスびん中に、表5に示す人工海水(窒素で曝気して溶存酸素(DO)を完全に除去したもので、成分量(g)は20L当りの値である。)0.9Lを投入した。
【0069】
その後、密閉状態、光遮断、室温で60日間放置した。5日後、10日後、40日後、60日後にそれぞれ水質分析を実施した。所定期間経過後の人工海水のpHを測定した後、0.45μmミリポアフィルターを用いた注射器でこの人工海水をろ過し、得られた人工海水中の溶存マンガンをICP発光分析法で測定した。なお、60日後に各ガラスびんの底部から底質を採取し、底質を遠心分離して間隙水を採取し、この間隙水のpHを測定したが、測定された間隙水のpHは人工海水のpHとほぼ一致していた。
【0070】
図1及び図2に、この実施例1で得られた人工海水のpH及び人工海水中の溶存態マンガン(D-Mn)の経時変化を示す。本実験のような小型の実験装置の場合、ガラスびん中の人工海水のpH、及び人工海水中のマンガン濃度は、土砂中の「間隙水」の濃度とほぼ同じと見做すことができる。
【0071】
比較対照として実施した浚渫土砂系のpHは、当初の人工海水のpH=8から低下し、7〜7.3の範囲で推移した。また、溶存態マンガン(II)は、実験開始直後(5日後)から0.25mg/Lまで上昇し、その後は殆ど一定で推移した。一方、本発明の実施例1に係るスラグ混合土系では、pHは、当初の人工海水のpH=8から上昇し、9.0〜9.5の範囲で推移した。また、人工海水中に溶解性マンガン(II)は検出されなかった。このようなpHの環境下で、マンガン(II)は炭酸マンガンとなり、不溶化したと考えられる。
【0072】
【表4】

【0073】
【表5】

【0074】
〔実施例2:海域底質への炭酸化製鋼スラグ敷き詰めによるマンガン(II)の溶出抑制〕
海域水域の底質に、アルカリ系資材及び炭酸塩供給資材として炭酸化製鋼スラグを敷き詰め、マンガン(II)の溶出を抑制する方策を検討した。この実施例2で用いた炭酸化製鋼スラグは、可溶性のCa(OH)2を0.4質量%、CaCO3を1.0質量%、それぞれ含有していた。
表6に実験条件を示す。
【0075】
5本のガラスびん(容量:1000mL)の底部に、それぞれ炭酸化製鋼スラグを50gづつ敷き詰めた後、各ガラスびん中に、表5に示す人工海水(窒素で曝気して溶存酸素(DO)を完全に除去したもので、成分量(g)は20L当りの値である。)を投入した。更に、実海域で採取した死滅藻類や海域浮泥を主体とする新生堆積物(wet)10gを、ガラスびん中の炭酸化製鋼スラグ上部に散布した。比較対照系としては、上記の炭酸化製鋼スラグを用いることなく、新生堆積物のみを用いた。
【0076】
【表6】

【0077】
実施例2系及び比較対照系のそれぞれの系列を、密閉状態、光遮断、室温で40日間放置した。5日後、10日後、20日後、30日後、40日後に上記の実施例1と同様にして水質分析を実施し、pH測定と溶存マンガン測定を行った。
【0078】
図3及び図4に、この実施例2で得られた人工海水のpH及び人工海水中の溶存態マンガン(D-Mn)の経時変化を示す。本実験のような小型の実験装置の場合、ガラスびん中の人工海水のpH、及び人工海水中のマンガン濃度は、土砂中の「間隙水」の濃度とほぼ同じと見做すことができる。
【0079】
比較対照として実施した新生堆積物系のpHは、当初の人工海水のpH=8から低下し、7.5前後で推移した。また、溶存態マンガン(II)は、実験直後(5日後)に急速に0.25mg/Lまで上昇し、その後は殆ど変わらなかった。一方、実施例2の炭酸化製鋼スラグを敷き詰めた系では、当初の人工海水のpH=8から9〜9.5の範囲まで上昇した。また、人工海水中の溶解性マンガン(II)は、5日後のみ水中に検出されたが、その後は検出されなくなった。新生堆積物中の間隙水中のマンガン(II)が一時的に水中へ溶出したものの、pH上昇によって炭酸マンガンとなり、不溶化したと考えられる。
このように、貧酸素水域において水中にマンガン(II)が溶出したとしても、弱アルカリと炭酸塩供給の環境条件が維持されれば、マンガン(II)は炭酸マンガンとなって不溶化すると考えられる。
【0080】
〔実施例3:ダム貯水池底質(淡水系)への炭酸化製鋼スラグ敷き詰めによるマンガン(II)の溶出抑制〕
ダム貯水池の底質にアルカリ系資材及び炭酸塩供給資材として、炭酸化製鋼スラグを敷き詰め、マンガン(II)の溶出を抑制する方策を検討した。この実施例3で用いた炭酸化製鋼スラグは、可溶性のCa(OH)2を0.4質量%、CaCO3を1.0質量%、それぞれ含有していた。
表7に実験条件を示す。
【0081】
5本のガラスびん(容量:1000mL)の底部に、それぞれダム貯水池から採取した底質を100gづつ敷き詰めた後、各ガラスびん中に、溶存酸素(DO)を完全に除去するために窒素で曝気したダム貯水池の水0.9Lを投入した。更に、各ガラスびん中に敷き詰めたダム貯水池の底質上に、炭酸化製鋼スラグ50mgを散布した。更に、5本のガラスびんを用い、炭酸化製鋼スラグではなく、水酸化カルシウム0.5mgを散布した系を設けた。また、比較対照系としては、上記の炭酸化製鋼スラグ又は水酸化カルシウムを用いることなく、ダム貯水池の底質のみを用いた。
【0082】
【表7】

【0083】
実施例3系及び比較対照系のそれぞれの系列を、密閉状態、光遮断、室温で40日間放置した。5日後、10日後、20日後、30日後、40日後に上記の実施例1と同様にして水質分析を実施し、pH測定と溶存マンガン測定を行った。本実験のような小型の実験装置の場合、ガラスびん中のダム貯水池中のpH、マンガン濃度は、ダム貯水池の底質中の「間隙水」の濃度とほぼ同じと見做すことができる。
【0084】
比較対照系では、ダム貯水池の水のpHは、当初のpH=7.5から低下して6.5前後で推移した。また、溶存態マンガン(II)は、実験直後(5日後)に急速に2mg/Lまで上昇し、その後2.5mg/L程度まで上昇した。一方、実施例3の炭酸化製鋼スラグ及び水酸化カルシウムを敷き詰めた系では、いずれも当初pH=7.5から8.0〜9.0の範囲まで上昇した。溶解性マンガン(II)は、5日後の検体試料では検出されたが、その後はpHの上昇と共に減少し検出されなくなった。マンガン(II)は一時的に溶出したものの、pH上昇によって炭酸マンガンとなり、不溶化したと考えられた。
このように、貧酸素の淡水域において水中にマンガン(II)が溶出したとしても、弱アルカリの環境を維持すれば、マンガン(II)は炭酸マンガンとなって不溶化すると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水域の底質に可溶性のCaO、Ca(OH)2、MgO、及びMg(OH)2から選ばれた1種又は2種以上を含むアルカリ系資材を導入し、前記底質中の間隙水のpHを8以上に上昇させて前記底質中に含まれるマンガン(IV)化合物の還元反応によって発生したマンガン(II)をMnCO3として不溶化し、水域底質からの溶解性マンガン(II)の溶出を抑制することを特徴とする水域底質からのマンガン(II)溶出防止方法。
【請求項2】
前記底質に導入するアルカリ系資材が、製鉄所から発生する製鋼スラグであることを特徴とする請求項1に記載の水域底質からのマンガン(II)溶出防止方法。
【請求項3】
アルカリ系資材に加えて、水域の底質に炭酸塩供給資材を導入することを特徴とする請求項1又は2に記載の水域底質からのマンガン(II)溶出防止方法。
【請求項4】
前記炭酸塩供給資材が、CaCO3及び/又はMgCO3を含む炭酸塩供給資材であることを特徴とする請求項3に記載の水域底質からのマンガン(II)溶出防止方法。
【請求項5】
水域底質へのアルカリ系資材及び炭酸塩供給資材の導入が、炭酸化処置を施した製鋼スラグを用いて行われることを特徴とする請求項3又は4に記載の水域底質からのマンガン(II)溶出防止方法。
【請求項6】
底質中の間隙水及び/又は底質上部近傍の底質直上水を定期的に採取し、この採取された間隙水及び/又は底質直上水のpHを測定してpHモニタリングを行い、このpHモニタリングの結果に基づいて水域の低質にアルカリ系資材及び/又は炭酸塩資材を導入し、前記底質中の間隙水のpHを8以上に維持することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の水域底質からのマンガン(II)溶出防止方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−76026(P2012−76026A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−224224(P2010−224224)
【出願日】平成22年10月1日(2010.10.1)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】