説明

水性顔料分散液およびそれを用いたインク組成物

【課題】紙への定着性に優れるインク組成物を提供する。
【解決手段】(A)有機顔料、(B)該有機顔料にスルホン酸基が導入された顔料誘導体、および/または該有機顔料が有する化学構造の一部と同一の化学構造を有する顔料にスルホン酸基が導入された顔料誘導体、(C)(メタ)アクリルアミド基、エポキシ基と芳香環を含有する水溶性ビニルポリマー、(D)水、および(E)水溶性有機溶媒を含有する水性顔料分散液、および水性顔料分散液を含有するインク組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピエゾ方式やサーマル方式のインクジェットプリンターに使用される水性顔料分散液、及びそれを用いたインク組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録法は、圧電素子の振動や加熱による発泡の際に生じる圧力により、インク滴を発生、飛翔させ、記録部材に直接吐出し、付着させて文字や画像を得る記録方式である。従来、インクジェット記録に用いられるインクでは着色剤として染料が用いられてきたが、耐水性や耐光性を向上させるため、近年、顔料系インクが用いられるようになってきている。
【0003】
民生用のインクジェットプリンター用インクでは溶媒として主に水が使用されるが、顔料は染料と異なり水に不溶なため、顔料を使用するインクジェットプリンター用インクでは顔料を微粒子の状態で水中に安定に分散させる必要がある。水中で顔料微粒子を安定に分散する方法としては、高分子分散剤を用いる方法が報告されている(特許文献1参照)。しかし、この方法では高分子分散剤を顔料粒子表面に吸着させる必要があり、カーボンブラックなどの無機顔料と異なって、粒子表面の極性の小さい有機顔料の分散安定化にはまだまだ問題がある。
【0004】
そこで有機顔料を水中に安定に分散させるために有機顔料スルホン酸誘導体を用いる方法が提案されている(特許文献2〜7参照)。これらの方法では、有機顔料スルホン酸誘導体が有機顔料表面に強く吸着し、スルホン酸誘導体の静電反発力により顔料の凝集が抑制される。しかしながら、これらの方法により得られたインク組成物は紙への定着性が不良であるという欠点がある。
【特許文献1】特開平5−179183号公報(第4頁)
【特許文献2】特開平11−49974号公報(第3頁)
【特許文献3】特開2002−121419号公報(第2頁)
【特許文献4】特開2002−121460号公報(第3頁)
【特許文献5】特開2002−241638号公報(第3頁)
【特許文献6】特開2002−285067号公報(第2頁)
【特許文献7】特開2002−309122号公報(第2頁)
【特許文献8】特開2004−196893号公報(第3頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、インクジェット記録法に適用した際に、一般紙や光沢紙への定着性に優れる水性顔料分散液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち本発明は、(A)有機顔料、(B)該有機顔料にスルホン酸基が導入された顔料誘導体、および/または該有機顔料が有する化学構造の一部と同一の化学構造を有する顔料にスルホン酸基が導入された顔料誘導体、(C)(メタ)アクリルアミド基、エポキシ基と芳香環を含有する水溶性ビニルポリマー、(D)水、および(E)水溶性有機溶媒を含有する水性顔料分散液であり、それを用いたインク組成物である。
【発明の効果】
【0007】
本発明の水性顔料分散液を用いて製造されるインク組成物は、紙への定着性が良好である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、(A)有機顔料、(B)該有機顔料にスルホン酸基が導入された顔料誘導体、および/または該有機顔料が有する化学構造の一部と同一の化学構造を有する顔料にスルホン酸基が導入された顔料誘導体、(C)(メタ)アクリルアミド基、エポキシ基と芳香環を含有する水溶性ビニルポリマー、(D)水、および(E)水溶性有機溶媒を含有する水性顔料分散液である。
【0009】
本発明で用いる(A)有機顔料としては、フタロシアニン系、キナクリドン系、インジゴ系、イソインドリノン系、イソインドリン系、キノフタロン系、ジケトピロロピロール系、ベンズイミダゾロン系、ペリレン系、ペリノン系、ジオキサジン系、アントラキノン系、不溶性アゾ系、縮合アゾ系、金属錯体系など種々の系統の有機顔料が挙げられる。
【0010】
フタロシアニン系顔料の例としては、青色顔料PB15、PB15:2、PB15:3、PB15:4、B15:5、PB15:6、PB16、緑色顔料PG7、PG36などが挙げられる。
【0011】
キナクリドン系顔料の例としては、紫色顔料PV19、PV42、赤色顔料PR122、PR192、PR202、PR206、PR207、PR209、橙色顔料PO48、PO49などが挙げられる。
【0012】
インジゴ系顔料の例としては、青色顔料PB63、PB66、赤色顔料PR88、PR181などが挙げられる。
【0013】
イソインドリノン系顔料の例としては、黄色顔料PY109,PY110,PY173、橙色顔料PO61などが挙げられる。
【0014】
イソインドリン系顔料の例としては、赤色顔料PR260、黄色顔料PY139、PY185、橙色顔料PO66、PO69などが挙げられる。
【0015】
キノフタロン系顔料の例としては、黄色顔料PY138などが挙げられる。
【0016】
ジケトピロロピロール系顔料の例としては、赤色顔料PR254、PR255、PR264、PR272、橙色顔料PO71、PO73などが挙げられる。
【0017】
ベンズイミダゾロン系顔料の例としては、紫色顔料PV32、赤色顔料PR171、PR175、PR176、PR185、PR208、黄色顔料PY120、PY151、PY154、PY156、PY175、PY180、PY181、PY194、橙色顔料PO36、PO60、PO62、PO72などが挙げられる。
【0018】
ペリレン系顔料の例としては、紫色顔料PV29、赤色顔料PR123、PR149、PR178、PR179、PR190、PR224などが挙げられる。
【0019】
ペリノン系顔料の例としては、赤色顔料PR194、橙色顔料PO43などが挙げられる。
【0020】
ジオキサジン系の例としては、紫色顔料PV23、PV37などが挙げられる。
【0021】
アントラキノン系顔料の例としては、青色顔料PB60、赤色顔料PR168、PR177、黄色顔料PY24、PY108、PY147、PY193、橙色顔料PO51などが挙げられる。
【0022】
不溶性アゾ系顔料の例としては、赤色顔料PR1、PR2、PR3、PR4、PR5、PR6、PR7、PR8、PR9、PR10、PR11、PR12、PR13、PR14、PR15、PR16、PR17、PR18、PR20、PR21、PR22、PR23、PR31、PR32、PR37、PR38、PR41、PR95、PR111、PR112、PR114、PR119、PR136、PR146、PR147、PR148、PR150、PR164、PR170、PR184、PR185、PR187、PR188、PR210、PR212、PR213、PR222、PR223、PR238、PR245、PR253、PR256、PR261、PR266、PR267、PR268、PR269、黄色顔料PY1、PY2、PY3、PY5、PY6、PY10、PY12、PY13、PY14、PY17、PY49、PY55、PY60、PY63、PY65、PY73、PY74、PY75、PY81、PY83、PY87、PY90、PY97、PY98、PY106、PY111、PY113、PY114、PY116、PY121、PY124、PY126、PY127、PY130、PY136、PY152、PY154、PY165、PY167、PY170、PY171、PY172、PY174、PY176、PY188、橙色顔料PO1、PO2、PO5、PO6、PO13、PO15、PO16、PO22、PO24、PO34、PO36、PO38、PO44などが挙げられる。
【0023】
縮合アゾ系顔料の例としては、赤色顔料PR144、PR166、PR214、PR220、PR221、PR242、PR248、PR262、黄色顔料PY93、PY94、PY95、PY128、PY166、橙色顔料PO31などが挙げられる。
【0024】
金属錯体系顔料の例としては緑色顔料PG10、黄色顔料PY117、PY129、PY153、PY177、PY179、PY257、PY271、橙色顔料PO59、PO65、PO68などが挙げられる。
【0025】
インクジェットによるカラー描画は一般に減法混色により行われるため、カラーインクとしてシアン、マゼンダ、イエローの3色のインクが用いられる。大量に市販されているために比較的安価に入手でき、色調に優れ色再現範囲を広くすることができることから、シアンインク用の顔料にはフタロシアニン系顔料を使用することが好ましく、特にPB15:3の使用が好ましい。同様の理由からマゼンダインク用の顔料にはキナクリドン系顔料を使用することが好ましく、特にPR122またはPV19の使用が好ましい。また、イエロー用顔料には不溶性アゾ系顔料を使用することが好ましく、特にPY74の使用が好ましい。
【0026】
本発明における(B)該有機顔料にスルホン酸基が導入された顔料誘導体、および/または該有機顔料が有する化学構造の一部と同一の化学構造を有する顔料にスルホン酸基が導入された顔料誘導体とは、(b−1)用いる(A)有機顔料と同じ顔料にスルホン酸基が導入された顔料誘導体、(b−2)用いる(A)有機顔料が有する化学構造の一部と同一の化学構造を有する顔料にスルホン酸基が導入された顔料誘導体の2種類を指し、それぞれ(b−1)と(b−2)を単独でも、混合して用いても良い。例えば、(A)キナクリドン系赤色顔料PR122を用いる場合、(b−1)としてPR122にスルホン酸基が導入された顔料誘導体、もしくは(b−2)として、PR122と一部の化学構造が同一である赤色顔料PR209にスルホン酸基が導入された顔料誘導体をそれぞれ単独か、あるいは組み合わせて用いられる。これらの顔料と顔料誘導体は分子間力により強く結合し、微粒子表面を負帯電させる。顔料と顔料誘導体との結合力をより大きくするためには、顔料とその顔料自体にスルホン酸基が導入された顔料誘導体を組み合わせることがさらに好ましい。なお、以下につづく説明において、(B)については、2種類をまとめて「スルホン酸基が導入された顔料誘導体」という。
【0027】
本発明で用いられる(B)スルホン酸基が導入された顔料誘導体は、例えば次のような方法により合成される。前記の有機顔料を濃硫酸、発煙硫酸、クロロスルホン酸、またはこれらの混合液などに投入してスルホン化反応を行う。得られた反応液を水で希釈し、場合により金属アルカリ水溶液またはアミン水溶液で中和する。このようにして得られた懸濁液をろ過した後に水系の洗浄液で洗浄し、乾燥する。
【0028】
上記の合成過程で中和を行う場合、金属アルカリ水溶液もしくはアミン水溶液を用いるが、好ましくはアミン水溶液を用いるほうが良い。インクジェットプリンター用インク組成物として金属アルカリを含有していると、基材にインク滴を付着させて溶媒を揮発させた後も金属アルカリ成分が基材に残留する。この場合、基材が再び水に濡れると、残留した金属アルカリ成分が着色した部分の親水性を高め、滲みを生じやすくするおそれがある。一方、アミンは揮発しやすいため、このような滲みが発生するおそれが小さい。
【0029】
中和に用いるアミン水溶液としてはアンモニア、モノエタノールアミン、トリエタノールアミン、テトラメチルアンモニウムヒドロキシドなどの水溶液を用いることができる。本発明では特にこれらに限定されずに種々のアミン水溶液を使用することができるが、アンモニアの使用がその揮発のしやすさから好ましい。
【0030】
本発明に用いられる(B)スルホン酸基が導入された顔料誘導体の、1分子あたりのスルホン酸の平均導入数は、好ましくは1個〜4個、より好ましくは1.1個〜3個である。スルホン酸の導入数が少なすぎると、顔料粒子間の静電反発力が弱くなり、分散が不安定化する場合がある。スルホン酸の導入数が多すぎると、水への溶解性が高すぎて分散不安定化する場合がある。
【0031】
本発明において、(A)有機顔料と(B)スルホン酸基が導入された顔料誘導体との混合比は、重量比で有機顔料:スルホン酸基が導入された顔料誘導体=50〜99:50〜1、好ましくは60〜97:40〜3、より好ましくは70〜95:30〜5で混合される。顔料誘導体の量が少なすぎれば顔料分散安定化効果が発揮されず、逆に顔料化誘導体の量が多すぎれば、色調が好ましくないほど変化する可能性が生じる。
【0032】
本発明の水性顔料分散液は、(C)(メタ)アクリルアミド基、エポキシ基と芳香環を有するビニルモノマーで構成される水溶性ビニルポリマーを必要とする。このポリマーは、それぞれの官能基を有するビニルモノマーを共重合して合成することができ、これらの官能基を有していればよく、(メタ)アクリルアミド基、エポキシ基、芳香環の結合位置等は特に限定されない。ここで水溶性ビニルポリマーとは、インク組成物中に含まれる水溶性有機溶媒を含む水系溶媒に完全に溶解している状態のものを指す。
【0033】
(メタ)アクリルアミド基を有するビニルモノマーとしては、ノニオン性の(メタ)アクリルアミド系モノマーであり、N, N−ジメチル(メタ)アクリルアミド、N, N−ジエチル(メタ)アクリルアミド、N, N−ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド、N, N−ジメチルアリールアミンなどを用いることができる。これらは単独で、または2種以上で混合して用いることができる。
【0034】
エポキシ基を有するビニルモノマーとしては、グリシジル(メタ)アクリレート、テトラフルフリル(メタ)アクリレートを用いることができる。これらは単独で、または2種以上で混合して用いることができる。
【0035】
芳香環含有ビニルモノマーとしては、スチレン、α−メチルスチレン、ベンジル(メタ)アクリレート、ビニルトルエン、ビニルビフェニル、フェノキシエチル(メタ)アクリレートなどが用いられる。これらは単独で、または2種以上で混合して用いることができる。
【0036】
上記の(メタ)アクリルアミド基、エポキシ基、芳香環含有モノマーを共重合することにより本発明の水溶性ビニルモノマーは合成されうるが、これら以外に、例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、n−ブチル(メタ)アクリレート、t−ブチル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、(イソ)オクチル(メタ)アクリレートなどの(メタ)アクリル酸エステル類などを本発明の課題を解決できる範囲内で共重合させることもできる。
【0037】
なお、(メタ)アクリルアミド基の含有量は、吐出信頼性、分散安定性、水溶性の観点から通常30モル%以上75モル%以下、好ましくは40モル%以上70モル%以下の範囲で用いられる。
【0038】
上記した各モノマーを用いた水溶性ビニルポリマーは、バルク重合法、溶液重合法、乳化重合法、懸濁重合法などにより重合される。以下に溶液重合法による製造方法を示す。
【0039】
重合溶媒としては、メタノール、エタノール、n−プロパノールなどのアルコール、アセトン、ブタノン、メチルエチルケトンなどのケトン類、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル、エチレングリコールジアルキルエーテルなどのエーテルなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0040】
上記した各モノマーから水溶性ビニルポリマーを重合する際に、重合開始剤を用いてもよい。好ましい重合開始剤としては、2, 2’−アゾビスイソブチロニトリル、2, 2’−アゾビス(2, 4−ジメチルバレロニトリル)、ジメチル−2, 2’−アゾビスブチレートなどのアゾ化合物が挙げられる。重合開始剤の量は、モノマー混合物1モル当たり、0.001〜3モル、好ましくは0.01モル〜2モルである。
【0041】
モノマーの重合条件は、使用するラジカル重合開始剤、モノマー、溶媒の種類によって異なる。一般的に、上記重合開始剤を用いる場合、重合温度は好ましくは30〜100℃、より好ましくは50〜80℃である。重合雰囲気は、不活性ガス下であることが望ましい。
【0042】
本発明で用いる水溶性ビニルポリマーの重量平均分子量は、10000から300000、好ましくは30000から200000、より好ましくは40000から100000である。重量平均分子量が小さすぎれば定着性が不良となり、重量平均分子量が大きすぎれば吐出特性が不良となる。
【0043】
本発明において、上記の水溶性ビニルポリマーの重量平均分子量は、溶媒としてテトラヒドロフランを用い、ゲルパーミエーションクロマトグラフ(GPC)によって測定し、ポリスチレン換算で求めることができる。測定機器は特に限定されないが、島津製作所(株)製Waters2690などが挙げられる。
【0044】
本発明で、(A)有機顔料と(B)スルホン酸基が導入された顔料誘導体と(C)(メタ)アクリルアミド基、エポキシ基と芳香環を含有する水溶性ビニルポリマーの混合比は、(A)有機顔料と(B)スルホン酸基が導入された顔料誘導体を色素固形分とすると、重量比で色素固形分:(C)水溶性ビニルポリマー=3〜9:7〜1、好ましくは4〜8:6〜2、より好ましくは5〜7:5〜3で混合される。色素固形分の量が少なすぎればインクの着色力が低下し、逆に着色固形分の量が多すぎれば、紙への定着性が不良となる。
【0045】
本発明では(E)水溶性有機溶媒は水系顔料分散液の表面張力を調節するために用いられる。使用される水溶性有機溶媒の比誘電率は5〜200、好ましくは10〜100である。水溶性有機溶媒の比誘電率が小さすぎると、水性顔料分散液の比誘電率も小さくなるために、顔料粒子間の静電反発力が弱くなり、分散安定性が低下する。
【0046】
水溶性有機溶媒の好ましい例としては、エーテル類、アルコール類、エーテルアルコール類、エステル類、ケトン類などの種々のものを使用することができ、例えばジエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、トリエチレングリコール、グリセリン、γ−ブチロラクトン、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチエルスルホキシド、炭酸エチレン、炭酸プロピレン等が挙げられる。
【0047】
本発明において、(D)水と(E)水溶性有機溶媒との混合比は重量比で、水:水溶性有機溶媒=95〜50:5〜50、好ましくは90〜60:10〜40である。水溶性有機溶媒の混合比が少なすぎると、表面張力を所望の値に調整するのが困難であり、逆に混合比が多すぎると顔料の分散安定性を低下させる場合がある。
【0048】
本発明において、水性顔料分散液の25℃における表面張力は60mN/m以下、好ましくは50mN/m以下であることが望ましい。表面張力が60mN/mより大きいと、顔料および顔料誘導体の水への濡れ性が低下し、粗大粒子が残りやすい。また、表面張力が50mN/mより大きいと、分散機の分散エネルギーを均一に顔料粒子に伝達するのが難しくなる。そうすると顔料粒径の均一な顔料分散液を得ることが困難となり、インクの吐出特性が不良となる。一方、水性顔料分散液の25℃における表面張力は、好ましくは25mN/m以上である。水性顔料分散液の表面張力が小さすぎると、インク組成物の表面張力も小さくなるため、インクの紙への浸透性が高くなり滲みの原因となる場合がある。
【0049】
本発明の水性顔料分散液の表面張力を調整する方法としては、水溶性有機溶媒を混合する以外に、水溶性ビニルポリマーの添加量を調節したり、界面活性剤を添加する方法等が挙げられる。しかし、表面張力の調製のしやすさを考慮すると水溶性有機溶媒を添加することが好ましい。
【0050】
本発明の水性顔料分散液において、スルホン酸基が導入された顔料誘導体を合成する際に、硫酸イオンがこれらの化合物に混入する場合がある。硫酸イオンには静電反発力を低下させ顔料凝集を引き起こす作用があるため、この混入量をできる限り減少させる方がよい。(A)有機顔料と(B)スルホン酸基が導入された顔料誘導体を有する色素固形分の濃度が、水性顔料分散液全体量に対し4重量%のときの硫酸イオン濃度は、好ましくは50ppm以下、より好ましくは20ppm以下、さらに好ましくは10ppm以下である。硫酸イオン濃度が50ppmより高いと顔料分散液の分散状態が不安定化し、硫酸イオン濃度が20ppmより高いと顔料分散液の高温における分散安定性が悪くなる場合がある。また硫酸イオン濃度の下限は、好ましくは0.1ppmである。例えば、透析により硫酸イオン濃度を0.1ppmより小さくしようとすると、透析を繰り返す回数が非常に増大し、透析膜の目詰まりが起きるおそれが大きくなる。
【0051】
本発明の水性顔料分散液は、色素固形分濃度に比例して硫酸イオン濃度が増大する。そのため水性顔料分散液の色素固形分が、水性顔料分散液全体量に対し4重量%より少ない場合は換算して硫酸イオン濃度を算出することができる。例えば、水性顔料分散液の色素固形分濃度が1重量%の場合は、測定で得られた値を4倍することで、4重量%における硫酸イオン濃度を算出することができる。
【0052】
水性顔料分散液の色素固形分が水性顔料分散液全体量に対し4重量%より多い場合は、水性顔料分散液をイオン交換水で希釈することで色素固形分の濃度を4重量%とし、硫酸イオン濃度を測定する。
【0053】
本発明において、水性顔料分散液のpHは1.5〜6.5、より好ましくは2〜6である。顔料誘導体中に導入されたスルホン酸基が多いほど、顔料誘導体は水に溶解しやすいが、分散液を酸性状態にすることによって、2個以上のスルホン酸基が導入された顔料誘導体を水へ不溶化することができる。これにより、誘導体に2個以上のスルホン酸基を有する顔料誘導体も、スルホン酸基1個のみ有する顔料誘導体と同様に水に溶解せずに顔料表面に吸着し、顔料の分散安定化に寄与することが可能となる。一方、上記の範囲を超える酸性では、水性顔料分散液を希釈して製造するインクジェットプリンター用インク組成物を適正なpH範囲に収めることが困難となる。
【0054】
なお、水性顔料分散液中の硫酸イオン濃度を低下させるためには、原料となる(A)有機顔料、(B)スルホン酸基が導入された顔料誘導体、(C)(メタ)アクリルアミド基、エポキシ基と芳香環を含有する水溶性ビニルポリマー、(D)水、(E)水溶性有機溶媒のそれぞれに含まれる硫酸イオン濃度が低いことが好ましい。
【0055】
本発明で用いる(D)水としては、例えばイオン交換水や蒸留水などの硫酸イオンを除去したものを使用することができる。
【0056】
本発明で用いられる(A)有機顔料としては、例えばイオン交換水や蒸留水などで洗浄することで十分に硫酸イオンを洗浄したものを用いることが好ましい。有機顔料は水との親和性が低いために、公知の水洗ろ過などの方法で容易に硫酸イオンを除去することが可能である。
【0057】
本発明で用いられる(B)スルホン酸基が導入された顔料誘導体中には、スルホン化反応後に原料となる硫酸イオンが大量に混入する。顔料誘導体中から硫酸イオンを除去するためには、透析あるいはイオン交換樹脂を用いた手法が挙げられる。特に透析は顔料誘導体と水と硫酸イオンを有するスラリーから、透析膜を通して水と硫酸イオンを取り除き、取り除いた量と同量のイオン交換水を添加するので、効果的に硫酸イオンを除去することが可能である。効率よく硫酸イオンを除去するためには、透析有効面積が大きい中空糸膜を用いることが好ましい。中空糸膜の材質としては、ポリスルホン、ポリメチルメタクリレート、ポリアクリロニトリルなどを使用することができる。
【0058】
本発明の水性顔料分散液を得るための分散機としては、サンドミル、ボールミル、ビーズミル、3本ロールミル、アトライターなどを用いる方法が好ましく採用される。メディアを使用する分散では、ジルコニアビーズ、アルミナビーズ、ガラスビーズなどを用いることができる。
【0059】
本発明の水性顔料分散液において、(A)有機顔料と(B)スルホン酸基が導入された顔料誘導体を有する色素固形分の水性顔料分散液全体に対する濃度は、8〜20重量%、好ましくは10〜16重量%である。濃度が小さすぎると分散液の製造効率が低くコストがかさむ。一方濃度が高すぎると分散状態を安定化させることが非常に困難となる。
【0060】
本発明において、水性顔料分散液中の顔料の算術平均粒径は5〜200nm、好ましくは10〜100nmの範囲にあることが好ましい。粒径が大きすぎるとインクジェットノズルの目詰まりを引き起こす可能性が高くなる。一方、粒径が小さすぎると、顔料の比表面積が大きくなりすぎ、顔料の分散状態が不安定化しやすくなる場合がある。
【0061】
また、顔料の最大粒径は5μm以下、好ましくは1μm以下、より好ましくは0.5μm以下であることが望ましい。顔料の最大粒径が大きいと、顔料がインク吐出口につまり、ノズルの目詰まりを引き起こす可能性が高くなる。
【0062】
本発明の水性顔料分散液の顔料分散性は、顔料分散液のCasson降伏値を測定することにより評価することができる。Casson降伏値は好ましくは1×10−2Pa以下、より好ましくは1×10−3Pa以下である。この範囲にあると、顔料の分散性は安定であるといえる。
【0063】
本発明の水性顔料分散液の粘度は5〜50mPa・sの範囲にあることが好ましい。この範囲にあるとインク吐出に適当な粘度のインク組成物を作製することが容易となる。
【0064】
本発明では、(A)有機顔料と(B)スルホン酸基が導入された顔料誘導体を有する色素固形分がインク組成物全体量に対し、1〜16重量%、好ましくは2〜8重量%含有されていることが好ましい。インク組成物中に当該色素固形分が少なすぎると着色力が小さくなり良好な描画ができなくなる。また、当該色素固形分が多すぎるとインクジェットノズルで目詰まりを起こす可能性が高くなる。
【0065】
次に、本発明の水性顔料分散液を用いたインク組成物について説明する。上記のように、得られた水性顔料分散液を水で希釈し、以下に示すような添加物を加えることによってインク組成物が得られる。
【0066】
本発明のインク組成物をインクジェットプリンターに用いる場合には、インク組成物の粘度が10mPa・s以下、好ましくは5mPa・s以下であることが好ましい。粘度が大きいと適当なサイズのインク滴を発生させてそれをとばすことが困難になる。
【0067】
本発明のインク組成物には、印画の光沢を向上させるために、(C)(メタ)アクリルアミド基、エポキシ基と芳香環を含有する水溶性ビニルポリマー以外の水溶性ポリマーをブレンドして含有させることができる。ブレンド可能な水溶性ポリマーとしては、酢酸ビニル系、ポリエステル系、ポリウレタン系などの水溶性ポリマーが挙げられる。これらのポリマーをインクジェットプリンター用インク組成物中に含有させる場合には、(C)(メタ)アクリルアミド基、エポキシ基と芳香環を含有する水溶性ビニルポリマー量に対し、1〜50重量%含有される。量が少なすぎると、印画の光沢を向上させる効果が得られない。一方、量が多すぎると、インク組成物の粘度を増大させたり、顔料の分散状態の不安定化を引き起こしたり、紙への定着性を低下させるおそれがある。
【0068】
本発明のインクジェットプリンター用インク組成物には、インクジェットノズル部分でインク組成物が乾燥することを防止したり、インク組成物の基材への塗れ性や浸透性を改善する目的で、水溶性の有機溶媒を含有させることができる。使用される有機溶媒の例としては、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテルなどのグリコールエーテル類、エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、トリエチレングリコール、グリセリンなどの多価アルコール類、γ−ブチロラクトンやN−メチル−2−ピロリドン、ジメチエルスルホキシドなどの非プロトン性極性溶媒のほか、アセチレングリコール類、アセチレンアルコール類、アルキレングリコール類などが挙げられる。これらの水溶性有機溶媒の量は、インクの全溶媒に対し、50重量%以下に抑えられる。50重量%を越えて水溶性有機溶媒を含有させた場合、顔料の分散状態が不安定化するおそれがある。
【0069】
本発明のインクジェットプリンター用インク組成物には、カビや細菌の混入を防止する目的で防腐剤を添加することができる。ジンクピリジンチオン−1−オキサイド、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン、1−ベンズイソチアゾリン−3−オンのアミン塩などを好適に用いることができる。これらは、インク組成物中に0.05〜1重量%含有される。これらの添加量が少ないとカビや細菌の混入防止効果が発揮されず、添加量が多すぎると顔料の分散状態の不安定化を引き起こす可能性が生じる。
【0070】
本発明のインクジェットプリンター用インク組成物のpHは、5〜10、好ましくは6〜9の範囲にあることが望ましい。この範囲にあれば人体に触れた場合でも大きな障害を及ぼすおそれが小さい。インクジェットプリンター用インク組成物のpHはアンモニア、有機アミンなどのpH調整剤やリン酸などの緩衝液を用いて適宜調整することができる。
【0071】
本発明のインク組成物には、表面張力の調整や基材への浸透性の改善のためにアニオン性、カチオン性、ノニオン性、両性の界面活性剤を添加することができ、泡の発生を防止するために消泡剤を添加してもよい。
【0072】
本発明のインク組成物を用いて紙に描画した画像は、紙や光沢紙への定着性に優れる。本発明のインク組成物はインクジェットプリンターなどのカラー印刷を行う広範な分野で利用できる。
【実施例】
【0073】
以下、好ましい実施態様を用いて本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0074】
実施例中の顔料誘導体の分子あたりのスルホン酸基導入数、紙への定着性の評価は以下の方法で行った。
【0075】
<測定方法>
顔料誘導体の1分子あたりのスルホン酸基導入数の測定
m−ニトロベンジルアルコールをマトリックスとして用い、高速原子衝撃イオン化法質量分析装置(日本電子(株)製JMS−SX102A)を使用して顔料誘導体の負イオン測定を行った。測定はイオン化により生成したイオンの質量(m)と電荷(z)の比(m/z)で10〜2000の範囲で行い、得られたm/zの強度から顔料誘導体のスルホン酸基導入数を算出した。
【0076】
紙への定着性の評価
インク組成物をピエゾ方式インクジェットプリンター(セイコーエプソン(株)製“カラリオ”PX−V600(商品名))のインクカートリッジにつめて、光沢紙(キヤノン(株)製“スーパーフォトペーパー”SP−101(商品名))に印字し、50mm×50mmのベタ画像を得た。室温で24時間放置後に幅15mmのセロハンテープ(ニチバン(株)製LP−15(商品名))を長さ30mmにわたって画像上に貼り付けた。1分後にセロハンテープを剥離し、剥離後のテープを目視で観察し、セロハンテープにインクが付着している場合を×、セロハンテープにインクが付着しているが、ごくわずかである場合を△、セロハンテープにインクが付着していない場合を○とした。
【0077】
水溶性ビニルポリマーの分子量の測定
溶媒としてテトラヒドロフランを用い、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(島津製作所(株)製Waters2690)によって、ポリスチレン換算で重量平均分子量を求めた。
【0078】
実施例1
PB15:3(クラリアント社製“ホスタパーム”ブルーB2G、銅フタロシアニン)60gを攪拌しながら70℃に加熱した発煙硫酸(28%SO)780g中に投入した。3時間攪拌した後、氷1500g上に加えた。30分間放置後、生じた懸濁液を濾過し、得られた生成物を300mlの純水で洗浄した。純水2000ml中へ前記生成物を投入し、アンモニア水溶液で中和(pHが7以上になるまでアンモニア水溶液を添加)し、濾過を行った。得られたウェット結晶を純水で洗浄した後、80℃で乾燥した。乾燥して得られたものを純水による洗浄、濾過、乾燥という操作を10回繰り返して、69gのPB15:3にスルホン酸が導入された誘導体(以下スルホン化誘導体という)を得た。
【0079】
次に、50gのPB15:3スルホン化誘導体と5Lのイオン交換水を混合することで硫酸イオンを含むスラリーを作製し、ポリメチルメタクリレート透析モジュール(東レ(株)製“フィルトライザー”B3−20A(商品名))を用いて透析を行った後に乾燥して、PB15:3スルホン化誘導体透析物を得た。
【0080】
PB15:3スルホン化誘導体透析物をポリエチレンの容器に入れ、液体窒素中で凍結し、固化物を粉砕して真空乾燥を行った。真空乾燥処理後に上記の測定方法に従って、PB15:3スルホン化誘導体透析物の負イオン測定を行った。PB15:3にスルホン酸基が1個導入されたことを示すm/z=654のピーク、2個導入されたことを示すm/z=734のピーク、3個導入されたことを示すm/z=814のピークが観測された。これらのピーク強度比より、全誘導体中で、スルホン酸基が1個導入された誘導体は6%、2個導入された誘導体は71%、3個導入された誘導体は23%と算定された。
【0081】
次に、本発明で用いる水溶性ビニルポリマーを作製した。反応容器にジムロート冷却管を装着し、窒素ガス置換を十分に行った後、反応容器内に、メチルエチルケトン75重量部、ジメチルアクリルアミド15重量部、グリシジルメタクリレート6重量部、ベンジルメタクリレート4重量部、アゾビスイソブチロニトリル0.3重量部を仕込み、混合溶液を得た。窒素雰囲気下、反応容器内の反応溶液を攪拌しながら65℃まで昇温し、2時間重合させ、(メタ)アクリルアミド基、エポキシ基、芳香環を有する水溶性ビニルポリマー溶液を得た。
【0082】
得られた水溶性ビニルポリマーの一部を、減圧下、90℃で2時間乾燥させ、溶媒を除去することで粗ポリマー乾燥物を得た。上記の測定方法により重量平均分子量を測定したところ、69900であった。
【0083】
得られた水溶性ビニルポリマーをトリエチレングリコールモノブチルエーテルに溶解させ、25重量%の濃度に調製した。水溶性ビニルポリマーは、トリエチレングリコールモノブチルエーテルに完全に溶解していた。
【0084】
128gのPB15:3と32gのPB15:3スルホン化誘導体透析物、320gの濃度25重量%の上記ポリマー溶液を80gのトリエチレングリコールモノブチルエーテルとともにイオン交換水460gと混合し、ホモディスパーで攪拌してスラリーを作製し、水性シアン顔料分散液1を得た。31.4gの水性シアン顔料分散液1にイオン交換水53.7g、グリセリン12g、エチレングリコール2.8g、トリエタノールアミン0.2gを加えシアンインク組成物1を作製した。用いた水溶性ビニルポリマーはインク組成物中に完全に溶解していた。得られたシアンインク組成物の、紙への定着性評価を行った。結果を表1に示す。
【0085】
実施例2〜4及び比較例1〜3
実施例2〜4及び比較例1〜3で用いるビニルポリマーを、表1に示されたビニルモノマー組成に換えて実施例1と同様に作製し、ポリマー溶液を得た。得られた各水溶性ビニルポリマーを用いる以外は実施例1と同様の操作を行い、インク組成物を調製した。実施例2〜4、比較例1〜2で用いたポリマー溶液は、インク組成物中に完全に溶解していた。一方、比較例3で用いたポリマーは、トリエチレングリコールモノブチルエーテルへの溶解が困難であり、また比較例3のポリマーが完全に溶解したインク組成物を得ることはできなかった。
【0086】
実施例2〜4、比較例1〜2で得られた水性顔料分散液およびインク組成物について、紙への定着性評価を行った。実施例2、3はいずれもテープへのインクの付着は見られなかった。実施例4はテープへのインクの付着が見られたものの、ごくわずかであった。比較例1〜2にはテープへのインクの付着が多く見られた。
【0087】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)有機顔料、(B)該有機顔料にスルホン酸基が導入された顔料誘導体、および/または該有機顔料が有する化学構造の一部と同一の化学構造を有する顔料にスルホン酸基が導入された顔料誘導体、(C)(メタ)アクリルアミド基、エポキシ基と芳香環を含有する水溶性ビニルポリマー、(D)水、および(E)水溶性有機溶媒を含有する水性顔料分散液。
【請求項2】
(C)ビニルポリマーに含まれる(メタ)アクリルアミド基の量が30モル%以上75モル%以下である請求項1記載の水性顔料分散液。
【請求項3】
請求項1または2記載の水性顔料分散液を含有するインク組成物。