説明

水溶性ダイカスト用離型剤及びその製造方法

【課題】金属石鹸を分散させたエマルション系の水溶性ダイカスト用離型剤及びその製造方法の提供。
【解決手段】ステアリン酸塩、シリコーンオイル及びステアリン酸塩を除く界面活性剤を含む水溶性ダイカスト用離型剤であり、当該水溶性ダイカスト用離型剤の製造方法は、シリコーンオイル及び界面活性剤を40℃〜70℃に加熱した水と混合する工程、前記混合液が乳化するまで撹拌する工程及び乳化した混合液にステアリン酸塩を添加する工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性ダイカスト用離型剤及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイカスト法は、鋳造法の一つで、精密な金型、それを開閉する装置及び溶融金属を該金型に高温で高圧注入する装置を用いて、高精度の鋳造製品を連続的に、かつ大量に製造する方法である。この方法は、一般にエンジン等の自動車関連部品の製造において使用されている。
【0003】
ダイカスト法では、溶湯による金型の焼付けを防止すると共に、製品成型後に金型からの剥離を容易にするため離型剤が用いられる。この離型剤には、水溶性離型剤と非水溶性(固体)離型剤が知られているが、発煙や引火性の危険性が少ない等の安全面の理由から一般には水溶性離型剤が多用されている。水溶性離型剤は、通常、基材としての水に、シリコーンオイル、並びに乳化剤及び潤滑剤等として機能する界面活性剤を含有するものが使用される。シリコーンオイルは、耐熱性、潤滑性、保温性、耐薬性、消泡性及び撥水性等の様々な特性を有する液体で、金型の溶湯による焼付けを防止する作用がある他、表面張力が小さく広がり易いために金型の細部に至るまで油膜を形成できる。また、有機高分子との親和性が小さいため離型性及びその持続性にも優れている。さらに、化学的に不活性であるため溶湯と化学反応を起こさず、成型品を汚さない利点を有する。それ故、シリコーンオイルは、水溶性ダイカスト用離型剤の基礎成分として最も広く利用されている。
【0004】
ところで、潤滑性に優れた物質としてステアリン酸等の高級脂肪酸と金属イオンが結合した金属石鹸がある。金属石鹸は、この性質を利用して潤滑剤等に利用されている。したがって、水溶性ダイカスト用離型剤に金属石鹸を添加すれば、潤滑性能をより向上させることができると考えられる。しかし、金属石鹸は、一般的なエマルション系の水溶性ダイカスト用離型剤に対して溶解性及び分散性が非常に悪く、微粒子状態で安定的に分散させるのは非常に困難であるという問題があった。
【0005】
特許文献1では、金属石鹸を含有するエマルション系の水性離型剤が開示されている。この水性離型剤では、ポリカルボン酸等のイオン的反発効果を有する分散剤を使用しており、これにより金属石鹸も添加が可能となっている。しかし、分散剤の使用は、ガスが発生しやすくなるため離型剤として好ましくない。
【0006】
一方、特許文献2及び3では、金属石鹸を離型剤に使用する例として粉末離型剤を開示している。しかし、当該離型剤は、粉末状又は顆粒状の無機化合物を当該無機化合物で被覆してなる又は粉末状若しくは顆粒状の有機化合物(金属石鹸を含む)と混合してなる非水溶性離型剤であり、金属石鹸を水溶性離型剤中に分散させたものではない。また、このような粉末状又は顆粒状の非水溶性離型剤は、金型のキャビティ面に薄く均一に供給することが困難であり、離型剤の濃度調整が困難という問題もある。
【0007】
したがって、前記分散剤を使用せずに金属石鹸を分散させることのできるエマルション系の水溶性ダイカスト用離型剤の例はこれまでなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−15366
【特許文献2】特開平4−279242
【特許文献3】特開平4−279243
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、金属石鹸を分散させることで潤滑性能を向上させたエマルション系の水溶性ダイカスト用離型剤及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記問題を解決するため本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、金属石鹸をエマルション中に安定して分散させることのできる水溶性ダイカスト用離型剤の製造方法を開発することに成功した。また、前記特許文献2によれば、金属石鹸の中でもカルボン酸塩が望ましい旨が記載されているが、本発明者らは、水溶性ダイカスト用離型剤に用いる場合には、カルボン酸塩の中でも特にステアリン酸塩を含有する離型剤の方が優れた潤滑特性を有し、上記課題を解決できることを見出した。本発明は、前記知見等により到達したものであり、即ち、以下を提供することである。
【0011】
(1);(a)ステアリン酸塩を除く界面活性剤及びシリコーンオイルを40℃〜70℃に加熱した水と混合する工程、(b)前記混合液が乳化するまで撹拌する工程、及び(3)乳化した混合液にステアリン酸塩を添加する工程を含む水溶性ダイカスト用離型剤の製造方法。
(2);前記(a)の工程における水温が45℃〜60℃である、(1)に記載の製造方法。
(3);界面活性剤がアニオン性界面活性剤又はノニオン性界面活性剤である、(1)又は(2)に記載の製造方法。
(4);前記(b)の工程の混合液の温度を40℃〜70℃で保持する、(1)〜(3)のいずれかに記載の製造方法。
(5);水を前記(b)及び/又は(c)の工程で追加する、(1)〜(4)のいずれかに記載の製造方法。
(6);水が軟水である、(1)〜(5)のいずれかに記載の製造方法。
(7);ステアリン酸塩、シリコーンオイル及び界面活性剤を含む水溶性ダイカスト用離型剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、金属石鹸類を分散した水溶性ダイカスト用離型剤及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の水溶性ダイカスト用離型剤等の顕微鏡写真
【図2】各種金属石鹸を用いた水溶性ダイカスト用離型剤の滑り試験の結果
【図3】ステアリン酸カルシウムにおける水溶性ダイカスト用離型剤の滑り試験の結果
【図4】ステアリン酸ナトリウムにおける水溶性ダイカスト用離型剤の滑り試験の結果
【図5】ダイカスト工程における本発明の水溶性ダイカスト用離型剤の潤滑性能
【発明を実施するための形態】
【0014】
<実施形態1> 水溶性ダイカスト用離型剤
一の実施形態において、本発明はステアリン酸塩、シリコーンオイル及びステアリン酸塩を除く界面活性剤を含む水溶性ダイカスト用離型剤である。
【0015】
「ステアリン酸塩」は、金属石鹸の一種であり、例えば、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸アルミニウム、ステアリン酸ナトリウム等が挙げられる。本発明においてはステアリン酸塩の種類は特に問わない。また、複数種のステアリン酸塩の混合物であってもよい。
【0016】
本発明において、ステアリン酸塩は、最終結果物である水溶性ダイカスト用離型剤に対して通常0.2重量%〜5.0重量%の範囲内で含有される。好ましい含有量は0.5重量%〜3.5重量%の範囲内、より好ましい含有量は1.0重量%〜3.0重量%の範囲内である。
【0017】
本発明の水溶性ダイカスト用離型剤において、ステアリン酸塩は、5〜15μmの粒径を有する微粒子の状態で、界面活性剤の乳化作用によってシリコーンオイルと媒体(主として水)が乳化したエマルション中に分散して存在する。図1で示すように、本発明の水溶性ダイカスト用離型剤(図1a)は、顕微鏡での観察によって、ステアリン酸塩が十分に分散していない従来方法の水溶性ダイカスト用離型剤(図1b)とは容易に区別することができる。
【0018】
「シリコーンオイル」は、前述のように、当該分野で周知の液体であり、耐熱性、耐寒性、耐薬性、潤滑性、消泡性及び撥水性等の様々な特性を有する。シリコーンオイルには、メチル基、フェニル基及び水素原子を置換基として結合したストレートシリコーンオイル、並びにストレートシリコーンオイルから二次的に誘導される変性シリコーンオイルが知られるが、本発明ではいずれのシリコーンオイルを用いることもできる。
【0019】
本発明において、シリコーンオイルは、最終結果物である水溶性ダイカスト用離型剤に対して通常3.0重量%〜18.0重量%の範囲内で含有される。好ましい含有量は5.0重量%〜15.0重量%の範囲内、より好ましい含有量は8.0重量%〜12.0重量%の範囲内である。
【0020】
「界面活性剤」の種類は、ステアリン酸塩以外であって、HLB(Hydrophile-Lipophile Balance)値が6〜16あれば、特に限定されない。好ましくは、ステアリン酸塩以外のアニオン性界面活性剤又はノニオン性界面活性剤である。「アニオン性界面活性剤」には、例えば、モノアルキル硫酸塩、モノアルキルリン酸塩若しくはアルキルベンゼンスルホン酸塩、又はそれらの混合物が挙げられる。「ノニオン性界面活性剤」には、脂肪酸ソルビタンエステル、アルキルポリグリコシド、アルキルモノグリセリルエーテル若しくは脂肪酸ジエタノールアミド、又はそれらの混合物が挙げられる。その他、本発明の効果を損なわない範囲で、脂肪酸ナトリウムを包含してもよい。
【0021】
本発明において、界面活性剤は、水溶性ダイカスト用離型剤に対して通常0.2重量%〜6.0重量%の範囲内で含有される。好ましい含有量は0.5重量%〜5.0重量%の範囲内、より好ましい含有量は1.0重量%〜3.5重量%の範囲内である。
【0022】
本発明の水溶性ダイカスト用離型剤は、本発明の効果を損なわない範囲において、必要に応じて添加剤、例えば、防腐剤、防錆剤又は潤滑剤を含むこともできる。防腐剤は、離型剤の長期保存による水性成分と油性成分の分離を防止する作用を有する。一例として、サンアイパック300K(三愛石油)が挙げられる。防錆剤は、金型及び/又は鋳造製品の酸化を防止する作用を有する。一例として、キレスライトW119-C(キレスト)が挙げられる。潤滑剤は、低温時等における水溶性ダイカスト用離型剤の潤滑性を向上させる又は潤滑性の低下を防止する作用を有する。例えば、鉱物油、天然ワックスが挙げられる。前記添加物は、その添加剤の特性に基づき必要に応じて適量を添加すればよい。具体的には、例えば、防腐剤であれば最終結果物である水溶性ダイカスト用離型剤に対して0.1±0.05重量%の範囲で、防錆剤であれば0.2重量%〜0.4重量%の範囲で、及び潤滑剤であれば0.5重量%〜2.0重量%の範囲で含有することができる。
【0023】
前記特許文献2及び3と異なり、無機化合物は、本発明の水溶性ダイカスト用離型剤において必須の構成成分ではない。しかし、例えば、前記防腐剤等として、必要であれば本発明の効果を損なわない範囲内で添加することができる。
【0024】
イオン的反発効果を有する分散剤は、前述のようにガスを発生する等の理由から水溶性ダイカスト用離型剤には好ましくはない。また、本発明の水溶性ダイカスト用離型剤であれば、そのような分散剤を使用せずともステアリン酸塩をエマルション中に分散することができる。したがって、本発明の水溶性ダイカスト用離型剤は、前記分散剤を含まなくともよい。しかし、より分散性を高める等の理由から、必要であれば、本発明の効果を損なわない範囲内でイオン的反発効果を有する分散剤を添加することもできる。
【0025】
本発明の水溶性ダイカスト用離型剤の基剤となる溶媒は水である。好ましくは硬度0〜120mg/ml、より好ましくは硬度0〜100mg/ml、さらに好ましくは硬度0〜80mg/mlの軟水である。軟水であれば、含有するカルシウムイオンやマグネシウムイオンの量が少なく、それらのイオンと界面活性剤との結合による金属石鹸の生成が生じない又は少ないからである。水に加えて、さらに他の溶媒、例えば、低級アルコールを含むこともできる。この場合、他の溶媒と水との混合比率は、溶媒総容量の70%以上が水であれば特に限定しない。例えば、水80%とエタノール20%の混合溶媒とすることができる。
【0026】
本発明の水溶性ダイカスト用離型剤は、前記界面活性剤の作用によりシリコーンオイルと水が乳化した状態にあり、前記ステアリン酸塩の微粒子がその乳化液中に分散した状態で存在する。
【0027】
本発明の水溶性ダイカスト用離型剤によれば、希釈率を上げても潤滑性を減じることない高潤滑性水溶性ダイカスト用離型剤を提供することができる。それ故、本発明の水溶性ダイカスト用離型剤によれば、従来の水溶性離型剤と比較して経済性の高い水溶性離型剤を提供することができる。
【0028】
<実施形態2> 水溶性ダイカスト用離型剤の製造方法
他の実施形態において、本発明は水溶性ダイカスト用離型剤の製造方法である。本発明の製造方法は、(a)混合工程、(b)乳化工程及び(c)添加工程を含む。以下、それぞれの工程について具体的に説明をする。
【0029】
(a)混合工程
「混合工程」とは、ステアリン酸塩を除く界面活性剤及びシリコーンオイルを40℃〜70℃の水と混合する工程である。
【0030】
本実施形態で使用するシリコーンオイル、界面活性剤及び水については定義、含有量、種類及び具体例等、いずれも前記実施形態1の記載に準ずるため、その説明は省略する。したがって、ここでは本工程に特徴的なものについて以下で説明をする。
【0031】
「混合する」とは、本発明の水溶性ダイカスト用離型剤の構成成分であるシリコーンオイル、ステアリン酸塩を除く界面活性剤及び水を一槽内に入れることをいう。これらの構成成分を混合した溶液を以下、「混合液」と呼ぶ。混合液には他の添加物、例えば、防腐剤、防錆剤又は潤滑剤(これらの定義、含有量、種類及び具体例等は、いずれも前記実施形態1の記載に準ずる)を添加してもよい。前記各構成成分を混合しながら又は混合した後に、混合液を撹拌することが好ましい。本工程における撹拌速度は、特に限定するものではなく、各構成成分をある程度混ぜることができれば足りる。撹拌方法は、次の乳化工程で詳述する方法に準じて行えばよい。この撹拌は、次の乳化工程まで間断なく続けることができる。
【0032】
本発明の製造方法における第1の特徴は、本工程で混合する水を40℃〜70℃の温度にしておくことである。溶媒である水を予め前記温度範囲内に保持しておくことで、次の乳化工程で混合液をより効率的かつ均一に乳化することが可能となる。40℃未満では各構成成分が凝集し易くなり、次の乳化工程において混合液の乳化が困難になり、また70℃を超えると離型剤が曇点に達して白濁してしまうからである。より好ましい水温は45℃〜60℃である。後述する実施例2及び図1で示すように、構成成分組成が同一であっても、例えば、30℃の水を使用し、かつ低速撹拌した場合(図1b)には、ステアリン酸カルシウム粒子を水溶性ダイカスト用離型剤中に安定的に分散させることはできない。
【0033】
本発明で使用する槽は、製造する水溶性ダイカスト用離型剤の分量に対して十分に大きなものであることが好ましい。これは、次の乳化工程において高速撹拌をする際に槽から混合液の溢れ出しが考えられるためである。必要な槽容量は、通常、製造する水溶性ダイカスト用離型剤の分量の1.5倍容量以上、好ましくは2倍容量以上、より好ましくは3倍容量以上である。槽に十分な大きさが確保できない場合には、例えば、本工程で加える水量を、本発明の水溶性ダイカスト用離型剤を製造する上で必要な全水量の50%〜80%とし、残量を以下の工程で追加するか、又は本工程で各構成成分を全て投入した後に密閉可能な槽を用いて撹拌することが好ましい。
【0034】
各構成成分の混合の順序は、シリコーンオイルと水が混合される前に界面活性剤が含まれていれば特に限定しない。好ましくはシリコーンオイル及び界面活性剤を混合した後に加熱した水を混合することである。これにより次の乳化工程において、より乳化し易くなる。
【0035】
(b)乳化工程
「乳化工程」とは、前記混合液が乳化するまで撹拌する工程である。本工程で、前記混合液が十分に混じり合い、界面活性剤の乳化作用によって混合液中の油溶性成分(例えば、シリコーンオイル)並びに水溶性成分及び水がミセルを形成し、分散状態となる。
【0036】
本発明の製造方法における第2の特徴は、次の添加工程でステアリン酸塩を添加する前に混合液を予め十分に乳化させておくことである。これにより次の添加工程で添加するステアリン酸塩粒子を混合液中に十分に分散させることが可能となる。
【0037】
本工程の撹拌方法は、当該分野で公知の方法を用いればよい。例えば、混合液の回転、往復及び/又は反転による方法等が挙げられる。本工程で使用する槽自体に撹拌装置が設置されていてもよい。一般的には、撹拌棒、撹拌器等の回転による撹拌が好ましく用いられる。
【0038】
本工程では、十分に乳化したエマルションを得るために、混合液を高速で撹拌することが好ましい。高速撹拌を行う上で好適な方法は、撹拌器等を用いた回転による撹拌である。一例として、直径800mm容量200Lの円筒状槽を撹拌槽として使用する場合であれば、撹拌の回転速度は500rpm〜3000rpmの回転速度で行えばよい。回転による撹拌は、順回転だけでもよいが、乳化を促進するために所定の時間間隔で順逆回転を繰り返してもよい。
【0039】
前述のように、撹拌は前記混合工程から連続して行うことができる。この場合、必要であれば、本工程で撹拌速度を高く変化させることができる。例えば、混合工程で低速回転により撹拌していた場合、本工程で高速回転に切り替えてもよい。また、混合工程における撹拌方法と本工程における撹拌方法を変更しても問題はない。
【0040】
本工程の期間、撹拌中の混合液の温度を40℃〜70℃に維持するために、混合液を加熱することが好ましい。加熱方法は、当該分野で公知の方法を用いればよく、特に限定はしない。例えば、槽にヒーターのような加熱ユニットを設置して槽自体を加熱してもよいし、加熱した媒体(金属棒等)を槽内の混合液中に挿入してもよい。
【0041】
前述のように、混合工程において本発明の水溶性ダイカスト用離型剤を製造する上で必要な水量を分割して使用した場合には、残りの水量の全て又は一部を本工程で追加することができる。このとき水温は、混合工程と同様の理由から40℃〜70℃に保持されていることが好ましい。なお、使用する水については混合工程と同様の理由から軟水が好ましい。なお、追加する水と同時に又は独立に他の添加物、例えば、防腐剤、防錆剤又は潤滑剤(これらは、実施形態1の記載に準ずる)を本工程で添加してもよい。
【0042】
撹拌時間は、原則として混合液の乳化が完了するまで行う。乳化完了の判断は、顕微鏡検査により所定の粒子サイズに達しているか否かで判断すればよい。所定の粒子サイズは適宜定めればよく、特に限定はしない。
【0043】
本工程は、混合液の乳化が完了した時点までであるが、撹拌自体は、次の添加工程に移行するまで間断なく続けることができる。この場合、本工程完了後、撹拌の速度を下げてもよい。
【0044】
(c)添加工程
「添加工程」とは、乳化した混合液にステアリン酸塩を添加する工程である。本工程は、乳化した混合液中にステアリン酸塩を分散させて本発明の水溶性ダイカスト用離型剤を生成することを目的とする。
【0045】
本実施形態で使用する「ステアリン酸塩」については定義、含有量、種類及び具体例等、いずれも前記実施形態1の記載に準ずるため、その説明は省略する。したがって、ここでは本工程に特徴的なものについて以下で説明をする。
【0046】
「乳化した混合液」とは、前記乳化工程において混合液の乳化が完了した後の混合液をいう。乳化工程後の混合液であって、乳化状態が維持されていればよい。例えば、乳化状態が維持されている限り、乳化工程後及び本工程間に他の工程が存在し、混合液にさらなる処理が加えられていても構わない。
【0047】
本工程では、乳化した混合液にステアリン酸塩を添加しながら又は添加した後に混合液を撹拌することを要する。ステアリン酸塩を乳化工程後の混合液に分散させるためである。本工程における撹拌は、前記乳化工程に記載の撹拌方法、撹拌時間及び撹拌条件に準じて行えばよい。ただし、本工程では乳化工程で好適に使用される高速撹拌は特に必要ではない。通常は、乳化工程の1/10程の低速撹拌で足りる。ステアリン酸塩を乳化した混合液に分散させれば十分だからである。したがって、回転による撹拌を行うのであれば、例えば、前記のように、直径800mm、容量200Lの円筒状槽を撹拌槽として使用する場合であれば、50rpm〜300rpmの回転速度で撹拌すればよい。この時、分散を促進するために混合液を所定の時間間隔で順逆回転してもよい。さらに、前述のように、撹拌は、乳化工程から連続して、すなわち、乳化工程終了後、本工程開始前までの間も連続して行うことができる。この場合、必要に応じて、本工程開始前に、本工程開始と同時に又は本工程開始後徐々に撹拌速度を緩めることもできる。
【0048】
本工程においても、撹拌中の混合液の温度を40℃〜70℃に保持するために、混合液を加熱することができる。加熱方法は、乳化工程の記載に準ずる。また、本工程以前の工程で本発明の水溶性ダイカスト用離型剤を製造する上で必要な水を分割して使用した場合には、残りの水量の全てを本工程で追加することができる。このとき水温は、混合工程と同様の理由から40℃〜70℃で加熱されていることが好ましい。使用する水については軟水が好ましい。なお、追加する水と同時に又は独立に他の添加物、例えば、防腐剤、防錆剤又は潤滑剤(これらは、前記実施形態1の記載に準ずる)を本工程で添加してもよい。
【0049】
本工程は、乳化した混合液にステアリン酸塩が分散した時点で終了する。分散の判断は、顕微鏡検査によって、例えば、図1aのような非凝集状態となっていることによって判断することができる。以上の方法により、本発明の水溶性ダイカスト用離型剤を得ることができる。
【0050】
本発明によれば、分散剤を使用することなく金属石鹸を安定的に、かつ微粒子状態でエマルション系水溶液に分散させた水溶性ダイカスト用離型剤を得ることが可能となる。
【0051】
[実施例]
以下で本発明の実施形態を例示して説明するが、本実施例は一具体例に過ぎず、本明細書に記載の発明を何ら限定するものではないことに留意いただきたい。
【0052】
[実施例1]
<水溶性ダイカスト用離型剤の製造>
成分組成
・シリコーンオイル(TSM6362:モメンティブ社製) 20kg
・ノニオン系界面活性剤(ニューポールPE-61:三洋化成工業社製) 40kg
・ステアリン酸カルシウム(サンノプコ社製) 3.5kg
・軟水 残り
【0053】
製造方法
(1)直径800mm、容量200Lの撹拌槽にシリコーンオイル、ノニオン系界面活性剤を入れ、50℃の軟水を規定容量の60%(120L)を加えた(混合工程)。
(2)混合液を3000 rpmの回転速度で撹拌し、混合液を完全に乳化させた(乳化工程)。
(3)乳化工程後、回転速度を300rpmまで落とし、撹拌しながら所定量のステアリン酸カルシウムを加え、さらに60℃に加熱した残りの軟水(規定容量の40%に相当)を添加した
(添加工程)。
以上の手順により、本発明の水溶性ダイカスト用離型剤を得た。
【0054】
対照方法
(1)直径800mm、容量200Lの撹拌槽にシリコーンオイル、界面活性剤を入れ、30℃の軟水を規定容量の60%(120L)を加えた。
(2)混合液を300 rpmの回転速度で撹拌し、混合液を完全に乳化させた。
(3)乳化工程後、回転速度を30rpmまで落とし、撹拌しながら所定量のステアリン酸カルシウムを加え、さらに30℃に加熱した残りの軟水(規定容量の40%に相当)を添加した。
以上の手順により、対照用水溶性ダイカスト用離型剤を得た。
【0055】
[実施例2]
<水溶性ダイカスト用離型剤におけるステアリン酸塩の分散状態の検証>
実施例1で製造した本発明の水溶性ダイカスト用離型剤、対照用の水溶性ダイカスト用離型剤及び金属石鹸を含まない市販の一般的な水溶性エマルジョン系離型剤(AZ8000W:ユシロ化学社製)における乳化状態及びステアリン酸塩の分散状態を光学顕微鏡(オリンパス社製)にて1000倍の拡大率で観察した。
【0056】
結果を図1に示す。a、b及びcはそれぞれ本発明の水溶性ダイカスト用離型剤、対照用の水溶性ダイカスト用離型剤及び市販の水溶性エマルジョン系離型剤を示す。cで示すように、水溶性エマルジョン系離型剤は、シリコーンオイルが微細化して乳化状態となっている。本発明の水溶性ダイカスト用離型剤は、aで示すように水溶液に難溶なステアリン酸カルシウムが、cのような乳化液中に10μm以下の粒径(丸内)で分散していることが確認できた。一方、対照用の水溶性ダイカスト用離型剤では、bで示すようにステアリン酸カルシウムの大きな結晶(丸内)が多数存在しており、さらに一部ではそれらが凝集し始めている様子も観察された(図示せず)。したがって、構成成分の組成が同一であっても、本発明の製造法以外ではステアリン酸塩を安定的に分散させることはできないことが確認できた。
【0057】
[実施例3]
<滑り試験による各種金属石鹸の加重特性評価>
水溶性ダイカスト用離型剤に用いる金属石鹸の中で、最も潤滑性の高い金属石鹸を検証した。
【0058】
実施例1に記載した成分組成において、ステアリン酸カルシウム、並びにそれに代えて一般的に入手が可能で安価な金属石鹸であるラウリン酸カルシウム、セバシン酸カルシウム、ベヘン酸カルシウム及びオクチル酸カルシウムをそれぞれ1重量%で含有する水溶性エマルジョン系離型剤を実施例1の製造方法に従って調製した。また、対照として実施例1に記載した成分組成からステアリン酸カルシウムを除いた水溶性エマルジョン系離型剤(除去した1重量%は軟水で補填)を同様に実施例1の製造方法で調製した。それぞれの離型剤を用いて、滑り試験での荷重特性について評価を行った。滑り試験にはLubテスターU(メックインターナショナル社製)を用いて、使用説明書に従って評価を行った。
試験は独立に3回(n=3)行った。
【0059】
結果を図2に示す。図中、aはステアリン酸カルシウムを、bはラウリン酸カルシウムを、cはセバシン酸カルシウムを、dはベヘン酸カルシウムを、eはオクチル酸カルシウムを、及びContは対照用水溶性エマルジョン系離型剤を示す。また、各回の測定値を黒丸、三角、白抜菱形で示した。この図で示すように、ステアリン酸カルシウムを使用したものが滑り荷重が低く、最も潤滑性能に優れることが明らかとなった。
【0060】
[実施例4]
本発明の水溶性ダイカスト用離型剤に用いるステアリン酸塩の含有量及び金属イオンの違いによる潤滑性能の差異について検証した。
【0061】
試験は、実施例3と同様の方法で行った。使用した水溶性ダイカスト用離型剤の成分組成は、実施例1に従った。ただし、実施例1の成分組成においてステアリン酸カルシウムの他に、それをステアリン酸ナトリウムに代えたものを、それぞれ1重量%及び3重量%(増加した2重量%分を軟水から減じた)の含有量で有するものを調製して検証した。対照用水溶性エマルジョン系離型剤には、実施例3と同じものを使用した。試験は独立に3回(n=3)行った。
【0062】
結果を図2及び図3に示す。図2はステアリン酸塩にステアリン酸カルシウムを、図3はステアリン酸ナトリウムをそれぞれ使用したものである。また、各回の測定値を黒丸、三角、白抜菱形で示した。この結果からステアリン酸塩であれば、含まれる金属イオンにはあまり影響なく潤滑性能が得られることが明らかとなった。また、少なくとも1〜3重量%の範囲内であれば、ステアリン酸塩の含有量が多いほど潤滑性能が向上することが判明した。
【0063】
[実施例5]
本発明の水溶性ダイカスト用離型剤を実際のダイカスト工程で使用し、その潤滑性能について市販の離型剤と比較検証した。
【0064】
本発明の水溶性ダイカスト用離型剤は、実施例1の製造方法に従って得た。また、対照用として市販の離型剤(AZ8000W、ユシロ化学製)を用いた。これらを、本発明の水溶性ダイカスト用離型剤は、軟水を用いて120倍、160倍、500倍、1000倍、1500倍及び2000倍の希釈率で、市販の離型剤は40倍、60倍、120倍に希釈した後、それぞれについて簡易離型抵抗試験を行った。簡易抵抗試験とは、離型剤を3cc/shotで塗布した試験用金型(テストピース)に、650℃のアルミニウム合金(ADC10)の溶湯を鋳込み、凝固したADC10を引き剥がす際の抵抗値を測定する方法である。
【0065】
結果を図5に示す。白丸は市販の離型剤を、四角は本発明の水溶性ダイカスト用離型剤を示す。また、2NG及び3NGは、それぞれn数が2回及び3回のテストにおける貼り付き回数を意味する。この図で示すように、市販の離型剤は、希釈率120倍で、潤滑性が著しく低下した。一方、本発明の水溶性ダイカスト用離型剤は、2000倍に希釈しても高い潤滑性能を保持していた。これにより、本発明の水溶性ダイカスト用離型剤は、高希釈率であっても安定した潤滑性能を有し、従来にない離型剤であることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)ステアリン酸塩を除く界面活性剤及びシリコーンオイルを40℃〜70℃の水と混合する工程、
(b)前記混合液が乳化するまで撹拌する工程、及び
(c)乳化した混合液にステアリン酸塩を添加する工程
を含む水溶性ダイカスト用離型剤の製造方法。
【請求項2】
前記(a)工程の水温が45℃〜60℃である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
界面活性剤がアニオン性界面活性剤又はノニオン性界面活性剤である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記(b)工程の混合液の温度を40℃〜70℃で保持する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
水を前記(b)及び/又は(c)工程で追加する、請求項1〜4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
水が軟水である、請求項1〜5いずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
ステアリン酸塩、シリコーンオイル及び界面活性剤を含む水溶性ダイカスト用離型剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−16152(P2011−16152A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−162517(P2009−162517)
【出願日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(593078257)株式会社メックインターナショナル (24)
【Fターム(参考)】