説明

水素吸蔵合金および水素吸蔵合金の製造方法

【課題】 軽量であって、室温付近で水素を吸蔵・放出することができる水素吸蔵合金およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 本発明の水素吸蔵合金は、Ca(Si1-n Aln )で表され、nの範囲が0<n<0.4である。nの範囲は0.25≦n<0.4であるのが好ましい。
また、本発明の水素吸蔵合金の製造方法は、CaSi合金のSi原子の少なくとも一部をAl原子で置換した水素吸蔵合金の製造方法であって、Ca、SiおよびAlの原子比が1:(1−m):m(0<m<0.4)となるように調製した原料粉末を加圧して成形する成形工程と、成形工程で得られた成形体を加熱して原料粉末を溶融する加熱工程と、からなることを特徴とする。mの値を0.4未満とすることにより、水素を吸蔵・放出しない相の生成が抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可逆的に水素を吸蔵・放出することができる水素吸蔵合金に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素の排出による地球温暖化などの環境問題や、石油資源の枯渇などのエネルギー問題から、クリーンな代替エネルギーとして、水素の利用が注目されている。水素をエネルギーとして使用するために、水素を安全に貯蔵したり輸送したりする水素貯蔵材料の開発が求められている。水素を貯蔵できる水素貯蔵材料としては、活性炭、フラーレン、ナノチューブ等の炭素材料や、水素吸蔵合金などの開発が進められている。特に、水素吸蔵合金は、所定の条件下で気体の水素を金属水素化物という固体の形で吸蔵し、別の条件下で水素を放出できることから、輸送可能な新しい水素貯蔵媒体として期待されている。
【0003】
水素を吸蔵・放出することができる水素吸蔵合金として、六方晶系CaCu5 型結晶構造を有するLaNi5 、立方晶系CsCl型結晶構造を有するTiFe、のほか、C12型結晶構造を有するCaSin (特許文献1参照)が挙げられる。LaNi5 やTiFeは、La、Ni、Tiといった希少な金属を含み、水素吸蔵合金自体が重いという問題がある。一方、CaSin は、資源的に豊富で入手が容易であり、軽量であるため、電気自動車などの車両に搭載するのに有利であるが、室温付近での水素の吸蔵が難しく、水素吸蔵量も小さい。
【0004】
なお、特許文献2には、室温付近で水素を吸蔵・放出することのできる、組成式(Ca1-x x )(Si1-y y )で表される水素吸蔵材料(ここで、Aはアルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、希土類元素、3〜6族元素、Ni、Au、In、Tl、Sn、Fe、Co、Cu、Agから選ばれる少なくとも1種、Bは7〜17族元素、希土類元素、Hf、Beから選ばれる少なくとも1種、0≦x<1、0≦y<1)が開示されている。
【特許文献1】特開平10−8180号公報
【特許文献2】特開2004−176089号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記問題点に鑑み、軽量であって、室温付近で水素を吸蔵・放出することができる水素吸蔵合金およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の水素吸蔵合金は、Ca(Si1-n Aln )で表され、nの範囲が0<n<0.4である。前記nの範囲は0.25≦n<0.4であるのが好ましい。
【0007】
また、本発明の水素吸蔵合金の製造方法は、CaSi合金のSi原子の少なくとも一部をAl原子で置換した水素吸蔵合金の製造方法であって、Ca、SiおよびAlの原子比が1:(1−m):m(0<m<0.4)となるように調製した原料粉末を加圧して成形する成形工程と、成形工程で得られた成形体を加熱して前記原料粉末を溶融する加熱工程と、からなることを特徴とする。前記水素吸蔵合金は、Ca(Si1-n Aln )で表され、nの範囲が0<n<0.4であるのが望ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明の水素吸蔵合金では、CaとSiの原子比が1:1であるCaSi合金のSi原子の一部をAl原子に置換したCa(Si1-n Aln )で表される水素吸蔵合金である。Al原子は、Si原子よりも軽い原子であるため、水素吸蔵合金を軽量化できる。また、Caは水素と反応しやすい親水素性の元素であり、Siは水素と反応しにくい疎水素性の原子である。そのため、CaSiにおいて、Ca原子のみに囲まれたサイトには水素が吸蔵され易いが、Si原子と水素原子とが相互に作用するサイトには水素が吸蔵され難い。CaSiのSi原子の一部を、水素との親和力が大きいAl原子に置換することにより、水素吸蔵量が大きくなる。
【0009】
また、Ca(Si1-n Aln )で表され、nの範囲が0<n<0.4である水素吸蔵合金は、Ca(Si1-n Aln )合金を主相とし、水素を吸蔵および/または放出しない他の相をほとんど含まない合金である。そして、CaSiのSi原子の一部をAl原子に置換したCa(Si1-n Aln )で表される水素吸蔵合金のnの範囲が0<n<0.4、好ましくは0.25≦n<0.4であれば、CaSiよりも水素吸蔵量が大きく、室温での使用が可能な水素吸蔵合金となる。
【0010】
本発明の水素吸蔵合金の製造方法は、原料粉末をCa、SiおよびAlの原子比が1:(1−m):m(0<m<0.4)となるように調製することにより、水素を吸蔵および/または放出しない他の相が製造過程で生成されるのを抑制できる。そのため、原料粉末の原子比に近い置換率でCaSi合金のSi原子をAl原子に置換することができる。すなわち、本発明の水素吸蔵合金の製造方法にて製造される水素吸蔵合金は、Ca(Si1-n Aln )で表されnの範囲が0<n<0.4である水素吸蔵合金であるのが望ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の水素吸蔵合金は、Ca原子とSi原子とが1:1で結合したCaSi合金のSi原子の少なくとも一部をAl原子に置換したCa(Si1-n Aln )合金である。なお、Ca(Si1-n Aln )は、その組成により、CrB型結晶構造およびFeB型結晶構造のうちのいずれかを安定な結晶構造とする。そのため、その結晶構造は、nの値による。
【0012】
CrB型結晶構造をもつCaSiは、第一原理計算により、安定な水素化物としてCaSiH1.3 を形成することが分かっている。水素化物の安定性は水素化物生成熱(ΔH)により判断され、水素解離圧を0.1〜350気圧としたときΔHが−41〜−21[kJ/molH2 ]であれば室温下で水素を吸蔵・放出できるとされる。CaSiH1.3 の水素化物生成熱を密度汎関数法により計算すると、ΔH=−42[kJ/molH2 ]である。第一原理計算によれば、本発明の水素吸蔵合金は、Si原子の一部を親水素性の元素であるAl原子で置換したため、CaSiよりも多くのH原子と結合した水素化物が安定な水素化物となる。さらに、その水素化物の水素化物生成熱を計算すると、CaSiH1.3 のΔH値よりも大きくなるため、室温付近での水素の吸蔵および放出が可能となる。
【0013】
ところが、Ca(Si1-n Aln )において、nの値が大きいほど水素吸蔵量が大きくなる傾向にあるが、ΔHは小さく(絶対値で大きく)なり、水素の吸蔵・放出温度が上昇する。さらに、nの値を大きくする、すなわち、Si原子の置換率を多くすると、水素吸蔵合金の製造過程においてCa(Si1-n Aln )以外の合金を含む他の相が生成される。Ca(Si1-n Aln )以外の合金の中には、CaSiの他、水素を吸蔵しないもの(CaSi2 、CaAl2 等)、または、水素を吸蔵してCaH2 やSiに不均化するもの(Ca5 Si3 、Ca2 Si等)がある。そこで、本発明の水素吸蔵材料では、水素吸蔵合金Ca(Si1-n Aln )のnの範囲を0<n<0.4とした。nの値が0.4未満であれば、高い水素吸蔵量と適切なΔHの値とをもつ水素吸蔵合金となる。さらに、nの値が0.4以上では、主相を構成するCa(Si1-n Aln )とともに、水素を吸蔵・放出しない他の相が多く存在する(後述)ため水素の吸蔵・放出の能力が良好に発揮されない。
【0014】
さらに、nの範囲は、0.25≦n<0.4であるのが好ましい。Si原子の一部が少しでもAl原子に置換されればCaSiよりも水素吸蔵量が増加するが、nの値が0.25以上であればCaSiよりもさらに水素吸蔵量が大きく、室温付近での使用が可能な水素吸蔵合金となる。また、水素吸蔵合金の軽量化に対しても有効である。
【0015】
参考のため、表1に第一原理計算および密度汎関数法により計算されたCaSiとCa(Si0.75Al0.25)の水素吸蔵量と水素化物生成熱ΔHを示す。Si原子をAl原子に置換することにより、水素吸蔵量は増加し、ΔHは室温付近(150℃)で水素を吸蔵・放出できる望ましい範囲内にある。
【0016】
【表1】

【0017】
また、CaSi合金のSi原子の少なくとも一部をAl原子で置換した水素吸蔵合金は、Ca、SiおよびAlを調製した原料粉末を加圧して成形する成形工程と、成形工程で得られた成形体を加熱して前記原料粉末を溶融する加熱工程と、からなる製造方法により製造できる。
【0018】
成形工程では、Ca、SiおよびAlを調製した原料粉末を加圧して成形する。理由は明らかではないが、原料粉末を成形せずに次の加熱工程により溶融させた場合には分相化し、本発明の水素吸蔵合金が得られない。
【0019】
また、原料粉末は、Ca、SiおよびAlを1:(1−m):m(0<m<0.4)の原子比となるように調製するのがよい。原料粉末にAlが少しでも含まれれば、Si原子の一部がAl原子に置換され、水素吸蔵量が増加する。また、mの値をm<0.4とすることにより、水素を吸蔵・放出しない他の相の生成が抑制されるため、Ca(Si1-n Aln )がもつ水素の吸蔵・放出の能力が良好に発揮されるため望ましい。そして、mの値を0<m<0.4とすることにより、用いた原料粉末の原子比に近い置換率の水素吸蔵合金が得られる。したがって、Ca(Si1-n Aln )のnの範囲が0.25≦n<0.4である水素吸蔵合金を得たい場合には、前記mの範囲は0.25≦m<0.4あるのが望ましい。
【0020】
さらに、本発明の製造方法で得られる水素吸蔵合金は、既に説明したように、軽量であって、室温付近で水素を吸蔵・放出することができる。また、その水素量は、CaSiよりも多い。
【0021】
原料粉末としては、Ca粒、Si粉末、Al粉末の他、CaSi粉末などが使用可能である。また、原料粉末は、その粒径が75μm以下であるのが望ましい。原料粉末の粒径が75μm以下であれば、所望の置換率の水素吸蔵合金が容易に製造できる。
【0022】
加熱工程では、成形工程で得られた成形体を加熱して原料粉末を溶融する。加熱方法としては、各原料粉末の融点以上に加熱できれば特に限定はなく、高周波溶解などの加熱方法を用いることができる。また、加熱温度は、900〜1000℃であるのが望ましい。
【0023】
以上、本発明の水素吸蔵材料およびその製造方法の実施形態を説明したが、本発明の水素吸蔵材料およびその製造方法は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の水素吸蔵材料およびその製造方法は、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0024】
以下に、本発明の水素吸蔵材料およびその製造方法の実施例を比較例とともに、図1および図2を用いて説明する。
【0025】
[実施例1]
原料粉末として、Ca粒(粒径3mm以下)と、Si粉末(粒径75μm以下)と、Al粉末(粒径75μm以下)と、を準備した。これらの原料粉末を原子比がCa:Si:Al=1:0.75:0.25となるように調製し混合した。この原料粉末を、成形圧力15MPaで成形して、成形体(φ8mm、厚さ10mm)を得た。
【0026】
次に、得られた成形体を溶解炉中でAr雰囲気下にて1000℃まで加熱し、原料粉末を溶融させた後、自然冷却することにより実施例1の水素吸蔵材料を得た。
【0027】
[比較例1]
原料粉末の原子比がCa:Si:Al=1:0.6:0.4となるように調製したほかは、実施例1と同様にして、比較例1の水素吸蔵材料を得た。
【0028】
[評価]
上記の手順により得られた実施例1および比較例1の水素吸蔵合金について、粉末X線回折法により合金組成を測定した。結果を図1に示す。なお、図1において、●はCa(Si1-x Alx )、◎はCa(Si1-y Aly )、○はCaSi、▽はCaSi2 、▼はCaAl2 、◇はCa2 Si、◆はCa5 Si3 、の回折ピークをそれぞれ示す。
【0029】
また、水素化後および脱水素化後の実施例1の水素吸蔵合金について、XRD回折を行った。水素化後および脱水素化後のXRD回折ピークを、水素化前のXRD回折ピークとともに、図2に示す。なお、図2において、●はCa(Si1-x Alx )、△はCa(Si1-x Alx )Hz 、の回折ピークをそれぞれ示す。また、水素化は、各水素吸蔵合金を反応容器中に封入し、容器内を100℃で真空排気した後、水素印加圧力8.5MPaにて20時間かけて水素化を行った。次に、水素化された水素吸蔵合金を反応容器中に封入し、容器内を真空排気した後、200℃にて24時間かけて脱水素化を行った。
【0030】
図1より、実施例1の水素吸蔵合金には、水素を吸蔵・放出しない副相があまり生成されず、Ca(Si1-x Alx )からなる合金であることが分かる。したがって、xの値は、x=0.25であるか、僅かにずれた値である。一方、比較例1の水素吸蔵合金では、Ca(Si1-y Aly )の他、副相が多く生成された。そのため、比較例1の水素吸蔵合金の水素吸蔵量は小さくなる。
【0031】
また、図2より、実施例1の水素吸蔵合金は、水素を吸蔵した後、その水素を放出することが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】実施例1および比較例1の水素吸蔵合金のXRD回折ピークを示す図である。
【図2】実施例1の水素吸蔵合金のXRD回折ピークを示す図であって、水素化前後および脱水素化後の水素吸蔵合金のXRD回折ピークを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ca(Si1-n Aln )で表され、nの範囲が0<n<0.4である水素吸蔵合金。
【請求項2】
前記nの範囲は0.25≦n<0.4である請求項2記載の水素吸蔵合金。
【請求項3】
CaSi合金のSi原子の少なくとも一部をAl原子で置換した水素吸蔵合金の製造方法であって、
Ca、SiおよびAlの原子比が1:(1−m):m(0<m<0.4)となるように調製した原料粉末を加圧して成形する成形工程と、成形工程で得られた成形体を加熱して前記原料粉末を溶融する加熱工程と、からなることを特徴とする水素吸蔵材料の製造方法。
【請求項4】
前記mの範囲は、0.25≦m<0.4である請求項3記載の水素吸蔵合金の製造方法。
【請求項5】
前記水素吸蔵合金は、Ca(Si1-n Aln )で表され、nの範囲が0<n<0.4である請求項3記載の水素吸蔵合金の製造方法。
【請求項6】
前記水素吸蔵合金は、Ca(Si1-n Aln )で表され、nの範囲が0.25≦n<0.4である請求項4記載の水素吸蔵材料の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate