説明

水銀捕捉剤及び体内水銀の排泄方法

【課題】生体内に存在する水銀を捕捉して効率よく排泄させることが可能な水銀捕捉剤を提供する。
【解決手段】下記式(1)


で表される中心骨格を有する2核モリブデン錯体を有効成分として含有する水銀捕捉剤を投与することによって体内に蓄積されている水銀を排泄する。このとき、前記2核モリブデン錯体が、該錯体の中心骨格中のモリブデン原子に対して含硫黄アミノ酸、特に、システインが配位したものであることが好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2核モリブデン錯体を有効成分として含有する水銀捕捉剤に関する。また、このような水銀捕捉剤を人以外の動物に投与して、該動物の体内に蓄積されている水銀を排泄する、体内水銀の排泄方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人間活動によって大気中に放出される水銀の量は年を追うごとに増加している。放出された水銀は大気中の水分、海水、土壌等に蓄積され、さらに、水銀が蓄積された土壌や水で育った、植物、家畜、魚介類等に蓄積され、最終的には人体に濃縮される。人体や動物に取り込まれた水銀の大部分は体外に排泄されるが、一部は生体内に蓄積して、その量が多い場合には、中枢神経・内分泌器・腎臓などの器官に障害をもたらす場合があり、特に胎児や幼児に対して有毒であるとされている。また、水銀の一部は、動植物に取り込まれて食物連鎖が進む過程で、より毒性の強い有機水銀へと変化する。
【0003】
このようなことから、水銀の環境中の含有量について環境基準が定められているなど、水銀の取扱には厳しい管理が課されているが、様々な状況を通して水銀が人体へ取り込まれることは避けられない。例えば、大気汚染が激しい場合には、大気中から直接人体に侵入する水銀量が問題となることもあり得る。また、食品、特に魚介類などには多くの水銀が含有することが知られている。さらに、水銀を含有する電池、温度計、蛍光灯の製造や回収作業、虫歯治療で使用された水銀を含有する歯科材料(アマルガム)からの漏出、殺菌剤等として水銀を含有するワクチンの接種又は水銀を使用した金鉱石からの金の取り出し作業、などによる水銀の摂取についても危険性が指摘されている。
【0004】
体内への水銀の蓄積による健康被害については、重症筋無力症、多発性硬化症、アルツハイマー氏病、リュウマチ、膠原病などの全身病、鬱病、躁鬱病、不眠症、自律神経失調症、各種アレルギー、リンパ節症などの神経・内科病、腎臓障害などの泌尿器科病、さらには皮膚病、眼病、循環器病等さまざまな種類の疾患への関与が疑われている。従って、体内に蓄積された水銀をできる限り多く取り除き、健康を回復させることが重要である。
【0005】
体内に蓄積された水銀の排泄には、これまでに、水銀に配位するキレート剤が有効であることが知られている。水銀中毒治療薬としては、DMPS(2,3−dimercaptopropanesulfonate sodium)、DMSA(2,3−meso−dimercaptosuccinic acid)、ALA(alpha lipoic acid)などのキレート剤が使用されている。しかしながら、これらのキレート剤は人体にとって必要な必須金属も同時に体外に排泄してしまうため、これらを使用する場合には、同時に必須金属を補給する必要があった。また水銀の排泄効率も不十分であった。
【0006】
非特許文献1及び2には、下記式(I)
【0007】
【化1】

【0008】
で表される不完全キュバン型硫黄架橋モリブデン錯体を用いた体内水銀の排泄について記載されている。当該文献には、金属水銀蒸気を暴露したマウスに対して、前記錯体を含有する水溶液を経口投与した場合には、水やL−システインを投与した場合と比較して、尿への金属水銀の排泄量が増加したことが記載されている。一般に、体内に入った水銀は、その大部分が酸化されて2価の水銀イオン(Hg2+)の状態で存在することが知られているが、当該錯体は0価水銀(Hg)に対して反応するものであったため(非特許文献3)、体内水銀の排泄効果は十分ではなかった。
【0009】
また、下記式(2)
【0010】
【化2】

【0011】
で示される錯体がこれまでに知られており(非特許文献4)、陰イオンである当該錯体と、その対イオンとなるナトリウムイオンや亜鉛イオンとの塩の結晶構造解析について報告例がある(非特許文献5及び6)。しかしながら、陰イオンの当該錯体と水銀イオンとの塩については記載されておらず、当該錯体の水銀捕捉剤としての効果もこれまでに知られていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Journal of Occupational Health、2002年、第44巻、p.334−336
【非特許文献2】Physiological Chemistry and Physics and Medical NMR、2002年、第34巻、p.83−90
【非特許文献3】Physiological Chemistry and Physics and Medical NMR、1997年、第29巻、p.109−122
【非特許文献4】Inorganic Syntheses、2007年、第29巻、p.254−260
【非特許文献5】Journal of the Chemical Society、Dalton Transactions、1973年、p.732−735
【非特許文献6】Acta Crystallographica Section E、2008年、第E64巻、p.m605−m606
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、水銀を効率良く捕捉することができる、特に、生体内に存在する水銀を捕捉して効率よく排泄させることが可能な水銀捕捉剤を提供することを目的とするものである。また、そのような水銀捕捉剤を人以外の動物に投与して、該動物の体内に蓄積されている水銀を効率的に排泄する、体内水銀の排泄方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題は、下記式(1)
【0015】
【化3】

【0016】
で表される中心骨格を有する2核モリブデン錯体を有効成分として含有する水銀捕捉剤を提供することによって解決される。
【0017】
このとき、前記水銀捕捉剤は、生体内に存在する水銀を捕捉して排泄させるためのものであることが好適である。前記2核モリブデン錯体が、該錯体の中心骨格中のモリブデン原子に対して含硫黄アミノ酸が配位したものであることが好適であり、下記式(2)
【0018】
【化4】

【0019】
で表されるものであることがより好適である。前記水銀捕捉剤が2価水銀イオン(Hg2+)を捕捉するものであることが好適である。
【0020】
前記水銀捕捉剤を人以外の動物に投与して、該動物の体内に蓄積されている水銀を排泄する、体内水銀の排泄方法が本発明の好適な実施態様である。このとき、前記動物が家畜、養殖魚介類又はペットであることが好適である。
【発明の効果】
【0021】
本発明の水銀捕捉剤によれば、水銀を効率良く捕捉することができる。特に、生体内に存在する水銀を捕捉して効率よく排泄させることができる。また、そのような水銀捕捉剤を人以外の動物に投与することによって、該動物の体内に蓄積されている水銀を効率的に排泄することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施例及び比較例における、尿中水銀を捕集するための装置の図面である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の水銀捕捉剤は、下記式(1)
【0024】
【化5】

【0025】
で表される中心骨格を有する2核モリブデン錯体を有効成分として含有するものである。当該中心骨格は、中心金属原子として遷移金属原子であるモリブデン原子を2つ有している。同一の中心骨格内の2つのモリブデン原子は、2つの硫黄原子によって互いに架橋されおり、それぞれのモリブデン原子には酸素原子が1つずつ結合している。このような2核モリブデン錯体が水銀を捕捉するときの詳細なメカニズムは明らかになっていないが、硫黄原子は水銀に対して高い結合力を有することから、硫黄原子を含有する中心骨格を有することが水銀を捕捉するのに適していると考えられる。
【0026】
また、本発明の水銀捕捉剤が生体内に存在する水銀を捕捉して排泄させるためのものである場合には、水銀捕捉剤は、生体必須金属に対して結合しないことが好ましい。硫化水銀(HgS)の溶解度積は、多くの生体必須金属の金属硫化物の溶解度積よりも大幅に小さいことからも明らかなように、硫黄原子の水銀に対する結合力は、多くの生体必須金属に対する結合力よりも強いことが分かっている。このことから、本発明の2核モリブデン錯体についても、水銀に対する結合力は生体必須金属に対する結合力と比べて強いと推測される。
【0027】
2核モリブデン錯体の中心骨格中のモリブデン原子には、硫黄原子及び酸素原子が結合しているが、それに加えて配位子が配位していてもよい。モリブデン原子1個当たりの配位結合の数は、特に限定されるものではないが、2核モリブデン錯体の安定性や価数等を考慮すれば、2又は3であることが好ましい。
【0028】
モリブデン原子に配位する配位子は、特に限定されるものではない。アクア(水)、アンミン(アンモニア)、カルボニル(一酸化炭素)、ニトロシル(一酸化窒素)などの無機化合物であってもよいし、クロロ(塩化物イオン)、ブロモ(臭化物イオン)、チオ(硫化物イオン)などの無機イオンであってもよいし、有機化合物からなるものであってもよい。モリブデン原子に配位する配位子は、薬学的に許容されるものであることも好適である。
【0029】
なかでも、配位子が有機化合物であることが、水溶液中で錯体中の配位子が水分子と置換してヒドロキソ錯体となり多量化して沈殿してしまう反応を防ぐ観点から好ましい。配位子として使用される有機化合物は、配位可能な元素を含有する有機化合物であれば特に限定されず、カルボン酸、アルコール、ケトン、エステル、アルデヒド、エーテル、スルフィド、スルホキシド、スルホン、チオール、スルホン酸、アミン、ホスフィン、ホスフェートなどが例示される。モリブデン原子と配位子との結合は、水素イオンと配位子との結合と同じ傾向を示すことが予想されるため、配位子のpKa値(あるいはpKa値の総和)が大きい方が安定度定数が大きくなるとの観点から、前述の有機化合物のなかでもカルボン酸、アルコールなどが好適であり、特に、水溶性に優れた錯体を得るためにはカルボン酸が好適である。
【0030】
また、キレート効果により安定度定数が大きくなるとの観点からは、多座配位子であることが好ましい。多座配位子の配位座の数は2以上であればよく、特に限定されないが、キレート環は多ければ多いほど安定度定数が大きくなるので、前記配位座の数は3以上であることが好ましい。全ての配位座がモリブデン原子に配位している必要はなく、一部の配位座のみがモリブデン原子に配位していてもよい。モリブデン原子に配位していない配位座は水銀の捕捉に寄与したり、水溶性に寄与することができるので好ましい。
【0031】
安全性が高く、水溶性に優れた錯体を得ることができる観点から、多座配位子であってカルボン酸でもあるアミノ酸が、配位子として好適に使用される。使用されるアミノ酸としてはグリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、プロリン、シスチン、グルタミン酸、アスパラギン酸、グルタミン、アスパラギン、リシン、アルギニン、ヒスチジンなどが例示される。
【0032】
水銀に対する結合力の観点からは、配位子は硫黄原子を含有するものであることが好ましい。この場合、中心金属であるモリブデン原子と当該硫黄原子との間で配位結合が形成されることになる。硫黄原子は水銀に対する結合力が強いことから、このような配位子が配位した2核モリブデン錯体の水銀に対する結合力も強くなるものと予測される。硫黄原子を含有する配位子としては、チオ(硫化物イオン)、チオール、チオエーテル、スルフィド、スルホキシド、ジチオカルバマート、ジチオレン、ジチオホスフェートなどが例示される。多座配位であることによるキレート効果により安定度定数が大きくなる観点や錯体の水溶性の観点から、硫黄原子を含有するカルボン酸がより好適である。
【0033】
なかでも、前記2核モリブデン錯体が、該錯体の中心骨格中のモリブデン原子に対して含硫黄アミノ酸が配位したものであることが好適である。このような錯体は、硫黄原子を含有するカルボン酸であることの利点に加えて、安全性が高いものであると推測されるからである。このような含硫黄アミノ酸としては、システイン、メチオニン、シスチンなどが例示される。水銀に対して強い結合力を有することや、原料の入手の容易性、錯体製造の容易性、得られる錯体の水溶性などの点から、システインが特に好適である。システインは、生体内に存在する水銀の排泄作用があることが知られているものである。なかでも、安全性が高く、安価であることから、生体を構成するシステインであるL−システインが配位子として好適である。
【0034】
1つのモリブデン原子に配位する配位子の数は1分子であっても複数分子であっても構わないし、なくても構わない。中心骨格内にある2つのモリブデン原子に対して異なる配位子が配位しても構わない。また、1つの配位子が中心骨格内の両モリブデン原子に配位しても構わない。
【0035】
本発明の水銀捕捉剤に含有されている2核モリブデン錯体が、式(1)で表される中心骨格中のモリブデン原子に対して配位子が配位したものである場合には、該錯体は、電気的に中性であってもよいし、錯イオンであってもよい。錯体が、錯イオンである場合には、錯イオンとその対イオンとから錯塩が形成される。このような錯塩は、水溶性が良好である場合が多いので、本発明の水銀捕捉剤において好適に使用される。錯塩が、式(1)で表される中心骨格のモリブデン原子に配位子が配位したものからなる錯陰イオンと、その対イオンである陽イオンとから構成される塩である場合、対イオンとなる陽イオンとしては、リチウムイオン、ナトリウムイオン又はカリウムイオンなどの周期表第1族の金属元素である1価陽イオン、マグネシウムイオン又はカルシウムイオンなどの周期表第2族元素である2価陽イオンなどが例示される。また、亜鉛イオン、鉄イオン、銅イオンなどであってもよく、アンモニウムイオンなどの無機イオンなどであってもよい。このときの陽イオンとしては、安全性の面から、ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオンが好適であり、ナトリウムイオンがより好適である。得られる錯体が、生体内に存在する水銀を捕捉して排泄させるためのものである場合には、対イオンとなる陽イオンが薬学的に許容されるものであることが好適である。また錯塩が、式(1)で表される中心骨格のモリブデン原子に配位子が配位したものからなる錯陽イオンと、その対イオンである陰イオンとから構成される塩である場合には、対イオンとなる陰イオンとしては、フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、カルボン酸イオンなどが例示される。得られる錯体が、生体内に存在する水銀を捕捉して排泄させるためのものである場合には、対イオンとなる陰イオンが薬学的に許容されるものであることが好適である。これらの錯塩のなかでも、代表的な錯体として式(1)で表される中心骨格のモリブデン原子に配位子が配位したものからなる錯陰イオンと、その対イオンである陽イオンとから構成される塩が挙げられる。
【0036】
本発明の2核モリブデン錯体は、下記式(2)
【0037】
【化6】

【0038】
で表されるものであることが特に好適である。このとき錯体は錯陰イオンであるため、該錯陰イオンは、その対イオンとなる陽イオンとの間で錯塩を形成する。対イオンとなる陽イオンが1種類の原子からなる場合には、該陽イオンは、下記式(3)
【0039】
【化7】

【0040】
[式中、Mは任意の原子を示す。nは、1〜3の整数を示す。]
で示されるものとなる。このとき、Mとしては、リチウム、ナトリウム又はカリウムなどの周期表第1族の金属原子、マグネシウム又はカルシウムなどの周期表第2族の原子などが例示される。また、亜鉛、鉄又は銅などの原子であってもよい。なかでも、錯塩の水に対する溶解性や安全性の観点から、ナトリウム、カリウムが好適であり、ナトリウムがより好適である。得られる錯体が、生体内に存在する水銀を捕捉して排泄させるためのものである場合には、Mは薬学的に許容される原子であることが好適である。また、対イオンとなる陽イオンは、本発明の錯体が錯陰イオンである場合の、その対イオンとなる陽イオンとして前記で説明したものを使用することもできる。このような2核モリブデン錯体は、中心骨格中の2つのモリブデン原子に対して、それぞれ1つずつL−システインが配位した、このような構造をとることによって、中心骨格中の硫黄原子やシステイン中の硫黄原子が複合的に作用して、水銀を効率的に捕捉しているものと推測される。当該錯体を含有する本発明の水銀捕捉剤は、L−システインや下記式(I)
【0041】
【化8】

で示される不完全キュバン型硫黄架橋モリブデン錯体と比較して、優れた体内水銀の排泄作用を有する。
【0042】
以上説明したような錯体の製造方法は特に限定されず、従来から公知の方法を使用して製造することができる。当該錯体は空気中で簡便な操作により大量合成することができる。例えば、式(2)で表される錯体の一種である、ジ−μ−チオ−ビス{(L−システイナト)オキソモリブデン(V)}酸ナトリウム四水和物であれば、非特許文献4に記載されたような方法によって収率よく製造することができる。具体的には、モリブデン酸ナトリウムの水溶液に、塩酸及び硫化ナトリウムを加えてからL−システイン塩酸塩を加えることによって容易に製造することができる。
【0043】
本発明の水銀捕捉剤は、生体内に存在する水銀を捕捉して排泄させるためのものであることが好適である。本発明の水銀捕捉剤は生体内の水銀を効率良く排泄することができ、安全性も高いと考えられるからである。ここでいう生体とは、人及び人以外の動物の体のことである。
【0044】
本発明の水銀捕捉剤は、2価水銀イオン(Hg2+)を捕捉するものであることが好適である。水銀は生体内に入ると、その大部分はカタラーゼ及び過酸化水素の作用などによって酸化されて2価水銀イオン(Hg2+)になる。また、酸化された2価水銀イオン(Hg2+)は、腎臓にその大部分が蓄積されることが知られている。このようなことに対して、本発明の水銀捕捉剤は2価水銀イオン(Hg2+)に対して結合力を有しているため、生体内において2価水銀イオン(Hg2+)と結合することによって水銀排泄を促進しているものと推測される。水銀は尿中に排泄させられることから、該水銀捕捉剤は腎臓に蓄積した2価水銀イオン(Hg2+)を効率良く捕捉して排泄させるものであると推測される。
【0045】
本発明の水銀捕捉剤に含まれる2核モリブデン錯体は、生体必須金属元素であるモリブデン原子を中心骨格の中心金属元素として有するものであり、生体に投与された場合の安全性が高いものであると考えられる。本発明者らの実施したマウスへの水銀捕捉剤の投与実験においては、マウスに対する毒性は認められなかった。当該水銀捕捉剤は、投与された後、体内の水銀とともに速やかに尿中に排泄されていると推測される。
【0046】
本発明の水銀捕捉剤は、各種投与形態に応じて適宜剤型を変更することができる。経口投与形態としては、錠剤、カプセル剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、液剤又はシロップ剤等を挙げることができ、非経口投与形態としては、注射剤、点滴剤、座剤、吸入剤、貼付剤等を挙げることができる。これらの形態を維持するために、薬学的に許容される、周知の溶媒、賦形剤等の添加剤を含むことができる。また、食品や飲料に添加されたものであってもよい。本発明の効果を阻害しない範囲であれば、本発明の水銀捕捉剤は、ビタミン、抗生物質、必須金属、抗酸化剤、抗菌剤などの添加物を含有していてもよい。人以外の動物に投与されるものである場合には、飼料に添加されたものであってもよい。
【0047】
本発明の水銀捕捉剤は、年齢、体重、症状に応じて適切な投与量で投与することができる。例えば、経口投与の場合には、1日あたり有効成分量として、0.01〜300mg/kgであり、投与期間は、年齢、症状に応じて任意に定めることができる。
【0048】
本発明の水銀捕捉剤を人以外の動物に投与して、該動物の体内に蓄積されている水銀を排泄する、体内水銀の排泄方法が本発明の好適な実施態様である。日常生活における、人の水銀接取については、食品からの摂取が特に問題になっている。このようなことについて、本発明の水銀捕捉剤を食品用の動物に対して、加工される前に予め投与しておくことで、水銀含有量の少ない食品を提供することができる。この場合の水銀捕捉剤の投与方法は特に限定されないが、経口投与する場合には、餌や飲水に添加したりして投与する方法が挙げられ、非経口投与する場合には、注射、吸入又は点滴による方法、貼付剤を貼り付ける方法、薬浴に浸ける方法などが挙げられる。水銀捕捉剤は、動物の種類、体重などに応じて適切な投与量で投与することができる。投与期間は、動物の種類、体重などに応じて任意に定めることができる。ペットや野生動物についても、本発明の水銀捕捉剤を投与することで、餌からの摂取や誤飲によって体内に取り込まれた水銀を効率良く排泄させることができる。この場合の水銀捕捉剤の投与方法は特に限定されないが、例えば、上記で説明した食用の動物の場合に用いられる方法などにより行うことができる。水銀捕捉剤は、動物の種類、体重、年齢などに応じて適切な投与量で投与することができる。投与期間は、動物の種類、体重、年齢などに応じて任意に定めることができる。
【0049】
本発明の水銀捕捉剤を投与する、人以外の動物が、家畜、養殖魚介類又はペットであることがより好適である。家畜としては、例えば、ウシ、ブタ、トリ、ヒツジ又はウマなどが挙げられる。養殖魚介類としては、例えば、フグ、ハマチ、ブリ、サケ、カンパチ、タイ、アジ、ヒラメ、ハタ又はマグロ等の海水魚、ウナギ又はコイなどの淡水魚、イセエビ又はクルマエビなどの甲殻類、アワビ及びカキなどの貝類、などが挙げられる。食品のなかでも魚介類には特に水銀含有量が多いことが知られている。養殖魚介類に本発明の水銀捕捉剤を投与すれば、水銀含有量の少ない、安全な魚介類が提供される。この場合の水銀捕捉剤の投与方法としては、特に限定されないが、餌などに添加したり、薬浴に浸けたりする方法が例示される。水銀捕捉剤の配合量は、魚種、養殖方法又は養殖する環境等にあわせて適宜選択すればよい。また、ウナギは、砂の中などを好むため、土壌に含有する水銀等が体内に蓄積されていることも懸念されるため、本発明の水銀捕捉剤を投与することで、水銀含有量の少ないウナギを提供することができる。ペットとしては、イヌ、ネコ又はウサギなどが挙げられる。なかでもネコは、長期間魚粉などを原料としたペットフードを食べることなどにより、体内に水銀が蓄積されていることが懸念される。本発明の水銀捕捉剤を投与することで、体内の蓄積量を減少させることができる。
【0050】
本発明の水銀捕捉剤は、簡便な操作により大量合成でき、安全性も高く、効率良く水銀を捕捉できるため、体内水銀の排泄以外の用途においても用いることができるものである。例えば、蛍光灯中の水銀処理又は体温計、血圧計などの計器の廃棄時に排出される水銀の処理など、産廃に含有する水銀の処理などが挙げられる。
【実施例】
【0051】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。本実施例中での試験方法は以下の方法に従って行った。
【0052】
[2核モリブデン錯体の合成]
下記式(4)
【0053】
【化9】

【0054】
で示される2核モリブデン錯体(以下、「CYS錯体」と略記することがある)を非特許文献4に記載されている方法によって合成した。
【0055】
[不完全キュバン型硫黄架橋モリブデン錯体の合成]
下記式(II)
【0056】
【化10】

【0057】
で示される不完全キュバン型硫黄架橋モリブデン錯体の合成(以下、「NTA錯体」と略記することがある)を非特許文献3に記載されている方法によって合成した。
【0058】
[2価水銀イオン(Hg2+)の調製]
HgCl(5.01×10−3mol/L in 0.1mol/L HCl)を純水で希釈して、水銀イオン換算で50ppmに調製した。
【0059】
[0価水銀(Hg)の調製]
濃度50ppmの2価水銀イオン(Hg2+)0.5mlに対して、還元剤である濃度約0.3mol/Lのアスコルビン酸0.2mlを混合して調製した。このときの、2価水銀イオン(Hg2+)とアスコルビン酸との混合は使用直前に行った。
【0060】
[尿中水銀量の測定方法]
尿を200ml容量のビーカーに1ml採取した。採取した尿試料に9M−HSO5mlと6%−KMnO10mlを加え、パラフィルムでビーカー上部を覆い、12時間室温で放置した。尿試料を12時間放置後、未反応のKMnOを10%−NHOH・HCl(塩酸ヒドロキシルアミン)2mlで脱色した。次に、脱色した尿試料に消泡剤として2%−シリコーン水溶液0.2mlと還元剤として10%−SnCl10mlを加え、インピンジャー[500ml容量]に移し、全量が150mlになるまで純水を加えた。このインピンジャーを図1のように連結し、窒素ガスでバブリングし、尿試料から還元気化した水銀をNTA錯体溶液で捕集した。水銀を含むNTA錯体溶液の吸光度(550nm)を分光光度計で測定し、NTA錯体溶液による水銀の検量線より尿中水銀量を求めた。
【0061】
実施例1
濃度50ppmの2価水銀イオン(Hg2+)0.2mlを注射器(2ml容量)でマウス(ICR、雌、8週齢、25〜30g、5匹)に腹腔内注射した後、マウスを尿採取装置(メタボリカ)に入れた。当該マウスには、CYS錯体水溶液(1.0×10−2mol/L)を自由給水により投与し(平均給水量:0.5ml/日)、各マウスから排泄される尿[24時間尿]を1週間採取して、各尿試料の尿中水銀量を測定した。各尿試料の尿中水銀量の測定結果を表1に示す。
【0062】
比較例1
実施例1において、CYS錯体水溶液の代わりにL−システイン水溶液(CYS錯体水溶液と同濃度)をマウスに自由給水により投与したこと以外は実施例1と同様にして、2価水銀イオン(Hg2+)を腹腔内注射した後、L−システイン水溶液を自由給水(平均給水量:0.5ml/日)させたマウスの尿中水銀量を測定した。各尿試料の尿中水銀量の測定結果を表1に示す。
【0063】
比較例2
実施例1において、CYS錯体水溶液の代わりに水を自由給水させたこと以外は実施例1と同様にして、2価水銀イオン(Hg2+)を腹腔内注射した後、水を自由給水(平均給水量:0.5ml/日)させたマウスの尿中水銀量を測定した。各尿試料の尿中水銀量の測定結果を表1に示す。
【0064】
比較例3
実施例1において、2価水銀イオン(Hg2+)の代わりに等モル量の0価水銀(Hg)をマウスに腹腔内注射したこと以外は実施例1と同様にして、0価水銀(Hg)を腹腔内注射した後、CYS錯体水溶液を自由給水(平均給水量:0.5ml/日)により投与したマウスの尿中水銀量を測定した。各尿試料の尿中水銀量の測定結果を表1に示す。
【0065】
【表1】

【0066】
2価水銀イオン(Hg2+)を暴露したマウスに対して、CYS錯体水溶液を投与した場合には、L−システイン水溶液を投与した場合よりも、尿中の水銀排泄量が多く、本発明の水銀捕捉剤によって、より効率的に生体内に存在する水銀を排泄させることができることが確認された。また、0価水銀(Hg)を暴露したマウスに対して、CYS錯体水溶液を投与した場合には、尿中への水銀排泄量の増加は見られなかった。このことから、本発明の水銀捕捉剤は生体内の2価水銀イオン(Hg2+)を捕捉して、排泄させているものと推測される。
【0067】
実施例2
実施例1において、マウスに自由給水により投与するCYS錯体水溶液の濃度を1.0×10−3〜1.0×10−2mol/Lの範囲内で変えたこと以外は実施例1と同様にして、2価水銀イオン(Hg2+)を腹腔内注射した後、CYS錯体水溶液を自由給水(平均給水量:0.5ml/日)させたマウスの尿中水銀量を測定した。各濃度のCYS錯体水溶液の場合における、5日間の尿中に排泄された水銀の累計量を表2に示す。
【0068】
比較例4
実施例2において、CYS錯体の代わりにNTA錯体水溶液をマウスに投与したこと以外は実施例2と同様にして、2価水銀イオン(Hg2+)を腹腔内注射した後、NTA錯体水溶液を自由給水(平均給水量:0.5ml/日)させたマウスの尿中水銀量を測定した。各濃度のNTA錯体水溶液の場合における、5日間の排泄水銀の累計量を表2に示す。
【0069】
【表2】

【0070】
2価水銀イオン(Hg2+)を暴露したマウスに対して、CYS錯体水溶液を投与した場合には、NTA錯体水溶液を投与した場合よりも、尿中の水銀排泄量が多かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)
【化1】

で表される中心骨格を有する2核モリブデン錯体を有効成分として含有する水銀捕捉剤。
【請求項2】
生体内に存在する水銀を捕捉して排泄させるためのものである請求項1に記載の水銀捕捉剤。
【請求項3】
前記2核モリブデン錯体が、該錯体の中心骨格中のモリブデン原子に対して含硫黄アミノ酸が配位したものである請求項1又は2に記載の水銀捕捉剤。
【請求項4】
前記2核モリブデン錯体が下記式(2)
【化2】

で表されるものである請求項1〜3に記載の水銀捕捉剤。
【請求項5】
水銀捕捉剤が2価水銀イオン(Hg2+)を捕捉することを特徴とする請求項1〜4に記載の水銀捕捉剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の水銀捕捉剤を人以外の動物に投与して、該動物の体内に蓄積されている水銀を排泄する、体内水銀の排泄方法。
【請求項7】
前記動物が家畜、養殖魚介類又はペットである請求項6に記載の体内水銀の排泄方法。

【図1】
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