説明

油入電気機器の流動帯電診断方法

【課題】油入電気機器内部の電荷蓄積量に基づいて流動帯電診断を行なう。
【解決手段】現行標準の新品固体絶縁物に試料油を流通させて帯電電位測定を実施して当該固体絶縁物の電荷密度Qa/Sを求め、現行標準の新品固体絶縁物に同一試料油を流通させて流動帯電現象を生じさせた状態で帯電電位測定を実施して固体絶縁物の電荷密度Qo/Sを求めるとともにフルフラール発生量および平均重合度を測定して予め固体絶縁物劣化校正特性を取得し、診断対象変圧器から採取した絶縁油を用いて、同様にして、電荷密度Qdo/Sを求めるとともに、フルフラール発生量または一酸化炭素+二酸化炭素発生量を測定し、固体絶縁物劣化校正特性を用いて診断対象変圧器から採取した絶縁油のフルフラール発生量に対する劣化補正係数(K1)を求め、この劣化補正係数(K1)を電荷密度Qdo/Sに乗じて診断対象変圧器で使用されているプレスボードの電荷密度Qdtを求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油入変圧器や油入リアクトル等の油入電気機器の内部に使用されている固体絶縁物の劣化や材質の違いを考慮して電荷蓄積量に基づく流動帯電診断を行なうようにした油入電気機器の流動帯電診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
油入電気機器の代表格である大容量の電力用油入変圧器では、巻線や鉄心等で発生する熱による過熱を抑えるために、変圧器タンク内部と冷却器とを連通させる配管の一部に送油ポンプを設置し、この送油ポンプによって絶縁油を循環させて冷却を行っている。この場合、絶縁油が巻線を巻装しているプレスボード材に代表される固体絶縁物に接触して流れる際、摩擦によって静電気が固体絶縁物および絶縁油に発生する現象は、流動帯電現象として良く知られている(例えば、特許文献1、2参照)。
【0003】
例えば、油入変圧器において使用される鉱油系の絶縁油と、プレスボード等のセルロース系の固体絶縁物との間で発生する流動帯電では、一般的に絶縁油は正(+)に帯電し、固体絶縁物は負(−)に帯電する。ただし、この静電気の帯電極性は液体と固体絶縁物の材質の組み合わせに依存し、静電気発生量は液体や固体絶縁物の材質や温度、液体の流速等に依存する。また、油入変圧器において内部絶縁物が経年劣化すると、一般的に静電気発生量が増加することも知られている。
【0004】
そして、この静電気発生による電荷蓄積が増大すると変圧器タンク内部で放電が発生し、火災や機器を破損させるという重大な被害を招くことがある。このため、油入変圧器において流動帯電現象を評価するということは、変圧器の保守管理上非常に重要なことである。
【0005】
油入変圧器の場合、流動帯電現象を評価する方法として、変圧器の巻線漏れ電流測定や、絶縁油の帯電度測定が一般的に行われている(例えば、非特許文献1参照)。
この変圧器の巻線漏れ電流測定方法では、通常、変圧器の油循環ポンプを起動させ、変圧器巻線の中性点に流れる直流電流を測定するものである。この測定方法は、変圧器巻線とその近傍での流動帯電によって発生する静電気発生量の大よその値を一括評価するものである。
【0006】
一方、絶縁油の帯電度測定方法は、油入変圧器から絶縁油を採取し、その絶縁油を分析することによって絶縁油単体の帯電し易さを評価するものである。
【0007】
上述した2つの測定方法は、流動帯電による電荷の発生量に基づいて変圧器の流動帯電診断を行うものであるが、静電気放電の発生に直接影響を与えるのは電荷の蓄積量である。簡単に説明すると、ある部位で多くの電荷発生があっても、その部位の電気抵抗が低ければ電荷は漏洩するため電荷蓄積量は増大せず、したがって静電気放電は発生しない。
【0008】
しかしながら、電荷発生部位での電気抵抗が高ければ電荷の漏洩が抑制されるため、電荷の蓄積量が増大して静電気放電が発生する場合がある。このように、変圧器タンク内部で流動帯電による静電気放電リスクを評価するには、電荷発生に基づいた診断ではなく、電荷蓄積量に基づいた診断が適切である。
【0009】
さらに、油入変圧器における絶縁油の流路を模擬したプレスボード材のダクト中に絶縁油を流して流動帯電を発生させ、ダクト近傍に設けた電極部で絶縁物内に発生する電位を測定して流動帯電診断を行うようにした帯電電位測定装置も発明されている(例えば、特許文献3参照)。
【0010】
この特許文献3に記載の帯電電位測定装置と後述する非特許文献2に記載の評価方法とを併用することによって、流動帯電時のプレスボード材のダクトに蓄積する電荷量を評価することができる。
【0011】
ここで、特許文献3による評価方法について図5を参照して説明する。
図5は、帯電電位測定装置における静電気発生部の断面構成例を模式的に示した図であり、静電気発生部1は、図示しない油配管と接続される接地容器2内に、油浸された複数枚のプレスボード材3によって3個のダクト3d、3dおよび3dを内部に形成しており、この3個のダクトのうち中央のダクト3dに絶縁油を矢印4方向に流すことによって流動帯電を発生させ、中央ダクト3dに負(−)の電荷が蓄積される様子を示している。この場合に使用される絶縁油は、診断対象の油入変圧器から採取したものが使用される。
【0012】
中央ダクト3dの両側に位置するプレスボード材3内には、絶縁された中間電極5aおよび5bが対向して埋め込んである。そして、この中間電極5aおよび5bは、フッ素樹脂等の高体積抵抗率材を使用した絶縁被覆線6aおよび6bと、油密に施された絶縁貫通端子7aおよび7bとを介して、接地容器2外部の対向電極8に接続されている。このため、中間電極5aおよび5bの帯電電位は、センサー電極を備えたプローブユニット9aと、演算および表示を行なう表面電位ユニットとからなる非接触型の表面電位計9によって測定されるようになっている。
【0013】
図6は、帯電電位測定時の静電気発生部1の等価回路図である。
図6において、Vはそれぞれプレスボード材3の中央ダクト3dの電位を、Vは中間電極5aおよび5bの電位をそれぞれ示す。また、RおよびCは、それぞれ中央ダクト3d−中間電極5aおよび5b間の抵抗および静電容量であり、RおよびCは「中間電極5a、5b+対向電極8」−「接地容器2+表面電位計9を含む電位測定系」間の抵抗および静電容量である。さらに、Rは中央ダクト−接地容器2間の抵抗であり、Iはプレスボード材中央ダクトでの流動帯電による静電気発生に伴う電流である。
【0014】
定常状態になると、回路中の電位は抵抗分担されるので、中央ダクト3dの電位Vやプレスボード材の中央ダクト3dに蓄積する電荷量Qは、以下の式(1)、(2)で表される。
【数1】

【数2】

【0015】
式(1)および式(2)は帯電電位測定装置での電位Vやプレスボード材に蓄積する電荷量Qであるが、実変圧器の場合、寸法が大きいため帯電電位測定装置の場合よりも漏洩抵抗が大きいことが想定される。そこで、等価回路においてプレスボード材中央ダクトの沿面漏洩抵抗すなわちRを無限大とした場合の中央ダクト電位、プレスボード材蓄積電荷をそれぞれV1∞、Q1∞とすると、式(3)、(4)のようになる。
【数3】

【数4】

【0016】
式(2)、式(4)の蓄積電荷Q、Q1∞を中間電極5aおよび5bの面積(2枚分の面積)Sで除することにより、プレスボード材3に蓄積する電荷量から以下の式(2A)および式(4A)に示す電荷密度に換算することができる。
【0017】
/S ・・・ (2A)
1∞/S ・・・ (4A)
実変圧器を想定した診断を行う場合、式(2A)のQ/Sよりも、式(4A)のQ1∞/Sを用いた方が安全サイドの評価が行うことできる。
【0018】
前記特許文献3に記載の帯電電位測定装置1で測定される電位は、中間電極5aおよび5bの電位Vのみであり、式(4)中のR〜Rからなる抵抗比が不明であるため、プレスボード材の電荷密度Q/SやQ1∞/Sの評価が困難であったが、非特許文献2でその抵抗比の測定ができるようになったことにより、プレスボード材の電荷密度Q1∞/Sを評価することができ、油入変圧器の流動帯電診断が可能となった。
【0019】
診断例として、簡単なものではプレスボード材の電荷密度Q1∞/Sに管理値を設けてそれを超えるか否かを診断する方法があり、詳細なものでは変圧器内部絶縁物の表面に評価したプレスボード材の電荷密度Q1∞/Sを配して静電電界解析を行い、その内部電界が放電発生電界にどの程度の安全率があるかを診断する診断方法もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【特許文献1】特開2000−277349公報
【特許文献2】特開2000−2734公報
【特許文献3】特開2008−64706公報
【非特許文献】
【0021】
【非特許文献1】電気協同研究、第54巻、 第5号(その1)、「油入変圧器の保守管理」電力用変圧器保守管理専門委員会著、社団法人電気共同研究会、平成11年2月25日発行。
【非特許文献2】小林隆幸、衛藤 淳、森 繁和ほか「帯電電位測定装置を用いた流動帯電診断法の検討」平成20年電気学会、電力・エネルギー部門大会(2008)、No.295。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
しかしながら、前述した帯電電位測定による油入変圧器の流動帯電診断方法によっても、以下に述べる課題がある。
すなわち、絶縁油は油入変圧器から容易に採取することはできるが、運転中の油入変圧器内部のプレスボード材等の固体絶縁物を採取するためには、その変圧器の運転停止および内部の解体を伴うため、これを流動帯電診断のために行うことは現実的ではない。
【0023】
通常は実変圧器から採取せずに現行標準の新品プレスボード材で代用しており、そのため、固体絶縁物が経年劣化しているにも拘らず、その経年劣化の影響を診断に反映させることはできない。一般的に、固体絶縁物は劣化すると新品のときに比べて電荷発生特性や、漏れ抵抗に影響を及ぼす体積抵抗率が経年変化する。そのため、運転に供されている変圧器、特に運転年数が数十年以上経過して未だ運転している変圧器を診断する場合には、固体絶縁物の劣化の影響を考慮した診断が必要となる。
【0024】
また、特許文献2に記載された流動帯電測定装置は、流動帯電測定の静電気発生部の固体絶縁物としてフィルタを使用し、そのフィルタ表面の劣化状態を変圧器内の固体絶縁物と等価にして診断を行うという発明である。この特許文献2に記載の発明では、絶縁油の帯電度測定に使用されるフィルタを劣化処理して測定を行うため、その劣化の影響は電荷発生量に対してしか考慮されない。しかも、電荷発生量に基づく評価となるため、静電気放電に直結する電荷蓄積量を評価できないため、流動帯電による静電気放電リスクの評価ができないという欠点がある。
【0025】
また、製作時点から数十年経過しても未だ運転している変圧器の場合、使用されているプレスボード材を始めとする種々の内部絶縁物が診断時点では既に製造が中止されているとか、製造業者が廃業しているという場合があり、当該診断対象の変圧器に使用されている内部絶縁物の新品材料が入手できない可能性がある。よって、プレスボード材の劣化の影響だけでなく、その材質の違いにより、流動帯電の電荷発生特性や漏れ抵抗に影響を及ぼす体積抵抗率が変化している可能性があり、それを考慮しなければ正確な変圧器の流動帯電診断ができない。
【0026】
そこで本発明は、油入電気機器の内部で使用されている固体絶縁物の劣化や材質の違いを考慮した電荷蓄積量に基づいて流動帯電診断を行なえるようにした油入電気機器の流動帯電診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0027】
上記の目的を達成するために、請求項1に係る発明は、絶縁油が流通する接地容器内に収納された固体絶縁物に形成されたダクトを流動帯電の静電気発生部とし、前記絶縁油と固体絶縁物との摩擦により固体絶縁物に蓄積される電荷密度によって評価するようにした流動帯電測定方法であって、現行標準の新品固体絶縁物を試料油で含浸処理したうえで、当該固体絶縁物で形成したダクトに同試料油を流通させて帯電電位測定を実施して下記式(4)に基づいて当該固体絶縁物の電荷密度Qa/Sを求め、現行標準の新品を油中劣化処理してなる固体絶縁物で形成したダクトに前記試料油と同一の試料油を流通させて流動帯電現象を生じさせた状態で帯電電位測定を実施して下記式(4)に基づいて当該油中劣化処理してなる固体絶縁物の電荷密度Qo/Sを求め、さらにこのときのフルフラール発生量または一酸化炭素+二酸化炭素発生量と、平均重合度とを測定し、次に、上記電荷密度Qa/SおよびQo/Sの比(K1)を求めるとともに、この電荷密度の比(K1)と前記フルフラール発生量、または一酸化炭素+二酸化炭素の発生量との関係を予め固体絶縁物劣化校正特性として取得し、診断対象変圧器から採取した絶縁油を現行標準の新品固体絶縁物に形成されたダクトに流通させて帯電電位測定を行って下記式(4)に基づいて電荷密度Qdo/Sを求めるとともに、この絶縁油のフルフラール発生量または一酸化炭素+二酸化炭素発生量を測定し、前記固体絶縁物劣化校正特性を用いて、前記診断対象変圧器から採取した絶縁油のフルフラール発生量または一酸化炭素+二酸化炭素発生量に対する劣化補正係数(K1)の値を求め、この求められた劣化補正係数(K1)を前記電荷密度Qdo/Sに乗じることにより診断対象変圧器で使用されているプレスボードの電荷密度Qdtを求め、診断対象変圧器の流動帯電診断を行なうようにしたことを特徴とする。
【数5】

【0028】
また、請求項2に係る発明は、絶縁油が流通する接地容器内に収納された固体絶縁物に形成されたダクトを流動帯電の静電気発生部とし、前記絶縁油と固体絶縁物との摩擦により固体絶縁物に蓄積される電荷密度によって評価するようにした油入電気機器の流動帯電測定方法であって、現行標準の新品固体絶縁物と、当該現行標準の新品固体絶縁物とは材質が異なり、かつ分解生成物が除去されている過去の固体絶縁物とを使用し、これらの固定絶縁体で形成したダクトに、同一試料油を流通させて帯電電位測定を実施することにより現行標準の新品固体絶縁物の電荷密度Qa/Sおよび過去の固体絶縁物の電荷密度Qold/Sをそれぞれ求め、さらに両電荷密度の比(Qold/S)/(Qa/S)を補正係数K2として求め、現行標準の新品を油中劣化処理してなる固体絶縁物で形成したダクトに前記試料油と同一の試料油を流通させて流動帯電現象を生じさせた状態で帯電電位測定を実施して下記式(4)に基づいて当該油中劣化処理してなる固体絶縁物の電荷密度Qo/Sを求め、さらにこのときのフルフラール発生量または一酸化炭素+二酸化炭素発生量と、平均重合度とを測定し、次に、上記電荷密度Qa/SおよびQo/Sの比(K1)を求めるとともに、この電荷密度の比(K1)と前記フルフラール発生量、または一酸化炭素+二酸化炭素の発生量との関係を予め固体絶縁物劣化校正特性として取得し、診断対象変圧器から採取した絶縁油を現行標準の新品固体絶縁物に形成されたダクトに流通させて帯電電位測定を行って下記式(4)に基づいて電荷密度Qdo/Sを求めるとともに、この絶縁油のフルフラール発生量または一酸化炭素+二酸化炭素発生量を測定し、前記固体絶縁物劣化校正特性を用いて、前記診断対象変圧器から採取した絶縁油のフルフラール発生量または一酸化炭素+二酸化炭素発生量に対する劣化補正係数(K1)の値を求め、この求められた劣化補正係数(K1)を前記電荷密度Qdo/Sに乗じてプレスボードの電荷密度Qdt1/Sを求め、前記電荷密度Qdt1/Sに、前記補正係数K2を乗じて、これを診断対象変圧器内のプレスボードの電荷密度とすることを特徴とする。
【数6】

【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、油入変圧器等の油入電気機器内部に使用されている固体絶縁物の劣化や材質の違いを考慮した電荷蓄積量に基づいて流動帯電診断を行なうことができる。これにより、油入電気機器内での流動帯電による静電気放電の発生を未然に防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の実施形態1による流動帯電診断方法を説明するフローチャート。
【図2】本発明の実施形態1で作成したプレスボード材劣化補正の校正図。
【図3】プレスボード材の平均重合度とプレスボード材体積抵抗率との関係を表わした図。
【図4】本発明の実施形態2による流動帯電診断方法を説明するフローチャート。
【図5】帯電電位測定装置における静電気発生部の構成例図。
【図6】帯電電位測定装置における静電気発生部の等価回路図。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
[実施形態1]
本実施形態1は、前述した現行標準の新品プレスボード材と、運転に供されている診断対象油入変圧器から採取した絶縁油とを用いて帯電電位測定法により評価したプレスボード材の電荷密度Q1∞/Sに対し、新品プレスボード材の抵抗率と運転に供されている診断対象油入電気機器内のプレスボード材の抵抗率との違いに対応した補正を行って当該診断対象変圧器内のプレスボード材の電荷密度を評価し、油入変圧器の流動帯電診断を行なうものである。
【0032】
帯電電位測定によって評価されるプレスボード材の電荷密度Q1∞/S式(4A)は、式(4)から明らかなように抵抗R〜Rの影響を受ける。これらの抵抗R〜Rは、絶縁油の体積抵抗率とプレスボード材の体積抵抗率とに依存する。絶縁油の体積抵抗率は、運転に供されている診断対象変圧器から採取した絶縁油を使用して求めるため問題はないが、プレスボード材の抵抗率は、現行標準の新品プレスボード材と数十年以上運転に供されている診断対象変圧器内の過去のプレスボード材とでは異なるため、漏れ抵抗R〜Rは変化しており、そのための補正が必要となる。
【0033】
図3は、横軸にプレスボード材の平均重合度を、縦軸に油漬したプレスボード材の体積抵抗率をそれぞれ目盛り、気中と密閉油中とにおいてプレスボード材を加熱加速劣化させてプレスボード材の重合度を変化させたときの体積抵抗率の変化の様子をグラフ表示した図である。
【0034】
図3において、黒菱マークは現行標準の新品プレスボード材を気中加熱劣化処理した後に試料油中に油浸したプレスボード材の体積抵抗率の測定結果を示し、一方、白丸マークは現行標準の新品プレスボード材を油中加熱劣化処理した後に、同一試料油中に油浸したプレスボード材の体積低効率の測定結果を示す。
【0035】
この図3から、気中加熱劣化処理したプレスボード材の場合、黒菱マークで示すように平均重合度400以上では体積抵抗率の低下は見られなかったが、油中加熱劣化処理したプレスボード材の場合、白丸マークのように平均重合度が500〜600の間にある場合、体積抵抗率は現行標準の新品プレスボード材の約半分まで減少し、平均重合度が400になると現行標準の新品プレスボード材の約1/3まで減少することが判った。
【0036】
重合度は、紙材のセルロース分子の繋がりの数であり、熱劣化により重合度が低下するとともに、セルロースの分解生成物が発生する。気中劣化条件の場合、その分解生成物が加熱気化して失われ易い。
【0037】
プレスボード材の体積抵抗率は、気中劣化では低下せずに油中劣化では低下したことから、プレスボード材重合度そのものはプレスボード材の体積抵抗率に影響を及ぼさないが、油入変圧器の場合、分解生成物がプレスボード材に残留することによって体積抵抗率が低下するものと考えられる。
【0038】
この分解生成物はプレスボード材に残留するのみならず、絶縁油中にも放出される。したがって、診断対象変圧器から採油して、その分解生成物の濃度を測定すれば、外部から診断対象変圧器内のプレスボード材の劣化度合いを推定することが可能である。変圧器内紙材の平均重合度の評価に使用されるフルフラールはセルロースの分解で特有に発生することから、変圧器内のプレスボード材劣化度合いの指標に使用できる。
【0039】
以上の点を考慮して、本実施形態1では図1に記載のフローチャートを参照して、診断対象変圧器で使用されているプレスボード材の電荷密度Q1∞/Sを評価し、流動帯電診断を行う。
【0040】
以下、図1のフローチャートを参照してステップ1−1〜1−5について説明する。
なお、文中の電荷密度Qa/S、Qo/S、Qdo/SおよびQdt/Sは、前述した電荷密度Q1∞/Sに対応するものである。
【0041】
(ステップ1−1)
現行標準の新品プレスボード材3を図5の帯電電位測定装置において試料油に浸漬した状態で、中央ダクト3dにのみ同試料油を流通させて流動帯電現象を生じさせた状態で帯電電位測定を実施する。そして、前記式(4)および(4A)によって求められた電荷密度Qa/Sを記録しておく。なお、この場合、現行標準の新品プレスボード材ではフルフラールや一酸化炭素+二酸化炭素は発生していないので、それらを測定する必要はない。
【0042】
(ステップ1−2)
次に、油中加熱劣化処理した現行標準の新品プレスボード材3を図5の帯電電位測定装置において前記試料油と同じ試料油に浸漬した状態で、中央ダクト3dにのみ同試料油を流通させて流動帯電現象を生じさせた状態で帯電電位測定を実施する。そして、前記式(4)および(4A)によって求められた電荷密度Qo/Sを記録しておく。さらに、このときのフルフラール発生量または(一酸化炭素+二酸化炭素)の発生量と、プレスボード材平均重合度とを測定する。
【0043】
(ステップ1−3)
そして、上記ステップ1−1で求めた電荷密度Qa/Sと、ステップ1−2で求めた電荷密度Qo/Sとの比(K1)を求めてこれを補正係数(K1)とし、この補正係数(K1)と、ステップ1−2で既に測定されているフルフラール発生量との関係を図2に示すプレスボード材劣化校正カーブとして作成しておく。
【0044】
図2ではフルフラール発生量と補正係数(K1)との関係を図示しているが、フルフラール発生量に替えて(一酸化炭素+二酸化炭素)の発生量と補正係数(K1)との関係をグラフ化しても良い。
【0045】
なお、図2のプレスボード材劣化校正カーブにおけるプレスボード材劣化範囲の目安としては、プレスボード材が新品状態の平均重合度約1000から平均重合度400〜500の範囲をカバーすれば十分である。なぜならば、平均重合度が400〜500に達すると、その絶縁物は構造材の機械的強度の観点から流動帯電以前にプレスボード材の寿命と判定されるためである。
【0046】
(ステップ1−4)
今度は、診断対象変圧器内から絶縁油を採取し、この絶縁油を図5の帯電電位測定装置において現行標準の新品プレスボード材3の中央ダクト3dのみに流通させて流動帯電現象を生じさせた状態で帯電電位測定を実施する。そして、前記式(4)および(4A)によって求められた電荷密度Qdo/Sを記録しておく。さらに、当該診断対象変圧器から採取した絶縁油中のフルフラール量を測定し、これを当該診断対象変圧器内の絶縁物重量当たりのフルフラール発生量に換算しておく。この場合も、フルフラール発生量に替えて(一酸化炭素+二酸化炭素)の発生量を測定しても良い。
【0047】
(ステップ1−5)
ステップ1−3で作成したプレスボード材劣化校正カーブに基づいて、ステップ1−4で得られたフルフラール発生量に対応する劣化補正係数K1を求める。例えばフルフラール発生量がxである場合、これに対応する劣化補正係数K1はyである。そして、求められた劣化補正係数K1に対してステップ1−4で求めた電荷密度Qdo/Sを乗じて診断対象変圧器のプレスボード材の電荷密度Qdt/Sを求める。これを式で表すと次のようになる。
Qdt=K1×Qdo/S ・・・ (5)
【0048】
このステップ1−5で求めた診断対象変圧器のプレスボード材の電荷密度Qdt/Sを基準値と比較することによって当該診断対象変圧器の静電気放電発生リスク等の流動帯電診断を行なう。
なお、図1のフローチャートにおいて、ステップ1−1とステップ1−2との順序には特に技術的な意義はないので、入れ替えてもよい。
【0049】
以上述べたように、本実施形態1によれば、従来のように診断対象変圧器のプレスボード材の劣化度合いに応じた劣化処理プレスボード材を作成してこれを帯電電位測定に使用するようにした方法に比べて、短時間で経済的な油入電気機器の流動帯電診断が可能となる。なぜならば、プレスボード材を劣化する時間は、その劣化度合いに応じて、数日から長い場合には1ヶ月程度要する場合があるからである。
【0050】
[実施形態2]
本実施形態2は、前述した現行標準の新品プレスボード材と診断対象変圧器から採取した絶縁油とを用いて前述した式(4)および(4A)に基づいて求めた電荷密度Qdo/Sに対し、現行標準の新品プレスボード材と当該実変圧器に使用されている過去のプレスボード材との材質の違いに対応した補正を行うことによって、診断対象変圧器に使用されているプレスボード材の電荷密度を評価し流動帯電診断するものである。
【0051】
現在製造されている電力用の油入変圧器に使用されているプレスボード材は、パルプ100%のものが殆どであるが、今から40年以上前の時代(1970年代以前)ではパルプと綿を混合して製作されたプレスボード材を使用していた。このパルプと綿を混合して製作されたプレスボード材が、上述した過去のプレスボード材である。
【0052】
この過去のプレスボード材については、製造中止や製造メーカが廃業している場合が多く、新品状態で入手することは困難なので、過去のプレスボード材を使用した変圧器が撤去される際、過去のプレスボード材の一部を切り取って試料用として入手しておく。この試料用過去のプレスボード材には、変圧器の長年に亘る運転によって分解生成物が付着しているため、脱脂処理することによって吸着している分解生成物を除去する。この試料用過去のプレスボード材は、吸着物が除去されたという観点では過去のプレスボード材の新品と看做すことができる。
【0053】
以上の点を考慮して、本実施形態2では以下に述べるステップで診断対象変圧器に使用されているプレスボードの電荷密度を評価し、流動帯電診断を行う。
以下、図4のフローチャートを参照してステップ2−1〜2−6について説明する。
【0054】
(ステップ2−1) ・・・(ステップ1−1に対応)
現行標準の新品プレスボード材と、分解生成物が除去されて新品と看做せる過去のプレスボード材とを、それぞれ図5の帯電電位測定装置において同一試料油に浸漬した状態で、中央ダクト3dにのみ同試料油を流通させてそれぞれ流動帯電現象を生じさせた状態で帯電電位測定を実施する。そして、前記式(4)および(4A)によって求められた過去のプレスボード材および現行標準の新品プレスボードの電荷密度Qold/SおよびQa/Sを記録しておく。さらに、両者の比(Qold/S)/(Qa/S)を補正係数K2として求めておく。この補正係数K2は、両者の材質の違いによる補正を行なうための係数である。
【0055】
(ステップ2−2) ・・・(ステップ1−2に対応)
次に、油中加熱劣化処理した現行標準の新品プレスボード3を図5の帯電電位測定装置において前記試料油と同じ試料油に浸漬した状態で、中央ダクト3dにのみ同試料油を流通させて流動帯電現象を生じさせた状態で帯電電位測定を実施する。そして、前記式(4)および(4A)によって求められた電荷密度Qo/Sを記録しておく。さらに、このときのフルフラール発生量または一酸化炭素+二酸化炭素の発生量と、プレスボード平均重合度とを測定する。
【0056】
(ステップ2−3) ・・・(ステップ1−3に対応)
そして、上記ステップ2−1で求めた電荷密度Qa/Sと、ステップ2−2で求めた電荷密度Qo/Sとの比(K1)を求めてこれを補正係数(K1)とし、この補正係数(K1)と、ステップ2−2で既に測定されているフルフラール発生量との関係を図2に示すプレスボード劣化校正カーブとして作成しておく。
【0057】
図2ではフルフラール発生量と補正係数(K1)との関係を図示しているが、フルフラール発生量に替えて(一酸化炭素+二酸化炭素)の発生量と補正係数(K1)との関係をグラフ化しても良い。
【0058】
(ステップ2−4) ・・・(ステップ1−4に対応)
今度は、診断対象変圧器内から絶縁油を採取し、この絶縁油を図5の帯電電位測定装置において現行標準の新品プレスボード3の中央ダクト3dのみに流通させて流動帯電現象を生じさせた状態で帯電電位測定を実施する。そして、前記式(4)および(4A)によって求められた電荷密度Qdo/Sを記録しておく。さらに、当該診断対象変圧器から採取した絶縁油中のフルフラール量を測定し、これを当該診断対象変圧器内の絶縁物重量当たりのフルフラール発生量に換算しておく。この場合も、フルフラール発生量に替えて(一酸化炭素+二酸化炭素)の発生量を測定しても良い。
【0059】
(ステップ2−5) ・・・(ステップ1−5に対応)
ステップ2−3で作成したプレスボード劣化校正カーブに基づいて、ステップ2−4で得られたフルフラール発生量に対応する劣化補正係数K1を求める。例えばフルフラール発生量がxである場合、これに対応する劣化補正係数K1はyである。
そして、この劣化補正係数K1をステップ2−4で求めた電荷密度Qdo/Sに乗じてプレスボードの電荷密度Qdt1/Sを求める。これを式で表すと次のようになる。
Qdt1/S=K1×Qdo/S ・・・ (5)
【0060】
(ステップ2−6)
次に、ステップ2−1で求めた補正係数K2を上述したステップ2−5で求めたプレスボードの電荷密度Qdt1/Sに乗じて、これを過去のプレスボード材を使用している診断対象変圧器内のプレスボードの電荷密度とする。
Qdt2/S=K2×Qdt1/S ・・・ (6)
【0061】
このステップ2−6で求めた診断対象変圧器のプレスボードの電荷密度Qdt2/Sを基準値と比較することによって当該過去のプレスボード材を使用している診断対象変圧器の静電気放電発生リスク等の流動帯電診断を行なう。
【0062】
以上述べたように、本実施形態2によれば、油入変圧器に使用されているプレスボードが現行標準の新品プレスボードとは材質の異なる過去のプレスボード材の場合でも、過去のプレスボード材と現行標準の新品プレスボードとの材質の違いによる補正係数K2を求め、この補正係数K2を実施形態1で求めたプレスボードの電荷密度に乗ずることにより、過去のプレスボード材の電荷密度を評価することができ、これを用いて変圧器内での静電気放電発生リスク等の流動帯電診断が可能となる。
【0063】
なお、過去のプレスボード材を入手するには、前述したように撤去された変圧器より採取する必要があるが、それが使用されている1970年代以前に製作した変圧器は、老朽化により現在更新が一部で始まっているので、入手に支障を来たすことはない。
また、以上の説明では、油入電気機器の代表として油入変圧器について説明したが、変圧器以外の電気機器、例えば油入リアクトル等にも適用できるものである。
【符号の説明】
【0064】
1…静電気発生部、2…接地容器、3…プレスボード、3d〜3d…プレスボードダクト、4…油流の方向を示す矢印、5a,5b…中間電極、6a,6b…絶縁線、7a,7b…絶縁貫通端子、8…対向電極、9…表面電位計、9a…プローブ、9b…計器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁油が流通する接地容器内に収納された固体絶縁物に形成されたダクトを流動帯電の静電気発生部とし、前記絶縁油と固体絶縁物との摩擦により固体絶縁物に蓄積される電荷密度によって評価するようにした油入電気機器の流動帯電測定方法であって、
現行標準の新品固体絶縁物を試料油で含浸処理したうえで、当該固体絶縁物で形成したダクトに同試料油を流通させて帯電電位測定を実施して下記式(4)に基づいて当該固体絶縁物の電荷密度Qa/Sを求め、
現行標準の新品を油中劣化処理してなる固体絶縁物で形成したダクトに前記試料油と同一の試料油を流通させて流動帯電現象を生じさせた状態で帯電電位測定を実施して下記式(4)に基づいて当該油中劣化処理してなる固体絶縁物の電荷密度Qo/Sを求め、さらにこのときのフルフラール発生量または一酸化炭素+二酸化炭素発生量と、平均重合度とを測定し、
次に、上記電荷密度Qa/SおよびQo/Sの比(K1)を求めるとともに、この電荷密度の比(K1)と前記フルフラール発生量、または一酸化炭素+二酸化炭素の発生量との関係を予め固体絶縁物劣化校正特性として取得し、
診断対象変圧器から採取した絶縁油を現行標準の新品固体絶縁物に形成されたダクトに流通させて帯電電位測定を行って下記式(4)に基づいて電荷密度Qdo/Sを求めるとともに、この絶縁油のフルフラール発生量または一酸化炭素+二酸化炭素発生量を測定し、
前記固体絶縁物劣化校正特性を用いて、前記診断対象変圧器から採取した絶縁油のフルフラール発生量または一酸化炭素+二酸化炭素発生量に対する劣化補正係数(K1)の値を求め、この求められた劣化補正係数(K1)を前記電荷密度Qdo/Sに乗じることにより診断対象変圧器で使用されているプレスボードの電荷密度Qdtを求め、診断対象電気機器の流動帯電診断を行なうようにしたことを特徴とする油入電気機器の流動帯電診断方法。
【数1】

【請求項2】
絶縁油が流通する接地容器内に収納された固体絶縁物に形成されたダクトを流動帯電の静電気発生部とし、前記絶縁油と固体絶縁物との摩擦により固体絶縁物に蓄積される電荷密度によって評価するようにした油入電気機器の流動帯電測定方法であって、
現行標準の新品固体絶縁物と、当該現行標準の新品固体絶縁物とは材質が異なり、かつ分解生成物が除去されている過去の固体絶縁物とを使用し、これらの固体絶縁体で形成したダクトに、同一試料油を流通させて帯電電位測定を実施することにより現行標準の新品固体絶縁物の電荷密度Qa/Sおよび過去の固体絶縁物の電荷密度Qold/Sをそれぞれ求め、さらに両電荷密度の比(Qold/S)/(Qa/S)を補正係数K2として求め、
現行標準の新品を油中劣化処理してなる固体絶縁物で形成したダクトに前記試料油と同一の試料油を流通させて流動帯電現象を生じさせた状態で帯電電位測定を実施して下記式(4)に基づいて当該油中劣化処理してなる固体絶縁物の電荷密度Qo/Sを求め、さらにこのときのフルフラール発生量または一酸化炭素+二酸化炭素発生量と、平均重合度とを測定し、
次に、上記電荷密度Qa/SおよびQo/Sの比(K1)を求めるとともに、この電荷密度の比(K1)と前記フルフラール発生量、または一酸化炭素+二酸化炭素の発生量との関係を予め固体絶縁物劣化校正特性として取得し、
診断対象変圧器から採取した絶縁油を現行標準の新品固体絶縁物に形成されたダクトに流通させて帯電電位測定を行って下記式(4)に基づいて電荷密度Qdo/Sを求めるとともに、この絶縁油のフルフラール発生量または一酸化炭素+二酸化炭素発生量を測定し、
前記固体絶縁物劣化校正特性を用いて、前記診断対象変圧器から採取した絶縁油のフルフラール発生量または一酸化炭素+二酸化炭素発生量に対する劣化補正係数(K1)の値を求め、この求められた劣化補正係数(K1)を前記電荷密度Qdo/Sに乗じてプレスボードの電荷密度Qdt1/Sを求め、
前記電荷密度Qdt1/Sに、前記補正係数K2を乗じて、これを診断対象変圧器内のプレスボードの電荷密度とすることを特徴とする油入電気機器の流動帯電診断方法。
【数2】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−220888(P2011−220888A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−91435(P2010−91435)
【出願日】平成22年4月12日(2010.4.12)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】