説明

油脂の製造方法

【課題】加熱着色及び加熱臭を抑制できる加熱調理用油脂の提供が可能な油脂の製造方法、および、収量が高く、製造コストを低くすることが可能な油脂の製造方法を提供する。
【解決手段】水脱ガム処理後、クエン酸、リンゴ酸、及びシュウ酸から選ばれる1種以上の有機酸を含む有機酸水溶液を対油脂100〜5000ppmの有機酸濃度となるように粗油又は原油に添加して脱ガム処理を行い、その後、アルカリ脱酸処理を行うことなく、水洗処理を行う工程を有する精製工程フローに従って油脂を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油脂の製造方法に関するものであり、特に、加熱着色及び加熱臭を抑制できる加熱調理用油脂の提供が可能な油脂の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、植物油脂の精製は、例えば、図2に示す精製工程フローに従って行なわれ、油脂が製造されている。
【0003】
すなわち、原料から採油した粗油を水(水蒸気)で脱ガム処理し、原油を得て、当該原油に対し、酸による脱ガム処理、アルカリによる脱酸処理、脱酸処理のアルカリを除去するための水洗処理、乾燥処理、白土・活性炭等の吸着剤による脱色処理、冷却ろ過による脱ろう処理、減圧水蒸気蒸留による脱臭処理を行なうことにより、精製油脂を製造している。
【0004】
また、パーム油などでは、アルカリ脱酸処理及びアルカリ脱酸処理と対に実施される水洗処理を行わないで精製される例もある。例えば、粗油(原油)に対し、酸による脱ガム処理、白土・活性炭等の吸着剤による脱色処理、減圧水蒸気蒸留による脱酸・脱臭処理を行うことにより、精製パーム油などを製造している。
【0005】
上記の「酸による脱ガム処理」における酸としては、リン酸、酢酸、クエン酸等が使用されることが知られている(例えば、特許文献1及び特許文献2参照)。
【特許文献1】特開2006−28466号公報(段落〔0011〕)
【特許文献2】特開昭57−177098号公報(請求項11)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、図2に示す従来の植物油脂の精製工程により精製した油脂は、加熱による着色や加熱臭(戻り臭)がある点において、加熱調理用油脂として使用するには十分なものとは言えなかった。
【0007】
また、図2中の「アルカリによる脱酸処理」には、アルカリによるけん化分解と水洗に伴う収量の低下や、遠心分離機の使用によるエネルギーコストが高いといった問題があった。
【0008】
従って、本発明の目的は、加熱着色及び加熱臭を抑制できる加熱調理用油脂の提供が可能な油脂の製造方法を提供することである。また、本発明の別の目的は、収量が高く、製造コストを低くすることが可能な油脂の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記目的を達成するために、粗油を精製して油脂を製造する工程において、クエン酸、リンゴ酸、及びシュウ酸から選ばれる1種以上の有機酸を含む水溶液を対油脂100ppm〜5000ppmの有機酸濃度となるように粗油又は原油に添加して脱ガム処理を行い、その後、アルカリ脱酸処理を行うことなく、水洗処理を行う工程を有することを特徴とする油脂の製造方法を提供する。ここで、粗油とは原料から採油した油をいい、原油とは粗油を水(水蒸気)で脱ガム処理して得られた油をいう。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、加熱着色及び加熱臭を抑制できる加熱調理用油脂の製造方法を提供することができる。また、収量が高く、製造コストを低くすることが可能な加熱調理用油脂の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
〔本発明の実施の形態に係る油脂の製造方法〕
本発明の実施の形態に係る油脂の製造方法は、粗油を精製して油脂を製造する工程において、クエン酸、リンゴ酸、及びシュウ酸から選ばれる1種以上の有機酸を含む水溶液(以下、有機酸水溶液という)を対油脂100ppm〜5000ppmの有機酸濃度となるように粗油又は原油に添加して脱ガム処理を行い、その後、アルカリ脱酸処理を行うことなく、水洗処理を行う工程を有する。製造された油脂は、加熱調理用油脂として好適に使用することができる。
【0012】
図1は、本実施の形態に係る油脂の精製工程フローの一例を示す図である。従来の植物油脂の精製工程フローの一例を示す図2とは、「アルカリによる脱酸処理」を行わない点において相違しており、アルカリによる脱酸処理を行わないので、これと対に実施される水洗処理は不要であるが、この本来は不要とされていた水洗処理を行うことが特徴である。
【0013】
(粗油)
本発明の実施の形態において精製の対象とされる粗油は、植物から採油されたものであることが好ましい。例えば、菜種油、大豆油、べに花油、ひまわり油、コーン油、ごま油、綿実油、フラックス油、米油、パーム油、パーム分別油、ヤシ油等である。採油方法は、機械的圧搾、及び溶媒(溶剤)抽出による方法がある。
【0014】
本実施の形態においては、粗油の50〜100%が圧搾油であることが好ましい。また、粗油の80〜100%が圧搾油であることがより好ましく、100%全てが圧搾油であることが最も好ましい。この時、圧搾油以外は、抽出油であることが好ましい。圧搾油を粗油の50%以上とすることで、保存時の風味維持が良好となる点で好ましい。
【0015】
(水脱ガム処理)
従来の方法に従い、粗油に対し、水(水蒸気)で脱ガム処理を行い、原油を得ることができる。
【0016】
(酸による脱ガム処理)
水脱ガム処理をして得た原油に対し、酸による脱ガム処理を行う。本実施の形態において、当該脱ガム処理は、クエン酸、リンゴ酸、及びシュウ酸から選ばれる1種以上の有機酸を含む有機酸水溶液を対油脂100ppm〜5000ppm(0.01%〜0.50%)の有機酸濃度となるように原油に添加して、攪拌した後に、沈殿物を分離して行う。なお、酸による脱ガム処理は、粗油に対して行うこともできるが、ガム質の除去の点から、原油に対して実施した方がより好ましい。
【0017】
クエン酸、リンゴ酸、シュウ酸以外の酸、例えば、従来、一般的に使用されてきたリン酸では本発明の効果を得ることができない。また、その他の有機酸、例えば、乳酸、酢酸、酪酸でも本発明の効果を得ることができないが、これらをクエン酸、リンゴ酸、シュウ酸に追加で添加しても差し支えない。
【0018】
また、有機酸濃度が対油脂100ppmより小さくなると、加熱臭(戻り臭)が強くなり、保存後の風味の維持も難しくなる。一方、有機酸濃度が対油脂5000ppmを超えると、加熱による着色が抑制し難くなる。
【0019】
脱ガム処理は、油脂温度を70〜96℃とし、撹拌時間(脱ガム処理時間)5秒〜60分にて行うことが好ましく、油脂温度を75〜95℃とし、攪拌時間を5秒〜10分にて行うことがより好ましい。油脂温度は、より好ましくは、80〜90℃であり、更に好ましくは85〜90℃である。攪拌時間は、より好ましくは1分〜10分であり、更に好ましくは5分〜10分であり、最も好ましくは7分〜10分である。油脂温度は、96℃を超えて100℃未満でも品質上は問題ないものが製造できるが、エネルギーコストの無駄となる。また、70〜96℃の範囲を外れると保存後の良好な風味の維持が難しくなってくる。攪拌時間は、60分を超えて行っても問題ないが、生産性低下や収率の低下の点で好ましいとは言えない。
【0020】
攪拌後、遠心分離もしくは静置分離により沈殿物を除去する。連続で沈殿物を除去できる連続式遠心分離装置を用いることが好ましい。
【0021】
添加する有機酸水溶液は、有機酸の濃度が3〜65%であることが好ましい。10〜60%であることがより好ましい。さらに、より好ましくは、10〜50%である。有機酸の濃度が10%よりも高くなると、精製油脂の収率(水洗時の収率)が95%を超えるので好ましい。
【0022】
(水洗処理)
酸による脱ガム処理後、アルカリによる脱酸処理を行うことなく、水洗処理を行う。アルカリによる脱酸処理を行うと、本発明の効果を得ることができない。水洗処理は、水を油に添加、攪拌した後、水相を除去して行う。水洗処理は、水の温度50〜100℃で行うことが攪拌後に油相と水相を分離させるために好ましい。
【0023】
添加する水は、添加水量が多いほど水洗効率が高くなるが、エネルギーコストが上昇する。添加水量は、対油3〜200質量%であることが好ましい。
【0024】
水相の除去は、攪拌後に遠心分離もしくは静置分離により行う。連続で水相を除去できる連続式遠心分離装置を用いることが好ましい。連続式遠心分離装置を用いる場合の添加水量は、対油5〜15質量%が好ましい。
【0025】
(水洗処理後の処理)
水洗処理後の処理、すなわち、乾燥処理、脱色処理、脱ろう処理、脱臭処理は、従来の方法に従って行なうことができる。脱色処理は、白土を用いることもできるが、活性白土を用いることが好ましい。脱ろう処理は、行っても行なわなくてもよい。
【0026】
〔本発明の実施の形態の効果〕
本発明の実施の形態によれば、加熱着色を抑制でき(好ましい実施形態においてY+10Rの指数で85以下、より好ましい実施形態では75以下)、加熱臭(戻り臭)も抑制でき、かつ好ましい実施形態において良好な風味の維持が可能な加熱調理用油脂の製造方法を提供することができる。
【0027】
また、収量が高く(好ましい実施形態において水洗時の収率が89%以上、より好ましい実施形態では95%以上)、アルカリによる脱酸処理を行わないので製造コストを低くすることが可能な加熱調理用油脂の製造方法を提供することができる。
【0028】
次に実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例】
【0029】
図1(実施例)又は図2(比較例)の精製工程フローに従って、表1〜6に記載の条件下で、菜種油の精製を行なった。なお、表1〜4,6における実施例及び比較例の脱ガム温度は90℃であり、脱ガム攪拌時間は8分である。
【0030】
例えば、実施例1は、図1のフローに従って、菜種から圧搾法によって採油した粗油を水脱ガム処理して得た原油に対して、クエン酸10%水溶液を有機酸含量が300ppmとなるように添加し脱ガム処理を行い、アルカリ脱酸せずに水洗い(85〜95℃、添加水量 対油6〜13質量%)して脱色、脱臭を行うことにより精製油脂を得た(図1中の脱ろう処理は省略)。実施例2〜20は、実施例1と同様に図1のフローに従って、比較例1〜7は、図2のフローに従って、精製を行なった(何れも図中の脱ろう処理は省略)。
【0031】
〔加熱試験〕
精製した油脂300gを2Lステンレスジョッキ中に入れ、これを180℃の油浴中で60時間加熱した後、色度を測定した。色度はロビボンド比色計により1/2インチセルを使用して測定し、Y+10Rとして指数化した(Y:黄色、R:赤)。結果を表1〜6に示す。
【0032】
〔保存試験〕
精製した油脂400gを500ml缶に入れて蓋をした。これを60℃で、暗所に6週間保存した後、加熱臭及び風味を評価した。評価は社内パネル10名で行った。評価結果を表1〜6に示す。
【0033】
(加熱臭評価)
100mlビーカー中に上記保存後の油脂を40g取り、180℃に加熱した際の臭気を下記の3段階で評価した。
A:原料特有の臭いはあるが、戻り臭を感じない
B:原料特有の臭いの他、戻り臭を感じる
C:戻り臭を強く感じる
【0034】
(風味評価)
サンプルを口に含み、風味を下記の4段階で評価した。
◎:無味無臭で風味が極めて良好である
○:原料特有の臭いと僅かな戻り臭があるが風味が良好である
△:原料特有の臭いと戻り臭があるが賞味可能である
×:強い戻り臭等が感じられ食用として好ましくない
【0035】
【表1】

【0036】
表1より、有機酸の添加量が対油脂300ppm〜3000ppm(0.03%〜0.30%)の有機酸濃度となる範囲内である実施例1〜5において本発明の効果が得られており、100ppm〜5000ppmの範囲を外れた比較例1,2では本発明の効果が得られていないことが判る。
【0037】
【表2】

【0038】
表2より、アルカリ脱酸処理を行なわずに水洗処理をした実施例3において本発明の効果が得られており、アルカリ脱酸処理を行なった比較例3,5及びアルカリ脱酸処理も水洗処理も行なわなかった比較例4では本発明の効果が得られていないことが判る。
【0039】
【表3】

【0040】
表3より、有機酸がクエン酸、リンゴ酸、シュウ酸である実施例3,6,7において本発明の効果が得られており、有機酸が乳酸である比較例6,7では本発明の効果が得られていないことが判る。
【0041】
【表4】

【0042】
表4より、粗油における圧搾油の割合が多ければ多いほど本発明の効果が高くなることが判る。
【0043】
【表5】

【0044】
表5より、脱ガム処理の温度70〜96℃及び撹拌時間1〜60分の条件下で本発明の効果が得られていることが判る。また、脱ガム処理の温度は、85〜90℃が本発明の効果を得る上でより好ましいことが判る。
【0045】
【表6】

【0046】
表6より、有機酸水溶液の濃度5〜60%の条件下で本発明の効果が得られていることが判る。また、有機酸水溶液の濃度は、10〜60%が本発明の効果を得る上でより好ましいことが判る。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明の実施の形態に係る加熱調理用油脂の精製工程フローの一例を示す図である。
【図2】従来の植物油脂の精製工程フローの一例を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粗油を精製して油脂を製造する工程において、クエン酸、リンゴ酸、及びシュウ酸から選ばれる1種以上の有機酸を含む水溶液(以下、有機酸水溶液という)を対油脂100〜5000ppmの有機酸濃度となるように粗油又は原油に添加して脱ガム処理を行い、その後、アルカリ脱酸処理を行うことなく、水洗処理を行う工程を有することを特徴とする油脂の製造方法。
【請求項2】
前記粗油は、50〜100%が圧搾油であることを特徴とする請求項1記載の油脂の製造方法。
【請求項3】
前記脱ガム処理は、油脂温度70〜96℃で、攪拌時間5秒〜60分、行うことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の油脂の製造方法。
【請求項4】
前記有機酸水溶液は、有機酸の濃度が3〜65%であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の油脂の製造方法。
【請求項5】
前記水洗処理は、水の温度50〜100℃で行うことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の油脂の製造方法。
【請求項6】
前記油脂が加熱調理用油脂であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の油脂の製造方法。

【図1】
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【図2】
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