説明

流れ場のせん断応力分布計測方法および装置

【課題】試験により求める実験式を用いることなく、攪拌翼による流れ場の速度変動に基づくせん断応力分布を正確に求めることができる流れ場のせん断応力分布計測方法および装置を提供する。
【解決手段】粒子画像速度計測装置10により対象とする流れ場7の速度ベクトルを計測し(S1)、速度ベクトルから流れ場の平均速度と速度変動を算出し(S2)、その結果に基づき、レイノルズ応力と平均速度勾配の全成分を算出し(S3,S4)、レイノルズ応力と平均速度勾配から乱流エネルギーEの散逸率εを算出し(S5,S6)、散逸率εから速度変動に基づくせん断応力τの分布を算出する(S7)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、簡単な流れ場や攪拌槽混合装置、生物細胞培養槽、バイオリアクタ、曝気槽等の流れ場における速度変動に基づくせん断応力分布を計測する方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
攪拌装置とは、流体を混合し攪拌する装置であり、例えば特許文献1に開示されている。
また、流れ場内の流動状態をシミュレーションする手段は、例えば特許文献2〜5に開示されている。
さらに、流れ場内の流動状態を実験的に計測する手段は、例えば特許文献6〜10に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平4−114726号公報、「混合攪拌装置」
【特許文献2】特開平11−342889号公報、「船舶における気泡による摩擦抵抗低減効果の解析方法」
【特許文献3】特開2001−312488号公報、「攪拌槽内の流動状態の予測方法及びその流動状態の表示方法」
【特許文献4】特開2006−296423号公報、「培養槽の制御装置及び培養装置」
【特許文献5】特開2011−59740号公報、「熱流体シミュレーション解析装置」
【特許文献6】特公昭60−59546号公報、「流速測定方法および装置」
【特許文献7】特表2010−503421号公報、「エコー粒子画像速度(EPIV)およびエコー粒子追跡速度測定(EPTV)システムおよび方法」
【特許文献8】特許2831161号公報、「流体圧力計測方法」
【特許文献9】特公平3−78923号公報、「流れ場の不可視情報の検出方法」
【特許文献10】特開2004−163180号公報、「流れ場の温度、圧力、速度分布の同時計測方法および装置」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
攪拌装置の設計において、対象とする流体に対する攪拌操作の最適化、効率化やそれに伴う最適な攪拌方式の選択には一般化された基準はない。
例えば、特許文献4に記載されているように、細胞培養装置においては、せん断応力の存在は細胞死滅に関る因子となり、従来の攪拌翼より低いせん断応力かつ高効率での培養が望まれている。一方、高粘度流体用の攪拌装置においては、高いせん断応力により分散能力を向上することが求められる。従って、せん断応力に依存する攪拌動力の決定は、攪拌装置の設計上重要な設計ポイントである。
【0005】
従来、攪拌装置の設計では、特定の攪拌翼に対して試験により求めた実験式を用いて動力を予測している。しかし、試験機と実機との流体粘度、流体を混合促進する邪魔板の有無、および攪拌翼の大きさの相違により、予測される動力が不足又は過剰となるおそれがあった。
また、新しい攪拌翼に対しては、上記実験式が適用できないため、新たに試験を行なって実験式を求める必要が生じ、時間と費用がかかる問題点があった。
【0006】
一方、攪拌翼による流れ場のせん断応力分布を求め、この分布から必要な動力を求めることにより、この問題を解決することができる。そのため、流れ場の速度変動に基づくせん断応力分布を正確に求めることが必要になる。
【0007】
しかし、流体数値解析(CFD)を用いた従来のシミュレーションでは、解析モデルやメッシュ数などの相違により、シミュレーション結果の変動が大きく、精度の高い速度変動に基づくせん断応力分布は得られなかった。
【0008】
また、一方、PIV(粒子画像速度)計測を用いた計測手段により、2次元又は3次元における速度、圧力、温度、濃度などの分布計測が可能であるが、速度変動に基づくせん断応力の分布計測は従来できなかった。
【0009】
本発明は、上述した問題点を解決するために創案したものである。すなわち、本発明の目的は、試験により求める実験式を用いることなく、攪拌翼による流れ場の速度変動に基づくせん断応力分布を正確に求めることができる流れ場のせん断応力分布計測方法および装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によれば、(A)粒子画像速度計測装置により対象とする流れ場の速度ベクトルを計測し、
(B)速度ベクトルから流れ場の平均速度と速度変動を算出し、その結果に基づき、レイノルズ応力と平均速度勾配の全成分を算出し、
(C)レイノルズ応力と平均速度勾配から乱流エネルギーの散逸率を算出し、
(D)散逸率から速度変動に基づくせん断応力を算出する、ことを特徴とする流れ場のせん断応力分布の計測方法が提供される。
【0011】
また、本発明によれば、対象とする流れ場の速度ベクトルを計測する粒子画像速度計測装置と、
速度ベクトルから速度変動に基づくせん断応力を算出する演算装置とを備え、
演算装置により、
速度ベクトルから流れ場の平均速度と速度変動を算出し、その結果に基づき、レイノルズ応力と平均速度勾配の全成分を算出し、
レイノルズ応力と平均速度勾配から乱流エネルギーの散逸率を算出し、
散逸率から速度変動に基づくせん断応力を算出する、ことを特徴とする流れ場のせん断応力分布の計測装置が提供される。
【発明の効果】
【0012】
上記本発明の方法および装置によれば、粒子画像速度計測装置により、対象とする流れ場の速度ベクトルを計測するので、計測エリア内の速度ベクトルの分布を高い精度で計測することができる。
【0013】
また、演算装置により、速度ベクトルから流れ場の平均速度と速度変動を算出し、その結果に基づき、レイノルズ応力と平均速度勾配の全成分を算出し、レイノルズ応力と平均速度勾配から乱流エネルギーの散逸率を算出し、散逸率から速度変動に基づくせん断応力を算出するので、精度の高い速度ベクトル分布から流体力学に基づき速度変動に基づくせん断応力分布を高い精度で算出することができる。
【0014】
従って、粒子画像速度計測に基づき、レイノルズ応力の評価をもう一歩踏み出し、流れ場における速度変動に基づくせん断応力分布を明らかにすることができ、流れ場全体及び局所での速度変動に基づく平均せん断応力分布を評価することが可能になる。

【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明による計測装置の実施形態図である。
【図2】本発明による計測方法の全体フロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好ましい実施形態を添付図面に基づいて詳細に説明する。なお、各図において共通する部分には同一の符号を付し、重複した説明を省略する。
【0017】
図1は、本発明による計測装置の実施形態図である。
この図において計測装置(流れ場のせん断応力分布計測装置)は、粒子画像速度計測装置10と演算装置20を備える。
【0018】
粒子画像速度計測装置10は、粒子画像速度(Particle Image Velocimetry:PIV)を計測する装置であり、レーザ照射装置12、カメラ14、及び画像処理装置16を有する。
【0019】
粒子画像速度計測装置10は、この例では、ステレオ粒子画像速度計測装置であり、流れ場7(後述する)の2次元3成分の速度ベクトルを計測するようになっている。
なお、本発明はステレオ粒子画像速度計測装置に限定されず、その他の粒子画像速度計測装置であってもよい。
【0020】
この図において1は、対象とする流れ場7を有する攪拌装置である。攪拌装置1は、この例では中空円筒形の攪拌槽2と、攪拌槽2の中心軸に沿って鉛直に延びる攪拌軸3と、攪拌軸3の下端部に固定され半径方向に延びる攪拌翼4とを有する。攪拌軸3は図示しない駆動装置により攪拌軸3を中心に回転駆動される。
攪拌槽2の内部には、トレーサ粒子5を含む透明な液体6(例えば水)が所定のレベルで収容されている。トレーサ粒子5は、例えば直径1〜10μmの固体粒子であり、密度が液体6と同一又はこれに近似しており、攪拌装置1内の液体6の流れに同伴されて流れ場7の流線に沿って同じ速度で流れるように設定されている。
【0021】
この例において、攪拌装置1内の液体6の流れは、攪拌槽2の中心軸に対して線対称である。従って、この例において計測対象とする流れ場7は、攪拌装置1内の液体6の鉛直平面による半断面となる。
以下、この例では、計測対象とする流れ場7を攪拌装置1内の液体6の鉛直平面による半断面abcdとし、攪拌翼4の中心を原点O、半断面abcd内の原点Oからの半径方向をx軸、原点Oからの上方向をy軸、x軸とy軸に直交する方向をz軸(図示せず)とする。
すなわち計測対象とする流れ場7、すなわち計測エリアは、半断面abcdである。
【0022】
レーザ照射装置12は、レーザ光源12aとシリンダレンズ12bとを有し、レーザ光源12aで発生させたレーザ光13aをシリンダレンズ12bで平面状に広げてレーザシート光13bを攪拌装置1内の計測エリアの液体6に照射する。
レーザシート光13bは、厚さの薄い(例えば1〜2mm)の平面光であり、計測エリアの流れ場7(液体6の鉛直平面による半断面abcd)を照射し、流れ場7内に位置するトレーサ粒子5を照明する。
【0023】
カメラ14は、計測対象とする平面状の流れ場7(計測エリア)に対向しかつ互いに間隔を隔てた2つのカメラ14a,14bからなる。各カメラ14a,14bは、レーザシート光13bにより照明された流れ場7内に位置するトレーサ粒子5をそれぞれ連続的に撮影する。
【0024】
画像処理装置16は、例えばコンピュータ(PC)であり、カメラ14(カメラ14a,14b)で連続的に撮影した2枚の連続写真のトレーサ粒子5の位置から、画像処理にて、同じトレーサ粒子5の空間位置を算出し、その運動軌跡と撮影間隔から、流れ場7の2次元3成分の速度ベクトルを計測する。
流れ場7の2次元位置は、上述したx−y座標上の位置(x,y)であり、その3成分はx、y、z軸方向の速度成分(U,U,U)である。以下、添え字1,2,3は、x、y、z軸方向を意味する。
【0025】
演算装置20は、例えばコンピュータ(PC)であり、画像処理装置16で計測した速度ベクトルの分布から速度変動に基づくせん断応力分布を算出する。
なお、画像処理装置16と演算装置20を同一のコンピュータ(PC)で構成してもよい。
【0026】
図2は、本発明による計測方法の全体フロー図である。
この図において、本発明の計測方法はS1〜S7の各ステップ(工程)からなる。
【0027】
S1では、粒子画像速度計測装置10により対象とする流れ場7の速度ベクトルの分布を計測する。
この速度ベクトルは、流れ場7のx−y座標上の位置(x,y)におけるx、y、z軸方向の速度成分(U,U,U)をもつ。
【0028】
S2では、計測した多数の速度ベクトルから流れ場7の平均速度と速度変動の分布の統計値を算出する。
平均速度のx、y、z軸成分は、速度成分(U,U,U)の所定時間内の平均値であり、後述する式では各速度成分U,U,Uの上部に記号「−」を付して示す。
また、速度変動は、速度成分(U,U,U)の平均値からの変動分(偏差)であり、x、y、z軸方向の速度変動をu,u,uで表す。
【0029】
乱流エネルギーEの輸送方程式は数1の式(1)で示される。
【数1】


ここで、i,j,kはそれぞれx、y、z軸方向を意味する1,2,3で与えられる。
【0030】
式(1)の右辺第1項は、乱流エネルギーEの生成を意味しており、この第1項(乱流エネルギーEの生成)を展開すると数2の式(2)の通りである。
【数2】

【0031】
式(2)は、「レイノルズ応力」と「平均速度勾配」の行列をかけたものである。レイノルズ応力の全成分は、数3の式(3)で、平均速度勾配の全成分は式(4)で与えられる。
【数3】

【0032】
S3において、流れ場7の速度変動から、式(3)により、レイノルズ応力の全成分を算出する。
また、S4において、流れ場7の平均速度から、式(4)により、平均速度勾配の全成分を算出する。
なお、式(4)では、数4の式(5)の連続の式を用いている。
また、式(4)で斜線で示した計測されない2つ成分は、例えば式(6)と式(7)の近似式を用いて求める。
【数4】

【0033】
局所平衡(local equilibrium)、すなわち乱流エネルギーEの生成=散逸であると仮定すると、数5の式(8)が成り立つ。
また、一様等方性乱流では、乱流エネルギーEの散逸率εは式(9)で与えられる。
ここで、νは動粘度(動粘度係数)、∂u/∂xは速度変動による垂直応力成分、∂u/∂xは速度変動に基づくせん断応力成分である。
また式(3)から、μ∂u/∂xの大きさは式(10)で得られる。ここでρは流体密度、μは粘性係数である。
式(10)により速度変動に基づくせん断応力τを求めることができる。
【数5】

【0034】
図2のS5では、式(8)の乱流エネルギーEの評価をし、S6でレイノルズ応力と平均速度勾配から式(9)により乱流エネルギーEの散逸率εを算出する。
【0035】
S7では、式(10)により、散逸率εから速度変動に基づくせん断応力τの分布を算出する。
【0036】
本発明のポイントは試験により流れ場7の速度変動に基づくせん断応力分布を評価することである。具体的にはPIV計測装置10で計測した速度ベクトルの速度成分(U,U,U)から速度変動に基づくせん断応力τを求める過程において、局所平衡(すなわち、乱流エネルギーEの生成=散逸)と、一様等方性乱流場の仮定に基づいて、速度変動に基づくせん断応力τの分布を評価する。
【0037】
上述した本発明によれば、ステレオPIV計測装置10の撮影範囲にて、攪拌槽2全体の速度変動に基づく平均せん断応力分布の推測が可能になり、かつ、攪拌翼4の近傍を撮影範囲(計測エリア)とすれば、攪拌翼4の局所での速度変動に基づくせん断応力τを評価することが可能になる。
この結果に従って、様々な攪拌翼4による速度変動に基づくせん断応力τの分布計測により、攪拌翼4の性能評価と検証ができるうえ、新しい攪拌翼4の開発指針に関する重要な参考になる。さらに、CFDの結果と比較による予測の精度の向上と検証データとして使用もできる。
【0038】
上述した本発明の方法および装置によれば、粒子画像速度計測装置10により、対象とする流れ場7の速度ベクトルを計測するので、計測エリア内の速度ベクトルの分布を高い精度で計測することができる。
【0039】
また、演算装置20により、速度ベクトルから流れ場7の平均速度と速度変動を算出し、その結果に基づき、レイノルズ応力と平均速度勾配の全成分を算出し、レイノルズ応力と平均速度勾配から乱流エネルギーEの散逸率εを算出し、散逸率εから速度変動に基づくせん断応力τを算出するので、精度の高い速度ベクトル分布から流体力学に基づき速度変動に基づくせん断応力分布を高い精度で算出することができる。
【0040】
従って、粒子画像速度計測(PIV計測)に基づき、レイノルズ応力の評価をもう一歩踏み出し、流れ場7における速度変動に基づくせん断応力τの分布を明らかにすることができ、流れ場7の全体及び局所での速度変動に基づく平均せん断応力τの分布を評価することが可能になる。
【0041】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されず、特許請求の範囲の記載によって示され、さらに特許請求の範囲の記載と均等の意味および範囲内でのすべての変更を含むものである。
【符号の説明】
【0042】
1 攪拌装置、2 攪拌槽、3 攪拌軸、4 攪拌翼、
5 トレーサ粒子、6 液体、7 流れ場、
10 粒子画像速度計測装置(PIV計測装置)、
12 レーザ照射装置、12a レーザ光源、12b シリンダレンズ、
13a レーザ光、13b レーザシート光、
14 カメラ、14a,14b カメラ、
16 画像処理装置、20 演算装置


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)粒子画像速度計測装置により対象とする流れ場の速度ベクトルを計測し、
(B)速度ベクトルから流れ場の平均速度と速度変動を算出し、その結果に基づき、レイノルズ応力と平均速度勾配の全成分を算出し、
(C)レイノルズ応力と平均速度勾配から乱流エネルギーの散逸率を算出し、
(D)散逸率から速度変動に基づくせん断応力を算出する、ことを特徴とする流れ場のせん断応力分布の計測方法。
【請求項2】
前記(A)において、ステレオ粒子画像速度計測装置を用い、流れ場の2次元3成分の速度ベクトルを計測する、ことを特徴とする請求項1に記載のせん断応力分布の計測方法。
【請求項3】
前記(C)において、局所平衡を仮定して、乱流エネルギーの生成から散逸率を算出する、ことを特徴とする請求項1に記載のせん断応力分布の計測方法。
【請求項4】
前記(D)において、一様等方性乱流場において、乱流エネルギー散逸率の定義に基づき、流れ場における速度変動に基づくせん断応力を算出する、ことを特徴とする請求項1に記載のせん断応力分布の計測方法。
【請求項5】
対象とする流れ場の速度ベクトルを計測する粒子画像速度計測装置と、
速度ベクトルから速度変動に基づくせん断応力を算出する演算装置とを備え、
演算装置により、
速度ベクトルから流れ場の平均速度と速度変動を算出し、その結果に基づき、レイノルズ応力と平均速度勾配の全成分を算出し、
レイノルズ応力と平均速度勾配から乱流エネルギーの散逸率を算出し、
散逸率から速度変動に基づくせん断応力を算出する、ことを特徴とする流れ場のせん断応力分布の計測装置。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−251877(P2012−251877A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−124768(P2011−124768)
【出願日】平成23年6月3日(2011.6.3)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【出願人】(504182255)国立大学法人横浜国立大学 (429)
【Fターム(参考)】