説明

流動電気メッキシステム

【課題】メッキ膜の均一性を向上しつつアルカリミスト等の放出を抑制し、小型化された電気メッキシステムを提供すること。
【解決手段】被メッキ部材101を収容する負極槽Hと、正極102を収容する正極槽Gと、正極槽Gと負極槽Hとの間を電気メッキ液が循環する流路を形成する配管と、を有し、正極槽Gから負極槽Hへ供給される電気メッキ液により被メッキ部材101表面にメッキ膜を形成する流動電気メッキシステム100。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は流動電気メッキシステムに関し、より詳しくは、均一なメッキ膜形成が可能な流動電気メッキシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、通常の金属製品等に施される電気メッキプロセスは、熱水処理、アルカリ処理、酸処理及び水洗等の前処理や、メッキ処理、後処理等の複数の工程を経て行われる。これらの処理工程は、それぞれに、1個以上の処理槽を用意し、各処理槽に被メッキ部材を順次、浸漬することでメッキ処理が行われている。この他に、被メッキ部材によっては、前処理として化学メッキが施される。
【0003】
また、電気メッキは、金属イオンが、正極と負極との間の電位勾配に従って流れるものであり、効率よくメッキを行うためには、正極と被メッキ部材である負極はできるだけ近くに置くのが常識とされてきた。こうした条件では、金属イオンは電気力線に沿って流れるので、被メッキ部材表面の電気力線の密度によってメッキ膜の厚さが変化する。この場合、被メッキ部材の角や尖った部分では電気力線の密度が高くなるので、メッキ膜が厚くなる。
このようなメッキ膜の不均一性を解消する方法としては、一般に、メッキ液を攪拌することが有効と考えられており、たとえば、メッキ液中に挿入した回転翼の回転と反射板とを併用する方法(特許文献1参照)、被メッキ部材表面にメッキ液を噴射する方法(特許文献2参照)等が報告されている。
【0004】
【特許文献1】特開2003−247099号公報
【特許文献2】特開2004−359994号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上述したように、電気メッキは、複数の処理を経るプロセスのため、多数の処理槽が必要になる。このため、一般に、電気メッキ装置は広い面積が必要となり大型化する。また、これら複数の処理工程は開放系で行われるため、アルカリや酸のミストが室内に放出されることを避けられない。さらに、総ての処理槽を常時使用している状態では、個々の処理槽における被メッキ部材の浸漬時間を等しくする等の制約が生じる場合がある。
【0006】
本発明は上記の課題を解決するためになされたものである。
即ち、本発明の目的は、メッキ膜の均一性を向上しつつアルカリや酸のミストの放出を抑制し、小型化された電気メッキシステムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、上述した課題を解決するために、本発明者は鋭意検討した結果、電気メッキ装置全体をクローズド化し、メッキ液を循環させる流動電気メッキ方式を採用したところ、メッキ膜の均一性が向上し、装置全体を小型化することが可能となった。
かくして本発明によれば、被メッキ部材を収容する負極設置部と、被メッキ部材との間に所定の電圧を印加する正極を収容する正極設置部と、正極設置部と負極設置部とを連通し、正極設置部から負極設置部へ電気メッキ液が流れる流路と、負極設置部と正極設置部とを連通し、負極設置部から正極設置部へ電気メッキ液が還流する流路と、を有することを特徴とする流動電気メッキシステムが提供される。
本発明が適用される流動電気メッキシステムによれば、従来のメッキ装置によりメッキ処理を行う場合と比べ、メッキ膜の不均一性が解消される。
ここで、本発明が適用される流動電気メッキシステムは、少なくとも正極設置部における電気メッキ液を撹拌する撹拌装置を有することを特徴とすることができる。
また、少なくとも正極設置部における電気メッキ液の流れが乱流となる条件で電気メッキ液を流動しながらメッキを行うことが好ましい。
【0008】
また、本発明が適用される流動電気メッキシステムは、正極設置部から負極設置部へと連通する流路が管状であり、流路中に電気メッキ液を混合するスタティックミキサを有することを特徴とすることができる。
さらに、正極設置部から負極設置部へと連通する流路から被メッキ部材へのメッキ液の供給位置が可変となっていることが好ましい。
【0009】
本発明が適用される流動電気メッキシステムは、少なくとも負極設置部内の圧力を大気圧より低圧にする減圧装置を有することを特徴とすることができる。減圧状態の負極設置部において電気メッキ処理を行うことにより、電気分解によって生じる水素等の気体を迅速に除去することができる。
また、本発明が適用される流動電気メッキシステムは、正極設置部に供給する電気メッキ液を貯留するメッキ液供給槽を備えることが好ましい。メッキ液供給槽を備えることにより、予め、電気メッキ液を調製し、また、電気メッキ液の組成変動を抑制することができる。
さらに、負極設置部に、被メッキ部材表面を間歇的に掃引しうる刷毛またはブラシを備えることにより水素等の気体を迅速に除去することができる。
さらにまた、被メッキ部材の周辺に少なくとも1個の絶縁処理した電極もしくは金属イオンの溶出が殆どない電極を配置することができる。
【0010】
次に、本発明を方法のカテゴリーから把握すると、被メッキ部材及び被メッキ部材との間に所定の電圧を印加する正極に電気メッキ液を供給する流動電気メッキ方法であって、少なくとも正極周辺の電気メッキ液を攪拌しつつ電気メッキ液を被メッキ部材に供給し、被メッキ部材を電気メッキ処理することを特徴とする被メッキ部材の流動電気メッキ方法が提供される。
ここで、少なくとも正極周辺の電気メッキ液が乱流となる条件で電気メッキ液を攪拌することが好ましい。
また、被メッキ部材周辺の電気メッキ液の圧力を大気圧より低圧にすることにより水素等の気体を迅速に除去することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の電気メッキシステムによれば、アルカリや酸のミストの放出を抑制し、装置全体を小型化できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための最良の形態(実施の形態)について、図面に基づき説明する。尚、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。また、使用する図面は、本実施の形態を説明するために使用するものであり、実際の大きさを表すものではない。
図1は、本実施の形態が適用される流動電気メッキシステム100を説明するための概略図である。
図1に示すように、流動電気メッキシステム100は、負極設置部として被メッキ部材101を収容する負極槽Hと、正極設置部として被メッキ部材101との間に直流電源103により所定の電圧が印加される正極102を収容する正極槽Gとを有している。負極槽Hと正極槽Gとは、複数の管状の配管104,105,106,107,108,109により連通し、後述する電気メッキ液が負極槽Hと正極槽Gとの間を循環する流路を形成している。
【0013】
本実施の形態が適用される流動電気メッキシステム100には、さらに、正極槽Gに供給する電気メッキを貯留するためのメッキ液供給槽Fと、負極槽Hと正極槽Gとの間を循環する流路の途中に設けたフィルタIを有している。メッキ液供給槽Fは、配管110及び配管109を介して正極槽Gと連通している。また、フィルタIとメッキ液供給槽Fとを連通する配管111を有している。
【0014】
さらに、図1に示すように、本実施の形態が適用される流動電気メッキシステム100には、被メッキ部材101表面の脱脂処理等に使用する熱水を貯留する熱水供給槽Aと、アルカリ処理液を貯留するアルカリ処理液槽Bと、水洗用の水を貯留する洗浄用水槽Cと、電解研磨液槽D、乾燥用の空気を貯留する乾燥空気槽Eとを有している。また、これらの各槽(A,B,C,D,E)に貯留した処理液を負極槽Hにそれぞれ供給するための複数の配管112,116,119,121,123と、これらの処理液をそれぞれの槽(A,B,C,D,E)に回収するための配管113,114,117,120,122,124とが設けられている。
【0015】
流動電気メッキシステム100における負極槽Hと正極槽Gとには、各槽中の電気メッキ液を均一に混合するために、それぞれ混合装置125,126が設けられている。また、正極槽Gと負極槽Hとを連通する管状の配管104,105,106の途中には、配管中を流れる電気メッキ液を攪拌混合するためのスタティックミキサ127が設けられている。さらに、負極槽H内を減圧状態にするための減圧装置128が取り付けられている。
【0016】
尚、図示しないが、流動電気メッキシステム100には、各槽(A,B,C,D)からの処理液や、メッキ液供給槽Fから電気メッキ液を供給する所定の循環ポンプ、さらに、乾燥空気槽Eからの乾燥空気を供給するためのコンプレッサー等を有している。
また、各槽(A,B,C,D,E)、メッキ液供給槽F、正極槽G及び負極槽Hには、それぞれ所定のセンサー等が取り付けられている。これらのセンサーにより、各槽(A,B,C,D)の処理液、乾燥空気槽Eの空気、メッキ液供給槽F中の電気メッキ液、正極槽G及び負極槽Hを循環する電気メッキ液は、適時モニタリングされ、組成変動が無いように管理されると共に、経時変化の程度によっては、廃液として回収される。
尚、各槽(A,B,C,D)、メッキ液供給槽F、正極槽G及び負極槽Hには、廃液の抜き出し口や新しい液の供給口が取り付けられている。
【0017】
正極槽G、負極槽H及びメッキ液供給槽Fは、例えば、ステンレス鋼で形成され、内面は、例えば、塩化ビニル樹脂又は硬質ゴム等によりライニングが施されている。正極槽G、負極槽H及びメッキ液供給槽Fは、窒素ガス等の不活性ガスによりシールされていることが好ましい。正極102としては純ニッケル板等が挙げられる。
尚、正極槽Gに収容された正極102と、負極槽Hに収容された負極である被メッキ部材101との間隔は、特に限定されないが、通常、1m〜2mであり、好ましくは、0.5m〜1mである。
【0018】
電解質溶液である電気メッキ液は、通常、所定の溶媒に、一種又は二種類以上の金属の塩、有機電解質、リン酸等の酸、アルカリ物質等の各種電解質を溶解させたものが用いられる。溶媒は、極性溶媒であれば特に限定されない。具体例として、水;メタノール、エタノール等のアルコール類;エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート等の環状カーボネート類;ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、ジエチルカーボネート等の直鎖状カーボネート類、又はこれらの混合溶媒等が挙げられる。
【0019】
金属の塩としては、析出させる金属、合金、酸化物の種類等を考慮して適宜選択される。電気化学的に析出させることができる金属としては、例えば、Cu、Zn、Ga、As、Cr、Se、Mn、Fe、Co、Ni、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Te、Ru、Rh、Pd、Au、Hg、Tl、Pb、Bi、W、Po、Re、Os、Ir、Pt等が挙げられる。また、有機電解質としては、例えば、ポリアクリル酸等の陰イオン系電解質、ポリエチレンイミン等の陽イオン系電解質が挙げられる。
【0020】
尚、電気メッキ液には、上記の物質の他に、溶液の安定化等を目的として一種又はそれ以上の物質を含むことができる。具体的には、析出する金属のイオンと錯塩をつくる物質、電解質溶液の導電性を向上させるためのその他の塩、電解質溶液の安定剤、電解質溶液の暖衝材、析出金属の物性を変える物質、陰極の溶解を助ける物質、電解質溶液の性質あるいは析出金属の性質を変える物質、二種以上の金属を含む混合溶液の安定剤等を挙げることができる。
【0021】
主な電気化学的反応方法における電解質溶液の主成分の具体的な例は、以下の通りである。例えば、銅を析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、結晶硫酸銅及び硫酸、ホウフッ化銅及びホウフッ酸、シアン化銅及びシアン化ソーダ、ピロリン酸銅、ピロリン酸カリウム、及びアンモニア水;ニッケルを析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、硫酸ニッケル、塩化アンモニウム、及びホウ酸、硫酸ニッケル、塩化ニッケル、及びホウ酸、スルファミン酸ニッケル、塩化ニッケル、及びホウ酸;クロムを析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、クロム酸及び硫酸、クロム酸、酢酸バリウム、及び酢酸亜鉛;亜鉛を析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、硫酸亜鉛、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、ホウ酸、及びデキストリン、酸化亜鉛、シアン化ソーダ、及び苛性ソーダ、酸化亜鉛及び苛性ソーダ等が挙げられる。
【0022】
カドミウムを析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、酸化カドミウム、シアン化ソーダ、ゼラチン、及びデキストリン;スズを析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、硫酸第一スズ、硫酸、クレゾールスルホン酸、β−ナフトール、及びゼラチン、スズ酸カリ及び遊離苛性カリ;銀を析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、シアン化銀及びシアン化カリ;金を析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、金、シアン化カリ、炭酸カリ、及びリン酸水素カリ;白金を析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、塩化白金酸、第二リン酸アンモニウム、及び第二リン酸ソーダ、塩化白金酸及び酢酸塩;ロジウムを析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、濃硫酸及びロジウム、リン酸及びリン酸ロジウム等が挙げられる。
【0023】
ルテニウムを析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、ルテニウム錯体;黄銅を析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、シアン化第一銅、シアン化亜鉛、シアン化ナトリウム、及び炭酸ナトリウム;スズ鉛合金を析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、スズ、鉛、遊離ホウフッ酸、及びペプトン、スズ、鉛、遊離ホウフッ化水素酸、及びペプトン;鉄ニッケル合金を析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、スルファミン酸ニッケル、スルファミン酸第一鉄、及び酢酸ナトリウム;コバルト燐を析出させる場合の電解質溶液の主成分としては、塩化コバルト、亜リン酸、及びリン酸等が挙げられる。
【0024】
混合装置125,126は、正極槽Gと負極槽Hの底部にそれぞれ設けられ、所定の速度で回転して電気メッキ液を攪拌し、組成の均一性が保たれる。尚、混合装置125,126が設けられる位置は、正極槽Gと負極槽Hの底部に限定されず、適宜変更することができる。
スタティックミキサ127としては、通常、流体の通過が可能な円筒管内に、複数枚の板状エレメントが、互いに直交するように直列に連結された構造を有している。正極槽Gから負極槽Hに供給される電気メッキ液は、スタティックミキサ127内に設けられた複数枚の板状エレメントにより混合される。尚、複数個のスタティックミキサ127を設けることも可能である。また、スタティックミキサ127の取り付け位置は、適宜変更することができる。
減圧装置128としては、例えば、アスピレータが挙げられる。減圧装置128により、負極槽Hに供給される電気メッキ液中の溶存空気や、電気分解によって生じる水素等の気体が迅速に除去される。
【0025】
次に、図1に示す流動電気メッキシステム100の作用について説明する。図1に示すように、先ず、熱水を熱水供給槽Aから、配管112,105,106を経由して負極槽Hに供給し、被メッキ部材101を洗浄する。熱水で被メッキ部材101を洗浄する場合は、他の各槽(B,C,D,E)及び正極槽Gから出ている各配管を遮断する。被メッキ部材101の洗浄に使用された熱水は、負極槽Hから、配管106,113,114を経由して熱水供給槽Aに戻る。熱水中に油脂分等の熱水に浮くものが溜まった場合には、熱水供給槽Aの上部に設けた配管115から抜き出される。尚、熱水供給槽Aの下部からも汚水を抜き出し、さらに新しい熱水を交換できるようにしておく。同様の操作により、アルカリ処理液槽B中のアルカリ液によりアルカリ処理、電解研磨液槽D中の電解研磨液による処理が行われる。尚、アルカリ液中に油脂分等が溜まった場合には、アルカリ処理液槽Bの上部に設けた配管118から抜き出される。
【0026】
次に、電気メッキ処理の際は、メッキ液供給槽Fに貯留された電気メッキ液が、配管110及び配管109を通って正極102を収容する正極槽Gに送られ、正極槽Gを満たした後、配管104及び配管106を通って、被メッキ部材101を収容する負極槽Hに送られる。さらに、電気メッキ液は、負極槽Hを満たした後、配管107及び配管108によりフィルタIに送られて、正極層G→負極槽H→フィルタI→正極槽Gと循環する。次に、被メッキ部材101と正極102との間に直流電源103により所定の電圧が印加され、被メッキ部材101表面に電気メッキ処理が行われる。尚、電気メッキ液は、正極層G→フィルタI→負極槽H→正極槽Gと循環してもよい。
【0027】
電気メッキ処理が終了後、洗浄用水槽C中の洗浄水が、配管119,105,106を経由して負極槽Hに供給され被メッキ部材101の水洗が行われる。続いて、乾燥空気槽Eから、配管123,105,106を経由して乾燥用の空気が負極槽Hに供給され被メッキ部材101の乾燥が行われる。乾燥が終了した時点で負極槽Hを開けて電気メッキ処理された被メッキ部材101が取り出される。
【0028】
本実施の形態が適用される流動電気メッキシステム100によれば、流動する電気メッキ液を用いて電気メッキ処理を行うことにより、被メッキ部材101に形成されるメッキ膜の均一性が向上する効果が得られる。
ここで、例えば、長尺状パイプの内面にメッキ膜を形成する場合には、長尺状パイプ自身を容器兼流路とし、電気メッキ処理を行うことができる。この場合、デッドスペースを少なくする手段としては、例えば、長尺状パイプの内側に中子を入れても良いし、また、長尺状パイプの一方の端を封止し、電気メッキ液を入れる側を二重管構造として、一方から電気メッキ液を送り他方に流れるようにしてもよい。また、スルーホールのような細い孔の場合には、先端にゴムをつけた細いパイプ状の流路を孔の両側から押し付けて穴の中に電気メッキ液を通せばよい。
【0029】
尚、本実施の形態が適用される流動電気メッキシステム100は、電気メッキ液が正極槽Gと負極槽Hとを循環するので、これらの槽(G,H)を連結する複数の配管の容積分だけ電気メッキ液が余計に必要となる。そのため、正極槽Gや負極槽Hは、可能な限り無駄なスペースを無くし、使用する電気メッキ液量を低減できるようにする工夫が必要である。
【0030】
また、被メッキ部材の形状によっては、電気メッキ液の流れに滞留部ができる可能性があり、このような滞留部が生じると被メッキ部材表面のメッキ膜の厚さが薄くなるおそれがある。また、電気メッキ液の流れによっては、下流側でメッキ膜の厚さが薄くなることも考えられる。このような電気メッキ液の滞留部ができることによるメッキ膜の厚さが薄くなることを防止する方法としては、例えば、電気メッキ液に電流が流れないように絶縁処理した電極もしくは金属イオンの溶出が殆どない電極を、負極である被メッキ部材の近傍に配置する方法が挙げられる。このような電極は、被メッキ部材の周辺に1個または複数個設けることができる。また、これらの電極を設ける場合はそれぞれの電位が負極及び正極の電位と異なっていてもよい。金属イオンの溶出が殆どない電極としては、炭素電極、導電性高分子電極などを利用できる。
【0031】
本実施の形態が適用される流動電気メッキシステム100によれば、従来のメッキ装置によりメッキ処理を行う場合と比べ、被メッキ部材101に形成されるメッキ膜の不均一性が解消され、ピンホール等が減少する。さらに、メッキ膜の均一性を向上させる他の手段としては、例えば、負極槽Hに収容された被メッキ部材101を適宜移動し、電気メッキ液の流れと被メッキ部材101との位置関係を変動させる方法;電気メッキ液の流速を適宜変更する方法;被メッキ部材101の表面を、回転する棒ブラシまたは揺動する刷毛等で掃引し、水素気泡を除去する方法等が考えられる。
【0032】
このように、本実施の形態が適用される流動電気メッキシステム100によれば、正極102を収容する正極槽Gと被メッキ部材101を収容する負極槽Hとを循環して流動する電気メッキ液を用いて電気メッキ処理を行うことにより、被メッキ部材101に形成されるメッキ膜の均一性を向上することができる。
また、電気メッキ装置全体をクローズド化すると共に、装置全体を小型化することが可能となった。
【0033】
これまで説明したように、本発明においては、正極から負極に電気メッキ液を流しながらメッキをすることが重要な点である。この場合に考えなければならないのは電流の流路である。電気メッキ液はイオンで満たされているので、電流はどこを流れても良い。しかし、実際には全ての場所を流れるのではなく、層流の場合は、おそらくは正極から負極に到る流線にそった流れが中心であろうと考えられる。この場合にはメッキ膜の厚みは流線によって支配される可能性がある。
【0034】
そこで流線を無秩序なものにするために、少なくとも正極周辺を、好ましくは負極周辺も、定常的な流線ができない程度に充分に撹拌する方法が有効である。さらに、正極と負極との間を管状の配管で連結する場合は、必要に応じて配管内にスタティックミキサーを入れる方法、あるいは、少なくとも正極付近を、好ましく負極付近も、流れが乱流になる条件で電気メッキ液を流しながらメッキ処理を行う方法が有効である。
【0035】
このような条件が満たされていれば、正極及び負極が同一の槽内にあっても良いし、正極を収納する槽と負極を収納する槽とを分離し、その間を電気メッキ液が流れる流路で繋いでもよい。この場合、正極と負極の間の距離は1m以下であることが好ましい。尚、正極と負極である被メッキ部材との間に遮蔽物を設ける必要は無く、また、正極と被メッキ部材との間を所定のパイプ等で繋いでもよい。
【0036】
また、被メッキ部材の長さが長尺の場合は、メッキ膜の厚さの均一性を向上する方法としては、例えば、メッキ途中で電気メッキ液の流れを逆転させる方法、被メッキ部材の位置を電気メッキ液の流れに対して相対的に変動させたり、回転させる方法が挙げられる。
【0037】
(ピンホール)
電気メッキ液が乱流となって被メッキ部材表面を流れる場合は、水の電気分解によって生じた水素気泡も流れの力によって被メッキ部材表面から剥がれやすくなる。また、それだけでは不十分な場合には、例えば、正極から負極に流れた電気メッキ液を再び正極に戻すように循環させ、この流路全体を大気に対して閉鎖系とし、被メッキ部材である負極の部分を間歇的に減圧にして気泡を除去することもできる。さらに、電気メッキ液の流れを阻害しない範囲で、被メッキ部材表面を刷毛またはブラシで掃くことにより水素気泡を除去することもできるし、これと減圧にする方法とを組み合わせることもできる。
【0038】
本発明において、電気メッキ液の流れを利用してメッキ処理することにより、メッキプロセスにおける設計の自由度を増やすことができる。即ち、前述したように、通常の金属製品などのメッキプロセスは、熱水処理、アルカリ処理、酸処理、水洗等の前処理や、メッキ処理、後処理等のそれぞれに、一つ以上の槽を用意し、順次、これらの槽に被メッキ部材を浸漬して処理することでメッキを行っている。このプロセスでは、多数の槽が必要になるので、大きな面積が必要になるほか、各槽が開放系になっているので、酸やアルカリのミストが室内に出ることは避けられない。
【0039】
これに対し、本発明によれば、例えば、メッキ槽を他の処理槽と共通とし、必要な液の貯蔵容器を液の数だけ用意し、これらと処理槽をバルブとポンプでつなぎ、処理の順番に従って順次、液を処理槽に送って処理を行うプロセスを作ることも可能である。こうすれば、多数の槽を並べることは避けられる。その上で全ての容器と処理槽を密閉すれば、酸やアルカリのミストの問題が解消する。
【0040】
この場合、従来のメッキ法のように正極を負極に近接して相対して配置すると、前処理や後処理が正極にも施される無駄を避けるために、正極を収容する正極槽と負極を収容する負極槽とを分離し、その間を流路でつなぎ、電気メッキ液を流動させてメッキを施すことにすれば、密閉系でメッキでき、しかも空間的な配置の自由度の高いメッキプロセスを構成することができる。
【0041】
また、パイプ状の被メッキ部材の内面だけをメッキする場合には、これを容器兼流路とし、デッドスペースを少なくするために中子を入れても良いし、一方の端を封止し、液を入れる側を二重管構造として、一方から液を送り他方に流れるようにしてもよい。さらに、スルーホールのような細い孔の場合には、先端にゴムをつけた細いパイプ状の流路を孔の両側から押し付けて穴の中に液を通せばよい。
【0042】
尚、前処理や後処理については必要に応じて種々選択することができ、特に限定されない。また、被メッキ部材の形状は、平板に限定されず、例えば、円柱や球等様々な形状のものを対象とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本実施の形態が適用される流動電気メッキシステムを説明するための概略図である。
【符号の説明】
【0044】
100…流動電気メッキシステム、101…被メッキ部材、102…正極、103…直流電源、104,105,106,107,108,109,110,111,112,113,114,115,116,117,118,119,120,121,122,123,124…配管、125,126…混合装置、127…スタティックミキサ、128…減圧装置、A…熱水供給層、B…アルカリ処理液槽、C…洗浄用水槽、D…電解研磨液槽、E…乾燥空気槽、F…メッキ液供給槽、G…正極槽、H…負極槽、I…フィルタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被メッキ部材を収容する負極設置部と、
前記被メッキ部材との間に所定の電圧を印加する正極を収容する正極設置部と、
前記正極設置部と前記負極設置部とを連通し、当該正極設置部から当該負極設置部へ電気メッキ液が流れる流路と、
前記負極設置部と前記正極設置部とを連通し、当該負極設置部から当該正極設置部へ前記電気メッキ液が還流する流路と、
を有することを特徴とする流動電気メッキシステム。
【請求項2】
少なくとも前記正極設置部における前記電気メッキ液を撹拌する撹拌装置を有することを特徴とする請求項1記載の流動電気メッキシステム。
【請求項3】
少なくとも前記正極設置部における前記電気メッキ液の流れが乱流となる条件で当該電気メッキ液を流動しながらメッキを行うことを特徴とする請求項1記載の流動電気メッキシステム。
【請求項4】
前記正極設置部から前記負極設置部へと連通する前記流路が管状であり、当該流路中に前記電気メッキ液を混合するスタティックミキサを有することを特徴とする請求項1記載の流動電気メッキシステム。
【請求項5】
前記正極設置部から前記負極設置部へと連通する前記流路から前記被メッキ部材へのメッキ液の供給位置が可変となっていることを特徴とする請求項1記載の流動電気メッキシステム。
【請求項6】
少なくとも前記負極設置部内の圧力を大気圧より低圧にする減圧装置を有することを特徴とする請求項1記載の流動電気メッキシステム。
【請求項7】
前記正極設置部に供給する前記電気メッキ液を貯留するメッキ液供給槽を備えることを特徴とする請求項1記載の流動電気メッキシステム。
【請求項8】
前記負極設置部に、被メッキ部材表面を間歇的に掃引しうる刷毛またはブラシを備えることを特徴とする請求項1記載の流動電気メッキシステム。
【請求項9】
前記被メッキ部材の周辺に配置された少なくとも1個の絶縁処理した電極もしくは金属イオンの溶出が殆どない電極を更に有することを特徴とする請求項1記載の流動電気メッキシステム。
【請求項10】
被メッキ部材及び当該被メッキ部材との間に所定の電圧を印加する正極に電気メッキ液を供給する流動電気メッキ方法であって、
少なくとも前記正極周辺の前記電気メッキ液を攪拌しつつ当該電気メッキ液を前記被メッキ部材に供給し、当該被メッキ部材を電気メッキ処理することを特徴とする被メッキ部材の流動電気メッキ方法。
【請求項11】
少なくとも前記正極周辺の前記電気メッキ液が乱流となる条件で当該電気メッキ液を流動させることを特徴とする請求項10記載の被メッキ部材の流動電気メッキ方法。
【請求項12】
前記被メッキ部材周辺の前記電気メッキ液の圧力を大気圧より低圧にすることを特徴とする請求項10記載の被メッキ部材の流動電気メッキ方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−204804(P2007−204804A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−23839(P2006−23839)
【出願日】平成18年1月31日(2006.1.31)
【出願人】(505105730)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【出願人】(502073773)株式会社山田 (5)