説明

浮遊選鉱法による歯科材研磨粉を含む精錬原料中の貴金属の濃縮方法

【課題】本発明は、歯科材研磨粉から貴金属を選択的に分離し、精錬原料中の貴金属を濃縮して高品位化させることにより、貴金属の回収効率化を図ることを課題とする。
【解決手段】
本発明は、歯科材研磨粉を含む精錬原料中のAu、Pd及びAgからなる群より選ばれる1種以上の貴金属を濃縮する方法であって、
(A)歯科材研磨粉を750℃以上で焙焼する工程、
(B)工程(A)で得られた焙焼物を粉砕、これに水及び希硫酸を混合して、pH1〜4に調整した硫酸酸性のスラリーを得る工程、及び
(C)工程(B)で得られたスラリーに硫化剤、ザンセート系捕収剤及び起泡剤を加えて、浮遊選鉱を行い、前記貴金属を含む浮遊産物(フロス)を回収して沈降産物(テーリング)と分離させる工程
を含むことを特徴とする前記濃縮方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科材研磨粉を含む精錬原料中の貴金属を濃縮する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金(Au)に代表される貴金属は、その崇高で美しい光沢のために、古代より装飾品として広く用いられてきた。近年では、装飾品としての利用の他に、貴金属の持つ物理的・化学的および機械的特性が応用され、電気・電子分野などの工業製品としての需要が増大している。
一方、貴金属の多くは、産出地が特定の国に偏在し、その生産量も少ない。我が国には、採掘可能な鉱山は殆ど無く、国際事情による貴金属の安定供給に懸念がある。このように希少な貴金属は、資源の有効活用の観点からも、リサイクルが重要である。
天然資源の乏しい我が国では、国内の様々な産業から発生する貴金属含有スクラップから貴金属を回収する対策が進められている。この貴金属含有スクラップは、国内に膨大な量が未利用の状態で滞留していると推算されており、従って、適切な処理によって、これらのスクラップから貴金属を効率良く回収することが必要となっている。
貴金属含有スクラップは、大別すると主に3種類に分類され、指輪や金貨などを扱う業界を発生元とする「宝飾材系」、電子・電子通信業界などから発生する「工業材系」および歯科医療関係から発生する「歯科材系」がある。
【0003】
歯科診療室や歯科技工室から排出される「歯科材系」スクラップのうち、歯科材の研磨加工の際に発生する歯科材研磨粉からの貴金属の回収を図る時、これを湿式精錬法で処理する場合、一般的には、まず硝酸を用いて銀(Ag)とパラジウム(Pd)を溶解し、残留したAuとPdを王水で溶解したのち、還元処理により、Au、Ag、Pdを分別回収する。一方、乾式精錬法の場合は、通常、銅製錬工程に銅原料と混合して投入し、最終的に銅電解のアノードスライム中に貴金属を濃縮させて回収する。
しかし、湿式精錬法による処理において、原料(歯科材研磨粉)中の貴金属含有率が低い場合(特に、Au含有率が0.5%以下など)、目標とする貴金属の量を確保するには、硝酸あるいは塩酸などの薬品を多量に使用して、多量の原料を処理しなくてはならない。これに伴って、処理時間、発生する廃棄物(排ガスや廃液など)、その他浸出処理に掛かるエネルギー(燃料や電気など)も増加してしまう(非特許文献1)。また、銅製錬を利用する乾式精錬法においても同様に、低品位原料が増加すると、精製効率の低下が生じて回収コストが上昇してしまう為、投入原料はできるだけ高品位である方が望ましい。
そこで、湿式または乾式処理の前の段階において、歯科材研磨粉から貴金属を選択的に分離し、スクラップ中の貴金属を濃縮することができれば、処理量が減少し、効率化が可能となる。特に、湿式精錬法においては、使用する酸溶液と発生する酸性廃液量が減量され、貴金属回収コストの大幅な削減と、地球環境に与える負荷を効果的に低減させることができると考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】中澤 廣・佐藤敏人・及川 克・影澤和宏(1993):資源と素材,Vol.109,No.11,p.879−884
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、歯科材研磨粉から貴金属を選択的に分離し、精錬原料中の貴金属を濃縮して高品位化させることにより、貴金属の回収効率化を図ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、歯科材研磨粉を含む精錬原料中のAu、Pd及びAgからなる群より選ばれる1種以上の貴金属を濃縮する方法であって、
(A)歯科材研磨粉を750℃以上で焙焼する工程、
(B)工程(A)で得られた焙焼物を粉砕し、これに水及び希硫酸を混合して、pH1〜4に調整した硫酸酸性のスラリーを得る工程、及び
(C)工程(B)で得られたスラリーに硫化剤、ザンセート系捕収剤及び起泡剤を加えて、浮遊選鉱を行い、前記貴金属を含む浮遊産物(フロス)を回収して沈降産物(テーリング)と分離させる工程
を含むことを特徴とする前記濃縮方法を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、歯科材研磨粉から貴金属を選択的に分別して回収することができる。回収物は、貴金属を高品位に含む良質の精錬原料として、湿式および乾式精錬工程に用いることができ、その結果、処理量が減容し、効率化が可能となる。特に、湿式精錬法においては、使用する酸溶液と発生する酸性廃液量が減量され、貴金属回収コストの大幅な削減と、地球環境に与える負荷を効果的に低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の一態様のフロー図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の、歯科材研磨粉を含む精錬原料中のAu、Pd及びAgからなる群より選ばれる1種以上の貴金属を濃縮する方法は、
(A)歯科材研磨粉を750℃以上で焙焼する工程、
(B)工程(A)で得られた焙焼物を粉砕し、これに水及び希硫酸を混合して、pH1〜4に調整した硫酸酸性のスラリーを得る工程、及び
(C)工程(B)で得られたスラリーに硫化剤、ザンセート系捕収剤及び起泡剤を加えて、浮遊選鉱を行い、前記貴金属を含む浮遊産物(フロス)を回収して沈降産物(テーリング)と分離させる工程
を含む。
【0010】
工程(A)において、歯科材研磨粉を750℃以上、好ましくは750〜850℃で焙焼する。この工程により、歯科研磨材粉中に含まれる樹脂などの有機系成分を熱分解させて除去する。焙焼物は、次工程で粉砕し易いように、例えば、目開きが300〜500μm、好ましくは425μm程度の篩で粒度調整することが好ましい。
【0011】
工程(B)において、工程(A)で得られた焙焼物を粉砕する。粉砕の程度は、好ましくは目開きが300μm、より好ましくは250μmの篩を通ることができる程度である。例えば、石川式ライカイ機を用いる場合には、試料30gに対し粉砕時間は10分程度で充分である。
得られた粉末と、水及び希硫酸を混合して硫酸酸性のスラリーを調製する。硫酸酸性のスラリーのpHは1〜4、好ましくは2〜3である。pHがこのような範囲であれば、設備耐久性の低下の問題がなく、また浮遊選鉱(以下、「浮選」と記す)の際の、フロス(浮遊産物)の、酸化カルシウムの浮上による汚染を防止することができる。
硫酸酸性のスラリーのパルプ濃度は、5〜30%(硫酸酸性溶液1リットルに対し、粉末が50〜300g)、好ましくは10〜20%(硫酸酸性溶液1リットルに対し、粉末が100〜200g)である。パルプ濃度がこのような範囲であれば、浮選に直接関与しない余剰液量が滞留して処理の効率が低下することもなく、またフロス(浮遊産物)とテーリング(沈降産物)の分離性能が良好である。
【0012】
工程(B)で得られた硫酸酸性のスラリーに硫化剤、ザンセート系捕収剤及び起泡剤を加えて、浮選を行い、貴金属を浮遊産物(フロス)として浮上回収し、その他の不純物を沈降産物(テーリング)として分離させる。
硫化剤の例としては、水硫化ソーダ(NaSH)、硫化ソーダ(Na2S)及び硫化水素ガス(H2S)などが挙げられる。硫化剤の添加量は、通常、硫酸酸性のスラリー1リットルに対し50〜1,000mgであり、好ましくは100〜500mgである。
ザンセート系捕収剤の例としては、カリウムエチルザンセート、ナトリウムエチルザンセート、カリウムアミルザンセート、ナトリウムイソプロピルザンセート、ナトリウムイソブチルザンセート及びカリウムイソブチルザンセートなどが挙げられる。中でも、ナトリウムイソプロピルザンセートが本発明において好ましく用いられる。ザンセート系捕収剤の添加量は、使用するザンセート系捕収剤の種類によっても異なるが、通常、硫酸酸性のスラリー1リットルに対し50〜1,000mg、より好ましくは100〜500mgである。ザンセート系捕収剤の添加量がこのような範囲であれば、貴金属を浮遊産物(フロス)として充分に浮上回収することができ、薬剤コストの観点からも経済的である。
起泡剤の例としては、メチルイソブチルカルビノール(MIBC)及びパイン油などが挙げられる。起泡剤の添加量は、使用する起泡剤の種類によっても異なるが、通常、硫酸酸性のスラリー1リットルに対し1〜100mgであり、より好ましくは5〜50mgである。
本発明の一態様のフロー図を図1に示す。
【実施例】
【0013】
1.試料
この実施例で用いた歯科材研磨粉に含まれるAu、Pd及びAgの含有量(質量%)を表1に示す。
【0014】
【表1】

【0015】
750℃で90分間焙焼した後、試料30gを石川式ライカイ機で10分間粉砕したもの(目開き250μmの篩を通過した粉末)を浮選実験に用いた。
【0016】
2.試薬
浮選助剤(硫化剤)として水硫化ソーダ(NaHS・nH2O,純度70%)、ザンセート系捕収剤としてナトリウムイソプロピルザンセート(C47OS2Na,SIPX)、起泡剤としてメチルイソブチルカルビノール(MIBC)を用いた。試薬はいずれも市販品であり、NaHSとSIPXはイオン交換水で希釈して両方とも0.1質量%の水溶液を調製して使用した。
【0017】
3.接触角(コンタクトアングル)測定
接触角測定装置(協和界面科学社製,CA−D型)を用いて、平板状の歯科鋳造用金銀パラジウム合金(金12質量%程度、銀48質量%程度、パラジウム20質量%程度)への気泡の接触角を測定した。透明セルに所定の水溶液を満たし、そこに表面が下向きになるよう平板を浸漬した。そして、シリンジによって下方から気泡を付着させ、その接触角を読み取った。
【0018】
4.浮選実験
実験装置には、セル容量250mlのMS型浮選機を用いた。セルに試料(歯科材研磨粉)10g及びpH調整された所定の酸性溶液を投入して、パルプ濃度5%(10g/200ml)とした。セル内の溶液は、撹拌羽根によって撹拌され、これに0.1%NaHS水溶液を10ml添加し(スラリー1リットルに対し、約50mg)、10分後0.1%SIPX水溶液を10mlです。添加した。
その後、MIBCを2滴添加した(スラリー1リットルに対し、約2mg)後、空気をセル下部から吹き込み、上部に浮いてくるフロス(浮遊産物)を15分間回収した。なお浮選中、適宜、0.1%SIPX水溶液を5mlずつ2回添加した(SIPX総添加量:スラリー1リットルに対し、約100mg)。
浮選実験終了後、回収されたフロスとテーリング(沈降産物)は濾過、乾燥した後、秤量した。秤量した産物を王水溶解し、誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP−AES,島津ICPS−8100型)によりAu、Ag及びPdの含有成分の濃度を測定し、品位、回収率を求めた。
【0019】
5.液性が気泡−試験片(合金)間の接触角に及ぼす影響
浮選の際、気泡に有価金属が付着するのは、金属表面の性質、即ち表面エネルギー、表面張力による。これは所謂「濡れやすさ」の度合いであり、この濡れやすさは、接触角を測定して判断することができる(伊藤公吉偏(1987):非鉄冶金学(上),秋田大学 鉱山学部 通信教育講座)。表2に、塩酸及び硫酸酸性溶液中での気泡と平板(歯科鋳造用金銀パラジウム合金)との接触角の測定結果を示す。
【0020】
【表2】

【0021】
塩酸酸性と硫酸酸性溶液の条件で比較した場合、pH4の条件では、塩酸酸性及び硫酸酸性の液性による接触角の差は見られなかったが、pH2及び3では、硫酸酸性溶液を用いた条件の方が接触角が大きく、平板(Au−Ag−Pd合金)表面が、より疎水性であることが分かった。
なお、歯科材研磨粉には、カルシウムが酸化カルシウム等として含有しているため、硫酸酸性溶液を用いる方が、酸化カルシウムの溶解を抑え、酸の消費を少なくすることができると考えられる。また、事前の予備実験によると、4.00を超えるpHで浮選を行うと、フロス(浮遊産物)が酸化カルシウムの浮上により汚染され易くなることが分かった。
【0022】
6.浮選による精錬原料中の貴金属の濃縮
表3に、浮選による精錬原料中の貴金属の濃縮結果を示す。なお、溶液のpHは、浮選前が2.14であり、浮選後が2.66であった。
本条件で浮選を行った結果、Au、Pd及びAgはフロス中に回収され、浮選前に比べそれぞれ約26倍、約23倍及び約18倍に濃縮された。また、実収率は、Auが92.53%であり、Pdが84.28%であり、Agが64.72%であり、歯科研磨粉からAu、Pd及びAgを選択的に分離回収することができた。
回収されたフロスの貴金属品位は、Au:2.956質量%、Pd:3.746質量%、Ag:4.225質量%であり、特にAu品位は0.5質量%以上になり、酸溶解法による回収が充分可能である。また、浮選前の試料(歯科研磨粉)10gに対し、回収されたフロスが0.36gであることから、酸溶解法における貴金属の回収・精製において処理量を1/10以下に減量でき、硝酸及び王水の消費量も大幅に削減できるものと考えられる。
【0023】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯科材研磨粉を含む精錬原料中のAu、Pd及びAgからなる群より選ばれる1種以上の貴金属を濃縮する方法であって、
(A)歯科材研磨粉を750℃以上で焙焼する工程、
(B)工程(A)で得られた焙焼物を粉砕し、これに水及び希硫酸を混合して、pH1〜4に調整した硫酸酸性のスラリーを得る工程、及び
(C)工程(B)で得られたスラリーに硫化剤、ザンセート系捕収剤及び起泡剤を加えて、浮遊選鉱を行い、前記貴金属を含む浮遊産物(フロス)を回収して沈降産物(テーリング)と分離させる工程
を含むことを特徴とする前記濃縮方法。
【請求項2】
硫化剤が水硫化ソーダ(NaSH)、硫化ソーダ(Na2S)及び硫化水素ガス(H2S)からなる群より選ばれる、請求項1記載の生成方法。
【請求項3】
ザンセート系捕収剤がカリウムエチルザンセート、ナトリウムエチルザンセート、カリウムアミルザンセート、ナトリウムイソプロピルザンセート、ナトリウムイソブチルザンセート及びカリウムイソブチルザンセートからなる群より選ばれる、請求項1又は2記載の生成方法。
【請求項4】
ザンセート系捕収剤がナトリウムイソプロピルザンセートである、請求項1〜3のいずれか1項記載の生成方法。
【請求項5】
起泡剤がメチルイソブチルカルビノール(MIBC)及びパイン油からなる群より選ばれる、請求項1〜4のいずれか1項記載の生成方法。

【図1】
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