説明

海水の殺菌方法、殺菌成分発生装置

【課題】電解後の紫外線スペクトルのピークトップが特定範囲に生じるように海水を電解し、海水中にオゾン等の殺菌成分を発生させることによって効率よく海水を殺菌することのできる海水の殺菌方法を提供する。
【解決手段】電解後の海水の紫外線吸収スペクトルの第1のピークトップが波長245〜275nmの間に生じ、第2のピークトップが波長310〜340nmの間に生じるように海水を電解することにより、海水中にオゾン等の殺菌成分を発生させることを特徴とする海水の殺菌方法を用いる。また、前記電解後の海水の紫外線吸収スペクトルの第3のピークトップが波長280〜305nmの間に生じ、第3のピークトップにおける吸光度が第1のピークトップ及び第2のピークトップにおける各吸光度より低くなるように海水を電解することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海水中にオゾン等の殺菌成分を発生させる海水の殺菌方法、及び殺菌成分発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、海水は飲食物の原料や加工用水、洗浄用水、保存・運搬用水・養殖用水等において大量に使用されており、そのほとんどは、採取した海水をそのままの状態で使用している。しかし、海水は一般に様々な多くの病原菌等の雑菌を含んでいる。特に貨物船が船を安定させるために積み込まれるバラスト水は、船外へ排出される際にバラスト水に含まれている水生生物が生態系に影響を与えている。
【0003】
非特許文献1には、各国や企業のバラスト水殺菌に関する条約の動向解説がなされており、バラスト水に熱処理、ろ過、物理的分離、紫外線照射等を施すことによって殺菌することができる事が記載されている。非特許文献2には、凝集技術磁気分離技術を組み合わせたバラスト水浄化システムが記載されている。さらに、非特許文献3には、紫外線照射装置を用いて海水を殺菌する機構について記載されている。
【0004】
しかし、ろ過や物理的凝集、紫外光照射によるバラスト水の殺菌では、ろ過された海水の後処理を行わなくてよいという利点がある一方で、これらの処理を施すための設備が大掛かりとなり、設備重量も増大するといった課題が生じてしまう。
【0005】
また、海水の殺菌方法として、例えば、海水の電気分解による次亜塩素酸の生成を行い、次亜塩素酸に含まれる有効塩素によるものが知られている。海水は通常弱アルカリ性であり、弱アルカリ領域では次亜塩素酸中の有効な殺菌種である有効塩素イオンの残存率が低下するため、100〜1000ppm程度の高濃度な次亜塩素酸を生成しなければ有効な殺菌を行えなかった。
【0006】
そのため、バラスト水などの海水を殺菌した場合アルカリ性が強い次亜塩素酸により、生態環境を変化させる問題がある。生態環境変化を防止するためには大量のバラスト水の中和装置や中和剤が必要であり、経済的な負担が多い。
【0007】
また、非特許文献4,5には、電極を用いて海水を電気分解して殺菌する技術が記載されている。
【0008】
次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)や過酸化水素(H)などの殺菌剤を用いた場合、これらの殺菌剤は高額であることから経済的負担となる。また、前記殺菌剤はそのまま環境に流せない場合もあることから、後処理を行う必要が生じてしまう。また、海水を直接電解によって殺菌したとしても、次亜塩素酸が発生するために殺菌した海水をそのまま処理しなければならない。さらに、海水を殺菌させるためには比較的大きな電力も必要となり、経済的な効果が得られない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】安井久二、「活性物質を用いるバラスト水処理技術の開発動向」、MBRIJ Ann. Rep.,2007、p.76−82
【非特許文献2】三菱重工ホームページ、「凝集磁気分離方式「日立バラスト水浄化システム」がIMOの基本承認を取得、船上試験を開始」、インターネット〈URL:http://www.mhi.co.jp/news/story/080407.html〉
【非特許文献3】「中規模UV殺菌装置の応用例」、インターネット〈URL:http://www.senlights.co.jp/jirei/sakkinjirei.htm〉
【非特許文献4】Jong-Chul Park et al., Applied Environmental Microbiology, Apr.2003, 2003, p.2405-2408
【非特許文献5】「第6回微酸性電解水研究会」、講演要旨集、p6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、電解後の紫外線スペクトルのピークトップが特定範囲に生じるように海水を電解し、海水中に殺菌成分を発生させることによって効率よく海水を殺菌することのできる海水の改質方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するため、本発明者等は、海水中、特にバラスト水中の殺菌方法について鋭意検討を行った。この結果、電極に海水を接触させ、電解後の紫外線スペクトルのピークトップが特定範囲の波長にて生じるように海水を電解すると、効率的に海水を殺菌できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明の第一の主題は、電解後の海水の紫外線吸収スペクトルの第1のピークトップが波長245〜275nmの間に生じ、第2のピークトップが波長310〜340nmの間に生じるように海水を電解することにより、海水中に殺菌成分を発生させることを特徴とする海水の殺菌方法である。
【0013】
このような構成によれば、電極によって発生した殺菌成分が海水中に溶解され、殺菌成分の強力な酸化力によって海水に存在する生菌数を容易に減少させることができる。また、本発明の殺菌方法は、生態環境を変化させるおそれのある次亜塩素酸の発生を抑えて、低電圧であってより効率のよい殺菌を行うことができる。
【0014】
また、前記海水の殺菌方法において、前記電解後の海水の紫外線吸収スペクトルの第3のピークトップが波長280〜305nmの間に生じ、第3のピークトップにおける吸光度が第1のピークトップ及び第2のピークトップにおける各吸光度より低くなるように海水を電解することが好適である。
【0015】
このような構成によれば、電解によって確実に殺菌成分が発生しているといえ、該殺菌成分の強力な酸化力によって生菌数が減少した海水を得ることができる。
【0016】
このような構成によれば、海水中に次亜塩素酸イオンをほとんど発生させることなく海水の生菌数をより安全に減少させることができる。
【0017】
また、前記海水の殺菌方法において、前記電極が、陽極又は陰極のうち少なくとも一方がホウ素ドープダイヤモンドであることが好適である。
【0018】
このような構成によれば、電解による溶出によって電極が消耗しにくくなり、より多くの殺菌成分を発生させることができる。
【0019】
また、前記殺菌成分発生装置において、前記電極が、陽極又は陰極のうち少なくとも一方が白金、イリジウム、パラジウム、オスミウム、ロジウム、及びルテニウムからなる群から選ばれるいずれか一種であることが好適である。
【0020】
このような構成によれば、これらの電極によって発生し、海水中に溶解された殺菌成分によって、海水に存在する生菌数を容易に減少させることができる。
【0021】
また、本発明の第二の主題は、電解後の海水の紫外線吸収スペクトルの第1のピークトップが波長245〜275nmの間に生じ、第2のピークトップが波長310〜340nmの間に生じるように海水を電解することによって海水中に殺菌成分を発生させることを特徴とする殺菌成分発生装置である。
【0022】
このような殺菌成分発生装置によれば、ダイヤモンド電極によって発生し、海水中に溶解された殺菌成分が、強力な酸化力を有しているために海水に存在する生菌数を容易に減少させることができる。また、本発明の殺菌成分発生装置は、従来の海水殺菌装置に比べて顕著に低電圧化、小型化することができる。第1のピークトップが波長245〜275nmの間に生じ、第2のピークトップが波長310〜340nmの間に生じる殺菌成分としては未知であるが、該第一のピークトップはオゾンの紫外線吸光スペクトルとよく一致するので、オゾンを含むかあるいは関連する殺菌成分であると推察される。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、電解後の紫外線スペクトルのピークトップが特定範囲の波長にて生じるように海水を電解し、海水中に殺菌成分を電気分解による生成させることによって、前記殺菌成分の酸化力によって海水に存在する細菌を容易かつ効率よく殺菌することができる。また、生態環境に悪影響を及ぼす次亜塩素酸の発生を抑えて、優先的に殺菌成分の酸化力によって殺菌することができる。そして、本発明の殺菌成分発生装置は低電圧にて殺菌を行えるので、小型化を達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本実施形態にかかる海水の殺菌成分発生装置の模式図である。
【図2】本実施形態にかかる電極を用いて3.5wt%NaCl水溶液及び人工海水を電解した場合のpH測定値を示す図である。
【図3】導電性ダイヤモンド電極を人工海水の電解に用いた場合のI−V特性である。
【図4】本実施形態にかかる電極を用いて人工海水及び軟水を電解した場合の紫外線吸収スペクトルを示す図である。
【図5】本実施形態にかかる紫外線吸光スペクトル測定装置を用いて測定した次亜塩素酸ナトリウム溶液の紫外線吸収スペクトルを示す図である。
【図6】本実施形態にかかる電極を用いてNaCl溶液を電解した場合の紫外線吸収スペクトルを示す図である。
【図7】本実施形態にかかる電極を用いて人工海水を電解した場合の初期段階における紫外線吸収スペクトルを示す図である。
【図8】本実施形態にかかる白金電極を用いて人工海水を電解した場合の初期段階における紫外線吸収スペクトルを示す図である。
【図9】本実施形態にかかる電極を用いて人工海水を電解した場合の経時毎の紫外線吸収スペクトルを示す図である。
【図10】本実施形態にかかる電極を用いて人工海水を電解した場合の、255nm及び290nmにおける時間毎の吸光度変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本実施形態に係る海水の殺菌方法は、電解後の海水の紫外線吸収スペクトルの第1のピークトップが波長245〜275nmの間に生じ、第2のピークトップが波長310〜340nmの間に生じるように海水を電解することにより、海水中に殺菌成分を発生させることを特徴とする。
【0026】
導電性ダイヤモンドはその電位窓が広いことで知られている。例えば、標準カロメル電極を用いてサイクリックボルタンメトリーを測定した場合には、−2〜2Vの比較的広い電位窓を有することが分かっている。このように導電性ダイヤモンドは、広い電位窓を有し、さらに共有結合性であって電極最表面の原子が強固に電極母材と結合しているため、溶液中の成分と反応することはない。従って、電極の材質がダイヤモンドであれば、オゾン等の殺菌成分の生成を効率よく行えるとともに、電極の損耗が小さいことから、殺菌に用いる電極の材料として適している。
【0027】
このダイヤモンド電極を陽極に用い淡水を電気分解すると、酸素(O)及びオゾン(O)が発生する。発生直後の活性な酸素及びオゾンは強力な酸化力を有するため、細菌は酸素及びオゾンによって酸化され、殺菌される。
【0028】
一方、海水を電気分解した場合にも、第1の紫外線吸収ピーク波長が淡水中のオゾン水の吸収波長である260nmに近く、殺菌効果も有することからオゾンが発生している可能性が高い。しかしながら、波長310〜340nmの間に第2の紫外線吸収帯があることが淡水の電気分解とは異なる。なお、海水中には淡水に比べ多種のイオンが存在するので、必ずしも酸素(O)及びオゾン(O)が安定とは言い切れない。例えば塩素や臭素やヨウ素などのハロゲンや硫酸イオンが電気分解により反応し、新たな殺菌成分を生成している事も考えられる。また、発生するオゾンとそれらが化合して新たな殺菌成分を生成していることも考えられる。
【0029】
いずれにせよ、なんらかの殺菌成分が生成されていることは、電解後の菌数が激減したという実験結果から明らかである。また、本発明によれば、紫外線吸収スペクトルにおける次亜塩素酸イオンによる吸収がほとんどないことから、次亜塩素酸イオンはほとんど生成していないと考えられる。
【0030】
また、淡水を電気分解して該淡水中に溶け込ませたオゾンは、淡水中に含まれる有機物を選択的に酸化することが知られている。淡水中に溶け込んだオゾンは、有機物を酸化することで、分解・消失する。さらにオゾンは一定時間そのまま放置しても、無害な酸素に分解される。
【0031】
また、オゾンは活性炭等の触媒に接触させて、積極的に酸素に分解させることもできる。このようにすることで、簡易な方法で安全性が確保することができる。もし海水電解生成物がオゾンであるとすれば、同様に有機物の酸化機能を有しかつ安全性が確保できると考えられる。
【0032】
さらに、海水を電気分解すると、海水中に含まれる塩化ナトリウム(NaCl)が分解される。このことにより次亜塩素酸イオンが生成され、該次亜塩素酸イオンはオゾンと同様の殺菌力を有するため、海水の殺菌効果を相乗的に上昇させることができる。しかしながら、次亜塩素酸イオンは弱アルカリ性であるので、塩素イオンが次亜塩素酸イオンに変化すると、海水中のナトリウムイオンと塩素イオンのバランスを崩し、強アルカリであるナトリウムイオンに対して弱い酸である次亜塩素酸イオンがバランスするために、溶液全体ではアルカリ性を示すため、生態環境に悪影響を及ぼしてしまう。
【0033】
そこで、本発明者らは、海水に接触させた導電性ダイヤモンド電極への印加電圧と次亜塩素酸イオンの発生についての相関関係に鋭意研究を行った。その結果、導電性ダイヤモンド電極にて海水の電解を行った場合、電解開始する電圧付近の値で印加すれば次亜塩素酸イオンはほとんど発生せず、オゾンと同じ紫外線吸収ベクトルにピークトップを持つ殺菌成分が発生することが判明した。
【0034】
つまり、通常の軟水に対して導電性ダイヤモンド電極による殺菌を行った場合、軟水の電解開始電圧が5V程度であることから、5V以上の電位を、導電性ダイヤモンドを陽極とする電極に印加することで電解オゾン水が発生する。同様に人工海水の電解開始電圧が3V程度であることから、人工海水においては3V以上の電位を、導電性ダイヤモンドを陽極とする電極に印加することで海水中にオゾンと考えられる殺菌成分を発生させることができる。
【0035】
また、前述の海水の殺菌効果は、前記導電性ダイヤモンドに限られず、白金族元素による比較的電位窓が広い金属でも同様に得ることができる。
【0036】
そして、本発明者らは、電解後の海水の紫外線吸収スペクトルの第1のピークトップが波長245〜275nmの間に生じ、第2のピークトップが波長310〜340nmの間に生じるように海水を電解させれば、次亜塩素酸ソーダを多量に発生させることなく、有効的に発生させたオゾンと考えられる殺菌成分によって海水を殺菌できることを突き止めた。次亜塩素酸イオンに由来する290nm付近におけるピークトップの吸光度が前記ピークトップの吸光度に比べて高くなるように生じるように海水を電解させてしまうと、次亜塩素酸イオンを多量に発生させてしまい、生態環境に悪く好ましくない。
【0037】
また、前記電解後の海水の紫外線吸収スペクトルの第3のピークトップが波長280〜305nmの間に生じ、第3のピークトップにおける吸光度が第1のピークトップ及び第2のピークトップにおける各吸光度より低くなるように海水を電解することがより好ましい。以上の条件で海水を電解すれば、より次亜塩素酸イオンの発生を抑制することができる。
【0038】
また、前記海水の紫外線吸収スペクトルの第3のピークトップが波長280〜305nmの間にあり、第3のピークトップにおける吸光度は第1のピークトップ及び第2のピークトップにおける吸光度より低いことが好ましい。前記第3のピークトップは、次亜塩素酸イオンに由来する吸収ピークであり、この第3ピークトップが第1、第2のピークトップより低ければ、次亜塩素酸イオンはほとんど発生していないといえる。
【0039】
このように、電解後の紫外線スペクトルのピークトップが特定範囲に生じるように海水を電解することによって、オゾンと考えられる殺菌成分が優先的に発生する。そして、海水に含まれる塩素イオンから生成される次亜塩素酸イオンがほとんど発生しないため、環境面に優れた殺菌方法を提供することができる。
【0040】
また、前記海水はバラスト水であることが好ましい。バラスト水とは、船舶の底荷、又は船底に積む重石として用いられる水のことである。このバラスト水は、各港で荷物を積載する代わりに船外へ排出される。その際、そこに含まれている水生生物が外来種として生態系に影響を与えるといった問題が生じている。本発明の殺菌方法を用いれば、前述した効果によってより効果的にバラスト水を殺菌することができる。
【0041】
本実施形態に係るオゾン発生装置は、電解後の海水の紫外線吸収スペクトルの第1のピークトップが波長245〜275nmの間に生じ、第2のピークトップが波長310〜340nmの間に生じるように海水を電解することによって海水中に殺菌成分発生させる装置である。
【0042】
以下に本発明の一実施形態を、図1を参照しつつ説明する。
【0043】
本発明の殺菌成分発生装置は、細菌を含む海水を貯留する殺菌槽1を有している。殺菌槽1内には海水を撹拌する撹拌装置が設けられていてもよい。また、殺菌槽1には加熱器及び冷却器が設けられていてもよい。
【0044】
さらに、殺菌槽1には、RO膜ポンプ3が連結されている。また、当該RO膜ポンプ3の他端には、フィルター4を介して電極2が設けられている。前記電極2は、分岐管に格納し、複数配置して、大流量を処理できる装置としてもよい。さらに、電極2の他端に、RO膜(フィルター)4が接続されている。
【0045】
つまり、海水の原水をRO膜(フィルター)4によって分離し、分離された海水を流しながら電極2に接触させ、電解処理した海水を得る。前記電極2に接触させた海水を、RO膜ポンプ3によって殺菌層5に輸送させる。
【0046】
前記RO膜フィルター4は、海水中の固形物質の濃度に応じてきめの粗いフィルターにしてもよい。また、殺菌層5は殺菌層1と同一のものであってもよい。なお、電極2に接触させた前記の海水は、さらに適量の未処理の海水と殺菌層5にて混合した後に排出してもよく、殺菌層5を介さずにそのまま海中に排水してもよい。
【0047】
電極2の設置場所は特に限定されないが、海水の流路付近に設置させて海水を殺菌させることが好ましい。電解効率は、電極近傍であって、流速の大きい箇所であるほど向上するからである。
【0048】
このように効率よく発生したオゾンと考えられる殺菌成分を含む海水は、RO膜ポンプ3によって殺菌層5に輸送され、輸送された海水は殺菌層5中においても残存するオゾン等の殺菌成分によって海水の殺菌は継続する。
【0049】
前記電極2は、直流電源によって通電される。上述したように、電解後の海水の紫外線吸収スペクトルの第1のピークトップが波長245〜275nmの間に生じ、第2のピークトップが波長310〜340nmの間に生じるように電解を行うと、海水に含まれる塩素から生成される次亜塩素酸をより発生させることなく、環境面に優れた殺菌方法を提供することができる。
【0050】
電極2は、陽極又は陰極のうち少なくとも一方がホウ素ドープダイヤモンドで構成することが好ましいが、陽極、陰極ともにホウ素ドープダイヤモンドで構成することがより好ましい。電極の材質がダイヤモンド電極であれば、オゾン等の殺菌成分の生成を効率よく行えるとともに、電極の損耗が小さいからである。
【0051】
このようなホウ素ドープダイヤモンド電極は、例えば前記シリコンウエハ等の半導体材料を基材とし、このウエハ基材表面にホウ素ドープダイヤモンド薄膜を形成させることで得られる。なお、ホウ素ドープダイヤモンド電極は、ウエハを溶解させたものや、基材を用いない条件で板状に析出合成したセルフスタンド型導電性多結晶ダイヤモンドを用いることも可能である。また、Nb、W、Tiなどの金属基板上に積層したものも利用できる。
【0052】
前記ホウ素ドープダイヤモンド薄膜は、ダイヤモンド薄膜の合成の際に所定量のホウ素をドープして導電性を付与したものである。なお、ドープの量は、ダイヤモンド薄膜の炭素量に対して、50〜20,000ppmであることが好ましい。50ppmより少ないとオゾンを効率的に発生させることができず、20,000ppmより多いとドープ効果が飽和してしまう。
【0053】
また、電極2は、陽極又は陰極のうち少なくとも一方が白金、イリジウム、パラジウム、オスミウム、ロジウム、及びルテニウムからなる群から選ばれるいずれか一種であることが好ましい。これらの白金族を電極に用いると、オゾンを優先的に発生させることができる。しかし、これらの白金族を用いた場合、電解による溶出を招き、電極が消耗することがある。
【0054】
本発明にかかる電極は、通常は板状のものを使用するが、網目構造物を板状にしたものも使用できる。例えば、平板上のダイヤモンド電極に電解膜を隔てて、ワイヤー状の陰極を配置したり、平板上のダイヤモンド電極に電解膜を隔てて、メッシュ状の陰極を配置することも可能である。また、電極の数は特に限定されるものではない。
【0055】
また、殺菌される海水の温度は、−4〜35℃であることが好ましく、0〜25℃であることがより好ましい。35℃を超えると、例えばオゾンの溶解度が低下しオゾンの空気中への放出が大きくなりオゾン濃度が低下して、殺菌効率が低下する。
【0056】
一方、上記温度範囲を下回ると、氷となり液送できなくなる。本発明のオゾン発生装置で殺菌される海水は、適宜の加熱手段、及び冷却手段で適温にすることができる。加熱手段としては特に限定されないが、ヒータや熱水、蒸気などとの熱交換を利用した加熱器などが挙げられる。また、冷却手段としては特に限定されないが、空冷、水冷などの冷却器などがすることができる。
【0057】
また、殺菌成分発生装置に導入される海水と、殺菌成分発生装置から送出される海水との間で熱交換手段を用いて熱交換を行うことも可能である。該熱交換によってオゾン発生装置に導入される海水は冷却され、殺菌成分発生装置から送出される海水は加熱されることになる。
【0058】
本発明の殺菌成分発生装置では、該装置に備える陽極と陰極との間を隔膜で隔てて、海水を通液させることができる。隔膜の材料としては、特に限定されないが、プロトンの通過が可能であって、電解反応装置における電解を阻害しないものであればよく、フッ素系樹脂が特に好ましい。
【0059】
また、本発明の殺菌成分発生装置は、電極を分岐管に格納し、複数配置し、大流量の海水を殺菌処理できる装置とすることができる。また、適宜、電極を休止してその配管に海水を流入させることを停止してプロトン透過膜を回復させることも可能である。
【実施例】
【0060】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明する。本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0061】
[電解開始電圧の検討]
400mlの純水に14gの日本薬局方NaClを溶解した3.5wt%NaCl水溶液と、人工海水、Red Sea Salt(Red Sea Fish Pherm社製)を10Lに対して333gを溶解した人工海水とを用いて、φ3mmのチタン棒上に成膜した導電性ダイヤモンド電極とφ1mmの白金電極それぞれ、60mmを約6mm離して平行に配置した。
【0062】
電解条件を、電極電圧6V、電流を500mAとして電解を行い、電解を行いながらマグネティックスターラーで攪拌して、横河電機株式会社製pHメーター Model PH81を用いてpH値を測定し、図2にその結果を示す。
【0063】
図2における3.5wt%NaCl溶液について見ると、電解の初期には弱酸性を示すが、電解開始とともに現れる弱アルカリ性の次亜塩素酸イオンのために、強アルカリであるナトリウムイオンを中和していた強酸性の塩素イオンを減少させるために、水素イオン指数のバランスを崩し急激にアルカリ性に変化することが分かった。一方で、人工海水には多くの無機成分が含まれており、もともとアルカリ性であるために電解時間に伴う顕著なpH変化は示さないが、pH値は徐々にアルカリ性に推移している。これによって、人工海水中では塩として弱アルカリ性で安定している状態から次亜塩素酸イオンやその他の負イオンが増加してpH変化をもたらしていると考察される。
【0064】
次に、人工海水に上記電極を用いた場合の電解のI−V特性を図3に示す。図3により、概ね3Vから電解が開始されており、3V以下では次亜塩素酸イオンの生成がほとんど行われていないことが明らかとなった。
【0065】
同図においてI−Vカーブが実験回数に伴い変動しているが、これは電解により発生した次亜塩素酸イオンが過剰となることにより電極近傍に堆積物が生じたことと、対向電極である白金表面に塩化白金が生成したためであると考えられる。なお、電解開始電圧はI−V特性が変動しても変化はなく、電極材料が同じであれば溶液の物性に依存している。
【0066】
[紫外線吸収スペクトルによる検討]
発明者は次亜塩素酸が発生するまでの過程の紫外線吸収スペクトルにより詳細に検討した。
【0067】
軟水と、人工海水、Red Sea Salt(Red Sea Fish Pherm社製)とを用いて、φ2mm×80mmのチタン棒上にボロンドープダイヤモンドを成膜したダイヤモンド電極に、φ0.5mmのSUS304ワイヤーの周囲にプロトン透過膜(Nafion117、デュポン社製)を全周に巻きつけた陰極をさらにダイヤモンド電極に巻き付けたものと、φ2mmの前記ダイヤモンド電極とφ1mmの白金電極を約6mm離して平行に配置した電極とを用いて測定した。
【0068】
電解条件を、電極電圧3.95V電流を50mAとして400mlの紫外線吸収スペクトル測定用のセル中で電解開始前、電解開始2分後、8分後の人工海水の紫外線吸収スペクトルをそれぞれ測定した。また、同電解条件にて電解開始前、電解開始2分後の軟水の紫外線スペクトルも測定した。ここで、光源には重水素ランプを用い、純水の紫外光吸収スペクトルとの各波長における紫外線強度の比、すなわち吸光度(Absorbance)(任意単位)を縦軸とした。図4にその結果を示す。
【0069】
図4の結果から、人工海水、軟水ともに電解しなかった場合にはオゾンに由来する吸収ピークである260nm付近の吸収ピークと次亜塩素酸イオンに由来するピークである290nm付近の吸収ピークは観察されなかった。
【0070】
また、軟水では電解に伴い、オゾンが発生してオゾンの吸収ピークが観察された。そして、人工海水では電解後8分後の紫外線吸収スペクトルでは次亜塩素酸イオンの吸収ピークが大きく観測され、電解初期である2分後の紫外線吸収スペクトルではオゾンと同じピーク波長の吸収帯が観察された。
【0071】
次に、有効塩素濃度6%の次亜塩素酸ナトリウム(和光純薬社製)1μlを300mlの純水に溶解したものを、前述と同様の紫外線吸光分光装置にて紫外光吸収スペクトルを測定した。その結果を図5に示す。
【0072】
図5の結果から、次亜塩素酸ナトリウム水溶液を電解した場合には、前記海水を電解した場合とは異なり、オゾンと同じ吸収スペクトルは観察されなかった。このことから、海水の電解では電解初期にオゾンが優先的に発生し、電解が進むほど次亜塩素酸イオンの発生が促進されることが推察された。
【0073】
次に、10lの純水に350gの日本薬局方NaClを溶解した3.5wt%NaCl水溶液を用いて、Na電極はφ1/4インチのSUS304製チューブ中にφ2mmのダイヤモンドを配置して、SUS304製チューブと絶縁をした電極を用いて、φ1/4インチのSUS304製チューブを陰極として、一方通行の流路を形成して0.4LMの流速にて電解を実施した。図6に各々の電極電位と電流に対する紫外線吸光スペクトルを示す。
【0074】
図6の結果により、電解初期より次亜塩素酸イオンが発生している事が観察された。
【0075】
次に、人工海水、Red Sea Salt(Red Sea Fish Farm社製)を用いて、Na電極はφ1/4インチのSUS304製チューブ中にφ2mmのダイヤモンド電極を配置して、SUS304製チューブと絶縁をした電極を用いてφ1/4インチのSUS304製チューブを陰極として、一方通行の流路を形成して0.4LMの流速にて電解を実施した。図7に、各々の電極電位と電流に対する紫外線吸光スペクトルを示す。
【0076】
図7の結果から明らかなように、人工海水を用いた場合、電解初期に波長260nm付近に吸収帯が現れた。また電解電位を上げて測定した場合には、波長245〜275nmにおいてオゾンに由来すると考えられるピークトップと、波長310〜340nmの未知のピークトップが観測された。なお、前記の未知のピークトップが何に由来するものなのかは不明であるが、何らかの殺菌成分である可能性がある。
【0077】
また、電解を進めると当初観察されなかった波長280〜305nmにおける次亜塩素酸イオンに起因するピークが観測されるが本発明の条件では、オゾンと同じ吸光ピークの方が次亜塩素酸イオンの吸光ピークに比べて大きな強度を持っており本実験では観察することができなかった。
【0078】
続いて、前述と同様の人工海水を用い、ダイヤモンド電極の代わりにφ2mmの白金電極を陽極として用いた場合の紫外線吸収スペクトルを図8に示す。
【0079】
図8の結果から、ダイヤモンド電極ほど傾向が顕著ではなく強度が小さいが、オゾンと同様のピークが観察され、かつオゾンと同じピークの強度が支配的であり、電解初期においては次亜塩素酸イオンのピークは観察されなかった。
【0080】
次に、流路を閉じて3Lビーカーに人工海水を満たして循環させ、その溶液を400mlの石英製ビーカーに移して、電解後より各一定時間後の紫外線吸光スペクトルを測定した。この時の流量は前記一方通行の実験同様0.4LMであり、電解電極はφ2mmの前記ダイヤモンド電極とφ1mmの白金電極を約6mm離して平行に配置した電極を用い、電解条件は3.8V、47mAであった。各時間後の紫外線吸光スペクトルの結果を図9に示す。
【0081】
図9の結果から明らかなように、電解後30分まではオゾンと同じ吸収ピーク強度の方が大きく、35分以降は波長310〜340nmの吸収ピーク強度方が大きくなり、最終的に波長280〜305nmにおける付近の次亜塩素酸のピークに吸収され、支配的に次亜塩素酸イオンが発生していることが分かった。本発明の電極を用いて海水を殺菌する場合には、電解初期にて行うことが好ましいことが明らかとなった。
【0082】
図10には、255nmにおける吸光度変化を表すグラフと、290nmにおける吸光度変化を表すグラフを示した。各々の分光ピークを観察すると、325nm付近のピークは時間に単調に増加しており、255nmのピークは初期に急激に増加しており、その後増加率は変化している。これは325nm付近のピークが幅広くオゾンのピークに影響しているため電解が進むに伴い、お互いのピークが足し合わされているためと考察される。従って、電解初期の紫外線吸収スペクトルのピークがダブルピークを示す領域では人工海水においてオゾンと考えられる成分が選択的に発生していることが明らかとなった。
【0083】
[殺菌の検討]
まず、φ1/4インチの内径のテフロン(登録商標)チューブを1.5L/分の流量を持つダイヤフラムポンプに接続し、その吸入口であってφ2mmのチタン棒の上に、プロトン透過膜(Nafion117)を介して、陽極として導電性ダイヤモンドで被覆した導電性ダイヤモンド電極、陰極としてステンレス電極をそれぞれ配置した。測定時の流量は400ml/分であった。
【0084】
〈サンプル1〉
次に、海水を本発明の殺菌成分発生装置の殺菌槽に格納し、前記電極に3.95Vの電圧、および45mAの電流を印加した後に十分装置内の水が交換されるまで約1分間待機し、無菌容器に回収して冷蔵したものをサンプル1とした。また、本発明の殺菌成分発生装置のポンプ部に紫外線吸光式オゾン濃度計(UV OZONE MONITOR model−500、荏原実業株式会社製)を設置し、測定した。その結果、0.7ppmの表示を示した。なお、本オゾン濃度計は淡水用のため、海水では正しくオゾン濃度を示していない可能性がある。また、電解印加中においては、紫外線吸光式オゾン濃度計から発生する紫外線によって海水中の菌を殺菌しないように、紫外線吸光式オゾン濃度計の電源を切っていた。
【0085】
〈サンプル2〉
また、本発明の殺菌成分発生装置にて殺菌しなかった海水を無菌容器に回収して冷蔵したものをサンプル2とした。
【0086】
〈サンプル3〉
殺菌成分発生装置の殺菌槽に格納した媒体を、大気中に2週間放置した純水とした以外、サンプル1と同様である。
【0087】
〈サンプル4〉
また、大気中に2週間放置した純水を本発明の殺菌成分発生装置にて殺菌せずに、無菌容器に回収して冷蔵したものをサンプル4とした。
【0088】
以上のサンプル1〜4を日本食品分析センターに輸送し、1mlあたりの細菌数(個)を計測した結果を以下の表1に示した。
【0089】
【表1】

【0090】
表1の結果から、本発明の殺菌成分発生装置および殺菌方法を用いれば、純水についてはもちろん、海水の殺菌個数を著しく減少させることができることが分かった。
【0091】
続いて、8.6×10個/mlの海水を調整して人工海水中で生き残る細菌を特定し、それらの中から腸球菌であるEnterococcus faecalis NBRC 12964(標準菌株)を人工海水中に8.6×10個/ml分散させたサンプルを用意した。そして、持ち運べるように小型化した本発明の殺菌成分発生装置を、日本食品分析センターに持参し、上記のサンプルを殺菌成分発生装置に通し、海水の電解開始電圧程度の3.9V、45mAの電解条件にて電解を行った。(電源:P4K36−1,松定プレシジョン社製)。前記電解を行った海水の容器を密閉し、オゾンのライフタイムである10分間以内に生菌数を計測した。本発明の殺菌成分発生装置によって殺菌した結果、生菌数が10個/ml以下に減少することが確認された。
【符号の説明】
【0092】
1、5 殺菌槽
2 電極
3 RO膜ポンプ
4 RO膜(フィルター)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解後の海水の紫外線吸収スペクトルの第1のピークトップが波長245〜275nmの間に生じ、第2のピークトップが波長310〜340nmの間に生じるように海水を電解することにより、海水中に殺菌成分を発生させることを特徴とする海水の殺菌方法。
【請求項2】
前記電解後の海水の紫外線吸収スペクトルの第3のピークトップが波長280〜305nmの間に生じ、
第3のピークトップにおける吸光度が第1のピークトップ及び第2のピークトップにおける各吸光度より低くなるように海水を電解する請求項1に記載の海水の殺菌方法。
【請求項3】
前記電極が、陽極又は陰極のうち少なくとも一方がホウ素ドープダイヤモンドである請求項1又は2に記載の海水の殺菌方法。
【請求項4】
海水の電解に用いる陽極又は陰極のうち少なくとも一方が、白金、イリジウム、パラジウム、オスミウム、ロジウム、及びルテニウムからなる群から選ばれるいずれか一種であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の海水の殺菌方法。
【請求項5】
前記電解後の海水にオゾン又は臭素化合物のいずれか一方が含まれることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の海水の殺菌方法。
【請求項6】
電解後の海水の紫外線吸収スペクトルの第1のピークトップが波長245〜275nmの間に生じ、第2のピークトップが波長310〜340nmの間に生じるように海水を電解することによって海水中に殺菌成分を発生させることを特徴とする殺菌成分発生装置。
【請求項7】
前記電解後の海水にオゾンあるいは臭素化合物のいずれか一方が含まれることを特徴とする請求項6に記載の殺菌成分発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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