説明

海藻種苗生産方法

【課題】ミリンやトサカノリなどのような利用価値の高い海藻種苗を、簡単かつ確実に大量生産することができ、しかも年間を通しての作業が可能な海藻種苗生産方法を提供する。
【解決手段】藻体が表層組織と中層組織と髄組織の三層構造で構成されるミリン等の海藻類の種苗生産方法において、藻体の一部を切り取った切片から髄組織を切除して表層組織4と中層組織3からなる二層組織切片6を摘出し、これを静置培養によりその周辺部から多数の髄組織2aを発現させ、このような状態になった二層組織切片6をミキサー等で細断して組織細片とし、さらに、この組織細片を攪拌培養することにより、該組織細片から伸長している髄組織2aを分化させて幼藻体、場合によっては成体へと生長させる。このようにして得られる海藻種苗は、食用、化学原料、藻場造成のための移植用などに利用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミリン、トサカノリなどの紅藻類のような有用海藻類を増養殖するための種苗の効率的な生産方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ミリン、トサカノリなどに代表される紅藻綱スギノリ目ミリン科の海藻類は、
健康志向の高まりとともに海藻サラダなどの食材としての需要が年々増大している。このため、天然産のものが不足しているのが実情であり、これら海藻類の増養殖技術に関して種々の検討がなされている。このうちトサカノリについては、コンブやワカメなどの褐藻類の養殖で広く行われている胞子による方法(特許文献1、2)がある。さらに、1年生の海藻であるトサカノリの未成熟葉体について、低水温等の葉体が成熟しない条件下で培養した越夏葉体を利用する方法(特許文献3)、天然または養殖による成体段階の藻体を数cm程度に細断し、これを網籠に収容して海中で養殖する方法(特許文献4)なども提案されている。
【0003】
しかしながら、特許文献1、2に開示された胞子による増養殖方法は、季節的な制約を大きく受け、年間を通して作業をすることができないという大きな問題点があり、また胞子を得ることが難しい海藻種には不向きである。一方、特許文献3、4に記載された方法では、特に大量生産を行う場合において、元になる藻体もそれなりの量を予め用意する必要があり、養殖途中での枯死により歩留まりが悪いなど、生産効率の点で改善の余地が多分に残されている。なお、ミリン属については、トサカノリ属と同じミリン科でありながら、これまで養殖方法は知られておらず、人口養殖自体が行われていない。その理由とするところは、ミリンについての生態が十分に解明されていないことによるものと推測される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−81号公報
【特許文献2】特開2007−60910号公報
【特許文献3】特開平11−113434号公報
【特許文献4】特開2008−92936号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明者はこのような従来技術が置かれた状況に鑑み、まずミリンの人口養殖を企図するために、その生態について鋭意研究を重ねた結果、ミリンの特異な形質に着目した。そして、これを利用することにより、増養殖に必要な種苗を季節的な制約をほとんど受けることなく、効率的に大量生産できる方法を創出した。しかも、この新たな生産方法は、ミリンと似たような組織構造からなる海藻類であれば、ミリンが属する他の紅藻類、さらには紅藻類以外の海藻類に対しても適用できることを見出したのである。
【0006】
すなわち、本発明は紅藻類のミリンやトサカノリなどのスギノリ目ミリン科海藻、さらには褐藻類のコンブ目コンブ科海藻などのように、食用あるいは藻場造成のための移植用などに適した利用価値の高い海藻種苗を、簡単かつ確実に大量生産することが可能であり、しかも年間を通して効率的に生産することができる生産方法の提供をその目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本願の請求項1に係る発明では、藻体が表層組織と中層組織と髄組織の三層構造で構成される海藻類の種苗生産方法において、藻体の一部を切り取った切片から髄組織を切除して表層組織と中層組織からなる二層組織切片を摘出する工程、前記二層組織切片の静置培養により該二層組織切片の周辺部から多数の髄組織を発現させる工程、前記多数の髄組織が発現した状態の二層組織切片を細断して組織細片とする工程、および前記組織細片の攪拌培養により該組織細片から伸長している髄組織を分化させて幼藻体へと生長させる工程を含むという技術手段を採用した。
【0008】
また、請求項2に係る発明では、上記と同様な海藻類を対象とし、藻体の一部を切り取った切片から髄組織を切除して表層組織と中層組織からなる二層組織切片を摘出する工程、前記二層組織切片の静置培養により該二層組織切片の周辺部から多数の髄組織を発現させる工程、前記多数の髄組織が発現した状態の二層組織切片を細断して組織細片とする工程、前記組織細片を着生基体に付着させる工程、および前記着生基体に付着した組織細片の培養により該組織細片から伸長している髄組織を分化させて該着生基体上で幼藻体へと生長させる工程を含むことを特徴としている。
【0009】
さらに、上記請求項2に記載される着生基体に着生した状態の幼藻体を、海域において中間育成する工程を付加することも可能である(請求項3)。上記請求項2または3に記載の海藻種苗生産方法では、前記着生基体として繊維質材料を用いると好適であり(請求項4)、前記海藻類としては、紅藻類のスギノリ目、褐藻類のコンブ目など、藻体が表層組織と中層組織と髄組織の三層構造で構成されるものの中から選ぶことができる(請求項5)。これらの方法は、髄組織を分化させて幼藻体へと生長させるものであるが、その後、海藻種苗の使用目的に応じて適宜の方法で成体へと育成することはもちろん可能である。
【0010】
なお、上記スギノリ目ミリン科海藻以外に、本発明に係る方法を適用可能な他の紅藻類としては、フサノリ属、ガラガラ属、ケコナハダ属、ベニモズク属、コナハダ属、ウミゾウメン属、アケボノモズク属、オキツバラ属、アカバ属、ミチガエソウ属、スズカケベニ属、ジンヨウノリ属、チャボキントキ属、カクレイト属、ムカデノリ属、イソノハナ属、キントキヤドリ属、マタボウ属、トサカモドキ属、エゾトサカ属、ツカサノリ属、ウスギヌ属、サンゴモドキ属、アミハダ属、アツバノリ属、ミアナグサ属、ベニスナゴ属、ベニザラサ属、ワツナギソウ属などがあり、これらの海藻類は食用には向かないものの、移植用海藻としての活用は何ら問題ない。また、褐藻類としてはコンブ科に属するコンブ属、アラメ属、カジメ属、アントクメ属など、チガイソ科に属するワカメ、ヒロメなどのコンブ目海藻に適用することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る海藻種苗生産方法では、上記のような構成を採用したことにより、次の効果を得ることができる。
(1)藻体の一部を切り取った切片を培養して多数の髄組織をその周辺部に発現させ、このような状態になった切片を細断してさらに培養することにより、個々の細片から伸長している髄組織を分化させ、それぞれを幼藻体へと生長させるので、ごく少量の藻体から一度に大量の種苗を生産することができる。
(2)少なくとも幼藻体段階までは、すべての作業を陸上の室内で行うことができるので、従来の成熟藻体から供給される胞子による種苗生産のように、季節的な作業時期の制約がなく、通年にわたり種苗の生産を行うことができる。
(3)多数の髄組織が発現した切片を細断し、個々の細片を繊維質材料などの着生基体に付着させ、この着生基体上で髄組織を分化させて幼藻体へと生長させれば、例えばロープ養殖などの方法により、その後の育成作業を海域で行う場合には、着生基体を該ロープに挟み込むなどして簡単に所定位置に設置することができる。
(4)着生基体に着生した幼藻体は、上記のような方法で実際の海域でさらに中間育成をすれば、藻場造成における移植用の海藻種苗として使用する場合に、導入海域の環境に対する適応性が高まり、成功率の向上につながるとともに、着生基盤となる造成用の構造物に取り付ける際に、当該着生基体を利用することで取付作業の容易化も可能である。
(5)着生基体として繊維質材料を使用すれば、細断した組織細片が付着しやすく、その後の幼藻体の着生がより確かなものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明が対象とする藻体の組織構造を模式的に示した説明図である。
【図2】(a)は切片の断面図、(b)は(a)の切片から髄組織を切除した二層組織切片の断面図である。
【図3】図2(b)の二層組織切片を培養することにより髄組織が発現した状態を示す説明図である。
【図4】髄組織の培養による伸長の様子を示すグラフであり、(a)は一定の照度で温度を変えた場合、(b)は一定の温度で照度を変えた場合である。
【図5】髄組織の培養による分化の割合を示すグラフであり、(a)は一定の照度で温度を変えた場合、(b)は一定の温度で照度を変えた場合である。
【図6】攪拌培養装置による培養状態を示す概略説明図である。
【図7】組織細片の培養による髄組織の分化状態の経時変化を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者は、本発明の創出過程において、髄組織のみでも種苗生産が可能であることを確認している。しかしながら、髄組織のみを藻体から摘出することは作業的に面倒であり、大量生産には適しているとは言い難い。そこで、さらに検討を重ねたところ、髄組織を取り除いた表層組織と中層組織からなる二層組織の切片からでも幼藻体を再生できることを見出し、本発明に想到したのである。すなわち、作業面では斯かる二層組織切片のほうが取扱いやすいからである。本発明では、藻体からの二層組織切片の摘出工程を第一段階として、その後の二層組織切片の培養による髄組織の発現工程、伸長した髄組織の分化による幼藻体への生長過程、さらには成体海藻となるまでの各工程を、陸上の水槽内ですべて行うことももちろん可能である。どの段階までを陸上の水槽内で行うかについては、種苗の利用目的や海藻の種類などに応じて適宜選択すればよい。以下、図面に基づき本発明の実施例について説明するが、この実施例に限定されるものではなく、本発明の技術思想内での種々の変更実施はもちろん可能である。
【実施例】
【0014】
図1は、本発明に係る海藻種苗生産方法が対象とする藻体の組織構造を模式的に表した説明図である。すなわち図示の円柱状の藻体1は、紅藻類に属するミリンの場合であって、無数の細い糸状細胞からなる髄組織2を芯とし、その外側に大型の球状細胞からなる中層組織3と、それよりも小型の球状細胞からなる密な表層組織4とが順次配置された三層構造となっている。なお、髄組織2の内部は粘液に満たされ、無数の糸状細胞が粘液中に緩く配列している。
【0015】
そして、本発明に係る方法では、まず図2(a)に示すように藻体1の一部を切り取って切片5とした後、図2(b)に示すように髄組織2を切除し、中層組織3と表層組織4からなる二層組織切片6とする。この場合、藻体1は新鮮で傷のない状態のものであれば、天然藻体または室内培養による藻体でもよい。摘出する二層組織切片6は、主枝部または分枝部のいずれの部位からでもよいが、作業性の面からは主枝部が好ましい。二層組織切片6等の摘出作業は、鋏や医療用のメス等を利用してクリーンベンチ、無菌箱などの無菌環境下で行う。摘出後の二層組織切片6は、一辺の大きさとして10〜50mm程度が好ましい。なお、二層組織切片6等を摘出する前に藻体1を洗浄し、さらに二層組織切片6の摘出後に二層組織切片6自体を消毒することは、雑菌による二層組織切片6の汚染を防止する上で好ましい。洗浄や消毒の方法は、滅菌海水による洗浄、火炎消毒、アルコール消毒など、従来から行われている方法を単独で、あるいは適宜組み合わせて使用すればよい。さらに、二層組織切片6の摘出にあたっては、藻体1に軟弱化した部分があれば、それを避けることが、その後の生長過程を確実に進める上で重要である。
【0016】
次に、上記のようにして摘出した二層組織切片6をGrund改変培地等の固体培地上に置き、静置培養を行う。培養後、1週間程度が経過すると、図3に示すように二層組織切片6における中層組織3の周辺部分から、新たに糸状の髄組織2a(本願発明では、培養によって発現した髄細胞単体、あるいはこれが細胞分裂して小細胞塊となったものも含めて「髄組織」という。)が多数発現する。
【0017】
なお、静置培養に用いる培地としては、Grund改変培地の他にPES培地、ASP12−NTA培地など、一般的に使用されているものが適用可能である。静置培養および後述する攪拌培養における最適条件を把握するため、培養中の温度と照度(光量子)について、髄細胞の発現後の伸長速度と髄細胞の分化割合に対する影響面から調べた。図4は髄細胞の伸長速度であって、(a)は照度が一定で温度を変えた場合、(b)は温度が一定で照度を変えた場合をそれぞれ示したグラフである。図5は髄細胞が藻体に分化する割合(形成率)を示したグラフであり、(a)は照度が一定で温度を変えた場合、(b)は温度が一定で照度を変えた場合である。それぞれの実験は、温度10〜25℃、照度10〜80μmol/m/sの範囲で行った。ここで、温度を変化させたときの照度については40μmol/m/sとし、また照度を変化させたときの温度については25℃とした。これらの実験結果から、培養条件としては、温度25℃、照度40〜60μmol/m/sが最適条件であることが確認された。
【0018】
次いで、図3に示す状態となった二層組織切片6は、次段階としてミキサー等により細断して組織細片7とした後、これら組織細片7を図6に示す攪拌培養装置10において攪拌培養を行う。この攪拌培養装置10は、アクリル樹脂等の透明材料からなる円筒形の水槽11の底部12の中央にエア供給部13が設けられ、海水を満たした水槽11内に投入した組織細片7が、エアレーションにより水槽11内の全体で穏やかに攪拌され、浮遊状態で培養されるように構成されている。さらに、水槽11には海水供給部14と海水排出部15とが設けられ、海水供給部14によって水面上方から注水する一方、海水排出部15から排水することで、流水下で培養することができる。なお、この水槽11の底部12の形状は、エアレーションによる攪拌効率の点から、中央に向けて傾斜する擂鉢形状が好ましい。なお、静置培養を継続して幼藻体まで生長させることも可能ではあるが、工業的に大量生産するには、このような攪拌培養装置10を使用して培養することが望ましい。
【0019】
上記攪拌培養装置10で組織細片7の攪拌培養を行うと、図7に示すように、組織細片7の周辺部分に新たに発現した多数の糸状の髄組織2aが次第に伸長し、伸長につれて髄組織2aは徐々に高密度化して直立枝2bになり、3週間程度で体長が1mm程度のミリンの幼藻体となる。さらに所望の大きさとなるまで、水槽11内での幼藻体の収容密度を随時調整しながら、攪拌培養装置10内で培養を続ける。なお、適当な大きさになった段階で、海域に移動してさらに育成することも可能である。
【0020】
また、図示はしないが、移植用の海藻種苗として利用する場合には、適宜の着生基体に幼藻体を着生させておくことが望ましい。この場合には、上記組織細片7の懸濁液を作り、これの濃度調整を行った後、着生基体としての撚り糸等の繊維質材料をその液中に浸漬して当該繊維質材料に幼藻体を着生させながら、適宜の培養条件でさらに生長させる。このようにして着生基体と一体となった幼藻体は、海域において中間育成をする際の取扱いが容易になり、その後のコンクリートブロックなどの藻場造成用の構造物に固定する場合において、着生基体を利用することで取付作業の合理化を図ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明に係る方法は、食用、化学原料、移植用などに利用される紅藻類等の海藻種苗を大量生産する上で好都合である。
【符号の説明】
【0022】
1…藻体、2,2a…髄組織、3…中層組織、4…表層組織、5…切片、6…二層組織切片,7…組織細片、10…攪拌培養装置、11…水槽、12…底部、13…エア供給部、14…海水供給部、15…海水排出部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
藻体が表層組織と中層組織と髄組織の三層構造で構成される海藻類の種苗生産方法であって、藻体の一部を切り取った切片から髄組織を切除して表層組織と中層組織からなる二層組織切片を摘出する工程、前記二層組織切片の静置培養により該二層組織切片の周辺部から多数の髄組織を発現させる工程、前記多数の髄組織が発現した状態の二層組織切片を細断して組織細片とする工程、および前記組織細片の攪拌培養により該組織細片から伸長している髄組織を分化させて幼藻体へと生長させる工程を含むことを特徴とする海藻種苗生産方法。
【請求項2】
藻体が表層組織と中層組織と髄組織の三層構造で構成される海藻の種苗生産方法であって、藻体の一部を切り取った切片から髄組織を切除して表層組織と中層組織からなる二層組織切片を摘出する工程、前記二層組織切片の静置培養により該二層組織切片の周辺部から多数の髄組織を発現させる工程、前記多数の髄組織が発現した状態の二層組織切片を細断して組織細片とする工程、前記組織細片を着生基体に付着させる工程、および前記着生基体に付着した組織細片の培養により該組織細片から伸長している髄組織を分化させて該着生基体上で幼藻体へと生長させる工程を含むことを特徴とする海藻種苗生産方法。
【請求項3】
請求項2記載の着生基体に着生した幼藻体を、さらに海域で中間育成する工程を含むことを特徴とする海藻種苗生産方法。
【請求項4】
前記着生基体が繊維質材料からなることを特徴とする請求項2または3に記載の海藻種苗生産方法。
【請求項5】
前記海藻類が、紅藻類のスギノリ目または褐藻類のコンブ目に属する海藻であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか一項に記載の海藻種苗生産方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−220537(P2010−220537A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−71154(P2009−71154)
【出願日】平成21年3月24日(2009.3.24)
【出願人】(000000446)岡部株式会社 (277)
【Fターム(参考)】