説明

消化器疾患治療剤

【課題】 消化器疾患の治療剤および予防剤として有用な薬物を探索すること。
【解決手段】 アミノ酸配列がSer−Ser−Ser−Argで表されるペプチドまたはその医薬として許容される塩類は、消化管粘膜組織の創傷治癒を促進させるので、消化器疾患の治療剤または予防剤として有用である。また、(a)アミノ酸配列がSer−Ser−Ser−Argで表されるペプチドまたはその医薬として許容される塩類と(b)アミノ酸配列がPhe−Gly−Leu−Met−NH2で表されるペプチドまたはその医薬として許容される塩類を組合せて投与すれば、これらの薬物が相乗的に作用して消化管粘膜組織の創傷治癒を顕著に促進させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミノ酸配列がSer−Ser−Ser−Argで表されるペプチドまたはその医薬として許容される塩類を有効成分として含有する消化器疾患の治療剤または予防剤に関する。また、本発明は、(a)アミノ酸配列がSer−Ser−Ser−Argで表されるペプチドまたはその医薬として許容される塩類、および(b)アミノ酸配列がPhe−Gly−Leu−Met−NH2で表されるペプチドまたはその医薬として許容される塩類を有効成分として含有する消化器疾患の治療剤または予防剤にも関する。
【背景技術】
【0002】
消化管は、食物の消化と栄養物の吸収を司る臓器であって、生命を維持するのに必要な栄養素は、腸管の粘膜組織を通じて摂取されている。しかし、病的な障害や外科的な障害により、消化管の粘膜組織が萎縮したり、膜組織に潰瘍が生じたりして、消化管の機能障害をおこすと、腸管粘膜の透過性が異常に亢進することがある。また、強力な放射線被曝、腸管の手術、薬剤、その他細胞増殖を障害するような刺激によっても消化管の粘膜組織が萎縮することが知られている。このように、消化管が侵襲を受けたり、萎縮すれば重篤な消化管障害をおこすので、速やかな消化管の治癒および消化管の機能回復が望まれる。
【0003】
一方、アミノ酸配列がSer−Ser−Ser−Argで表されるペプチド(以下、「SSSR」とする)は、インシュリン様成長因子−Iの部分ペプチドであり、また、アミノ酸配列がPhe−Gly−Leu−Met−NH2で表されるペプチド(以下、「FGLM−NH2」とする)は、サブスタンスPのC末端側のテトラペプチドである。SSSRとFGLM−NH2を併用する医薬の用途として、眼科領域においては角膜障害の治療剤が報告され、また、皮膚領域においては皮膚創傷の治療剤が報告されている(特許文献1)。
【0004】
しかしながら、消化器疾患に関して、SSSR、FGLM−NH2をそれぞれ単独投与、あるいはSSSRとFGLM−NH2を併用投与すればいかなる薬理作用を示すかについては全く検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−231695号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
消化管粘膜の萎縮、消化管の機能障害、消化膜の創傷などの消化器疾患の治療剤および予防剤として有用な新たな薬物を探索することは非常に興味深い課題である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、小腸粘膜組織細胞を用いた薬理試験を実施することにより、SSSRが消化管粘膜組織細胞の細胞移動を促進させること、延いては消化管の損傷の回復などの消化器疾患の治療に優れた効果を発揮することを見い出し、本発明に至った。さらに、SSSRとFGLM−NH2を併用すれば、SSSRが低濃度であってもこれらの薬物が相乗的に作用して消化管粘膜組織細胞の細胞移動を顕著に促進させることを見い出した。
【0008】
すなわち、本発明は、SSSRまたはその医薬として許容される塩類、およびFGLM−NH2またはその医薬として許容される塩類を有効成分として含有する消化器疾患の治療剤または予防剤であり、また、(a)アミノ酸配列がSer−Ser−Ser−Argで表されるペプチドまたはその医薬として許容される塩類、および(b)アミノ酸配列がPhe−Gly−Leu−Met−NH2で表されるペプチドまたはその医薬として許容される塩類を有効成分として含有する消化器疾患の治療剤または予防剤である。
【0009】
本発明において、医薬として許容される塩類としては、例えば塩酸塩、硫酸塩、リン酸塩、乳酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、ギ酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、シュウ酸塩、メタンスルホン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩等が挙げられるが、SSSRについては酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩がより好ましく、FGLM−NH2については塩酸塩、トリフルオロ酢酸塩がより好ましい。
【0010】
本発明において、消化器としては、例えば食道、胃、十二指腸、小腸、大腸などの器官が挙げられ、消化器疾患としては、例えば潰瘍性若しくは炎症性の消化器疾患、粘膜透過性の異常に起因する消化器疾患、消化管切除、放射線被爆若しくは薬物に基づく消化管の損傷による後天的消化吸収障害または先天的消化吸収障害など種々の疾患が挙げられる。ここで、潰瘍性の消化器疾患には、消化性潰瘍だけでなく、びらんや急性潰瘍などの急性的な粘膜病変も含まれる。
【0011】
また、本発明の消化器疾患の治療剤または予防剤は、腸炎、クローン病、潰瘍性大腸炎などの炎症性疾患による粘膜病態やダンピング症候群の治療または予防にも有効であることが期待され、さらに、外科的侵襲の治癒を促進することや消化管機能を改善することも可能となる。
【0012】
本発明の消化器疾患の治療剤または予防剤は、経口でも、非経口でも投与することができる。投与剤型としては、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、注射剤等が挙げられ、それらは汎用されている技術を用いて製剤化することができる。
【0013】
例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤等の経口剤であれば、乳糖、マンニトール、デンプン、結晶セルロース、軽質無水ケイ酸、炭酸カルシウム、リン酸水素カルシウム等の賦形剤、ステアリン酸、ステアリン酸マグネシウム、タルク等の滑沢剤、デンプン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン等の結合剤、カルボキシメチルセルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、クエン酸カルシウム等の崩壊剤、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、マクロゴール、シリコン樹脂等のコーティング剤、パラオキシ安息香酸エチル、ベンジルアルコール等の安定化剤、甘味料、酸味料、香料等の矯味矯臭剤などを必要に応じて使用して調製することができる。
【0014】
また、注射剤等の非経口剤であれば、塩化ナトリウム、濃グリセリン等の等張化剤、リン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム等の緩衝化剤、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレート、ステアリン酸ポリオキシ40、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油等の界面活性剤、クエン酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム等の安定化剤、塩化ベンザルコニウム、パラベン等の防腐剤などを必要に応じて使用して調製することができる。
【0015】
本発明の消化器疾患の治療剤または予防剤の投与量は、症状、年齢、剤形等により適宜選択することができる。例えば、経口剤については、SSSRまたはその医薬として許容される塩類を単剤とする場合は、通常1日当たり0.01〜5000mg、好ましくは0.01〜1000mgを1回または数回に分けて投与することができる。また、SSSRまたはその医薬として許容される塩類とFGLM−NH2またはその医薬として許容される塩類を併用する場合は、SSSRまたはその医薬として許容される塩類については、通常1日当たり0.0001〜500mg、好ましくは0.001〜100mgを1回または数回に分けて投与することができ、また、FGLM−NH2またはその医薬として許容される塩類については、通常1日当たり0.001〜5000mg、好ましくは0.01〜1000mgを1回または数回に分けて投与することができる。
【発明の効果】
【0016】
薬理試験の結果より、SSSRの塩は消化管粘膜組織細胞の細胞移動を促進する効果を有する。したがって、SSSRまたはその医薬として許容される塩類は、潰瘍性若しくは炎症性の消化器疾患、粘膜透過性の異常に起因する消化器疾患、消化管切除、放射線被曝若しくは薬剤に基づく消化管の損傷による後天的消化吸収障害または先天的消化吸収障害など種々の消化器疾患の治療剤または予防剤としての効果を発揮することが期待される。
【0017】
また、SSSRの塩とFGLM−NH2の塩を併用すれば、これらの薬物が相乗的に作用する結果、SSSR単剤では消化管粘膜組織細胞の細胞移動を促進させることができない低濃度でも、消化管粘膜組織細胞の細胞移動を著しく促進することができるので、SSSRまたはその医薬として許容される塩類とFGLM−NH2またはその医薬として許容される塩類の併用は消化器疾患の治療または予防に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、薬理試験の結果および製剤例を示すが、これらの例は本発明をよりよく理解するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。
【0019】
1.薬理試験[消化管粘膜組織由来細胞の細胞移動に対する作用]
ヒト結腸癌由来細胞株であるCaco−2細胞を用いて、以下の方法で細胞移動への影響を検討した。
【0020】
(実験方法)
タイプIVコラーゲンでコートした24穴プレートに1穴当たり1×10個のCaco−2細胞を播き、全面を覆うまで10%FBSを含むDMEM培地で培養した。カミソリの刃を用いて細胞層に切れ目を入れ綿棒で無細胞領域を作成し、1%FBSを含むDMEM培地で洗浄後、各被験化合物を含む同培地で37℃・5%COの条件下で18時間培養した。被験化合物添加前及び添加18時間後に写真撮影し、一定区画での添加18時間後の細胞伸展面積を比較することにより、Caco−2細胞の細胞移動への影響を検討した。また、被験化合物を含まない培地で同様に培養したものをコントロールとした。
【0021】
(結果)
SSSR単剤を用いた場合の結果を表1に示し、また、SSSRとFGLM−NH2を併用した場合の結果を表2に示す。表中のCaco−2細胞移動は、コントロールの細胞移動を基準(100%)として算出した各8例の平均値および標準誤差である。なお、**は、コントロールに対しp<0.001で統計学的に有意であることを示す。
【表1】



【表2】

【0022】
(考察)
表1より、30μMのSSSRトリフルオロ酢酸塩は、Caco−2細胞移動を促進することが明らかである。
【0023】
また、表2から明らかなように、10nMのSSSRトリフルオロ酢酸塩単剤や20μMのFGLM−NH2トリフルオロ酢酸塩単剤ではCaco−2細胞移動が促進されないのに対し、10nMのSSSRトリフルオロ酢酸塩と20μMのFGLM−NH2トリフルオロ酢酸塩を共存させると、Caco−2細胞移動を顕著に促進する効果が認められる。
【0024】
2.製剤例
本発明の消化器疾患の治療剤または予防剤の一般的な製剤例を以下に示す。
【0025】
1)錠剤
処方1 1000mg中
SSSRトリフルオロ酢酸塩 100mg
乳糖 700mg
トウモロコシデンプン 100mg
カルボキシメチルセルロースカルシウム 50mg
ヒドロキシプロピルセルロース 43mg
ステアリン酸マグネシウム 7mg
上記処方の錠剤に、コーティング剤(例えば、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、マクロゴール、シリコン樹脂、ヒプロメロースフタル酸エステル等のコーティング剤)を用いてコーティングを施し、目的とするコーティング錠を得る。また、添加物の量を適宜変更することにより、所望の錠剤を得ることができる。
【0026】
処方2 1000mg中
SSSRトリフルオロ酢酸塩 1mg
FGLM−NH2トリフルオロ酢酸塩 200mg
乳糖 600mg
トウモロコシデンプン 100mg
カルボキシメチルセルロースカルシウム 50mg
ヒドロキシプロピルセルロース 43mg
ステアリン酸マグネシウム 6mg
上記処方の錠剤に、コーティング剤(例えば、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、マクロゴール、シリコン樹脂、ヒプロメロースフタル酸エステル等のコーティング剤)を用いてコーティングを施し、目的とするコーティング錠を得る。また、添加物の量を適宜変更することにより、所望の錠剤を得ることができる。
【0027】
処方3 1000mg中
SSSR酢酸塩 0.1mg
FGLM−NH2塩酸塩 10mg
乳糖 650.9mg
トウモロコシデンプン 200mg
カルボキシメチルセルロースカルシウム 80mg
ヒドロキシプロピルセルロース 50mg
ステアリン酸マグネシウム 9mg
上記処方の錠剤に、コーティング剤(例えば、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、マクロゴール、シリコン樹脂、ヒプロメロースフタル酸エステル等のコーティング剤)を用いてコーティングを施し、目的とするコーティング錠を得る。また、添加物の量を適宜変更することにより、所望の錠剤を得ることができる。
【0028】
2)カプセル剤
処方1 150mg中
SSSRトリフルオロ酢酸塩 100mg
乳糖 50mg
薬物と乳糖の混合比を適宜変更してカプセルに充填することにより、所望のカプセル剤を得ることができる。カプセルの原料には、ゼラチンやヒドロキシプロピルメチルセルロース等を用いることができる。
【0029】
処方2 150mg中
SSSRトリフルオロ酢酸塩 0.1mg
FGLM−NH2トリフルオロ酢酸塩 10mg
乳糖 139.9mg
薬物と乳糖の混合比を適宜変更してカプセルに充填することにより、所望のカプセル剤を得ることができる。カプセルの原料には、ゼラチンやヒドロキシプロピルメチルセルロース等を用いることができる。
【0030】
処方3 150mg中
SSSR酢酸塩 0.05mg
FGLM−NH2塩酸塩 10mg
乳糖 139.95mg
薬物と乳糖の混合比を適宜変更してカプセルに充填することにより、所望のカプセル剤を得ることができる。カプセルの原料には、ゼラチンやヒドロキシプロピルメチルセルロース等を用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸配列がSer−Ser−Ser−Argで表されるペプチドまたはその医薬として許容される塩類を有効成分として含有する消化器疾患の治療剤または予防剤。
【請求項2】
下記成分を有効成分として含有する消化器疾患の治療剤または予防剤。
(a)アミノ酸配列がSer−Ser−Ser−Argで表されるペプチドまたはその医薬として許容される塩類、および
(b)アミノ酸配列がPhe−Gly−Leu−Met−NH2で表されるペプチドまたはその医薬として許容される塩類
【請求項3】
消化器疾患が潰瘍性若しくは炎症性の消化器疾患、粘膜透過性の異常に起因する消化器疾患、消化管切除、放射線被曝若しくは薬剤に基づく消化管の損傷による後天的消化吸収障害または先天的消化吸収障害である請求項1または請求項2記載の消化器疾患の治療剤または予防剤。
【請求項4】
剤型が経口剤である請求項1または請求項2記載の消化器疾患の治療剤または予防剤。

【公開番号】特開2011−121939(P2011−121939A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−251370(P2010−251370)
【出願日】平成22年11月10日(2010.11.10)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【出願人】(000177634)参天製薬株式会社 (177)
【Fターム(参考)】