説明

液体クロマトグラフ分析装置

【課題】分析者が試料の測定前に複雑な処理条件の設定を行なわなくても、室温変動やゴーストピーク出現の影響を受けない処理を行なうことができる液体クロマトグラフ分析装置を提供する。
【解決手段】オートサンプラ2、送液ポンプ4、カラムオーブン6及び検出器8は演算処理装置12によって制御される。演算処理装置12は入力された検出信号に基づいて試料のクロマトグラムを作成するクロマトグラム作成手段18のほか、補正パラメータ保持部14及び補正式設定手段16を備えている。補正式設定手段16は、クロマトグラム作成手段18によって作成されるクロマトグラムを装置周辺の温度変動など環境条件の変化を加味したものにするための補正式を分析者が設定することができる機能をこの分析装置に与える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析流路、試料注入部、分離カラム、検出器及び演算部を備えた液体クロマトグラフ分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフ分析装置は、オートサンプラ、送液ポンプ、分離カラム及び検出器からなる分析部と例えばPC(パーソナルコンピュータ)などで構成される演算部とで構成されている。演算部は検出器で得られた検出信号に基づいて測定試料のクロマトグラムを作成するものである(例えば特許文献1参照。)。
【0003】
例えば、時間の経過とともに移動相の温度を変化させていく温度グラジエント方式の分析などでは、クロマトグラムのベースラインが移動相の温度変化に応じてドリフトしていくため、予め同じ条件でブランク液のみを流して測定したクロマトグラムのバックグラウンドデータを用意しておき、試料の測定により得られたクロマトグラムのデータからバックグラウンドデータを差し引くという補正処理を試料の測定が終了した後に行なうことにより、温度グラジエントによるベースラインのドリフトの影響を除去したクロマトグラムを作成するようになっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−281897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、ベースラインのドリフトは、試料の測定中に測定を行なっている場所の温度(室温)が変動することによっても起こる。しかし、現在の液体クロマトグラフ分析装置では、測定中の室温変動の影響を考慮してクロマトグラムを作成するようには構成されていない。さらに、上記のバックグラウンドデータを試料の測定データ採取後に差し引く方法において、バックグラウンドデータの採取時と試料測定時との間で室温が変動していたとしても、その影響が考慮されていなかった。
【0006】
また、分取液体クロマトグラフでは、リアルタイムのクロマトグラムに基づいて分離成分の捕集動作を行なうようになっている。すなわち、クロマトグラムに現れるピークのうち一定のレベル以上に達したピークに相当する部分を分離成分と認識して採取するものであるが、温度グラジエント方式の液体クロマトグラフを用いた場合には、クロマトグラムのベースラインがドリフトしているため、採取するか否かの基準となるピークレベルの設定が困難であった。また、検出器の検出信号に基づいて作成されるクロマトグラムには、分離成分と関係のない位置にゴーストピークと呼ばれる分離成分に由来しないピークが出ることがあり、そのピークに相当する部分を分離成分と認識して採取してしまうことがあった。
【0007】
ゴーストピークの入ったバックグラウンドデータを試料の測定データから差し引けば、クロマトグラムからゴーストピークを消すことができるが、この補正処理は試料の測定データ採取後に行なわれるため、リアルタイムのクロマトグラムに基づいて分離成分の捕集動作を行なう分取液体クロマトグラフには適用できなかった。そのため、ゴーストピークに相当する部分を採取しないように、予めブランク測定を行なってゴーストピークの出る部分を予測し、その部分を採取しないように装置に設定しておく必要があった。
【0008】
そこで、本発明は、分析者が試料の測定前に複雑な処理条件の設定を行なわなくても、室温変動やゴーストピーク出現の影響を受けない処理を行なうことができる液体クロマトグラフ分析装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、試料を移送するための移動相が流れる分析流路、分析流路に試料を注入するための試料注入部、分析流路で試料注入部よりも下流側に設けられ試料注入部から注入された試料を成分ごとに分離するための分離カラム、分析流路で分離カラムよりもさらに下流に設けられ分離カラムで分離された各成分を検出するための検出器及び検出器で得られた検出信号に基づいて試料のクロマトグラムを作成する演算部を備えた液体クロマトグラフ分析装置であって、クロマトグラムに影響を与える測定環境条件を補正パラメータとして保持する補正パラメータ保持部と、補正パラメータをクロマトグラムに反映させるための補正式を設定するための補正式設定手段と、をさらに備え、演算部は、検出器で得られる検出信号を逐次入手すると同時にその検出信号入手時に対応する補正パラメータを補正パラメータ保持部から取り込み、取り込んだ補正パラメータを反映したクロマトグラムを、補正式設定手段により設定された補正式に基づいて逐次作成するように構成されていることを特徴とするものである。
【0010】
該分析装置が周囲の温度を測定する温度センサを備えている場合の補正パラメータとは、上記温度センサで得られた温度を含むことが好ましい。そうすれば、室温変動の影響を反映したクロマトグラムをリアルタイムで作成することができる。
【0011】
また、補正パラメータとして、試料注入部にブランク液を注入したときの検出器の検出信号を予め測定したクロマトグラムのバックグラウンドデータを含むようにしてもよい。そうすれば、バックグラウンドを除去したクロマトグラムをリアルタイムで作成することができる。これにより、温度グラジエントによるベースラインのドリフトやゴーストピークを除去することができる。そして、これを分取液体クロマトグラフに適用することで、分取の可否を決定するためのピークレベルの設定が容易になり、ゴーストピークに相当する部分を誤って採取することも防止できる。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る液体クロマトグラフ分析装置では、クロマトグラムに影響を与える測定環境条件を補正パラメータとして保持する補正パラメータ保持部、及び補正パラメータをクロマトグラムに反映させるための補正式を設定するための補正式設定手段を備え、演算部は、検出器で得られる検出信号を逐次入手すると同時にその検出信号入手時に対応する補正パラメータを補正パラメータ保持部から取り込み、取り込んだ補正パラメータを反映したクロマトグラムを補正式設定手段により設定された補正式に基づいて逐次作成するように構成されているので、補正パラメータを反映させた補正後のクロマトグラムをリアルタイムで作成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】液体クロマトグラフ分析装置の一実施例を概略的に示すブロック図である。
【図2】同実施例の流路構成図である。
【図3】同実施例の測定時の動作及び手順を示すフローチャートである。
【図4】クロマトグラムの例を示す図であり、(A)は補正前のクロマトグラム、(B)はクロマトグラムのバックグラウンドデータ、(C)は補正後のクロマトグラムである。
【図5】液体クロマトグラフ分析装置の応用例である分取液体クロマトグラフの一実施例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に液体クロマトグラフ分析装置の一実施例について説明する。
図2を用いてこの実施例の流路構成を説明する。
分析流路28上に、上流側から送液ポンプ4、オートサンプラ2、カラムオーブン6及び検出器8が接続されている。送液ポンプ4は2つのポンプ4a,4bを備え、ポンプ4aの吸引側は移動相22aを収容した容器に、ポンプ4bの吸引側は移動相22aとは異なる移動相22bを収容した容器にそれぞれデガッサ24を介して接続されている。
【0015】
ポンプ4a,4bの吐出側はともにミキサ26に接続されている。ミキサ26の下流側にはオートサンプラ2が接続され、分析流路28中に試料が注入される。オートサンプラ2の下流側に接続されたカラムオーブン6は分離カラム6aを備え、オートサンプラ2により注入された試料を成分ごとに分離する。カラムオーブン6の下流側に接続された検出器8は分離カラム6aを経た液の光学的測定を行なうものである。検出器8としては、例えば示差屈折率検出器などを挙げることができる。
【0016】
図1を用いて上記の液体クロマトグラフ分析装置における制御及び演算処理の系統について説明する。
オートサンプラ2、送液ポンプ4、カラムオーブン6及び検出器8は、演算部として例えばPCによって実現される演算処理装置12により制御される。分析条件は演算処理装置12に設定される。演算処理装置12は設定された条件に応じた信号をシステムコントローラ20に送信し、システムコントローラ20はその条件に応じてオートサンプラ2、送液ポンプ4、カラムオーブン6及び検出器8に対して制御信号を送る。検出器8で得られた検出信号はシステムコントローラ20を介して演算処理装置12に入力される。演算処理装置12は入力された検出信号に基づいて試料のクロマトグラムを作成するクロマトグラム作成手段18を備えている。
【0017】
演算処理装置12はクロマトグラム作成手段18のほか、補正パラメータ保持部14及び補正式設定手段16を備えている。補正式設定手段16は、クロマトグラム作成手段18によって作成されるクロマトグラムを装置周辺の温度変動など環境条件の変化を加味したものにするための補正式を分析者が設定することができる機能をこの分析装置に与えるものである。
【0018】
補正パラメータ保持部14は、補正式設定手段16により分析者が設定した補正式に用いてクロマトグラムに反映させるための測定環境条件を補正パラメータとして保持するものである。補正パラメータ保持部14に保持される補正パラメータとしては、例えば測定時の該分析装置周辺の温度や、予めブランク液を流して測定されたバックグラウンドデータなどである。分析装置周辺の温度は、オートサンプラ2、送液ポンプ4、カラムオーブン6及び検出器8のいずれかに設けられた温度センサ10からの信号をシステムコントローラ20を介して逐次入手する。
【0019】
クロマトグラム作成手段18は検出器8で得られた検出信号を逐次入手すると同時に補正パラメータ保持部14から補正パラメータを取り込み、補正式設定手段16によって設定された補正式を用いて補正パラメータを反映したクロマトグラムを逐次作成する。
【0020】
図3を用いて同実施例の液体クロマトグラム分析装置における測定時の動作及び手順について説明する。
まず、分析者が測定時の移動相の流量やカラムオーブン6の温度などの分析条件を設定する(ステップS1)。ここで設定された分析条件は補正パラメータとして演算処理装置12の補正パラメータ保持部14に保持される。
【0021】
次に、補正式設定手段16によって分析者による補正式の設定機能が立ち上がり、分析者が補正式を設定する。補正式は分析者が任意に設定することができる。例えば、予めブランク液を測定して得られたバックグラウンドデータ(B)を測定時に得られた検出信号(C)から差し引くという補正を行なう場合には、バックグラウンドデータを補正パラメータ保持部14に保持させておき、
X(t)=C(t)−B(t) (1)
という補正式を設定すればよい。ここで、tは時間変数であり、X(t)は時間tにおける検出信号の補正値、C(t)は測定により得られた時間tにおける検出信号、B(t)は時間tにおけるバックグラウンドデータの値である。
【0022】
また、検出器8が示差屈折率検出器であり、検出器8が受ける周辺温度の変動の影響を除去してクロマトグラムを一定温度で測定を行なったものに補正する場合には、
X(t)=C(t)−K1×T(t) (2)
という補正式を設定すればよい。K1は温度による検出信号への影響の補正係数(実験値)であり、T(t)は時間tにおける温度センサ10の検出値である。装置の周辺温度が検出器8に及ぼすまでの遅れ時間(t1)を考慮したいのであれば、上記の補正式(2)に代えて、
X(t)=C(t)−K1×T(t−t1) (3)
という補正式を設定すればよい。
【0023】
また、測定が温度グラジエント方式である場合には、カラムオーブン6に対して設定された温度プロファイルデータ(TP)を用いて、
X(t)=C(t)−K2×TP(t) (4)
という補正式を設定することにより、温度グラジエントによるクロマトグラムのドリフトを補正することができる。なお、K2はカラム温度(移動相温度)による検出信号への影響の補正係数(実験値)であり、TP(t)は時間tにおける温度プロファイル上の温度である。
【0024】
カラムオーブン6から検出器8に到達するまでの配管からの放熱を考慮したいのであれば、上記補正式(4)に代えて、
X(t)=C(t)−K2×(TP(t)−T(t)) (5)
という補正式を設定すればよい。
【0025】
さらには、カラムオーブン6から検出器8に液が到達するまでの時間(t2)を考慮したい場合には、上記補正式(5)に代えて、
X(t)=C(t)−K2×(TP(t−t2)−T(t)) (6)
という補正式を設定すればよい。t2は分析者が予め求めた定数であるが、移動相の流量(R)とカラムオーブン6から検出器8までの配管容量(L)を使って、
2=L/R (7)
と表わすことができるので、上記補正式(6)に代えて、
X(t)=C(t)−K2×(TP(t−L/R)−T(t)) (8)
と設定してもよい。
【0026】
上記のように、分析者が分析の条件や補正条件に応じて補正式を設定した後、測定を開始する(ステップS3)。演算処理装置18は測定により検出器8で得られた検出信号C(t)をシステムコントローラ20を介して逐次入手し(ステップS4)、それと同時に対応する補正パラメータ(例えば、B(t)やT(t)、TP(t)など)を補正パラメータ保持部14から入手する(ステップS5)。クロマトグラム作成手段18は入手された検出信号C(t)と補正パラメータを使って設定されている補正式に基づいてクロマトグラムの補正値X(t)を求める(ステップS6)。この動作を測定終了まで繰り返し行なう(ステップS7)。
【0027】
上記の動作及び手順により作成されるクロマトグラムの一例が図4(C)である。このクロマトグラムは同図(A)の検出信号から(B)のバックグラウンドデータを差し引くことにより得られる。(A)の補正前のクロマトグラムでは、温度グラジエントによってクロマトグラムのベースラインがドリフトしているとともに、試料成分とは関係のないゴーストピークが出現しているが、(B)のバックグラウンドデータを差し引くことによって温度グラジエントによるドリフトとゴーストピークが削除された、ベースラインが一定したクロマトグラムをリアルタイムで得ることができる。このようなクロマトグラムをリアルタイムで得ることにより、図5に示されるような、クロマトグラムに基づいて分析流路の下流端から滴下される試料成分を分取する分取機構11を備えた分取液体クロマトグラフにおいて、分取するか否かの基準となる信号強度レベルの設定が容易になり、ゴーストピークに相当する部分を誤って分取することがなくなる。
【0028】
上記実施例では、演算処理装置12に補正パラメータ保持部14が設けられているが、補正パラメータ保持部14はシステムコントローラ20に設けられていてもよく、温度センサ10やその他クロマトグラムの補正パラメータとして用いられ得るデータを集めることができる位置であれば、どこに設けられていてもよい。
【0029】
また、上記実施例では、システムコントローラ20を介してオートサンプラ2や送液ポンプなどの各要素を制御するように構成された分析装置について説明したが、システムコントローラ20が存在せず、演算処理装置12が直接的に各要素を制御するようになっている分析装置についても同様に適用することができる。
【符号の説明】
【0030】
2 オートサンプラ
4 送液ポンプ
6 カラムオーブン
6a 分析カラム
8 検出器
10 温度センサ
12 演算処理装置
14 補正パラメータ保持部
16 補正式設定手段
18 クロマトグラム作成手段
20 システムコントローラ
24 デガッサ
26 ミキサ
28 分析流路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料を移送するための移動相が流れる分析流路、前記分析流路に試料を注入するための試料注入部、前記分析流路で前記試料注入部よりも下流側に設けられ前記試料注入部から注入された試料を成分ごとに分離するための分離カラム、前記分析流路で前記分離カラムよりもさらに下流に設けられ前記分離カラムで分離された各成分を検出するための検出器及び前記検出器で得られた検出信号に基づいて試料のクロマトグラムを作成する演算部を備えた液体クロマトグラフ分析装置において、
クロマトグラムに影響を与える測定環境条件を補正パラメータとして保持する補正パラメータ保持部と、
前記補正パラメータをクロマトグラムに反映させるための補正式を設定するための補正式設定手段と、をさらに備え、
前記演算部は、前記検出器で得られる検出信号を逐次入手すると同時にその検出信号入手時に対応する補正パラメータを前記補正パラメータ保持部から取り込み、取り込んだ補正パラメータを反映したクロマトグラムを、前記補正式設定手段により設定された補正式に基づいて逐次作成するように構成されていることを特徴とする液体クロマトグラフ分析装置。
【請求項2】
該液体クロマトグラフ分析装置の周囲の温度を測定する温度センサをさらに備え、
前記補正パラメータは前記温度センサで得られた温度を含む請求項1に記載の液体クロマトグラフ分析装置。
【請求項3】
前記補正パラメータは、前記試料注入部にブランク液を注入したときの前記検出器の検出信号を予め測定したクロマトグラムのバックグラウンドデータである請求項1又は2に記載の液体クロマトグラフ分析装置。
【請求項4】
前記分析流路の下流端に設けられ前記分析流路からの液を採取する分取機構を備えており、
前記分取機構は前記バックグラウンドデータを補正パラメータとして反映したクロマトグラムに基づいて分離成分に相当する部分を分画して捕集するものである請求項3に記載の液体クロマトグラフ分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−145382(P2012−145382A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−2497(P2011−2497)
【出願日】平成23年1月7日(2011.1.7)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)