説明

液体流量制御装置

【課題】液体の流量制御を効率良く行うことができる液体流量制御装置を提供する。
【解決手段】液体流量制御装置は、上部素子基板3と下部素子基板4の間の液流路20を有している。液流路20内には、下部素子基板4に片持梁状に固定され、弾性変形可能な可動部材10が配置されている。下部素子基板4には、可動部材10の下方の位置に下部発熱体2が配置され、上部素子基板3には、可動部材10の上方の位置に上部発熱体1が配置されている。可動部材10は、下部発熱体2によって発生した気泡によって自由端11が持ち上がった第1の位置に移動可能であり、上部発熱体1によって発生した気泡によって、下部素子基板4の表面に平行な第2の位置に移動可能である。可動部材10は、液流路20内の液体の流れによる可動部材10に対する流抵抗の作用によって、第1の位置に保持可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体の膜沸騰により生じる発泡の圧力によって変位する可動部材を用いて液体の流量を制御する液体流量制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、液体の流量を制御する機構としては、様々なものが用いられている。その1つとして、液体が流れる液流路の底面に発熱体を複数個設け、その発熱体を駆動することにより熱を発生させ、発生する熱により泡を核生成し拡大させ、この泡を弁(泡弁)として機能させ、それによって流量を制御する機構が特許文献1に開示されている。
【0003】
また、液流路内に回転自在の回転子を有し、その回転軸に結合された流抵抗可変レバーを液流路の外側に設けた機構が特許文献2に開示されている。この機構では、流抵抗可変レバーを手動で、または適当な機械装置によって操作し、回転子の角度位置を調整することによって、液体の流量が制御される。
【特許文献1】特開2000−37881号公報
【特許文献2】特開平6−134990号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述の特許文献1に開示された機構では、泡弁を所定の大きさに維持したり、泡を移動させたりするために、しばしば、発熱体に熱を発生させ続ける必要がある。そのため、必ずしもエネルギー効率の良い機構とはいえない。また、流量を制御される液体が発熱体上を通過するため、熱に弱い液体の流量を制御するのは困難である。また、扱う液体によっては、加熱によって発熱体上にこげが発生したり、堆積物が堆積してしまったりする恐れがある。
【0005】
特許文献2に開示された機構では、回転子や流抵抗可変レバーなどを、液流路とは別に作製し、組み立てる必要がある。そのため、用途によっては、製造工程の効率化や、機構の小型化、軽量化に関して、より有利な機構が望まれる。
【0006】
本発明は、上述したような従来の技術における課題に鑑みてなされたものであって、本発明の主たる目的は、液体の流量制御を効率良く行うことができる液体流量制御装置を提供することにある。
【0007】
本発明の第2の目的は、熱に弱い液体の流量を問題なく制御することができ、すなわち、そのような液体の流量制御時にも、発熱体上にこげや堆積物の堆積が発生するのを抑制することができる液体流量制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述の目的を達成するため、本発明の液体流量制御装置は、液体が流れる液流路と、液流路の壁面上の、互いに対向する2つの位置でそれぞれ液体に熱を作用させて膜沸騰させ、気泡を発生することができる第1および第2の発熱体と、液流路の壁面に片持梁状に固定され、液流路内の、第1および第2の発熱体の間の位置に配置された弾性変形可能な板状の可動部を含む可動部材と、を有し、可動部は、第1の発熱体によって発生した気泡の作用によって第1の位置に移動させることができ、第2の発熱体によって発生した気泡の作用によって第2の位置に移動させることができ、第1の位置と第2の位置の少なくとも一方で、液流路を流れる液体の、可動部に対する流抵抗の作用によって保持されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明では、可動部材の可動部の位置を、第1および第2の発熱体によって発生した気泡の作用によって第1の位置と第2の位置に変化させ、それによって液流路内の液体の流量を切り替える制御をすることができる。この際、可動部は、気泡を作用させつづけなくても、液流路を流れる液体の、可動部に対する流抵抗の作用によって、所定の位置に保持することができる。したがって、可動部の位置の切り替え時にのみ、第1および第2の発熱体を駆動して、流量の切り替え制御を行うことができ、流量制御のエネルギ効率を向上させることができる。
【0010】
また、可動部材は、第1および第2の発熱体と同様の薄膜形成技術を用いて形成することができる。したがって、本発明の液体流量制御装置は、効率的に製造することができ、小型化、軽量化も容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0012】
(第1の実施形態)
図1は、本発明の第1の実施形態の液体流量制御装置を模式的に示す、液流路の、液体流量制御装置が設けられた部分の、液流路方向に沿った断面図である。図2は、図1の液流路部分の内部を透視して示す斜視図である。なお、図2では、分かりやすくするために、下部素子基板4の凹凸や可動部材10の支持固定部17などの図示は省略している。
【0013】
[1.液流路および液体流量制御装置の構造]
図1に示すように、本実施形態における液流路20の、少なくとも液体流量制御装置が設けられた部分は、図1の上下に、互いに間隔を置いて配置された上部素子基板3と下部素子基板4の間に形成されている。なお、ここでは、便宜上、図にしたがって、上下の用語を用いるが、この上下方向は実際の重力方向でなくてもよい。
【0014】
下部素子基板4には下部発熱体2が設けられており、液流路20は、この下部発熱体2の上方の位置を通るように、上部素子基板3と下部素子基板4の間に形成された適切な部材によって側方を区画されている。したがって、下部発熱体2は、液流路20内の液体に熱を作用させることができ、その作用によって液体を膜沸騰させて、図に模式的に示す気泡発生領域6に気泡を生成することができる。また、上部素子基板3には、下部発熱体2の対岸の位置に上部発熱体1が設けられており、この上部発熱体1も、同様に、液流路20内の液体に熱を作用させ、気泡を生成することができる。
【0015】
下部素子基板4上には、金属等の弾性を有する材料で構成され、板状の可動部10aを有する可動部材10が、下部発熱体2に対向するように片持梁状に支持されている。すなわち、この可動部材10は、下部素子基板4上に固定された支持固定部17と、一端が支持固定部17に接続された支点12となっており、他端が自由端11となっている可動部10aを有している。そして、可動部材10は、力が加わっていない状態では、図1に示すように、可動部10aが下部素子基板4の表面にほぼ平行に位置して下部発熱体2の上方を覆っており、弾性変形して自由端11側が持ち上がるように変位可能である。
【0016】
液流路20には、図1の矢印Fによって示すように、図1の左側を上流側U、右側を下流側Dとして液体が流される。可動部10aは、その自由端11側が上流側、支点12側が下流側に位置している。
【0017】
本実施形態では、互いに対応する上部発熱体1、下部発熱体2、および可動部材10を有する流量規制部が、液体の流れ方向Fに間隔を置いて2つ配置されている。この流量規制部の数は、1つでもよいし、3つ以上でもよい。
【0018】
複数の流量規制部を設ける場合、各流量規制部における可動部材10は互いに同一の構成であってもよいが、可動部10aの面積が互いに異なっていてもよい。また、1つの流量規制部に複数の可動部材10を配置してもよい。図2に示す例では、上流側に配置された流量規制部には、比較的面積の大きい矩形の可動部10aを有する可動部材10が1つ配置されている。一方、下流側に配置された流量規制部には、幅の狭い2つの可動部材10が横方向に並んで配置されている。
【0019】
なお、上部発熱体1および下部発熱体2は、例えば、電気エネルギを熱エネルギに変換する電気抵抗体から構成することができるが、これに限られることはない。また、配置や形状も図示のものに限られることはなく、後述するように、可動部材10を変位させる気泡を形成できるものであればよい。また、可動部材10の形状や配置も、図示のものに限られることはない。すなわち、可動部材10は、後述するように、上部発熱体1および下部発熱体2による発生気泡によって所定の変位が可能であり、変位することによって、液流路20内の液体の流量の、所望の制御が可能なものであればよい。
【0020】
[2.液体の流量制御方法]
次に、本実施形態の液体流量制御装置による液体の流量制御について説明する。図3は、本実施形態における、下部発熱体2、上部発熱体1、および可動部材10を有する流量規制部の動作を時系列に示す、液流路の、液流路方向に沿った断面図である。
【0021】
図3(a)は、可動部材10が変位させられていない初期状態を示している。ここで重要なことは、液流路20内の液体が上流側から下流側へ流れる際、その流れの妨げにならないような位置に可動部10aが位置していることである。すなわち、可動部10aは、液体の流れ方向に平行に位置し、液流路20内を流れる液体との間に流抵抗を生じない状態となっている。
【0022】
図3(b)は、図3(a)に示す状態から、下部発熱体2が、電気エネルギの供給等によって駆動されて発熱し、発生した熱によって液体の一部が加熱され、膜沸騰に伴う気泡30が発生した状態を示している。同図に示すように、可動部材10は気泡30の成長に応じて、自由端11側が持ち上がるように撓み、変位する。この際、気泡30は、圧力伝搬あるいは液体の体積移動が生じやすい、自由端11側の方向に大きく成長し、それによって、可動部材10を、自由端11側が持ち上がるように効率的に変位させることができる。
【0023】
図3(c)は、下部発熱体2の駆動による気泡30の生成、成長後、気泡30が、熱の分散に伴う減圧によって収縮し、消滅した状態を示している。このように気泡30が消滅して気泡30による可動部材10への作用がなくなっても、一旦変位した可動部材10は、上流側から下流側へ流れる液体によって及ぼされる流抵抗の作用によって、変位した位置に保持される。
【0024】
このように、可動部材10を変位した位置とすることによって、液流路20内の液体の流量を、図3(a)に示す状態の時よりも少なくする制御をすることができる。この際、流量の減少量は、図4に例示するように、流れる液体を受ける可動部10aの面積を、様々に調節しておくことによって、所望の値に調整することができる。すなわち、図4(a)に示す比較的大面積の可動部10aを使用すれば、流量をかなり大きく変化させることができる。一方、図4(b)に示すように、図4(a)の場合に比べて、長さを短くしたり、図4(c)に示すように幅を狭くしたりした可動部10aを使用することによって、流量を少しだけ変化させる制御を行うことができる。
【0025】
一旦変位させられた可動部材10は、このように、下部発熱体2を駆動し続けなくても、変位した位置に保たれるが、この状態から、変位していない初期位置に戻すには、図3(d)に示すように、上部発熱体1を駆動する。すなわち、上部発熱体1を、電気エネルギの供給等によって駆動すると、上部発熱体1が発熱し、発生した熱によって液体の一部が加熱され、膜沸騰に伴う気泡30が発生する。この気泡30の、可動部材10への作用によって、可動部材10を初期位置に戻すことができる。可動部材10は、一旦初期位置に戻すと、液体の流れの作用を受けなくなるので、初期位置に保たれる。
【0026】
以上のように、可動部材10の位置を図3(a)に示す位置と、図3(c)に示す位置との間で切り替えることによって、液流路20を流れる液体の流量を切り替える制御を行うことができる。
【0027】
なお、上記の動作の説明は、1つの流量規制部についてのみ行ったが、複数の流量規制部を有する構成の場合、可動部材10の位置の切り替えを、流量規制部毎にそれぞれ行うことができる。複数の流量規制部を有する構成の場合、可動部材10の可動部10aの面積を、流量規制部毎に異なるものとし、どの流量規制部の可動部材10を変位した位置にするかを切り替えることによって、流量を多段階に切り替える制御を行うことができる。また、各流量規制部の可動部材10を同一の構成として、変位した位置にする可動部材10の数を変化さることによって、流量を多段階に切り替える構成としてもよい。
【0028】
[3.可動部材の製造方法]
次に、可動部材10の製造方法の一例について説明する。図5は、可動部材10の製造工程を時系列に示す、下部素子基板4の側面図である。
【0029】
下部素子基板4は、詳細には図示していないが、下部発熱体2を構成する電気抵抗層やそれに接続される配線、およびそれらを保護する保護膜などが形成されたものであってよい。例えば、下部素子基板4はシリコンを基体としている。この基体上には、絶縁および蓄熱を目的としたシリコン酸化膜またはチッ化シリコン膜が成膜されている。その上に、0.01〜0.2μm厚の発熱体を構成するハフニュウムボライド(HfB2)、チッ化タンタル(TaN)、タンタルアルミ(TaAl)等の電気抵抗層と、0.2〜1.0μm厚のアルミニウム等の配線電極とがパターニングされている。またその上に、酸化シリコンやチッ化シリコン等の保護層が0.1〜0.2μm厚で形成され、さらにその上に、0.1〜0.6μm厚のタンタル等の耐キャビテーション層が成膜されており、インク等の各種の液体から電気抵抗層などを保護している。
【0030】
このような下部素子基板4上に可動部材10を形成する工程としては、まず、図5(a)に示すように、スパッタリング法を用いて、アルミ膜を下部素子基板4上に成膜する。このアルミ膜は、最終的に形成される可動部材10の可動部10aと下部素子基板4との間を所定の間隔にする間隙形成部材14として機能するものであり、図示のように所定の領域に、例えば4μmの厚さに形成する。
【0031】
次に、図5(b)に示すように、下部素子基板4および間隙形成部材14上に、最終的に可動部材10となる可動部材層16として、SiN膜を形成する。このSiN膜は、例えば、プラズマCVD法を用いて、400℃の高温下で5〜数十μm成膜し、フォトリソグラフィプロセスを用いて支持固定部17側をパターニングする。
【0032】
次に、図5(c)に示すように、可動部材層16上に、マスク層15として、スパッタリング法を用いてアルミ膜を約8000Å成膜する。その後、フォトリソグラフィプロセスを用いて、パターニングを行う。
【0033】
次に、図5(d)に示すように、可動部材層16の、誘電結合型プラズマによるエッチングを行う。この際、マスク層15がマスクとして機能し、アルミ膜からなる間隙形成部材14がエッチングストップ層として機能する。
【0034】
そして、最後に、図5(e)に示すように、燐酸、酢酸、硝酸の混合液により、いずれもアルミ膜からなる間隙形成部材14とマスク層15を除去する。
【0035】
なお、可動部材10には、変位に伴って応力が加わり、この応力は、特に、可動部10aの支点(根元)12付近に集中しがちである。この際、図3(c)などでは、可動部材10を、その変位を分かりやすくするために、可動部10aの根元部分で集中的に屈曲するように図示している。しかし、可動部材10は、可動部10aの全体を弾性変形可能な薄膜状の構造とすることによって、実際には、図6に破線で示すように、“弓”のように撓んで変位する。このようにすることによって、可動部10aの支点(根元)12付近の応力が軽減される。
【0036】
また、可動部材10の側部の縁にバリやクラックなどの欠陥があると、可動部材10の撓み変形が不均等になり、その結果として、応力が集中しやすい根元付近の負荷が大きくなりがちである。また、フォトリソグラフィプロセスを用いて可動部材10を形成した直後では、可動部材10の側部の縁で先端が直角となるように突出している直角部が生じており、また、その縁で先端が鋭角となるように突出している鋭角部が形成される場合がある。このような形状変化部も、根元付近への応力集中を生じさせる要因となる。そこで、可動部材10の形成後に可動部材10の両側面の形状を曲面(R部)にする処理をし、可動部材10の全ての縁を滑らかな曲面になるようにするのが好ましい。具体的には、可動部材10を形成した後に可動部材10をエッチング液に浸すことにより、可動部材10の両側面を、それらの直角部や鋭角部を除去して曲面にし、可動部材10の側部の縁における急激な形状変化部を除去することができる。これにより、均一な薄い膜状の可動部材10が、上記のように、全体として良好に弓状に撓むようにして根元付近での応力集中を緩和し、可動部材10に亀裂が生じたり、可動部材10が破断したりするのを抑制することができる。
【0037】
以上説明したように、本実施形態によれば、流量の切り替えを行う時にのみ上部発熱体1または下部発熱体2を駆動すればよく、これらを連続的に駆動する必要がないので、エネルギ効率の良い流量制御を行うことができる。
【0038】
また、液体流量制御装置を構成する上部発熱体1と下部発熱体2は、薄膜形成技術を用いて形成することができ、さらに、液体流量制御装置の構造体部分である可動部材10も、同様の薄膜形成技術を用いて形成することができる。このため、特許文献2に開示された回転子などの構造体を作り込むのに比べて、効率的な製造が可能であり、また、小型化、軽量化も容易である。したがって、本実施形態の構成は、特に、近年、小型化、軽量化が求められている医療機器やバイオテクノロテムの分野へ好適に適用することができる。
【0039】
(第2の実施形態)
図7は、本発明の第2の実施形態の液体流量制御装置の構成を模式的に示す、液流路方向に沿った断面図である。同図において、第1の実施形態と同様の部分には同一の符号を付し、詳細な説明は省略する。
【0040】
本実施形態では、下部素子基板4の、下部発熱体2の上方の位置に凹部が形成されている。この凹部の開口は、弾性を有する薄膜からなる可動分離膜13によって塞がれ、凹部内には発泡液31が充填されて発泡領域32が形成されている。また、上部素子基板3の、上部発熱体1の下方の位置にも、同様に、可動分離膜14によって塞がれた凹部に発泡液33が充填されて発泡領域34が形成されている。発泡液31,33は可動分離膜13,14によって、液流路20を流れる液体から隔離されている。
【0041】
可動分離膜13の材質は、ポリイミドが好適であるが、その他、近年のエンジニアリングプラスチックに代表される耐熱性、耐溶剤性、成型性が良好で、弾性があり薄化が可能な樹脂、およびその化合物も望ましい。このような樹脂の例としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、メラミン樹脂、フェノール樹脂、ポリブタジエン、ポリウン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルサルフォン、ポリアリレート、シリコンゴム、ポリサルンが挙げられる。また、可動分離膜13の厚さは、2種の液体間の分離部材としての強度を達成でき、かつ、発泡液31,33における気泡の膨張、収縮に伴って良好に変位可能となるように、その材質や形状等を考慮して決定すればよいが、0.5μm〜10μm程度が望ましい。
【0042】
次に、動作について説明する。
【0043】
図7(a)は初期状態を示している。この状態では、可動分離膜13,14は下部素子基板4または上部素子基板3の表面にそれぞれ平行に平坦に延び、可動部材10から離れている。可動部材10には外力が加わっておらず、可動部材10の可動部10aは、下部素子基板4の表面に、したがって、液流路20内の液体の流れ方向に平行に位置し、液体の流れの妨げにならないようになっている。
【0044】
図7(a)に示す初期状態から、下部発熱体2を発熱させることにより、可動分離膜13と下部発熱体2との間の発泡領域32内の発泡液31に熱が作用し、膜沸騰現象に基づく気泡が発生する。気泡の発生に基づく圧力が可動分離膜13に作用することによって、可動分離膜13は、図7(b)に示すように、上方に突出するように変位して可動部材10に当接する。この際、可動分離膜13は、液体の体積移動の生じやすい自由端11側で比較的大きく変位し、それによって、可動部材10を、自由端11側が押し上げられた状態に効率的に変位させることができる。
【0045】
その後、熱の分散による気泡の減圧によって、可動分離膜13は、図7(c)に示すように、平坦な初期位置に戻る。この状態では、可動部材13への可動分離膜13の作用はなくなっているが、可動部材13は、上流側から下流側へ流れる液体によって及ぼされる流路抵抗によって、変位した位置に保持されている。可動部材13が、このように変位した位置に保持されることによって、液流路20内の液体の流量を抑制する所望の流量制御が行われる。
【0046】
図7(c)に示す状態から、上部発熱体1を発熱させることにより、可動分離膜14と上部発熱体1との間の発泡領域33内の発泡液34に熱が作用し、膜沸騰現象に基づく気泡が発生する。気泡の発生に基づく圧力の作用によって可動分離膜13は、図7(d)に示すように、下方に突出するように変位して可動部材13に当接する。このようにして、可動部10aは押し下げられて、下部素子基板4の表面に平行な初期位置に戻され、すなわち、液体流量制御装置は、図7(a)に示す初期状態に戻る。
【0047】
以上述べたように、本実施形態の構成によると、熱を作用させて発泡させるための発泡液31を、液流路20に流れる液体とは別液体とすることができる。したがって、制御対象の液体の種類に関わりなく、発泡液31として、それに有利な液体を使用することができる。すなわち、例えば、熱を受けても発熱体の表面にコゲや堆積物を生じさせない液体を発泡液31として選択することができ、それによって安定した発泡を可能とし、制御の信頼性を向上させることができる。さらに、加熱に弱い液体の流量を制御する場合においても、この液体の、熱の作用による害を抑制しながら、その流量制御を行うことができる。
【0048】
(第3の実施形態)
図8は、本発明の第3の実施形態の液体流量制御装置の構成を模式的に示す、液流路方向に沿った断面図である。同図において、他の実施形態と同様の部分には同一の符号を付し、詳細な説明は省略する。
【0049】
本実施形態では、可動部材10の支持固定部17の、幅方向の中央部の下方に溝が形成されている。それによって、液流路20は、上流側液流路21から、可動部10aのところで、可動部材10の支持固定部17によって隔てられた第1の下流側液流路22と第2の下流側液流路23に分岐している。すなわち、本実施形態において可動部10aは、液流路20の分岐部34に配置されている。
【0050】
この構成において、図8(a)は、可動部10aが、下部素子基板4の表面に平行な初期位置にある状態を示している。この状態では、液体は、矢印によって模式的に示すように、第1の液流路21を通って、その出口Aに導かれる。この時、可動部10aは、その自由端が、下部素子基板4の上面の、可動部材10の上流側で、初期位置にある可動部10aの上面とほぼ同じ高さになるように、下部発熱体2の形成部分より一段高くなった部分に形成された切りかけに押し当てられている。それによって、可動部10aは、第2の下流側液流路23側へと下方に変位しないようになっており、第2の下流側液流路23側への液体の流れを阻止している。
【0051】
図8(a)の状態から、下部発熱体2に電気等のエネルギを供給することによって下部発熱体2を発熱させると、発生した熱によって第2の下流側液流路23内の液体の一部が加熱され、膜沸騰に伴う気泡が発生する。この気泡の圧力により、可動部材10は押し上げられ、図8(b)に示す状態となる。この状態では、可動部材10は、上部素子基板3の表面の、上部発熱体1近傍に形成された切りかけ部分に押し当てられている。この時、液体は、矢印によって模式的に示すように、第1の下流側液流路22側には流れず、第2の下流側液流路23側を通って、その出口Bに導かれる。可動部材10は、下部発熱体2によって発生した気泡の作用が無くなった後も、この液体の流れの作用によって、変位した位置に保持される。この状態から、上部発熱体1を駆動して第1の下流側液流路22内の液体の一部を加熱・発泡させることによって、図8(a)に示す状態に戻すことができる。
【0052】
このように、本実施形態では、上部発熱体1と下部発熱体2の駆動によって、液体を出口A側に流す状態と出口B側に流す状態とを切り替えることができる。また、出口Aと出口Bの下流側を再び合流させ、第1の下流側液流路22と第2の下流側液流路23の流抵抗の差を利用して、第1の下流側液流路22と第2の下流側液流路23のどちらを通すかによって全体としての液体の流量を切り替える構成としてもよい。
【0053】
なお、可動部材10によって一方の液流路への液体の流れを完全に遮断するのではなく、例えば、図4(c)に示すような幅の狭い可動部材10を用いて、一方の液流路への液体の流れを抑制する構成としてもよい。それによって、第1の下流側液流路22を流れる液体の流量と第2の下流側液流路23を流れる液体の流量の比率を変化させたり、全体として流れる液体の流量を変化させたりする流量制御を行うことができる。
【0054】
また、本実施形態では、液流路20内の液体の一部を直接加熱して気泡を発生させる構成について説明した。しかし、第2の実施形態で説明したように、液流路20内の液体と発泡液とを可動分離膜で分離して、発泡液を加熱して気泡を発生させる構成を用いても構わない。
【0055】
(第4の実施形態)
図9は、本発明の第4の実施形態の液体流量制御装置の構成を模式的に示す、液流路方向に沿った断面図である。同図において、第1の実施形態と同様の部分には同一の符号を付し、詳細な説明は省略する。
【0056】
本実施形態では、可動部材10は上部素子基板3に固定されている。上部基板3の表面は、可動部材10の支持固定部17が固定された所より、液流路20の上流側(図の左側)で一段低くなっており、それによって、可動部10aが、上方に変位できる領域が確保されている。
【0057】
可動部材10の下流側には、上部素子基板2と下部素子基板4の間に、上面が、変位していない状態の可動部10aの上面と揃った仕切り部材5が配置されている。それによって、液流路20は、可動部材10より上流側で、第1の上流液流路24と第2の上流液流路25に隔たれている。すなわち、本実施形態の可動部材10は、液流路20の合流部分33に配置されている。なお、仕切り部材5は、上部素子基板2または下部素子基板4の一部であってもよいし、これらとは別個の部材であってもよい。
【0058】
この構成において、図9(a)は、可動部10aが、上部素子基板2の表面に平行な初期位置にある状態を示している。この状態では、第1の上流側液流路24の液体の流れは可動部材10によってせき止められ、液体は、第2の上流側液流路25のみを通って下流側液流路26へと流れる。
【0059】
図9(a)に示す状態から、下部発熱体2に電気等のエネルギを供給して下部発熱体2を発熱させると、発生した熱によって第2の上流側液流路25の液体の一部が加熱され、膜沸騰に伴う気泡が発生する。この気泡の圧力によって、可動部材10は、図9(b)に示すように押し上げられ、その自由端11が、上部素子基板3に形成された切りかけ部分に押し当てられる。この状態では、矢印によって模式的に示すように、第1の上流側液流路24を通った液体が第2の上流側液流路25を通った液体と合流して流れる。可動部材10は、下部発熱体2によって発生した気泡の作用が無くなった後も、この液体の流れの作用によって、変位した位置に保持される。この状態から、上部発熱体1を駆動して第1の上流側液流路24内の液体の一部を加熱・発泡させることによって、図9(a)に示す状態に戻すことができる。
【0060】
このように、本実施形態では、上部発熱体1と下部発熱体2の駆動によって、第2の上流側液流路25のみから液体を流す状態と、第1の上流側液流路24からの液体と第2の上流側液流路25からの液体を合流させて流す状態とを切り替えることができる。
【0061】
なお、本実施形態では、液流路20の液体の一部を直接加熱して気泡を発生させる構成について説明した。しかし、第2の実施形態で説明したように、液流路20の液体と発泡液とを可動分離膜で分離して、発泡液を加熱して気泡を発生させる構成を用いても構わない。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の第1の実施形態の液体流量制御装置の構成を模式的に示す、液流路方向に沿った断面図。
【図2】図1の液体流量制御装置の、液流路内を透視して示す斜視図。
【図3】図1の液体流量制御装置の動作を時系列に示す、液流路方向に沿った断面図。
【図4】図1の液体流量制御装置に用いることができる、様々な面積の可動部材を示す斜視図。
【図5】図1の液体流量制御装置における可動部材の製造工程を時系列に示す側面図。
【図6】図1の液体流量制御装置の可動部材の変位状態を示す側面図。
【図7】本発明の第2の実施形態の液体流量制御装置の動作を時系列に示す、液流路方向に沿った断面図。
【図8】本発明の第3の実施形態の液体流量制御装置を示す、液流路方向に沿った断面図。
【図9】本発明の第4の実施形態の液体流量制御装置を示す、液流路方向に沿った断面図。
【符号の説明】
【0063】
1 上部発熱体
2 下部発熱体
10 可動部材
20 液流路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体が流れる液流路と、
前記液流路の壁面上の、互いに対向する2つの位置でそれぞれ液体に熱を作用させて膜沸騰させ、気泡を発生することができる第1および第2の発熱体と、
前記液流路の壁面に片持梁状に固定され、前記液流路内の、前記第1および第2の発熱体の間の位置に配置された弾性変形可能な板状の可動部を含む可動部材と、
を有し、
前記可動部は、前記第1の発熱体によって発生した気泡の作用によって第1の位置に移動させることができ、前記第2の発熱体によって発生した気泡の作用によって第2の位置に移動させることができ、前記第1の位置と前記第2の位置の少なくとも一方で、前記液流路を流れる液体の、前記可動部に対する流抵抗の作用によって保持される、
液体流量制御装置。
【請求項2】
前記第1および第2の発熱体の少なくとも一方が膜沸騰させる液体は、前記液流路内を流れる液体である、請求項1に記載の液体流量制御装置。
【請求項3】
前記液流路の壁面上で、前記液流路内の液体とは隔離して発泡液を保持している、弾性変形可能な可動分離壁をさらに有し、
前記第1および第2の発熱体の少なくとも一方が膜沸騰させる液体は前記発泡液であり、前記可動分離壁は、前記発泡液の気泡の作用によって変位して前記可動部に当接し移動させることができる、
請求項1または2に記載の液体流量制御装置。
【請求項4】
前記可動部は、前記液流路内の前記液体の流れ方向に平行に、自由端側が前記液体の流れの上流側に向くように配置されている、
請求項1から3のいずれか1項に記載の液体流量制御装置。
【請求項5】
前記第1および第2の発熱体と、それらに対応する前記可動部材とを含む流量規制部を複数有し、該流量規制部毎に、前記可動部材の前記可動部の面積が異なっている、
請求項4に記載の液体流量制御装置。
【請求項6】
前記液流路は、1つの上流側液流路から第1の下流側液流路と第2の下流側液流路に分岐する分岐部を有しており、
前記可動部は前記分岐部に配置され、前記可動部の前記第1の位置と前記第2の位置は、前記第1の下流側液流路への液体の流れを遮る位置と、前記第2の下流側液流路への液体の流れを遮る位置である、
請求項1から3のいずれか1項に記載の液体流量制御装置。
【請求項7】
前記液流路は、第1の上流側液流路と第2の上流側液流路から1つの下流側液流路に合流する合流部を有しており、
前記可動部材は前記合流部に配置され、前記可動部材の前記第1の位置と前記第2の位置は、前記第1の上流側液流路からの液体の流れを遮る位置と、前記第2の上流側液流路からの液体の流れを遮る位置である、
請求項1から3のいずれか1項に記載の液体流量制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−299313(P2007−299313A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−128397(P2006−128397)
【出願日】平成18年5月2日(2006.5.2)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】