説明

液体試料の電気特性測定のためのサンプルカートリッジと装置

【課題】電極との接触面における液体試料の化学的反応や界面分極が測定結果に及ぼす影響を抑制して、液体試料の電気特性を高精度に測定するための技術の提供。
【解決手段】絶縁性材料を筒状体に形成してなり、両端の開口から内空にそれぞれ挿入される電極11,12の表面と、内空表面と、で構成される領域に液体試料を保持可能であり、前記領域には、対向する2つの電極11,12の間に位置して、内空が狭窄された狭窄部24が設けられた液体試料の電気特性測定のためのサンプルカートリッジ2を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体試料の電気特性測定のためのサンプルカートリッジと装置に関する。より詳しくは、液体試料の電気特性を高精度に測定するための構造を備えたサンプルカートリッジ等に関する。
【背景技術】
【0002】
液体試料の電気特性を測定し、その測定結果から試料の物性を判定したり、試料に含まれる細胞等の種類を判別したりすることが行われている(例えば、特許文献1参照)。測定される電気特性としては、複素誘電率やその周波数分散(誘電スペクトル)が挙げられる。複素誘電率やその周波数分散は、一般に、溶液に対して電圧を印加するための電極を備えた溶液保持器等を用いて電極間の複素キャパシタンスないし複素インピーダンスを測定することで算出される。
【0003】
特許文献2には、血液の誘電率から血液凝固に関する情報を取得する技術が開示されており、「一対の電極と、上記一対の電極に対して交番電圧を所定の時間間隔で印加する印加手段と、上記一対の電極間に配される血液の誘電率を測定する測定手段と、血液に働いている抗凝固剤作用が解かれた以後から上記時間間隔で測定される血液の誘電率を用いて、血液凝固系の働きの程度を解析する解析手段と、を有する血液凝固系解析装置」が記載されている。
【0004】
従来、血液凝固系の試験としては、プロトロンビン時間や活性化部分トロンボプラスチンが広く知られている。特許文献2に記載される血液凝固系解析装置では、血液が粘弾性という力学的観点で固まり始める時期よりも前の誘電率の時間変化によって、早期の血液凝固系の働きを解析することができる。そのため、従来の試験方法に比べて、解析精度を高めることができ、早期に解析を行うことができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−042141号公報
【特許文献2】特開2010−181400号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
液体試料の電気特性の測定では、液体試料と試料溶液に電場を印加するための電極との接触が不可避となる。しかし、電極との接触面において液体試料の化学的反応が進行してしまう場合がある。この場合には、化学的反応が測定結果に影響を及ぼし、液体試料の電気特性を正確に測定できなくなる。例えば、並行平板型のコンデンサー状電極間に血液を充填し、その凝固過程を測定する場合、電極表面との接触によって血液の内因系凝固反応が活性化され、本来よりも凝固過程が促進されてしまい、正しい測定結果を得ることができない場合がある。
【0007】
また、液体試料の電気特性の測定では、液体試料と電極との接触面において界面分極が生じる場合があり、この場合にも、界面分極の影響により、液体試料の電気特性を正確に測定することが難しくなる。
【0008】
そこで、本発明は、電極との接触面における液体試料の化学的反応や界面分極が測定結果に及ぼす影響を抑制して、液体試料の電気特性を高精度に測定するための技術を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題解決のため、本発明は、絶縁性材料を筒状体に形成してなり、両端の開口から内空にそれぞれ挿入される電極の表面と、内空表面と、で構成される領域に液体試料を保持可能であり、前記領域には、対向する2つの電極の間に位置して、内空が狭窄された狭窄部が設けられた液体試料の電気特性測定のためのサンプルカートリッジを提供する。
このサンプルカートリッジにおいて、前記狭窄部の内空断面積は、前記領域を構成する電極表面の面積よりも小さくされる。
この構成により、このサンプルカートリッジでは、前記領域全体に充填された液体試料の複素インピーダンスが、狭窄領域に存在する液体試料の複素インピーダンスとほぼ等しくなる。
このサンプルカートリッジは、前記電極を内部構成として有するものとしてもよい。
【0010】
また、本発明は、液体試料に電圧を印加するための一対の電極と、絶縁性材料を筒状体に形成してなり、両端の開口から内空にそれぞれ挿入される前記電極の表面と、内空表面と、で構成される領域に液体試料を保持可能であり、前記領域には、対向する2つの前記電極の間に位置して、内空が狭窄された狭窄部が設けられたサンプルカートリッジと、前記電極に電圧を印加する印加手段と、液体試料の電気特性を測定する測定手段と、を備える液体試料の電気特性測定装置をも提供する。
この電気特性測定装置では、前記領域全体に充填された液体試料の複素インピーダンスが、狭窄領域に存在する液体試料の複素インピーダンスとほぼ等しくなる。
この電気特性測定装置は、液体試料として血液を用い、血液の誘電率を測定するようにすることで、血液凝固系解析装置として好適に適用され得る。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、電極との接触面における液体試料の化学的反応や界面分極が測定結果に及ぼす影響を抑制して、液体試料の電気特性を高精度に測定するための技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係る電気特性測定装置の概略構成を説明するための模式図である。
【図2】本発明に係るサンプルカートリッジの構成を模式的に示す斜視図である。
【図3】本発明に係るサンプルカートリッジの構成を模式的に示す断面図である。
【図4】実施例で用いたサンプルカートリッジの各部の寸法を示す模式図である。
【図5】実施例において、血液凝固過程の誘電分光測定を行った結果を示すグラフである。
【図6】実施例において、自由振動型レオメーターを用いて血液凝固過程を測定した結果を示すグラフである。
【図7】実施例において、本発明に係るサンプルカートリッジと従来のコンデンサー型電極セルを用いて血液凝固過程の誘電分光測定を行った結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。なお、説明は以下の順序で行う。

1.液体試料の電気特性測定装置
(1)装置の全体構成
(2)サンプルカートリッジの構成

【0014】
1.液体試料の電気特性測定装置
(1)装置の全体構成
図1に、本発明に係る液体試料の電気特性測定装置(以下、単に「測定装置」とも称する)の概略構成を示す。
【0015】
図中、符号Aで示す測定装置は、液体試料を保持するサンプルカートリッジ2と、サンプルカートリッジ2に保持された液体試料に電圧を印加する一対の電極11,12と、電極11,12に電圧を印加する電源(印加手段)3と、液体試料の電気特性を測定する測定部(測定手段)41と、を備える。測定部41は、測定部41からの測定結果の出力を受け、液体試料の物性判定等を行う解析部42とともに、信号処理部4を構成している。
【0016】
サンプルカートリッジ2及び/又は信号処理部4には、不図示の温度センサー及び熱電素子が設けられる。測定装置Aは、温度センサーを用いて液体試料の温度を計測し、計測結果に応じた信号量を熱電素子に与えることにより、液体試料の温度を調整する。
【0017】
電源3は、測定を開始すべき命令を受けた時点又は電源が投入された時点を開始時点として電圧を印加する。具体的には、電源3は、設定される測定間隔ごとに、電極11,12に対して、所定の周波数の交流電圧を印加する。なお、電源3が印加する電圧は、測定する電気特性に応じて直流電圧とされてもよいものとする。
【0018】
測定部41は、測定を開始すべき命令を受けた時点又は電源が投入された時点を開始時点として複素誘電率(以下、単に「誘電率」とも称する)やその周波数分散などの電気特性を測定する。具体的には、例えば誘電率が測定される場合、測定部41は、電極11,12間における電流又はインピーダンスを所定周期で測定し、当該測定値から誘電率を導出する。この誘電率の導出には、電流又はインピーダンスと誘電率との関係を示す既知の関数や関係式が用いられる。
【0019】
解析部42には、測定部41から導出された誘電率を示すデータ(以下、「誘電率データ」とも称する)が測定間隔ごとに与えられる。解析部42は、測定部41から与えられる誘電率データを受けて、液体試料の物性判定等を開始する。解析部42は、液体試料の物性判定等の結果及び誘電率データとの一方又は双方を通知する。この通知は、例えば、グラフ化してモニタに表示あるいは所定の媒体に印刷することにより行われる。
【0020】
本発明者らは、上記特許文献2において、血液の誘電率の時間的変化が血液の凝固過程を反映し、誘電率の上昇変化が血液の凝固亢進又は凝固能力の程度を定量的に表す指標となり得ることを明らかにしている。特に、誘電率の測定によれば、従来の自由減衰振動型のレオメータでは観測不可能である初期段階の血液凝固過程を観測できる。
【0021】
従って、測定装置Aにおいて、液体試料として血液を用いれば、血液の誘電率データから血液凝固系の解析を行うことが可能である。具体的には、例えば、解析部42において、解析期間内に受け取った複数の誘電率データがそれぞれ示す誘電率に最も近似する直線を検出する。そして、検出した直線の勾配を、血液凝固過程の初期段階の誘電率の増加量を示すパラメータとして求め、該勾配から、血液の凝固亢進又は凝固能力の程度を予測する。この予測は、直線の勾配が大きいほど血液の凝固亢進又は凝固能力の程度が大きいものとされ、例えば、これらの程度と直線の勾配とを対応付けたデータベースや関数に基づいて行われる。このように検出した直線の勾配に基づいて血液の凝固亢進又は凝固能力の程度を予測することで、血液凝固系の解析を短時間に解析することが可能となる。
【0022】
以上に説明した測定装置Aの構成は、次に説明するサンプルカートリッジ2の構成を除き、本発明者らが特許文献2に開示した血液凝固系解析装置と同等のものあるいは適宜改変を加えたものとできる。
【0023】
(2)サンプルカートリッジの構成
図2及び図3に、サンプルカートリッジ2の構成を模式的に示す。図2は斜視図、図3は断面図である。
【0024】
サンプルカートリッジ2は、絶縁性材料を筒状体に形成してなる。絶縁性材料としては、特に限定はされないが、例えば、ポリプロピレン、ポリメチルメタクリレート、ポリスチレン、ポリテトラフルオロエチレンなどの疎水性かつ絶縁性のポリマーやコポリマー、ブレンドポリマーが挙げられる。また、サンプルカートリッジ2は、所定材料により形成した筒状体の表面に、これらの疎水性かつ絶縁性のポリマー等を表面にコーティングしたものであってもよい。サンプルカートリッジ2の形状は、図に示す円筒体の他、断面が多角(三角、四角又はそれ以上)となる筒体であってもよい。
【0025】
サンプルカートリッジ2の両端の開口21,22からは、上述の電極11,12が筒状体内空に挿入される。電極11,12には、不図示の配線により上述の電源3及び測定部41に接続される。サンプルカートリッジ2は、電極11,12の表面と、筒状体内空表面と、で構成される領域23に液体試料を保持する。このため、領域23は、開口21,22が電極11,12によって密封されることにより、気密に構成されることが好ましい。ただし、領域23は、液体試料を測定に要する時間停滞可能であれば気密な構成でなくてもよいものとする。なお、ここでは、電極11,12をサンプルカートリッジ2の外部構成として説明したが、電極11,12はサンプルカートリッジ2に付属する内部構成としてもよい。電極11,12は外部構成であることが、サンプルカートリッジ2をディスポーザブルとする場合に、好ましい。
【0026】
領域23への液体試料の導入は、サンプルカートリッジ2の両端の開口21,22に電極11,12を挿入後、円筒体外表面から内空に注射針Bを穿入し、試料溶液を注入することにより行うことができる。注入後、注射針Bの貫通部分は、グリス等で塞ぐことで、領域23の密閉状態を維持できる。測定装置Aにおいて、血液凝固系の解析を行う場合、領域23に血液を導入し、抗凝固作用を解除して測定を開始する。
【0027】
領域23には、対向する電極11,12の間に位置して、内空が狭窄された狭窄部24が設けられている(図3参照)。狭窄部24は、円筒体内空表面を内空側に突出させて設けられている。領域23は、絶縁性材料に基づく絶縁性を有する狭窄部24によって、電極11側の第一の領域231と、電極12側の第二の領域232とに区分される。そして、第一の領域231と第二の領域232の一部は、狭窄部24の内空部分である狭窄領域233によって連絡される。領域23に導入された液体試料は、第一の領域231及び狭窄領域233、第二の領域232に連続的に充填される。狭窄部24は、複数設けられていてもよい。すなわち、円筒体内空表面を内空側に突出させて設けた隔壁に、貫通孔を複数穿設して狭窄領域233としてもよい。
【0028】
狭窄部の内空(狭窄領域233)の断面積は、電極11,12表面の面積よりも小さく形成される。以下に詳しく説明するように、この構成により、領域23全体に充填された液体試料の複素インピーダンスは、狭窄領域233に存在する液体試料の複素インピーダンスとほぼ等しくなり、狭窄領域233に存在する液体試料の電気特性が、領域23全体に充填された液体試料の電気特性の測定結果を決定することとなる。
【0029】
従って、電極11,12との接触によって第一の領域231あるいは第二の領域232において液体試料の化学的反応が進行した場合にも、該化学的反応の影響を受けることなく、液体試料の電気特性の測定できる。また、第一の領域231あるいは第二の領域232において液体試料と電極11,12との接触面に界面分極が生じた場合にも、界面分極の影響を受けることなく、液体試料の電気特性の測定できる。
【0030】
具体的には、測定装置Aにおいて、血液凝固系の解析を行う場合、第一の領域231あるいは第二の領域232において、電極11,12との接触によって血液の内因系凝固反応が活性化されて凝固過程が促進された場合や、電極11,12との接触面に界面分極が生じた場合にも、血液の誘電率を高精度に測定して、血液凝固系の機能を正確に評価できる。
【0031】
狭窄領域233の断面積は、試料溶液が充填された狭窄領域233部分の複素インピーダンスが、狭窄部24(狭窄領域233を除く部分)の複素インピーダンスより十分に小さくなる程度の大きさとされる。また、狭窄領域233の断面積の上限値と長さ(図3中、符号d参照)の下限値は、試料溶液が充填された狭窄領域233部分と狭窄部24(狭窄領域233を除く部分)との複素アドミッタンス(複素インピーダンスの逆数)の和が、領域23全体の複素アドミッタンスとほぼ等しくなるように、電極11,12の表面積及び電極間距離(図3中、符号L参照)に応じて設定される。さらに、狭窄領域233の断面積は、狭窄領域233に充填された試料溶液の電気特性が、巨視的な試料溶液の電気特性と異ならない程度の大きさとされる。以下により具体的に説明する。
【0032】
サンプルカートリッジ2を用いて、領域23に充填した液体試料の複素インピーダンスの測定を行った場合、観測される複素インピーダンスZは、以下の式(1)によって示される。
【0033】
【数1】

(式中、Zは、第一の領域231と第二の領域232に充填された液体試料による複素インピーダンスを示す。
は、狭窄部24(狭窄領域233を除く部分)の複素インピーダンスを示す。
は、狭窄領域233に充填された液体試料の複素インピーダンスを示す。
は、試料溶液に含まれる正負のイオンによって電極11,12表面に生じる電気二重層(界面分極あるいは電極分極)による複素インピーダンスを示す。)
【0034】
まず、Zが十分小さく無視できる場合の式(1)について説明する。
【0035】
仮に、「条件1」として、ZがZ/(Z+Z)よりも十分に小さいという条件(Z<<Z/(Z+Z))を満たす場合、Zは、式(1)右辺第2項によって決まる。
【0036】
さらに、「条件2」として、ZがZよりも十分に大きいという条件(Z>>Z)を満たす場合、式(1)右辺第2項は、以下の式(2)よって示される。
【0037】
【数2】

【0038】
従って、観測される複素インピーダンスZは、狭窄領域233に充填された液体試料の複素インピーダンスZに等しくなる。これは、上記の「条件1」及び「条件2」を満たす場合において、狭窄領域233に存在する液体試料の電気特性が、領域23全体に充填された液体試料の電気特性の測定結果を決定することを意味する。
【0039】
次に、「条件1」及び「条件2」がどのような場合に満足されるかを説明する。電極11,12の断面積をS、電極間距離をL(図3参照)、狭窄領域233の断面積をs、狭窄領域233の長さをd(図3参照)、液体試料の複素誘電率をε、狭窄部24を構成する絶縁性材料の複素誘電率をεとする。
【0040】
「条件2」により、以下の式(3)が導かれる。
【0041】
【数3】

【0042】
さらに、「条件1」により、以下の式(4)が導かれる。
【0043】
【数4】

【0044】
液体試料の複素誘電率εは、広い周波数域にわたって、狭窄部24を構成する絶縁性材料の複素誘電率をεよりも極めて大きい。例えば液体試料として血液を用いる場合、血液の複素誘電率εは、1Hz〜10GHzの広い周波数域で、ポリプロピレン等の絶縁性プラスチックの複素誘電率をεよりも極めて大きい。従って、例えば、サンプルカートリッジ2の各部の寸法を、例えば図4に示すような値とすることによって上記式(3)及び式(4)を満足することができる。なお、図4では、便宜上、一方の電極をのみ図示している。
【0045】
サンプルカートリッジ2の各部の寸法は、狭窄領域233の直径kが0.02〜10mm程度、狭窄領域233の長さdが0.02〜90mm程度、電極11,12の直径Kが0.2〜100mm程度、電極11,12間の距離Lが0.22〜290mm程度が好適である。狭窄領域233の直径k及び長さdは、窄領域233に充填された試料溶液の電気特性が、巨視的な試料溶液の電気特性を表すことができる程度に十分大きくされる。また、電極11,12間の距離L(あるいは、各電極から狭窄部24までの距離)は、電極表面で生じた化学的反応や界面分極の影響が窄領域233に存在する液体試料に及ぶことを防止することができる程度に十分大きくされる。
【0046】
続いて、Zが無視できない場合、界面分極による複素インピーダンスZを含む式(1)について説明する。
【0047】
電極分極は試料溶液に含まれる正負のイオンが電極近傍に蓄積して電気二重層を形成することで生じ、低周波測定になるほどその影響が顕著になる。観測したいと考える試料の誘電応答の周波数が電極分極が顕著になる周波数よりも高ければ、電極分極の影響は問題とならない。
【0048】
ここで、サンプルカートリッジ2には絶縁性材料よりなる狭窄部24があるために、イオン電流は狭窄部24部分の内空(狭窄領域233)によって通じることになる。狭窄領域233を通るイオン電流は、狭窄部24がない一般的なコンデンサー型電極セルの場合のイオン電流と比較して、大幅に小さくなる。そのため、電極11,12近傍でのイオンの蓄積も起こりにくくなる。従って、サンプルカートリッジ2では、電極分極が顕著になる周波数が、一般的なコンデンサー型電極セルと比較して低周波側にシフトする。つまり、電極分極の影響を受けにくくなる。
【実施例】
【0049】
本発明に係るサンプルカートリッジを用いて、血液凝固過程の誘電分光測定を行った。サンプルカートリッジ、血液、測定装置には以下のものを用いた。
(1)サンプルカートリッジ
ポリプロプレンを用いて図4に示した形状のサンプルカートリッジを作製した。電極には、銅に金メッキを施したもの用いた。また、比較のために、狭窄部がない一般的なコンデンサー型電極セルも用いた。なお、図4では、便宜上、一方の電極をのみ図示している。
(2)血液
ウサギ保存血液をコージンバイオ社から購入し、PBSによって洗浄して赤血球懸濁液を用意した。ウシ由来フィブリノゲンはシグマ社から購入し、PBSに溶解させ、フィブリノゲン濃度が0.5 wt%になるように調整した。ウシ由来トロンビンはシグマ社から購入し、0.01 %(約10 units / ml)になるように調整した。上記の赤血球懸濁液とフィブリノゲン溶液を混合してヘマトクリット約25 %、フィブリノゲン濃度0.25 %となるモデル血液を調整し、誘電分光測定直前に上記トロンビン溶液をモデル血液1 mlあたり5 μl(50 m units / ml)加えることで凝固反応をスタートさせた。また、比較のために、トロンビンを加えないネガティブコントロールの測定も行った。トロンビンを加えての測定では、加えた時間を時刻0とした。
(3)測定装置
誘電測定には、アジレント社製のインピーダンスアナライザー(4294A)を用い、測定周波数域40 Hz−110 MHz、測定時間間隔1分、測定温度37℃の条件で行った。また、上記と同じモデル血液を自由振動型レオメーターによって測定し、粘弾性の変化を観測することで凝固開始時間を求め、誘電分光による測定結果と比較した。
【0050】
誘電分光による測定結果を図5に示す。図は、840 kHzにおけるキャパシタンス値の時間変化を示している。キャパシタンス値は、時刻ゼロにおけるキャパシタンス値で除算して規格化した値により示した。符号1はモデル血液にトロンビン溶液を加えて測定した結果を、符号2はトロンビン溶液を加えずに測定した結果を示す。
【0051】
トロンビン溶液を加えたモデル血液では、凝固過程の進行に伴ってキャパシタンス値が増加し、時刻15分で最大値を示した。一方、トロンビン溶液を加えなかったネガティブコントロールでは、キャパシタンス値はほとんど変化しなかった。このことから、本発明に係るサンプルカートリッジを用いて、血液凝固過程に伴う電気特性の変化を有効に測定できることが示された。
【0052】
自由振動型レオメーターによる測定結果を図6に示す。凝固過程の進行に伴って、対数減衰率(LDF)が時刻14分頃から変化しており、この時刻が凝固開始時間であることが分かる。ここで、この凝固開始時刻は、図5においてキャパシタンス値が最大値を示す時刻とほぼ一致することが分かる。このことから、本発明のカートリッジを使用した誘電分光測定によって、血液の凝固開始時間を得ることができることが分かった。
【0053】
本発明に係るサンプルカートリッジと従来のコンデンサー型電極セルを用いて誘電分光測定を行った結果を図7に示す。符号1は本発明に係るサンプルカートリッジを用いて測定した結果を、符号2はコンデンサー型電極セルを用いて測定した結果を示す。キャパシタンス値は、1MHzでのキャパシタンス値で除算して規格化した値により示した。
【0054】
いずれの結果においても、低周波側において周波数の減少とともにキャパシタンス値は顕著に増加することが分かる。この変化は、電極分極によるものである。ここで、本発明のサンプルカートリッジを用いたほうが、電極分極が顕著となる周波数がより低周波にシフトしていることが分かる。このことは、本発明のサンプルカートリッジを用いたほうが電極分極の影響を受けにくいことを示している。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明に係るサンプルカートリッジ及び電気特性測定装置によれば、電極との接触面における液体試料の化学的反応や界面分極が測定結果に及ぼす影響を抑制して、液体試料の電気特性を高精度に測定できる。従って、このサンプルカートリッジ等は、従来の手法に比して、高い精度で血液凝固系を解析するために有用であり、血液凝固に関与する疾患(静脈血栓塞栓発症や糖尿病など)のモニタリング又はリスク評価に用いられ得る。
【0056】
例えば、手術は静脈血栓塞栓発症の危険因子となるが、本発明に係るサンプルカートリッジ等を用いることで、手術後の発症リスク判定とそれに基づいた投薬の判断が容易にできるようになる。高齢・肥満・喫煙・妊娠なども静脈血栓塞栓発症の危険因子となるが、これらにおいても、同様に発症リスク判定とそれに基づいた投薬の判断が容易にできるようになる。また、糖尿病患者はしばしば血液凝固亢進がみられるため、その程度を判定することで投薬の判断が容易にできるようになる。
【符号の説明】
【0057】
A:電気特性測定装置、B:注射針、11,12:電極、2:サンプルカートリッジ、21,22:開口、23:領域、231:第一の領域、232:第二の領域、233:狭窄領域、24:狭窄部、3:電源、4:信号処理部、41:測定部、42:解析部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁性材料を筒状体に形成してなり、
両端の開口から内空にそれぞれ挿入される電極の表面と、内空表面と、で構成される領域に液体試料を保持可能であり、
前記領域には、対向する2つの電極の間に位置して、内空が狭窄された狭窄部が設けられた液体試料の電気特性測定のためのサンプルカートリッジ。
【請求項2】
前記狭窄部の内空断面積が、前記領域を構成する電極表面の面積よりも小さい請求項1記載のサンプルカートリッジ。
【請求項3】
絶縁性材料から形成された筒状体と、
筒状体の両端の開口から内空にそれぞれ挿入される電極と、を含んでなり、
前記電極の表面と、前記筒状体の内空表面と、で構成される領域に液体試料を保持可能であり、
前記領域には、対向する2つの電極の間に位置して、内空が狭窄された狭窄部が設けられた液体試料の電気特性測定のためのサンプルカートリッジ。
【請求項4】
液体試料に電圧を印加するための一対の電極と、
絶縁性材料を筒状体に形成してなり、両端の開口から内空にそれぞれ挿入される前記電極の表面と、内空表面と、で構成される領域に液体試料を保持可能であり、前記領域には、対向する2つの前記電極の間に位置して、内空が狭窄された狭窄部が設けられたサンプルカートリッジと、
前記電極に電圧を印加する印加手段と、
液体試料の電気特性を測定する測定手段と、を備える液体試料の電気特性測定装置。
【請求項5】
血液に電圧を印加するための一対の電極と、
絶縁性材料を筒状体に形成してなり、両端の開口から内空にそれぞれ挿入される前記電極の表面と、内空表面と、で構成される領域に血液を保持可能であり、前記領域には、対向する2つの前記電極の間に位置して、内空が狭窄された狭窄部が設けられたサンプルカートリッジと、
前記電極に交流電圧を印加する印加手段と、
血液の誘電率を測定する測定手段と、を備える血液凝固系解析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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