説明

温度勾配培養器

【課題】一枚のシャーレ内に異なる温度勾配に調節できる温度勾配培養器を提供すること。
【解決手段】温度勾配培養器は、熱伝導性の基体1と、基体1の一端部に固定された冷却素子4と、基体1の他端部に固定された加熱素子6とを有し、冷却素子4と加熱素子6との間に、微生物試料用容器12が載置される載置面8が形成されている。冷却素子4がペルチェ素子である。加熱素子6が、シリコーンで被覆されたラバーヒータである。基体2の周囲に、容器12の載置面を除いて断熱材層が設けられている。容器12と基体2との間に電熱性に優れたシリコーン樹脂が配設される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体培地で微生物培養や希釈平板培養を行う場合、固体培地内に温度勾配を発生させる装置に関するもので、更に詳しくは、培養温度を異なる温度勾配に制御できる培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物を取り扱う諸分野においては、微生物を培養する際には古くは孵卵機と呼称された恒温槽を用い一定温度条件下で実施されている。ロバート・コッホを始祖とする病原微生物を取り扱う細菌学分野では、宿主の体温と同じ37℃が微生物の培養温度として一般化した。また、細菌学とほとんど同じ時期にルイ・パスッールによって研究開発がスタートした応用微生物学分野においても、室温付近の温度で微生物を培養することが多い。さらに、バイオテクノロジーなど有用微生物探索においても、培養温度条件には37℃あるいは30℃が選択されることが多い。このような微生物培養温度設定に対する共通認識の背景には、微生物の生育温度範囲の許容度あるいはラチチュード範囲が広いと考える暗黙の認識に起因すると指摘することができる。
【0003】
さて、微生物の生育限界は−20〜85℃と非常に広い。しかし、個々の微生物は自己の生育に最も適した温度があり、それより高くなっても低くなっても増殖速度は遅くなる。一般的に生育温度によって、高温微生物(至適温度50〜60℃)、中温微生物(至適温度25〜40℃)、低温微生物(至適10〜20℃)の三群に分けられる。
【0004】
生育至適温度の異なる微生物叢を含む試料から有用微生物を探索するスクリーニング実験においては、多くの培養条件のうち培養温度が重要な条件の一つであるにもかかわらず、他の因子(培地組成や培地のpHなど)が優先されることが多く、特に高温性の微生物を対象にする特定の場合を除き、培養温度を重要視することはなかった。
【0005】
これら生育温度が異なるグループの微生物叢が同一の微生物分離試料に含まれていた場合、すべての微生物を生育させることができる培養温度を準備するには少なくても3つ以上の培養温度恒温槽が必要となり、多くの時間と労力を要するという問題点があった。
【0006】
上述のような自然界よりの有用微生物のスクリーニング実験だけに限定したものではないが、すでに分離した微生物の生育至適温度を調べる場合や、有用物質生産性検討で温度条件を調べる場合、何個かの恒温培養装置を同時に準備し、多くの時間と労力を要する。
【0007】
しかも、このとき準備できる実験条件は30℃、35℃等と「点」であり、連続した温度条件を設定すること、すなわち「線」として温度条件を展開することは従来技術では非常に困難である。
【0008】
このような問題点を解決するものとして、液体培養のための振とう培養装置が提案されている。
【0009】
原理的には熱伝導度の高い金属素材の一端に発熱機構、他端に放熱あるいは冷却機構を備え、当該素材の両端間に温度勾配を形成させるものである。さらに素材の適当な位置に試験管を挿入する孔を多数装備する。すなわち、液体振とう培養に特化した装置で、一回の実験で種々の温度条件下で同時に培養することを可能にするものであるが、個々の試験管をある温度に設定することはできるが、試験管全体から見ると、非連続な温度勾配を実現しており、本発明のように「線」として温度条件を連続展開することは困難である。
【0010】
特開平7−318522号公報(特許文献1)および国際公開WO2005/068066(特許文献2)には、温度勾配を平板上に形成させる原理に基づく技術提案がなされているが、これらは温度勾配付き恒温測定器、温度調節装置およびそれを用いたタンパク質結晶化装置に関するもので、本発明とは技術分野が大きく異なる。また、平板に載置した容器(96穴マイクロタイタープレート)内の隔壁で仕切られた個々のセル内では一定温度を維持できるが、上述の振とう培養装置と同様に、本発明のように「線」として温度条件を連続展開することは困難である。
【0011】
最近の遺伝子解析による微生物分類学の進展により、分離培養を経ないで自然環境中の微生物叢を解析することが可能になった。その結果、従来より土壌中に生息する微生物の数パーセントしか分離できないことは経験的に知られていたが、これに加えて、その生物の本来的な特性として固体培地上でコロニーを形成することができない、あるいは著しく微細コロニーしか形成できない微生物グループ、すなわち分離できない難培養性微生物が注目を集めるようになった。しかしながら、難培養性微生物の存在が明らかにされたけれども、相変わらず、自然界に生息する99%の微生物叢は未知のベールに包まれたままである。
【0012】
上記課題を解決するために、ひとつのシャーレ上で温度勾配を形成せしめることができれば、網羅的な微生物培養が可能となる。伝熱性の高い金属媒体の両端に加熱機構と冷却・放熱機構を設置すれば、媒体上に直線的な温度勾配を形成することができるのは、伝熱工学分野での公知の事実である。
【0013】
しかしながら、この温度勾配を、かなりの熱容量を持つ固体培地にいかに伝達して温度勾配を形成し、さらに一定温度勾配にコントロールするか、また、加熱によって固体培地から発生する凝縮水を培養に支障にならないようにするなど、多くの技術課題が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開平7−318522号公報
【特許文献2】国際公開WO2005/068066
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は前記課題を解決するためになされたもので、一枚のシャーレ内に異なる温度勾配に調節できる温度勾配培養器を提供することを目的とする。
【0016】
本発明の他の目的は、かなりの熱容量を持つ固体培地に温度勾配を伝達して該固体培地内に温度勾配を形成し、しかも一定温度勾配にコントロールできる温度勾配培養器を提供することを目的とする。
【0017】
本発明のさらに他の目的は、加熱によって固体培地から発生する凝縮水を培養に支障にならないようにできる温度勾配培養器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
多くの培養因子の中から、発明者らは培養温度に着目した。従来の微生物培養温度は、数個所の温度(点)ですべての微生物を培養できると考えていたのに対し、培養温度を連続した線上に展開することを着想し、本発明を完成した。
【0019】
本発明の温度勾配培養器は、熱伝導性の基体と、該基体の一端部に固定された冷却素子と、該基体の他端部に固定された加熱素子とを有し、該冷却素子と該加熱素子との間に、微生物試料用容器が載置される載置面が形成されており、そのことにより上記目的が達成される。
【0020】
一つの実施形態では、前記冷却素子がペルチェ素子である。
【0021】
一つの実施形態では、前記加熱素子が、シリコーン樹脂で被覆されたラバーヒータである。
【0022】
一つの実施形態では、前記基体の周囲に、前記容器の載置面を除いて断熱材層が設けられている。
【0023】
一つの実施形態では、前記容器と基体との間に電熱性に優れたシリコーン樹脂が配設される。
【0024】
一つの実施形態では、前記微生物試料用容器内の微生物試料の温度を設定温度に保つための温度制御部を有する。
【発明の効果】
【0025】
以上概略したように、本発明に係る温度勾配培養器は、伝熱性に優れた基体の両端部に加熱機構と冷却・放熱機構を設置し、定常状態で安定な培養温度勾配を形成するとともに、基体上に載置したシャーレなどの培養容器内の微生物培養基を温度勾配付きで、しかも恒温にすることができる。従来の微生物培養では、一定温度でしか培養ができなかったが、本発明では連続した温度が任意の温度勾配で培養することができ、微生物培養に要する時間と操作を簡略化・迅速化できるという極めて顕著な効果をもたらす。
【0026】
本発明の温度勾配培養器は、異なる培養温度勾配パターンを複数選択でき、これら温度の勾配を一枚の培養容器内に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】図1は、本発明に係わる温度勾配培養装置の一例を示す断面図である。
【図2】図2は、図1の温度勾配培養装置の要部上面図である。
【図3】図3は、上記温度勾配培養装置を構成する冷却部品の2個のペルチェ素子の増設ユニットを示す上面図である。
【図4】図4は、上記温度勾配培養装置の熱板上の各位置における温度測定結果を示すグラフである。
【図5】図5は、上記温度勾配培養装置の熱板上で、T5位置の測定温度とT1位置の測定温度の差とヒーター印加電圧の関係を示すグラフである。
【図6】図6は、上記温度勾配培養装置の熱板上の各位置における温度測定結果と、熱板上に寒天培地を充填したシャーレを載置して、熱板と同一位置で寒天培地内の温度測定結果を示すグラフである。
【図7】図7は、上記温度勾配培養装置の熱板上に寒天培地を充填したシャーレを載置して、寒天培地内の温度測定結果を示すグラフである。
【図8】図8は、上記温度勾配培養装置の熱板上に寒天培地を充填したシャーレを載置して、寒天培地内の温度測定結果を示すグラフである。
【図9】図9は、上記温度勾配培養装置の熱板上に寒天およびゲランガム培地150mlを充填したシャーレを載置して、寒天培地内の温度測定結果を示すグラフである。
【図10】図10は、凝縮水生成対策のための二段シャーレの斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明を添付図面に基づいて説明する。
【0029】
図1は本発明に係る温度勾配培養器1の断面図である。
【0030】
この温度勾配培養器1は、熱伝導性に優れた基体2と、該基体2の一端部に固定された冷却素子4と、該基体2の他端部に固定された加熱素子6とを有する。該基体2の中央部にはシャーレなどの培養容器12を載置し得る載置面8が形成されている。
【0031】
基体2は、図2に示すように矩形状の板材にて形成されている。基体2の材質は特に限定するものではなく、熱伝導性に優れたものを使用することが望ましい。たとえば、銅、真鍮、アルミニウム、ステンレス鋼などの金属材料を使用することができる。また、そのサイズあるいは厚さは特に限定するものではなく、載置するシャーレなどの容器12の大きさに応じて任意に決めることができる。
【0032】
上記冷却素子4としてはペルチェ素子を用いることが望ましいが、外部循環冷却装置を用いて基体2を冷却してもよい。ペルチェ素子は、一般に、熱交換フィンと放冷フィンとから構成されている。
【0033】
上記加熱素子6は電気ヒーターなど、一定の発熱量を持ったものであればよく、装置設計の簡略さからシリコーン樹脂被覆のラバーヒータを用いるのが望ましい。
【0034】
基体2の周囲には容器12を載置する部分を除いて、断熱材が設備されている(図示していない)。すなわち、基体2は断熱材層で被覆するのが良い。断熱材としては特に限定するものではなく、例えば発泡スチロール、フッ素樹脂、発泡ウレタン樹脂などがあげられる。
【0035】
図2は本発明に係る温度勾配培養器1の平面図である。
【0036】
同図中、T1、T2、T3、T4およびT5で示す位置は、容器12の壁面を貫通して容器12内に供給された固体培地内に挿入した温度プローブの位置を示し、C1およびC2は温度制御用の温度プローブの挿入位置を示す。同じ符号が図1にも記載されているが、これは基体(熱伝導金属媒体)2の該当位置に挿入する温度プローブの位置を示している。
【0037】
図3はペルチェ素子20,20を2個増設したユニットの上面図である。この実施例では、基体2の端部に、熱伝導金属媒体と同じ材質で形成された取付板10がビスなどで固着され、取付板10の上面にペルチェ素子20が2個ビスなどで搭載される。
【0038】
この増設ユニットは、図1に示すペルチェ素子4の設置位置の背面側に設置することができる。
【0039】
さらに、本装置は、図1から図3には示していないが、ペルチェ素子、加熱素子6の電源部、また固体培地の温度を設定温度に保つため、これらの冷却素子4、加熱素子6の温度制御部を備えている。
【0040】
該温度制御部は、公知のCPU,メモリ、入力部および表示部等を備え、温度プローブ(温度センサ)が固体培地の設定温度に比べて温度低下もしくは温度上昇を検出すると、該温度センサの検出信号に基づき、冷却素子4、加熱素子6への電気入力が制御される。これに基づき、冷却素子4および加熱素子6への出力が可変し、固体培地の温度が設定値に保たれる。
【0041】
以下に、具体的な実施例を示しながら、本発明を詳しく説明する。
【実施例1】
【0042】
図1、図2および図3に示すような構成部品よりなる温度勾配培養器1を作製した。
【0043】
図1に示す装置の断面図においては、基体2としてアルミニウムよりなる板材を用い、基体2の寸法は幅485mm、長さ100mm、厚さ10mmである。増設したペルチェユニット20は冷却素子4の反対側において基体2の端部に装着した。増設したペルチェユニット20の寸法は幅115mm、長さ180mm、厚さ10mmである(図3)。
【0044】
図2に示す装置の上面図において、培養容器12は市販品スチロール樹脂製で、230mm×80mm×15mmの寸法で固体培地150mlを充填できる。耐熱性は約65℃までである。温度勾配形成の有効領域は250mm×80mmである。加熱素子6はシリコンラバーヒーターを使用し、その寸法は100mm×100mmである。これら各部材同士は放熱用シリコーン樹脂を介して接触させた。
【実施例2】
【0045】
アルミニウム製基体2上に形成される温度勾配を把握するため、温度勾配パターンを調べた。
【0046】
ペルチェ素子1台あるいは2台に定格の通電を行い、ヒーターへの印加電圧をコントロールすることにより、種々の勾配パターンならびにすべての条件で直線勾配を形成することができる。
【0047】
その結果を図4に示す。
【0048】
図4は、上記温度勾配培養器1の熱板上の各位置における温度測定結果を示すグラフである。
【0049】
図中(1)〜(8)の直線はペルチェ素子(Qmax61W(Th=50℃))を2台稼動、(9)〜(11)の直線はペルチェ素子(Qmax61W(Th=50℃))を1台稼動したものである。
【0050】
それぞれの直線は60Wヒーターに以下に示す電圧を通電したものである。
【0051】
(1)30V、(2)40V、(3)50V、(4)60V、(5)70V、(6)80V、(7)90V、(8)100V、(9)70V、(10)80V、(11)90V。
【0052】
測定時の室温は平均26.5℃であり、室温が大きく変化しない限り、一定の温度を維持することができる。基体2の中央からの距離−10cmの位置(図1および図2中、T1で特定する位置)と基体2中央からの距離+10cmの位置(図1および図2中、T5で特定する位置)の温度差をY軸、印加電圧をX軸にしてプロットしたものを図5に示す。
【0053】
13℃から最高54℃までの温度差の勾配が、加熱素子6への印加電圧を選択することにより形成できることが明らかとなった。
【実施例3】
【0054】
図1に示すように、基体2上に載置した容器12は市販品を使用したが、一般的に微生物培養に使用するシャーレは、積み重ねて使用できるようにシャーレ底面および蓋上部に約1mmのスカート部分が成型されている。
【0055】
したがって、シャーレを基体2に載置しただけでは、約1mmの空気の層が基体2との間にでき熱伝導が妨げられる。効率的な熱伝導を達成するために、基体2とシャーレの底面との間に熱伝導性に優れたシートあるいは層9を設置するのが良い。より詳しく説明すると、シャーレ底面スカートで囲まれた部分に嵌合する厚さ1mmのアルミニウム板を介して、シャーレと基体2とを接触させる。このとき、放熱用シリコーン系接着剤9を基体2とシャーレ12との間に塗布することが望ましい。
【0056】
上記温度勾配培養器1の基体2上の各位置における温度測定結果と、基体2上に寒天培地150mlを充填したシャーレ12を載置して、基体2と同一位置で寒天培地内の温度を測定した結果を図6に示す。
【0057】
図中のグラフはペルチェ素子(Qmax61W(Th=50℃))を2台稼動した。(1)、(2)、(3)のグラフは熱板温度、(4)、(5)、(6)のグラフは同じ位置での載置シャーレ寒天培地内の測定温度を示す。(1)、(4)はヒーター印加電圧70V、(2)、(5)は90V、(3)、(6)は100Vのデーターを示す。
【0058】
同図にて、高温サイドおよび低温サイド部分、すなわち室温とかけ離れた設定温度領域では、寒天培地内温度が予想される温度と異なることが分かる。これらの温度の差異は、寒天培地表面は微生物の培養上空気に触れていることが必須であるという固有の問題から派生したものであり、さらに詳しく述べると露出した培地表面からの水の蒸発などの放熱、低温側での吸熱は不可避の問題である。
【0059】
しかしながら、熱板温度勾配と同様に寒天培地内で温度勾配が生成することが確認された。
【0060】
さて、冷却素子4として、上記実施例ではペルチェ素子を使用しているが、熱板との熱交換で生じた熱はペルチェ素子に装着されたヒートシンク、放熱ファンにより系外へ排熱される。すなわち、ペルチェ素子による排熱効率は室温に依存する。より低温で本装置を稼動すれば、より低温側での冷却が可能である。
【0061】
図7は、3.2℃の低温室で実施した結果を示すもので、最大温度差40.3℃が得られ、最低温度は氷結状態に至る。
【0062】
なお、このとき上記温度勾配培養器は低温室内に設置して実験を行った(室温平均3.2℃である)。図中の(1)、(3)、(5)のグラフはペルチェ素子(Qmax61W(Th=50℃))を2台稼動、(2)、(4)のグラフは(Qmax61W(Th=50℃))を1台稼動した。(1)、(2)のグラフはヒーター印加電圧100V、(3)、(4)は80V、(5)は60Vのデーターを示すものである。
【0063】
夏季空調のない部屋で本装置を稼動した場合、図8に示すように、差異低温温度は20℃に上昇するが、最大温度差38.2℃が得られた。
【0064】
なお、このとき上記温度勾配培養器1は夏季の空調の入っていない実験室内に設置して実験を行った(実験期間内の室温平均は37.4℃である)。ペルチェ素子(Qmax61W(Th=50℃))はすべての実験区で2台を稼動した。図中(6)のグラフはヒーター印加電圧100V、(7)は80V、(8)は60V、(9)は40V、(10)は30V、(11)は20Vのデーターを示すものである。
【実施例4】
【0065】
実施例3で記載した温度調節は、一定の発熱量を発生させる方法すなわちヒーターへの印加電圧を選択することにより、温度勾配を発生させるものである。この方式は、装置を簡略化させることができるが、このような制御方式の欠点は、冷却側ペルチェ素子の排熱効率の温度依存性で室温の温度変化があった場合、寒天温度の安定性が問題となる。
【0066】
そこで、図2中、C1で示す位置ならびにC2位置に温度プローブを挿入し、前者の位置の温度によりペルチェ素子への通電ON、OFFコントロール、後者の位置でヒーターへの通電ON、OFFコントロールを行って温度制御を試みた。このときに使用した温度調節機は、市販のPID制御器である。
【0067】
図9に示す結果が得られ、室温が6℃前後変動した場合においても、測定値の変動は1℃以内に抑えられた。なお、図9は、上記温度勾配培養器1の熱板上に寒天およびゲランガム培地150mlを充填したシャーレを載置して、寒天培地内の温度測定結果を示すグラフである。
【0068】
このとき上記温度勾配培養器は夏季の空調がON、OFFする実験室内に設置して実験を行った(実験期間内の室温は27から34℃で変動)、低温室の温度は2.5±1℃であった。シャーレ内の測定場所は、上記実施例と変更した。ペルチェ素子(Qmax61W(Th=50℃))はすべての実験区で1台を定格電圧で稼動し、もう一台のペルチェ素子をC1位置の温度で定格通電をON、OFF、PID制御、ヒーターはC2位置の温度で100V通電をON,OFF、PID制御した。
【0069】
各測定地点の温度は20秒ごとに打点式記録計でプロットした。図中プロット(1)は1%ゲランガム固体培地を使用し、実験室内、C1温度設定46℃、C2温度設定76℃であった。
【0070】
図中プロット(2)は1%低離水性寒天培地を使用し、実験室内、C1温度設定33.5℃、C2温度設定54℃であった。
【0071】
図中プロット(3)は1%低離水性寒天培地を使用し、低温室内、C1温度設定16℃、C2温度設定37℃であった。(表1参照)
【0072】
【表1】

表1は、上記温度勾配培養器1の熱板上に寒天およびゲランガム培地150mlを充填したシャーレを載置して、寒天培地内の温度測定値よりその地点での温度変動を求めた結果を示す表である。
【実施例5】
【0073】
次に、微生物培養固有の問題を説明する。
【0074】
寒天などで固化させた所謂固体培地の他に、蒸煮米/フスマ/おから/おがくず等の粉体を加水・充填したものも応用微生物学分野では固体培地に含める。このような培地は固化しているものの、その構成成分のほとんどが水である。このような組成の固体培地を用いて培養する場合、特に50℃以上の培養条件では、水の蒸散と結果起こる凝縮水生成で培地表面に凝縮水が溢れる問題がある。
【0075】
以上説明した状況は一定温度下で遭遇する問題であるが、本発明にかかる温度勾配培養器1では、高温サイドでの蒸散は不可避であるものの、低温サイドでの蒸発した水の再凝縮が顕著である。
【0076】
この課題を発明者らは、図10に示す、二段重ねのシャーレを使用することにより、凝縮水がシャーレ表面に溢れてコロニー形成を妨げることを回避した。
【0077】
この装置は、培養容器としての下段のシャーレ16と上段のシャーレ18とからなり、下段のシャーレ16の上に上段のシャーレ18を載置して使用する。上段のシャーレ18には複数のベント19が設けられている。上段のシャーレ18の底面にはポリアミド樹脂製メッシュシートが貼り付けられている。
【0078】
より詳しく説明すると、図10に示すように、上段のシャーレ18に蒸散水をベントする窓を空けたものを、下段のシャーレ16に段重ねとする。上段から下段のシャーレ16に戻らないよう、上段シャーレ18底面にポリアミド樹脂メッシートを貼付け、キチンタオルなどで凝縮水をトラップさせる、あるいはさらに高分子吸収剤を重層するとなお効果的である。完全に凝縮水を取り除くと、微生物生育に必要な水分活性を保てなくなるので、培養温度に応じて凝縮水対策を取捨選択できる。また、一般的に用いられる微生物培養用寒天でなく、食品用低離水寒天あるいはゲランガムを使用することにより、有効に蒸散が抑えられる。
【0079】
なお、図面下段のシャーレ16には温度プローブを挿入できるアルミニウムパイプ20が装着されている。上下のシャーレ16,18はシールテープなどで固定するとよい結果が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明の温度勾配培養装置は、例えば、有用微生物を始めとするあらゆる種類の微生物の自然界や検体サンプルからの探索分離、微生物の生育特性の簡単かつ網羅的解析、微生物の有用物質生産条件の網羅的解析、など複雑な培養条件の網羅的設定が必要なあらゆる実験に利用できるとともに、各種のバイオ関連産業上の幅広い用途に利用ができる。特に、動物細胞培養、植物組織培養に応用できるとともに、特定の生理活性物質の微生物・動物細胞・植物細胞への効果などを複数の条件下で検討する用途などに活用することができる。
【符号の説明】
【0081】
1 培養器
2 基体
4 冷却素子
6 加熱素子
8 載置面
C1 ペルチェ素子制御用測熱プローブ設置位置
C2 ヒーター制御用測熱プローブ設置位置
T1〜T5 測熱プローブの寒天培地内設置位ならびに熱板内挿入孔の位置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱伝導性の基体と、該基体の一端部に固定された冷却素子と、該基体の他端部に固定された加熱素子とを有し、該冷却素子と該加熱素子との間に、微生物試料用容器が載置される載置面が形成されている温度勾配培養器。
【請求項2】
前記冷却素子がペルチェ素子である請求項1に記載の培養器。
【請求項3】
前記加熱素子が、シリコーン樹脂で被覆されたラバーヒータである請求項1に記載の培養器。
【請求項4】
前記基体の周囲に、前記容器の載置面を除いて断熱材層が設けられている請求項1に記載の培養器。
【請求項5】
前記容器と基体との間に電熱性に優れたシリコーン樹脂が配設される請求項1に記載の培養器。
【請求項6】
前記微生物試料用容器内の微生物試料の温度を設定温度に保つための温度制御部を有する請求項1に記載の培養器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図10】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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