説明

温調方法

【課題】マイクロ流路の温調方法において、電気泳動させる流路の切換え時における試料流体の温度変動を抑制する。
【解決手段】電位差を付与して電気泳動させる流路を切り換え可能なマイクロ流路110中の試料流体Hを温調する際に、電気泳動させる流路の切換え前後の上記流路中の試料流体Hの発熱の違いによって生じる試料流体Hの温度変動を予め予測し、この予測した温度変動を相殺するように、上記流路切換え時に上記温調における制御特性の変更を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気泳動チップのマイクロ流路内の試料流体を温調する温調方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、1方向に延びるキャピラリー(毛細管)に試料流体を収容しこのキャピラリーの両端に電位差を付与して試料流体を電気泳動させ上記試料流体を分析する手法が知られている。上記キャピラリー中の試料流体に電位差を与えて電気泳動させるときには、電流が流れた試料流体からジュール熱が発生しこの試料流体の温度が上昇する。このように、試料流体の温度が変動すると試料流体の粘度等が変化しこの試料流体の電気泳動の状態も変化してしまい、上記電気泳動による正確な分析ができないことがある。そのため、電気泳動による正確な分析が行えるように、試料流体を電気泳動させるときにキャピラリー中に収容された試料流体を所定温度に温調しながら電気泳動させる手法も知られている(特許文献1)。
【0003】
また、2次元状に分岐された微細流路(以後、マイクロ流路あるいは単に流路ともいう)を基板上に形成してなる電気泳動チップを用い、上記分岐されたマイクロ流路に導入した試料流体に電位差を付与し電気泳動させてこの試料流体を分析する手法も知られている。
【0004】
このような電気泳動チップを用いた分析では、例えば試料流体が導入された互に異なる流路に互に異なる電位差を付与して条件の異なる2種類以上の電気泳動を1つの電気泳動チップ内で実施することができる。
【0005】
より具体的には、例えば、分岐されたマイクロ流路を有する電気泳動チップ中の第1のマイクロ流路の両端に3000Vを印加して、この流路内に収容された試料流体中の特定成分を電気泳動させ上記第1のマイクロ流路中の一部の領域へ濃縮させる。その後、上記第1のマイクロ流路への電位差の付与を停止し、この第1のマイクロ流路とは異なる第2のマイクロ流路の両端に1500Vを印加して上記濃縮された特定成分を上記第2のマイクロ流路中に分散させるように電気泳動させ、上記第2のマイクロ流路中における特定成分の分散状態を測定して上記試料流体を分析する手法等が知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−20090号公報
【特許文献2】米国特許公開US2005/0121324号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上記1方向に延びるキャピラリーと同様に、2次元状に分岐されたマイクロ流路を有する電気泳動チップにおいても、電気泳動チップ中の試料流体を所定温度に温調した電気泳動によって試料流体をより正確に分析したいという要請がある。
【0008】
しかしながら、上記のように3000Vを印加した第1のマイクロ流路の試料流体からの発熱量と、1500Vを印加した第2のマイクロ流路の試料流体からの発熱量とが違うため、上記電気泳動チップ中の試料流体を所定温度に正確に温調できないことがある。
【0009】
すなわち、例えば、電気泳動チップ中の試料流体を20℃±0.5℃の範囲に保持しようとしたときに、上記電位差を与えた第1のマイクロ流路の試料流体の発熱による温度上昇を相殺するように温調の制御特性を設定したとする。そのようにすると、第1のマイクロ流路で試料流体を電気泳動させるときにはこの試料流体の温度を所定温度範囲内とすることができるが、電位差を与える流路を第2のマイクロ流路に切り換えると上記温調の制御特性では試料流体の発熱による温度上昇の相殺が不十分となり、この試料流体の温度が上記所定温度範囲を超えて変動することがある。
【0010】
なお、電気泳動させる流路の切換え前後において各流路に与える電位差が一定であっても、電位差を与える各流路の電気抵抗が違うときには上記所定温度範囲を超えた温度変動が生じることがある。
【0011】
なお、上記試料流体の電気泳動に使用するマイクロ流路やこのマイクロ流路に与える電位差は試料流体の分析内容に応じて定められるため、上記電気泳動に使用するマイクロ流路やそこに付与する電位差を調節して上記試料流体からの発熱量の変動を抑えることはできない。
【0012】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、電気泳動させる試料流体の温度変動を抑制することができる温調方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の温調方法は、電位差を付与して電気泳動させる流路を切り換え可能なマイクロ流路が形成された電気泳動チップ中の流路内の試料流体を温調する温調方法であって、流路の切換え前後の流路中の試料流体の発熱の違いによって生じる流路中の試料流体の温度変動を予め予測し、予測した温度変動を相殺するように、温調における制御特性の変更を流路切換え時に行うことを特徴とするものである。
【0014】
前記試料流体の温調は、ペルチェ素子を用いて行うことができる。
【0015】
前記電気泳動させる流路に付与する電位差、流路の電気抵抗あるいは流路の長さや断面積は、流路の切換え前後において互に異なるものとしてもよい。
【0016】
前記温調における制御特性の変更は、流路を切り換える前、または流路を切り換える後とすることができる。
【0017】
なお、「温調における制御特性の変更を流路切換え時に行う」とは、流路を切換えるタイミングと温調制御特性を変更するタイミングとを完全に一致させる場合に限らず、前記温度変動の相殺に支障のない範囲において、流路を切換えるタイミングに対して温調制御特性を変更するタイミングを前後にずらすようにしてもよい。すなわち、温度変動の相殺に支障のない範囲において、流路を切換える前に温調制御特性を変更してもよいし、あるいは流路を切換えた後に温調制御特性を変更してもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の温調方法によれば、流路切換え前後の試料流体の発熱の違いによって生じるこの試料流体の温度変動を予め予測し、その予測した温度変動を相殺するように、上記流路切換え時に温調の制御特性を変更するようにしたので、電気泳動させる試料流体の温度変動を抑制することができる。
【0019】
すなわち、流路切換え時に生じる電気泳動させる試料流体の温度変動が相殺されるように、流路切換え前の電位差の付与による試料流体の発熱を加味した温調の制御特性を、電位差を付与して流路を切換えた後の試料流体の発熱を加味した温調の制御特性に変更することができるので、従来のように、流路切換え前後で温調の制御特性を変更しない場合に比して電気泳動させる試料流体の温度変動を抑制することができる。これにより、電気泳動させる試料流体の物性の変化、例えば粘性等の変化を抑制することができるので、この試料流体の電気泳動を、予め定められた所定条件により近い条件下で実施することができ、上記電気泳動による試料流体の分析品質をより高めることができる。
【0020】
また、試料流体の温調をペルチェ素子を用いて行うようにすれば、より確実に試料流体の温度変動を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の温調方法を適用して電気泳動チップを温調する電気泳動分析装置を示す概念図
【図2】電気泳動チップを示す平面図
【図3】図3Aは電気泳動させて試料流体中の特定成分を凝縮させる様子を示す図、図3Bは流路を切り換えた電気泳動により特定成分を分散させる様子を示す図
【図4】本発明の温調方法を採用して電気泳動用流路を切り換えたときの試料流体の温度変化を示す図
【図5】従来の温調方法を採用して電気泳動用流路を切り換えたときの試料流体の温度を示す図
【図6】それぞれが互に独立した2セットのマイクロ流路が形成された電気泳動チップを示す図
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の温調方法について、図面を用いて説明する。図1は本発明の温調方法を適用して電気泳動チップを温調する装置の一例である電気泳動分析装置を示す概念図、図2は電気泳動させる流路を切り換え可能なマイクロ流路が形成された電気泳動チップを示す平面図、図3は電位差を付与して電気泳動させる流路を切り換える様子を示す平面図であり、図3Aは所定の流路を電気泳動させて試料流体中の特定成分を凝縮させる様子を示す図、図3Bは流路を切り換えた電気泳動により特定成分を分散させる様子を示す図である。
【0023】
図示の電気泳動分析装置300は、電位差を付与して電気泳動させる流路を切り換え可能なマイクロ流路110が形成された電気泳動チップ102と、電気泳動させる流路に電位差を付与する電位差付与部210と、この電気泳動チップ102中の上記電気泳動させる流路内に収容された試料流体を温調するための、すなわち上記試料流体の温度を制御するための温調制御部220と、上記試料流体を加熱したり冷却したりするペルチェ素子230と、上記電気泳動させる試料流体の状態を検出する検出部240と、上記電気泳動分析装置300を構成する各部の動作やタイミングをコントロールするコントロール部250とを備えている。
【0024】
上記マイクロ流路110は、電位差を付与する流路の変更に応じて電気泳動させる流路が切り換えられるものである。
【0025】
上記温調制御部220は、流路切換え前の電気泳動させる流路(以後、電気泳動用流路ともいう)での試料流体の発熱と流路切換え後の電気泳動用流路での試料流体の発熱との違いによって生じる上記流路切換え後の電気泳動用流路における試料流体の温度変動を予め予測し、この予測した試料流体の温度変動を相殺するように、電気泳動用流路中の試料流体に対する温調の制御特性の変更を上記流路切換え時に行うものである。すなわち、上記流路切換え時に、流路切換え後の電気泳動用流路中の試料流体に対する温調の制御特性を変更するものである。
【0026】
なお、上記電気泳動用流路中の試料流体に対する温調は、電気泳動チップ102に形成されたマイクロ流路110中の試料流体全体を温調するものとすることが望ましいが、流路切換え前の電気泳動用流路の温調と流路切換え後の電気泳動用流路の温調とを個別に行うようにしてもよい。
【0027】
電気泳動チップ102は、図2に示すように、2枚のガラス板102A、102Bから構成されており、一方のガラス板、ここではガラス板102B上に形成されたマイクロ流路(以下、単に流路110ともいう)が上記2枚のガラス板102A、102Bの間に挟まれるように、これらのガラス板102A、102Bを互いに貼り合わせて1枚の基板として形成されている。2枚のガラス板102A、102Bは、両方共に透明であってもよいし、後述する光学測定を行うときに光を通す片方だけ透明であってもよい。
【0028】
電気泳動チップ102のガラス板102Aの側には、図2に示すように、上記流路110に位置合わせして、例えば、内径1.2mmの穴すなわちウェル穴107が形成されている。ウェル穴107は、ガラス板102Aを貫通してガラス板102B上の流路110に達している。
【0029】
従って、このウェル穴107に試薬およびサンプル等を含む試料流体Hを滴下すると、この試料流体Hが流路110に導かれるようになっている。なお、電気泳動チップ102はガラス製の他、合成樹脂製であってもよい。
【0030】
次に、上記流路110について説明する。流路110は、例えば、幅100μm、深さ15μmの寸法で、エッチングやフォトリソグラフィー等の微細加工技術により形成されている。なお、電気泳動チップとしては、後述するように、互に連通していない独立した流路を、例えば2セット以上形成してなるものとしてもよい。
【0031】
流路110は、図2に示すように、図中横長に一直線に延びる流路である主流路110agと、この主流路110agに対し直角に分岐された短距離延びる支流路110bとから構成されている。主流路110agの左端の流路端部Ta上にはウェル穴107aが形成されており、上記主流路110agの右端の流路端部Tg上にはウェル穴107gが形成されている。また、支流路110bの分岐されていない方の端部である流路端部Tb上にはウェル穴107bが形成されている。
【0032】
なお、主流路110ag中の検出対象領域Raにおいて上記サンプル中の測定対象物質が光学系を有する検出部240によって検出される。すなわち、検出部240が、上記検出対象領域Raにおいて試料流体Hに含まれる測定対象物質を検出する。
【0033】
上記試料流体H中の測定対象物質は、外部から光を受けると励起されて蛍光を発するように処理されており、この蛍光の検出により上記測定対象物質を検出することができる。
【0034】
また、各ウェル穴107には電気泳動させるために流路110中の試料流体Hに電位差を付与するための電極が設けられている。ウェル穴107aには電極A、ウェル穴107bには電極B、ウェル穴107gには電極Gがそれぞれ設けられている。
【0035】
次に、電気泳動分析装置300を使用した電気泳動による分析と電気泳動用流路の切換え前後の温調の制御特性の変更等について説明する。
【0036】
この電気泳動分析装置300では、はじめに、コントロール部250からの命令を入力した温調制御部220がペルチェ素子230を制御して主流路110ag中の試料流体Hの温度を、例えば20℃±0.5℃の範囲内に保つように温調する。
【0037】
その後、試料流体Hが20℃±0.5℃に温調された状態において、コントロール部250の命令により、電位差付与部210が、電極Gを0V、すなわち電極Gを接地して電極Aを+3000Vに定め、電極A-G間に3000Vの電位差を付与する。これにより、主流路110agが電気泳動用流路となり、この主流路110ag中の試料流体Hが電気泳動せしめられる。
【0038】
ここで、温調制御部220は、主流路110ag中の試料流体Hの温度を上記所定温度、20℃±0.5℃の範囲内に保つように温調する。上記温調制御部220は、あらかじめ、上記試料流体Hを収容した主流路110agに3000Vの電位差を付与したときの上記試料流体からの発熱を考慮して、上記試料流体Hの温度を20℃±0.5℃の範囲内に保つように温調する制御特性により上記試料流体Hの温調を行う。
【0039】
なお、ここで、上記温調制御部220により主流路110ag中および支流路110b中の試料流体Hを共に20℃±0.5℃の温度範囲内に保つように温調することが望ましい。
【0040】
図3Aに示すように、上記主流路110ag中の試料流体Hの電気泳動により、この試料流体H中の特定の成分Haが主流路110ag中を電極Gの方に向かって移動し、主流路110agから支流路110bへの分岐路Brを越えた流路右端部Tgの近くで帯状に凝縮された状態となる。上記分岐路Brは、主流路110agから支流路110bへ流路を分岐する分岐路である。
【0041】
この特定成分Haの流路右端部Tgへの移動は検出部240によって検出される。すなわち、上記帯状に凝縮された特定成分Haが、主分岐路Brと流路右端部Tgとの間に位置する検出対象領域Raを通過して流路右端部Tgへ向かう状態を検出部240が検出する。
【0042】
上記特定成分Haの通過を検出した検出部240は、その検出結果をコントロール部250へ出力する。
【0043】
上記検出結果を入力したコントロール部250は、電位差付与部210および温調制御部220に対し、電位差を付与する流路を流路110bgに切り換える命令を出力する。流路110bgは、支流路110b、および主流路110ag中の分岐路Brから流路右端部Tg側を含む流路であり、上記帯状に凝縮された特定成分Haを含む流路である。
【0044】
上記命令を入力した電位差付与部210は、電極Bを−1500Vに定めるとともに上記と同様に電極Gを0Vに定め、電極B-G間に1500Vの電位差を付与する。これにより、流路110bgは電気泳動用流路となりこの流路110bg中の試料流体Hが電気泳動せしめられる。
【0045】
図3Bに示すように、上記電位差の付与により、流路110bg中の帯状に凝縮された特定成分Haは分散しつつ流路110bg中を流路端部bへ向かって移動する。
【0046】
コントロール部250から電気泳動用流路を流路110bgに切り換える命令を入力した温調制御部220は、ペルチェ素子230を制御して、上記流路110bg中の試料流体Hの温度を上記と同様の20℃±0.5℃の範囲内に保つように温調する。上記温調制御部220は、あらかじめ、試料流体Hを収容した主流路110agに3000Vの電位差を付与したときの上記試料流体からの発熱と上記試料流体Hを収容した流路110bgに1500Vの電位差を付与したときの上記試料流体からの発熱との違いを考慮して上記流路切り換え後の試料流体Hの温度も引き続き20℃±0.5℃の範囲内に保つように温調する。すなわち、温調制御部220は、電気泳動用流路を流路110bgに切り換えた後の試料流体Hの温度を引き続き20℃±0.5℃の範囲内に保つように温調を行う。
【0047】
上記電位差の付与により流路110bg中を分散せしめられつつ流路端部bへ向かって移動する帯状の特定成分Haの移動状況が、検出部240によって検出される。この検出により上記特定成分Haを分析することができる。
【0048】
上記主流路110agに電位差を付与したときと流路110bgに電位差を付与したときの試料流体からの発熱の違いは、主に、試料流体中を電流が流れるときの電気抵抗によって発生するジュール熱の違いよるものである。すなわち、主流路110agに付与する電位差と主流路110agの電気抵抗とに応じて主流路110agから発生するジュール熱が定まる。一方、流路110bgに付与する電位差と流路110bgの電気抵抗とに応じて流路110bgから発生するジュール熱が定まる。したがって、例えば各流路の断面積が等しく、かつ、試料流体の電気抵抗が一定であったとしても、電位差を付与する2種類の流路の長さが異なればそれぞれの流路の電気抵抗も互に異なるものとなり、2種類の流路に同じ電位差を付与しても、それぞれの流路から単位時間あたりに発生する熱量は互に異なるものとなる。
【0049】
ここで上記温調制御部220による、電気泳動用流路中の試料流体に対する温調の制御特性の変更についてより具体的に説明する。
【0050】
図4は本発明の温調方法を採用して電気泳動用流路を切り換えたときの試料流体の温度変化を示すものであり、横軸tを時刻、縦軸αを温度に定めた座標中に、流路切換え前後の電気泳動用流路中の試料流体の温度を示したものである。図4中のt11は電極A-G間に3000Vの電位差を付与したタイミング、t12は電極B-G間に1500Vの電位差を付与したタイミングを示している。ここでは、上記電位差を付与するタイミングと温調の制御特性を変更するタイミングとは一致している。
【0051】
図4に示すように、本発明の温調方法を採用した場合には、電極A-G間(主流路110ag)に3000Vの電位差を付与する前の電気泳動用流路中の試料流体の温度、電極A-G間(主流路110ag)に3000Vの電位差を付与した後の電気泳動用流路中の試料流体の温度、電極B-G間(流路110bg)に1500Vの電位差を付与して電気泳動用流路を切り換えた後のこの電気泳動用流路中の試料流体の温度は共に、20℃±0.5℃の範囲内に温調されている。
【0052】
これに対して、従来の温調方法を採用し、温調における制御特性を流路切換え時に変更することなく常に同じ制御特性で温調を行う場合、すなわち、電気泳動用流路の切り換えにともなう試料流体からの発熱の変化を考慮しない場合には、電気泳動用流路中の試料流体の温度は以下のように変動する。図5は流路切換え時に温調の制御特性を変更しない従来の温調方法を採用したときの電気泳動用流路中の試料流体の温度変化を示すものであり、横軸tを時刻、縦軸αを温度に定めた座標中に電気泳動用流路中の試料流体の温度を示したものである。なお、図5中のT21は電極A-G間に3000Vの電位差を付与したタイミング、T22は電極B-G間に1500Vの電位差を付与したタイミングを示している。
【0053】
図5に示すように、電極A-G間(主流路110ag)に3000Vの電位差を付与する前の電気泳動用流路中の試料流体の温度は20℃±0.5℃の範囲内に温調されている。しかしながら、電極A-G間(主流路110ag)に3000Vの電位差を付与した直後の電気泳動用流路中の試料流体の温度は上昇して20℃+0.5℃を一旦超える。その後、上記電気泳動用流路中の試料流体の温度は20℃±0.5℃の範囲内で変動するように変動幅が収束する。その後、さらに、電極B-G間(流路110bg)に1500Vの電位差を付与して電気泳動用流路を切り換えるとこの電気泳動用流路中の試料流体の温度は、20℃±0.5℃の範囲を超えて変動し続ける。
【0054】
このように、電気泳動用流路の切り換えにともなう試料流体からの発熱の変化を考慮することなく常に同じ制御特性で温調を行う場合には、電気泳動用流路中の試料流体の温度を所定温度範囲内に保持できないことがある。
【0055】
ここで、電気泳動用流路中の試料流体の粘度等の物性は温度によって変化するため、上記電気泳動分析装置においては正確な電気泳動を実施できず電気泳動による分析の品質が低下する。
【0056】
なお、流路切換えのタイミングと温調の制御特性を変更するタイミングは必ずしも完全に一致させる場合に限らず、温調に支障ない範囲で、すなわち予め定められた所定温度範囲を超えない範囲において両者のタイミングを前後にずらすようにしてもよい。すなわち、流路の切換え前に予め温調の制御特性を変更しておいてもよいし、流路の切換え後に温調の制御特性を変更するようにしてもよい。
【0057】
また、流路の切換え前に予め温調の制御特性を変更する場合には、上記試料流体の電気泳動状態を検出する検出部240により、流路を切り換える前に上記温調の制御特性を変更する適当なタイミングを検出しそのタイミングを示す信号を出力させ、その信号の出力に応じて温調制御部220が温調の制御特性を変更するようにしてもよい。また、電位差付与部210が電極A-G間に3000Vの電位差を付与した後、かつ、電極B-G間に1500Vの電位差を付与する前に上記温調の制御特性を変更するように、予めそのタイミングを上記検出部240での検出と関連付けることなく定めておくこともできる。
【0058】
また、上記温調の制御特性の変更は、例えばPID制御によって温調を行うときにはP(比例制御)、I(積分制御)、D(微分制御)の各係数を変更したり、予め実験や計算機シミュレーション等を行って上記流路切換え前後における時間経過とペルチェ素子へ供給する電力との関係をルックアップテーブル等に記憶させておき温調の制御特性を変更するようにしてもよい。
【0059】
図6は、流路が互に連通していない、それぞれが互に独立した2セットのマイクロ流路が形成された電気泳動チップを示す図である。
【0060】
図示の電気泳動チップ102′は、流路が互に連通していない互に独立した2種類のマイクロ流路が個別に形成されたものである。このように1つの電気泳動チップ102′中に形成された互に連通していない2つの独立したマイクロ流路に対しても上記温調方法を適用することができる。
【0061】
すなわち、電位差を付与して電気泳動させる流路を切り換え可能な、1つの基板からなる電気泳動チップ102′上に形成された、上記マイクロ流路110と概略同様の第1のマイクロ流路110′と第2のマイクロ流路110″とを使用し、電気泳動用流路を第1のマイクロ流路110′から第2のマイクロ流路110″へ切り換えるときの切換え前後の上記第1のマイクロ流路110′と第2のマイクロ流路110″とにおける試料流体の発熱の違いによって生じる第2のマイクロ流路110″中の試料流体の温度変動を予め予測し、この予測した温度変動を相殺するように、温調における制御特性の変更を流路切換え時に行うようにしてもよい。
【0062】
なお、切換え前後の流路中の試料流体の発熱に違いが生じる原因は、切換え前後の流路の電気抵抗の差および電極間に与える電圧の差等によるものである。上記電気抵抗の差は、切換え前後の流路中の試料流体の電気抵抗の差、切換え前後の流路の断面積および長さの差等によって生じるものである。
【0063】
上記電気泳動させる流路の長さや断面積が異なる場合であっても、あるいは同じ場合であっても上記手法を適用することができる。
【0064】
上記のように、本発明の温調方法は、電位差を付与して電気泳動させる流路を切り換え可能なマイクロ流路が形成された電気泳動チップ中の前記流路内の試料流体を温調する温調方法であって、前記流路の切換え前後の流路中の試料流体の発熱の違いによって生じる前記流路中の試料流体の温度変動を予め予測し、該予測した温度変動を相殺するように、前記温調における制御特性の変更を前記流路切換え時に行うものである。これにより、電気泳動させる試料流体の温度変動を抑制することができ、電気泳動用流路中の試料流体の粘度等の物性の変化を抑制することができるので、より正確な電気泳動を実施することができ、電気泳動による分析における品質の低下を抑制することができる。
【符号の説明】
【0065】
102 電気泳動チップ
110 マイクロ流路
210 電位差付与部
220 温調制御部
230 ペルチェ素子
240 検出部
250 コントロール部
300 電気泳動分析装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電位差を付与して電気泳動させる流路を切り換え可能なマイクロ流路が形成された電気泳動チップ中の前記流路内の試料流体を温調する温調方法であって、
前記流路の切換え前後の流路中の試料流体の発熱の違いによって生じる前記流路中の試料流体の温度変動を予め予測し、該予測した温度変動を相殺するように、前記温調における制御特性の変更を前記流路切換え時に行うことを特徴とする温調方法。
【請求項2】
前記試料流体の温調をペルチェ素子を用いて行うことを特徴とする請求項1記載の温調方法。
【請求項3】
前記電気泳動させる流路に付与する電位差が、前記流路の切換え前後において異なることを特徴とする請求項1または2記載の温調方法。
【請求項4】
前記電気泳動させる流路の電気抵抗が、前記流路の切換え前後において異なることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の温調方法。
温調方法。
【請求項5】
前記電気泳動させる流路の長さが、前記流路の切換え前後において異なることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項記載の温調方法。
【請求項6】
前記温調における制御特性の変更が、前記流路を切り換える前、または後であることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項記載の温調方法。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2010−530057(P2010−530057A)
【公表日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−501237(P2010−501237)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【国際出願番号】PCT/US2008/058566
【国際公開番号】WO2008/121761
【国際公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【出願人】(000252300)和光純薬工業株式会社 (105)
【出願人】(508241004)カリパー ライフ サイエンシズ,インコーポレイテッド (4)