説明

湿球温度とWBGTの予測方法、WBGT計、および熱中症危険度判定装置

【課題】WBGTの計測には、湿球温度と、黒球温度の測定が必要であった。
【解決手段】乾湿計公式を用い、相対湿度および気温を変数として湿球温度を数値計算し、最小二乗法を使った多項式近似により関数フィッティングさせて湿球温度の近似予測式を作成しておき、当該近似予測式に相対湿度および気温の実測値を代入することで湿球温度を近似予測し、さらに、湿球温度予測値と、気温との関係から、2次近似させてWBGTの近似予測式を作成しておき、当該近似予測式に湿球温度予測値と気温の実測値を代入することでWBGTを近似予測する。
この方法を用いた熱中症危険度判定装置1によれば、湿球温度や黒球温度を直接測定していないので、小型化・軽量化でき、安価で、取り扱いが簡便であり、ディスプレイ5上の表示やランプ7の点灯やスピーカ13の鳴動により危険度が速やかに把握できるので、普及型として適している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿球温度の予測方法と、湿球温度の予測値を用いたWBGT(Wet-Bulb Globe Temperature、湿球黒球温度)の予測方法と、前記WBGTの予測方法を用いたWBGT計と、前記WBGT計を備えた熱中症危険度判定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、夏期の高温化が進み、熱中症被害が増加しているが、特に、高齢者は成年に比べて体温調節機能が低下し、水分をあまり補給しないため、熱中症被害が有意的に増加している。
従って、高齢者施設では、熱中症事故を未然に防止することが求められているが、室内温度を唯闇雲に下げればよいわけではない。過剰冷房による弊害も考慮しつつ、快適な室内環境を維持することが大前提となるからである。また、熱中症の発生率も気温のみと単純に相関するわけではないからである。
【0003】
それに対して、最近では、熱中症の発生率は、WBGTの方が高い相関があることが見出されており、日本生気象学会、日本産業衛生学会、日本体育協会等からは、WBGTを「温度基準」に採用し、その温度レベルによって、「危険」、「厳重警戒」、「警戒」、「注意」の4段階に分けた熱中症予防指針が既に公表されている。
高齢者施設においても、介護者が上記したような熱中症予防指針を上手く活用できれば、快適な室内環境を維持しつつ、熱中症の発生を有意的に防止でき、都合が良いものと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】実公平6−16325号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来のWBGTの計測方法によれば、常に濡れた状態とする湿球で測定する湿球温度の実測値と、直径150mmで平均放射率0.95(つや消し黒色球)の肉厚ができるだけ薄い中空黒球で測定する黒球温度の実測値が必要であった。
したがって、計測器が大型化し、高額で、取り扱いに手間がかかり、計測に時間を要する等の問題点があり、高齢者施設に上記した計測器を設置するのは現実的ではなかった。
【0006】
それに対して、特許文献1には、湿球温度を測定せずに、乾湿計公式を利用して、相対湿度から湿球温度を求める演算が例示されているのが、その演算は気温、飽和水蒸気圧、湿球温度の水蒸気圧、相対湿度を用いた収束演算である。従って、収束条件の与え方によっては、収束できずに発散してしまい、装置の不安定化を招く。また、収束演算をその都度行うのでは、処理時間がかかるが、収束条件を省いたり、回数を少なくしたりすると精度が悪くなる。一方、予め行った収束演算のデータ結果を記録したテーブルを利用するとなると、ROMを多く消費してしまう上に、データ結果が間欠的なため、精度が悪くなる。
また、特許文献1では、WBGTの計測では、黒球温度の実測値が依然として要求されており、測定に時間がかかる。
【0007】
また、熱中症の危険度を判定するには、WBGTの計測後に日本生気象学会、日本産業衛生学会、日本体育協会等が公表している熱中症予防指針と一々見比べて判断しなければならず、面倒である。
【0008】
それ故、本発明は、上記課題を解決するために、気温と相対湿度の実測値から湿球温度やWBGTを精度高く予測できる予測方法を提供すると共に、その方法を用いることで、小型化・軽量化でき、安価で、取り扱いが簡便で、迅速に精度良くWBGTを求めたり、熱中症危険度を判定したりできるWBGT計や熱中症危険度判定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明の請求項1の発明は、乾湿計公式を用い、相対湿度および気温を変数として湿球温度を数値計算し、最小二乗法を使った多項式近似により関数フィッティングさせて湿球温度の近似予測式を作成しておき、当該近似予測式に相対湿度および気温の実測値を代入することで湿球温度を近似予測することを特徴とする湿球温度の近似予測方法である。
【0010】
請求項2の発明は、請求項1に記載した湿球温度の近似予測方法において、近似予測式として、相対湿度の4次関数および気温の2次関数を含む関数で表したものを利用することを特徴とする湿球温度の近似予測方法である。
【0011】
請求項3の発明は、請求項1または2に記載した湿球温度の近似予測方法で算出された湿球温度予測値と、気温との関係から、2次近似させてWBGTの近似予測式を作成しておき、当該近似予測式に湿球温度予測値と気温の実測値を代入することでWBGTを近似予測することを特徴とするWBGTの近似予測方法である。
【0012】
請求項4の発明は、相対湿度測定手段と、気温測定手段とを備え、請求項3に記載したWBGTの近似予測方法を用いたことを特徴とするWBGT計。
【0013】
請求項5の発明は、熱中症危険度をランク付けし、請求項4のWBGT計を用いて得られたWBGTを判定材料としていずれのランクに該当するかを判定する判定手段を備えたことを特徴とする熱中症危険度判定装置である。
【0014】
請求項6の発明は、請求項5に記載した熱中症危険度判定装置において、判定手段は、日射の有無も判定材料とすることを特徴とする熱中症危険度判定装置である。
【0015】
請求項7の発明は、請求項5または6に記載した熱中症危険度判定装置において、警報手段を備えており、予め設定したランク以上になった場合に警報手段を発動させることを特徴とする熱中症危険度判定装置である。
【0016】
請求項8の発明は、請求項5から7のいずれかに記載した熱中症危険度判定装置において、空調機器等の電気・電子機器の制御手段を備えており、予め設定したランク以上になった場合に前記制御手段を発動させることを特徴とする熱中症危険度判定装置である。
【0017】
請求項9の発明は、請求項5から8のいずれかに記載した熱中症危険度判定装置において、WBGT計により得られたWBGTの履歴を読み出し可能に記録する履歴記録手段を備えていることを特徴とする熱中症危険度判定装置である。
【発明の効果】
【0018】
本発明のWBGT計や熱中症危険度判定装置は、小型化・軽量化でき、安価で、取り扱いが簡便で、迅速に精度良くWBGTを求めたり、熱中症危険度を判定したりできる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】湿球温度の数値計算により得られた曲面データを示す。
【図2】実測データのプロットと、近似予測式を示す近似曲線である。
【図3】本発明の実施の形態に係る熱中症危険度判定装置の外面の説明図である。
【図4】図3の熱中症危険度判定装置の内部構成の説明図である。
【図5】一例の熱中症予防指針である。
【図6】図3の熱中症危険度判定装置の処理フローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施の形態として、高齢者施設の室内に設置する熱中症危険度判定装置について、以下に説明する。
先ず、近似予測式の作成方法について説明する。
A.湿球温度の近似予測式の作成
[湿球温度(t)を数値計算で算出する。]
・気温T(K)
・飽和水蒸気圧ew
【数1】

・相対湿度Uw(%)
【数2】

・乾湿計公式:水蒸気圧e(Pa)
【数3】

【0021】
上記で、定数については、JIS Z8806の「湿度測定方法」に記載されたものを利用している。
上記の式(1)、(2)、(3)を用い、気温を0.5℃刻みの変数とし、相対湿度を5%刻みの変数とし、湿球温度(t)を数値計算で算出する。
得られた結果を三次元空間上にプロットすると、図1に示すような曲面となる。
【0022】
[関数フィッティングさせて湿球温度の近似予測式を作成する。]
最小二乗法を使った多項式近似により、上記の曲面に関数フィッティングさせて湿球温度の近似予測式を作成する。
近似予測式として、以下の式(4)に示すように、(相対湿度の4次関数および気温の2次関数を含む関数で表したものを作成する。
【0023】
【数4】

【0024】
B.WBGTの近似予測式の作成
WBGTの実測値と、上記の近似予測方法で算出された湿球温度予測値と実測した気温とにより算出されたWBGTの算出値との関係から、以下に示すWBGTの近似予測式を作成する。
【数5】

ここで、WBGTの算出式は室内用に、JIS Z8504で規格化されたものを用いている。また、乾球温度を気温で代用するため、2次近似させている。
【0025】
図2に示すものは、2007年8月15日に夏期暑熱時における実測データのプロットと、近似予測式を示す近似曲線である。
なお、実測範囲外を補償するため、気温が35℃以上の場合、または、気温が31℃以上且つ日射を受けている場合のいずれか一方に該当するときには、適用外としている。
作成された近似予測式は、R=0.9366で精度の高いものである。
【0026】
上記のWBGTの近似予測式を用いたWBGT計を備えた、熱中症危険度判定装置について説明する。
図3に示す熱中症危険度判定装置1は、電源ボタン3が押下されると作動して、熱中症危険度の判定結果がディスプレイ5上にグラフとして表示されたり、ランプ7がランクに応じて点灯したりすると共に、印刷ボタン9が押下されるとプリンター10から紙データとして出力されたり、危険度が高い場合には制御信号を生成して送信部11から空調機器(図示省略)へ送信したり、警報信号を生成してナースコールを鳴動させたり、介護者の携帯電話機宛に報知したり、音声信号を生成してスピーカ13から警報アラームを鳴動させるようになっている。
【0027】
このような動作を可能とするために、熱中症危険度判定装置1には、処理部15を中心し、湿度センサー17と気温センサー19と照度センサー21が内蔵されており、これらのセンサーでの測定結果に基づいて、処理部15がメモリ23に予め記録された近似予測式や高齢者施設の室内に対応した「日常生活における熱中症予防指針」(日本生気象学会熱中症予防研究会:Vol.18(2008年4月)(図5)を参照しながら、処理を進められるようになっている。
上記したように、空調機器の制御手段や警報手段は処理部15での制御信号や警報信号の生成機能と、ディスプレイ5、ランプ7と、送信部11と、スピーカ13とによって構成されている。
【0028】
処理部15における具体的な処理内容を、図6のフローチャートにしたがって説明する。
先ず、電源ボタン3が押下されると、装置が作動モードに入り、計算をスタートする。
処理部15は、判定手段として機能し、湿度センサー17、気温センサー19、照度センサー21から、それぞれ湿度、気温、照度の情報を定期的に受け取る。そして、「35℃未満か、または、31℃未満で且つ日射有り」に該当するか否かを判定し、該当しない場合には、それ以上の処理を進めることなく、即危険状態と見なして、制御信号や警報信号の出力回路の接点に出力してONとして、制御信号や警報信号を生成させる。すなわち、制御手段と警報手段を発動させる。この結果として、空調機器の温度が自動的に調整される。また、スピーカ13からアラームが鳴動したり、ナースコールが鳴動したり、介護者の携帯電話機宛に報知される。
【0029】
一方、「35℃未満か、または、31℃未満で且つ日射有り」に該当するか否かを判断し、該当する場合には、相対湿度と気温の実測値を「湿球温度の近似予測式」に代入して湿球温度の予測値を算出し、さらに、その算出された湿球温度の予測値と気温の実測値を「WBGTの近似予測式」に代入してWBGTの予測値を算出する。そして、WBGTの予測値を算出する度に、メモリ23の「WBGT値収録部」にセンサーの測定時間と関連付けて記録する。なお、この「WBGT値収録部」はWBGT計により得られたWBGTの履歴を記録していくものであり、後からでも任意にその記録された履歴内容を読み出すことができるので、その高齢者施設におけるWBGTの変化状況を解析したりすることができる。
【0030】
次に、「日常生活における熱中症予防指針」(図5)を読み出して、WBGTの予測値がどのランクに該当するかを判定する。そして、「危険」や「厳重警戒」のランクに該当すると判定したときには、上記と同様に危険状態と判断して、制御手段や警報手段を発動させる。
また、ディスプレイ5の画面は、WBGTが算出され、すなわち計算されてWBGT値収録部で履歴が更新される度に切り替えられ、現在値が表示される。
【0031】
上記したように、熱中症危険度判定装置1は、迅速に精度良く熱中症危険度を判定して、危険ランクや厳重警戒ランクになったときには、介護者に速やかにその旨を報知し、空調機器も自動的に調整させるので、熱中症事故を未然に防止できる。
【0032】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明の具体的構成が上記の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨から外れない範囲での設計変更があっても本発明に含まれる。
例えば、上記の実施の形態に係る熱中症危険度判定装置は、高齢者施設の室内での設置を想定したものであるが、健康な高齢者が、健康維持のための室内環境モニターとして自宅に設置することも考えられる。
さらには、高齢者用に限定されず、熱中症が発生し易い環境、例えば、学校の体育館で設置して利用することも考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の熱中症危険度判定装置によれば、湿球温度や黒球温度を直接測定していないので、小型化・軽量化でき、安価で、取り扱いが簡便であり、普及型として適している。
【符号の説明】
【0034】
1…熱中症危険度判定装置
3…電源ボタン 5…ディスプレイ
7…ランプ 9…印刷ボタン
11…送信部 13…スピーカ
15…処理部 17…湿度センサー
19…気温センサー 21…照度センサー
23…メモリ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乾湿計公式を用い、相対湿度および気温を変数として湿球温度を数値計算し、最小二乗法を使った多項式近似により関数フィッティングさせて湿球温度の近似予測式を作成しておき、当該近似予測式に相対湿度および気温の実測値を代入することで湿球温度を近似予測することを特徴とする湿球温度の近似予測方法。
【請求項2】
請求項1に記載した湿球温度の近似予測方法において、
近似予測式として、相対湿度の4次関数および気温の2次関数を含む関数で表したものを利用することを特徴とする湿球温度の近似予測方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載した湿球温度の近似予測方法で算出された湿球温度予測値と、気温との関係から、2次近似させてWBGTの近似予測式を作成しておき、当該近似予測式に湿球温度予測値と気温の実測値を代入することでWBGTを近似予測することを特徴とするWBGTの近似予測方法。
【請求項4】
相対湿度測定手段と、気温測定手段とを備え、請求項3に記載したWBGTの近似予測方法を用いたことを特徴とするWBGT計。
【請求項5】
熱中症危険度をランク付けし、請求項4のWBGT計を用いて得られたWBGTを判定材料としていずれのランクに該当するかを判定する判定手段を備えたことを特徴とする熱中症危険度判定装置。
【請求項6】
請求項5に記載した熱中症危険度判定装置において、
判定手段は、日射の有無も判定材料とすることを特徴とする熱中症危険度判定装置。
【請求項7】
請求項5または6に記載した熱中症危険度判定装置において、
警報手段を備えており、予め設定したランク以上になった場合に警報手段を発動させることを特徴とする熱中症危険度判定装置。
【請求項8】
請求項5から7のいずれかに記載した熱中症危険度判定装置において、
空調機器等の電気・電子機器の制御手段を備えており、予め設定したランク以上になった場合に前記制御手段を発動させることを特徴とする熱中症危険度判定装置。
【請求項9】
請求項5から8のいずれかに記載した熱中症危険度判定装置において、
WBGT計により得られたWBGTの履歴を読み出し可能に記録する履歴記録手段を備えていることを特徴とする熱中症危険度判定装置。

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2010−266318(P2010−266318A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−117449(P2009−117449)
【出願日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【出願人】(590002389)静岡県 (173)
【Fターム(参考)】