説明

溶接後の溶接部強度に優れるスポット溶接用鋼板、及び、溶接部の強度に優れるスポット溶接継手

【課題】鋼板同士をスポット溶接した際に、介在物を起因とする欠陥や割れが生じて強度が低下するのを防止でき、良好な作業性を確保しつつ、信頼性の高い溶接部を形成することが可能な、溶接後の溶接部強度に優れるスポット溶接用鋼板、及び、溶接部の強度に優れるスポット溶接継手を提供する。
【解決手段】引張強さが400〜700MPa、母材の成分組成中におけるCの含有量が0.05〜0.12質量%の範囲であり、次式{Ceqt=C+Si/30+Mn/20+2P+4S}で表される炭素当量Ceqtが0.18質量%以上0.22質量%以下の範囲であるとともに、次式{Ceqh=C+Si/40+Cr/20}で表される炭素当量Ceqhが0.08質量%以上であり、さらに、当該鋼板の表面から3μmまでの範囲の深さにおいて、GDS分析法によって測定される平均酸素濃度O(%)が次式{O≦0.5}で表される範囲である

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スポット溶接用鋼板及びそれを溶接して得られるスポット溶接継手に関するものであり、特に、スポット溶接によって溶接部を形成することで自動車用部品や車体等を製造する工程等において用いられる、溶接後の溶接部強度に優れるスポット溶接用鋼板、及び、溶接部の強度に優れるスポット溶接継手に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車分野においては、低燃費化や炭酸ガス(CO)の排出量削減を目的とした車体の軽量化および衝突安全性向上のために、車体や部品等に、板厚の薄い鋼板を使用するニーズが高まっている。一方、車体の組立や部品の取付け等の工程においては、主としてスポット溶接が用いられている。
しかしながら、上述のような板厚の薄い鋼板、特に引張強さの高い高強度の鋼板をスポット溶接した場合には、以下のような問題が生じる。
【0003】
まず、スポット溶接部(溶接継手)の品質指標としては、引張強さと疲労強度が挙げられる。溶接継手の引張強さには、せん断方向に引張荷重を負荷して測定する引張せん断強さ(TSS)と、剥離方向に引張荷重を負荷して測定する十字引張強さ(CTS)がある。一方、スポット溶接部の疲労強度には、せん断方向に引張荷重を負荷して測定する引張せん断疲労強度と、剥離方向に引張荷重を負荷して測定する十字引張疲労強度がある。
一般に、引張強さおよび疲労強度の何れも、スポット溶接部に欠陥や割れが無く、溶接部の靱性が高い場合には、破断形態が良好で強度のばらつきも少なく十分に高い値が得られる。しかしながら、溶接部に割れや欠陥が存在し、溶接部の靭性が高い場合には、剥離破断や部分プラグ破断(ナゲット内での破断)が生じて破断形態が劣化し、強度のばらつきも大きく継手強度が著しく低下するという問題がある。このような引張強さのばらつきや低下は、特に、剥離方向に負荷した場合(十字引張強さ)に顕著であることから、従来から、破断形態の改善と、それに伴う十字引張強さのばらつき低減並びに向上が求められていた。
【0004】
上述のような、スポット溶接部の欠陥や割れは、通電終了後の溶接金属の収縮によって起こると考えられる。即ち、溶接(ナゲット)部の中心では、上下の電極からの抜熱によって上下方向の収縮が生じ、通電終了後に急激な溶接金属の収縮が起こると、図4に示すように、溶接部(ナゲット103A)の中心で収縮欠陥が生じる。一方、溶接金属は横方向にも収縮するため、温度が上昇していない母材はその収縮に追従できず、その結果、図5に示すように、溶接金属は母材から引張応力を受け、溶接部(ナゲット103B)において縦割れ105が生じる。
【0005】
スポット溶接部に欠陥や割れが生じるのを防止する方法として、例えば、溶接後に、鋼板に対する電極の加圧力を増加させる方法等が知られている。しかしながら、この方法では非常に高い加圧力を必要とするため、剛性の高い溶接トーチが必要となることから、実用には向かないという問題がある。また、溶接部に欠陥や割れが生じるのを防止する方法としては、溶接後に、引き続き後加熱通電を行うことによって溶接後の冷却速度を低下させ、溶接金属の収縮速度を低下させて欠陥や割れを防止する方法も知られている。しかしながら、この方法においても、自動車の補強部材等で用いられる、炭素量や炭素当量が高い高強度鋼板をスポット溶接する場合には、必ずしも有効ではなかった。
【0006】
一方、鋼板の炭素当量が増加し、溶接部の靭性が低い場合や、溶接部における偏析が顕著な場合には、引張試験、特に十字引張試験において剥離破断や、図6に示すような部分プラグ破断(図6中の符号202を参照)が生じ、強度のばらつきも大きくなって継手強度が著しく低下するという問題がある。このような問題を解決する方法として、例えば、非特許文献1や特許文献1のように、スポット溶接の通電が完了した後、一定時間経過後にテンパー通電を行い、スポット溶接部(ナゲット部と熱影響部)を焼鈍して硬さを低下させる方法が知られている。しかしながら、これらの方法は、何れも溶接に長時間を要するために生産性が低下することや、焼き戻しによる溶接部の軟化により、溶接部の剥離破断が起こり易いという問題がある。
また、例えば、特許文献2に記載のような1470MPa級のホットスタンピング鋼板を用いた場合には、焼入れ処理が必要となるため、炭素当量を下げることが困難であるという問題がある。
【0007】
また、上述のような炭素当量の高い高強度鋼板をスポット溶接する際に、溶接部の強度を向上させるための方法として、スポット溶接の打点数を増やす方法も知られている。しかしながら、この方法では、溶接作業効率の低下や溶接施工コストの増加等、生産性の低下を招くとともに、設計自由度が制限される等の問題がある。
【0008】
また、非特許文献2には、高強度鋼板を用いて自動車車体を構成した場合に、生産工程内の塗装焼付処理において、塗装焼付けによる加熱・保持によって車体が受ける熱履歴により、溶接継手の十字引張強さ(剥離強度)が向上することが記載されている。非特許文献2においては、上述のような塗装焼付処理を模擬した所定温度での熱処理を施すことにより、溶接継手の十字引張強さが向上することが示されている。しかしながら、非特許文献2に記載の方法では、鋼種や鋼板成分(特に炭素当量)と十字引張強さとの関係が明確に示されておらず、何ら解決されていないという問題がある。
【0009】
また、溶接部の強度を向上させるための方法として、上記各方法の他、例えば、次式{C+Si/30+Mn/20+2P+4S}で表される炭素当量Cegtを0.24質量%以下に抑制した鋼板を用いることが提案され、一般的に採用されている。このような範囲の炭素当量Ceqtとされた鋼板を用いてスポット溶接を行った場合には、溶接部全体の破断形態がプラグ破断となり、せん断引張強さが向上するという効果が得られることが知られている。しかしながら、鋼板がより高強度化されるのに伴い、炭素当量Cegtを上記範囲とした場合であってもナゲット内破断が生じ、せん断引張強さ及び十字引張強さがともに低下するという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−103048号公報
【特許文献2】特開2002−102980号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】「高張力鋼における点溶接継手疲労強度の改善−鉄と鋼−」,日本鉄鋼協会,1982年,第68巻,第9号 P318〜325
【非特許文献2】「自動車鋼板のスポット溶接継手強度に及ぼす塗装焼付けの熱履歴の影響−溶接学会全国大会講演概要−」,社団法人溶接学会,第83巻,2008年,第9号,P4−5
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述したように、従来の構成の鋼板をスポット溶接した場合には、溶接部で割れや欠陥が発生することにより、溶接継手の強度のばらつきや低下が生じ、継手としての信頼性が損なわれるという問題があった。加えて、溶接部に多くの介在物が発生し易くなるため、この介在物が割れの起点となって多くの脆性破面が生じ、剥離破断や部分プラグ破断が発生することから継手の十字引張強さが低下し、溶接継手としての信頼性が損なわれるという問題があった。
このように、従来の方法では、スポット溶接部において強度のばらつきや低下が生じることにより、溶接継手としての信頼性や、この溶接継手が形成される部材の信頼性が損なわれるという大きな問題があった。
【0013】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、鋼板同士をスポット溶接した際に、介在物を起因とする欠陥や割れが生じて強度が低下するのを防止でき、良好な作業性を確保しつつ、信頼性の高い溶接部を形成することが可能な、溶接後の溶接部強度に優れるスポット溶接用鋼板、及び、溶接部の強度に優れるスポット溶接継手を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者等が上記問題を解決するために鋭意研究したところ、抵抗スポット溶接によって溶接されることで自動車用部品や車体等に用いられるスポット溶接用鋼板において、引張強さや成分組成を適正範囲に規定することにより、鋼板同士をスポット溶接する際、溶接部における割れや欠陥の発生が抑制できることを知見した。即ち、最適な範囲の炭素量並びに炭素当量と、鋼板表面からの所定の厚さの範囲における平均酸素濃度が最適な範囲とを組み合わせた条件のスポット溶接用鋼板とすることにより、この鋼板同士をスポット溶接して溶接継手を形成した際の溶接部の特性が向上し、信頼性の高い溶接継手が得られることを見出し、本発明を完成した。
即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
【0015】
[1] 引張強さが400〜700MPa、母材の成分組成中におけるC(炭素)の含有量が0.05〜0.12質量%の範囲であり、下記(1)式で表される炭素当量Ceqtが0.18質量%以上0.22質量%以下の範囲であるとともに、下記(2)式で表される炭素当量Ceqhが0.08質量%以上であり、さらに、当該鋼板の表面から3μmまでの範囲の深さにおいて、GDS(Glow Discharge Spectroscopy:グロー放電発光分光)分析法によって測定される平均酸素濃度Oが、下記(3)式で表される範囲であることを特徴とする、溶接後の溶接部強度に優れるスポット溶接用鋼板。
Ceqt = C+Si/30+Mn/20+2P+4S ・・・・・(1)
Ceqh = C+Si/40+Cr/20 ・・・・・・・・・・(2)
≦ 0.5 ・・・・・・・・・・(3)
{但し、上記(1)〜(3)式において、Ceqt(質量%)はスポット溶接後の溶接部の靱性に関わるスポット溶接用鋼板の炭素当量を表すものであり、Ceqh(質量%)はスポット溶接後の溶接部の硬さに関わるスポット溶接用鋼板の炭素当量を表すものである。また、C、Si、Mn、P及びSは、それぞれスポット溶接用鋼板中の炭素、珪素、マンガン、リン、硫黄の各含有量(質量%)を示し、Oはスポット溶接用鋼板の表面から3μmまでの範囲の深さにおいて、GDS分析法によって測定される平均酸素濃度(%)を示す。}
【0016】
[2] 上記[1]に記載のスポット溶接用鋼板同士をスポット溶接して得られるスポット溶接継手であって、前記溶接部におけるナゲット径Dが、下記(4)式で表される範囲であることを特徴とする、溶接部の強度に優れるスポット溶接継手。
4t1/2 ≦ D ・・・・・・・・・・(4)
{但し、上記(4)式において、D(mm)は溶接部のナゲット径であり、t(mm)は被溶接物であるスポット溶接用鋼板の平均板厚である。}
【0017】
ここで、本発明において説明する、スポット溶接用鋼板の表面から3μmまでの範囲の深さにおける平均酸素濃度(O)を測定するためのGDS(Glow Discharge Spectroscopy:グロー放電発光分光)分析法とは、真空中の二つの電極管に高電圧をかけた際に、電子と気体との衝突によってガス成分が励起されて光を発する、所謂グロー放電のメカニズムを用いた分析法を言う。より具体的には、まず、被分析物、つまりスポット溶接用鋼板を陰極として異常グロー放電を発生させ、イオン化されたガス成分によって鋼板面(陰極面)のスパッタリング作用を発生させることで、放電光中に鋼板材料のスペクトルが観測されるようになる。そして、この際に発生する光を分光することにより、鋼板表面からの所定の厚さの範囲における元素組成分析を行うことができる。
このようなGDS分析法の特徴としては、超高真空レベルの真空度を必要とせず、また、陰極面(鋼板面)のスパッタリング速度が速いために短い測定時間で分析が可能であることが挙げられる。さらに、GDS分析法は、定量性に優れたデータが得られ、また、深さ方向の分析における分解能数が高いこと等が特徴として挙げられる。
【発明の効果】
【0018】
本発明の溶接後の溶接部強度に優れるスポット溶接用鋼板によれば、母材の引張強さとC(炭素)の含有量を適正範囲とし、溶接部の靱性に関わる炭素当量Ceqtを0.18質量%以上0.22質量%以下に規定するとともに、溶接部の硬さに関わる炭素当量Ceqhを0.08質量%以上に規定し、さらに、当該鋼板の表面から3μmまでの範囲の深さにおいて、GDS分析法によって測定される平均酸素濃度O(%)が次式{O≦0.5}で表される範囲とすることにより、このスポット溶接用鋼板同士をスポット溶接して溶接部を形成する際、この溶接部内において酸化物が介在するのが抑制される。これにより、良好な作業性を確保しつつ、溶接部の収縮欠陥や割れの発生が防止でき、また、破断形態が良好で強度のばらつきも少なく十分に高い強度を有し、信頼性の高い溶接金属部を形成することが可能なスポット溶接用鋼板が実現できる。
【0019】
また、本発明の溶接部の強度に優れたスポット溶接継手によれば、上記本発明のスポット溶接用鋼板同士が溶接され、ナゲット径Dが所定以上に規定されたものなので、溶接時の良好な作業性を確保しつつ、溶接部の収縮欠陥や割れの発生が防止でき、また、破断形態が良好で強度のばらつきも少なく十分に高い強度を有し、信頼性の高いスポット溶接継手が実現できる。
従って、例えば、自動車用部品や車体を製造する場合において本発明のスポット溶接用鋼板及び溶接継手を適用することにより、車体全体の軽量化による低燃費化や炭酸ガス(CO)の排出量削減等のメリットを十分に享受することが可能となるので、その社会的貢献は計り知れない。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る溶接後の溶接部強度に優れるスポット溶接用鋼板、及び、溶接部の強度に優れるスポット溶接継手の一例を模式的に説明する図であり、当該鋼板同士をスポット溶接することによって溶接金属部を形成した状態を示す断面図である。
【図2】本発明に係るスポット溶接後の溶接部の強度に優れるスポット溶接用鋼板、及び、溶接部の強度に優れるスポット溶接継手の実施例について説明する図であり、十字引張強さの測定方法を示す概略図である。
【図3】本発明に係るスポット溶接後の溶接部の強度に優れるスポット溶接用鋼板、及び、溶接部の強度に優れるスポット溶接継手の実施例について説明する図であり、鋼板の表面から3μmまでの範囲の深さにおける、GDS分析法によって測定される平均酸素濃度O(%)を示すグラフである。
【図4】従来のスポット溶接用鋼板及びスポット溶接継手を模式的に説明する図であり、抵抗スポット溶接方法によって溶接金属部を形成した際に発生する収縮欠陥を示す断面図である。
【図5】従来のスポット溶接用鋼板及びスポット溶接継手を模式的に説明する図であり、抵抗スポット溶接方法によって溶接金属部を形成した際に発生する縦割れを示す断面図である。
【図6】従来のスポット溶接用鋼板及びスポット溶接継手を模式的に説明する図であり、抵抗スポット溶接方法によって溶接金属部が形成されてなるスポット溶接継手に対し、十字引張試験を行った際に発生する部分プラグ破断示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の溶接後の溶接部強度に優れるスポット溶接用鋼板(以下、単にスポット溶接用鋼板と略称することがある)、及び、溶接部の強度に優れるスポット溶接継手(以下、単にスポット溶接継手と略称することがある)の実施の形態について、主に図1を参照しながら説明する。なお、本実施形態は、本発明のスポット溶接用鋼板及びスポット溶接継手の趣旨をより良く理解させるために詳細に説明するものであるから、特に指定の無い限り本発明を限定するものではない。
【0022】
近年、特に自動車分野においては、低燃費化や炭酸ガス(CO)の排出量削減を目的とした車体の軽量化および衝突安全性向上のために、車体や部品等に、板厚の薄い鋼板を使用するニーズが高まっている。また、このような鋼板を用いて車体の組立や部品の取付け等を行う場合には、主としてスポット溶接方法が用いられるが、溶接部における収縮欠陥や縦割れを抑制でき、高い継手特性が実現できるスポット溶接用鋼板及びスポット溶接継手に対するニーズが非常に高まっている。このようなニーズに対し、まず、本発明のスポット溶接用鋼板では、母材の強度や炭素当量等の成分組成を適正な範囲に規定のうえ、さらに、鋼板表面から一定の深さの範囲における、GDS分析法を用いて測定される平均酸素濃度を適正範囲に規定している。これにより、本発明のスポット溶接用鋼板同士を、従来と同様の抵抗スポット溶接設備等を用いて、実用の範囲内で溶接条件を適正に制御しながらスポット溶接することで、収縮欠陥や縦割れの発生が抑制され、破断形態が良好で強度のばらつきが少なく十分に高い強度を有した信頼性の高い溶接部を形成することが可能になる。そして、本発明のスポット溶接継手においては、上記構成のスポット溶接用鋼板同士をスポット溶接して得られる溶接部のナゲット径を適正範囲に規定することにより、より信頼性の高いスポット溶接継手を実現することが可能となる。
以下、本発明のスポット溶接用鋼板及びスポット溶接継手の各実施形態について詳細に説明する。
【0023】
[スポット溶接用鋼板]
本実施形態のスポット溶接用鋼板1(1A、1B)は、引張強さが400〜700MPa、母材の成分組成中におけるC(炭素)の含有量が0.05〜0.12質量%の範囲であり、下記(1)式で表される炭素当量Ceqtが0.18質量%以上0.22質量%以下の範囲であるとともに、下記(2)式で表される炭素当量Ceqhが0.08質量%以上であり、さらに、当該鋼板の表面から3μmまでの範囲の深さにおいて、GDS分析法によって測定される平均酸素濃度Oが、下記(3)式で表される範囲とされている。
Ceqt = C+Si/30+Mn/20+2P+4S ・・・・・(1)
Ceqh = C+Si/40+Cr/20 ・・・・・・・・・・(2)
≦ 0.5 ・・・・・・・・・・(3)
但し、上記(1)〜(3)式において、Ceqt(質量%)はスポット溶接後の溶接部の靱性に関わるスポット溶接用鋼板の炭素当量を表すものであり、Ceqh(質量%)はスポット溶接後の溶接部(図1中の符号3を参照)の硬さに関わるスポット溶接用鋼板の炭素当量を表すものである。また、C、Si、Mn、P及びSは、それぞれスポット溶接用鋼板中の炭素、珪素、マンガン、リン、硫黄の各含有量(質量%)を示し、Oはスポット溶接用鋼板の表面から3μmまでの範囲の深さにおいて、GDS分析法によって測定される平均酸素濃度(%)を示す。
【0024】
「鋼板特性の限定理由」
以下に、本発明のスポット溶接用鋼板1(1A、1B)の鋼板特性の限定理由について詳述する。
【0025】
(引張強さ:400〜700MPa)
本発明では、スポット溶接用鋼板1(1A、1B)の母材の引張強さを400〜700MPaの範囲に規定する。
鋼板の強度は、スポット溶接を行った後の溶接部の欠陥や割れの発生に大きな影響を及ぼし、また、溶接部における応力集中状態にも大きな影響を及ぼすことから、破断形態劣化とそれに伴う強度ばらつき、強度低下にも影響を及ぼす。
スポット溶接用鋼板の母材の引張強さが400MPa未満では、これらの問題は起こらず、また、700MPaを超えると、本発明の構成であっても、欠陥や割れ防止のための改善が困難となるおそれがある。
【0026】
本発明では、母材の引張強さが400〜700MPaの範囲であり、さらに、軽量化や衝突安全性を向上させることが可能な鋼板を対象としている。これに伴い、鋼板の特性としては、一定の強度と成形性の両方を確保するため、炭素含有量及び炭素当量が所定以上とされていることが基本となるが、その結果、スポット溶接後の溶接金属部及び溶接熱影響部において硬くて靭性が低いマルテンサイトが形成され、さらに、溶接部における応力集中が起こり易くなる。このため、このような鋼板をスポット溶接した場合、溶接継手の破断形態劣化、強度のばらつきや低下等を引き起こすという問題があることから、実用化にあたっては、これらの問題を改善する必要がある。本発明においては、まず、鋼板母材の引張強さを上記範囲に規定し、さらに、鋼板の成分、より詳しくは、炭素含有量や炭素当量、鋼板表面からの所定範囲の深さにおける平均酸素濃度等を、詳細を後述するような適正範囲に規定している。このような鋼板を用いてスポット溶接を行うことにより、溶接継手の破断形態が良好で強度のばらつきや低下を抑制でき、欠陥や割れが生じることなく、信頼性の高い溶接部を形成することが可能となる。
【0027】
(炭素の含有量:0.05〜0.12質量%)
本発明では、スポット溶接用鋼板1の母材の成分組成中におけるC(炭素)の含有量を、0.05〜0.12質量%の範囲に限定する。
スポット溶接用鋼板中の炭素の含有量が0.12質量%以上だと、スポット溶接した後の、溶接部の十字引張強さの向上効果が得られ難くなる。また、母材の成分組成中の炭素の含有量が0.05質量%未満の鋼板の場合、440MPa以上の強度を得るためにはPを所定量添加する必要があり、IF(Interstitial Free)鋼となることから、スポット溶接性のみならず、アーク溶接性を損なうため、本発明のスポット溶接用鋼板の対象外となる。
【0028】
(炭素当量Ceqt:0.18質量%以上0.22質量%以下)
(炭素当量Ceqh:0.08質量%以上)
本発明でのスポット溶接用鋼板1では、下記(1)式で表される炭素当量Ceqtを0.18質量%以上0.22質量%以下の範囲に規定するとともに、下記(2)式で表される炭素当量Ceqhを0.08質量%以上に規定する。
Ceqt = C+Si/30+Mn/20+2P+4S ・・・・・(1)
Ceqh = C+Si/40+Cr/20 ・・・・・・・・・・(2)
但し、上記(1)、(2)式において、Ceqt(質量%)はスポット溶接後の溶接部の靱性に関わるスポット溶接用鋼板1の炭素当量を表すものであり、Ceqh(質量%)はスポット溶接後の溶接部の硬さに関わるスポット溶接用鋼板1の炭素当量を表すものである。また、C、Si、Mn、P及びSは、それぞれスポット溶接用鋼板1中の炭素、珪素、マンガン、リン、硫黄の各含有量(質量%)を示す。
【0029】
一般的に、鋼板の引張強さが増加すると、上記(1)、(2)式で表される炭素当量(Ceqt又はCeqh)の数値が増加し、その結果、鋼板をスポット溶接することで形成される溶接部を構成する溶接金属部、溶接熱影響部の硬さの増加や偏析量の増加につながる。このため、溶接部の変形能や靭性の低下を引き起こし、ナゲット(溶接部)内で割れが発生し易くなり、また、破断形態の劣化が生じて継手強度にばらつきや低下が発生する。特に、上記(1)式で表される単層当量Ceqtの数値が大き過ぎると、ナゲット内での割れが発生し易くなるという傾向がある。
【0030】
ここで、上述したとおり、上記(1)式で表される炭素当量Ceqtは、スポット溶接用鋼板1(1A、1B)の溶接部の硬さに関わるものであり、また、上記(2)式で表される炭素当量Ceqhは、溶接部の靱性に関わるものである。
【0031】
本発明のスポット溶接用鋼板1では、上記(1)式で表される炭素当量Ceqtを0.22質量%以下に制限することで、スポット溶接用鋼板1をスポット溶接した場合に形成される溶接部を、十分な靱性を備えたものとすることが可能となる。また、上記(2)式で表される炭素当量Ceqhを0.08質量%以上とすることで、スポット溶接用鋼板1をスポット溶接した場合に形成される溶接部の硬さを適正に制御できる。
また、本発明のスポット溶接用鋼板1では、上記(1)式で表される炭素当量Ceqtを0.18質量%以上とすることで、スポット溶接した場合に形成される溶接部を、十分な靱性を確保しつつ、十分な硬さを備えるものに制御することが可能となる。
従って、本発明のスポット溶接用鋼板1同士をスポット溶接した場合には、優れた十字引張強さと引張せん断強さの両方を備える溶接部(図1中の符号3を参照)を形成することが可能となる。
【0032】
上記(1)式で表される炭素当量Ceqtが0.22質量%を超えると、鋼板の硬さが増加して靭性が低下するため、鋼板同士をスポット溶接して得られる溶接部の十字引張強さが低下する。このように、靱性に関わる炭素当量Ceqtが0.22質量%を超える場合、十字引張試験のようなナゲット(溶接部)の周囲で高い応力集中が起こる強度試験を行った際に、ナゲット内において剥離が発生し易くなる。このため、十字引張強さが低い値を示し、ケースによっては、軟鋼板を溶接した継手よりも低い値を示すことがある。
また、上記(1)式で表される炭素当量Ceqtが0.18質量%未満だと、母材の引張強さを400MPa以上とするには、Pや高価な添加元素が必要となる。
【0033】
また、上記(2)式で表される炭素当量Ceqhが0.08質量%未満だと、溶接金属部や溶接熱影響部に粒界フェライトが生成し、引張せん断強さが低下する。
なお、炭素当量Ceqh(質量%)の上限は、スポット溶接用鋼板の母材強度によって特定される。
【0034】
(鋼種)
本発明のスポット溶接用鋼板をなす鋼種については特に限定されず、例えば、2相組織型(例えば、フェライト中にマルテンサイトを含む組織、フェライト中にベイナイトを含む組織)、加工誘起変態型(フェライト中に残留オーステナイトを含む組織)、微細結晶型(フェライト主体組織)等、何れの型の鋼板であっても良い。何れの鋼種からなるスポット溶接用鋼板であっても、本発明を適用することにより、スポット溶接によって溶接部を形成する際に鋼板の特性を損なうことなく、スポット溶接の際に欠陥や割れが発生するのを抑制できる。従って、破断形態が良好で強度のばらつきが少なく、信頼性の高い溶接継手(溶接部)が得られる。
【0035】
また、本発明のスポット溶接用鋼板を用いてスポット溶接を行う場合の適用範囲は、同種同厚の鋼板の組合せに限定されるものではなく、各規定を満たす鋼板同士の溶接であれば、同種異厚、異種同厚、あるいは異種異厚の組合せ等も含まれることは言うまでも無い。
【0036】
(めっき)
本発明では、スポット溶接用鋼板の表層に施されるめっき層の種類については、Zn系のものであれば特に限定されず、例えば、Zn−Fe、Zn−Ni、Zn−Al、Sn−Zn等、何れのめっき層であっても良い。また、めっき層の表層に無機系、有機系の皮膜(例えば、潤滑皮膜等)が施されていても良い。また、これらのめっき層の目付量についても、特に限定されないが、両面の目付け量で100g/100g/m以下とすることが好ましい。めっきの目付け量が片面あたりで100g/mを越えると、めっき層が溶接の際の障害となる場合がある。
【0037】
(板厚)
本発明では、スポット溶接用鋼板1(1A、1B)の板厚については、特に限定されず、自動車車体等の分野で用いられる一般的な板厚、例えば、0.8〜2.6mm程度の板厚の鋼板であれば、本発明を適用することで上記効果が安定して得られる。また、本発明は、特に、1.8mm以上の鋼板に適用することで上記効果がより顕著なものとなる。
【0038】
(平均酸素濃度O:0.5%以下)
本発明では、スポット溶接用鋼板1の表面11から3μmまでの範囲の深さにおいて、GDS分析法によって測定される平均酸素濃度(%)を下記(3)式で表される範囲に規定する。
≦ 0.5 ・・・・・・・・・・(3)
但し、上記(3)式において、Oはスポット溶接用鋼板1の表面11から3μmまでの範囲の深さにおいて、GDS分析法によって測定される平均酸素濃度(%)を示す。
【0039】
本発明では、上述したような母材強度や炭素含有量、炭素当量の規定に加え、スポット溶接用鋼板1の表面11から所定範囲の深さにおける平均酸素濃度Oを上記範囲に規定している。これにより、鋼板強度を確保するために、炭素の含有量や炭素当量Ceqt、Ceqhを一定以上に規定した場合であっても、スポット溶接用鋼板1(1A、1B)を用いてスポット溶接を行った際に、溶接部(図1中の符号3を参照)の内部において酸化物が介在した状態となるのを抑制することが可能となる。従って、溶接部の収縮欠陥や割れの発生を防止することができ、溶接部の破断形態が良好で、強度のばらつきも少なく十分に高い強度を有し、信頼性の高い溶接継手を得ることが可能となる。
【0040】
上述した平均酸素濃度Oが0.5質量%を超えると、フュージョンライン近傍のナゲット(溶接部)内部において、1μm以上の酸化物が生成して介在した状態となり、十字引張強さが低下する。
【0041】
本発明において、スポット溶接用鋼板1の表層(表面11から3μmの範囲)の平均酸素濃度Oを上記規定範囲に制御する方法としては、例えば、鋼板を製造する際の圧延後の冷却条件や焼鈍条件等を適宜調整することで、鋼板表層の酸化物の量を制御する方法を採用できる。また、鋼板製造時の露点管理により、鋼板の表層におけるSi酸化物の量を調整することで、酸素濃度を制御する方法を採用することも可能である。具体的には、例えば、焼鈍時の露点を下げる方法や、焼鈍後の冷却を、一般的な気水冷却からガス冷却に変更した方法等が考えられる。
【0042】
なお、本発明においてスポット溶接用鋼板の平均酸素濃度Oを測定するGDS分析法は、上述したように、グロー放電のメカニズムを用いた分析法である。即ち、被分析物であるスポット溶接用鋼板を陰極として異常グロー放電を発生させ、鋼板表面がスパッタリングされることで鋼板材料のスペクトルが観測される放電光を分光することにより、スポット溶接用鋼板表面からの所定の厚さの範囲における元素組成分析を行うことができる方法である。本発明で用いるGDS分析法は、超高真空レベルの真空度を必要とせず、また、短い測定時間で分析が可能であり、また、定量性に優れたデータが得られ、さらに、深さ方向の分析における分解能数が高いという特徴がある。
【0043】
以上説明したような、本発明に係る溶接後の溶接部強度に優れるスポット溶接用鋼板1によれば、母材の引張強さとC(炭素)の含有量を適正範囲とし、溶接部の靱性に関わる炭素当量Ceqtを0.18質量%以上0.22質量%以下に規定するとともに、溶接部の硬さに関わる炭素当量Ceqhを0.08質量%以上に規定し、さらに、当該鋼板の表面11から3μmまでの範囲の深さにおいて、GDS分析法によって測定される平均酸素濃度O(%)が次式{O≦0.5}で表される範囲とされている。これにより、スポット溶接用鋼板1同士をスポット溶接して溶接部を形成する際、この溶接部内において酸化物が介在するのが抑制される。従って、良好な作業性を確保しつつ、溶接部の収縮欠陥や割れの発生が防止でき、また、破断形態が良好で強度のばらつきも少なく十分に高い強度を有し、信頼性の高い溶接金属部を形成することが可能なスポット溶接用鋼板が実現できる。
【0044】
[スポット溶接継手]
本発明の溶接部の強度に優れたスポット溶接継手について以下に詳述する。
本発明のスポット溶接継手は、上述した本発明の溶接後の溶接部強度に優れるスポット溶接用鋼板をスポット溶接することで得られるものであり、以下の説明においては、上記本発明に係るスポット溶接用鋼板1(1A、1B)の説明と同じ図面を参照して、その構成を説明するとともに、共通する構成については同じ符号を付し、その詳しい説明を省略する。
【0045】
本発明のスポット溶接継手10は、図1に示すように、上述したような本発明に係るスポット溶接用鋼板1(1A、1B)同士をスポット溶接することで得られるものであり、溶接部3におけるナゲット径Dが、下記(4)式で表される範囲とされている。
4t1/2 ≦ D ・・・・・・・・・・(4)
但し、上記(4)式において、D(mm)は溶接部のナゲット径であり、t(mm)は被溶接物であるスポット溶接用鋼板1(1A、1B)の板厚である。
【0046】
本実施形態では、被溶接物であるスポット溶接用鋼板1(1A、1B)について、引張強さ、炭素の含有量、炭素当量、鋼種等の各種鋼板特性を、上記本発明のスポット溶接用鋼板の実施の形態における説明と同様の理由により、同じ特性に規定している。
【0047】
「抵抗スポット溶接方法」
図1は、本発明において、スポット溶接用鋼板1を溶接してスポット溶接継手10を得るために用いられる抵抗スポット溶接方法の一例を説明するための模式図である。
本発明で説明する抵抗スポット溶接方法とは、まず、被溶接材である2枚のスポット溶接用鋼板1A、1B同士を重ね合わせる。そして、スポット溶接用鋼板1A、1Bの重ね合わせ部分に対して両側から、即ち、図1に示す例では上下方向から挟み込むように、銅合金からなる溶接電極2A、2Bを押し付けつつ通電することにより、2枚のスポット溶接用鋼板1A、1Bの間に溶融金属部を形成させる。この溶融金属部は、溶接通電が終了した後、水冷された溶接電極2A、2Bによる抜熱やスポット溶接用鋼板1A、1Bの熱伝導によって急速に冷却されて凝固し、2枚のスポット溶接用鋼板1A、1Bの間に、図示例のような断面楕円形状の溶接部(ナゲット)3が形成される。このような溶接部3が形成されることにより、2枚のスポット溶接用鋼板1A、1Bが溶接され、スポット溶接継手10が得られる。
【0048】
本発明に係るスポット溶接継手10は、上述のような抵抗スポット溶接により、スポット溶接用鋼板1A、1Bがスポット溶接されることで形成される溶接部3のナゲット径D(mm)を、スポット溶接用鋼板1A、1Bの板厚t(mm)に基づき、次式{4t1/2≦D}の範囲に規定するものである。
スポット溶接用鋼板1A、1Bの各鋼板特性を上記範囲に規定したうえで、スポット溶接で形成される溶接部3のナゲット径Dを4t1/2(mm)以上とすることにより、溶接部3の内部において介在物として存在する酸化物の量を、より効果的に抑制することが可能となる。これにより、溶接部3における収縮欠陥や割れの発生が抑制され、破断形態が良好で強度のばらつきも少なく十分に高い強度を有し、信頼性の高いスポット溶接継手10が実現できる。
【0049】
溶接部3のナゲット径Dが4t1/2(mm)未満だと、せん断引張強度、及び、十字引張強度ともに十分な強度が得られないという問題が生じる。
【0050】
なお、溶接部3のナゲット径Dの上限は、特に限定されないが、溶接部3の強度向上効果を確保するためには大きいほど好ましい。しかしながら、ナゲット径Dが大き過ぎると、溶接時にチリが発生し、形成後のナゲット径が不安定になる。また、ナゲット径を大きくするためには溶接電流を大きくすることが必要となるため、電極寿命が短くなるという問題がある。このような、チリ発生の抑制や電極寿命の向上について考慮した場合、ナゲット径Dの上限は、6t1/2(mm)以下とすることが好ましい。
【0051】
なお、本発明に係るスポット溶接継手10を製造する際のスポット溶接装置としては、従来公知のものを採用するこができるとともに、この際の各種溶接条件としても、従来から行われている抵抗スポット溶接方法と同様の条件を何ら制限無く採用することが可能である。
【0052】
以上説明したような、本発明に係る溶接部の強度に優れたスポット溶接継手10によれば、上記本発明に係るスポット溶接用鋼板1A、1B同士が溶接され、ナゲット径Dが所定範囲に規定されたものなので、溶接時の良好な作業性を確保しつつ、溶接部3における収縮欠陥や割れの発生が防止でき、また、破断形態が良好で強度のばらつきも少なく十分に高い強度を有し、信頼性の高いスポット溶接継手10が実現できる。
【0053】
また、本発明の溶接後の溶接部強度に優れるスポット溶接用鋼板、及び、溶接部の強度に優れるスポット溶接継手は、例えば、自動車用部品や車体を製造する場合に適用することにより、車体全体の軽量化による低燃費化や炭酸ガス(CO)の排出量削減等のメリットを十分に享受することが可能となるので、その社会的貢献は計り知れない。
【実施例】
【0054】
以下、本発明に係る溶接後の溶接部強度に優れるスポット溶接用鋼板、及び、溶接部の強度に優れるスポット溶接継手の実施例を挙げ、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、もとより下記実施例に限定されるものではなく、前、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0055】
[実施例1]
下記表1に示すような成分組成を有する、板厚:2.0mm、1.8mm又は1.6mm、引張強さ:440MPaとされた鋼板を用い、抵抗スポット溶接継手の十字引張試験方法(JIS Z3137)に基づいて、十字引張試験片を作製した。
また、上記十字引張試験片と同様に、抵抗スポット溶接継手の引張せん断試験方法(JIS Z 3001)に基づいて、引張せん断試験片を作製した。
【0056】
次に、上記十字引張試験片を用いて、抵抗スポット溶接継手の十字引張試験方法(JIS Z3137)に基づき、図2に示すような十字状に試験片を重ね合せ、表1に示す溶接条件でスポット溶接を行うことで溶接部を形成し、十字引張試験片同士を接合した。
そして、剥離方向、即ち、図2中の符号4で示すように、上側の試験片を上方向に、下側の試験片を下方向に、相互に剥離する方向で荷重を付加することで十字引張試験片を実施した。
【0057】
また、上記同様、引張せん断試験片を用いて、抵抗スポット溶接継手の引張せん断試験方法(JIS Z 3001)に基づき、図1に示すように同鋼種の組合せで重ね合わせ、下記表1に示す溶接条件でスポット溶接を行うことで溶接部を形成し、引張せん断試験片同士を溶接した。
そして、得られた試験片の溶接部(溶接継手)について、光学顕微鏡を用いて断面のマクロ組織観察を行い、収縮欠陥の有無と割れの有無を観察するとともに、溶接金属部の窪みの程度を目視で観察した。
また、上記試験片について、せん断方向、即ち、図1中において、スポット溶接継手1の接合面(表面11)と平行の方向に荷重を付加することで、引張せん断試験を実施した。
【0058】
また、上記各試験片に用いた鋼板について、GDS分析法(測定装置機種:GDA750、製造元:理学社)を用いて、鋼板表面から3μmの範囲の深さにおける、平均酸素濃度O(%)を測定した。
【0059】
下記表1に、上記各試験片の作製条件並びに試験結果の一覧を示す。
【0060】
【表1】

【0061】
表1に示す試験例3、4、6、8、11〜15は、引張強さ、Cの含有量、炭素当量Ceqt、炭素当量Ceqh及び平均酸素濃度Oの各々が、本発明で規定する条件の範囲内とされた鋼板を用いて抵抗スポット溶接を行った本発明例であり、試験例1、2、5、7、9、10、16〜18は、本発明の規定範囲外の母材特性とされた鋼板を用いて抵抗スポット溶接を行った比較例である。
【0062】
表1の結果に示すように、本発明で規定する母材特性を備えるスポット溶接用鋼板を用いて抵抗スポット溶接を行った後、上記各種試験を行った試験例3、4、6、8、11〜15の本発明例においては、何れの鋼種を用いた場合でも収縮欠陥や割れが発生せず、また、溶接部における窪みも小さいことが確認できた。また、これら本発明例では、何れも、破断形態がプラグ破断でプラグ率も大きく、脆性破面も認められなかった。また、本発明例では、引張せん断強さ(TSS)並びに十字引張強さ(CTS)が何れも大きな数値を示し、溶接部の強度に優れていることが確認できた。
【0063】
一方、本発明の規定範囲外の母材特性とされた鋼板を用いて抵抗スポット溶接を行った後、上記各種試験を行った試験例1、2、5、7、9、10、16〜18の比較例においては、何れの鋼種を用いた場合においてもCTSが低く、プラグ率が小さいためにナゲット(溶接部)内で脆性破面が生じていることが確認された。
【0064】
[実施例2]
上記実施例1において、表1に示す試験例15(本発明例)及び試験例16(比較例)の条件で抵抗スポット溶接を行うことで作製した溶接継手を用い、溶接部のフュージョンライン(FL)における介在物の分布状態を、上記実施例1と同様の方法で、EDS分析法によって測定した。
下記表2に、各試験片の溶接部における介在物の分布状況の測定結果一覧を示す。
【0065】
【表2】

【0066】
表2に示すように、本発明で規定する母材特性を備えた試験例15(本発明例)のスポット溶接用鋼板を用い、この鋼板同士を抵抗スポット溶接することで形成された溶接部は、多くの測定場所において、介在物の主成分がMnSからなるものと推定され、フュージョンライン上において、酸化物が整列した場所が少ないものと考えられる。表1に示すように、試験例15の鋼板は、鋼板表面から3μmの範囲の深さにおける平均酸素濃度Oが本発明で規定する範囲内となっているため、溶接部のフュージョンライン上における酸化物(介在物)の析出が少ないことから、優れた十字引張強さが得られるものと考えられる。
【0067】
これに対し、炭素当量Ceqtが本発明で規定する上限を超え、規定範囲外とされた母材特性を有する試験例16(比較例)の鋼板同士を抵抗スポット溶接して形成された溶接部は、特に、フュージョンライン上において、サイズが比較的大きな酸化物が、直線状に並んで分散しているものと推定される。表1に示すように、試験例16の鋼板は、鋼板表面から3μmの範囲の深さにおける平均酸素濃度Oが本発明で規定する上限を超えているため、溶接部のフュージョンライン上に、酸化物からなる介在物が多く析出し、十字引張強さの低下に繋がったものと考えられる。
【0068】
図3に、上記した試験例15(本発明例)及び試験例16(比較例)の、鋼板の表面から3μmまでの範囲の深さにおける、GDS分析法によって測定される平均酸素濃度O(%)のグラフを示す。図3に示すように、本発明例である試験例15の鋼板は、表面から3μmの深さにおける平均酸素濃度O(%)が0.15%と、本発明で規定する範囲となっている。これに対して、比較例である試験例16の鋼板は、表面から3μmの深さにおける平均酸素濃度O(%)が1.30%と、本発明の規定範囲外となっていることがわかる。
【0069】
なお、上記実施例1、2においては、鋼板の板厚を変更して実験を行った場合も、また、めっき種や目付量等を変更して実験を行った場合も、結果は上記同様であり、収縮欠陥や割れの発生を防止し、溶接部の強度を向上させる本発明の効果が得られることが確認できた。
【0070】
以上説明した実施例の結果より、本発明の溶接後の溶接部強度に優れるスポット溶接用鋼板、及び、溶接部の強度に優れるスポット溶接継手を用いることにより、抵抗スポット溶接方法によって溶接部を形成した場合に、破断形態が良好で溶接部に縮小欠陥や割れ等が発生することが無く強度特性に優れ、信頼性の高い溶接部の形成が可能となることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明によれば、自動車用部品の製造や車体の組立等においてスポット溶接用鋼板を溶接して溶接部を形成する際、良好な溶接作業性を確保しつつ、溶接部の収縮欠陥や割れの発生を防止することが可能となる。また、破断形態が良好で、強度のばらつきが小さく十分に高い値が得られるスポット溶接継手を形成することが可能となり、継手の信頼性がより向上する。従って、自動車分野等で本発明のスポット溶接用鋼板及びスポット溶接継手を適用することにより、車体全体の軽量化に伴う低燃費化や炭酸ガス(CO)の排出量削減等のメリット等を十分に享受することができ、その社会的貢献は計り知れない。
【符号の説明】
【0072】
1、1A、1B…スポット溶接用鋼板、11…表面(スポット溶接用鋼板)、3…溶接部(ナゲット)、10…スポット溶接継手、D…ナゲット径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張強さが400〜700MPa、母材の成分組成中におけるC(炭素)の含有量が0.05〜0.12質量%の範囲であり、下記(1)式で表される炭素当量Ceqtが0.18質量%以上0.22質量%以下の範囲であるとともに、下記(2)式で表される炭素当量Ceqhが0.08質量%以上であり、
さらに、当該鋼板の表面から3μmまでの範囲の深さにおいて、GDS(Glow Discharge Spectroscopy:グロー放電発光分光)分析法によって測定される平均酸素濃度Oが、下記(3)式で表される範囲であることを特徴とする、溶接後の溶接部強度に優れるスポット溶接用鋼板。
Ceqt = C+Si/30+Mn/20+2P+4S ・・・・・(1)
Ceqh = C+Si/40+Cr/20 ・・・・・・・・・・(2)
≦ 0.5 ・・・・・・・・・・(3)
{但し、上記(1)〜(3)式において、Ceqt(質量%)はスポット溶接後の溶接部の靱性に関わるスポット溶接用鋼板の炭素当量を表すものであり、Ceqh(質量%)はスポット溶接後の溶接部の硬さに関わるスポット溶接用鋼板の炭素当量を表すものである。また、C、Si、Mn、P及びSは、それぞれスポット溶接用鋼板中の炭素、珪素、マンガン、リン、硫黄の各含有量(質量%)を示し、Oはスポット溶接用鋼板の表面から3μmまでの範囲の深さにおいて、GDS分析法によって測定される平均酸素濃度(%)を示す。}
【請求項2】
請求項1に記載のスポット溶接用鋼板同士をスポット溶接して得られるスポット溶接継手であって、
前記溶接部におけるナゲット径Dが、下記(4)式で表される範囲であることを特徴とする、溶接部の強度に優れるスポット溶接継手。
4t1/2 ≦ D ・・・・・・・・・・(4)
{但し、上記(4)式において、D(mm)は溶接部のナゲット径であり、t(mm)は被溶接物であるスポット溶接用鋼板の平均板厚である。}

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−102370(P2012−102370A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−252003(P2010−252003)
【出願日】平成22年11月10日(2010.11.10)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】