説明

溶接用低温高靱性鋼の製造方法

【目的】 本発明は粒内フェライト粒としてのTi酸化物を均一多量分散することによりHAZ組織を微細化してすぐれたHAZ靱性を有する鋼の製造方法を提供する。
【構成】 適切な成分範囲の鋼において、溶鋼中の酸素量を限定した上で、TiとMgを溶鋼中に複合添加することにより凝固後の鋼材中にTiを含有する微細な酸化物を均一多量に分散させることができる。その結果、溶接熱影響部の組織が微細化し、大入熱溶接条件も含めて鋼材のHAZ靱性が向上する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は溶接入熱が200kJ/cm程度の大入熱溶接に至る広範な入熱の溶接においても良好な溶接熱影響部の低温靱性を有する溶接用低温高靱性鋼の製造方法にかかわるものである。
【0002】
【従来の技術】近年、海洋構造物、船舶等、大型構造物の材質に対する要求は安全性確保の点から厳しさを増している。特に母材に比べて材質が劣化する傾向にある溶接熱影響部の低温靱性の向上が望まれている。一般に鋼材をサブマージアーク溶接やエレクトロスラグ溶接などの溶接入熱の大きい自動溶接を行うと、溶接熱影響部(以下、HAZと称する)のオーステナイト結晶粒の粗大化が行われることによりHAZの組織が粗くなり、HAZ靱性が著しく低下する。HAZ靱性向上のためにはHAZ、特に高温にさらされる融合部(フュージョンライン、以下FLと称する)近傍のHAZ組織を微細化する必要がある。従来、以下に示すような種々のHAZ組織微細化方法が提案さている。例えば、昭和54年6月発行の「鉄と鋼」第65巻第8号1232頁においては、TiNを微細析出させることによりHAZのオーステナイト粒を微細化して、50kgf/mm2級高張力鋼の大入熱溶接時のHAZ靱性を改善する技術が開示されているが、TiNはFL直近では溶接時に大部分が溶解し、オーステナイトの粗粒化と固溶Nの増加とによりHAZ靱性の劣化が避けられないという欠点が存在する。ごく最近では、例えば特開昭61−117213号公報に見られるようにオーステナイトの細粒化によらずに粒内フェライトを生成させることによりHAZ組織の微細化を図る技術が開発されている。特に粒内フェライトの生成核としてTi酸化物が有効であり、Ti酸化物は高温にさらされても溶解することがなく、FL直近でも粒内フェライトの核として働き、組織微細化が可能で、TiN等を利用した鋼に比較してFL近傍のHAZ靱性の著しい改善が可能であることが例えば特開昭61−117245号公報に示されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】Ti酸化物を粒内フェライト変態核とした場合はTiNや他の複合炭窒化物等を核とした場合に比べて高温安定性には優れているが、酸化物であるため、凝固時にその分散状態が決定されるため、炭窒化物に比べて分散状態の制御が困難であり、またTi酸化物の個数自体も現状の製鋼、凝固法においてはTiNなどと比べて少ない。さらに、粗大なTi酸化物ができやすく、その場合には酸化物自身が脆性破壊の起点となってHAZ靱性劣化を招く。従って、酸化物を用いた鋼材で安定したHAZ靱性を確保し、一層のHAZ靱性向上を図るためには粒内フェライトの核となり得る酸化物を微細、多量且つ均一に分布できる手法が必要となる。
【0004】
【課題を解決するための手段】本発明は鋼中に安定して微細分散し、且つ粒内フェライトの生成核となる酸化物の検討を種々行った結果、発明に至ったものであり、その要旨とするところは、重量%で、C:0.02〜0.18%、Si:0.5%以下、Mn:0.4〜2.0%、S:0.001〜0.01%、N:0.006%以下、Al:0.006%以下を基本成分として、必要に応じてさらに、Cr:1.0%以下、Ni:3.0%以下、Mo:0.5%以下、V:0.1%以下、Nb:0.05%以下、Cu:1.5%以下の1種または2種以上を含有し、不純物としてP:0.015%以下、残部はFe及び不可避不純物からなる溶鋼中のO量を0.0020〜0.015%とし、TiとMgをTi:0.005〜0.020%、Mg:0.001〜0.01%の範囲で溶鋼中に添加後、凝固させることを特徴とする溶接用低温高靱性鋼の製造方法にある。
【0005】
【作用】本発明はFL直近の高温にさらされるHAZにおいても安定に存在し得る酸化物の内で、粒内フェライトの生成核として有効に働き、且つ従来のTi酸化物を利用した鋼以上に鋼中に安定して多量に均一微細分散し、HAZ靱性を著しく改善することができる酸化物を含む鋼について種々検討した結果、発明に至ったものである。即ち、Alのような強脱酸元素を実質的に添加せずにTiを溶鋼中に添加し凝固させることによりTiを含有する酸化物が鋼材中に微細に分散し、HAZ靱性が向上するが、さらにMgを溶鋼中に添加することによりTiを単独に添加する場合以上にTiを含有する酸化物が多量かつ微細分散し、これにより粒内フェライトの多量の生成核が確保され、HAZ靱性がいっそう向上する。
【0006】図1、図2はC:約0.06%、Si:約0.05〜0.2%、Mn:約1.4%、Ni:約0.3%、Cu:約0.3%、Nb:約0.015%、P:約0.005%、S:約0.0030%、N:約0.005%程度の化学成分を有する鋼を真空溶解炉で溶製し、Al、Ti、Mgの添加前の溶鋼中酸素量を約0.004%とした上で、溶鋼中にそれぞれ、Al:0.04%及びTi:0.005〜0.015%、Ti:0.005〜0.015%のみ、Ti:0.005〜0.015%及びMg:0.0020〜0.010%を添加して凝固させた鋼の溶接再現熱サイクル靱性とTiを含有する酸化物の個数との関係を調べた結果である。いずれもAl,Ti,Mg等を添加後、鋳型に鋳込み、重量25kgfのインゴットとしたものを、板厚13mmに熱間圧延して素材とした。素材より採取した試験片にFL近傍のHAZの受ける熱履歴をシミュレートした溶接再現熱サイクルを加えた。溶接再現熱サイクル条件は加熱温度1400℃、保持時間1秒で、800〜500℃までの冷却時間(Δ8/5)がサブマージアーク(SAW)溶接の中入熱溶接に相当する40秒と大入熱溶接に相当する161秒の2種類とした。溶接再現熱サイクル靱性(シャルピー試験における50%破面遷移温度:vTrs)はいずれの冷却条件においても抽出レプリカの透過型電子顕微鏡観察により求めた粒子径が0.1μm〜2μmの微細なTiを含有する酸化物個数と良好な相関を示し、TiとMgを複合添加した鋼はTiを含有する微細な酸化物個数がAl添加鋼はもちろん、Tiを単独添加した鋼より多く、その分靱性が向上する。
【0007】以上の実験結果から酸化物を用いた鋼材で安定したHAZ靱性を確保し、Ti酸化物を利用した鋼以上の一層のHAZ靱性向上を図るための方法として、TiとMgを溶鋼中に適切量添加することにより、粒内フェライトの核となるTiを含有する酸化物を微細、多量且つ均一に分布できることが明白となった。なお、本発明における粒内フェライト核となりえるTiを含有する酸化物中にはTiとO以外に若干のMgが存在する。また、鋼中や原料の不純物から微量に他の元素が酸化物中に含まれることもあるが、本発明法により製造した場合には粒内フェライト生成能は変化しない。TiとMgの添加量は以下に述べる理由から溶鋼重量に対し、Ti:0.005〜0.020%、Mg:0.0010〜0.010%の範囲が好ましい。先ず、Tiは0.005%未満では必要な酸化物量を確保できないので、0.005%以上は必要である。また、Tiは酸化物を形成する以外に、TiNを形成することによって母材の加熱オーステナイトの細粒化やHAZのFLから遠い領域でのオーステナイト細粒化を生じさせ、母材、HAZの靱性向上に有効であるので、酸化物を形成する量以上に含有させることが可能であるが、0.020%を超えると粗大なTiNが形成されたり、析出脆化を生じる恐れがあるため、0.005〜0.020%の範囲での添加が好ましい。
【0008】次に、MgはTiと溶鋼中に複合添加することにより、凝固後の鋼材中にTiを含有する酸化物を多量、均一かつ微細に分散させる上で非常に効果のある元素であるが、0.0010%以上添加しないと明確にその効果が現れない。一方、0.010%を超える添加では粗大な酸化物を生じる恐れがあるため、0.001〜0.010%の範囲での添加が有効である。溶鋼に添加するTiとMgは純金属である必要はなく、他の元素との合金等、一般的に使用される溶解用原料でも問題はない。また、TiとMgの添加順序についても極端に添加の間隔が長くなければどちらが先でも、あるいは同時に添加しても本発明の効果を損なうものではない。
【0009】さらに本発明の要件は酸化物を形成することにあるので、TiとMgの添加量に加えて、添加前の溶鋼中のO濃度が重要である。本発明者らの検討結果よれば、Oが0.0020%未満では粒内フェライト生成に必要なTiを含有する酸化物量が十分に確保できない。一方、0.015%を超えるO濃度の溶鋼中にTi,Mgを添加すると、粗大な酸化物の形成が促進されて酸化物の個数としては減少する上に、粗大な酸化物はそれ自身が破壊の起点となって靱性に悪影響を及ぼすようになる。従って、TiとMgを添加するときの溶鋼中のO濃度は、0.0020〜0.015%とする必要がある。凝固後の鋼材は何らかの手段により所望の形状、とするが、鋼材は通常の熱間圧延ままのもの、制御圧延をしたもの、さらにこれに制御冷却や、制御冷却後焼戻しを加えたもの、あるいは、焼入れ・焼戻しや焼きならし等、いずれの方法によって所望の形状としても該酸化物のHAZ靱性に対する効果は何ら影響を受けることはない。
【0010】次に、本発明鋼の基本成分範囲の限定理由について述べる。先ず、Cは鋼の強度を向上させる有効な成分として添加するもので、0.02%未満では構造溶鋼に必要な強度の確保が困難であり、また、0.18%を超える過剰の添加は耐溶接割れ性などを著しく低下させるので、0.02〜0.18%の範囲とした。次に、Siは母材の強度確保に有効な元素であるが、0.5%を超える過剰の添加はHAZに高炭素島状マルテンサイトを生成して靱性を低下させるため、上限を0.5%とした。また、Mnは母材の強度靱性の確保に必要な元素であり、最低限0.4%以上添加する必要があるが、溶接部の靱性、割れ性など許容できる範囲で上限を2.0%とした。SについてはMnSを形成してフェライト形成を助長する元素であるので、0.001%以上必要であるが、0.01%を超える過剰の添加は粗大なA系介在物を形成して母材の延性、靱性の低下と機械的性質の異方性の増加を招く上から避けるべきであり、従って、Sは0.01〜0.01%の範囲とした。Nは特に大入熱溶接時に高炭素島状マルテンサイトを生成して靱性を低下させるため、上限を0.006%とした。Alは通常の鋼では脱酸、母材の細粒化、等に必要な元素であるが、通常アルミキルド程度の添加でも溶鋼酸素量を著しく低下させ、フェライト生成核となるTiを含有する酸化物の形成が難しくなるため、上限を0.006%とした。一方、Pは母材、溶接部とも靱性に悪影響を及ぼすので、極力低減するべきであり、上限を0.015%とした。
【0011】以上が本発明鋼の基本成分であるが、母材強度の上昇、母材及びHAZ靱性向上の目的で、必要に応じてCr,Ni,Mo,V,Nb,Cuの1種または2種以上を含有することができる。先ず、Niは母材の強度、靱性とHAZの靱性を同時に向上できる極めて有効な元素であるが、3.0%を超す過剰の添加をすると焼入性の増加により本発明鋼に必要な粒内フェライトの形成が抑制され、HAZ靱性が劣化するため、上限を3.0%とした。次に、Cuは母材強度を高める割にはHAZの硬さ上昇が少ないという点で有効な元素であるが、応力除去焼鈍によるHAZの硬化、靱性劣化の恐れがあることから、上限を1.5%とした。さらにNb,V,Cr,Moは焼入性の向上と析出硬化により母材の強度上昇に有効な元素であるが、上限値を超える添加はHAZ靱性の劣化を招くので、Nb,V,Cr,Moのそれぞれについて上限を0.05%、0.1%、1.0%、0.5%とした。次に、本発明の効果を実施例によってさらに具体的に述べる。
【0012】
【実施例】表1に本発明に従って試作した鋼板及び比較鋼板の化学成分、Tiを含有し、粒子径が0.1〜2.0μmの酸化物の個数、溶接部の靱性等を示す。ここで、No.1〜No.12が本発明鋼であり、No.13〜No.18が比較鋼である。本発明鋼、比較鋼とも圧延により20mm及び30mmの鋼板とした。20mm材についてはX開先で、電流700A、電圧32V、溶接速度30cm/min、入熱45kJ/cmの両面1層1電極潜孤溶接(サブマージアーク溶接)を行った。30mm材についてはY開先で、電流1380A(L極)、1150A(Ti極)、1040A(T2極)、電圧36V(L極)、42V(Ti極)、46V(T2極)、溶接速度45cm/min、入熱194kJ/cmの片面1層3電極サブマージアーク溶接を行い、いずれも2mmVノッチシャルピー衝撃試験片を、試験片長手方向が溶接方向に直角で、板表面から7mmの位置が試験片の中心部となり、溶接金属とHAZの境界(融合部:FL)からHAZ側に1mm入った位置がノッチ位置となり、ノツチが板表面に垂直な面に入るよう採取し、−60℃で試験を実施した。表1から明らかなように、本発明鋼は比較鋼に比べて優れたHAZ靱性を有し、−60℃の低温でも構造物の安全性確保に十分なシャルピー試験の吸収エネルギーを示すことが分かる。即ち、本発明鋼はいずれも粒子径0.1〜2.0μmの微細な複合酸化物が多量に鋼中に分散しており、その結果として、入熱40kJ/cmの両面1層溶接だけでなく、入熱194kJ/cmの片面1層の大入熱溶接においてもきわめて優れたシャルピー特性を示している。
【0013】一方、比較鋼のNo.13はAlを実質的に含有し、且つMgを溶鋼中に添加していないため、酸化物の個数が少なく、従って、HAZ靱性が劣る。No.14,15はAlは含有しておらず、No.13に比べてHAZ靱性は優れているが、Mgを添加していないため、TiとMgの両方を溶鋼中に添加した本発明鋼に比べてHAZ靱性は劣る。No.16は溶鋼中のO濃度が本発明の範囲より低いため、TiとMgの両方を添加しているにもかかわらず酸化物の個数が不十分で、HAZ靱性のばらつきが大きく、最低値が低い。比較鋼No.17はMgの添加量が過剰なため、酸化物の個数も少なく、粗大な酸化物が存在するため、HAZ靱性は劣る。No.18は逆にTi添加量が過剰なため、同様に酸化物個数も少なく、粗大酸化物も多くなるためHAZ靱性は劣化する。以上の実施例から本発明によれば、200kJ/cm程度の大入熱溶接に至るまで極めて優れたHAZ靱性が得られることが明白である。
【0014】
【表1A】


【0015】
【表1B】


【0016】1)抽出レプリカを作製し、電子顕微鏡で20視野撮影し、5000倍の写真から粒子径、個数を測定。Ti含有の有無はEDX分析により確認2)N:焼きならし QT:焼入れ−焼戻し TMCP:制御圧延−制御冷却−焼戻し3)試験片は溶接線に直角な方向で、試験片の中心部が鋼板表面から7mmとなる位置より採取。ノッチはFLからHAZ側に1mmずれた位置に鋼板表面に垂直に導入。
4)吸収エネルギーの表示は3本の測定値の最小値/平均値
【0017】
【発明の効果】Ti酸化物を利用してHAZ組織に粒内フェライトを生成させて組織の微細化を図る技術はHAZ靱性向上のための優れた技術である。さらに本発明は溶鋼中にTiとMgを添加することによりTiを含有する酸化物の多量且つ均一微細分散を達成できる技術であり、その結果として一層のHAZ靱性向上が図れる。従って、より過酷な使用条件に対しても安全性の高い溶接構造用鋼を提供することが可能となるものであり、その効果は極めて顕著である。
【図面の簡単な説明】
【図1】Tiを含有し、粒子径が0.1〜2.0μmの酸化物の個数とΔ8/5=40秒の溶接再現熱サイクルを加えたときのシャルピー特性の関係を示す図、
【図2】Tiを含有し、粒子径が0.1〜2.0μmの酸化物の個数とΔ8/5=161秒の溶接再現熱サイクルを加えたときのシャルピー特性の関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 重量%でC :0.02〜0.18%Si:0.5%以下Mn:0.4〜2.0%S :0.001〜0.010%N :0.006%以下Al:0.006%以下を基本成分とし、不純物としてP:0.015%以下、残部はFe及び不可避不純物からなる溶鋼中のO量を0.0020〜0.015%とし、TiとMgをTi:0.005〜0.020%、Mg:0.001〜0.010%の範囲で溶鋼中に添加後、凝固させることを特徴とする溶接用低温高靱性鋼の製造方法。
【請求項2】 重量%でCr:1.0%以下Ni:3.0%以下Mo:0.5%以下V :0.1%以下Nb:0.05%以下Cu:1.5%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項第1項記載の溶接用低温高靱性鋼の製造方法。

【図1】
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【図2】
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