説明

溶融紡糸口金パックとこれを用いた溶融紡糸方法

【課題】溶融ポリマーが紡糸口金パック内を流れる際に生じる熱履歴差よる溶融粘度斑、重合度斑等が均一化され、紡糸口金の上流におけるポリマーの均一分配性が向上し、紡糸時の単糸切れや糸条切れが発生し難い溶融紡糸口金パックと、これを用いた溶融紡糸方法を提供する。
【解決手段】ポリマーの流入側から吐出側に向かって、ポリマー濾過部と、整流板と、整流板通過後のポリマーが流下する集合孔が穿設された一穴板と、120個以上の吐出孔が穿設された紡糸口金と、が積層された紡糸口金パックであって、前記集合孔に静止系混練素子を設けてなることを特徴とする溶融紡糸口金パック。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル、ポリアミド等の熱可塑性ポリマーを用いて、単糸繊度が1.0dtex以下であり、120フィラメント以上の極細マルチフィラメント糸を溶融紡糸する際に用いるのに好適な溶融紡糸口金パックとこれを用いた溶融紡糸方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
単糸繊度は1.0dtex以下で、フィラメント数が120本以上の極細マルチフィラメント糸は、風合いが優れているなどの特徴を有しているため、高付加価値製品用素材として需要が高まっている。一般に上記のような繊維は、ポリエステル、ポリアミド等の熱可塑性ポリマーを、スピンビーム内に設置され高温で加熱されている溶融紡糸口金パックに導き、紡出された繊維を冷却固化させた後、引取りローラで引き取ることによって製造される。
【0003】
また、合成繊維を溶融紡糸するための溶融紡糸口金パックには、ポリマーの異物を濾過するための濾砂や金属細線の織布等を使用した濾過体、濾過した溶融ポリマーを均一に整流するための整流板を介して糸の形状を形成する紡糸口金が積層されている。
【0004】
このような溶融紡糸口金パックについては、紡糸口金に至るまでのポリマーを均一にするため、整流板と紡糸口金との間にポリマーを中央部に合流させる一穴板を設けた溶融紡糸口金パックとして、特許文献1には、ポリマー流路孔出口側にむかって環状凸部の流路形状を有する溶融紡糸口金パックが開示されている。また、特許文献2には、濾過部を通過したポリマーを中央部に合流させ、ポリマー集合孔の出口から口金上面までの垂直距離と吐出面の直径の比率及び集合孔の直径と集合孔の流路長の比率について規定した溶融紡糸口金パックが開示されている。さらに、特許文献3には、ポリマー流路中心部で紡糸溶液の貫流抵抗が大きく、流路周辺部へ向うに従って貫流抵抗が小さくなるような溶融紡糸口金パックが開示されている。
【0005】
通常、溶融紡糸口金パックは、流入してきた溶融ポリマーが冷却されるのを防ぐため、スピンビーム内に設置され、高温で加熱されている。そのため、スピンビームに接している口金パックにおいては、その外周部に比較して中央部の温度が低くなる傾向にあり、その結果、口金パック内のポリマーに温度差が発生する。この温度差により、溶融紡糸口金パックの外周部を流れるポリマーと中央部を流れるポリマーとの間には、熱履歴差が生じ、溶融紡糸口金パックの軸方向と垂直な断面において溶融粘度や重合度等の物性の異なる溶融ポリマーが不均一に分布した状態となる。このような溶融粘度や重合度等の物性の異なる不均一な溶融ポリマーを紡糸した場合、その物性差によって単糸間、あるいは口金パック間で繊度差が発生したり、糸切れが発生したりする原因となる。
【0006】
前記した一穴板を設けた溶融紡糸口金パックは、濾過部や整流板における外周部を流れてきた溶融ポリマーと中央部を流れてきた溶融ポリマーとを一穴板の集合孔に集め、口金上で再度拡散させることによりポリマー温度は均一化されるため、単糸間あるいは口金パック間での繊度のバラツキは軽減され、糸切れの発生頻度の軽減にある程度の効果がある。特に、吐出孔一孔当りに供給されるポリマー量が相対して多くなる、単糸繊度が1dtexを超える紡糸には有効である。
【0007】
しかしながら、前記した従来の一穴板を設けた紡糸口金パックでは、集合したポリマーを積極的に混合していないため、一般に、運転時間が経つのに伴い、濾砂や金属細線の織布などからなる濾過体内において溶融ポリマーが異常滞留をおこすため、劣化した溶融ポリマー(以下、異常滞留ポリマーと略記する。)が発生する。 したがって、従来の紡糸口金パックでは、この異常滞留ポリマーが集合孔で積極的に混合分散されることなく吐出孔に到達することにより発生する紡糸糸条の単糸切れや糸条切れを十分に解消することはできなかった。
【0008】
すなわち、比較的単糸繊度が太い場合には、吐出孔一孔当りに供給されるポリマー量が多くて異常滞留ポリマーの流出による影響は少ないのに対し、単糸繊度が1dtex以下の極細糸条を得ようとすると、必然的に吐出孔一孔当りに供給されるポリマー量が少なくなり、異常滞留ポリマーの流出によって糸切れは増加する。さらには、フィラメント数が120本以上の極細マルチフィラメント糸を3000m/分以上の高速で溶融紡糸しようとすると、異常ポリマーの流出による影響(単糸切れ、糸条切れの発生頻度の増加)は顕著であり、溶融紡糸口金パック内での溶融ポリマーの流動にも細心の注意が必要となる。
【特許文献1】特開2001−254219号公報
【特許文献2】特開2005−194673号公報
【特許文献3】特開平8−92811号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、溶融ポリマーが紡糸口金パック内を流れる際に生じる熱履歴差よる溶融粘度斑、重合度斑等が均一化され、かつ経時的に発生する異常滞留による溶融ポリマーの不均一化を抑制することができ、紡糸口金の上流におけるポリマーの均一分配性が向上し、紡糸時の単糸切れや糸条切れが発生し難い溶融紡糸口金パックと、これを用いた溶融紡糸方法を提供することを技術的な課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、単糸繊度が1.0dtex以下、フィラメント数が120本以上の極細マルチフィラメントを3000m/分以上の紡糸速度で引取る溶融紡糸に際しては、 溶融紡糸口金パック内で、溶融ポリマーの紡糸口金の上流における均一分配性の向上が重要であるということを見出して本発明に到達した。
【0011】
すなわち、本発明は、次の構成を要旨とするものである。
(1)ポリマーの流入側から吐出側に向かって、ポリマー濾過部と、整流板と、整流板通過後のポリマーが流下する集合孔が穿設された一穴板と、120個以上の吐出孔が穿設された紡糸口金と、が積層された紡糸口金パックであって、前記集合孔に静止系混練素子を設けてなることを特徴とする溶融紡糸口金パック。
(2)請求項1記載の溶融紡糸口金パックを用いて、単糸繊度が1.0dtex以下、フィラメント数が120本以上であるマルチフィラメント糸を、引取り速度3000m/分以上で紡糸することを特徴とする極細マルチフィラメント糸の溶融紡糸方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の溶融紡糸口金パックは、紡糸口金の上流側に位置する一穴板の集合孔に静止系混練素子を設けているため、濾過体や整流板における外周部を流れてきた溶融ポリマーと、中央部を流れてきた溶融ポリマーとが上記集合孔内で静止系混練素子により効果的に混練される。これにより、紡糸口金上流側において溶融ポリマーの溶融粘度並びに重合度等が均一化し、紡糸口金に穿設された吐出孔間においてポリマーの均一分配性を向上させることができる。さらに、濾砂や金属細線の織布などの濾過体に発生した異常滞留ポリマーは、静止系混練素子によって積極的に混合分散されるので、その結果、紡出糸条の単糸切れや糸条切れを抑制することが可能となる。
本発明の溶融紡糸口金パックを使用して溶融紡糸すれば、特に、単糸繊度が1.0dtex以下、フィラメント数が120本以上のポリエステル極細マルチフィラメント糸を3000m/分以上の紡糸速度で安定して引取ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明について図面を用いて詳細に説明する。
図1は、本発明の溶融紡糸口金パックの一実施態様を示す断面図である。図1において、溶融計量されたポリマーは、パックケース1に穿孔されたポリマー流入孔2より流入し、ポリマー濾過部を構成する金網フィルター3、濾砂4及び金網フィルター5で異物が除去された後、整流板6を経由して一穴板7の中央部に穿孔した集合孔8に流入する。集合孔8に流入したポリマーは、集合孔8内に設置された静止系混練素子9によって混練され、紡糸口金10の吐出孔より吐出され、糸条となる。なお、紡糸口金10は、120個以上の吐出孔を有している。
【0014】
既述のとおり、一般な溶融口金パックを用いた紡糸工程においては、以下のような幾つかの問題点を有している。すなわち、溶融紡糸口金パックは、スピンビーム内に設置され加熱されるという構造上、外周部に比較して中央部の温度が低いという問題、また、口金パック内の濾層の濾砂は、流動抵抗が大きいため、その中を高粘度の溶融ポリマーが通過するのには長時間を要するという問題、さらには紡糸時間の長期化に伴い濾砂、整流板の一部のデッドスペースに滞留ポリマーが発生するという問題である。そのため、一穴板に流入するポリマーについては、中央部を通過したポリマーと外周部を通過したポリマーとで重合度や粘度等の物性が異なり、さらには劣化ポリマーも含まれた状態となっている。
【0015】
したがって、図2で示すような、一穴板7の中央部に集合孔8を設けただけの従来型の溶融紡糸口金パックでは、誘導孔11をとおって溶融ポリマーは集合孔に集約されるが、上記したポリマーの重合度斑や粘度斑等に対して積極的な混練機能がないため、これら斑が解消されず、どうしても吐出孔間で紡出糸条の繊度が変動したり、糸切れが発生したりしやすい。
【0016】
そこで、本発明の溶融紡糸口金パックにおいては、上記の問題を解決するために、一穴板7に穿孔した集合孔8内に静止系混練素子9を設けるものである。すなわち、溶融ポリマーを集合孔8内の静止系混練素子9を通過させることにより、重合度や粘度等の異なった溶融ポリマー並びに劣化ポリマーを含む溶融ポリマーを効果的に混練、分散させることで、ポリマー物性を均一化させることができ、単糸間もしくは口金パック間での繊度バラツキを減少させ、かつ糸切れを低減させることができる。
【0017】
本発明における静止系混練素子としては、溶融ポリマーの層流を全体の流れ方向と垂直な方向に混練させるものであり、必然的に二次元的な微分散が達成され、長さ方向に無限の筋状形態とするものであり、公知の駆動部分が全く不要な静止系混練素子を任意に採用することができる。静止系混練素子の具体例としては、例えばケニックス社の「スタッテイクミキサ」、スルーザー社の「スタティックミキサ」等があるが、これらの中では、コンパクトであり、再生処理も容易なケニックス社の「スタティックミキサ」が好ましい。なお、静止系混練素子のエレメント数としては4エレメント以上が好ましく、特に6〜8エレメントで十分な混練効果を奏することができる。
【0018】
本発明の溶融紡糸口金パックは、単糸繊度が1dtexを超える糸条を溶融紡糸する際にも、繊度バラツキと糸切れの軽減に効果がある。しかし、本発明の溶融紡糸口金パックの大きな特徴としては、特に単糸繊度が1.0dtex以下でフィラメント数が120本以上の極細フィラメント糸を得るに際しても、繊度のバラツキと糸切れの軽減に顕著な効果を奏するという点にある。さらには、紡糸速度が3000m/分以上の高いドラフトであっても、糸切れ軽減に効果を奏するものである。したがって、本発明の溶融紡糸口金パックを用いて、溶融紡糸するにあたっては、単糸繊度としては1dtex以下であり、フィラメント数としては120本以上のマルチフィラメントであることが好ましい。また、紡糸速度としては、3000m/分以上であることが好ましい。
【0019】
一方、安定的な紡糸を達成するためには、単糸繊度としては0.001dtex以上、フィラメント数としては240本以下のマルチフィラメントであることが好ましく、紡糸速度としては7000m/分以下であることが好ましい。
【0020】
本発明の溶融紡糸口金パックを用いて溶融紡糸を行う際に用いる好適な熱可塑性ポリマーとしては、ポリエステル、ポリアミド等が挙げられるが、特にポリエステルが好ましい。また、ポリエステルとしては、繊維形成能を有するものであれば特に限定されるものではないが、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリテトラメチレンテレフタレート等が好ましい。
【0021】
さらに、これらポリエステルは、第3成分としてブタンジオール系のアルコール系成分やイソフタル酸を共重合した共重合体でもよく、必要に応じて艶消し剤、熱安定剤、紫外線吸収剤、蛍光増白剤等の改質剤を含有したものでもよい。
【実施例】
【0022】
次に、本発明を実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、実施例における各評価は、次の方法で行なった。
(1)極限粘度
フェノールと四塩化エタンの等質量混合溶媒を用い、温度20℃下で常法にしたがって測定した。
(2)パッケージの外観検査
12kg捲きの全パッケージの両端面部を目視にて検査し、単糸切れに起因する毛羽の発生個数が5個以上のパッケージを不合格品とし、1日当たりの不合格率が8%を超えた時点で紡糸を中断した。
【0023】
(実施例1)
溶融紡糸口金パックとして、一穴板の集合孔に外径が8mm、エレメント数が6エレメントからなる米国ケニックス社の「スタティックミキサ」(静止系混練素子)を埋設し、直径0.15mmの円形の吐出孔を168個有する紡糸口金を具備する図1に示す本発明の口金パックを装着した16錘の溶融紡糸機を用い、ポリマーとして極限粘度0.68のポリエチレンテレフタレートを用いて溶融紡糸した。
【0024】
すなわち、上記ポリエチレンテレフタレートを298℃で溶融し、24.3g/分の吐出量で紡糸口金から押し出し、冷却装置で冷風を吹付けて冷却し、オイリング装置で油剤を付与した後、3200m/分の第一引取りローラで引取り、引き続き表面速度が異なる第二引取りローラで延伸を行い、糸条繊度が50dtexで、単糸繊度が0.3dtexの糸条を12kg捲きのパッケージに捲き取った。
得られた全パッケージの端面部について目視で毛羽欠点の検査を行い、1日当たりの不合格パッケージの発生頻度が8%を超えた時点で紡糸を中断し、溶融紡糸口金パックを分解して濾砂、金網フィルター等部材における滞留ポリマーの観察を行った。なお、上記の試験は2回繰り返して行なった。
【0025】
(実施例2〜3)
吐出量を変更した以外は実施例1と同様にして実施し、毛羽欠点の検査と滞留ポリマーの観察を行った。
(比較例1〜3)
図2に示すような、一穴板の集合孔に静止系混練素子を埋設しない溶融紡糸口金パックを用いた以外は実施例1〜3と同様にして実施し、毛羽欠点の検査と滞留ポリマーの観察を行った。
【0026】
実施例1〜3と比較例1〜3で得られた結果を併せて表1に示した。
【表1】

【0027】
表1から明らかなように、実施例1〜3では、いずれも溶融紡糸口金パック内の濾砂、金網フィルターに滞留した劣化ポリマーは認められるものの、毛羽発生頻度8%までの平均日数は18〜19日であった。
【0028】
一方、比較例1〜3では、実施例1〜3と同様に溶融紡糸口金パック内に劣化ポリマーが認められ、毛羽発生頻度8%までの平均日数は9〜11日で、実施例と比較して約50%の日数しか連続して紡糸することができなかった。また、紡糸している間でも、溶融紡糸口金パックを取り付けた後の運転時間が長くなるに従い、劣化ポリマーの流出によって吐出糸条に曲がり糸による糸切れが多発する傾向を示した。
パッケージの毛羽検査で採取した毛羽部分を蛍光顕微鏡で観察すると、単糸先端部に蛍光を発する部分が確認された。これは、混練されていない劣化ポリマーが流出し、切断したものと推定される。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の溶融紡糸口金パックの一実施態様を示す縦断面模式図である。
【図2】従来の溶融紡糸口金パックを示す縦断面模式図である。
【符号の説明】
【0030】
1 パックケース
2 ポリマー流入孔
3 金網フィルター
4 濾砂
5 金網フィルター
6 整流板
7 一穴板
8 集合孔
9 静止系混練素子
10 紡糸口金
11 誘導孔


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリマーの流入側から吐出側に向かって、ポリマー濾過部と、整流板と、整流板通過後のポリマーが流下する集合孔が穿設された一穴板と、120個以上の吐出孔が穿設された紡糸口金と、が積層された紡糸口金パックであって、前記集合孔に静止系混練素子を設けてなることを特徴とする溶融紡糸口金パック。
【請求項2】
請求項1記載の溶融紡糸口金パックを用いて、単糸繊度が1.0dtex以下、フィラメント数が120本以上であるマルチフィラメント糸を、引取り速度3000m/分以上で紡糸することを特徴とする極細マルチフィラメント糸の溶融紡糸方法。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−81860(P2008−81860A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−260950(P2006−260950)
【出願日】平成18年9月26日(2006.9.26)
【出願人】(000228073)日本エステル株式会社 (273)
【Fターム(参考)】