説明

潤滑グリース組成物及びそれを封入した転がり軸受

【課題】低トルク性能に優れる潤滑グリース組成物を提供すること、また、低回転トルクの転がり軸受を提供することを課題とする。
【解決手段】基油と増ちょう剤からなる潤滑グリース組成物であって、基油は、飽和脂肪酸とグリセリンとのエステルからなる飽和脂肪酸トリグリセライドであり、増ちょう剤は、脂肪酸とデキストリンからなるデキストリン脂肪酸エステル、もしくは、脂肪酸とイヌリンからなるイヌリン脂肪酸エステルとする。また、これらの潤滑グリース組成物を封入した転がり軸受とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規潤滑グリース組成物に関し、特に、新規な潤滑グリース組成物であって転がり軸受の潤滑に好適に使用できるもの、及び、新規潤滑グリース組成物を封入した転がり軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、各種機械装置の摺動部分・回転もしくは転動部分には、増ちょう剤と基油からなる潤滑グリース組成物が潤滑のために使用されている。摺動・回転もしくは転動部分を有する装置の代表的なものとして、転動装置の一つである転がり軸受が挙げられる。転動装置、特に、転がり軸受については、近年、機械装置の省エネルギーの観点から、起動時・回転時の低トルク化が求められている。一方、潤滑グリース組成物としては、転動装置用に限らず、いわゆる環境への影響の少ないものの使用の要求が高まってきている。究極的には、製造・廃却時にはカーボンニュートラルであり、使用時においてはエネルギーロスを少なく抑えることが可能であり、余計な二酸化炭素を排出しないものが求められている。
【0003】
しかし、機械装置に使用される以上、十分な期間使用できる耐久性を有することをはじめ、各種機械装置の用途における要求仕様に適合する各種性能を有することも求められる。
【0004】
これまで、いわゆる生分解性の潤滑グリース組成物や植物由来原料で製造された潤滑グリース組成物は多数開発され、一部は実用に供されてはいる。本出願人においても、特許文献1に示されるように鋭意開発を行っているが、特に、転動装置に使用された場合のトルク性能の改善の要求は根強いものがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−185243号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この発明は、従来よりも、よりカーボンニュートラルに近づいた組成を有し、かつ、各種機械装置の摺動・転動装置に適用された場合の低トルク性能に優れる潤滑グリース組成物を提供することを目的とする。併せて、低トルク性能に優れ、各種機械装置の摺動・転動装置として適用できる転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するための第一の発明は、少なくとも基油と増ちょう剤からなる潤滑グリース組成物であって、基油は、飽和脂肪酸とグリセリンとのエステルからなる飽和脂肪酸トリグリセライドであり、増ちょう剤は、脂肪酸とデキストリンからなるデキストリン脂肪酸エステル、もしくは、脂肪酸とイヌリンからなるイヌリン脂肪酸エステルであることを特徴とする。基油、増ちょう剤とも天然由来もしくは植物由来の原料から得ることも可能なため、カーボンニュートラルや生分解性の観点においても優れた組成であり、係る基油と増ちょう剤の組合せからなる潤滑グリース組成物は、転がり軸受等の摺動・転動装置に適用した場合の低トルク性能に優れるものである。
【0008】
第二の発明は、前記第一の発明において、潤滑グリース組成物全量に対して、増ちょう剤の比率が12〜35質量%であることを特徴とするものである。増ちょう剤の比率が12〜35質量%であると、転がり軸受等の摺動・転動装置に適用した場合に、摺動・転動部分からの漏洩を抑制することができ、そのためさらに長期に渡っての使用が可能となる。増ちょう剤の比率が12質量%未満では、潤滑グリース組成物としてのせん断安定性が影響を受け、転がり軸受等の摺動・転動装置に適用された場合に、摺動・転動部分におけるせん断作用により軟化し、過度に漏洩してしまい、長期の使用に適さない恐れがある。また、増ちょう剤の比率が35質量%を超えると、潤滑の用に供する基油の割合が少なくなりすぎ、バランスの悪いものとなる恐れがある。好ましくは、増ちょう剤の比率は12〜28質量%とする。より好ましくは12〜25質量%、最も好ましくは15〜25質量%とする。
【0009】
第三の発明は、前記第一もしくは第二の発明において、基油が炭素数6〜12の飽和脂肪酸とグリセリンからなるエステルである飽和脂肪酸トリグリセライドであり、増ちょう剤が炭素数6〜24の飽和脂肪酸とデキストリンからなるデキストリン飽和脂肪酸エステル、もしくは、炭素数6〜24の飽和脂肪酸とイヌリンからなるイヌリン飽和脂肪酸エステルであることを特徴とするものである。基油を構成する飽和脂肪酸の炭素数が5以下では、基油としての耐熱性等が弱くなる恐れがあり、炭素数12を超えると基油の粘度が高くなりすぎる恐れがある。ただし、飽和脂肪酸は、炭素数が6〜12の範囲であれば、異なる炭素数のものを混合して使用することも可能である。
【0010】
増ちょう剤を構成する飽和脂肪酸の炭素数が6以下であると、増ちょう剤としての増ちょう性能が低下する恐れがあり、炭素数が24を超えても同様である。ここで、飽和脂肪酸は、炭素数が6〜22の範囲であれば、異なる炭素数のものを混合して適用することも可能である。
【0011】
さらに、第三の発明に示すとおり、基油を構成する脂肪酸の炭素数を6〜12、増ちょう剤を構成する脂肪酸の炭素数を6〜24とする事で、基油と増ちょう剤との間の相互作用が好適になり、潤滑用のグリース組成物として優れた性能を発揮する組成物とすることができる。相互作用については、原理的に不明の部分もあるが、いわゆるチェーンマッチング効果等が考えられる。
【0012】
また、第三の発明において、好ましくは、基油を構成する脂肪酸の炭素数を8〜12とし、増ちょう剤を構成する脂肪酸の炭素数を8〜22とすることが好ましい。より好ましくは、基油を構成する脂肪酸の炭素数を8〜10とし、増ちょう剤を構成する脂肪酸の炭素数を12〜18とする。この範囲であれば、潤滑グリース組成物としての性能により優れ、かつ、比較的安価な原材料を使用でき、コストダウンにもつながるものとすることができる。
【0013】
第四の発明は、リニアガイド、ボールねじ、すべり軸受等の摺動装置・転動装置の一つである転がり軸受において、前記第一から第三の発明の潤滑グリース組成物を封入したことを特徴とするものである。この転がり軸受は、優れた低トルク性を示す。また、封入されているグリースは、第一から第三の発明の潤滑グリース組成物であり、基本的に人畜に有害なものは含まれていない。そのため、食品製造機械や農業機械等に特に好適に使用することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の潤滑グリース組成物は、各種の機械装置における摺動装置・転動装置に適用することで摺動部分・転動部分におけるエネルギーロスの低減が可能であり、本発明の転がり軸受は優れた低トルク性能を示す。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係る転がり軸受の一例を示す断面図である。
【図2】本発明の実施例と比較例における転がり軸受回転速度と回転トルクの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0017】
(基油)
基油として使用する飽和脂肪酸トリグリセライドの粘度は、40℃において8〜120mm/sであることが好ましい。基油の粘度が40℃において8mm/s以下であると、耐熱性が劣ることになり、120mm/sを超えると、基油自体のせん断抵抗が増加し、転がり軸受であれば起動トルク、回転トルクを増加させることになってしまう恐れがある。飽和脂肪酸トリグリセライドの好ましい粘度は、40℃において8〜50mm/s、より好ましくは10〜35mm/s、最も好ましくは10〜20mm/sである。
【0018】
さらに、飽和脂肪酸トリグリセライドは、炭素数8の飽和脂肪酸とグリセリンからなる飽和脂肪酸トリグリセライドと、炭素数10の飽和脂肪酸とグリセリンからなる飽和脂肪酸トリグリセライドの混合物、もしくは、一分子の飽和脂肪酸トリグリセライドのなかに炭素数8の飽和脂肪酸エステル部分と炭素数10の飽和脂肪酸エステル部分が混在するものであることが好ましい。また、飽和脂肪酸は、直鎖構造であることが好ましい。
【0019】
さらに好ましくは、基油である飽和脂肪酸トリグリセライドの飽和脂肪酸部分において、炭素数8のものが占める割合と、炭素数10のものが占める割合が、モル比で、60(C8):40(C10)〜90:10とする。特に好ましくは、70:30〜80:20とする。かかる範囲であれば、低トルク性能はもちろんのこと、耐熱性、耐久性等の化学的、機械的性能もより優れた潤滑グリース組成物とすることができる。
【0020】
なお、基油においては、本発明の効果を阻害しない範囲で、他の動植物油、鉱油、合成油を混合して使用することも可能である。
【0021】
(増ちょう剤)
デキストリン脂肪酸エステル、もしくは、イヌリン脂肪酸エステルを構成する脂肪酸は飽和脂肪酸であることが好ましく、この飽和脂肪酸部分は、具体的には、ヘキサン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、ノナン酸、デカン酸、ドデカン酸、テトラデカン酸、ペンタデカン酸、ヘキサデカン酸、ヘプタデカン酸、オクタデカン酸、ノナデカン酸、イコサン酸、ドコサン酸、テトラドコサン酸等が使用できる。特に好ましくは、ペンタデカン酸(炭素数15)、ヘキサデカン酸(炭素数16)、ヘプタデカン酸(炭素数17)を使用する。また、これら脂肪酸は直鎖構造であることが好ましい。
【0022】
なお、増ちょう剤についても、本発明の効果を阻害しない範囲で、他の増ちょう剤と混合して用いることもできる。ただし、カーボンニュートラル等の観点からは、カーボンブラック、シリカ粉末、ベントナイト等の鉱物系もしくは無機系の増ちょう剤の併用が好ましい。
【0023】
ここで、デキストリンは、数個のα-グルコースがグリコシド結合によって重合した糖類で、一般的にはデンプンの加水分解により得られるものである。イヌリンも多糖類の一種であり、具体的には、CASの番号9005−8−5で示されるものである。
【0024】
(その他添加剤等)
本発明の潤滑グリース組成物には、本発明の効果を阻害しない範囲で、通常の潤滑グリースに用いられる添加剤を配合することもできる。具体的には、酸化防止剤、錆止め剤、極圧剤、摩擦調整剤、pH調整剤等を使用することができる。
【0025】
(実施例)
以下、実施例について説明する。
【0026】
表1に示す実施例1、比較例1の組成の潤滑グリース組成物を、以下手順により作成し、以下手順により軸受回転トルクを測定した。測定結果を表1及び図1に示す。本発明の潤滑グリース組成物は、優れた低トルク性能を示した。
【0027】
【表1】

【0028】
飽和中鎖脂肪酸トリグリセライド85gにヘキサデカン酸デキストリンを15g配合し、ヘキサデカン酸デキストリンが溶解する温度まで加熱攪拌した。ヘキサデカン酸デキストリンが完全溶解後、予め水冷したアルミ製バットに流し込み、流水で冷却した。ゲル状に固まった潤滑グリース組成物を3本ロールミルにかけ、実施例1となる潤滑グリース組成物を得た。
【0029】
次に、飽和中鎖脂肪酸トリグリセライド88gに12−ヒドロキシステアリン酸リチウムを12g配合し、12−ヒドロキシステアリン酸リチウムが溶解する温度まで加熱攪拌した。12−ヒドロキシステアリン酸リチウムが完全溶解後、予め水冷したアルミ製バットに流し込み、流水で冷却した。ゲル状に固まった潤滑グリース組成物を3本ロールミルにかけ、比較例1となる潤滑グリース組成物を得た。
【0030】
これら、実施例1、比較例1の潤滑グリース組成物を、それぞれ外径62mm、内径17mmのシール付深溝玉軸受(日本精工製:6305VV)に、軸受内部空間容積の25%となるように封入し、軸受回転トルクを測定した。
【0031】
軸受トルク試験は、ラジアル荷重98N、アキシアル荷重196Nの荷重条件下、回転開始から順次回転速度を上昇させ、所定の回転速度での軸受回転トルクを測定した。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、潤滑グリース組成物、転動装置として好適に使用可能である。
【符号の説明】
【0033】
1 転がり軸受
2 潤滑グリース組成物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油と増ちょう剤からなる潤滑グリース組成物であって、基油は、飽和脂肪酸とグリセリンとのエステルからなる飽和脂肪酸トリグリセライドであり、増ちょう剤は、脂肪酸とデキストリンからなるデキストリン脂肪酸エステル、もしくは、脂肪酸とイヌリンからなるイヌリン脂肪酸エステルであることを特徴とする。
【請求項2】
潤滑グリース組成物全量に対して、増ちょう剤の比率が12〜35質量%であることを特徴とする請求項1に記載の潤滑グリース組成物。
【請求項3】
基油が炭素数6〜12の飽和脂肪酸とグリセリンからなるエステルである飽和脂肪酸トリグリセライドであり、増ちょう剤が炭素数6〜24の飽和脂肪酸とデキストリンからなるデキストリン飽和脂肪酸エステル、もしくは、炭素数6〜24の飽和脂肪酸とイヌリンからなるイヌリン飽和脂肪酸エステルであることを特徴とする請求項1または2に記載の潤滑グリース組成物。
【請求項4】
請求項1乃至3に記載の潤滑グリース組成物を封入したことを特徴とする転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−57914(P2011−57914A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−211327(P2009−211327)
【出願日】平成21年9月14日(2009.9.14)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】