説明

潤滑剤の劣化判断方法

【課題】潤滑剤を用いた機械装置のメンテナンス等のタイミングが把握し易い潤滑剤及び潤滑剤の劣化判断方法を提供すること。
【解決手段】
潤滑剤は、香料が内包された無機膜マイクロカプセルを含有し、前記無機膜マイクロカプセルの膜材が前記潤滑剤の劣化生成物と反応して溶出することにより前記無機膜マイクロカプセルに内包された前記香料が前記無機膜カプセル外に放出され、放出された前記香料の臭いの強度を測定手段で測定し、臭いの強度に基づいて潤滑剤の劣化を判断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受等機械装置の摺動部分や、油圧式装置等の油を巡回させるような部分に用いられる潤滑剤及び潤滑剤の劣化を判断する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の機械技術の進歩に伴い、機械装置は小型軽量化、高速回転化が進んでいる。例えば自動車のエンジン周辺の電装機械に使用される摺動部材でもより高速化、高温化の傾向が見られる。このような機械装置の摺動部にはグリースや潤滑油といった潤滑剤が使用されており、潤滑剤の負担も大きくなっている。
【0003】
潤滑剤にも寿命があり、定期的に補充等のメンテナンスをしなければならない。また、例えばグリースを封入した転がり軸受の場合には、グリースが劣化するとユニットとしての転がり軸受の交換が必要である。もし点検、部品交換等のタイミングが遅れてしまうと機械装置自体にも大きな影響を与えてしまう可能性もある。近年では、上記したように摺動部材の高温、高速化に伴い、潤滑剤の寿命のばらつきがますます大きくなることも考えられ、更に点検、部品交換のタイミングが重要になってきている。そのため、潤滑剤が劣化し、摺動部が焼付き等を起こす前に潤滑剤の状態を把握することが要求されつつある。
【0004】
従来からある潤滑剤の劣化状態を把握する方法としては、使用後の潤滑剤の減少量を測定したり、潤滑剤の酸価や添加剤残存量を測定したり、また、グリースならば油分離率を測定する等が挙げられる。これらの方法はJIS等でも規定されており、これらの方法によれば潤滑剤の劣化状態を把握することが可能である。
【0005】
一方、特許文献1には、マクロ生体材料を無機マイクロカプセルに内包してなるマクロ生体材料内包型無機マイクロカプセルの製造方法が開示されている。特許文献1においては、マイクロカプセルのカプセル固体の原料として、シリカ、ケイ酸カルシウム及び炭酸カルシウムを用いている。
【特許文献1】特開2007−15990号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したような従来からある潤滑剤の劣化状態を把握する方法を用いた場合、必ず装置、または例えば転がり軸受のような一つのユニットから潤滑剤を採取する必要があり、また、分析にも時間を要するため実際の現場においては効率の悪い作業となってしまう。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、潤滑剤を用いた装置のメンテナンス等のタイミングが把握し易い潤滑剤及び潤滑剤の劣化を判断する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を達成するために、本発明に係る潤滑剤は、機械装置の摺動部に介在して該摺動部位の潤滑に用いられる潤滑剤であって、前記潤滑剤は、香料が内包された無機膜マイクロカプセルを含んでおり、前記無機膜マイクロカプセルの膜材が前記潤滑剤の劣化生成物と反応することで徐々に溶出し、前記無機膜マイクロカプセルに内包された前記香料が前記無機膜マイクロカプセル外に放出されることで前記香料から臭いを発生させることを特徴とする。
【0009】
好適には、前記潤滑剤は、前記香料が前記無機膜マイクロカプセルの全重量の1質量%以上70質量%以下内包された前記無機膜マイクロカプセルを、前記潤滑剤の全重量の1質量%以上50質量%以下含んでいることを特徴とする。
【0010】
更に好適には、前記無機膜マイクロカプセルの膜材は炭酸カルシウムであることを特徴とする。
【0011】
また、本発明に係る潤滑剤の劣化判断方法は、機械装置の摺動部に介在して該摺動部位の潤滑に用いられる潤滑剤の劣化判断方法であって、前記潤滑剤は、香料が内包された無機膜マイクロカプセルを含んでおり、前記無機膜マイクロカプセルの膜材が前記潤滑剤の劣化生成物と反応することで徐々に溶出し、前記無機膜マイクロカプセルに内包された前記香料が前記無機膜マイクロカプセル外に放出されることで前記香料から臭いを発生させ、該臭いの強度を測定手段によって連続的に測定し、前記臭いの強度に基づいて前記潤滑剤の劣化を判断することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、潤滑剤を用いた機械装置のメンテナンス等のタイミングが把握し易い潤滑剤及び潤滑剤の劣化を判断する方法を提供することができ、潤滑剤の劣化の判断が容易となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について、本発明に係る潤滑剤及び潤滑剤の劣化の判断方法をグリース潤滑される円すいころ軸受に用いた形態を例として説明する。
【0014】
本実施形態で用いたベースグリースは、基油がエーテル油(40℃における基油動粘度100mm2/s)、増ちょう剤がジウレア化合物であるものを用いた(混和ちょう度260)。このベースグリースに、以下に詳述する、香料を内包した無機膜のマイクロカプセルを含有させて本実施形態に係るグリースを作成した。
【0015】
本実施形態で使用する無機膜のマイクロカプセルは、図1(b)に示すスフィア型と呼ばれるカプセルを使用した。
【0016】
スフィア型のマイクロカプセル2を形成する膜材5は、有機ポリマー系又は無機系の素材であり、カプセル全体の形状は球状をなしている。カプセル2の内部には、内包物が充填される中空部分3b、3bが複数形成され、これら中空部分3b、3bはカプセルの内部に分散して存在している。比較として図1(a)に示す中核型と呼ばれるマイクロカプセル1では、内包物が充填される中空部分3aは、比較的大きな範囲を占めてカプセル1の中心部に1つ形成されている。スフィア型マイクロカプセルの上記形状は、中核型マイクロカプセルの形状と比べて外力による破壊が生じにくいという性質を持つ。
【0017】
本実施形態においては、膜材として無機系素材である炭酸カルシウム、内包物として香料を選択してスフィア型炭酸カルシウム膜マイクロカプセルを合成した。香料は市販のお香(乳香)を乳鉢で入念にすり潰して使用した。スフィア型炭酸カルシウム膜マイクロカプセルは、界面重合法により合成した。なお、炭酸カルシウムのカプセルは、低pH条件とすることでカプセルが壊れ、内包物が放出されるという性質を持つ。
【0018】
一方、機械装置の潤滑に用いられるグリースは、外部の空気に触れることにより、更には熱により含有している酸化防止剤が消耗し、有機酸からなる酸化生成物が生成される。この酸化生成物は基油及び増ちょう剤を酸化させ、グリースの劣化が進行する。また、潤滑によって生じた摩耗粉によってもグリースの酸化が促進され、グリースの劣化が進行する。
【0019】
本実施形態におけるスフィア型マイクロカプセルは、上述したように膜材の素材に炭酸カルシウムを用いているため、膜材は外力によって破壊されることはなく、潤滑剤の劣化に伴い生成される酸化生成物と反応することで周りから少しずつ溶出する。このため、内包物の香料は、潤滑剤の劣化と共にカプセルの外に放出されることとなる。
【0020】
本実施形態では、上述したスフィア型の炭酸カルシウム膜マイクロカプセルをグリース全重量の5質量%添加したグリースを作成した。比較例として、同様の香料を内包させた中核型のメラミン樹脂膜カプセルをin situ法により合成し、このメラミン樹脂膜カプセルを5質量%添加したグリースを作成した。そしてそれぞれのグリースを日本精工株式会社製の円すいころ軸受(呼び番号30205)に封入し、下記の条件で円すいころ軸受の内輪を回転させ、回転時間に対する臭いの強度を測定した。測定結果を図2に示した。
・ 雰囲気温度:150℃
・ 回転速度:8000min−1
・ ラジアル荷重:980N
・ アキシアル荷重:980N
【0021】
なお、臭いの強度の測定は臭いセンサを用い、試験室の所定箇所に固定して使用した。臭いの強度値は、比較例における最大値を1として相対的に示している。また、試験前と試験後に、実施形態に係るグリースと比較例に係るグリースからそれぞれ単離したカプセルの形状と一次平均粒径を測定し、表1にまとめた。
【0022】
【表1】

【0023】
図2において、◆は本実施形態に係るスフィア型炭酸カルシウム膜カプセルの臭い強度の推移を、■は比較例に係る中核型メラミン樹脂膜カプセルの臭い強度の推移をそれぞれ示している。中核型であるメラミン樹脂膜カプセルにおいては、試験開始直後から臭い強度の急激な上昇が始まり、比較的初期の段階で最大値となり、その後極端に小さくなることが分かる。これは初期のうちにメラミン樹脂膜カプセルの多くが円すいころ軸受のころの転走面で破壊されるためだと考えられる。
【0024】
一方、本発明の実施形態であるスフィア型の炭酸カルシウム膜カプセルは、最初はほとんど臭い強度が上昇しないが、試験開始後500時間経過付近から上昇し、試験開始後700〜1000時間の範囲で最大値となり、やがて緩やかに減少していくことが読み取れる。これはスフィア型の炭酸カルシウム膜カプセルが外部からの力による破壊に対して非常に強いため、ころの転走面で破壊されることはなく、グリースの劣化が進行するのに伴い少しずつ内包物の香料を放出し、グリースの劣化が更に進行すると香料の放出量が多くなっていくためだと考えられる。このことは、表1に示すように、試験前と試験後に単離したスフィア型カプセルの平均一次粒径の観察結果からもわかる。つまり、スフィア型炭酸カルシウム膜カプセルは、試験開始前と試験開始1000時間後とでは、粒径は小さくなるものの形状は依然球状を保っている。したがって、炭酸カルシウムの膜材は、グリースの劣化の進行と共にグリースの劣化生成物である酸化生成物と反応することにより、外側から少しずつ溶出していくことが分かる。
【0025】
本実施形態においては、臭い強度が大きい範囲は、図2に示すように、軸受回転時間が700〜1000時間経過時の範囲である。即ち、軸受回転時間がこの範囲に達すると、炭酸カルシウム膜マイクロカプセルから放出された香料の臭い強度が最も大きい範囲となり、円すいころ軸受に封入したグリースが劣化したことがわかる。つまり、軸受の交換に最も適したタイミングであることが予測できる。
【0026】
このように、本発明に係る潤滑剤及び該潤滑剤を用いた劣化判断方法によれば、機械装置の焼付き等が発生する前に潤滑剤の劣化を容易に把握することができ、グリースの補充、交換或いはユニットの交換等機械装置のメンテナンスを適切な時期に実施することが可能となる。
【0027】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、種々変形が可能である。例えば、油圧式装置等の油を巡回させるような部分に用いられる潤滑剤の劣化を判断する場合にも適用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】(a)は、中核型と呼ばれるマイクロカプセルの断面構造を示す模式図であり、(b)は、スフィア型と呼ばれるマイクロカプセルの断面構造を示す模式図である。
【図2】本実施形態と比較例に係るグリースについて、軸受回転時間と臭い強度の関係を示す図である。
【符号の説明】
【0029】
1 中核型マイクロカプセル
2 スフィア型マイクロカプセル
3a、3b 中空部分
5 膜材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械装置の摺動部に介在して該摺動部位の潤滑に用いられる潤滑剤であって、
前記潤滑剤は、香料が内包された無機膜マイクロカプセルを含んでおり、前記無機膜マイクロカプセルの膜材が前記潤滑剤の劣化生成物と反応することで溶出し、前記無機膜マイクロカプセルに内包された前記香料が前記無機膜マイクロカプセル外に放出されることで前記香料から臭いを発生させることを特徴とする潤滑剤。
【請求項2】
前記潤滑剤は、前記香料が前記無機膜マイクロカプセルの全重量の1質量%以上70質量%以下内包された前記無機膜マイクロカプセルを、前記潤滑剤の全重量の1質量%以上50質量%以下含んでいることを特徴とする請求項1に記載の潤滑剤。
【請求項3】
前記無機膜マイクロカプセルの膜材は炭酸カルシウムであることを特徴とする請求項1又は2に記載の潤滑剤。
【請求項4】
機械装置の摺動部に介在して該摺動部位の潤滑に用いられる潤滑剤の劣化判断方法であって、
前記潤滑剤は、香料が内包された無機膜マイクロカプセルを含んでおり、前記無機膜マイクロカプセルの膜材が前記潤滑剤の劣化生成物と反応することで溶出し、前記無機膜マイクロカプセルに内包された前記香料が前記無機膜マイクロカプセル外に放出されることで前記香料から臭いを発生させ、該臭いの強度を測定手段によって測定し、前記臭いの強度に基づいて前記潤滑剤の劣化を判断することを特徴とする潤滑剤の劣化判断方法。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−155443(P2009−155443A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−334643(P2007−334643)
【出願日】平成19年12月26日(2007.12.26)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】