説明

炎症性疾患の判定方法

【課題】心筋梗塞と関連性のある遺伝子多型を同定し、その遺伝子多型を利用して心筋梗塞をはじめとする炎症性疾患を判定する方法、該方法に用いることのできるオリゴヌクレオチド、炎症性疾患診断用キット、並びに炎症性疾患の治療薬などを提供すること。
【解決手段】プロテアソーム・サブユニットα type6に対するsiRNAまたは抗体を有効成分として含む、NFkBの活性阻害剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はプロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子に存在する遺伝子多型を検出することを含む炎症性疾患の判定方法、該方法に使用されるオリゴヌクレオチド、該オリゴヌクレオチドを含む炎症性疾患診断用キット、並びにそれらの利用に関する。本発明はさらに、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子を利用した炎症性疾患の治療薬のスクリーニング方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
炎症は、アテローム形成、プラークの破裂と腔内血栓症をもたらすアテローム性損傷の急速な進展の一因になることによって冠状動脈疾患の発症に重要な役割を果たしている(非特許文献1)。最近、心筋梗塞感受性の幾つかの候補遺伝子が、一塩基多型(SNPs)を含む遺伝子多型マーカーを用いた連鎖解析および/または患者・対照相関解析によって同定された(非特許文献2から7、及び特許文献1及び2)。興味深いことに、これらの遺伝子産物の大部分が炎症との関連を示唆されている。
【0003】
26Sのユビキチン-プロテアソーム系は、アポトーシス、細胞周期、細胞増殖/分化および炎症に関わる蛋白質レベルの調節において重要な役割を担う主要な蛋白質分解経路である(非特許文献8から11)。炎症経路に関連するプロテアソームの最も重要な機能の1つは、核内因子kappa B(NFkB)の活性化を阻害するI kappa B(IkB)蛋白質の分解である。ここでNFkBは、アテローム発生に関与するサイトカインや接着分子などの炎症に関連する遺伝子の発現を調節する中心的な転写因子である(非特許文献8)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Hansson G.K., N.Engl.J.Med. 352, 1685-1695(2005)
【非特許文献2】Yamada, Y. et al., N.Engl.J.Med. 347, 1916-1923(2002)
【非特許文献3】Ozaki K. et al., Nat Genet. 32, 650-654 (2002)
【非特許文献4】Wang L. et al., Science 302: 1578-81 (2003)
【非特許文献5】Helgadottir A. et al., Nat. Genet. 36: 233-239 (2004)
【非特許文献6】Ozaki, K. et al., Nature 429: 72-75 (2004)
【非特許文献7】Cipollone, F. et al., JAMA 291: 2221-2228 (2004)
【非特許文献8】Karin, M. et al., Semin. Immunol. 12: 85-98 (2000)
【非特許文献9】Maki, C. et al., Cancer Res. 56: 2649-2654(1996)
【非特許文献10】Salghetti, S.E. et al., EMBO J. 18:717-726 (1999)
【非特許文献11】Dimmeler, S. et al., J.Exp.Med. 189:1815-1822 (1999)
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開WO2004/015100号公報
【特許文献2】国際公開WO2005/017200号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、心筋梗塞と関連性のある遺伝子多型を同定し、その遺伝子多型を利用して心筋梗塞をはじめとする炎症性疾患を判定する方法、該方法に用いることのできるオリゴヌクレオチド、炎症性疾患診断用キット、並びに炎症性疾患の治療薬などを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、92,788個のSNPマーカーを用いた全ゲノム患者・対照相関解析によって、血管炎症プロセスの初期段階に産生されるサイトカインの1つをコードするリンホトキシンα遺伝子(LTA)の機能的SNPが、心筋梗塞への感受性を与えることを以前に発見していた(非特許文献3)。LTAがLTA受容体を刺激すると、インヒビトリーパートナー(inhibitory partner)であるIkB蛋白質がプロテアソームにより分解されることによってNFkBが活性化されるので(Beinke, S., et al., Biochem.J. 382:393-409(2004))、プロテアソーム蛋白質をコードする遺伝子の変異が心筋梗塞のリスクを与えるのではないかという仮説を立てた。7α-サブユニットおよび10β-サブユニットで構成される20Sプロテアソームは、26Sプロテアソーム系の中心粒子である(Coux, O., et al., Annu.Rev.Biochem. 65:801-847(1996))。国際的なHapMapデータベース(http://hapmap.org)(The international HapMap consortium. The International HapMap Project. Nature 426: 789-796 (2003);及びThe international HapMap consortium. INTEGRATING ETHICS AND SCIENCE IN THE INTERNATIONAL HAPMAP PROJECT. Nature Reviews Genetics 5: 467-475 (2004))ならびにJSNPデータベース(http://snp.ims.u-tokyo.ac.jp)(Haga, H et al., J.Hum.Genet. 47: 605-610(2002))の情報に基づいて、本発明者らは、マイナー対立遺伝子頻度が10%を超え、これらサブユニットをコードする遺伝子のゲノム領域の大部分のハプロタイプをカバーするSNPを選択した。続いて、450人の心筋梗塞患者と450人の対照について、これらSNP遺伝子座における遺伝子型頻度を比較し(表1及び表2)、PSMA6のエクソン1における1個のSNP(dbSNP ID: rs1048990)(5'UTR -8C>G)が、心筋梗塞と有意に関連することが判明した(表1及び2)。さらに、このSNPが該遺伝子の転写活性に影響を与え、その結果遺伝子産物量が変化し、この変化が心筋梗塞等の疾患を引き起こす可能性を見出した。本発明はかかる知見により完成されたものである。
【0008】
すなわち、本発明によれば、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子に存在する少なくとも一種の遺伝子多型を検出することを含む、炎症性疾患の判定方法が提供される。
本発明によればまた、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子に存在する少なくとも一種の一塩基多型を検出することを含む、炎症性疾患の判定方法が提供される。
【0009】
本発明によればまた、下記の(1)から(3)よりなる群から選ばれる少なくとも一種の一塩基多型を検出することを含む、炎症性疾患の判定方法が提供される。
(1)プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基におけるC/Gの多型、
(2)プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のイントロン1の1233番目の塩基におけるA/Tの多型、及び
(3)上記(1)又は(2)に記載の多型と連鎖不平衡係数D’が0.8以上の連鎖不平衡状態にある多型。
【0010】
本発明によればまた、プロテアソーム・サブユニットα type6の発現量又は活性を指標として判定を行うことを特徴とする、炎症性疾患の判定方法が提供される。
好ましくは、炎症性疾患は心筋梗塞である。
【0011】
本発明によればまた、下記の(1)から(3)よりなる群から選ばれる少なくとも1つの部位を含む連続する少なくとも10塩基の配列、又はその相補配列にハイブリダイズすることができ、上記のいずれかに記載の方法においてプローブとして用いるオリゴヌクレオチドが提供される。
(1)プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の部位
(2)プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のイントロン1の1233番目の部位
(3)上記(1)又は(2)に記載の多型と連鎖不平衡係数D’が0.8以上の連鎖不平衡状態にある多型の部位。
【0012】
本発明によればまた、下記の(1)から(3)よりなる群から選ばれる少なくとも1つの部位を含む連続する少なくとも10塩基の配列、及び/又はその相補配列を増幅することができ、上記のいずれかに記載の方法においてプライマーとして用いるオリゴヌクレオチドが提供される。
(1)プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の部位
(2)プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のイントロン1の1233番目の部位
(3)上記(1)又は(2)に記載の多型と連鎖不平衡係数D’が0.8以上の連鎖不平衡状態にある多型の部位。
【0013】
好ましくは、プライマーはフォワードプライマー及び/又はリバースプライマーである。
【0014】
本発明によればまた、上記のいずれかに記載のオリゴヌクレチドの1種以上を含む、炎症性疾患診断用キットが提供される。
好ましくは、炎症性疾患は心筋梗塞である。
【0015】
本発明によればまた、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基におけるC/Gの一塩基多型を検出することを含む、プロテアソーム・サブユニットα type6の発現状態の分析方法が提供される。
【0016】
本発明によればまた、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基におけるC/Gの一塩基多型を含むプロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子断片を細胞に導入し、該細胞を培養し、該遺伝子の発現を分析することを含む、プロテアソーム・サブユニットα type6の転写活性の測定方法が提供される。
【0017】
本発明によればまた、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基におけるC/Gの一塩基多型を含むプロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子断片を細胞に導入し、プロテアソーム・サブユニットα type6の転写活性を阻害する候補物質の存在下で該細胞を培養し、該遺伝子の発現を分析することを含む、プロテアソーム・サブユニットα type6の転写活性阻害物質のスクリーニング方法が提供される。
【0018】
本発明によればまた、上記のスクリーニング方法により得られるプロテアソーム・サブユニットα type6の転写活性阻害物質が提供される。
【0019】
好ましくは、前記プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子断片の下流にリポーター遺伝子を結合させた転写ユニットを細胞に導入し、該細胞を培養し、リポーター活性を測定することによって該遺伝子の発現を分析する。
好ましくは、前記リポーター遺伝子はルシフェラーゼ遺伝子である。
【0020】
本発明によればまた、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基におけるC/Gの一塩基多型を含む遺伝子断片とプロテアソーム・サブユニットα type6の転写制御因子の存在が予想される試料を接触させ、上記断片と転写制御因子との結合を検出することを含む、プロテアソーム・サブユニットα type6の転写制御因子のスクリーニング方法が提供される。
【0021】
好ましくは、検出はゲルシフトアッセイにより行われる。
【0022】
本発明によればまた、プロテアソーム・サブユニットα type6の発現又は活性を抑制する物質を有効成分として含む、炎症性疾患の治療薬が提供される。
【0023】
好ましくは、プロテアソーム・サブユニットα type6の発現又は活性を抑制する物質が、プロテアソーム・サブユニットα type6に対するsiRNAまたは抗体である。
【0024】
本発明によればまた、細胞と候補物質とを接触させる工程、細胞内におけるプロテアソーム・サブユニットα type6をコードする遺伝子の発現量を分析する工程、及び候補物質の非存在下の条件と比較して当該遺伝子の発現量を低下させる候補物質を炎症性疾患の治療薬として選択する工程を含む、炎症性疾患の治療薬のスクリーニング方法が提供される。
【発明の効果】
【0025】
本発明の方法によれば、心筋梗塞を初めとする炎症性疾患の発症の有無の判断、疾患発症の可能性の判断を正確にかつ迅速に行うことができる。
【0026】
また、アテローム性動脈硬化病変の新生内膜領域ではユビキチンはα平滑筋細胞アクチンと共局在していること、およびユビキチン-プロテアソーム系はアテローム発症の初期、進行期および末期において重要な役割を果たすのに潜在的に関与していることが実証されている(Hermann, J, et al., Cardiovasc. Res. 61: 11-21(2004))。さらに、ユビキチン-プロテアソーム経路の薬理学的阻害剤が、NFkBの活性化を阻害することによって、実験動物モデルの心筋還流障害、虚血性脳梗塞、およびアテローム性動脈硬化を著しく弱めることが報告されている(Meiners, S. et al., Circulation 105:483-489 (2002); Pye, J. et al., Am. J. Physiol. Heart Circ. Physiol. 284: H919-H926;Elliott, P.J., et al., J.Mol.Med. 81:235-245 (2003);Dagia, N.M. et al., Am.J.Physiol.Cell Physiol. 285: C813-C822 (2003);Wojcik C, et al. Stroke 35: 1506-1518(2004);及びHeyninck,K et al. Trends Biochem.Sci. 30:1-4 (2005))。従って、本発明のPSMA6のSNPの遺伝子相関及びその機能的役割を考え合わせると、ユビキチン-プロテアソーム経路は心筋梗塞の発症に重要な機能的役割を果たしている可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】図1は、PSMA6におけるSNPと心筋梗塞との相関を示す。aは、PSMA6遺伝子座におけるSNPのマップを示す。約200人の日本人の各SNPのマイナー対立遺伝子頻度は括弧内に示す。Bは、心筋梗塞とPSMA6のエクソン1の SNPの相関を示す。ヌクレオチド番号は変異命名法(mutation nomenclature)(Den Dunnen, J.T. et al. Hum.Mutat.15: 7-12(2000))に従う。
【図2】図2は、HeLa細胞(a)とHepG2細胞(b)におけるPSMA6のエクソン1の SNPの転写調節活性を示す。各実験は3回繰り返し行い、各試料は3組作成して研究に用いた。*スチューデントT検定。cは、 未知の核内因子のPSMA6のエクソン1への結合を示す。矢印は、核内因子のG対立遺伝子への特異的結合を示すバンドを示す。
【図3】図3は、PSMA6の発現レベルがNFkBの活性化とIkBの分解に影響を及ぼすことを示す。a およびbは、ランダムにまたはPSMA6 siRNA処理したジャーカット細胞(a)およびHCAEC細胞(b)におけるPSMA6 mRNAレベルを示す。c およびdは、ジャーカット細胞(c)およびHCAEC細胞(d)における相対的NFkB活性を示す。各実験は3回繰り返し行い、各試料は3組作成して研究に用いた。eは、PSMA6のノックダウンによるHCAEC内でのリン酸IkB-α分解の阻害を示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
[1] 炎症性疾患の判定方法
本発明の方法は、炎症性疾患と関連性を示す特定遺伝子に存在する遺伝子多型、特には一塩基多型(SNPs)を検出することによって、炎症性疾患の発症の有無、あるいは炎症性疾患の発症の可能性を判定する方法である。
上記の特定遺伝子とは、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子であって、遺伝子多型は、この遺伝子を含むゲノムDNAのエクソン又はイントロンに存在する。
本発明において「プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子に存在する少なくとも一種の遺伝子多型(一塩基多型など)を検出する」とは、(i)当該遺伝子多型(遺伝子側多型と称する)を直接検出すること、及び(ii)前記遺伝子の相補配列側に存在する遺伝子多型(相補側多型と称する)を検出し、その検出結果から遺伝子側多型を推定することの双方を指すものとする。ただし、遺伝子側の塩基と相補配列側の塩基とが完全に相補的な関係にあるとは限らないという理由から、遺伝子側多型を直接検出することがより好ましい。
【0029】
なお、本発明において検出対象となる一塩基多型としては、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子に存在する遺伝子多型が挙げられ、より具体的には、下記の(1)から(3)よりなる群から選ばれる少なくとも一種の一塩基多型が挙げられる。
(1)プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基におけるC/Gの多型、
(2)プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のイントロン1の1233番目の塩基におけるA/Tの多型、及び
(3)上記(1)又は(2)に記載の多型と連鎖不平衡係数D’が0.8以上の連鎖不平衡状態にある多型。
【0030】
プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子(PSMA6遺伝子)の塩基配列は公知であり、例えば、The National Center for Biotechnology Information (NCBI)に登録番号NC_000014で登録されている。
本明細書において、エクソン又はイントロンにおけるX番目の塩基を、その位置を示す数字Xと、塩基を表す記号との組み合わせで示す場合がある。例えば、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の「−8C/G」とは、エクソン1の−8番目の位置(開始コドンから8塩基分上流の位置)にあるC又はGを示す。配列表の配列番号1にエクソン1とその上流の塩基配列を示す。エクソン1の−8番目の位置は、配列番号1において102番目の塩基(C)に相当する。
【0031】
また、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のイントロン1の1233A/Tとは、イントロン1の1233番目の位置にあるA又はTを示す。配列表の配列番号2にイントロン1の塩基配列を示す。イントロン1の1233番目の位置は、配列番号2において1233番目の塩基に相当する。
【0032】
本発明においては、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基がGである場合、又はプロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のイントロン1の1233番目の塩基がTである場合は、炎症性疾患が発症している、あるいは発症の可能性が高いと判定できる。
これに対し、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基がCである場合、又はプロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のイントロン1の1233番目の塩基がAである場合は、炎症性疾患が発症していない、あるいは発症の可能性が低いと判定できる。
【0033】
さらに本発明においては、上記(1)又は(2)に記載の多型と連鎖不平衡係数D’が0.8以上の連鎖不平衡状態にある多型を用いることもできる。連鎖不平衡とは、2つの対立遺伝子がそれぞれ独立に遺伝する場合よりも大きな頻度で互いに連鎖して遺伝することをいう。SNPsマーカーは、日本人を含むアジア人とヨーロッパ人では平均22kb以内で連鎖不平衡が保たれている。また、アフリカ人では平均11kb以内で連鎖 不平衡が保たれていることが報告されている。さらに、このような連鎖不平衡を示す一群の対立遺伝子のことをハプロタイプと称する。プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子座において複数のSNPsがある場合、その多型の組み合わせは個人によって異なる。この組み合わせがいわゆるハプロタイプマーカーであり、個人の多様性を表している。このようなハプロタイプマーカーを利用して被験者の遺伝情報と炎症性疾患に対する素因を関連付けることができる。連鎖不平衡係数D'は、2つのSNPについて第一のSNPの各アレルを(A,a)、第二のSNPの各アレルを(B,b)とし、4つのハプロタイプ(AB,Ab,aB,ab)の各頻度をPAB,PAb,PaB,Pabとすると、下記式により得られる。
D'=(PABPab-PAbPaB)/Min[(PAB+PaB)(PaB+Pab),(PAB+PAb)(PAb+Pab)]
[式中、Min[(PAB+PaB)(PaB+Pab),(PAB+PAb)(PAb+Pab)]は、(PAB+PaB)(PaB+Pab)と(PAB+PAb)(PAb+Pab)とのうち、値の小さい方をとることを意味する。]
【0034】
本発明では、好ましくは、連鎖不平衡係数D'が0.8以上、より好ましくは0.95以上、さらに好ましくは0.99以上、最も好ましくは1である多型を用いることができる。
【0035】
本明細書において、疾患の「判定」とは疾患発症の有無の判断、疾患発症の可能性の判断(罹患危険性の予想)、疾患の遺伝的要因の解明などをいう。
【0036】
また、疾患の「判定」は、上記の一塩基多型の検出法による結果と、所望により他の多型分析(VNTRやRFLP)及び/又は他の検査結果と合わせて行うこともできる。
【0037】
また、本明細書において、「炎症性疾患」とは、炎症性病態との相関が知られている細胞接着因子やサイトカインの誘導が認められる疾患であれば特に限定はされないが、例えば慢性関節リウマチ、全身性エリマトーデス、炎症性腸炎、種々のアレルギー反応、細菌性ショック、心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化性疾患などが挙げられ、特には心筋梗塞が挙げられる。
【0038】
(検出対象)
遺伝子多型の検出の対象は、ゲノムDNAが好ましいが、場合によっては(つまり多型部位及びその隣接領域の配列がゲノムと同一または完全相補的になっている場合)cDNA、又はmRNAを使用することもできる。また、上記対象を採取する試料としては、任意の生物学的試料、例えば血液、骨髄液、精液、腹腔液、尿等の体液;肝臓等の組織細胞;毛髪等の体毛等が挙げられる。ゲノムDNA等は、これらの試料より常法に従い抽出、精製し、調製することができる。
【0039】
(増幅)
遺伝子多型を検出するにあたっては、まず遺伝子多型を含む部分を増幅する。増幅は、例えばPCR法によって行われるが、他の公知の増幅方法、例えばNASBA法、LCR法、SDA法、LAMP法等で行ってもよい。
プライマーの選択は、例えば、配列番号1又は2で示す塩基配列における、前記の一塩基多型部位を含む連続する少なくとも10塩基以上、好ましくは10〜100塩基、より好ましくは10〜50塩基の配列、及び/又はその相補配列を増幅するように行う。
【0040】
プライマーは、前記の一塩基多型部位を含む所定塩基数の配列を増幅するためのプライマーとして機能し得る限り、その配列において1又はそれ以上の置換、欠失、付加を含んでいてもよい。
【0041】
増幅のために用いるプライマーは、試料が一の対立遺伝子型の場合にのみ増幅されるようにフォワードプライマー又はリバースプライマーの一方が一塩基多型部位にハイブリダイズするように選択してもよい。プライマーは必要に応じて蛍光物質や放射性物質等により標識することができる。
【0042】
(遺伝子多型の検出)
遺伝子多型の検出は、一の対立遺伝子型に特異的なプローブとのハイブリダイゼーションにより行うことができる。プローブは、必要に応じて、蛍光物質や放射性物質等の適当な手段により標識してもよい。プローブは、前記の一塩基多型部位を含み、被検試料とハイブリダイズし、採用する検出条件下に検出可能な程度の特異性を与えるものである限り何等限定はない。プローブとしては、例えば配列番号1又は2に示す配列における、前記の一塩基多型部位を含む連続する少なくとも10塩基以上、好ましくは10〜100塩基の配列、より好ましくは10〜50塩基の配列、又はそれらの相補配列にハイブリダイズすることのできるオリゴヌクレオチドを用いることができる。また、一塩基多型部位がプローブのほぼ中心部に存在するようにオリゴヌクレオチドを選択するのが好ましい。該オリゴヌクレオチドは、プローブとして機能し得る限り、即ち、目的の対立遺伝子型の配列とハイブリダイズするが、他の対立遺伝子型の配列とはハイブリダイズしない条件下でハイブリダイズする限り、その配列において1又はそれ以上の置換、欠失、付加を含んでいてもよい。また、プローブには、RCA(rolling circle amplification)法による増幅に用いられる一本鎖プローブ(パドロックプローブ)のように、ゲノムDNAとアニールし、環状になることによって上記のブロープの条件を満たすプローブが含まれる。
【0043】
本発明に用いるハイブリダイゼーション条件は、対立遺伝子型を区別するのに十分な条件である。例えば、試料が一の対立遺伝子型の場合にはハイブリダイズするが、他の対立遺伝子型の場合にはハイブリダイズしないような条件、例えばストリンジェントな条件である。ここで、「ストリンジェントな条件」としては、例えば、例えば、モレキュラークローニング・ア・ラボラトリーマニュアル第2版(Sambrook et al., 1989)に記載の条件等が挙げられる。具体的には、例えば、6×SSC(1×SSCの組成:0.15M NaCl、0.015Mクエン酸ナトリウム、pH7.0)、0.5%SDS、5×デンハート及び100mg/mlニシン精子DNAを含む溶液中プローブとともに65℃で一晩保温するという条件等が挙げられる。
【0044】
プローブは、一端を基板に固定してDNAチップとして用いることもできる。この場合、DNAチップには、一の対立遺伝子型に対応するプローブのみが固定されていても、両方の対立遺伝子型に対応するプローブが固定されていてもよい。
【0045】
遺伝子多型の検出は、制限酵素断片長多型分析法(RFLP:Restriction fragment length polymorphism)により行うこともできる。この方法では、一塩基多型部位がいずれの遺伝子型をとるかによって制限酵素により切断されるか否かが異なってくる制限酵素で試料核酸を消化し、消化物の断片の大きさを調べることにより、該制限酵素で試料核酸が切断されたか否かを調べ、それによって試料の多型を分析する。
【0046】
遺伝子多型の検出は、増幅産物を直接配列決定することによって行ってもよい(ダイレクトシークエンシング法)。配列決定は、例えばジデオキシ法、Maxam-Gilbert法等の公知の方法により行うことができる。
【0047】
遺伝子多型の検出は、インベーダーアッセイにより行ってもよい。この方法では、SNPがあるかどうかテストするDNAターゲットフラグメントに対して相補的配列を持つインベーダーオリゴと5’のフラップ構造を持ち、SNPを検出するための相補的オリゴ(シグナルプローブ)を使用する。まずターゲットDNAに対してインベーダーオリゴとシグナルプローブをハイブリダイズさせる。この時、インベーダーオリゴとプローブは1塩基がオーバーラップする構造(invasive structure)を持つ。この部分にCleavase(Archaeoglobus fulgidusから分離されたフラップ・エンドヌクレアーゼ)が作用し、SNP部位のシグナルプローブの塩基とターゲットの塩基が相補的(SNPなし)の場合にはシグナルプローブの5'フリップが切断される。切断された5’フリップはFRET Probe (Fluorescence resonance energy transfer probe)にハイブリダイズする。FRET プローブ上には蛍光色素とクエンチャー(Quencher)が近接しており、蛍光が抑制されるが、5’フリップDNAが結合することによりCleavaseによって蛍光色素の部分が切断され、蛍光シグナルが検出できる。
【0048】
遺伝子多型の検出はまた、変性勾配ゲル電気泳動法(DGGE:denaturing gradient gel electrophoresis)、一本鎖コンフォメーション多型解析(SSCP:single strand conformation polymorphism)、対立遺伝子特異的PCR(allele- specific PCR)、ASO(allele-specific oligonucleotide)によるハイブリダイーゼーション法、ミスマッチ部位の化学的切断(CCM:chemical cleavage of mismatches)、HET(heteroduplex method)法、PEX(primer extension)法、RCA(rolling circle amplification)法等を用いることができる。
【0049】
[2] 炎症性疾患診断用キット
前記のプライマー又はプローブとしてのオリゴヌクレオチドは、これを含む炎症疾患診断用キットとして提供できる、キットは、上記遺伝子多型の分析法に使用される制限酵素、ポリメラーゼ、ヌクレオシド三リン酸、標識、緩衝液等を含んでいてもよい。
【0050】
[3] プロテアソーム・サブユニットα type6の発現状態の分析方法
本発明によればまた、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基におけるC/Gの一塩基多型を検出することによって、プロテアソーム・サブユニットα type6の発現状態を分析することができる。即ち、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基がGである場合は、プロテアソーム・サブユニットα type6の発現量が多いと判断でき、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基がCである場合は、プロテアソーム・サブユニットα type6の発現量が少ないと判断できる。
【0051】
[4] プロテアソーム・サブユニットα type6の転写活性の測定方法
本発明によればまた、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基におけるC/Gの一塩基多型を含むプロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子断片を細胞に導入し、該細胞を培養し、該遺伝子の発現を分析することによってプロテアソーム・サブユニットα type6の転写活性を測定することができる。
【0052】
本発明の好ましい態様によれば、前記プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子断片の下流にリポーター遺伝子を結合させた転写ユニットを細胞に導入し、該細胞を培養し、リポーター活性を測定することによって該遺伝子の発現を分析する。
【0053】
一塩基多型がプロモーター部位に存在する場合は、その一塩基多型を含む遺伝子の下流にレポーター遺伝子を挿入した系を導入した細胞を培養し、レポーター活性を測定すれば、一塩基多型による転写効率に違いを測定することができる。
【0054】
ここでリポーター遺伝子としては、ルシフェラーゼ、クロラムフェニコール、アセチルトランスフェラーゼ、ガラクトシダーゼなどの遺伝子が用いられる。
【0055】
[5] プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子の転写活性阻害物質のスクリーニング方法
本発明においては、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基におけるC/Gの一塩基多型を含むプロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子断片を細胞に導入し、プロテアソーム・サブユニットα type6の転写活性を阻害する候補物質の存在下で該細胞を培養し、該遺伝子の発現を分析することによってプロテアソーム・サブユニットα type6の転写活性阻害物質をスクリーニングすることできる。
【0056】
本発明の好ましい態様によれば、前記プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子断片の下流にリポーター遺伝子を結合させた転写ユニットを細胞に導入し、該細胞を培養し、リポーター活性を測定することによって該遺伝子の発現を分析する。
例えば、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子の発現量が有意に高いことが認められる一塩基多型(例えば、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基がGである場合)を有する遺伝子の下流にレポーター遺伝子を挿入した系を導入した細胞を候補物質の存在下又は非存在下の両方の場合について培養し、候補物質の存在下で培養を行った場合にレポーター活性が下がれば、その候補物質は、プロテアソーム・サブユニットα type6の転写活性阻害物質として選択することができる。
【0057】
ここでリポーター遺伝子としては、上記に挙げた遺伝子が用いられる。
候補物質としては任意の物質を使用することができる。候補物質の種類は特に限定されず、個々の低分子合成化合物でもよいし、天然物抽出物中に存在する化合物でもよく、あるいは化合物ライブラリー、ファージディスプレーライブラリー、コンビナトリアルライブラリーでもよい。候補物質は、好ましくは低分子化合物であり、低分子化合物の化合物ライブラリーが好ましい。化合物ライブラリーの構築は当業者に公知であり、また市販の化合物ライブラリーを使用することもできる。
【0058】
上記のスクリーニング法により得られるプロテアソーム・サブユニットα type6の転写活性阻害物質もまた本発明の範囲内である。このようなプロテアソーム・サブユニットα type6の転写活性阻害物質は、心筋梗塞治療剤、抗炎症剤、免疫抑制剤などの各種薬剤の候補物質として有用である。
【0059】
[6] プロテアソーム・サブユニットα type6の転写制御因子のスクリーニング方法
本発明においてはまた、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基におけるC/Gの一塩基多型を含む遺伝子断片と、プロテアソーム・サブユニットα type6の転写制御因子の存在が予想される試料を接触させ、上記断片と転写制御因子との結合を検出することによって、プロテアソーム・サブユニットα type6の転写制御因子をスクリーニングすることができる。前記の一塩基多型を含む遺伝子断片とプロテアソーム・サブユニットα type6の転写制御因子の存在が予想される物質との結合の検出は、ゲルシフト法(電気泳動移動度シフト解析: electrophoretic mobility shift assay, EMSA)、DNase I フットプリント法等によって行うことがきるが、ゲルシフト法が好ましい。ゲルシフト法では、タンパク質(転写制御因子)が結合すると、分子サイズが大きくなり電気泳動におけるDNAの移動度が低下するので、32Pで標識した遺伝子断片と転写制御因子を混ぜ、ゲル電気泳動にかける。オートラジオグラフィーでDNAの位置を見ると、因子の結合したDNAはゆっくり動くので、通常のバンドよりも遅れて移動するバンドとして検出される。
【0060】
[7] 炎症性疾患の炎症性疾患の治療薬
本発明においては、以下の実施例で示す通り、心筋梗塞患者では、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子のエクソン1の−8番目の塩基がGとなる確率が高く、これによりプロテアソーム・サブユニットα typeの発現が亢進されていることが示された。この結果は、プロテアソーム・サブユニットα type6が、心筋梗塞等の炎症性疾患の発症、進展に関与していることを示していると共に、プロテアソーム・サブユニットα type6の発現や活性を抑制することによる心筋梗塞等の炎症性疾患の治療が期待できる。また、プロテアソーム・サブユニットα type6の活性を抑制するための手段としては、例えば、RNAiによりプロテアソーム・サブユニットα type6の発現を阻害する物質、又はプロテアソーム・サブユニットα type6に対する抗体を用いることができる。
【0061】
また、プロテアソーム・サブユニットα type6の発現又は活性を抑制する物質を有効成分として含む、炎症性疾患の治療薬も本発明の範囲内に含まれる。ここで用いるプロテアソーム・サブユニットα type6の発現又は活性を抑制する物質としては、低分子化合物でもよいし、RNAiによりプロテアソーム・サブユニットα type6の発現を阻害する物質でもよいし、プロテアソーム・サブユニットα type6に対する抗体でもよいが、低分子化合物、又はRNAiによりプロテアソーム・サブユニットα type6の発現を阻害する物質が好ましい。
【0062】
RNAi(RNA interference)は、細胞に導入された2本鎖RNAが、同じ配列を持つ遺伝子の発現を抑制する現象を言う。RNAiによりプロテアソーム・サブユニットα type6の発現を阻害する物質の具体例としては、下記に説明するようなsiRNA又はshRNA等が挙げられる。
【0063】
siRNA とはshort interfering RNAの略称であり、約21〜23塩基程度の長さの二本鎖RNAをいう。siRNAはRNAiを引き起こすことができる限り、どのような形態のものでもよく、例えば、化学合成もしくは生化学的合成、又は生物体内の合成で得られたsiRNA、あるいは約40塩基以上の二本鎖RNAが体内で分解されてできた10塩基対以上の短鎖二本鎖RNA等であればよい。siRNA の配列と、プロテアソーム・サブユニットα type6のmRNAの部分配列とは100%一致することが好ましいが、必ずしも100%一致していなくてもよい。
【0064】
siRNAの塩基配列と、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子の塩基配列との間で相同性のある領域は、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子の翻訳開始領域を含まないことが好ましい。相同性を有する配列は、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子の翻訳開始領域から20塩基離れていることが好ましく、70塩基離れていることがより好ましい。相同性を有する配列としては、例えば、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子の3'末端付近の配列でもよい。
【0065】
RNAiによりプロテアソーム・サブユニットα type6の発現を阻害する物質としては、siRNA を生成する約40塩基以上のdsRNA等を用いてもよい。例えば、プロテアソーム・サブユニットα type6遺伝子の核酸配列の一部に対して約70%以上、好ましくは75%以上、より好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上、最も好ましくは100%の相同性を有する配列を含む、二本鎖部分を含むRNA又はその改変体を使用することができる。相同性を有する配列部分は、通常は、少なくとも15ヌクレオチド以上であり、好ましくは約19ヌクレオチド以上であり、より好ましくは少なくとも20ヌクレオチド以上であり、さらに好ましくは21ヌクレオチド以上である。
【0066】
RNAiによりプロテアソーム・サブユニットα type6の発現を阻害する物質としては、3'末端に突出部を有する短いヘアピン構造から成るshRNA(short hairpin RNA)を使用することもできる。shRNAとは、一本鎖RNAで部分的に回文状の塩基配列を含むことにより、分子内で二本鎖構造をとり、ヘアピンのような構造となる約20塩基対以上の分子のことである。また、shRNAとしては3'突出末端を有するのが好ましい。二本鎖部分の長さは特に限定されないが、好ましくは10ヌクレオチド以上であり、より好ましくは20ヌクレオチド以上である。ここで、3'突出末端は、好ましくはDNAであり、より好ましくは少なくとも2ヌクレオチド以上のDNAであり、さらに好ましくは2〜4ヌクレオチドのDNAである。
【0067】
RNAiによりプロテアソーム・サブユニットα type6の発現を阻害する物質は、人工的に化学合成してもよいし、センス鎖及びアンチセンス鎖のDNA配列を逆向きに連結したヘアピン構造のDNAをT7 RNAポリメラーゼによってインビトロでRNAを合成することによって作製してもよい。インビトロで合成する場合は、T7 RNAポリメラーゼ及びT7プロモーターを用いて、鋳型DNAからアンチセンス及びセンスのRNAを合成することができる。これらをインビトロでアニーリングした後、細胞に導入すると、RNAiが引き起こされ、プロテアソーム・サブユニットα type6の発現が抑制される。細胞への導入は、例えば、リン酸カルシウム法、又は各種のトランスフェクション試薬(例えば、oligofectamine、Lipofectamine及びlipofection等)を用いた方法等により行うことができる。
【0068】
RNAiによりプロテアソーム・サブユニットα type6の発現を阻害する物質としては上述のsiRNA又はshRNAをコードする核酸配列を含む発現ベクターを用いてもよい。さらに該発現ベクターを含む細胞を用いてもよい。上記した発現ベクターや細胞の種類は特に限定されないが、既に医薬として用いられている発現ベクターや細胞が好ましい。
【0069】
プロテアソーム・サブユニットα type6に対する抗体は、定法により作製することができる。例えば、プロテアソーム・サブユニットα type6に対するポリクローナル抗体は、プロテアソーム・サブユニットα type6を抗原として哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ウシ等)を当業者に公知の方法で免疫感作し、該哺乳動物から血液を採取し、採取した血液から抗体を分離・精製することにより得ることができる。抗原を投与する際には、適当なアジュバントを使用することもできる。血液からの抗体の分離・精製は、例えば遠心分離、硫酸アンモニウムまたはポリエチレングリコールを用いた沈澱、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等のクロマトグラフィー等の通常の方法によって行うことができる。また、プロテアソーム・サブユニットα type6に対するモノクローナル抗体は、ハイブリドーマを用いて常法により作製することができる。
【0070】
[8]炎症性疾患の治療薬のスクリーニング方法
本発明では、炎症性疾患では、プロテアソーム・サブユニットα type6の発現又は活性の亢進が関与していることが示されたことにより、プロテアソーム・サブユニットα type6の発現又は活性を低下させる物質は、炎症性疾患の治療薬として有用であることが判明した。本発明によればさらに、プロテアソーム・サブユニットα type6の発現又は活性を低下させる物質をスクリーニングする方法が提供される。上記スクリーニングの一例としては、細胞と候補物質とを接触させる工程、細胞内におけるプロテアソーム・サブユニットα type6をコードする遺伝子の発現量を分析する工程、及び候補物質の非存在下の条件と比較して当該遺伝子の発現量を低下させる候補物質を炎症性疾患の治療薬として選択する工程により行うことができる。また、上記スクリーニングの別の例としては、プロテアソーム・サブユニットα type6と候補物質とを接触させる工程、プロテアソーム・サブユニットα type6の活性を測定する工程、及び候補物質の非存在下の条件と比較してプロテアソーム・サブユニットα type6の活性を低下させる候補物質を炎症性疾患の治療薬として選択する工程により行うことができる。ここで言うプロテアソーム・サブユニットα type6の活性とは、例えば、IkB蛋白質を分解して、NFkBを活性化する活性を挙げることができる。
【0071】
候補物質としては任意の物質を使用することができる。候補物質の種類は特に限定されず、例えば、本明細書中上記[5]に記載した各種のライブラリー等を使用することができる。
【0072】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0073】
実施例1:
(方法)
本実施例では、大阪急性冠状動脈不全研究会(OACIS)で調査された3,459人の日本人心筋梗塞患者を対象とした。心筋梗塞の確定診断については既報の通りである(Ozaki K. et al., Nat Genet. 32, 650-654 (2002))。対照被験者は、日本の複数の医療機関を通じて募集された3,955人の一般母集団で構成された。全対象者は日本人で、本研究へ参加するに当たって書面によるインフォームドコンセントがなされた。さらに、20歳未満の被験者については、横浜の理研研究所の遺伝子多型研究センター倫理委員会が承認した手続きに従い保護者の承諾を得た。以下のSNP分析において、PCRプライマーの設計、PCR実験、DNA抽出、DNAシークエンシング、SNPの発見、SNPの遺伝子型同定および統計分析については既報の通り行った(Ozaki K. et al., Nat Genet. 32, 650-654 (2002)、及びOzaki, K. et al., Nature 429: 72-75 (2004))。
【0074】
(結果)
本発明者らは先ず、プロテアソーム蛋白質をコードする遺伝子の変異が心筋梗塞のリスクを与えるのではないかという仮説を立てた。7α-サブユニットおよび10β-サブユニットで構成される20Sプロテアソームは、26Sプロテアソーム系の中心粒子である(Coux, O., et al., Annu.Rev.Biochem. 65:801-847(1996))。国際的なHapMapデータベース(http://hapmap.org)(The international HapMap consortium. The International HapMap Project. Nature 426: 789-796 (2003);及びThe international HapMap consortium. INTEGRATING ETHICS AND SCIENCE IN THE INTERNATIONAL HAPMAP PROJECT. Nature Reviews Genetics 5: 467-475 (2004))ならびにJSNPデータベース(http://snp.ims.u-tokyo.ac.jp)(Haga, H et al., J.Hum.Genet. 47: 605-610(2002))の情報に基づいて、本発明者らは、マイナー対立遺伝子頻度が10%を超え、これらサブユニットをコードする遺伝子のゲノム領域の大部分のハプロタイプをカバーするSNPを選択した。続いて、450人の心筋梗塞患者と450人の対照について、これらSNP遺伝子座における遺伝子型頻度を比較し(表1及び表2)、PSMA6のエクソン1における1個のSNP(dbSNP ID: rs1048990)(5'UTR -8C>G)が、心筋梗塞と有意に関連することが判明した(表1及び2)。
【0075】
【表1】

【0076】
【表2】

【0077】
さらに、これらのSNPを用いてPSMA6領域を網羅するハプロタイプ構造を分析し、心筋梗塞と関連するSNPは、PSMA6領域の内または周囲の他の7つのSNP全てと連鎖不平衡(LD)ではないことを見出した(表3)。
【0078】
【表3】

【0079】
心筋梗塞との相関に統計的有意性を示すPSMA6領域のハプロタイプは特になかった(P>0.01)。次に、この遺伝子の他の未同定のSNPが心筋梗塞のリスクを与える可能性を調べるために、48人の日本人由来のゲノムDNAを再度シークエンシングすることにより、反復配列に相当する領域を除いてPSMAを含む29-kb領域でSNPを検索し、合計で13個のSNPを同定した(図1a)。米国国立バイオテクノロジー情報センターのdbSNPデータベースと比較すると、13個のうち7個のSNP(5'-flanking; -18T/Cおよび -1C/T、intron1; 1233A/T、1246A/G、7239A/G、7294T/Aおよび7693G/A)は、新規であった。約100人の心筋梗塞患者と100人の対照について、これら13個のSNPの遺伝子型の同定を行った結果、exon1 -8C/G(rs1048890)、intron1 1233A/Tおよびintron1 10820A/G(rs12878391)の3個のSNPだけがマイナー対立遺伝子頻度が5%を超えることが明らかになった(図1a)。intron1 10820 A/Gは最初のスクリーニングで心筋梗塞との相関が見られず(表1)、また、残りの2個のSNPは完全にLD(連鎖不平衡)であったため(γ2=1)、2,592人の心筋梗塞患者と2,851人の対照の遺伝子型同定によってエクソン1の-8C/Gの SNPを調べ、心筋梗塞との間に強い関連性があることを発見した(χ2=21.10、p=0.0000044、対立遺伝子頻度の比較、図1b)。この相関について確証を得るために、より最近に集められた別の心筋梗塞患者と対照(867人の心筋梗塞患者と1,104人の対照)の独立パネルを用いて、この相関をさらに調べた結果、心筋梗塞との相関は前回と同様であった(χ2=9.02、p=0.0027、劣性関連モデル、表4)。
【0080】
【表4】

【0081】
実施例2:ルシフェラーゼアッセイ
(方法)
PSMA6の5'-flanking領域のnt-600からエクソン1の10までと、intron1のnt 1133から1343までに相当するDNA断片を、5' - 3'方向に、ルシフェラーゼ遺伝子上流に、pGL3-basic vector(Promega社製)中にクローニングした。48時間のトランスフェクション後、細胞を受動的溶解バッファー(passive lysis buffer)(Promega 社製)で溶解し、デュアルルシフェラーゼレポーターアッセイシステム(Dual-Luciferase Reporter Assay System)(Promega社製)を使用してルシフェラーゼ活性を測定した。
【0082】
(結果)
PSMA5の2個のSNP、すなわち エクソン1の -8C/G および/またはイントロン1の1233 A/Tがその発現レベルに影響を与えるかどうかを明確にするため、これらSNPに対応するDNA断片を含む4種類のプラスミドクローンを構築した。各構築物は、エクソン1のSNPを含有するゲノム断片、イントロン1のSNP(それぞれ-8C-1233A、-8G-1233A、-8C-1233Tおよび-8G-1233Tの各ハプロタイプ)のゲノム断片、およびルシフェラーゼ遺伝子転写単位を5’から3’方向に有していた。図2に示すとおり、-8G-1233Aハプロタイプと-8G-1233Tハプロタイプを含有するクローンは、他の2つのハプロタイプを含有するクローンのおよそ1.5〜1.7倍の転写活性を示した。これは、イントロン1内の置換ではなくエクソン1内での置換が、PSMA6の転写レベルに影響を及ぼすことを示している。
【0083】
実施例3:ゲルシフトアッセイ
(方法)
既報の通り(Andrews, N.C. et al., Nucleic Acid Res. 11, 2499 (1991))HepG2細胞から調製した核抽出物を、MgCl2およびCaCl2の存在下で、DIGゲルシフトキット(Roche社製)を使ってジゴキシゲニン(DIG)-11-dUTPで標識した16オリゴヌクレオチド(PSMA6のexon1の-15から1まで)の3つのタンデムコピーとともにインキュベートした。反応は、Poly [I(dc)] 試薬なしで室温で行った。競合試験のため、DIG標識オリゴヌクレオチドを添加する前に、核抽出物を未標識オリゴヌクレオチド(125倍過剰)とともに予めインキュベートした。蛋白質/DNA複合体は、0.5xTis/Borate/EDTA(TBE)バッファー中の未変性6%ポリアクリルアミドゲル(Invitrogen社製)上で分離し、ニトロセルロース膜へ移した。シグナルは、化学発光検出システム(chemiluminescent detection system)(Roche社製)を用いて使用説明書に従って検出した。
【0084】
(結果)
既知の蛋白質で、上記実施例2のDNA断片へ結合するものはないことは予想されたが、-8C対立遺伝子や-8G対立遺伝子のゲノム配列に相当するオリゴヌクレオチドに結合する可能性のある核内因子の有無を調べた。HepG2細胞由来の核抽出物を使って、C対立遺伝子に対応するレーンではなく、G対立遺伝子に対応するレーンで核蛋白質がオリゴヌクレオチドに結合していることを示す1つのバンドが観察された(図2c)。この結果から、この領域に相互作用する未同定の核内因子がPSMA6の転写を調節しており、さらに心筋梗塞感受性に影響を及ぼしている可能性が示唆された。
【0085】
実施例4:対立遺伝子発現変化の定量化
(方法)
EBVで形質転換されたB細胞株は、理研のバイオリソースセンターから入手した。エクソン1の-8C/GのSNPにヘテロ接合の遺伝子型を持つ7個の細胞株からmRNAを調製し、そのmRNAからcDNAを合成した。既報の通り(Shuen Lo, H et al. Genome Res. 13: 1855-1862 (2003))、下記のプライマー対および対立遺伝子特異的プローブを用いてTaqManアッセイによる対立遺伝子発現実験を行った。
【0086】
フォワードプライマー; 5'-GGGCCCAGGGATTGTGTT (配列番号3)
リバースプライマー; 5'-AATGGTAATGTGGCGGTCAAA (配列番号4)
C対立遺伝子特異的プローブ; 5'-FAM-AAGTAGTGCTTCTACCAAC (配列番号5)
G対立遺伝子特異的プローブ; 5'-VIC-AAGTAGTGCTTGTACCAAC (配列番号6)
【0087】
(TaqManアッセイ用の全てのプライマーとプローブはApplied Biosystemsによって合成された)。PCR反応は、ABI PRISM 7700 Sequence Detection System(Applied Biosystems社製)を用いて、以下の条件の下に実施した。90(Cで10分を1回、そして92(Cで0.25分及び60(Cで1分を40サイクル。
【0088】
(結果)
本発明のSNPが転写に与える効果を確認するために、7個の別個のEBV形質転換されたヒトB細胞株(HEV細胞株)について、TaqManプローブを用いて対立遺伝子特異的定量PCRを行った。HEV細胞株は、-8C/G SNP遺伝子座においてヘテロ接合の遺伝子型を持つ個人から採取したものである。これらの細胞株では、PSMA6の発現量は、G対立遺伝子がC対立遺伝子の1.7〜1.8倍であった(表5)。この実験結果および実施例2、3の結果から、本発明のPSMA6のエクソン1内の SNPが、in vitroおよびin vivoでその転写レベルに影響を及ぼすことが分かる。
【0089】
【表5】

【0090】
実施例5:siRNA実験及びウエスタンブロット解析
(方法)
(siRNA実験)
PSMA6のターゲット配列(5'-GTGTGATCCTGCAGGTTAC-3')(配列番号7)は、pSilencer 2.0 - U6 siRNA vector(Ambion社製)にクローニングした。ネガティブコントロールとしてpSilencer negative control vector(Ambion社製)を用いた。pNiftyプラスミドベクター、NFkB特異的E-セレクチンプロモーターを結合したルシフェラーゼレポーターベクター(Invivogen社製)、および内部標準用のpRL-TKベクター(Promega社製)をNucleofectorシステム(Amaxa社製)によってコトランスフェクションした後、ジャーカット細胞をPMA(20ng/ml)で2時間刺激し、細胞を回収し、デュアルルシフェラーゼレポーターアッセイシステム(Promega社製)を使用してルシフェラーゼ活性を測定した。ヒト冠状動脈血管内皮細胞(HCAEC)(三光純薬社)の実験のために、pSilencer 5.1 - U6 retro system(Ambion社製)を使用することによって、レトロウイルスPSMA6 siRNAを構成的に発現する安定なpT67細胞株を樹立した。安定なpT67細胞株の上清を使ってHCAECに72時間感染させ、次にpNiFtyベクターをトランスフェクトした。24時間のトランスフェクション後、デュアルルシフェラーゼレポーターアッセイシステムを使用してルシフェラーゼ活性を測定し、全細胞蛋白質濃度と比較して標準化した。mRNAの定量法は既報の通り行った(Ozaki K. et al., Nat Genet. 32, 650-654 (2002))。
【0091】
(ウエスタンブロット解析)
PSMA6と対照siRNAは、上記のsiRNAの実験と同様に、HCAEC細胞にトランスフェクトした。細胞は20ng/ml PMA(Sigma社製)を使って0分、5分、10分、15分および45分間刺激して、その後、細胞を回収して、標準SDS-sampleバッファーに溶解した。SDS-PAGEとブロッティング後、IkB-(、リン酸化IkB-(に対するウサギポリクローナル抗体(Cell Signaling社製)、およびホースラディッシュペルオキシダーゼ標識ウサギ二次抗体(Amersham社製)またはヒトαチューブリン(Santa Cruz社製)およびホースラディッシュペルオキシダーゼ標識抗マウスIgG抗体(Amersham社製)を用いて、免疫複合体を可視化した。
【0092】
(結果)
IkB蛋白質の分解は、炎症遺伝子の発現を調節する中心的転写因子であるNFkBの活性化に不可欠なステップである。プロテアソーム複合体は、この分解プロセスにおいて重要な役割を果たすので、IkBの分解とそれに続くNFkBの活性化がPSMA6蛋白質の細胞内レベルによって影響を受けるかどうかをsiRNA(small interference RNA)技法を用いて調べた。図3に示したとおり、PSMA6に対する1つのsiRNAはPSMA6のmRNAレベルを有意に抑制し(図3a; ジャーカット細胞および図3b; ヒト冠動脈血管内皮細胞(HCAEC))、そのために、ジャーカット細胞とHCAECの両方でNFkB活性が阻害された(図3cおよびd)。さらに、PMAで刺激された状態でsiRNAの効果を調べたところ、IkBはPMA刺激によって5分以内にリン酸化され、対照siRNAで処置したHCAECでは15分以内に分解した(図3e、右パネル)。しかし、細胞をPSMA6に特異的なsiRNAで処置したところ、リン酸化されたIkBの分解に著しい遅れが見られた(図3e、左パネル)。以上の結果から、PSMA6発現の変化によってユビキチン-プロテアソームの生理学的機能が損なわれ、NFkB依存的な炎症経路に関与する遺伝子の発現に影響が及ぶ可能性が示された。
【0093】
実施例6:LTA、galectin-2、及びPSMA6のSNPの組み合わせによる心筋梗塞の危険率の増加 (それぞれ3000人分の結果より)
すべてのSNPsにおいて心筋梗塞に関連のないgenotypeを持つ場合を、遺伝子型0
どれかのSNPsのうち一つの危険の遺伝子型を持つ場合を遺伝子型1
どれかのSNPsのうち二つの危険の遺伝子型を持つ場合の遺伝子型を2
三つとも危険な遺伝子型を持つ場合を遺伝子型を3とする。
【0094】
遺伝子型0から3における心筋梗塞の危険率(オッズ比)を以下の表6に示す。
【0095】
【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロテアソーム・サブユニットα type6に対するsiRNAまたは抗体を有効成分として含む、NFkBの活性阻害剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−139227(P2012−139227A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−43132(P2012−43132)
【出願日】平成24年2月29日(2012.2.29)
【分割の表示】特願2006−165918(P2006−165918)の分割
【原出願日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】