説明

炎症性腸疾患の予防・治療剤

【課題】炎症性腸疾患(IBD)とは、潰瘍性大腸炎(UC)、クローン病(CD)、ベーチェット病などの何らかの原因により、腸の粘膜に炎症が起こり、びらん(ただれ)や潰瘍ができる病気である。1990年代初めまで、炎症性腸疾患は欧米に多く、日本では稀な疾患とされていたが、ここ10年でその様相は変わり、我が国でも患者数は着実に増加している。炎症は通常、肛門に近い直腸から始まり、その後、その奥の結腸に向かって炎症がひろがっていくと考えられている。本発明の課題は、炎症性腸疾患の予防・治療剤、及び予防・治療剤の提供することにある。さらに詳しくは、潰瘍性大腸炎、クローン病、ベーチェット病などの炎症性腸疾患の進行の予防又は治療、寛解に有用である予防・治療剤の提供することにある。
【解決手段】炎症性腸疾患の予防・治療剤にリゾチームを有効成分とて含有させることで上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な炎症性腸疾患予防・治療剤及び予防・治療剤の提供に関する。本発明により、潰瘍性大腸炎、クローン病、ベーチェット病などの炎症性腸疾患を予防し、並びにこれらの疾患に伴う血便、下血、腹痛、貧血、白血球増加、発熱、体重減少及び食欲不振などの諸症状を予防、治療又は寛解することができる。さらに本発明によると、過敏性腸症候群を予防し、並びにこれらの疾患に伴う便秘、下痢、ガス、腹痛及び粘液排泄などの諸症状を予防、治療又は寛解することができる。
【背景技術】
【0002】
炎症性腸疾患(IBD)とは、潰瘍性大腸炎(UC)、クローン病(CD)、ベーチェット病などの何らかの原因により、腸の粘膜に炎症が起こり、びらん(ただれ)や潰瘍ができる病気である。1990年代初めまで、炎症性腸疾患は欧米に多く、日本では稀な疾患とされていたが、ここ10年でその様相は変わり、我が国でも患者数は着実に増加している。炎症は通常、肛門に近い直腸から始まり、その後、その奥の結腸に向かって炎症がひろがっていくと考えられている。腸に起こる炎症のために、下痢や粘血便(血液・粘液・膿の混じった軟便)、発熱や体重減少などの症状があらわれる。病状は、おさまったり(緩解期)、悪化したり(活動期)を繰り返すことが多く、長期にわたって、この病気とつきあっていくこともある。特にUCとCDは発症頻度が高く、難治性で、疾病が長期化し、臨床的に治療することが困難な疾患である。UC及びCDに対し、現在、根本的な治療方法は確立されておらず、栄養療法(完全静脈栄養療法、経腸栄養療法、食餌療法)及び薬物療法(スルファサラジン、5−ASA(メサラジン)のサルファ剤、プレドニゾロンを中心としたステロイド剤、アザチオプリンなどの免疫抑制剤などを病期に応じて段階的に使用)が用いられている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0003】
UCは1975年に、CDは1976年に特定疾患に認定されており、特定疾患受給者登録者数はUCが約70,000人、CDが約20,000人となっているが、近年患者数は増加する傾向にある(「厚生省保健医療局エイズ疾病対策課難病医療係」)。
【0004】
腸型ベーチェット病は、UC及びCDに比べると患者数は少ないが、難治性で、治療法としてはUC及びCDと同様の薬物療法、栄養療法及び外科療法が施されている。その他、大半の炎症性腸疾患は、基本的には内科的に治療することができ、症状に応じて、栄養療法(絶食、食事制限、成分栄養、高カロリー輸液)や薬物療法(抗菌薬投与)などが行われている(例えば、非特許文献2参照。)。
【0005】
炎症性腸疾患は、厚生労働省の特定疾患調査研究班により研究が進められているが、なぜ病気が起こるのか今だ原因がはっきりと分かっていない。
最近の有力な説として、自己免疫機序など免疫異常がその原因となっているのではないかと考えられている。人間の身体には、外から異物が侵入した際に、それを排除しようとするしくみ(免疫機能)が備わっている。腸管にもこの免疫機能がはたらいているが、この免疫機能に異常が生じると自分自身の粘膜をも異物とみなし、これを攻撃して傷つけようとする。その結果、粘膜に炎症が起こる。異物を排除するために異常に免疫機能が活発化すると、白血球が過剰にはたらき、本来ならば異物を処理するための物質を放出しつづけるため、持続する炎症が起こると考えられる。
しかし、この免疫説も決定的ではなく、炎症が起こるしくみとしては有力な説であるが、なぜ免疫機能の異常が起こるのか炎症性腸疾患の発症のメカニズムは、まだ明確には分かっていないため、根本治療が確立されていない。
従って、炎症性腸疾患に対して、現在さまざまな治療法の開発が進められているが、残念ながら、まだ根本的に治すことのできる治療法は発見されていない。このため炎症性腸疾患を予防・治療することが大きな課題となっている。
【非特許文献1】厚生労働省「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」班,平成13年度研究報告書,p.54
【非特許文献2】松仁会医学誌,第39号,p.1−14,2000
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明により炎症性サイトカインおよび/または抗炎症性サイトカインに対して作用する炎症性腸疾患の予防・治療剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上述のような炎症性腸疾患予防することを目的として鋭意研究を重ねた結果、リゾチームの摂取が上記目的課題を解決することを見い出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は、リゾチームが炎症性腸疾患の発症を予防及び治療するための有効成分として種々の材料、特に飲食品材料に配合してなる炎症性腸疾患の予防・治療剤に関する。
【発明の効果】
【0008】
リゾチームは上述のように、明らかに炎症性腸疾患の予防・治療効果を有しており、これを他の食品材料に配合してなる組成物を種々の形態の食品として食することにより、炎症性腸疾患、特に慢性炎症性腸疾患を治療もしくは予防することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明における炎症性腸疾患とは、潰瘍性大腸炎、クローン病、腸型ベーチェット病などの何らかの原因により、大腸の粘膜に炎症が起こり、びらん(ただれ)や潰瘍ができる病気である。炎症の評価方法については特に限定されないが、組織学的評価、炎症サイトカインであるTNF−α活性量などの評価が知られている。
【0010】
リゾチームとは、細菌の細胞壁を構成する多糖類を加水分解する酵素である。ヒトの場合涙や鼻汁、母乳などに含まれている。工業的には卵白から抽出したリゾチームが食品や医薬品に応用されている。
【0011】
リゾチームの食品への利用としては食品添加物として食品の日持ちを向上させるために用いられる。また、塩化リゾチーム(リゾチーム塩酸塩)は、去痰・抗炎症効果があるとして医薬品として広く用いられている。炎症性腸疾患において、血中のリゾチームが高値を示すことは知られていたが、リゾチームの摂取が炎症性腸疾患の予防・治療効果を有することは従来知られていなかった。しかし、本発明者らの研究によると、上述のようなリゾチームを食品組成物とし、これを成人1日当たり1〜70g、好ましくは1〜20gを継続して摂取をつづけるとき、炎症性腸疾患の発症や抑制、治療効果が認められることが見出された。
【0012】
本発明におけるリゾチームとは、特に限定されないが、好ましくは容易に大量調製が可能な鶏卵の卵白由来のリゾチームの使用が望ましい。使用できる市販品としては、例えば、リゾチーム太陽(太陽化学社製)、リゾチームフリーベース(日本バイオコン社製)を挙げることが出来る。
【0013】
本発明では、リゾチームと配合する食品材料は特に限定されるものではなく、他の糖類、食物繊維、脂質、アミノ酸、蛋白質、さらにこれらに必要に応じて、乳酸菌、ビタミン、ミネラルのようなその他の機能性を有する物質を添加して炎症性腸疾患の予防・治療剤とすることができる。
【0014】
このようなリゾチームの摂取方法としては、例えば、飲料、乳製品などの種々の食品とすることができるほか、例えば適当な増量剤、賦形剤などを用いて錠剤状、液状、シロップ状、顆粒状などの健康食品、流動食そして医薬品の形態にすることもできる。流動食の場合は、経口、及び経管での摂取が可能である。リゾチームは、様々な食品に添加することが可能であることから容易に摂取することが可能であり、炎症性腸疾患の予防・治療することができる。本発明におけるリゾチームの炎症性腸疾患抑制作用を試験例に基づいて詳しく説明する。
【0015】
以下、実施例をあげて本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約されるものではない。
【実施例】
【0016】
実施例1
同一の雌豚から生まれた4日齢の子豚12匹を試験に用いた。試験期間中、子豚には液体の調製乳を一日3回(午前9時、正午、午後4時)与えた。新しい環境に適応2、3日後、胃にDSS(デキストラン硫酸ナトリウム)やリゾチームを注入するために、胃にカテーテルを設置した。大腸炎の誘発はDSSの投与によって引き起こした。子豚は無作為に3群(リゾチーム投与群、ポジティブコントロール群、ネガティブコントロール群)に分けた。リゾチーム投与群にはDSSを体重1kgあたり1.25gを5日間カテーテルから投与した。リゾチームはリゾチーム太陽(太陽化学社製)を使用した。続いて体重1kgあたり150mgのリゾチームを5日間カテーテルから投与した。ポジティブコントロール群にはDSSを体重1kgあたり1.25gを5日間カテーテルから投与した。続いて塩水を5日間カテーテルから投与した。ネガティブコントロール群は10日間生理食塩水を投与した。DSS、リゾチーム、生理食塩水は体重1kgあたり10mlになるように溶解し予め37℃に温めて、一日あたり2回に分けて投与した。子豚は20日目に解剖した。空腸は採取され組織分析、ELISA、及びqRT−PCRに供した。一部の組織は解剖後直ちにホルマリンで固定し、24時間後に組織は70%エタノールに移し変えた。
残りの組織はすりつぶし、均質化して、上清をELISA、及びqRT−PCRに使用した。
【0017】
体重、及び飼料摂取は3群において差は認められなかった。DSS投与によって軽度から重度の下痢が起こったが、試験終了時には回復した。
【0018】
固定した組織は2−3mmの厚さに切り、組織カセットにセットした後、70%エタノールに浸した。ヘマトキシリン&エオシンで染色し、薄層にした後にスライドに固定した。
炎症の程度は表1に示す指標に従って評価した。図1に結果を示す。
【0019】
【表1】

【0020】
図1より明らかなようにリゾチームの投与によって、炎症の程度が低下することが確認された。
【0021】
実施例2
炎症性サイトカインであるTNF−α、及びIL−6について結腸での産生量をELISA法を用いて評価した。分析にはThe R&D SYSTEMS Quantikine Immunoassay kitを使用し、添付のマニュアルに従って分析した。図2及び図3に結果を示す。
【0022】
図2よりDSS投与によって上昇する結腸でのTNF−αの発現量はリゾチーム投与によって低下することを確認した。
【0023】
図3よりDSS投与によって上昇する結腸でのIL−6の発現量はリゾチーム投与によって有意に低下することを確認した。
【0024】
実施例3
炎症性サイトカイン、及び抗炎症性サイトカインのmRNAの発現量をqRT−PCRを用いて評価した。炎症性サイトカインはIL−1β、IL−8、及びTNF−α、抗炎症性サイトカインはIL−10を評価した。mRNAはまずQiagen RNeasy protect mini kitで抽出した。20mgの組織をRLTバッファーと共に均質化し12000rpmで3分間遠心分離し、上清を回収した。等量の70%エタノールを加え、ピペッティングし、700μlを2ml回収チューブの付いたRNeasyスピンカラムに移した。チューブは10000rpmで15秒遠心し、カラムに回収された液は廃棄した。RW1バッファー700μlをRNeasyスピンカラムに加え、10000rpm、15秒遠心し、スピンカラム膜を洗浄した。カラムに回収された液は廃棄した。RPEバッファー500μlをRNeasyスピンカラムに加え、10000rpm、2分遠心しスピンカラム膜を洗浄した。再度、RPEバッファー500μlをRNeasyスピンカラムに加え、10000rpm、2分遠心しスピンカラム膜を洗浄した。RNeasyスピンカラムを新しい回収チューブに移しRNaseフリー水を50μl加え、10000rpm、1分間遠心し、RNAを溶出させた。RNAはcDNA合成するまで−80℃で保管した。
【0025】
抽出されたRNAから残存しているゲノムDNAを取り除くため、gDNA Wipeout Buffer(7X)と混合し、42℃、2分間インキュベートした。その後直ちに氷冷した。Quantiscript Reverse Transcriptase1μl、Quantiscript Buffer(5X)4μl、RT Primer Mix1μlを氷上で混合し逆転写マスターミックスを調製した。ゲノムDNAを取り除いたRNA14μlは逆転写マスターミックスに加えられ42℃、15分間インキュベートした。その後直ちに95℃、3分間Quantiscript逆転写酵素を失活させた。調製されたcDNAはリアルタイムRT−PCRをするまで−20℃で保管した。
【0026】
リアルタイムRT−PCRのサンプル調整にはQIAGEN QuantiTect SYBR Green PCR kitを使用した。添付マニュアルに従ってサンプルを調整し、BIO−RAD Real−Time PCR検出システムで実施した。
図4〜7に結果を示す。
【0027】
図4よりDSS投与によって上昇する結腸での炎症性サイトカインIL−1βのmRNA発現量はリゾチーム投与によって上昇を抑制した。
【0028】
図5よりDSS投与によって上昇する結腸での炎症性サイトカインIL−8のmRNA発現量はリゾチーム投与によって上昇を抑制した。
【0029】
図6よりDSS投与によって上昇する結腸での炎症性サイトカインTNF−αのmRNA発現量はリゾチーム投与によって上昇を抑制した。
【0030】
図7よりDSS投与によって低下する結腸での抗炎症性サイトカインIL−10のmRNA発現量はリゾチーム投与によって上昇した。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明で得られたリゾチームを有効成分とする炎症性腸疾患の予防・治療剤は、DSS(デキストラン硫酸ナトリウム)を投与して誘発させた炎症性腸疾患の豚への投与試験で、炎症性サイトカインの産生を抑制および/または抗炎症性サイトカインの低下を抑制し、各種飲食品、医薬品等に利用して、潰瘍性大腸炎、クローン病、ベーチェット病などの炎症性腸疾患を予防し、並びにこれらの疾患に伴う血便、下血、腹痛、貧血、白血球増加、発熱、体重減少及び食欲不振などの諸症状を予防、治療又は寛解することができる。さらに本発明によると、過敏性腸症候群を予防し、並びにこれらの疾患に伴う便秘、下痢、ガス、腹痛及び粘液排泄などの諸症状を予防、治療又は寛解することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】各群での炎症の程度を比較した図である。
【図2】各群での結腸におけるTNF−αの発現量を比較した図である。
【図3】各群での結腸におけるIL−6の発現量を比較した図である。
【図4】各群での結腸における炎症性サイトカインIL−1βのmRNA発現量を比較した図である。
【図5】各群での結腸における炎症性サイトカインIL−8のmRNA発現量を比較した図である。
【図6】各群での結腸における炎症性サイトカインTNF−αのmRNA発現量を比較した図である。
【図7】各群での結腸における抗炎症性サイトカインIL−10のmRNA発現量を比較した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リゾチームを有効成分とする炎症性腸疾患の予防・治療剤。
【請求項2】
リゾチームを有効成分とする炎症性サイトカインの産生抑制および/または抗炎症性サイトカインの低下抑制剤。
【請求項3】
炎症性サイトカインがTNF−α、IL−6、IL−1βおよびIL−8の群より選ばれる1種または2種以上であり、また抗炎症性サイトカインがIL−10である請求項2記載の炎症性サイトカインの産生抑制および/または抗炎症性サイトカインの低下抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−263307(P2009−263307A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−117362(P2008−117362)
【出願日】平成20年4月28日(2008.4.28)
【出願人】(000204181)太陽化学株式会社 (244)
【Fターム(参考)】