説明

炎症性腸疾患の検査方法及び検査用キット

【課題】本発明は、感度及び特異度が高く、簡便で患者の負担が少ないIBDの検査方法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明は、被検者の糞便中における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体の抗体価を測定する工程を含む炎症性腸疾患の検査方法、及び当該検査方法を実施するための検査用キット等を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease; IBD)の検査方法及び検査用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
IBDは、潰瘍性大腸炎(UC)とクローン病(CD)の総称であり、消化管に原因不明の炎症を起こす慢性疾患である(IBD総論について、例えば非特許文献1を参照)。
UCは、大腸に潰瘍やびらんが生じる非特異性炎症疾患である。経過中、再燃と寛解を繰り返すことが多い。代表的な症状として、血便、粘血便、下痢、腹痛、発熱等が挙げられる。合併症として、腸閉塞や腸管穿孔を起こす場合もある。大腸癌との合併頻度も高い。
CDは、口腔から肛門までの消化管全域に、非連続性の潰瘍や線維化を伴う肉芽腫性炎症病変を生じる疾患である。病変が消化管全域に起こり得るため症状は多岐にわたるが、代表的な症状としては、腹痛、下痢、体重減少等が挙げられる。また、腸閉塞、腸管穿孔に加え、関節炎等の腸管外合併症を生じることも多い。長期経過例では、腸管悪性腫瘍も問題となる。
【0003】
現在実施されているIBD診断は、内視鏡検査ならびにX線診断を中心としたものである。大腸内視鏡検査は直接腸管管腔内を観察する目的で行われ、UCでは直腸から連続性に口側に伸展する、びまん性潰瘍・びらん・発赤が認められる。CDの場合は、非連続的または区域性の不整形潰瘍、縦走潰瘍、敷石像が見られるのが特徴である。一方、X線検査は診断に際し腸管全体を俯瞰的に観察する必要性がある場合、あるいは狭窄の頻発により内視鏡検査が困難な場合に行われる。
こうした現存IBD診断法は、それぞれ問題点を含んでいる。内視鏡診断に関しては、内視鏡を観察部位まで持って行く必要があり、それに伴う患者への負担が大きく、また診断にかなりの時間を要する。また、上述のとおり、狭窄が頻発している場合は用いることができず、病状が安定するまで待機することが必要になる場合もある。
一方、X線検査は内視鏡検査に比べ精度の面で格段に劣り、また炎症像を呈する管腔側の情報があまり得られないために、あくまでも内視鏡検査に次ぐ二次選択的な要素が強い。
また、CDには小腸に病変を認める場合があるが、小腸X線造影検査、小腸内視鏡検査のいずれもが苦痛を伴うものであり、患者へのストレスが大きい。
【0004】
非侵襲的なIBDの診断方法として、血清中や糞便中のバイオマーカーを検出する方法も提案され、いくつかのバイオマーカーを用いた検査が実用化されている(例えば、非特許文献2-4を参照)。
血清中のバイオマーカーを検出する方法としては、C反応性タンパク質(C-reactive protein; CRP)、USCRP、ガレクチン-3(Gal-3)等の炎症マーカーである各種サイトカインを検出する方法;抗Saccharomyces cerevisiae抗体(ASCA)、核周囲型抗Neutrophil cytoplasmic抗体(pANCA)(ASCAとpANCAについては非特許文献5、6を参照)、抗laminaribioside carbohydrate抗体(ALCA)、抗mannobioside carbohydrate抗体(AMCA)、抗chitobioside carbohydrate抗体(ACCA)、抗Cbir、抗ompC、抗l2等の抗グリカン抗体又は抗細菌抗体を検出する方法;ガラクトース欠損IgG等、IgG糖鎖の変異を検出する方法(非特許文献7を参照)などが挙げられる。
糞便中のバイオマーカーとしては、糞便中カルプロテクチン(Fecal calprotectin; FC)(非特許文献8、9を参照)や、糞便中ラクトフェリン(Fecal lactoferin; FL)(非特許文献10、11を参照)、S100A12等が知られている。
【0005】
しかしながら、例えばサイトカインマーカーは、炎症一般の有無を反映するものであり、陽性であっても、IBDに由来する炎症とは限らない。
細菌に対する抗体を使用する方法は、各種の細菌が共通して産生する物質を検出する方法であり、疾患によって腸内フローラが変わることにより、反応する抗体のパターンが変化することを利用している。しかしながら、腸内フローラは、IBD以外の様々な理由でも変化するため、検査としては感度に問題があった。
また、上記血清中バイオマーカーの中ではASCAとpANCAが代表的であり、ASCA陽性且つpANCA陰性であればCD、ASCA陰性且つpANCA陽性であればUCと判定される。しかしながら、ASCAはグルテン過敏性腸疾患でも陽性となり、pANCAは自己免疫性肝疾患や原発性硬化性胆管炎でも陽性となる。
さらに、糞便中のバイオマーカーであるFCは、UC診断には有効であるがCD診断には必ずしも有効とはいえず、FLも感度及び特異度に問題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Bouma, G. and Strober, W., Nat. Rev. Immunol. 3:521-533, 2003.
【非特許文献2】Langhorst J, et al., Am J Gastroenterol 103:162-9, 2008.
【非特許文献3】Reumaux D, et al., Best Pract Res Clin Gastroenterol 17:19-35, 2003.
【非特許文献4】Reese GE, et al., Am J Gastroenterol 101:2410-22, 2006.
【非特許文献5】Seibold, F., Gut 54:1232-1236, 2005.
【非特許文献6】Quinton, J.F., et al., Gut 42:788-791, 1998.
【非特許文献7】Shinzaki, S., Iijima, H., et al., Am J Gastroenterol 103: 1173-81, 2008
【非特許文献8】Tibble, J.A., et al., Gastroenterology 119:15-22, 2000.
【非特許文献9】Costa, F., et al., Gut 54:364-368, 2005.
【非特許文献10】Kane, S.V., et al., Am. J. Gastroenterol. 98:1309-1314, 2003.
【非特許文献11】Kayazawa, M., et al., Am. J. Gastroenterol. 97:360-369, 2002.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、感度及び特異度が高く、簡便で患者の負担が少ないIBDの検査方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために研究を重ねた結果、健常者においては、パイエル板をはじめとする腸管関連リンパ組織(gut-associated lymphoid tissue; GALT)の内部にAlcaligenes等の常在性日和見細菌が存在するが、IBD患者の腸管関連リンパ組織内にはこれらの細菌がほとんど存在しないことを見出した。
また、健常者の糞便中からはこれらの常在性日和見細菌に対する抗体が検出されるが、IBD患者の糞便中では抗体価が著しく低いこと等を見出し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は、
〔1〕被検者の糞便中における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体の抗体価を測定する工程を含む、炎症性腸疾患の検査方法;
〔2〕前記抗体価を測定する工程は、前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体に対する抗体を用いたイムノアッセイによって行う、上記〔1〕に記載の検査方法;
〔3〕前記イムノアッセイがELISA法である、上記〔2〕に記載の検査方法;
〔4〕前記被検者の糞便中における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体の抗体価と、健常者の糞便中における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体の抗体価を比較する工程を含む、上記〔1〕から〔3〕のいずれか1項に記載の検査方法;
〔5〕前記腸管関連リンパ組織が、パイエル板である、上記〔1〕から〔4〕のいずれか1項に記載の検査方法;
〔6〕前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌が、Alcaligenes ssp.、Ochrobactrum spp.、Serratia ssp.、Burkholderia spp.、Pseudomonas fluorescens、及びStenotrophomonas maltophiliaからなる群より選択される少なくとも1つである、上記〔1〕から〔5〕のいずれか1項に記載の検査方法;
〔7〕腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体に対する抗体を含む、炎症性腸疾患の検査用キット;
〔8〕前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌が、Alcaligenes ssp.、Ochrobactrum spp.、Serratia ssp.、Burkholderia spp.、Pseudomonas fluorescens、及びStenotrophomonas maltophiliaからなる群より選択される少なくとも1つである、上記〔7〕に記載の検査用キット;
〔9〕被検者から採取した腸管関連リンパ組織内における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌を測定する工程を含む、炎症性腸疾患の検査方法;
〔10〕前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌を測定する工程を、in situ ハイブリダイゼーションによって行う、上記〔9〕に記載の検査方法;
〔11〕前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌を測定する工程を、該常在性日和見細菌に対する抗体を用いた免疫組織化学により行う、上記〔9〕に記載の検査方法;
〔12〕前記非検者から採取した腸管関連リンパ組織内における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌を、健常者の腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌と比較する工程を含む、上記〔9〕から〔11〕のいずれか1項に記載の検査方法;
〔13〕前記腸管関連リンパ組織が、パイエル板である、上記〔9〕から〔12〕のいずれか1項に記載の検査方法;
〔14〕前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌が、Alcaligenes ssp.、Ochrobactrum spp.、Serratia ssp.、Burkholderia spp.、Pseudomonas fluorescens、及びStenotrophomonas maltophiliaからなる群より選択される少なくとも1つである、上記〔9〕から〔13〕のいずれか1項に記載の検査方法;
〔15〕腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌のrRNAにハイブリダイズする核酸プローブを含む、炎症性腸疾患の検査用キット;
〔16〕前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌が、Alcaligenes ssp.、Ochrobactrum spp.、Serratia ssp.、Burkholderia spp.、、Pseudomonas fluorescens、及びStenotrophomonas maltophiliaからなる群より選択される、上記〔15〕に記載の検査用キット;
〔17〕腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体を含む、炎症性腸疾患の検査用キット;
〔18〕前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌が、Alcaligenes ssp.、Ochrobactrum spp.、Serratia ssp.、Burkholderia spp.、Pseudomonas fluorescens、及びStenotrophomonas maltophiliaからなる群より選択される少なくとも1つである、上記〔17〕に記載の検査用キット;
〔19〕前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体が、受領番号NITE AP-920で寄託されたハイブリドーマによって産生される抗Alcaligenesモノクローナル抗体である、上記〔18〕に記載の検査用キット;
〔20〕受領番号NITE AP-920で寄託されたハイブリドーマ;及び
〔21〕上記〔20〕に記載のハイブリドーマに産生される抗Alcaligenesモノクローナル抗体、に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係るIBDの検査方法の第一の態様は、被検者の糞便中における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体の抗体価を測定する方法であり、被検者に対する侵襲性が低く、また、健常者とIBD患者との違いを直接検出するので、感度及び特異度が高い。
本発明に係るIBDの検査方法の第二の態様は、被検者から採取した腸管関連リンパ組織内における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌を検出する方法であり、健常者とIBD患者との違いを直接検出するので、感度及び特異度が高い。
また、本発明に係る検査方法の第一の態様で陽性だった場合に、第二の態様を行うことによって、さらに検査の感度及び特異度を高めることができる。
また、本発明に係るIBDの検査用キットを用いれば、本発明に係るIBDの検査方法を簡便に実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、マウスパイエル板表面に存在する細菌の組成を、16S rRNAクローンライブラリー法によって調べた結果である。
【図2】図2は、マウスパイエル板内部に存在する細菌の組成を、16S rRNAクローンライブラリー法によって調べた結果である。
【図3】図3は、マウスパイエル板及びLPの表面と内部における細菌を、ホールマウントFISH解析によって検出した結果である。
【図4】図4は、マウスパイエル板樹状細胞における細菌の組成を、16S rRNAクローンライブラリー法によって調べた結果である。
【図5】図5は、マウス腸管膜リンパ節樹状細胞における細菌の組成を、16S rRNAクローンライブラリー法によって調べた結果である。
【図6】図6は、SPFマウス及びパイエル板欠損マウスの腸管膜リンパ節におけるAlcaligenesを、ホールマウントFISH解析によって検出した結果である。
【図7】図7は、SPFマウス及び無菌マウスの糞便中の抗Alcaligenes IgA抗体の抗体価を、ELISA法で検出した結果である。
【図8】図8は、SPFマウス及び無菌マウスの血清中の抗Alcaligenes IgG抗体の抗体価を、ELISA法で検出した結果である。
【図9】図9は、野生型及びCBA/N xid マウスのパイエル板内部におけるホールマウントFISH解析画像データをランダムに抽出し、Alcaligenesの数をカウントした結果である。
【図10】図10は、SPFマウスのパイエル板表面と内部(A上段)、抗生物質投与後のパイエル板表面と内部(A下段)、無菌マウスにSPFマウスパイエル板由来のAlcaligenesを経口投与した前後のパイエル板表面と内部(B)、それぞれにおけるAlcaligenesをホールマウントFISH解析で検出した結果である。
【図11】図11は、Alcaligenes定着マウス(Alcaligenes-associated mouse)の糞便中の抗Alcaligenes IgA抗体と、血清中の抗Alcaligenes IgG抗体の抗体価を、ELISA法で測定した結果である。
【図12】図12は、サルパイエル板内部のAlcaligenesをホールマウントFISH解析で検出した結果である。
【図13】図13は、サルの糞便中の抗Alcaligenes IgA抗体の抗体価を、ELISA法で検出した結果である。
【図14】図14は、ヒト(健常者)のパイエル板内部のAlcaligenesを、ホールマウントFISH解析で検出した結果である。
【図15】図15は、ヒト(健常者)の糞便中の抗Alcaligenes IgA抗体の抗体価を、ELISA法で検出した結果である。
【図16】図16は、サル及びヒト(健常者)のパイエル板内部のAlcaligenesを、免疫組織化学で検出した結果である。
【図17】図17は、健常者とIBD患者(クローン病患者及び潰瘍性大腸炎患者)のパイエル板内部のAlcaligenesを、ホールマウントFISH解析で検出した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[IBDの検査方法]
本発明に係るIBDの検査方法の第一の態様は、被検者の糞便中における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体の抗体価を測定する工程を含むことを特徴とする。
【0012】
腸管関連リンパ組織は、粘膜関連リンパ組織(mucosa associated lymphoid tissue; MALT)の一つである。粘膜関連リンパ組織は、腸管や呼吸器など、外界に直接暴露されている粘膜面に粘膜免疫を担当する細胞が集まって構成される二次リンパ組織である。粘膜関連リンパ組織が担う粘膜免疫機構の特徴として、液性免疫の中心となる抗体のアイソタイプがIgAであり、これが分泌型IgAとして機能していることが挙げられる。
【0013】
粘膜関連リンパ組織は、パイエル板(Payer’s patch; PP)、粘膜固有層(lamina propria; LP)、腸管膜リンパ節(mesenteric lymph node; MLN)等を含む。この中で最も研究が進んだ代表的な器官としてパイエル板が挙げられる。パイエル板は、その表面(腸管管腔側)を濾胞関連上皮(follicle associated epithelium; FAE)と呼ばれる上皮細胞層で覆われたドーム状の器官であり、抗原取込み専門細胞であるM細胞が高頻度で散在している。
ドームの内部には、他のリンパ組織と同様に中心部に胚中心(GC)を含むリンパ濾胞(B細胞領域)を有する。
【0014】
抗原や病原体がパイエル板のM細胞から取り込まれると、T細胞、B細胞、マクロファージ、樹状細胞等の免疫担当細胞に捕捉され、免疫応答が開始される。B領域では、胚中心を中心としてIgAアイソタイプクラススイッチが活発に行われ、組織表面に抗原特異的なIgAを発現しているIgA前駆B細胞(sIgA陽性B細胞)が作られる。
IgA前駆B細胞は、粘膜免疫循環帰巣経路を介して粘膜実効組織(粘膜固有層や上皮細胞層)へと移動し、IL-5、IL-6、IL-10などのIgA誘導サイトカインの影響を受けて形質細胞化し、抗原特異的なIgA抗体の二量体又は多量体を産生する。
二量体又は多量体のIgA抗体は、上皮細胞が産生する分泌成分(secretory component; SC)と結合し、分泌型IgA抗体を形成する。分泌型IgA抗体は、上皮細胞によって運搬され、粘膜面での防御機構の一つとして作用する。
【0015】
本明細書において、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌とは、腸管関連リンパ組織を構成する器官の細胞内に定着している日和見細菌をいう。例えばパイエル板の場合、濾胞関連上皮より内部(管腔と反対側)の細胞内に常在する日和見細菌を意味する。日和見細菌とは、健常な宿主に対して病原性を示さず、共生関係にある細菌を意味し、何らかの理由で宿主の免疫力が低下すると感染症を起こし得る(日和見感染)。
本発明に係る検査方法では、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌である限り、いずれの細菌に対する抗体の抗体価を測定してもよい。腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌としては、例えば、Alcaligenes ssp.、Ochrobactrum spp.、Serratia ssp.、Burkholderia spp.、Pseudomonas fluorescens、及びStenotrophomonas maltophiliaからなる群より選択される少なくとも1つの細菌が挙げられ、これらのいずれかの細菌に対する抗体の抗体価を測定することが好ましく、中でもAlcaligenes spp.が好ましい。Alcaligenes spp.は、土壌中や水中に広く分布するグラム陰性の日和見細菌である。
後述する実施例で示すとおり、Alcaligenes ssp.、Ochrobactrum spp.、Serratia ssp.、Burkholderia spp.は、正常なパイエル板の内部で検出された。また、Pseudomonas fluorescensは腸管膜リンパ節と脾臓の内部で、Stenotrophomonas maltophiliaは脾臓の内部で検出された。これらのいずれの細菌もリンパ組織内に常在する日和見細菌であるという点で共通し、臨床現場でも免疫低下患者から多く検出されることが報告されていることから、本発明における常在性日和見細菌に該当することが当業者に理解されうる。
【0016】
これまでにも、パイエル板表面、即ち濾胞関連上皮の管腔側に共生菌が常在することは知られていたが(例;マウスにおけるSegmented filamentous bacteria)、本発明者らは、後述する実施例に示すとおり、パイエル板やLPの内部に特定の常在性日和見細菌が存在することを確認した。常在性日和見細菌が、腸管関連リンパ組織内に侵入することによって、上述の粘膜免疫機構により分泌型IgAが産生され、腸管内に分泌される。その結果、常在性日和見細菌に対するIgA抗体が、糞便中で検出される。逆に、管腔内のみに存在する細菌に対しては、粘膜免疫機構は機能せず、抗体は産生されない。
【0017】
さらに、本発明者らは、IBD患者の腸管関連リンパ組織内には常在性日和見細菌が見られないこと、また、IBD患者の糞便サンプル中では、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体(以下、「抗常在細菌抗体」と呼ぶ場合もある。)がほとんど検出されないことを確認した。従って、被検者の糞便中の抗常在細菌抗体の抗体価を測定することによって、被検者のIBD罹患の有無を判定することができる。
【0018】
本発明の検査に用いられる糞便サンプルは、常法に従って採取し、処理したものを用いることができる。
【0019】
糞便中における抗常在細菌抗体の抗体価を測定する工程は、液体中のタンパク質を検出し測定するためのあらゆる方法を用いて行うことができ、かかる方法として例えば、イムノアッセイ、凝集法、比濁法、ウエスタンブロッティング法、表面プラズモン共鳴(SPR)法等が挙げられるが、これらに限定されない。
この中で、抗常在細菌抗体と、抗常在細菌抗体に対する抗体(腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体に対する抗体)との抗原抗体反応を利用したイムノアッセイは、特に簡便で好ましい。
【0020】
イムノアッセイは、検出可能に標識した抗常在細菌抗体に対する抗体、又は、検出可能に標識した抗常在細菌抗体に対する抗体に対する抗体(二次抗体)を用いる。抗体の標識法により、エンザイムイムノアッセイ(EIA又はELISA)、ラジオイムノアッセイ(RIA)、蛍光イムノアッセイ(FIA)、蛍光偏光イムノアッセイ(FPIA)、化学発光イムノアッセイ(CLIA)等に分類され、これらのいずれも本発明の方法に用いることができる。
ELISA法では、ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ等の酵素、RIA法では、125I、131I、35S、3H等の放射性物質、FPIA法では、フルオレセインイソチオシアネート、ローダミン、ダンシルクロリド、フィコエリスリン、テトラメチルローダミンイソチオシアネート、近赤外蛍光材料等の蛍光物質、CLIA法では、ルシフェラーゼ、ルシフェリン、エクオリン等の発光物質で標識した抗体が用いられる。その他、金コロイド、量子ドットなどのナノ粒子で標識した抗体を検出することもできる。
また、イムノアッセイでは、抗常在細菌抗体に対する抗体をビオチンで標識し、酵素等で標識したアビジンまたはストレプトアビジンを結合させて、抗常在細菌抗体を検出、測定することもできる。
【0021】
イムノアッセイの中でも、酵素標識を用いるELISA法は、簡便且つ迅速に抗原を測定することができて好ましい。
ELISA法では、例えばサンドイッチ法を用いることができる。固相担体に抗常在細菌抗体に対する抗体を固定し、適宜処理した糞便サンプルを添加して反応させた後、さらに酵素で標識した別のエピトープを認識する抗常在細菌抗体に対する抗体を添加して反応させる。
洗浄後、酵素基質と反応、発色させ、吸光度を測定することにより、抗常在細菌抗体の抗体価を求めることができる。また、固相担体に固定した抗常在細菌抗体に対する抗体と糞便サンプル中の抗常在細菌抗体を反応させた後、非標識抗体(一次抗体)を添加し、この非標識抗体に対する抗体(二次抗体)を酵素標識してさらに添加してもよい。
酵素基質は、酵素がペルオキシダーゼの場合、3,3’-diaminobenzidine(DAB)、3,3’5,5’-tetramethylbenzidine(TMB)、o-phenylenediamine(OPD)等を用いることができ、アルカリホスファターゼの場合、p-nitropheny phosphate(NPP)等を用いることができる。
【0022】
また、上記イムノアッセイの中で、微量のタンパク質を簡便に検出できる方法として凝集法も好ましい。凝集法としては、例えば、抗体にラテックス粒子を結合させたラテックス凝集法が挙げられる。
ラテックス粒子に抗常在細菌抗体に対する抗体を結合させて糞便サンプルに混合すると、抗常在細菌抗体に対する抗体が存在すれば、抗体結合ラテックス粒子が凝集する。そこで、サンプルに近赤外光を照射して、吸光度の測定(比濁法)又は散乱光の測定(比朧法)により凝集塊を定量し、抗原の濃度を求めることができる。
【0023】
抗常在細菌抗体に対する抗体は、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体のいずれも公知の方法に従って作製することができる。モノクローナル抗体は、例えば、抗常在細菌抗体又はその断片で免疫した非ヒト哺乳動物から抗体産生細胞を単離し、これを骨髄腫細胞等と融合させてハイブリドーマを作製し、このハイブリドーマが産生した抗体を精製することによって得ることができる。また、ポリクローナル抗体は、抗常在細菌抗体又はその断片で免疫した動物の血清から得ることができる。
【0024】
なお、本明細書において「抗体」とは、天然に存在するか、遺伝子組換え技術によって産生される、全長の免疫グロブリン分子、または抗体フラグメントのような免疫グロブリン分子の免疫学的に活性な断片をいう。特にことわりがない限り、本明細書の抗体はいずれのタイプ、クラス、サブクラスも含み、例えば、IgG、IgE、IgM、IgD、IgA、IgY、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4、IgA1およびIgA2などが含まれる。これらの抗体は、慣用技術を用いて作製することができ、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよい。抗体フラグメントとしては、F(ab’)2、F(ab)2、Fab’、Fab、Fv、scFvなどが挙げられる。抗体フラグメントは、例えば、これをコードする核酸を用いて遺伝子組み換え技術によって作製することもできるし、全長の抗体を酵素で切断して作製することもできる。
【0025】
本明細書において「検査」は、診断に必要な情報を得るために、被検者から採取した試料を調べることを意味し、本発明の検査方法は、例えば検査会社等で実施され得る。
【0026】
本発明の検査方法は、被検者の糞便中の抗常在細菌抗体の抗体価が、健常者の糞便中の抗常在細菌抗体の抗体価を比較する工程を含むことが好ましい。健常者の糞便中の抗体価と比較して、被検者の糞便中の抗体価が有意に高い場合には、当該被検者はIBDに罹患している可能性が高いと判定される。
【0027】
本発明に係るIBDの検査方法の第二の態様は、被検者から採取した腸管関連リンパ組織内における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌を測定する工程を含むことを特徴とする。
上述した本発明に係るIBDの検査方法の第一の態様で用いられた用語は、第二の態様でも同義で用いられるので説明を省略する。
【0028】
被検者の腸管関連リンパ組織は、常法に従って、医師が内視鏡バイオプシーにより採取することができる。
組織内の常在性日和見細菌を測定する方法は、当業者が公知の方法又はそれに準ずる方法によって行うことができるが、例えば、in situ ハイブリダイゼーション(ISH)で細菌のrRNAを検出することによって行うことができる。
ISHは、組織中で標的RNAとプローブとをハイブリダイゼーションさせ、組織サンプルにおけるmRNA発現やrRNAを検出し測定するために広く用いられている方法である。特に、組織中の細菌を検出する場合は、細菌の16S又は23S rRNAの特異的な配列と相補的なオリゴヌクレオチドプローブを使用する手法が普及しつつあり、本発明においても通常の手順に従って行うことができる。被検者から採取した組織は、例えば、新鮮凍結切片、パラフィン包埋切片、パラホルムアルデヒド等による固定標本、採取した組織をそのまま使用するホールマウント標本等として、用いることができる。プローブは、通常、RNAプローブ又はDNAプローブが用いられ、検出する細菌のrRNAの配列に応じて適宜作製することができる。
プローブは2種類以上組み合わせて用いることも好ましい。例えば、測定する常在性日和見細菌がAlcaligenesの場合、プローブとして、Alcaligenes及びBordetellaを特異的に検出するプローブALBO34a(Stoffels M. et al., Appl Environ Microbiol, 1998, 64: 930-9.)と、Alcaligenes、Burkholderia、及びComamonasを特異的に検出するプローブBPA(Kenzaka T. et al., Microbiology, 1998, 144: 2085-93)を使用すれば、双方のプローブで陽性の細菌をAlcaligenesと判定し測定することができる。
【0029】
プローブ分子は、放射性同位体(例えば、35S、33P)、ジゴキシゲニン(digoxygenin; DIG)、アルカリホスファターゼ、西洋ワサビペルオキシダーゼ、蛍光物質、ビオチン、等で標識し、検出される。ジゴキシゲニンで標識した場合は、アルカリホスファターゼで標識した抗ジゴキシゲニン抗体で検出することができる。ビオチンで標識した場合は、検出可能な物質で標識したアビジン又はストレプトアビジンをさらに結合させて検出する。アルカリホスファターゼや西洋ワサビペルオキシダーゼで標識した場合は、これらの酵素の基質とインキュベートすることによって検出することができる。
本発明の検査方法では、特に、ホールマウント標本を用い、蛍光物質でプローブを標識する蛍光in situ ハイブリダイゼーション(fluorescence in situ hybridization; FISH)が好ましく用いられる。
【0030】
被検者から採取したパイエル板を検体として、ホールマウントFISH解析を行う場合、蛍光標識したwheat germ agglutinin(WGA)、又は蛍光標識したUlex europaeus agglutinin-1(UEA-1)も用いれば、それぞれマウス、サルのパイエル板上皮細胞(WGA)、又はヒトのパイエル板上皮細胞(UEA-1)を検出することができる。これにより、検出された細菌がパイエル板表面に存在するのか、パイエル板内部に存在するのかを明らかにすることができる。
【0031】
また、組織内の常在性日和見細菌を測定する方法として、常在性日和見細菌に対する抗体を用いた免疫組織化学を行うこともできる。免疫組織化学は、組織中の抗原を検出するために広く用いられている方法であり、標的に対する抗体を用い、標的と抗体の抗原抗体反応を通じて標的を可視化する方法である。
常在性日和見細菌に対する抗体はどのような方法で作製してもよいが、例えば、ヒト、マウス、サル等のパイエル板から単核細胞を単離し、これを骨髄腫細胞等と融合させてハイブリドーマを作製し、このハイブリドーマが産生した抗体を精製することによって得ることができる。
常在性日和見細菌がAlcaligenesである場合、受領番号NITE AP-920で寄託されたハイブリドーマに産生される抗体を用いることが好ましい。
免疫組織化学では、常在性日和見細菌に対する抗体(一次抗体)を直接標識して検出する直接法と、一次抗体に対する抗体(二次抗体)を標識する間接法がある。抗体の標識及び検出は、上述したイムノアッセイと同様の方法を用いることができる。
【0032】
本発明に係るIBDの検査方法の第二の態様では、被検者から採取した腸管関連リンパ組織内における常在性日和見細菌を、健常者の腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌と比較する工程を含むことが好ましい。本発明者らは、後述する実施例に示すとおり、健常者の腸管関連リンパ組織内には常在性日和見細菌が存在するが、IBD患者の腸管関連リンパ組織内には常在性日和見細菌が見られないことを確認した。これは、IBD患者の組織は慢性炎症状態であるため、常在性日和見細菌の共生にとって好ましい環境ではないからであると考えられる。従って、健常者の腸管関連リンパ組織内と比較して、被検者の腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌が有意に少ない場合には、当該被検者はIBDに罹患している可能性が高いと判定される。
【0033】
[IBDの検査用キット]
本発明に係るIBDの検査用キットの第一の態様は、上述した本発明に係るIBDの検査方法の第一の態様を行うためのキットであり、抗常在細菌抗体に対する抗体を含む。
当該検査用キットは、抗常在細菌抗体と、抗常在細菌抗体に対する抗体との抗原抗体反応を利用するイムノアッセイによって、糞便サンプル中の抗常在細菌抗体の抗体価を測定するために必要な試薬及び装置を含む。
【0034】
上記検査用キットの一態様は、サンドイッチELISA法によって抗常在細菌抗体の抗体価を測定するためのものであり、マイクロタイタープレート;捕獲用の抗常在細菌抗体に対する抗体;アルカリホスファターゼ又はペルオキシダーゼで標識した抗常在細菌抗体に対する抗体;及び、アルカリホスファターゼ基質(NPP等)又はペルオキシダーゼの基質(DAB、TMB、OPD等)、を含む。
捕獲抗体と標識抗体は、異なるエピトープを認識する。
このようなキットの場合、まず、マイクロタイタープレートに捕獲抗体を固定し、ここに適宜処理し希釈した糞便サンプルを添加した後インキュベートし、サンプルを除去して洗浄する。次に、標識抗体を添加した後インキュベートし、基質を加えて発色させる。マイクロタイタープレートリーダー等を用いて発色を測定することにより、抗常在細菌抗体の抗体価を求めることができる。
【0035】
検査用キットの別の態様は、二次抗体を使用したサンドイッチELISA法により抗常在細菌抗体の抗体価を測定するためのものであり、マイクロタイタープレート;捕捉用の抗常在細菌抗体に対する抗体;一次抗体として、抗常在細菌抗体に対する抗体;二次抗体として、アルカリホスファターゼ又はペルオキシダーゼで標識した、抗常在細菌抗体に対する抗体に対する抗体;及び、アルカリホスファターゼ(NPP等)又はペルオキシダーゼの基質(DAB、TMB、OPD等)、を含む。
捕獲抗体と一次抗体は、異なるエピトープを認識する。
このようなキットでは、まず、マイクロタイタープレートに捕獲抗体を固定し、ここに適宜処理し希釈した糞便サンプルを添加した後インキュベートし、サンプルを除去して洗浄する。続いて、一次抗体を添加してインキュベート及び洗浄を行い、さらに酵素標識した二次抗体を添加してインキュベートを行った後、基質を加えて発色させる。マイクロタイタープレートリーダー等を用いて発色を測定することにより、抗常在細菌抗体の抗体価を求めることができる。二次抗体を用いることにより、反応が増幅され検出感度を高めることができる。
【0036】
各検査用キットは、さらに、必要な緩衝液、酵素反応停止液、マイクロプレートリーダー等を含むことも好ましい。
【0037】
標識抗体は、酵素標識した抗体に限定されず、放射性物質(25I、131I、35S、3H等)、蛍光物質(フルオレセインイソチオシアネート、ローダミン、ダンシルクロリド、フィコエリスリン、テトラメチルローダミンイソチオシアネート、近赤外蛍光材料等)、発光物質(ルシフェラーゼ、ルシフェリン、エクオリン等)、ナノ粒子(金コロイド、量子ドット)等で標識した抗体であってもよい。また標識抗体としてビオチン化抗体を用い、キットに標識したアビジン又はストレプトアビジンを加えることもできる。
【0038】
本発明の検査用キットのさらに別の態様として、ラテックス凝集法によって抗常在細菌抗体を測定するためのものも挙げられる。このキットは、抗常在細菌抗体に対する抗体感作ラテックスを含み、分糞便サンプルと抗常在細菌抗体に対する抗体とを混合し、光学的方法で集塊を定量する。キットに凝集反応を可視化する凝集反応板が含まれていることも好ましい。
【0039】
本発明に係る検査用キットの第二の態様は、上述した本発明に係るIBDの検査方法の第二の態様のうち、ISHによる方法を行うためのキットであり、常在性日和見細菌のrRNAにハイブリダイズするDNA又はRNAプローブを含む。プローブは、2種類以上が組み合わされていることも好ましい。常在性日和見細菌がAlcaligenesの場合、キットにALBO34aとBPAが含まれていれば、双方のプローブで陽性の細菌をAlcaligenesと判定し測定することができる。
プローブは、放射性同位体(例えば、35S、33P)、ジゴキシゲニン(digoxygenin; DIG)、アルカリホスファターゼ、ペルオキシダーゼ、蛍光物質、ビオチン、等で予め標識されていることが好ましく、中でも蛍光物質で標識されたプローブが好ましい。
当該キットは、これらの標識を検出するために必要な試薬を含むことも好ましい。例えば、標識が、アルカリホスファターゼの場合、その基質(NPP等);ペルオキシダーゼの場合、その基質(DAB、TMB、OPD等);DIGである場合は、アルカリホスファターゼ標識抗DIG抗体、及びアルカリホスファターゼの基質;ビオチンである場合は、標識したストレプトアビジン等が挙げられる。
当該キットは、さらに、必要な緩衝液、酵素反応停止液、組織を固定するためのパラホルムアルデヒド、マイクロプレートリーダー等を含むことも好ましい。
【0040】
本発明に係る検査用キットの第三の態様は、上述した本発明に係るIBDの検査方法の第二の態様のうち、免疫組織化学による方法を行うためのキットであり、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体を含む。腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体は、例えば、ヒト、マウス、サル等のパイエル板から単核細胞を単離し、これを骨髄腫細胞等と融合させてハイブリドーマを作製し、このハイブリドーマが産生した抗体を精製することによって得ることができる。
常在細菌がAlcaligenesである場合、受領番号NITE AP-920で寄託されたハイブリドーマに産生される抗体を用いることが好ましい。
【0041】
免疫組織化学用キットの一態様は、スライドグラス、組織固定用のパラホルムアルデヒド、常在性日和見細菌に対する抗体(一次抗体)、フィコエリスリンで標識した一次抗体に対する抗体(二次抗体)を含む。
このようなキットの場合、被検者から採取した腸管関連リンパ組織をパラホルムアルデヒドで固定し、洗浄等を適宜行った後、一次抗体及び二次抗体と反応させ、蛍光標識を共焦点顕微鏡等で検出し、組織中の常在性日和見細菌を測定することができる。
標識抗体は、上述したイムノアッセイ用のキットと同様のものを使用することができる。
当該キットは、さらに必要な緩衝液、酵素反応停止液、ブロッキング用抗体等を含むことも好ましい。
【実施例】
【0042】
以下に示す実施例は、単なる例示であって、上述した実施形態と共に本発明を詳細に説明することのみを意図しており、本発明を限定するものではない。
【0043】
実施例で用いた材料及び方法は以下のとおりである。
【0044】
[動物とヒトサンプル]
BALB/c及びC57BL6マウスはCLEA Japanより、CBA/N xidマウス及び、コントロールのDBA/2マウスはJapan SLCより、TCRβ-/-δ-/-マウスはJackson Laboratoryより、それぞれ入手した。IgA-/-マウスはDr. Gregory Harrimanが開発し、Baylor College of Medicineより提供を受けた。
マウスは、東京大学医科学研究所及びアラバマ大学バーミンガム校(The University of Alabama at Birmingham; UAB)のImmunobiology Vaccine Centerにおいて、SPF条件下で維持した。無菌マウスの実験は、ヤクルト中央研究所で行った。すべての実験は、東京大学及びUABの動物実験委員会のガイドラインに従って行われた。
非ヒト霊長類のパイエル板は、独立行政法人医薬基盤研究所霊長類医科学研究センター(TPRC)で飼育されたカニクイザルから得た。すべての手順は、TPRCの動物実験委員会のガイドラインに従って行われた。
ヒトパイエル板は、大阪大学病院で内視鏡バイオプシーを行った非IBDの健康な患者又はIBD患者から提供を受けた。すべての患者からインフォームドコンセントを得、またすべての手順は各大学の倫理委員会に承認された。
【0045】
[細菌]
Alcaligenes faecalis subsp. faecalis(NBRC 13111T)は、独立行政法人製品評価技術基盤機構生物遺伝資源部門より購入し、Tryptic Soy Broth(BD Diagnostics)中、37℃で培養した。
GFP-Alcaligenesを作製するために、GFP遺伝子をプラスミドpMMB503EHのEcoRI-HindIII部位に挿入し、ストレプトマイシン耐性を付与し、IPTG誘導可能なpMMB503-GFPを作製した。次に、このプラスミドでE. coli S17-1を介してNBRC 13111Tを形質転換した。GFP-Alcaligenesは、ストレプトマイシン(200μg/ml)及びIPTG(1mM)を含むTryptic Soy Brothにおいて37℃で培養した。Kusabira Orange-E. coli DH5αは、プラスミドpKO1-S1(MBL社)でコンピテントE. coli DH5α(TOYOBO社)を形質転換し、アンピシリン100μg/mlを含むLuria-Bertani brothで培養して産生した。
【0046】
[16s rRNA分析に用いたサンプルの調製]
(1) パイエル板表面サンプル
パイエル板は、SPFマウス及び無菌マウスの小腸から分離した。糞便を除去したのち、組織をPBSで5回激しく洗浄し、洗浄液を回収して15,000rpmで10分間遠心処理を行った。これをパイエル板表面サンプルとして用いた。
(2) パイエル板内部サンプル
パイエル板を、EDTA溶液(0.5mM EDTA in RPMI 1640)で激しく撹拌し、上皮細胞を除去した。激しく洗浄した後、IV型コラゲナーゼ溶液(0.5mg/ml IV型コラゲナーゼ in RPMI 1640)中で穏やかに撹拌し、シングルセルの懸濁液を調製した。コラゲナーゼ処理溶液の上清は、宿主の単核細胞を除去するために3000rpmで10分間遠心処理し、その後15,000rpmで10分間遠心処理を行った。これをパイエル板内部サンプルとして用いた。
(3) パイエル板CD11c細胞サンプル
細胞を、抗マウスCD11c抗体でコーティングした磁気ビーズ(Miltenyi Biotech)と共にインキュベートし、MACS分離カラム(Myltenyi Biotech)に供した。精製した細胞を、0.2%(w/v)デオキシコール酸中、1分間ボルテックスで撹拌して溶解させ、パイエル板CD11c+細胞内のAlcaligenesを、15,000rpmで10分間遠心処理して回収した。これをパイエル板CD11c細胞サンプルとして用いた。
(4) 脾臓及び腸管膜リンパ節CD11c細胞サンプル
脾臓と腸間膜リンパ節を取り出し、シングルセル懸濁液をIV型コラゲナーゼ溶液で調製した。CD11c細胞はMACS分離システム(Myltenyi Biotech)で精製し、脾臓及び腸間膜リンパ節のCD11c細胞は、デオキシコール酸処理後に回収した。これらを、脾臓CD11c細胞及び腸管膜リンパ節CD11c細胞サンプルとして用いた。
【0047】
[16S rRNA分析]
16S rRNA系統解析は、リボソームの小サブユニットのRNA塩基配列に基づいて微生物の系統を明らかにする方法である。
16S rRNA遺伝子は、ユニバーサルプライマー(27F; 5'-AGAGTTTGATCCTGGCTCAG-3'; 配列番号:1、1492R; 5'-GGTTACCTTGTTACGACTT-3'; 配列番号:2)を用いてPCR法により増幅し、プラスミドベクターpCR2.1に挿入したのち、TA Cloning Kit(Invitrogen)を用いてINVαF’コンピテントセルに形質転換した。
ランダムに選択された形質転換体のプラスミドDNAを、TempliPhi DNA Amplification Kit (GE Healthcase)を用いて調製し、27Fプライマー及び520Rプライマー(5'-ACCGCGGCTGCTGGC-3'; 配列番号:3)を用いて配列解析を行った。すべての配列は、BLAST検索で確認し、最も近い細菌種を同定した。この16S rRNA遺伝子クローンライブラリー解析で得られたヌクレオチド配列の代表例を、国際塩基配列データベースに寄託した(Accession Numbers: AB453241-AB453250)。
【0048】
[ホールマウントFISH解析]
ホールマウントFISH解析は、基本的にAmannらの方法(Amann RI. et al., J Bacteriol, 1990, 172:762-70)に従って行った。
組織中の細菌を検出するため以下の表1に示すオリゴヌクレオチドプローブ(いずれもInvirogen-Molecular Probes社製)を用いた。
【表1】

Alcaligenesは、ALBO34a及びBPAの二重陽性細胞として検出された。
分離した組織は、4%のパラホルムアルデヒドにより4℃で一晩固定し、PBSで洗浄した。当該組織を、60℃(ALBO34a, BPA)又は42℃(EUB338)のハイブリダイゼーション用緩衝液[0.9M NaCl, 20mM Tris-HCl, 45%ホルムアミド(ALBO34a, BPA)又は0%ホルムアミド(EUB338), 0.1% SDS]中に一晩静置し、ハイブリダイゼ―ションさせた。
組織切片を、60℃(ALBO34a, BPA)又は42℃(EUB338)の洗浄用緩衝液[0.45M NaCl, 20mM Tris-HCl, 45%ホルムアミド(ALBO34a, BPA)又は0%ホルムアミド(EUB338), 0.01% SDS]中で10分間ずつ2度洗浄し、その後PBSで洗い流した。
レクチン標識実験は、Alexa Fluor 633標識WGA(Invitrogen-Molecular Probes)、又は、ビオチン化UEA-1(Vector Laboratories)とAlexa 633結合ストレプトアビジン(Molecular Probes)により、10μg/mlで1時間処理して行った。PBSで洗浄後、組織サンプルはDM IRE2/TCS SP2共焦点顕微鏡(Leica Microsystems)で観察した。
【0049】
[統計]
データは平均値±SD又はSEMで示し、unpaired Student’s t-test(p<0.01)で評価した。
【0050】
[パイエル板欠損マウスの作製と抗生物質処理]
パイエル板欠損マウスは、Flintらの方法(Flint HJ. et al., Nat Rev Microbiol, 2008, 6: 121-31)に従い、妊娠したマウスを抗IL-7Rαモノクローナル抗体で処理して作製した。パイエル板の欠損は、組織学的に確認した。
抗生物質処理マウスは、アンピシリン(1g/l)、バンコマイシン(500mg/l)、硫酸ネオマイシン(1g/l)、メトロニダゾール(1g/l)を含む水を1ヶ月間与えて作製した。
【0051】
[Alcaligenes特異的抗体の産生]
マウスパイエル板から単離した単核細胞を、P3X63-AG/.653ミエローマ細胞(ATCC、CRL-1580)と、50%(w/v)ポリエチレングリコール1500(Roche Diagnostics)存在下で、ランダムに融合させた。得られたハイブリドーマをELISA法によりスクリーニングし、Alcaligenes NBRC 13111Tに対して反応性が高い抗体を産生するものと、反応しない抗体を産生するものを得た。これらのモノクローナル抗体は、KAPTIV-AE(Tecnogen)を用いて精製した。Alcaligenes特異的モノクローナル抗体#11E-8C-7A(IgMアイソタイプ)、及びAlcaligenes非反応性モノクローナル抗体#12A-5G-4F(IgMアイソタイプ)を実験に用いた。Alcaligenes特異的モノクローナル抗体#11E-8C-7Aを産生するハイブリドーマは、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託した(〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)(受領日:2010年3月25日、受領番号:NITE AP-920)。
【0052】
[免疫組織化学]
サル及びヒトの小腸から切除したパイエル板を含む組織を、4%パラホルムアルデヒド中、4℃で一晩固定した。PBS及びスクロースを含む緩衝液で洗浄後、Tissue-Tek O.C.T. compound(Sakura Finetek)中で凍結させた。凍結した組織を切片にし、Alcaligenes反応性モノクローナル抗体#11E-8C-7A、又はAlcaligenes非反応性モノクローナル抗体#12A-5G-4Fと、4℃で一晩反応させた。
ラットIgG抗体でブロッキングし、PE-conjugated抗マウスIgM抗体(BD PharMingen)で染色した。DAPI染色後、DM IRE2/TCS SP2共焦点顕微鏡(Leica Microsystems)で組織サンプルを観察した。
【0053】
[ELISA]
抗体価を調べるため、Kiyonoらの方法(Kiyono H. et al., Fundamental Immunology, 2008, eds Paul WE (Lippincott-Raven, Philadelphia) 6: pp 983-1030)に従ってELISAを行った。
具体的には、マイクロタイタープレートを、100μlの1mg/ml 凍結乾燥NBRC 13111T、又は5μg/ml ヤギ抗マウスイムノグロブリン(Southern Biotech)でコーティングした。ブロッキング緩衝液(1%BSA in PBST)でウェルをブロッキングし、血清及び糞便サンプルを加えてインキュベートした。さらに、HRP標識抗マウスIgA又はIgG抗体(Southern Biotech)とインキュベートした。各インキュベートに先立って、プレートをPBST緩衝液(0.05% Tween 20 in PBS)で洗浄した。最後に、3,3’,5,5’-テトラメチルベンジジンと正確に5分間反応させ、450nmの吸光度を測定した。
なお、糞便サンプルは、糞便の重量を量り、PBSを100mg/mlになるように加え、4℃で30分激しく撹拌して懸濁し、4℃、15,000rpmで15分間遠心処理を行って得られる上清を用いた。糞便は処理時まで-80℃で保存した。
【0054】
[ELISPOTアッセイ]
パイエル板及びLP由来の単核細胞を、SPFマウス及び無菌マウスの小腸から分離した。抗体産生細胞(AFC)の数を測定するため、Kiyonoら(2008)の方法に従ってELISPOTアッセイを行った。
具体的には、ニトロセルロースプレートを100μlの1mg/ml凍結乾燥NBRC 13111T、又は5μg/mlヤギ抗マウスイムノグロブリン(Southern Biotech)でコーティングした。10%のウシ胎児血清を含むRPMI 1640でブロッキングした。様々な濃度に希釈したリンパ系細胞懸濁液を加えてインキュベートした。HRP標識抗マウスIgA又はIgG抗体を加え、最後に過酸化水素含有緩衝液(Moss)に溶解させた3-アミノ-9-エチルカルバゾールと反応させた。反応を停止させ、実体顕微鏡を用いてAFCを数えた。
【0055】
[フローサイトメトリー]
フローサイトメトリーは、抗原特異的IgA+B細胞をFACSCaliburフローサイトメーター(BD Biosciences)を用いて解析した。
具体的には、細胞を抗FcRモノクローナル抗体(2.4G2; BD PharMingen)とプレインキュベートし、IgA及びB220に特異的な適切な蛍光標識抗体で染色した。最後に、細胞を、蛍光タンパク質を発現する細菌と反応させた。交差反応を確認するため、パイエル板細胞を、まず蛍光タンパク質発現細菌と、次にビオチン結合抗マウスIgAモノクローナル抗体(Southern Biotech)と共にインキュベートし、最後にAPC結合ストレプトアビジン(BD PharMingen)で染色した。CellQuestソフトウエア(BD Biosciences)でデータを分析した。
【0056】
[サイトカインアッセイ]
無菌マウスまたはSPFマウスから得たパイエル板細胞(1×105細胞)又は精製したパイエル板樹状細胞(5×104細胞)を、生きたNBRC 13111T(5×106細胞)若しくは65℃30分で加熱殺菌したNBRC 13111T(5×106細胞)と、完全培地(RPMI 1640、10%加熱不活化ウシ胎児血清、50μM 2-ME、100U/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシン、40μg/mlゲンタマイシン)において、37℃、5%CO2の加湿環境で培養した。2日後、培養上清を回収し、IL-6、TGF-β、BAFF産生をELISA(R&D Systems)により測定した。
【0057】
<パイエル板表面及び内部に定着する細菌>
16S rRNAクローンライブラリー法により、未処理のSPFマウスにおけるパイエル板表面及び内部の細菌の組成を決定した。
パイエル板を覆う濾胞関連上皮表面では、セグメント細菌(segmented filamentous bacteria;SFB)が最も多く検出された(図1)。対照的に、パイエル板内部では、Alcaligenes、Ochrobactrum、Serratia、Burkholderiaを含むいくつかの常在性日和見細菌が検出された。このうち、日和見細菌であるAlcaligenesが最優勢(72%)に存在した(図2)。
【0058】
<パイエル板内部におけるAlcaligenesの局在>
ホールマウントFISH解析によって、パイエル板内部におけるAlcaligenesの存在及び局在を確認した。
全細菌を検出するEUB338(Amannら(1990))、Alcaligenes及びBordetellaを特異的に検出するALBO34a、及びAlcaligenes、Burkholderia、及びComamonasを選択的に検出するBPAの3種類のプローブを使用して、細菌を可視化した。Alcaligenesは、ALBO34a及びBPAの二重陽性細胞として検出された。
16S rRNA解析の結果に一致して、コムギ胚アグルチニン(WGA)陽性上皮細胞で覆われたパイエル板の表面全体で、形態的にSFBに類似するEUB338陽性細菌観察された(図3左上)。
ALBO34a、BPAの二重陽性細胞であるAlcaligenesは、WGA陽性上皮細胞が見られないパイエル板の内部で検出された(図3左下)。z軸方向の逐次解析により、Alcaligenesがパイエル板の内部に存在していることが確認された。
また、16S rRNA遺伝子を標的とするグループ特異的PCRプライマーを用い、Alcaligenesに対してPCR法を行って、Alcaligenesの存在をさらに確認した。
【0059】
Alcaligenesは、パイエル板内部において最優勢に存在する一方、LP内部ではほとんど見られなかった(図3右下)。一方、LP表層には、EUB338陽性細菌が広く遍在していた(図3右上)。
このことから、LP領域を覆う上皮にも抗原を取り込む細胞(絨毛M細胞、上皮樹状細胞等)は存在するが、パイエル板の濾胞関連上皮におけるM細胞やDC細胞のみがAlcaligenesの侵入に関与しているものと考えられた。
また、パイエル板内のAlcaligenesの存在は、様々なSPF実験動物施設で飼育された異なる種類のマウスが共通して有する特徴であることを確認した。
以上の事実から、共生細菌が、消化管に関連するリンパ構造の組織内に生息している可能性が示唆された。
【0060】
<Alcaligenesを取り込んだパイエル板樹状細胞の移動>
次に、パイエル板内部にいるAlcaligenesと、粘膜の免疫担当細胞との相互作用を調べた。16S rRNA解析により、種々の組織から精製した樹状細胞内の微生物を検出したが、Alcaligenesは、パイエル板及び腸管膜リンパ節の樹状細胞でのみ検出され(図4、5)、脾臓の樹状細胞では検出されなかった。
これらの事実は、常在性日和見細菌を取り込んだ樹状細胞が移動するためのパイエル板と腸管膜リンパ節を結ぶ軸の存在を示唆し、腸管膜リンパ節は、全身組織内への常在性日和見細菌の侵入の防止を補強する役割を果たしているものと考えられた。FISH解析により、SPFマウスの腸管膜リンパ節にかなりの数のAlcaligenesがいることも確認した。
腸管膜リンパ節内のAlcaligenesの主な供給源がパイエル板の樹状細胞であることを調べるため、抗IL-7受容体α鎖モノクローナル抗体を使用した子宮内処理により、パイエル板欠損マウスを作製した。
パイエル板欠損マウスでは、Alcaligenesは腸管膜リンパ節でごくわずかしか検出されず(図6下段)、当該Alcaligenesは、孤立リンパ小節(isolated lymphoid follicles;ILF)に由来するものと考えられた。孤立リンパ小節は、パイエル板に類似する組織であり、パイエル板欠損マウスにおいても形成される。
これらの結果は、パイエル板は、経口的に感染する細菌(Salmonella typhimurium、Helicobacter pylori等)を取り込み、続いて宿主免疫反応を惹起する主要な部位であるという従来の知見(Hashizume T. et al., Biochem Biophys Res Commun, 2007, 360: 388-93; Nagai S. et al., Proc Natl Acad Sci USA, 2007, 104: 8971-6.)に一致した。
【0061】
<共生の確立のためのAlcaligenes特異的粘膜抗体反応の誘導>
Alcaligenesの組織内における存在、及びパイエル板樹状細胞によるAlcaligenesの取り込みが腸管粘膜における抗体反応に及ぼす影響を解明するため、粘膜抗体の主なアイソタイプであるIgA抗体のAlcaligenesに対する反応を調べた。抗原特異的免疫反応の解析には、パイエル板におけるAlcaligenesの優勢種であるAlcaligenes faecalis subsp. faecalis NBRC 13111Tを用いた。
SPFマウスの糞便中で、相当量のAlcaligenes特異的IgA抗体が検出された。一方、無菌マウスにおいては、同アイソタイプのAlcaligenes特異的抗体を産生していなかった(図7)。また、SPFマウス、無菌マウスのいずれにおいてもAlcaligenes特異的な血清IgG抗体は検出されなかった(図8)。
これらの結果は、Alcaligenesが、主要な粘膜抗体誘導リンパ組織であるパイエル板に局在し、全身性のIgG抗体反応が優勢な脾臓には存在しないことを反映している。
【0062】
これらの事実に一致して、未処理のSPFマウスは、パイエル板及びLP領域を含む腸管にAlcaligenes特異的IgA抗体産生細胞(AFC)を有するが、脾臓には有しないことをELISPOTアッセイによって確認した(表2)。また、Alcaligenes特異的IgG-AFCは腸管膜リンパ節にも脾臓にも見られなかった(表3)。
【表2】

【表3】

Alcaligenes特異的IgA-AFCは、LP領域よりもパイエル板に多く見られた。パイエル板のIgA-AFCは、2%以上がAlcaligenesに反応したが、LPのIgA-AFCのうちAlcaligenes特異的なものは約0.5%にすぎなかった。
Alcaligenes特異的IgA-AFCの組織特異的なパターンは、GFP-Alcaligenesを用いたFACS分析でさらに確認した。パイエル板においては、IgA陽性B細胞の5.3%(2.3%のIgA形質芽細胞を含む)がAlcaligenesに特異的であった。一方、LPにおいては、IgA陽性B細胞のうち、Alcaligenes特異的なものはわずか1.1%であった。
さらに、パイエル板におけるIgAクラススイッチB細胞(又はIgA-committed 細胞)のLPホーミング特性を調べたところ、Alcaligenes特異的IgAB細胞は、他のパイエル板IgAB細胞より、小腸特異的ホーミング受容体(α4β7、CCR9、及びCCR10)の発現量が少なかった。従って、Alcaligenes特異的IgA-committed B細胞は、パイエル板内にとどまっている可能性が高く、それによりAlcaligenes特異的IgA-AFCは、LPよりパイエル板に多いものと考えられた。
【0063】
いくつかの腸管IgA抗体は、B1 B細胞に由来し、共生細菌が共通して発現するT細胞依存性抗原を認識する。従って、Alcaligenes特異的IgA抗体も他の共生細菌と交差反応する可能性がある。しかしながら、FACS解析により、Alcaligenes特異的抗体が他の細菌と交差反応しないことを確認した。このことは、SPFマウスのパイエル板由来のB細胞の細胞融合によって作製したAlcaligenes特異的IgAモノクローナル抗体(#3E-12A-6D-3G)を用いた解析によってさらに支持された。このモノクローナル抗体はE. coliと交差反応しなかった。
さらに、TCRβ-/-δ-/-マウスにおいて、抗Alcaligenes IgA抗体量の減少が認められた。このデータは、Alcaligenes特異的IgA抗体のほとんどが、T細胞依存性の抗原特異的抗体を産生するB2 B細胞に由来することを示唆する。このことは、共生細菌であるか病原性細菌であるかに関わらず、T細胞依存性細菌抗原に対する腸管の粘膜抗体の反応は、ほとんどがパイエル板で誘導されるという事実と一致する。
【0064】
パイエル板の主な役割は、IgA-commited B細胞及び形質芽細胞(但し形質細胞を除く)の誘導であると考えられているが、これらのデータは、Alcaligenes特異的な糞便中のIgA抗体のほとんどが、T細胞依存的にパイエル板IgA産生細胞によって産生されることを示唆する。実際、パイエル板欠損マウスでは、糞便中の抗Alcaligenes IgA抗体は著しく低い濃度であった。これらの知見は、パイエル板樹状細胞が、IgM+B細胞からIgA+B細胞へのクラススイッチ及びレチノイン酸合成を介した腸管指向性の決定のみに関与するのではなく、抗体産生を増強するサイトカインであるIL-6による刺激シグナルを介したパイエル板におけるIgA分泌を制御しているという従来の報告に一致するものである。
【0065】
Alcaligenesで処理した無菌マウス由来のパイエル板細胞によるIL-6産生を調べたところ、Alcaligenesは、IL-6を相当量産生するために、主としてパイエル板樹状細胞を誘導した。WTマウスから単離したパイエル板樹状細胞をAlcaligenesと共培養したところ、IgA産生を増強するサイトカインであるIL-6に加え、IgAアイソタイプにスイッチングするサイトカインであるTGF-β及びBAFFの合成も亢進した。
【0066】
以上の結果を総合すると、粘膜抗体は、局所的に産生される抗原特異的IgA抗体を含めて、パイエル板におけるAlcaligenesの組織内共生で重要な役割を果たしていることが示唆される。このことは、B細胞を欠損するCBA/N xid マウスのパイエル板において、野生型マウスよりAlcaligenesの数が著しく少ないという事実(図9)にも支持される。
さらに、統計学的な有意差は見られなかったものの、IgA欠損マウスにおいてもパイエル板におけるAlcaligenesレベルが低下している傾向が見られた。IgAの欠損がパイエル板における組織内のAlcaligenesを完全には排除しなかったことから、Alcaligenes特異的IgA抗体だけがパイエル板におけるAlcaligenesの存在に関与しているわけではないことが示唆される。IgA欠損マウスにおいては同時に、IgM抗体およびIgM抗体産生細胞の増加が確認されるという事実、ならびにパイエル板内部においてはIgM陽性B細胞が最優勢であることから、粘膜抗体全般(IgAとIgMの両方)がパイエル板内部におけるAlcaligenesの存在を規定していることが示唆される。
【0067】
<Alcaligenesのパイエル板内部での定着能>
Alcaligenesは複数の抗生物質に耐性を示すという従来の報告(Armstrong JL. et al., Appl Environ Microbiol, 1981, 2: 277-83; Ash RJ. et al., Emerg Infect Dis, 2002, 8: 713-6)に基づき、パイエル板における組織内Alcaligenesの存在を直接的に評価する新規な方法を検討した。
抗生物質で処理したマウスから、滅菌条件下でパイエル板を分離し、組織をホモジナイズした後、これを無菌マウスに経口投与したところ、パイエル板由来Alcaligenesが定着したマウス(Alcaligenes定着マウス)が得られた。抗生物質で処理したマウスを調べたところ、濾胞関連上皮を含む腸管の上皮表面に細菌は見られなかったが(図10A左下)、パイエル板内部にAlcaligenesが存在した(図10A右下)。経口投与から3週間経過後も、AlcaligenesはAlcaligenes定着マウスのパイエル板内で認められた(図10B下)。Alcaligenesのパイエル板内における定着は、糞便中に抗原特異的SIgAが存在し、且つ、血清IgG抗体が存在しないことによってさらに支持された(図11)。同マウスにおいては、抗原特異的IgA-AFCは有意に増加していたが、IgG-AFCは増加しなかった(表4、5)。全IgAレベルは、Alcaligenes定着マウスの一部において増加した。
【表4】

【表5】

【0068】
無菌マウスのパイエル板を調べたところ、IgA-AFCの総数は、リンパ球105個あたり、143±45個であった。一方、SPFマウス及びAlcaligenes定着マウスは、それぞれ1304±364個、625±307個であった(表A及びB)。Alcaligenes定着マウス、無菌マウス、SPFマウスから採取した糞便サンプル中の全IgAレベルにも同様の傾向が見られた。これらの結果は、パイエル板におけるAlcaligenesの組織内定着は、Alcaligenes特異的IgA抗体の誘導のみでなく、液性免疫全体の誘導にも一部寄与していることを示唆する。
【0069】
<サル及びヒトパイエル板内部のAlcaligenes>
FISH解析の結果、Alcaligenesはサルパイエル板の内部にも存在することが確認され(図12)、これらのサルの糞便中で抗Alcaligenes IgA抗体が検出された(図13)。サルパイエル板内のAlcaligenesの組織内定着をさらに示すため、Alcaligenes特異的モノクローナル抗体(#11E-8C-7A、IgMアイソタイプ)を作製した。このモノクローナル抗体を用いた免疫組織化学分析により、非ヒト霊長類のパイエル板内にもAlcaligenesが存在することが確認された(図16左)。
ヒトのパイエル板を、内視鏡バイオプシーにより非炎症部位から得て、FISH解析を行ったところ、組織内にAlcaligenesが存在することが確認された(図14)。さらに、ヒト糞便サンプル中でも、抗Alcaligenes IgA抗体が検出された(図15)。ヒトパイエル板の組織内Alcaligenesは、モノクローナル抗体#11E-8C-7Aを用いた免疫組織化学によりさらに確認された(図16右)。
【0070】
<IBD患者のパイエル板内部のAlcaligenes>
クローン病患者及び潰瘍性大腸炎患者の炎症部位から得たパイエル板についてFISH解析を行ったところ、組織内でAlcaligenesはほとんど検出されなかった。図17に、健常者の結果と並べて示す。
炎症部位では、常在性日和見細菌が共生できる環境が作られないことが原因であると考えられる。
また、これらの患者の糞便サンプル中では、抗Alcaligenes IgA抗体がほとんど検出されないことも確認された(data not shown)。
【受託番号】
【0071】
【配列表フリーテキスト】
【0072】
配列番号:1は、16S rRNA分析に用いたユニバーサルプライマー27Fの塩基配列である。
配列番号:2は、16S rRNA分析に用いたユニバーサルプライマー1492Rの塩基配列である。
配列番号:3は、16S rRNA分析に用いたユニバーサルプライマー520Rの塩基配列である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者の糞便中における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体の抗体価を測定する工程を含む、炎症性腸疾患の検査方法。
【請求項2】
前記抗体価を測定する工程は、前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体に対する抗体を用いたイムノアッセイによって行う、請求項1に記載の検査方法。
【請求項3】
前記イムノアッセイがELISA法である、請求項2に記載の検査方法。
【請求項4】
前記被検者の糞便中における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体の抗体価と、健常者の糞便中における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体の抗体価を比較する工程を含む、請求項1から3のいずれか1項に記載の検査方法。
【請求項5】
前記腸管関連リンパ組織が、パイエル板である、請求項1から4のいずれか1項に記載の検査方法。
【請求項6】
前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌が、Alcaligenes ssp.、Ochrobactrum spp.、Serratia ssp.、Burkholderia spp.、Pseudomonas fluorescens、及びStenotrophomonas maltophiliaからなる群より選択される少なくとも1つである、請求項1から5のいずれか1項に記載の検査方法。
【請求項7】
腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体に対する抗体を含む、炎症性腸疾患の検査用キット。
【請求項8】
前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌が、Alcaligenes ssp.、Ochrobactrum spp.、Serratia ssp.、Burkholderia spp. 、Pseudomonas fluorescens、及びStenotrophomonas maltophiliaからなる群より選択される少なくとも1つである、請求項7に記載の検査用キット。
【請求項9】
被検者から採取した腸管関連リンパ組織内における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌を測定する工程を含む、炎症性腸疾患の検査方法。
【請求項10】
前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌を測定する工程を、in situ ハイブリダイゼーションによって行う、請求項9に記載の検査方法。
【請求項11】
前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌を測定する工程を、該常在性日和見細菌に対する抗体を用いた免疫組織化学により行う、請求項9に記載の検査方法。
【請求項12】
前記非検者から採取した腸管関連リンパ組織内における、腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌を、健常者の腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌と比較する工程を含む、請求項9から11のいずれか1項に記載の検査方法。
【請求項13】
前記腸管関連リンパ組織が、パイエル板である、請求項9から12のいずれか1項に記載の検査方法。
【請求項14】
前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌が、Alcaligenes ssp.、Ochrobactrum spp.、Serratia ssp.、Burkholderia spp.、Pseudomonas fluorescens、及びStenotrophomonas maltophiliaからなる群より選択される少なくとも1つである、請求項9から13のいずれか1項に記載の検査方法。
【請求項15】
腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌のrRNAにハイブリダイズする核酸プローブを含む、炎症性腸疾患の検査用キット。
【請求項16】
前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌が、Alcaligenes ssp.、Ochrobactrum spp.、Serratia ssp.、Burkholderia spp.、Pseudomonas fluorescens、及びStenotrophomonas maltophiliaからなる群より選択される、請求項15に記載の検査用キット。
【請求項17】
腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体を含む、炎症性腸疾患の検査用キット。
【請求項18】
前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌が、Alcaligenes ssp.、Ochrobactrum spp.、Serratia ssp.、Burkholderia spp.、Pseudomonas fluorescens、及びStenotrophomonas maltophiliaからなる群より選択される少なくとも1つである、請求項17に記載の検査用キット。
【請求項19】
前記腸管関連リンパ組織内の常在性日和見細菌に対する抗体が、受領番号NITE AP-920で寄託されたハイブリドーマによって産生される抗Alcaligenesモノクローナル抗体である、請求項18に記載の検査用キット。
【請求項20】
受領番号NITE AP-920で寄託されたハイブリドーマ。
【請求項21】
請求項20に記載のハイブリドーマに産生される抗Alcaligenesモノクローナル抗体。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図11】
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【図13】
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【図15】
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【図3】
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【図6】
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【図10】
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【図12】
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【図14】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2011−203195(P2011−203195A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−72790(P2010−72790)
【出願日】平成22年3月26日(2010.3.26)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】