炭素材の製造方法
【課題】炭素基材に炭化金属層が形成されていない部分が生じるのを抑制することにより、被膜にむらが生じたり、被膜の密着性が低下するのを抑えることができる炭素材を提供する。
【解決手段】結着剤であるポリビニルアルコールと金属粉末とを含むスラリーを、炭素基材に塗布することにより炭素基材に金属粉末を付着させる第1ステップと、上記金属粉末が付着された炭素基材を、塩化水素ガスの雰囲気となっている容器内で熱処理する第2ステップと、を有することを特徴とする。
【解決手段】結着剤であるポリビニルアルコールと金属粉末とを含むスラリーを、炭素基材に塗布することにより炭素基材に金属粉末を付着させる第1ステップと、上記金属粉末が付着された炭素基材を、塩化水素ガスの雰囲気となっている容器内で熱処理する第2ステップと、を有することを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面改質された炭素材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素材は、軽量であるとともに、化学的・熱的安定性に優れ、非金属でありながら熱伝導性および電気伝導性が良好であるという特性を有している。しかしながら、炭素材は、基本的特性として、発塵性がある、セラミックスや金属、そして樹脂との接着が困難であるといった問題があった。
【0003】
この密着性を改善する方法として、例えば、特許文献1には、黒鉛表面に炭素と反応して炭化物を形成する金属粉末を付着又は印刷し、これを非酸化性雰囲気中で800〜2000℃に加熱することにより、黒鉛表面に炭化金属層を形成した後、当該炭化金属層の表面に金属めっきを施して黒鉛表面を金属化(メタライズ)し、更に、軟ろう、または、硬ろうにより他の部材と接合する方法が提案されている。
また、特許文献2および特許文献3には、ハロゲン化クロムガスを発生する浸透剤に炭素材を埋め込み、熱処理することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平1−203209号
【特許文献2】特開平8−143384号
【特許文献3】特開平8−143385号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1に示されるように、単に金属粉末を付着又は印刷し、更に加熱しただけでは、炭素基材に炭化金属層が形成されていない部分があり、被膜にむらが生じたり、被膜の密着性が低下する等の課題を有していた。また、上記特許文献2および特許文献3のように浸透剤に炭素材を埋め込んで処理する方法では、浸透剤の成分が炭素材にくっついてしまうという課題を有していたこと、および、浸透剤を構成する物の中に水素ガスを流す必要があるために温度ムラに伴う品質のばらつきや、設備自体に水素を流すことを可能にするための検知機が必要となり、コストの増大を招いていた。
本発明は、上記課題を考慮したものであり、炭素基材に炭化金属層が形成されていない部分が生じるのを抑制することにより、被膜にむらが生じたり、被膜の密着性が低下するのを抑えることが可能であること、および、金属粉末を付着させることで、選択した部分にのみ炭化金属の形成が可能で、過剰な設備を不要とする炭素材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
炭素基材に金属粉末を付着させる第1ステップと、上記金属粉末が付着された炭素基材を、ハロゲン化水素ガスの雰囲気となっている容器内で熱処理する第2ステップと、を有することを特徴とする。
上記製造方法の如く金属粉末がハロゲン化水素ガスの雰囲気下で熱処理されていれば、炭素基材の表面に炭化金属層が均一に形成されるので、炭素基材に炭化金属層が形成されていない部分が生じるのを抑制することができる。この結果、被膜にむらが生じたり、被膜の密着性が低下するのを抑えることができる。
また、炭化金属層の形成後に、メッキ法、溶射法等によって金属層等を形成した場合には、当該金属層の接着強度が向上し、また、炭化金属層の形成後にそのまま炭素材を使用する場合には、粉塵が発生するのを抑制することができる。
【0007】
上記第1ステップにおいて、結着剤と金属粉末とを含むスラリーを炭素基材に塗布するまたは炭素基材を上記スラリーにディップすることにより炭素基材に金属粉末を付着させることが望ましい。
結着剤が存在するスラリーを用いて金属粉末を炭素基材に塗布すれば、炭素基材の表面に均一且つ円滑に金属粉末を塗布することができるからである。上記結着剤としては、溶剤に可溶である樹脂成分が好ましく、特に水に可溶である水溶性樹脂が好ましい。この水溶性樹脂としては、熱処理時の焼失し、炭素材に残存せずに影響を及ぼさないものが好ましく、特にポリビニルアルコール(PVA)が入手しやすく、安価であるため好ましい。
【0008】
上記第2ステップにおけるハロゲン化水素ガスが塩化水素ガスであることが望ましい。
ハロゲン化水素ガスが塩化水素ガスであれば、被膜にむらが生じたり、被膜の密着性が低下したりするのを一層抑制することができ、また、低コストで炭素材を作製することができるからである。
【0009】
上記第2ステップにおいて、金属粉末が付着された炭素基材と塩化アンモニウムとを同一の容器に収納して熱処理することが望ましい。
塩化アンモニウムを塩化水素発生剤として用いれば、塩化アンモニウムは固体であるため取り扱いが容易であり、加熱により塩化アンモニウムから発生する塩化水素ガスにより容器内を塩化水素ガス雰囲気にすることができ、本発明の方法を容易に実行できるからである。
【0010】
上記容器に添加する上記塩化アンモニウムの量は、該容器の容積に対して1.00×10−4g/cm3以上であることが望ましい。
単位体積あたりの塩化アンモニウムの量が1.00×10−4g/cm3未満になると、良質な被膜ができ難いという理由による。但し、塩化アンモニウムの量が多過ぎても添加効果が一定レベル以上発揮することができないばかりか、炭素材の生産コストが高騰するので、塩化アンモニウムの量は1.00×10−2g/cm3以下であることが望ましい。
【0011】
上記金属粉末がクロム粉末であることが望ましい。
但し、金属粉末はクロム粉末に限定するものではなく、ステンレス等のクロムを含む合金粒子を用いることもできる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の炭素材の製造方法によれば、炭素基材に炭化金属層が形成されていない部分が生じるのを抑制することができる。この結果、被膜にむらが生じたり、被膜の密着性が低下するのを抑えることができるといった優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】スラリーにおけるPVAの割合が多過ぎる(クロムの割合が少な過ぎる)場合の炭素材の製造工程を示す説明図。
【図2】スラリーにおけるPVAの割合が少な過ぎる(クロムの割合が多過ぎる)場合の炭素材の製造工程を示す説明図。
【図3】本発明材料B1(クロム量は66.7重量%、熱処理時間は0.5時間)の外観写真。
【図4】本発明材料B2(クロム量は66.7重量%、熱処理時間は3時間)の外観写真。
【図5】本発明材料B3(クロム量は66.7重量%、熱処理時間は10時間)の外観写真。
【図6】本発明材料B1におけるムラ(凹凸)が生じている部位のSEM写真。
【図7】本発明材料B2におけるムラが生じている部位のSEM写真。
【図8】本発明材料B3におけるムラが生じている部位のSEM写真。
【図9】本発明材料B1〜B3のX線回折グラフ。
【図10】本発明材料B1の断面状態を示すSEM写真。
【図11】本発明材料B2の断面状態を示すSEM写真。
【図12】本発明材料B3の断面状態を示すSEM写真。
【図13】本発明材料D1(クロム量は16.7重量%、熱処理時間は0.5時間)の外観写真。
【図14】本発明材料D2(クロム量は16.7重量%、熱処理時間は3時間)の外観写真。
【図15】本発明材料D3(クロム量は16.7重量%、熱処理時間は10時間)の外観写真。
【図16】本発明材料D1におけるムラが生じている部位のSEM写真。
【図17】本発明材料D2におけるムラが生じている部位のSEM写真。
【図18】本発明材料D3におけるムラが生じている部位のSEM写真。
【図19】本発明材料D1〜D3のX線回折グラフ。
【図20】本発明材料D1の断面状態を示すSEM写真。
【図21】本発明材料D2の断面状態を示すSEM写真。
【図22】本発明材料D3の断面状態を示すSEM写真。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
炭素基材に金属粉末を付着させた後、金属粉末が付着された炭素基材を、ハロゲン化水素ガスの雰囲気となっている容器内で熱処理するものであり、当該製造方法によれば、簡便に炭素基材の表面に炭化金属層を形成することができる。
【0015】
ここで、上記熱処理の温度は800℃以上1200℃以下で行うことが好ましい。熱処理の温度が低過ぎる場合には、炭化金属層(例えば、クロムカーバイド)の生成が遅くなるとともに層を良好に形成できない可能性がある一方、温度が高過ぎる場合には、加熱処理において反応しなかった粉体が炭素基材に固着する可能性がある。
【0016】
また、上記熱処理の時間は10時間以上で24時間以下であることが好ましい。処理時間が短過ぎる場合には、炭化金属層の生成が均一とならないことがある一方、処理時間が長過ぎる場合には、それ以上層の形成が進まなくなるとともに加熱のための熱エネルギーが多くなって、生産コストが上昇するからである。
【0017】
炭素基材に金属粉末を付着させる方法としては、上述の如く、結着剤であるポリビニルアルコール(PVA)と金属粉末とを含むスラリーを炭素基材に、印刷、スクリーンコート、スピンコート、ディップコート等により塗布する方法がある。この場合、炭素基材に付着させる金属粉末(例えば、クロム)の量(炭素基材の単位面積あたりのクロムの量)は、2.0×10−2g/cm2以上8.0×10−2g/cm2以下であることが好ましい。また、炭素基材に付着させる結着剤の量は、1.0×10−3g/cm2以上7.0×10−3g/cm2以下であることが好ましい。
このことを、図1(a)〜(d)、図2(a)〜(d)に基づいて説明する。
【0018】
尚、図1(a)〜(d)は基材に塗布されるPVAの量が多過ぎる場合の炭素材の製造工程を示す説明図、図2(a)〜(d)は基材に塗布されるクロムの量が多過ぎる場合の炭素材の製造工程を示す説明図であり、図1(a)及び図2(a)は炭素基材1の表面にスラリーを塗布した場合の図、図1(b)(c)及び図2(b)(c)は炭素基材1の温度が250〜500℃(PVAと塩化アンモニウムとの分解が生じる温度)になった場合の図、図1(d)及び図2(d)は炭素基材1の温度が650℃以上(クロムカーバイドが生成する温度)になった場合の図である。また、図1(a)〜(d)、図2(a)〜(d)において、1は炭素基材、2はPVA、3はクロム、4は炭化したPVA、5はクロムカーバイドである。
【0019】
先ず、基材に塗布されるPVAの量が多過ぎる場合には、図1(c)に示すように、温度が250〜500℃となると表面に凹凸が生じる。この結果、温度が650℃以上となった場合には、図1(d)に示すように、炭化したPVA4によって、炭素基材1の表面に凹凸が形成されることになると推測される。
一方、基材に塗布されるクロムの量が多過ぎる場合には、図2(b)(c)に示すように、温度が250〜500℃となっても表面に凹凸が生じることはない。しかしながら、温度が650℃以上となった場合には、図2(d)に示すように、過剰のクロムカーバイド5が生じるため、やはり炭素基材1の表面に凹凸が形成されることになると推測される。
なお、上記の炭素基材の単位面積当たりの金属粉末量に調整するために、塗布を複数回繰り返してスラリーの塗布量を調整してもよい
また、スラリーの総量に対する結着剤の量は、基材に対する塗布性を向上させ、金属粉末量を調整しやすくするために、1〜5重量%であることが好ましい。
【0020】
上記容器としては、黒鉛坩堝等の炭素から成る容器が例示される。このように、炭素から成る容器を用いれば、短時間で炭素基材に炭化金属層を形成することができる。これは、炭素から成る容器を用いることにより粉体に含まれる金属粒子等の材料を効率的に炭素基材の表面処理に利用できるため、必要な熱量を下げることができるためであると推察される。
【0021】
また、上記加熱処理においては、常圧で処理することが好ましい。常圧で処理できることにより、真空ポンプ等の設備が不要であって、減圧にかかる時間が不要となり、処理が簡易となるとともに、処理時間の短縮となる。なお、減圧下で処理してもよいが、熱分解性ハロゲン化水素発生剤が低温での急激な分解が生じる可能性があるため、ハロゲン化水素を効率的に反応させることが困難となるとともに、粉体が飛散する可能性がある。
【0022】
以下、本発明において使用される各部材について説明していく。
上記炭素基材としては、特に限定されるものではなく、たとえば等方性黒鉛材、異方性黒鉛材、炭素繊維複合材料等が挙げられる。この炭素基材としては、かさ密度が1.0〜2.1g/cm3であることが好ましく、気孔率40%以下であることが好ましい。
【0023】
上記の如く、ハロゲン化水素ガスの雰囲気とするためには、熱分解性ハロゲン化水素発生剤を用いれば良い。この熱分解性ハロゲン化水素発生剤とは、常温・常圧では固体状態を保ち、加熱により分解して、塩化水素、フッ化水素、臭化水素等のハロゲン化水素を発生するものである。この熱分解性ハロゲン化水素発生剤の熱分解温度としては、200℃以上の温度であることが、加熱する前の取り扱いが容易であり好ましい。この熱分解性ハロゲン化水素発生剤から発生したハロゲン化水素は、加熱処理中に金属粒子と反応してハロゲン化金属ガスを発生する。このハロゲン化金属ガスにより炭素基材を処理することにより炭素基材の表面に炭化金属層を形成することができる。このように炭素基材の処理がガスによるものであるため、炭素基材に穴、溝等を形成したような複雑な形状である場合においても、炭素基材にほぼ均一に炭化金属層を形成することができる。
この熱分解性ハロゲン化水素発生剤としては、入手のしやすさから塩化アンモニウムが好ましい。
【0024】
上記金属粒子としては、例えば、遷移金属、遷移金属とその他の金属との混合粉、又は、合金粉が挙げられる。上記遷移金属としては、Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Zr,Nb,Mo,Ta等が挙げられるが、上記ハロゲン化水素と反応してハロゲン化金属ガスを発生するものであれば特に限定されるものではない。そして発生したハロゲン化金属ガスが炭素基材における表面の炭素と反応し、金属炭化物を生成する。これらの遷移金属としては、反応性の高さからCrを含むことが好ましい。好ましい金属粒子としてはCrを含む合金粉末が好ましく、たとえばステンレス等が挙げられる。
特にCr、NiおよびFeを含む合金であるステンレスからなる金属粒子を用いた場合には、炭素基材の表面に炭化クロムおよびNi,Feを含む層を1回の加熱処理にて形成することができる。したがって、取り扱いの容易化や、コスト削減を図ることができる。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0026】
(実施例1)
先ず、結着剤であるポリビニルアルコール(PVA)が10重量%含まれているPVA水溶液とクロム粉末とを重量比で71.5:28.5の割合で混合してスラリーを作製した後、炭素基材(20×20mm)の表面に、上記スラリーを0.4g塗布した。次に、スラリーが塗布された炭素基材を80℃で水分がほぼなくなるまで乾燥させた。次いで、黒鉛坩堝(東洋炭素株式会社製であり、坩堝の体積は351.68cm3)に塩化アンモニウム(NH4Cl)を0.5g(容器である黒鉛坩堝の単位体積当りの量は1.42×10−3g/cm3)と、スラリーが塗布された炭素基材を配置した状態で、1200℃で0.5時間熱処理することにより、炭素材を作製した。尚、当該熱処理時には、吸気口から窒素を導入し、排気口から自然排気させた。
このようにして作製した炭素材を、以下、本発明材料A1と称する。
【0027】
(実施例2、3)
熱処理時間を各々3時間、10時間とした他は上記実施例1と同様にして炭素材を作製した。
このようにして作製した炭素材を、以下それぞれ、本発明材料A2、A3と称する。
【0028】
(実施例4〜6)
上記スラリーの作製において、PVA水溶液とクロム粉末との重量比を33.3:66.7とした他は、各々上記実施例1〜3と同様にして炭素材を作製した。
このようにして作製した炭素材を、以下それぞれ、本発明材料B1〜B3と称する。
【0029】
(実施例7)
上記塩化アンモニウムの添加量を0.1g(容器である黒鉛坩堝の単位体積当りの量は2.84×10−4g/cm3)とした他は、上記実施例4と同様にして炭素材を作製した。
このようにして作製した炭素材を、以下、本発明材料Cと称する。
【0030】
(実施例8〜10)
上記スラリーの作製において、PVA水溶液とクロム粉末との重量比を83.3:16.7とした他は、各々上記実施例1〜3と同様にして炭素材を作製した。
このようにして作製した炭素材を、以下それぞれ、本発明材料D1〜D3と称する。
【0031】
(比較例)
上記塩化アンモニウムを添加しない他は、上記実施例4と同様にして炭素材を作製した。
このようにして作製した炭素材を、以下、比較材料Zと称する。
【0032】
(実験1)
上記本発明材料A1〜A3、B1〜B3、C、D1〜D3及び比較材料Zの外観について調べたので、その結果を表1に示す。
【0033】
【表1】
【0034】
上記表1から明らかなように、本発明材料A1〜A3、B1〜B3、C、D1〜D3では、多少ムラがあるものもあるが、炭素材料の表面にクロムカーバイド(Cr3C2)の膜が形成されていることが認められた。これに対して、比較材料Zでは、目視によりクロムの粒子を確認できることから、炭素材料へクロムが固着している状態であることが認められる。
【0035】
(実験2)
クロムの量及び熱処理時間とクロムカーバイドの良否との関係について調べたので、それらの結果を図3〜図22に基づいて説明する。
尚、図3は本発明材料B1(スラリーにおけるクロムの割合は66.7重量%、熱処理時間は0.5時間)の外観写真、図4は本発明材料B2(スラリーにおけるクロム割合は66.7重量%、熱処理時間は3時間)の外観写真、図5は本発明材料B3(スラリーにおけるクロム割合は66.7重量%、熱処理時間は10時間)の外観写真、図6は本発明材料B1におけるムラ(凹凸)が生じている部位のSEM写真、図7は本発明材料B2におけるムラが生じている部位のSEM写真、図8は本発明材料B3におけるムラが生じている部位のSEM写真である。図9は本発明材料B1〜B3のX線回折グラフ、図10は本発明材料B1の断面状態を示すSEM写真、図11は本発明材料B2の断面状態を示すSEM写真、図12は本発明材料B3の断面状態を示すSEM写真である。
【0036】
また、図13は本発明材料D1(スラリーにおけるクロム割合は16.7重量%、熱処理時間は0.5時間)の外観写真、図14は本発明材料D2(スラリーにおけるクロム割合は16.7重量%、熱処理時間は3時間)の外観写真、図15は本発明材料D3(スラリーにおけるクロム割合は16.7重量%、熱処理時間は10時間)の外観写真、図16は本発明材料D1におけるムラが生じている部位のSEM写真、図17は本発明材料D2におけるムラが生じている部位のSEM写真、図18は本発明材料D3におけるムラが生じている部位のSEM写真である。図19は本発明材料D1〜D3のX線回折グラフである。図20は本発明材料D1の断面状態を示すSEM写真、図21は本発明材料D2の断面状態を示すSEM写真、図22は本発明材料D3の断面状態を示すSEM写真である。なお、本発明材料D1〜D3の外観等の評価については表1にも示している。
【0037】
尚、X線回折は、リガク社製X−ray Diffractometer RINT2000を使用しして測定し、また、表面の観察はSEMにて行った。尚、クロムカーバイドの膜厚は全て10μm以下であった。
【0038】
〔考察〕
・スラリーにおけるクロム割合が66.7重量%(炭素基材単位面積あたりのPVAの量3.33×10−3g/cm2、炭素基材単位面積あたりのCrの量が6.85×10−2g/cm2)の場合
本発明材料B1では広い範囲で表面のムラ(凹凸)が認められ(図3の符号9参照)、また、本発明材料B2では本発明材料B1よりは小さくなっているが、ある程度の範囲で表面のムラが認められる(図4の符号9参照)。これに対して、本発明材料B3では表面のムラが極めて少ないことが認められる。また、このことは図6〜図8のムラが生じている部位の外観を拡大した写真からも明らかである。これは、反応時間の増加に伴い(熱処理時間が長くなるにつれて)表面流動が生じて、クロムカーバイドの被膜が平坦化されたことに起因するものと考えられる。
【0039】
また、図9から明らかなように、反応時間の増加に伴いカーボンのピーク(図9中のE)が小さくなる一方、クロムカーバイドのピーク(図9中のF)が大きくなっていることが認められる。これは、図10〜図12に示すように、反応時間の増加に伴いクロムカーバイド膜11の膜厚が大きくなっていることからも明らかである。
【0040】
・スラリーにおけるクロム割合が16.7重量%(炭素基材単位面積あたりのPVAの量8.33×10−3g/cm2、炭素基材単位面積あたりのCrの量が1.67×10−2g/cm2)の場合
本発明材料D1では表面のムラ(凹凸)が多少認められ(図13参照)、また、本発明材料D2では本発明材料D1よりはムラが大きくなっており(図14参照)、更に、本発明材料D3では表面のムラが更に大きくなっていることが認められる。また、このことは図16〜図18のムラが生じている部位のSEM写真からも明らかである。これは、反応時間の増加に伴い(熱処理時間が長くなるにつれて)、表面流動が生じて一部で炭素基材が剥き出しになると共に、PVAの気泡が破裂(図18の多数の破裂痕を参照)したことに起因するものと考えられる。
【0041】
また、図19から明らかなように、本発明材料D2は本発明材料D1よりもカーボンのピーク(図19中のG)が小さくなって、クロムカーバイドのピーク(図19中のH)が大きくなっていることが認められる。しかしながら、本発明材料D3は本発明材料D1、D2よりもカーボンのピーク(図19中のG)が極めて大きくなって、クロムカーバイドのピーク(図19中のH)が極めて小さくなっていることが認められる。これは、図20〜図22に示すように、本発明材料D2は本発明材料D1よりもクロムカーバイド膜11の膜厚が大きくなっており、また、本発明材料D3ではクロムカーバイド膜11が殆ど存在しないことからも明らかである。
以上の実験結果を考慮すれば、スラリー中のクロムの濃度は10重量%以上で、スラリー中のPVAの濃度は8重量%以下で、熱処理時間は10時間以上であることが好ましい。また、炭素基材の単位面積当たりのクロム量が3.00×10−2g/cm2以上であることが好ましく、炭素基材の単位面積あたりのPVAの量が8.00×10−3g/cm2以下であることが好ましい。
【0042】
(その他の事項)
上記実施例では、PVAと金属粉末とを含むスラリーを炭素基材に塗布した後、塩化アンモニウムの存在下で熱処理を行っているが、PVAと金属粉末との他に塩化アンモニウムを含むスラリーを炭素基材に塗布した後、熱処理を行っても良い。この場合にも、ハロゲン化水素ガスの雰囲気下で炭素基材が処理されることになる。但し、NH4Clをスラリーに添加した場合には分離することがあるため、上記実施例の如く処理するのが望ましい。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の炭素材の製造方法は、金属粉末が付着された炭素基材をハロゲン化水素ガスの雰囲気となっている容器内で熱処理するという非常に簡易な処理だけで炭素基材の表面を改質することができる。
【符号の説明】
【0044】
1 炭素基材
2 PVA
3 クロム
4 炭化したPVA
5 クロムカーバイド
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面改質された炭素材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素材は、軽量であるとともに、化学的・熱的安定性に優れ、非金属でありながら熱伝導性および電気伝導性が良好であるという特性を有している。しかしながら、炭素材は、基本的特性として、発塵性がある、セラミックスや金属、そして樹脂との接着が困難であるといった問題があった。
【0003】
この密着性を改善する方法として、例えば、特許文献1には、黒鉛表面に炭素と反応して炭化物を形成する金属粉末を付着又は印刷し、これを非酸化性雰囲気中で800〜2000℃に加熱することにより、黒鉛表面に炭化金属層を形成した後、当該炭化金属層の表面に金属めっきを施して黒鉛表面を金属化(メタライズ)し、更に、軟ろう、または、硬ろうにより他の部材と接合する方法が提案されている。
また、特許文献2および特許文献3には、ハロゲン化クロムガスを発生する浸透剤に炭素材を埋め込み、熱処理することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平1−203209号
【特許文献2】特開平8−143384号
【特許文献3】特開平8−143385号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1に示されるように、単に金属粉末を付着又は印刷し、更に加熱しただけでは、炭素基材に炭化金属層が形成されていない部分があり、被膜にむらが生じたり、被膜の密着性が低下する等の課題を有していた。また、上記特許文献2および特許文献3のように浸透剤に炭素材を埋め込んで処理する方法では、浸透剤の成分が炭素材にくっついてしまうという課題を有していたこと、および、浸透剤を構成する物の中に水素ガスを流す必要があるために温度ムラに伴う品質のばらつきや、設備自体に水素を流すことを可能にするための検知機が必要となり、コストの増大を招いていた。
本発明は、上記課題を考慮したものであり、炭素基材に炭化金属層が形成されていない部分が生じるのを抑制することにより、被膜にむらが生じたり、被膜の密着性が低下するのを抑えることが可能であること、および、金属粉末を付着させることで、選択した部分にのみ炭化金属の形成が可能で、過剰な設備を不要とする炭素材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
炭素基材に金属粉末を付着させる第1ステップと、上記金属粉末が付着された炭素基材を、ハロゲン化水素ガスの雰囲気となっている容器内で熱処理する第2ステップと、を有することを特徴とする。
上記製造方法の如く金属粉末がハロゲン化水素ガスの雰囲気下で熱処理されていれば、炭素基材の表面に炭化金属層が均一に形成されるので、炭素基材に炭化金属層が形成されていない部分が生じるのを抑制することができる。この結果、被膜にむらが生じたり、被膜の密着性が低下するのを抑えることができる。
また、炭化金属層の形成後に、メッキ法、溶射法等によって金属層等を形成した場合には、当該金属層の接着強度が向上し、また、炭化金属層の形成後にそのまま炭素材を使用する場合には、粉塵が発生するのを抑制することができる。
【0007】
上記第1ステップにおいて、結着剤と金属粉末とを含むスラリーを炭素基材に塗布するまたは炭素基材を上記スラリーにディップすることにより炭素基材に金属粉末を付着させることが望ましい。
結着剤が存在するスラリーを用いて金属粉末を炭素基材に塗布すれば、炭素基材の表面に均一且つ円滑に金属粉末を塗布することができるからである。上記結着剤としては、溶剤に可溶である樹脂成分が好ましく、特に水に可溶である水溶性樹脂が好ましい。この水溶性樹脂としては、熱処理時の焼失し、炭素材に残存せずに影響を及ぼさないものが好ましく、特にポリビニルアルコール(PVA)が入手しやすく、安価であるため好ましい。
【0008】
上記第2ステップにおけるハロゲン化水素ガスが塩化水素ガスであることが望ましい。
ハロゲン化水素ガスが塩化水素ガスであれば、被膜にむらが生じたり、被膜の密着性が低下したりするのを一層抑制することができ、また、低コストで炭素材を作製することができるからである。
【0009】
上記第2ステップにおいて、金属粉末が付着された炭素基材と塩化アンモニウムとを同一の容器に収納して熱処理することが望ましい。
塩化アンモニウムを塩化水素発生剤として用いれば、塩化アンモニウムは固体であるため取り扱いが容易であり、加熱により塩化アンモニウムから発生する塩化水素ガスにより容器内を塩化水素ガス雰囲気にすることができ、本発明の方法を容易に実行できるからである。
【0010】
上記容器に添加する上記塩化アンモニウムの量は、該容器の容積に対して1.00×10−4g/cm3以上であることが望ましい。
単位体積あたりの塩化アンモニウムの量が1.00×10−4g/cm3未満になると、良質な被膜ができ難いという理由による。但し、塩化アンモニウムの量が多過ぎても添加効果が一定レベル以上発揮することができないばかりか、炭素材の生産コストが高騰するので、塩化アンモニウムの量は1.00×10−2g/cm3以下であることが望ましい。
【0011】
上記金属粉末がクロム粉末であることが望ましい。
但し、金属粉末はクロム粉末に限定するものではなく、ステンレス等のクロムを含む合金粒子を用いることもできる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の炭素材の製造方法によれば、炭素基材に炭化金属層が形成されていない部分が生じるのを抑制することができる。この結果、被膜にむらが生じたり、被膜の密着性が低下するのを抑えることができるといった優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】スラリーにおけるPVAの割合が多過ぎる(クロムの割合が少な過ぎる)場合の炭素材の製造工程を示す説明図。
【図2】スラリーにおけるPVAの割合が少な過ぎる(クロムの割合が多過ぎる)場合の炭素材の製造工程を示す説明図。
【図3】本発明材料B1(クロム量は66.7重量%、熱処理時間は0.5時間)の外観写真。
【図4】本発明材料B2(クロム量は66.7重量%、熱処理時間は3時間)の外観写真。
【図5】本発明材料B3(クロム量は66.7重量%、熱処理時間は10時間)の外観写真。
【図6】本発明材料B1におけるムラ(凹凸)が生じている部位のSEM写真。
【図7】本発明材料B2におけるムラが生じている部位のSEM写真。
【図8】本発明材料B3におけるムラが生じている部位のSEM写真。
【図9】本発明材料B1〜B3のX線回折グラフ。
【図10】本発明材料B1の断面状態を示すSEM写真。
【図11】本発明材料B2の断面状態を示すSEM写真。
【図12】本発明材料B3の断面状態を示すSEM写真。
【図13】本発明材料D1(クロム量は16.7重量%、熱処理時間は0.5時間)の外観写真。
【図14】本発明材料D2(クロム量は16.7重量%、熱処理時間は3時間)の外観写真。
【図15】本発明材料D3(クロム量は16.7重量%、熱処理時間は10時間)の外観写真。
【図16】本発明材料D1におけるムラが生じている部位のSEM写真。
【図17】本発明材料D2におけるムラが生じている部位のSEM写真。
【図18】本発明材料D3におけるムラが生じている部位のSEM写真。
【図19】本発明材料D1〜D3のX線回折グラフ。
【図20】本発明材料D1の断面状態を示すSEM写真。
【図21】本発明材料D2の断面状態を示すSEM写真。
【図22】本発明材料D3の断面状態を示すSEM写真。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
炭素基材に金属粉末を付着させた後、金属粉末が付着された炭素基材を、ハロゲン化水素ガスの雰囲気となっている容器内で熱処理するものであり、当該製造方法によれば、簡便に炭素基材の表面に炭化金属層を形成することができる。
【0015】
ここで、上記熱処理の温度は800℃以上1200℃以下で行うことが好ましい。熱処理の温度が低過ぎる場合には、炭化金属層(例えば、クロムカーバイド)の生成が遅くなるとともに層を良好に形成できない可能性がある一方、温度が高過ぎる場合には、加熱処理において反応しなかった粉体が炭素基材に固着する可能性がある。
【0016】
また、上記熱処理の時間は10時間以上で24時間以下であることが好ましい。処理時間が短過ぎる場合には、炭化金属層の生成が均一とならないことがある一方、処理時間が長過ぎる場合には、それ以上層の形成が進まなくなるとともに加熱のための熱エネルギーが多くなって、生産コストが上昇するからである。
【0017】
炭素基材に金属粉末を付着させる方法としては、上述の如く、結着剤であるポリビニルアルコール(PVA)と金属粉末とを含むスラリーを炭素基材に、印刷、スクリーンコート、スピンコート、ディップコート等により塗布する方法がある。この場合、炭素基材に付着させる金属粉末(例えば、クロム)の量(炭素基材の単位面積あたりのクロムの量)は、2.0×10−2g/cm2以上8.0×10−2g/cm2以下であることが好ましい。また、炭素基材に付着させる結着剤の量は、1.0×10−3g/cm2以上7.0×10−3g/cm2以下であることが好ましい。
このことを、図1(a)〜(d)、図2(a)〜(d)に基づいて説明する。
【0018】
尚、図1(a)〜(d)は基材に塗布されるPVAの量が多過ぎる場合の炭素材の製造工程を示す説明図、図2(a)〜(d)は基材に塗布されるクロムの量が多過ぎる場合の炭素材の製造工程を示す説明図であり、図1(a)及び図2(a)は炭素基材1の表面にスラリーを塗布した場合の図、図1(b)(c)及び図2(b)(c)は炭素基材1の温度が250〜500℃(PVAと塩化アンモニウムとの分解が生じる温度)になった場合の図、図1(d)及び図2(d)は炭素基材1の温度が650℃以上(クロムカーバイドが生成する温度)になった場合の図である。また、図1(a)〜(d)、図2(a)〜(d)において、1は炭素基材、2はPVA、3はクロム、4は炭化したPVA、5はクロムカーバイドである。
【0019】
先ず、基材に塗布されるPVAの量が多過ぎる場合には、図1(c)に示すように、温度が250〜500℃となると表面に凹凸が生じる。この結果、温度が650℃以上となった場合には、図1(d)に示すように、炭化したPVA4によって、炭素基材1の表面に凹凸が形成されることになると推測される。
一方、基材に塗布されるクロムの量が多過ぎる場合には、図2(b)(c)に示すように、温度が250〜500℃となっても表面に凹凸が生じることはない。しかしながら、温度が650℃以上となった場合には、図2(d)に示すように、過剰のクロムカーバイド5が生じるため、やはり炭素基材1の表面に凹凸が形成されることになると推測される。
なお、上記の炭素基材の単位面積当たりの金属粉末量に調整するために、塗布を複数回繰り返してスラリーの塗布量を調整してもよい
また、スラリーの総量に対する結着剤の量は、基材に対する塗布性を向上させ、金属粉末量を調整しやすくするために、1〜5重量%であることが好ましい。
【0020】
上記容器としては、黒鉛坩堝等の炭素から成る容器が例示される。このように、炭素から成る容器を用いれば、短時間で炭素基材に炭化金属層を形成することができる。これは、炭素から成る容器を用いることにより粉体に含まれる金属粒子等の材料を効率的に炭素基材の表面処理に利用できるため、必要な熱量を下げることができるためであると推察される。
【0021】
また、上記加熱処理においては、常圧で処理することが好ましい。常圧で処理できることにより、真空ポンプ等の設備が不要であって、減圧にかかる時間が不要となり、処理が簡易となるとともに、処理時間の短縮となる。なお、減圧下で処理してもよいが、熱分解性ハロゲン化水素発生剤が低温での急激な分解が生じる可能性があるため、ハロゲン化水素を効率的に反応させることが困難となるとともに、粉体が飛散する可能性がある。
【0022】
以下、本発明において使用される各部材について説明していく。
上記炭素基材としては、特に限定されるものではなく、たとえば等方性黒鉛材、異方性黒鉛材、炭素繊維複合材料等が挙げられる。この炭素基材としては、かさ密度が1.0〜2.1g/cm3であることが好ましく、気孔率40%以下であることが好ましい。
【0023】
上記の如く、ハロゲン化水素ガスの雰囲気とするためには、熱分解性ハロゲン化水素発生剤を用いれば良い。この熱分解性ハロゲン化水素発生剤とは、常温・常圧では固体状態を保ち、加熱により分解して、塩化水素、フッ化水素、臭化水素等のハロゲン化水素を発生するものである。この熱分解性ハロゲン化水素発生剤の熱分解温度としては、200℃以上の温度であることが、加熱する前の取り扱いが容易であり好ましい。この熱分解性ハロゲン化水素発生剤から発生したハロゲン化水素は、加熱処理中に金属粒子と反応してハロゲン化金属ガスを発生する。このハロゲン化金属ガスにより炭素基材を処理することにより炭素基材の表面に炭化金属層を形成することができる。このように炭素基材の処理がガスによるものであるため、炭素基材に穴、溝等を形成したような複雑な形状である場合においても、炭素基材にほぼ均一に炭化金属層を形成することができる。
この熱分解性ハロゲン化水素発生剤としては、入手のしやすさから塩化アンモニウムが好ましい。
【0024】
上記金属粒子としては、例えば、遷移金属、遷移金属とその他の金属との混合粉、又は、合金粉が挙げられる。上記遷移金属としては、Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Zr,Nb,Mo,Ta等が挙げられるが、上記ハロゲン化水素と反応してハロゲン化金属ガスを発生するものであれば特に限定されるものではない。そして発生したハロゲン化金属ガスが炭素基材における表面の炭素と反応し、金属炭化物を生成する。これらの遷移金属としては、反応性の高さからCrを含むことが好ましい。好ましい金属粒子としてはCrを含む合金粉末が好ましく、たとえばステンレス等が挙げられる。
特にCr、NiおよびFeを含む合金であるステンレスからなる金属粒子を用いた場合には、炭素基材の表面に炭化クロムおよびNi,Feを含む層を1回の加熱処理にて形成することができる。したがって、取り扱いの容易化や、コスト削減を図ることができる。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0026】
(実施例1)
先ず、結着剤であるポリビニルアルコール(PVA)が10重量%含まれているPVA水溶液とクロム粉末とを重量比で71.5:28.5の割合で混合してスラリーを作製した後、炭素基材(20×20mm)の表面に、上記スラリーを0.4g塗布した。次に、スラリーが塗布された炭素基材を80℃で水分がほぼなくなるまで乾燥させた。次いで、黒鉛坩堝(東洋炭素株式会社製であり、坩堝の体積は351.68cm3)に塩化アンモニウム(NH4Cl)を0.5g(容器である黒鉛坩堝の単位体積当りの量は1.42×10−3g/cm3)と、スラリーが塗布された炭素基材を配置した状態で、1200℃で0.5時間熱処理することにより、炭素材を作製した。尚、当該熱処理時には、吸気口から窒素を導入し、排気口から自然排気させた。
このようにして作製した炭素材を、以下、本発明材料A1と称する。
【0027】
(実施例2、3)
熱処理時間を各々3時間、10時間とした他は上記実施例1と同様にして炭素材を作製した。
このようにして作製した炭素材を、以下それぞれ、本発明材料A2、A3と称する。
【0028】
(実施例4〜6)
上記スラリーの作製において、PVA水溶液とクロム粉末との重量比を33.3:66.7とした他は、各々上記実施例1〜3と同様にして炭素材を作製した。
このようにして作製した炭素材を、以下それぞれ、本発明材料B1〜B3と称する。
【0029】
(実施例7)
上記塩化アンモニウムの添加量を0.1g(容器である黒鉛坩堝の単位体積当りの量は2.84×10−4g/cm3)とした他は、上記実施例4と同様にして炭素材を作製した。
このようにして作製した炭素材を、以下、本発明材料Cと称する。
【0030】
(実施例8〜10)
上記スラリーの作製において、PVA水溶液とクロム粉末との重量比を83.3:16.7とした他は、各々上記実施例1〜3と同様にして炭素材を作製した。
このようにして作製した炭素材を、以下それぞれ、本発明材料D1〜D3と称する。
【0031】
(比較例)
上記塩化アンモニウムを添加しない他は、上記実施例4と同様にして炭素材を作製した。
このようにして作製した炭素材を、以下、比較材料Zと称する。
【0032】
(実験1)
上記本発明材料A1〜A3、B1〜B3、C、D1〜D3及び比較材料Zの外観について調べたので、その結果を表1に示す。
【0033】
【表1】
【0034】
上記表1から明らかなように、本発明材料A1〜A3、B1〜B3、C、D1〜D3では、多少ムラがあるものもあるが、炭素材料の表面にクロムカーバイド(Cr3C2)の膜が形成されていることが認められた。これに対して、比較材料Zでは、目視によりクロムの粒子を確認できることから、炭素材料へクロムが固着している状態であることが認められる。
【0035】
(実験2)
クロムの量及び熱処理時間とクロムカーバイドの良否との関係について調べたので、それらの結果を図3〜図22に基づいて説明する。
尚、図3は本発明材料B1(スラリーにおけるクロムの割合は66.7重量%、熱処理時間は0.5時間)の外観写真、図4は本発明材料B2(スラリーにおけるクロム割合は66.7重量%、熱処理時間は3時間)の外観写真、図5は本発明材料B3(スラリーにおけるクロム割合は66.7重量%、熱処理時間は10時間)の外観写真、図6は本発明材料B1におけるムラ(凹凸)が生じている部位のSEM写真、図7は本発明材料B2におけるムラが生じている部位のSEM写真、図8は本発明材料B3におけるムラが生じている部位のSEM写真である。図9は本発明材料B1〜B3のX線回折グラフ、図10は本発明材料B1の断面状態を示すSEM写真、図11は本発明材料B2の断面状態を示すSEM写真、図12は本発明材料B3の断面状態を示すSEM写真である。
【0036】
また、図13は本発明材料D1(スラリーにおけるクロム割合は16.7重量%、熱処理時間は0.5時間)の外観写真、図14は本発明材料D2(スラリーにおけるクロム割合は16.7重量%、熱処理時間は3時間)の外観写真、図15は本発明材料D3(スラリーにおけるクロム割合は16.7重量%、熱処理時間は10時間)の外観写真、図16は本発明材料D1におけるムラが生じている部位のSEM写真、図17は本発明材料D2におけるムラが生じている部位のSEM写真、図18は本発明材料D3におけるムラが生じている部位のSEM写真である。図19は本発明材料D1〜D3のX線回折グラフである。図20は本発明材料D1の断面状態を示すSEM写真、図21は本発明材料D2の断面状態を示すSEM写真、図22は本発明材料D3の断面状態を示すSEM写真である。なお、本発明材料D1〜D3の外観等の評価については表1にも示している。
【0037】
尚、X線回折は、リガク社製X−ray Diffractometer RINT2000を使用しして測定し、また、表面の観察はSEMにて行った。尚、クロムカーバイドの膜厚は全て10μm以下であった。
【0038】
〔考察〕
・スラリーにおけるクロム割合が66.7重量%(炭素基材単位面積あたりのPVAの量3.33×10−3g/cm2、炭素基材単位面積あたりのCrの量が6.85×10−2g/cm2)の場合
本発明材料B1では広い範囲で表面のムラ(凹凸)が認められ(図3の符号9参照)、また、本発明材料B2では本発明材料B1よりは小さくなっているが、ある程度の範囲で表面のムラが認められる(図4の符号9参照)。これに対して、本発明材料B3では表面のムラが極めて少ないことが認められる。また、このことは図6〜図8のムラが生じている部位の外観を拡大した写真からも明らかである。これは、反応時間の増加に伴い(熱処理時間が長くなるにつれて)表面流動が生じて、クロムカーバイドの被膜が平坦化されたことに起因するものと考えられる。
【0039】
また、図9から明らかなように、反応時間の増加に伴いカーボンのピーク(図9中のE)が小さくなる一方、クロムカーバイドのピーク(図9中のF)が大きくなっていることが認められる。これは、図10〜図12に示すように、反応時間の増加に伴いクロムカーバイド膜11の膜厚が大きくなっていることからも明らかである。
【0040】
・スラリーにおけるクロム割合が16.7重量%(炭素基材単位面積あたりのPVAの量8.33×10−3g/cm2、炭素基材単位面積あたりのCrの量が1.67×10−2g/cm2)の場合
本発明材料D1では表面のムラ(凹凸)が多少認められ(図13参照)、また、本発明材料D2では本発明材料D1よりはムラが大きくなっており(図14参照)、更に、本発明材料D3では表面のムラが更に大きくなっていることが認められる。また、このことは図16〜図18のムラが生じている部位のSEM写真からも明らかである。これは、反応時間の増加に伴い(熱処理時間が長くなるにつれて)、表面流動が生じて一部で炭素基材が剥き出しになると共に、PVAの気泡が破裂(図18の多数の破裂痕を参照)したことに起因するものと考えられる。
【0041】
また、図19から明らかなように、本発明材料D2は本発明材料D1よりもカーボンのピーク(図19中のG)が小さくなって、クロムカーバイドのピーク(図19中のH)が大きくなっていることが認められる。しかしながら、本発明材料D3は本発明材料D1、D2よりもカーボンのピーク(図19中のG)が極めて大きくなって、クロムカーバイドのピーク(図19中のH)が極めて小さくなっていることが認められる。これは、図20〜図22に示すように、本発明材料D2は本発明材料D1よりもクロムカーバイド膜11の膜厚が大きくなっており、また、本発明材料D3ではクロムカーバイド膜11が殆ど存在しないことからも明らかである。
以上の実験結果を考慮すれば、スラリー中のクロムの濃度は10重量%以上で、スラリー中のPVAの濃度は8重量%以下で、熱処理時間は10時間以上であることが好ましい。また、炭素基材の単位面積当たりのクロム量が3.00×10−2g/cm2以上であることが好ましく、炭素基材の単位面積あたりのPVAの量が8.00×10−3g/cm2以下であることが好ましい。
【0042】
(その他の事項)
上記実施例では、PVAと金属粉末とを含むスラリーを炭素基材に塗布した後、塩化アンモニウムの存在下で熱処理を行っているが、PVAと金属粉末との他に塩化アンモニウムを含むスラリーを炭素基材に塗布した後、熱処理を行っても良い。この場合にも、ハロゲン化水素ガスの雰囲気下で炭素基材が処理されることになる。但し、NH4Clをスラリーに添加した場合には分離することがあるため、上記実施例の如く処理するのが望ましい。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の炭素材の製造方法は、金属粉末が付着された炭素基材をハロゲン化水素ガスの雰囲気となっている容器内で熱処理するという非常に簡易な処理だけで炭素基材の表面を改質することができる。
【符号の説明】
【0044】
1 炭素基材
2 PVA
3 クロム
4 炭化したPVA
5 クロムカーバイド
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素基材に金属粉末を付着させる第1ステップと、
上記金属粉末が付着された炭素基材を、ハロゲン化水素ガスの雰囲気となっている容器内で熱処理する第2ステップと、
を有することを特徴とする炭素材の製造方法。
【請求項2】
上記第1ステップにおいて、結着剤と金属粉末とを含むスラリーを炭素基材に塗布するまたは炭素基材を上記スラリーにディップすることにより炭素基材に金属粉末を付着させる、請求項1に記載の炭素材の製造方法。
【請求項3】
上記第2ステップにおけるハロゲン化水素ガスが塩化水素ガスである、請求項1又は2に記載の炭素材の製造方法。
【請求項4】
上記第2ステップにおいて、金属粉末が付着された炭素基材と塩化アンモニウムとを同一の容器に収納して熱処理する、請求項3に記載の炭素材の製造方法。
【請求項5】
上記容器に添加する上記塩化アンモニウムの量は、該容器の容積に対して1.00×10−4g/cm3以上である、請求項4に記載の炭素材の製造方法。
【請求項6】
上記金属粉末がクロム粉末である、請求項1〜5の何れか1項に記載の炭素材の製造方法。
【請求項1】
炭素基材に金属粉末を付着させる第1ステップと、
上記金属粉末が付着された炭素基材を、ハロゲン化水素ガスの雰囲気となっている容器内で熱処理する第2ステップと、
を有することを特徴とする炭素材の製造方法。
【請求項2】
上記第1ステップにおいて、結着剤と金属粉末とを含むスラリーを炭素基材に塗布するまたは炭素基材を上記スラリーにディップすることにより炭素基材に金属粉末を付着させる、請求項1に記載の炭素材の製造方法。
【請求項3】
上記第2ステップにおけるハロゲン化水素ガスが塩化水素ガスである、請求項1又は2に記載の炭素材の製造方法。
【請求項4】
上記第2ステップにおいて、金属粉末が付着された炭素基材と塩化アンモニウムとを同一の容器に収納して熱処理する、請求項3に記載の炭素材の製造方法。
【請求項5】
上記容器に添加する上記塩化アンモニウムの量は、該容器の容積に対して1.00×10−4g/cm3以上である、請求項4に記載の炭素材の製造方法。
【請求項6】
上記金属粉末がクロム粉末である、請求項1〜5の何れか1項に記載の炭素材の製造方法。
【図1】
【図2】
【図9】
【図19】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図20】
【図21】
【図22】
【図2】
【図9】
【図19】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図20】
【図21】
【図22】
【公開番号】特開2011−116584(P2011−116584A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−274640(P2009−274640)
【出願日】平成21年12月2日(2009.12.2)
【出願人】(000222842)東洋炭素株式会社 (198)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年12月2日(2009.12.2)
【出願人】(000222842)東洋炭素株式会社 (198)
【Fターム(参考)】
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